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「福島の事故を起こしてしまった以上、日本国内の原子炉は廃炉にしなければならない」新任の小泉環境大臣

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「もう一度原発事故を起こしてしまったら、日本は破滅する」
難しくなった2030年までに30基の原子炉を再稼働させるという安倍政権の目標

                

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 2019年9月12日

                  

新たに環境大臣に就任した小泉進次郎氏は、福島第一原発事故を繰り返さないためにすべきことは原子力発電所の再稼働ではなく、原子炉の廃炉であるべきだと語りました。

                

戦後日本で3番目に若い閣僚に任命された数時間後、小泉進次郎氏が明らかにしたコメントは、彼を原子力発電推進派の安倍首相との対決路線に
置く可能性があります。
「日本国内の原子炉をどのようにして保持するかではなく、それらをどうすれば廃炉にできるのか学んでいきたい。」
38歳の小泉氏はこう語りました。
「別の原子力発電所事故を起こしてしまったら、私たちは破滅することになるでしょう。この国ではいつ大地震が起きるかわからないのです。」

                   

こう発言した小泉氏ですが、すぐに日本が原子力発電を全廃することは『非現実的』だと主張する新任の経済産業大臣から反論されることになりました。
「原子力にはリスクもあり懸念もあります。」
菅原一秀経済産業大臣は記者団にこう語りました。
「しかし『原発ゼロ』は、現時点においても将来においても現実的ではありません。」

                

           

日本政府は、原子力発電が2030年までに日本全体の気発電割合の20%から22%を構成することことを望んでいます。
しかし原子力発電に反対する人々は大地震や津波に見舞われる可能性の高い国土の特性を考えると、原子力発電所の存在は日本を常に危険にさらすことになると批判しています。

                  

しかし安倍首相は原子力発電所の再稼働を要求し、原子力は日本が二酸化炭素排出目標を達成し、輸入に頼らざるをえない天然ガスや石油への依存割合を減らすのに貢献すると主張しています。

                  

2011年3月巨大津波に襲われた福島第一原子力発電所で3基の原子炉がメルトダウンする事故を引き起こした後、日本国内にあつた54基の原子炉はすべて停止しました。

                   

当時原子力発電は日本の総電力生産量の約30%を占めていました。
しかし現在は福島のメルトダウン事故後に導入された厳格化された安全性基準に適合した原子炉9基だけが再稼働しています。

                   

しかも安倍政権が目指す2030年までに30基の原子炉を再稼働させるという目標は、地元の強い反対と法的課題を前に達成できる可能性は低くなっています。

                   

小泉進次郎氏は自らの主張について閣内からの反対意見に直面するでしょうが、少なくとも父親であり反原発運動家として知れる元首相の小泉純一郎氏の支援を受けることになるでしょう。

                 

               

日本の原子力の将来についての議論は続いていますが、将来の首相候補とも取りざたされる小泉進次郎氏は現在、福島第一原発内に貯蔵された100万トンを超える放射能汚染水をどうすべきかという論争の中心に立たなければなりません。

                  

小泉氏の前任者である原田義昭環境相は9月10日の記者会見で、福島第一原発を管理運営する東京電力が放射能汚染水を無期限に貯蔵することは不可能であり、太平洋に放出して希釈する以外の選択肢はないと語りました。

                

放射能汚染水を海洋投棄するという見解に地元の漁業関係者は怒りの声をあげ、隣国である韓国も抗議を行いました。

             

https://www.theguardian.com/world/2019/sep/12/japan-should-scrap-nuclear-reactors-after-fukushima-says-new-environment-minister

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小泉進次郎氏個人について私自身は何か関心があるわけではありませんが、私の一般論(ちょっと変な言い方ですが)は【 政治の良心が死んでいく国・日本 】エコノミスト( https://kobajun.biz/?p=36138 )でご紹介した通りです。

それよりも今回驚いたのは、小泉氏を批判する菅原一秀経済産業大臣についてウィキペディアを参照していたときのことです。

『詐欺漢』や『食言』『欺瞞』『劣悪』『陰湿』という単語は、私にとっては安倍内閣という単語の連想句になっています。

またか!

というのがその感想です。

こうした政治屋一人一人も問題ですが、安倍政権を見ているとその周辺にはそうした人間が際限もなく登場してくる印象があります。

自分に身近な利害しか眼中にない政治屋を生む土壌というものがあるはずです。

平等で自由で、そして平和な日本を守るために戦わなければならない最大の敵とは何か?

