貧困ゆえに?孤独ゆえに?男女ともに増え続ける65歳以上の犯罪率
高齢者が犯す窃盗の内容は主に万引きであり、高齢者犯罪の中で圧倒的な比率を占めている

BBC 2019年1月31日
日本は今高齢者による犯罪の増加傾向の中にあります。
日本では全年代の犯罪事件の中で65歳以上の人々の割合がこの20年間で着実に増加を続けているのです。
BBCのエド・バトラーがその理由を探りました。
広島にある更生訓練施設(刑務所を出所した後スムースに社会復帰できるようにするための施設)で69歳の高田敏雄さんは、自分は貧乏が理由で法律を破ったと私に話してくれました。
たとえそれが鉄格子の中であったとしても、どこか無料で暮らせる場所で暮らすことを望みんでいたのです。
「私は年金受給年齢に達した時点で、持ち金を使い果たしてしまったのです。
そのときある考えが浮かんだのです。
「刑務所の中だったらただで暮らすことができるかもしれない…」
「そこで私は一台の自転車を盗んでそのまま警察署まで乗って行き、こう言ったのです。
「見てくれ、これを盗んできた。」
計画はうまくいきました。
この窃盗は敏雄さんが62歳の時に初めて行った犯罪でしたが、日本の裁判所はこのささいな盗難事件を重く見て、1年間の禁錮を命じる判決を下しました。

小柄でほっそりしていて、しかもにこやかな様子の敏雄さんはとても常習的な犯罪者のようには見えません。
ましてやナイフを使って女性たちを脅迫したことがある人間には見えません。
しかしそれこそは始めての禁固刑の刑期を終えて釈放された後、まさに彼がしたことなのです。
「私は公園に行き、ただ彼女たちを脅迫しました。何も危害を加えるつもりはありませんでした。中の誰か1人が警察に電話をかけることを願いながら、ナイフを見せびらかしました。
そして実際、一人が警察に連絡したのです。
これまでの8年間のうち、敏雄さんはその半分を刑務所の中で過ごしました。
私は彼が刑務所にいるのが好きかどうか彼に尋ねると、敏雄さんもう一つの経済的利点について話してくれました。
服役中も、敏雄さんの年金は支払われ続けるのです。
「別に刑務所暮らしが好きなわけではありませんが、刑務所内なら生活費がかかりません。」
「それに出所するまでに、少しばかりお金を貯めることもできました。ですからそれほど苦痛というわけではないのです。」
敏雄さんの存在は日本の犯罪における著しい傾向を表現しています。
日本は極めて遵法的な社会ですが、65歳以上の年齢層において犯罪割合が急激に増加する傾向にあります。
1997年時点では全年齢層の中で65歳以上の犯罪者の構成比率は約5パーセントでしたが、20年後の現在その割合は20パーセント以上にまで膨らんでしまいました。
現在日本の65歳以上の人口は全体の25パーセントを超えていますが、人口の伸びを超える勢いで高齢者の犯罪率が高くなっているのです。

こうした犯罪者のもうひとつの傾向は敏雄さんの例を見ても分かる通り、再犯率が高いことです。
もうひとつの傾向は恵子さん(仮名)の場合に端的に表現されています。
小柄でこざっぱりとした身なりのこの女性は70歳、自身の身の破滅の原因はやはり貧困であったと話してくれました。
「私は夫と一緒には暮らしていけませんでした。住む場所もなく、居場所すらありませんでした。だから盗むことが唯一の選択肢となったのです。」
恵子さんがこう語りました。
「ちゃんと歩けない80代の女性でさえ犯罪を犯しているのです。生きていくための食べ物や生活費を手に入れることができないからなのです。」
私が敏雄さんや恵子さんから話を聞いたのは、刑務所を出所した人々が社会復帰を果たすための更生施設でした。
その後私は恵子さんが再び万引きをして逮捕され、現在また刑務所で暮らしていることを知りました。
高齢者が犯す窃盗の内容は主に万引きであり、高齢者犯罪の中で圧倒的な比率を占めています。
彼らが万引きするのは主に食料品で、金額はほとんどの3,000円未満です。
東京を拠点とするリサーチハウスで人口統計学者を務めるオーストラリア生まれのマイケル・ニューマン氏は、日本の「わずかでしかない金額」の国が支給する老齢基礎年金だけではまともな暮らしを維持することはほとんど不可能だと指摘しています。
2016年に発表した論文でニューマン氏は老齢基礎年金のみで他に収入がなければ、家賃、食料、医療費だけで借金を背負わざるをえなくなると計算しています - その経費には暖房費や被服費などは含まれません。
昔は子供たちが両親の世話をするのが伝統的でした。しかし地方では就職先が見つからないなどの理由により若い人々が去って行き、両親は自活せざるをえない状況に置かれるようになったのです。

