ホーム » エッセイ » なぜ中止しないのか?:東京2021オリンピック
市民生活の混乱と医療崩壊が続く中、開催強行の姿勢を崩さないIOC
新型コロナウイルスの世界的大流行の真っ只中、オリンピック開催は人々の生命と健康に対する脅威
大会中止による損失 - IOCは保険金の支払いを受け、日本国民はツケを支払わせられる
アンドレアス・イルマー/ 英国BBC 2021年5月15日
新型コロナウイルスの感染爆発による非常事態宣言が首都東京で続く中、東京オリンピックの開催まで残すところ2か月余りという段階で、オリンピックを中止するよう求める声は日ごとに大きくなっています。
ではなぜ日本政府及び関係者は大会のキャンセルについて公式に語ろうとしないのでしょうか?
結論を言うと、答えがそれほど単純ではないからです。
日本の状況は良くありません。
新型コロナウイルスの非常事態宣言は、首都東京と他の3つの主要な都道府県で感染者数が増え続けているため対象地域が拡大しています。
健康問題の専門家と世論の双方が大会の中止を求めて声を上げているにもかかわらず、大会のキャンセルに関する公式のコメントはどこからも聞こえてきません。
現時点における世論調査では、日本人の人口の70%近くがオリンピックの開催を望んでいないことが明らかにされていますが、国際オリンピック委員会(IOC)は、飽くまで大会を開催するという姿勢を崩しません。
昨年夏に開催されはずだったオリンピックが今年開催されることについて、日本は安全で安心できる環境のもとで開催できるということに疑問の余地はないと長い間主張してきました。
しかし今週初め、菅義偉首相は初めて世論の圧力に屈した形で、日本政府は「オリンピックを最優先するわけではない」と述べましたが、最終的な決定はIOCに決定が委ねられるだろうと付け加えました。
では、誰が実際に大会を中止する力を行使できるのでしょう?
そしてキャンセルが発生する可能性はあるのでしょうか?
▽ どうすれば大会を中止させることができますか?
IOCと開催都市東京との間の契約は単純です。
キャンセルに関する記載が1項目あり、開催都市ではなく、中止を決定する権限はIOCだけに与えられています。
「これはオリンピックがIOCの『独占的財産』であるためです。」
国際スポーツを専門分野とする弁護士のアレクサンドル・ミゲルメストレ氏がBBCにこう語りました。
そしてオリンピック大会の『所有者』として、契約を終了させる権限もIOCが握っています。
戦争や大規模な暴動などを除けば、中止を正当化する理由の1つは、「いかなる理由であっても、大会の参加者の安全が深刻な脅威あるいは危険にさらされると信じるに足る合理的な理由がある場合」であり、この場合IOCは独自の裁量権に基づき中止を決定します。
新型コロナウイルスの感染爆発はこうした脅威である可能性があることは疑いがありません。
オリンピック憲章はまた、IOCが「アスリートの健康」を保障しなければならないとしており、「安全なスポーツ」を促進することを規定している、とメストレ氏は指摘しています。
それにもかかわらず、IOCの現執行部は大会決行に固執しています。
では日本はIOCの方針に異を唱え、オリンピック開催を自ら取りやめることはできるでしょうか。
「日本が一方的に開催中止を決定した場合、これらの開催都市約款のさまざまな条項の下では、発生するリスクと損失は開催国の組織委員会が負わなければならなくなるでしょう。」
メルボルン大学のジャック・アンダーソン教授はBBCの取材にこのように答えました。
しかしこの契約内容は通常ありうる一般的なもので、もちろん日本側はどんな内容の契約を取り交わしたかは十分承知していたはずだ、スポーツ法の専門家であるミゲルメストレ弁護士はこう説明しました。
日本側が予想していなかったのは、開催直前に新型コロナウイルスの世界的に大流行するということでした。
「契約には特定の不測の事態の発生が織り込み済みですが、現在の世界的状況の実態は明らかに前例のないものです」
「オリンピックは世界的に最大のスポーツイベントであり、日本とIOCにとって、放送権料販売の点で数十億ドルの損失発生の危機に瀕しています。巨大なイベントであるだけに、すべての側が巨大な契約上の義務を負っているのです。」
したがって唯一の現実的な解決策は、日本がIOCと共同で電源プラグを引き抜き、契約に従って事後処理を進めることです。
もしそうなった場合でも、保険金が支払われることになります。
IOCにはこうした場合の保険契約があり、開催国の組織委員会も保険に加入しており、世界各国の放送局やスポンサーも保険をかけています。
「東京オリンピックが中止された場合、こうした類の最大の保険支払いイベントになることは間違いないと思います。その点については疑いの余地はありません。」
アンダーソン教授がこう語りました。
ただし保険は主催者が支払った直接的な費用はカバーしますが、開催を見越して全国のホテルやレストランなどが観光客の増加を見込んで行った改装などにかかった間接費用については、保険による支払いを受けられない可能性が高いと考えなければなりません。