私はそれを見失わないことが一番大切だと思っています。

安倍首相が国際社会に確約した『アンダーコントロールの福島第一原発』が「放射能汚染水を海洋投棄する」

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福島第一原発敷地内の貯蔵にある100万トン以上の放射能汚染水、東京電力は2022年までに収容能力を超過すると公表
一旦開始されれば、処理済み汚染水の海洋投棄は17年続く可能性がある

                 

                

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 2019年9月10日

                 

日本政府の環境大臣は、複数の原子炉が破壊された福島第一原子力発電所を管理運営する東電が、近い将来大量の放射能汚染水を直接太平洋に投棄せざるをえなくなると語り、周辺地域の漁業関係者を激怒させました。

                   

2011年3月東日本大震災による巨大津波に襲われ3基の原子炉がメルトダウンするという巨大事故を起こし、周辺市町村の数十万人の住民が避難を余儀なくされましたが、この事故以降、福島第一原発の敷地内には100万トン以上の汚染水が溜まり続けています。

                       

東京電力は、汚染された地下水が増え続ける事態への対処に苦しみ続けてきました。
汚染水が増え続けている背景には、破損した3基の原子炉の炉心の融解を防ぐために間断なく注ぎ込まれる水に加え、汚染された現場に地下水が流入している現実があります。

                    

東京電力は、増え続ける汚染水からほとんどの放射性物質を除去する作業を続けてきましたが、水素の放射性同位体であるトリチウムを除去できる装置は現場にはありません。
沿岸の原子力発電所は通常、トリチウムを含む水を海洋投棄しています。
トリチウムは自然界ではごくわずかに発生するのみです。

                   

                 

東京電力は昨年、一度濾過処理をしたタンク内の汚染水にトリチウム以外の別の放射性物質が含まれていることを認めました。

             

現在、福島第一原発のほぼ1,000基のタンクに100万トン以上の汚染水が貯蔵されていますが、東京電力は2022年の夏までには貯蔵能力が限界に達することを明かしました。

                  

「思い切って放出して希釈するしか方法がないと思っている。」
原田義昭環境相は10日の日東京で行われた記者会見の席上、こう語りました。
「これから政府全体で慎重に議論すると思うので、単なる意見として聞いてほしい。」

                   

政府が専門家委員会から報告書を受け取るまで、汚染水の処分方法に関する決定は行われません。
他の選択肢には、汚染水を気化させる、あるいは長期間陸上で保管する方法などがあります。

                 

原田環境大臣はどれくらいの量の汚染水を海洋放出する必要があるかは話しませんでした。

                 

しかし日本原子力学会において福島第一原子力発電所の廃炉方法を検討する委員会の委員長を務める宮野廣法政大学教授による最新の研究では、処理済みの汚染水を希釈して放射性物質を基準を満たすレベルにまで減らした後、処理水を排出するのに17年かかる可能性があるとしています。

                

                 

汚染水を海洋投棄するという決定は、過去8年間にわたって懸命に事業の再建に取り組んできた地元の漁業関係者を怒らせることになります。
隣国の韓国も、自国の海産物の評価に影響が出かねないとして懸念を表明しています。

              

8月韓国政府は福島第一原発の放射能汚染水がどのように処理されるか説明を求めるため、在韓日本大使館の高官を召喚しました。

                  

極東アジアを代表する2国間関係は第二次世界大戦中に日本の鉱工業の現場で強制労働を課された韓国人に対する補償問題に端を発した争いにより、すでにかなりの程度悪化しています。

                  

日本政府は破壊された3基の原子炉建屋に大量の地下水が流れ込むのを防ぐため、345億円をかけて福島第一原発の敷地を取り囲む地下に凍土壁を作りました。
建造された凍土壁は、地下水の流入量を1日あたり約500トンから約100トンに減らすことに成功しました。

                

                   

日本は来年2020年の夏に東京でオリンピックとパラリンピックが開催される前に、放射能汚染水の処理方針を具体化しなければならないという新たな圧力にさらされることになりました。

                 

6年前に東京がオリンピック開催地として立候補した際、日本の安倍首相は国際社会に対し事故を起こしている福島第一原発が「アンダー・コントロール」下にあることを保証しました。

               

https://www.theguardian.com/environment/2019/sep/10/fukushima-japan-will-have-to-dump-radioactive-water-into-pacific-minister-says

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安倍首相の『アンダーコントロール』発言には、世界中の識者、そして日本中の心ある人々が唖然としたことでしょう。

私も「日本の首相がここまでの嘘をつくようになったんだ…」

と口をあんぐりと開けてしまったことを覚えています。

                   

そして今感じることは、あの時『Not under control!』『Never under control!』ということを、もっともっと強く発信すべきだったという後悔の念です。

あの嘘に国民が一斉に怒らなかったために、今や福島の人々も日本国民も、あの時よりもっとひどい状況に追い込まれてしまっているのではないでしょうか?

                  

そして一旦汚染水の太平洋への投棄が始まったら、17年続けられる可能性がある、そんなことはほとんどの国民が知らないでしょう。

日本のマスコミは原田環境大臣の発言のみ伝え、放射能汚染水の海洋投棄が現実になったら何が起きるのか科学的に検証を行ってそれを読者視聴者に伝えようという姿勢など無いからです。

                      

政治にも報道にも良心も良識も通じない今の日本はすごく危険です。

こうした現実と戦っている人たちを可能な限り応援していきたいものです。

エコノミスト流解説 : 憎しみだけが増幅する日本と韓国、不毛の争い

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韓国を植民地支配していた時代、国家として犯した残虐行為について、日本はすべてを認めたこともなく相応の賠償をしたこともない
トランプと金正恩の3度の会談の成果は、北朝鮮の核兵器・ミサイル開発計画が持つ本当の危険性を世界に過小評価させただけ

                      

                   

エコノミスト 2019年9月3日

                 

静かな環境で買い物をしたい人にとって、この夏韓国の首都ソウルにある無印良品またはユニクロの店舗は最良の選択だったといえます。
普段なら買い物客で賑わっている両社の各店舗は、7月に韓国に対し一方的に輸出制限を行った日本革の態度に怒った韓国の一般市民の間に日本製品のボイコットが広がった結果、別の場所で衣料品や家庭用品を購入する人が増え、何週間もほとんど無人の状態が続いています。

                   

一方日本では、「信頼できない」韓国人に関する相変もわらぬ偏見が復活しています。
過去の出来事について見過ごしにしたままにはできないという隣国韓国の態度に対する怒りは、外交官から市井で暮らす普通の日本人にまで広がっています。
しかしこの極東アジアの2つの国はともに民主主義を奉する自由主義の国家のはずであり、アメリカにとって欠くことのできないアジア地区最大の同盟国でもあるはずです。

               

彼らの間にはなぜいさかいが絶えないのでしょうか?

                    

第二次世界大戦中に韓国人を強制労働者として使用した日本企業に対し、韓国の最高裁判所が原告である強制労働の被害者にそれぞれ補償金を支払う義務があると判決を下した2018年10月以来、両国の間にくすぶっていた燠火(おきび)が一気に燃え上がりました。
1965年に締結された日韓条約によってこうした請求問題はすべて解決済みであると長い間主張してきた日本は、韓国政府に対し裁判所を押さえ込むよう要求しました。
これに対し韓国政府は、行政が司法に干渉することはできないとはねつけました。

                 

韓国の法務当局が判決を受けた日本企業の資産を差し押さえる動きに出ると、7月に入ると日本は韓国の最も重要な産業であるエレクトロニクス分野の企業がメモリチップを生産する際に必要とする化学物質について、輸出制限を課しました。

                        

               

8月、今度は韓国が日本との軍事情報包括保護協定破棄の決定を公表し、争いをさらにエスカレートさせました。

                   

日韓両国の争いは今回の韓国の裁判所の判決にとどまるものではありません。
韓国と日本は過去数十年にわたって議論してきました。

                

日本は1910年から1945年まで韓国を占領・植民地化しましたが、その間に犯した残虐行為について、すべてを認めたわけでもなく相応の賠償をしたことも一度もありませんでした。
これに対しその時々の韓国政府は、国民の中にくすぶる反日感情を都合よく利用し、民族主義的感情を煽ってきました。

               

実際、大日本帝国の鉱工業の現場に強制的に送り込まれた韓国人男性、あるいは急日本軍の売春宿で売春行為を強要された韓国人女性に対する補償をめぐって行われた実態解明のための検証は、事実が想像以上に酷いものであったことを証明したのです。

              

それでも同盟国である日韓両国は、これまでこうした問題の見解の不一致について、商取引と国家安全保障の問題とは切り離して取り扱ってきました。
その理由の一部は、主に北朝鮮によって生じている極東アジアにおける不安定な事態が自分たちの手には負えない事態に陥った際、日韓両国と同盟関係にあるアメリカが介入できるようにするためです。
日米韓3か国の同盟関係こそが極東の危機管理を可能にしてきました。

              

                

しかしドナルド・トランプ大統領の下で、アメリカは国際社会の危機管理とはどんどん距離を置くようになってきました。

              

トランプと北朝鮮の独裁者であるキム・ジョンウンとは昨年6月以来3回に渡り会談を行ってきましたが、その成果といえば北朝鮮の核兵器・ミサイル開発計画が持つ本当の危険性を世界が過小評価するよう演出しただけでした。

              

トランプは常々極東アジアにおけるアメリカ軍の駐留費用について不満を口にし、日韓両国の同盟国間の言い争いに巻き込まれることを嫌っていました。
しかも現時点ではナショナリスト的姿勢を誇示する方が日本でも韓国でも支持される傾向があり、どちらも態度を改めるつもりはありません。

                   

目下、両国は過去に振り回され続けているだけです。

                 

https://www.economist.com/the-economist-explains/2019/09/03/why-japan-and-south-korea-bicker

安倍政権・高額な米国製兵器を次々購入、突出する軍事予算

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国民に大きな負担を強いる、人口減少と老齢化が急速に進む中での防衛費の急激な増大
F-35ステルス戦闘機を安倍政権の計画通り購入すれば、自衛の範囲を完全に超えることになる
宇宙空間にも持ち込まれる日米対中国ロシアの軍拡競争、増大に歯止めがかからない軍事予算

             

アメリカ製F35Bステルス戦闘機

                  

山口まり / AP通信 2019年8月30日

                 

防衛省は8月30日金曜日、2020年度の5兆円3,200億円の予算要求を行ったと発表しました。
2019年度に対し1.2%の増額です。
今年末に財務省の承認を経て議会でこの予算案が成立する以前、トランプ政権が日本に対して要求しているアメリカ軍の駐留経費の日本負担分の増額やイラン近海のホルムズ海峡での哨戒任務に日本が参加することを受け入れれば、その金額はさらに膨らむことになります。

                  

日本の軍事予算は2012年12月の安倍首相の就任以降、7年連続で増え続け、当初の金額と比べると13%増額されました。
2018年には、計算方法によって異なるものの総防衛支出で世界第8位または第9位にランクされました。