▽ 批判の合唱
今のところ開催をめぐり不透明な状況がダラダラと続いています。
これまでの道のりも決して平坦ではありませんでした - 大会は1年延期され、聖火リレーは何度も中断され、海外からの観客は入国することもできず、今や無観客での競技も視野に入ってきました。
しかしこの問題について発言したアスリートはほとんど存在せず、この問題については彼らの中でも意見が分かれているのかもしれません。
この大会での記録達成を目指してきた人々にとって、オリンピックは競技人生におけるハイライトであり、そのために何年にもわたってトレーニングを積み重ねてきました。
しかし新型コロナウイルスの世界的大流行の真っ只中にあっては、オリンピックの開催は人々の生命と健康に対する脅威となりえます。
日本最大のスポーツスターの一人であるテニスチャンピオンの大坂ナオミは、こうした議論に参加した数少ない選手の1人です。
しかし彼女も慎重に言葉を選びながら躊躇の思いを表明しただけでした。
「もちろん、オリンピックの開催を望んでいます。」
5月中旬、彼女はこう語りました。
「特に昨年は非常に重要な問題が起きたと考えています。」
「多くの予期せぬことが起こりました。私としては、この問題が人々を危険にさらしているのではないかと考えています…だとしたら間違いなく議論すべきです。それは今すべきことだと思います。結局のところ私はただのアスリートであり、パンデミックは世界規模で起きている問題であり、なおさらそう考えています。」
「人々が大きな不安を抱えているのだとしたら、それが真実大きな懸念の原因になっています。」
米国の陸上競技チームは5月中旬、安全が確保できないとして、日本でのオリンピック前のトレーニングキャンプを中止しました。
さらにキャンプが行われる予定だった日本の自治体の首長ですら、次のように語りました。
「現在の状況下、米国チームは可能な限り最善の決定を下したと確信しています。」
大会を構成するはずだった関係諸機関においても、同様の不安定要因が噴出しています。
東京周辺の全域にわたり、海外選手をホストする予定だった市町村が、オリンピック関連のイベントが新型コロナウイルスの感染拡大を加速してしまうことを恐れ、相次いで辞退を表明する事態になっていると国内のメディアが伝えました。
ある地方自治体の首長は5月中旬、アスリート専用の病床を病院内に確保するという要求を拒否したことを明らかにしました。
代わりに彼は、新たな延期または場合によっては中止の可能性について検討する必要があると語りました。
さらに医師会も政府あての声明の中で、新型コロナウイルス感染の拡大状況を考えると大会を開催することは「不可能」であると述べています。
これらはいずれもオリンピックの中止を明確に求めてはいませんが、医療の専門家による警告と世論が大会開催に反対することにより、始めは細々としたものでしかなかった大会開催への疑念と懸念は過去数週間を経て人々が集まり大きな合唱になりつつあります。
▽ 金の問題、そして…
しかし、大会中止による経済的損失以上のものも危機に瀕しています。
世界的スケジュールではもう来年の2022年2月には冬季大会の開催が予定されており、開催地は日本のライバル中国の北京です。
ですから全体を見れば、日本が東京オリンピックを完遂するためにはいかなる労をも厭わないということに疑いを差し挟む余地はありません。
日本が最後に夏季オリンピックを開催したのは1964年、この大会は第二次世界大戦後からの復興と再建の重要な象徴と見なされました。
東京2020/21大会は再び象徴的な意味合いを持つことになった、こう指摘するのは、メルボルン大学のアンダーソン教授です。
「日本は長期にわたる経済の停滞を経て、東日本大震災と福島第一原発の崩壊に遭遇しました。この大会は再び復興の象徴となるはすでした。
「その点が特に重要視されていたのです。」
しかし最終的に、大会を開催するかどうかは日本人が準備を進めるつもりがあるかどうかということとは別の問題です。
近代オリンピックの史上、大会がキャンセルされたのは3回だけです。
1916年、1940年、1944年。
2度の世界大戦による3回だけです。
これだけ逆風が高まっているにもかかわらず、IOCは中止を検討することさえ拒否しています。
これを見て事情に詳しい関係者は、東京2021オリンピックは準備が進められ、7月23日に開幕することになるだろうと見ています。
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以前から感じていたのですが、この記事を読んで改めて認識を深めたことがあります。
かつてヘレン・カルディコット博士が原子力発電のことを『極悪非道の連続殺人鬼』( relentless serial killer )と表現しましたが、現在のIOCもまた「relentless serial killer」と呼ばれても仕方がありません。
人命、そして人々の暮らしの安寧よりも自分たちの組織の存続と利害を優先させる組織に、『人類の祭典』などをつかさどる資格などないからです。