                 

安倍首相が押し進めるのは、日本の自衛隊が国際紛争の場で自由に活動できるようにすること、装備を共通のものにすることによりアメリカ軍との共同作戦をより一層遂行しやすくすることです。
安倍首相はすでに2015年に日本の平和主義憲法について解釈の変更を行い、自国に加えその同盟国の防衛にも自衛隊が武力行使できるようにしました。

                 

購入が計画されている中で最も高額なのが、短距離離陸と垂直着陸が可能なF-35Bステルス型戦闘機です。
安倍政権は2024年に配備するために1機140億円するこの戦闘機を6機(840億円)購入する計画です。
安倍政権はさらに今後数年間で42機(5,880億円)のF-35Bと105機のF-35Aを購入する計画を進めており、2つを合わせたF-35の保有数は147機になります。

                 

                       

この保有数は米国以外の国では最大であり、専門家はこの数はもはや自衛の範囲を完全に超えていると指摘しています。
今年度後半防衛省は現在ヘリコプター空母として機能している2隻の駆逐艦のうち『いずも』を31億円をかけて艤装し直し、飛行甲板を耐熱製のものに交換し誘導灯を取り付け、F-35Bを搭載できる航空母艦に改造する計画しています。

               

岩谷防衛大臣は8月初旬、アメリカ海兵隊所属のF-35Bも『いずも』を利用できるようにするが、当初は日米共同訓練の際だけに限定し、アメリカ軍が単独で利用することはないと語りました。
これは自衛隊とアメリカ軍の連携を一方的に強化すれば、アメリカが主導する国際武力紛争に巻きこまれる可能性があり、その危険を回避するためだと語りました。

                

アメリカ大統領トランプが日本に対し米国が主導する国際紛争への武力介入にもっと積極的に参加するよう要求する中、この取り決めは米国との同盟関係において日本の負担割合を高めていることを強調する意味があります。
第二次世界大戦中日本に侵略された過去を持つアジア太平洋諸国に対する配慮から日本はこれまで外用出撃的性格を持つ航空母艦の保有を避けてきましたが、いずもの改造は海上自衛隊の役割を大きく変化させることになります。

                   

南シナ海における中国の増大する軍事的プレゼンスと能力の強化とそれに伴う権益強化の主張は、域内の多くの人々を不安にさせてきました。

                

             

日本は今後10年間、新しい防衛ガイドラインの下で宇宙専門の軍事部門を設置し、サイバー攻撃および電磁波攻撃に対する対策を強化していく計画です。
中国もロシアも軍事空間における軍事能力を強化しているのに対応するため、今年日本と米国は宇宙空間における軍事協力に合意しました。

                

日本の防衛省は524億円をかけ、航空自衛隊の20人の隊員を宇宙空間に送り込み、宇宙ゴミの影響と将来実用化される可能性のある日本の人工衛星に対する電磁波干渉攻撃を監視するとともに、高感度レーダーを使用した追跡システムと光学望遠システムを装備機能させる計画です。

              

高額なアメリカの武器を購入すれば米国の対日貿易赤字を削減し、互換性の高い軍事協力可能にしますが、発展途上の日本の軍需産業にとっては逆風が吹くことになります。
日本が老朽化したF-2戦闘機に代わる国産の後継機種を生産することが求められる中、防衛省は共同国際プロジェクトとして後継機の開発に着手する可能性があります。

                  

人口減少と同時進行で急速に老齢化が進む日本にとって、防衛費の一方的増大は負担となります。
安倍政権が打ち出した今後5年間の中期防衛プログラムのために、日本は2024年までに27兆円の軍事支出をしなければなりません。

https://apnews.com/53ba66bdf5254a5592b7285cb4c63a09

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なぜ戦争も起きていないのにこれほど多くの国家予算を軍事に費やさなければならないのでしょうか?

現在権力中枢にいる人間たちといわゆる軍需産業との間に密接な利害関係があるからですか?

ウィキペディアには、安倍首相の祖父の岸信介氏について、次のような記述があります(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%B8%E4%BF%A1%E4%BB%8B)。

『満州国国務院実業部総務司長に就任して渡満(途中略)軍・財・官界に跨る広範な人脈を築き、満州国の5人の大物の1人に数えられた。また、山口県出身の同郷人、鮎川義介・松岡洋右と共に「満州三角同盟」とも呼ばれた。

この(1936年〜39年)頃から、岸はどこからともなく政治資金を調達するようになった。その後、満州から去る際に「政治資金は濾過機を通ったきれいなものを受け取らなければいけない。問題が起こったときは、その濾過機が事件となるのであって、受け取った政治家はきれいな水を飲んでいるのだから関わり合いにならない。政治資金で汚職問題を起こすのは濾過が不十分だからです」という言葉を残している。』

こうした言わばノウハウと『軍・財・官界に跨る広範な人脈』について安倍氏はどの程度継承したのでしょうか?

                

私個人は自衛隊の戦力について、中国もロシアも北朝鮮も、『軽率に日本との間に武力紛争を引き起こせば、自分たちが手痛い打撃を被る』レベルのものがふさわしいと考えています。

ただ自分は専門家ではないので具体的な指摘はできませんが、専門家が「この数はもはや自衛の範囲を完全に超えている」と指摘する現在の安倍政権の軍拡路線は明らかに行き過ぎのはずです。

                 

そして一方では高等教育予算の減額や福祉政策の削減が行われています。

これは日本という国の質を『痩せさせてしまう』政策だと思います。

国として豊かさは教育や福祉が充実していることをもって測られるべきものであって、武器軍備ばかりが重厚な国家というのは、かつてのソ連邦のように崩壊の危うさを内包するものなのではないでしょうか?

日本人はなぜ人類史上初の核兵器攻撃の標的にされたのか《後編》

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日本軍の残虐行為に対するアメリカ軍の報復、その矢面に立たされたのは日本の民間人
女性と子供たちを標的にした大規模な空襲によって大量の市民が虐殺されても、大日本帝国とナチスドイツの戦争マシーンは関係なく動き続けた

日本国内では戦争を批判しただけで、血も涙もない憲兵隊によって即座に処断された

            

                 

シェイン・クイン / グローバル・リサーチ 2019年6月18日

                 

日米開戦のちょうど1年前の1940年12月19日、ルーズベルトは、長年日本と戦い続けてきた中国に対し、航空機の無償提供を含むの2,500万ドルの軍事援助を承認しました。
1940年当時の2,500万ドルは、今日の5億ドルに相当します。
1941年3月11日、ルーズベルトは中国を筆頭に、英国、ソビエト連邦、フランスなど、大日本帝国に対し一片の同情も持っていない国々により多くの資材を提供するプログラム、レンド・リース法に署名しました。

               

ルーズベルトは1940年9月の日本軍によるフランス領北インドシナ占領が周辺地域のアメリカの権益を脅かす結果となったことなどを受け、日本に対し数ヶ月に及ぶ経済制裁と禁輸措置をとっていました。

             

1941年7月26日、ルーズベルトはアメリカ国内のすべての日本の資産を凍結しました。
真珠湾攻撃のに先立つこと4か月のこの思い切った政策の実施は、日本に対する経済戦争の宣戦布告となりました。
ルーズベルトの決断により日本は石油輸入量の実に90%を失い、海外貿易の75%の途を絶たれてしまいました。

               

日本国内の石油備蓄量はそのままでは1943年1月までには使い果たされる見込みであり、日本軍がさらなる軍事侵略を行って石油資源を確保しない限り、現有していた供給源だけではどうにもならないところまで追い詰められました。

                    

                   

敵同士となった日米両軍の兵員数はほぼ拮抗していましたが、のちに戦争史上悪名高い存在となる日本兵の残虐な行為を免れるのは容易なことではありませんでした。
東京の戦争計画者は飢餓状態から解放されるためさらなる征服に食指を動かし、資源が豊富なビルマ、フィリピン、マラヤ、シンガポール、オランダ領東インド諸島(インドネシア)へと軍隊を進行させ、1942年前半までに征服事業を完了させました。

                   

しかし戦争の進行とともに形勢はゆっくりと変化していきました。
連合国側による一般市民の生活圏に対する容赦ない爆撃は、その目的が戦争を迅速に収束させるというものでしたが、結局は効果がないまま悲惨な失策に陥っていました。
そして未だに戦争犯罪として位置付けられることもありません。

             

こうした倫理観がまるでない戦略には結局は第二次世界大戦を長引かせただけでしたが、未だに誰も説明責任を負おうとはしません。一般市民を血まみれにした空襲はその士気を打ち砕き、敵の戦争指導部に対する市民の反感を助長し反乱を誘発すると長い間信じられてきましたが、それは全くの幻想に終わりました。

               

1945年の夏になるとアメリカの海上封鎖により日本国内には徐々に飢えが広がり、日本の民間人にとっては食料を手に入れることが最大の関心事になり、それ以上のことは考えられなくなりました。
日本国内では戦争を批判しただけで、日本の軍警察、血も涙もない憲兵隊によって即座に処刑されました。

                       

                 

欧米の指導者たちは、1940年代初頭にナチスドイツが行った英国本土大空襲からどのような教訓を得るべきか学び損ねていました。
仮借ない空襲が英国市民の戦意をくじくどころか、逆に強くしたことを。
この現実から教訓を得たのはドイツ国防軍の上層部の方でした。
結局ウィンストン・チャーチルのような連合軍の指導者は、1945年2月ドイツの中世の遺跡が大量に残るドレスデンを無意味に破壊することを提案し、実行してしまいました。

                   

女性と子供たちを標的にした大規模な空襲によって大量の市民が虐殺されても、ドイツと日本の戦争マシーンは関係なく動き続けました。
ナチスの軍需大臣であるアルベルト・シュピアは、ドイツ全土に対する連合国の空襲が度々工業地帯に向かわずに市民を標的としていることに唖然としていました。
おかげでシュピアは1944年段階においてもなお航空機と戦車の生産を続けることができ、ヒトラーの歓心と称賛を買うとともに、1944年12月のアルデンヌ攻勢のような『反攻』を可能にしました。

                

空爆(空襲)の背後にある現実は、カーティス・ルメイ将軍や彼の英国の同僚だったアーサー「ボマー」ハリス将軍やその他の人々の意図に反するものだったのです。
すべてが終わった後、ハリスは回顧録の中で次のように認めました。
「軍事施設ではなく市街地を徹底的に破壊するという攻撃の根底にある戦略は、完全に不健全な考え方であったことが証明されただけだった。」
そして次のように記しています。
「連合軍の指導者は、そのパイロット達をナチスドイツと大日本帝国の工場、通信施設、補給基地への攻撃に向かわせるべきだった。そうしていれば戦争は1945年よりもっと前に終わっていたであろう…。」

               

                

ルメイ将軍は350万世帯以上の家屋を破壊し日本人を大量に殺したことに関しては話をしていましたが、1945年半ばに日本のインフラの多くが未だに手つかずのまま残されていることには言及しませんでした。
北海道と本州を結ぶ石炭運搬船や国内の鉄道網など、大日本帝国の極めて重要なライフラインは1945年8月まで健在でした。
ルメイ将軍の指揮下にあったB-29の大群が気づかないまま通過していったいくつかの工業地帯も同様だったのです。

                  

(完)
https://www.globalresearch.ca/us-military-destroyed-66-japanese-cities-before-planning-wipe-out-same-number-soviet-cities/5680934

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この稿を翻訳してわかったことは、日本が2度にわたり核兵器攻撃を受けた理由ははっきりしているという考え方があることです。

これまではドイツが核兵器攻撃を免れ、日本だけがその惨禍を被ったことについて、「ドイツ人は白人であり、日本人は黄色人種だったから」という人種差別に基づくまことしやかな言説もありました。

しかしこの稿を読むとドイツが降伏した1945年5月初頭の時点ではまだ『実用可能な』原子爆弾が用意できなかった形跡があり、人種論に基づきアメリカがドイツに対する原爆投下をためらったというような話は出てきません。

逆に私たち日本人にとって衝撃的なのは、戦地における日本軍の残虐な行為に対する『報復』としてアメリカ軍が日本の市街地に原爆を投下した、とする見方があるということです。

日本の一般市民はその報復対象になり、都市部への空襲と合わせ100万人を超える無抵抗の人々がただただ殺されたことになります。

戦地で直接残虐な行為に及んだ日本兵も、その事実を知らずに自国の兵士の支援を続けた女性や子供たちも同罪だということでしょうか?

戦争というものの愚劣さをこれほど象徴的に物語る事実はない、そう思います。

日本人はなぜ人類史上初の核兵器攻撃の標的にされたのか《中編》

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日本の軍組織もひときわサディスティックで残忍であり、第二次世界大戦が始まる前から各地で残虐行為を行っていた

アメリカ軍の『報復』によって1945年の夏までに900万人以上の日本の市民が住む場所を失った

東京大空襲「夢が叶った…一面が火の海となり、東京は枯葉のように燃え上がった」米国メディアの論評              

                 

シェイン・クイン / グローバル・リサーチ 2019年6月18日

            

アメリカ政府が行ったこの核兵器攻撃に対し、西洋のメディアはほとんど例外なく支持を表明しました。
1945年8月上旬から1945年12月下旬まで広島・長崎への原爆投下に関して書かれた595の新聞社説のうち、200,000人以上を殺した核兵器攻撃に反対したのはわずか2%未満にとどまりました。

              

これら報道機関はまた、ドイツと日本の都市を次々と焼き払った大規模な空襲に揺るぎない支持を表明しました。
事実、彼らは工業地帯や軍事拠点に対する空爆よりも、むしろ「民間人を標的とした空襲を強く要求」したのです。

               

たとえばニューヨークのタイム誌は100,000人の一般市民を殺戮した東京大空襲について次のように称賛しました。
「夢が叶った…一面が火の海となり、日本の都市は枯葉のように燃え上がったことだろう」

            

アメリカが日本に対して核兵器を使用した本当の理由。それは戦争を終わらせることでも、連合軍兵士の命を救うことでもありませんでした。

                   

一方、日本の強硬派の軍国主義者は最後の一人になるまでの戦いを主張しましたが、さらなる核兵器攻撃の脅威にさらされた結果、日本政府は1945年8月15日に降伏を発表せざるを得なかった。
事実1945年8月10日、アメリカの原爆プロジェクトを指揮していたレスリー・グローブス将軍はマーシャル将軍に対し、別の長崎型プルトニウム原子爆弾の『目標設定』が完了し、「1945年8月24日以降」に使用可能になると通知していたのです。

              

1945年8月8日の夕刻、ソ連が日本に宣戦布告したことも大日本帝国の降伏に影響を与えました。
翌日以降、赤軍は満州国内の日本のエリート部隊である関東軍を、熱く熱したナイフでバターで切断するようにしてバラバラにしてしまいました。
もう1つの降伏要因は、1945年8月11日に第三者を介して伝えられたアメリカの保証でした。
これは当時神のような存在であった裕仁天皇が日本の降伏後、政治権力の一切を失いはするものの天皇であり続けることができるというものです。

                 

最初の原子爆弾攻撃の直後、当時の鈴木貫太郎内閣の内閣書記官長であった迫水久常(さこみずひさつね)は、日本が持ちこたえられるのはせいぜい2か月間、1945年10月までだと見積もっていました。
日本にはすでに制空権も制海権もなく、原油、ゴム、鉄鉱石の輸入の道も途絶えていました。
そして日本軍はビルマ及び太平洋諸島から駆逐されていました。

                  

さらに、チェスター・ニミッツ提督(太平洋艦隊司令官)やウィリアム・リーヒー(トルーマンの参謀長)などのアメリカ軍高官の手元には、海上封鎖と絶え間ない空襲により日本は数週間以内に降伏せざるを得ない状況にあり、今さら日本本土への上陸作戦や原爆の投下は必要ないという詳細な資料がもたらされていました。

                   

1944年3月の段階でグローブス将軍が強調していたように、原子爆弾は新たに登場した長期にわたるアメリカの敵となるソビエト連邦への実物警告として広島と長崎に投下されたのです。

                  

核兵器を使わない空爆とはいえ、カーティス・ルメイ少将の下で行われた日本国内の数十の都市に対する戦術的空爆は大量殺戮の度合いを強めていきました。
ただし日本の軍組織もひときわサディスティックで残忍であり、第二次世界大戦が始まる前から各地で残虐行為を行っていたことを忘れてはなりません。

              

しかしそのことで、アメリカの軍事力の矢面に立たされたのは日本の民間人でした。
1945年5月30日、ルメイは記者会見を開き、米国の空爆が100万人以上の日本人を殺したと公の場で自慢しました。

                 

1945年の夏までに900万人以上の日本の市民が家を失い、そのほとんどが農村や山村に避難しました。
原爆投下の直前まで、アメリカ軍機によって破壊された日本の病院は969もの数に上っていました。

                

その4年前、フランクリンD.ルーズベルト大統領が述べたハワイのパールハーバーにある米海軍基地に対する日本の「挑発的で卑劣な攻撃」が行われた背景には、実際に根拠のある懸念が日本側にはありました。
1941年12月7日の真珠湾攻撃に先立つ5か月間、ワシントンはB-17重爆撃機をパールハーバーを始めとする太平洋の米軍基地、フィリピンのクラーク空軍基地とデルモンテ空軍基地に移動させていました。
1941年半ば以降、アメリカの大型の爆撃機の半数が大西洋側から太平洋側に移動していましたが、こうした状況については日本の軍参謀たちも気づいていました。

                 

                  

この太平洋方面軍の増強の背景にある理由は1940年の後半、有名な戦前の軍事構想の専門家である空軍将官のクレア・シェンノートが具体化したものでした。
彼はB-17爆撃機がどのようにして「焼い弾で大日本帝国の産業中枢を焼き尽くす」のかその方法を説明しました。
「大量のアリが群らがっている竹で作った蟻山が集中している本州と九州への攻撃」…
シェンノート将軍の計画を聞いたルーズベルト大統領は「ただただ喜んで」いました。

                   

日本が真珠湾攻に踏み切る1941年以前、日米両国はすでにアジア大陸と太平洋地域において互いに相容れない野望を持つ主要なライバル同士だったのです。
アメリカ政府は大日本帝国に宣戦布告することにためらいはなかったはずです。
真珠湾攻撃の3週間前の1941年11月15日、マーシャル将軍は記者団に対し、『オフレコのブリーフィング』で、アメリカ軍航空機が『紙で作られた日本の都市に火をつけることになるだろう』と語っていました。
「相手がたとえ民間人であろうと、我々は爆撃をためらうことはない。」

                    

(後編に続く)
https://www.globalresearch.ca/us-military-destroyed-66-japanese-cities-before-planning-wipe-out-same-number-soviet-cities/5680934

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10数年前に80代で亡くなった同じ町内に住む男性が、太平洋戦争時代のことについて話してくれたことがありました。

この男性は戦後警察官僚として定年退職を迎えましたが、太平洋戦争当時は下士官として中国にいました。

「自分が軍から命令されて中国でやったことは、一生誰にも話すつもりはない。」 

「家族にも話したことはないし、絶対に口にするつもりもない。あんなことをやったなんて他人に言えるはずがない…このまま墓まで持っていくしかないんです…」

こう語ると男性は絶句して下を向き、そのまま動かなくなりました。

何も具体的なことは話してくれませんでしたが、それだけ苛烈な体験を、そして多分忌まわしい体験を強いられたのだと思います。

その時の男性の姿は鮮明な記憶として残っています。

                       

歴史修正主義者の無恥無反省の都合の良い話ではなく、自国で食い詰めた挙句ににやってきた外国人の日本に対するおべんちゃらでもなく、日本人が再び戦争という最低最悪の選択をしないように、市井で暮らし続けているこうした日本人自身の実体験を一つでも多く記録していきましょう。

日本人はなぜ人類史上初の核兵器攻撃の標的にされたのか《前編》

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所要時間 約 8分

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広島、長崎ともに核兵器攻撃によって殺戮されたのはほとんどが民間人、軍関連施設は無傷のまま残った

「当初の日本侵攻計画では、3次にわたる攻撃によって9発の原子爆弾を投下する予定だった…」
広島と長崎の両方で多くの医療施設が破壊された結果、死亡者数が大幅に増加することになった

                  

               

シェイン・クイン / グローバル・リサーチ 2019年6月18日

                    

第二次世界大戦中に米軍が日本に与えた被害の程度は、今日でも尚広く知られてはいません。
2,500人近くのアメリカ人が殺された日本軍による真珠湾攻撃に対する報復として、アメリカ軍は1942年4月18日午後から首都東京をはじめ、横浜、大阪、名古屋、神戸、横須賀の日本の5大都市に対し攻撃を行いました。

            

「ドリトル奇襲作戦(Doolittle Raid)」と名付けられた日本の領土へのこの初めての侵入作戦に参加したのは、アメリカ軍の16機の B-25中型爆撃機でした。
与えた損害は日本人の死者が約50人、受けた損害は全体的なものでしたが軽微なものでした。

                

この爆撃により東京の大日本帝国の首脳部は面目をつぶしましたが、もっと深刻だったのは日本国民に与えた心理的恐怖感でした。
さらに日本側に衝撃を与えたのは、B-25爆撃機がただの1機も撃墜されなかったことでした。
それは次に来る事態を暗示するものになりました。

                

                             

月日が過ぎるごとに年を追うごとにアメリカ軍の爆撃による被害は拡大していきました。
1945年6月15日までに、主に新しいB-29 4エンジン重爆撃機によって放たれた爆撃によって、66の日本の都市が米陸軍空軍によって全滅しました。

               

こうしてアメリカ軍に破壊された日本の都市の数、66という数字は1945年9月中旬に米国国防総省が計画をまとめ上げたソビエト連邦の国家機能を完全に奪うために破壊しなければならない都市の数とぴったり一致するものでした。
1945年9月2日に日本の代表が降伏文書に署名して第二次世界大戦が終結したわずか2週間後、アメリカはソビエト連邦領内に204発の原子爆弾を投下して66都市を消滅させる計画をまとめ上げていたのです。

                 

大日本帝国に対する核兵器攻撃の提案に関し、米陸軍参謀長のジ ョージ・マーシャル将軍は1954年に次のような事実を明らかにしました。
「当初の日本侵攻計画では、3次にわたる攻撃によって9発の原子爆弾を投下するつもりでした。」

                  

しかし広島への原爆投下直前、ペンタゴンが所有する原子爆弾の数は6個に満たない数だったのです。

                 

                 

世界で初めての核兵器による攻撃は1945年8月6日現地時間の午後8時15分、広島上空でB-29重爆撃機から15キロトンの原子爆弾が空中に放出された瞬間に始まりました。
44秒間落下を続けた後、リトルボーイは広島市中心部にあった志摩病院の真上で爆発しました。
瞬く間に医師、看護師、患者全員が灰になりました。
周囲ではさらに数十の病院、学校、歴史的建造物が吹き飛ばされ、あるいは倒壊しました。

              

地上の温度は瞬間的に摂氏3,000℃~4,000℃に達し、数万人が焼き殺されました。
爆心地から2キロメートル圏内にいた人々のうち、112,000人が1年以内に死亡しました(1946年8月10日)。

それに加えて何万人もの人々が放射線障害と重度の火傷によって死亡しました。その中には爆心地から2km圏の外側、数百メートル〜数キロの場所にいた人々も含まれます。

                   

直接の死者も後から死んだ人々もそのほとんどが民間人でした。
多数の女性と子供たちに加え、軍隊の任務をこなすには年齢が高すぎるか徴兵検査を通らなかった男性たちです。

                          

              

広島市の周辺に点在する軍の施設や重要な武器製造施設は完全に無傷のまま残りました。
これらの工場は、総産業生産高の74%を占めていました。
太田川デルタ地帯に存在していた広島の重要な港湾施設や軍港も無傷でした。
さらに広島の工場労働者のほぼ95%も原爆投下後も無傷のままだったのです。

              

投下から数時間後、第一報を耳にした米国のハリー・トルーマン大統領は、原子爆弾の爆発を「歴史上最大の出来事」であり、「圧倒的な成功」だと誇らしげに宣伝しました。

                  

3日後の8月9日、長崎は現地時間の午前11時02分に広島型原爆より高度な技術を用いた21キロトンの原子爆弾『ファットマン』で攻撃されました。
これは教育、文化、宗教施設が集中する長崎市の中心地で炸裂しました。
広島と同様、長崎に投下された原爆も市内にある軍関係の施設をほとんど無傷のまま残しました。

                     

この『ファットマン』も数万人を殺戮しました。
市内の主要な病院、教会や寺院、学校を破壊するとともに、数百数千という単位で子供達が犠牲になりました。
広島と長崎の両方で多くの医療施設が破壊された結果、死亡者数が大幅に増加することになったのです。

                

                      

                

《中編に続く》

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今日から3回に分けて

戦争がいかに無益であり

一旦戦争が始まってしまえば国民の生活がどれほど悲惨になり

どれほど多くの人命が無益に奪われるかを

そして

なぜ日本が

2度も核兵器攻撃を受けることになったのか

その見解の一つをご紹介します。

この問題について専門的に研究したことなどはありませんが、根拠とされているのが当事者自身の発言である点も考慮し、これまで読んだ中で最も真実に近いのではないかと考えています。

ともあれ私たち日本人にとって極めて興味深い事実と考察が明らかにされます。

ぜひ3回すべてお読みいただければ幸いです。

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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