「年金受給者は自分の子供たちに負担をかけたくないと思っています。そして国の年金で生き残れないのであれば、子供たちの負担にならない残されたほとんど唯一の方法は、自ら進んで刑務所に入ることだと考えているのかもしれません。」
繰り返し罪を犯すのは「刑務所に戻る」ためであり、3度3度の食事が支給されても代金を請求されることはありません。
「その場所から出されてしまったら、再び戻れるよう自分でなんとかするだけのことです。」
ニューマン氏は、自殺も高齢者の間で一般的な選択肢の一つになっていることを指摘しています。
自殺は年金受給額の少ない高齢者が「引き際が肝心」と判断せざるをえない状況を解決するためのもう一つの方法なのです。
《後編》に続く
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より長く働くことが報われる社会の実現を
高齢化社会は老朽化した社会である必要はない

エコノミスト 2018年11月15日
現時点で赤ちゃんである日本人の半数が、100歳まで生きると予想されています。
こうした予想を目の当たりにしたら、三島由紀夫はゾッとしたかもしれません。
彼は若く容貌が美しいうちに死ぬことが重要だと考え、1970年にパントマイムの「クーデター」を試み、その後に武士の作法に則って割腹自殺しました。
しかし超長寿社会の予測は悲観論者たちをもゾッとさせています。
彼らは日本国民の平均年齢が高くなり続け、人口が減ることにより医療費が高騰し、年金制度が破綻し、いくつもの村が空っぽになり、さらには高齢者の世話をするべき若い人口が少なすぎると心配しています。
とはいえほとんどの人にとって、若死にしないことは祝うべきことです。
退職後の引退生活ではこれまで学ぶことができなかったスキルを身につけて新たな世界に踏み出し、愛する人と共に過ごす時間を楽しみと、あるいは血が飛び散る三島由紀夫の小説を読むことに時間を費やすこともできます。
安倍首相は、日本が超長寿をいかに充実したものにするか、そしてどのようにして実現するか、そのモデルケースとなるよう望んでいると述べています)。
安倍首相は「100年の人生を送る社会をデザインすること」について語っています。
しかしそれを達成するためには、安倍首相が今年を含めた3年間の任期中に、現在考えているよりもはるかに大胆な改革を採用する必要があるでしょう。

鍵になるのは、もはや働くことができなくなった人々をサポートするために必要な数の人々に、めいっぱい働いてもらうことです。
実現するためには方法が3通りあります。
現在の労働者にもっと労働するように説得する
より多くの女性が労働力として加わることを奨励する
より多くの移民を入れる
日本はこれら3つすべてについて進展が見られました。
65歳以上の働く人の割合はG7加盟国で最高です。
労働力における女性のシェアは、最近アメリカを上回りました。
そして国会(議会)は、2025年まで最高345,000人の外国人労働者(移民ではなく「研修生」と呼ばれる)が日本に入国することを認める法案について議論しています。
企業は生産性を高めるためにロボットへの投資を熱心に勧めています。
安倍首相は定年退職の年齢を遅らせることを奨励するため、公的年金制度を改革することを宣言しました。
これらは歓迎すべきですが、それだけでは不十分です。
日本人の平均寿命が100歳まで伸びるのであれば、70歳をはるかに超えて定年を迎える必要があります。
1年に7万人近くやってくる外国人労働者の数は一見すると多いようですが、日本の人口は1年に40万人近く減少し続けており、求職者一人あたり1.6人の求人と典型的な人で不足に陥っています。

安倍首相は、もっと多くの移民を受け入れなければなければなりません。
外国人の受け入れは安全で調和の取れた日本社会を壊してしまうと心配する向きもありますが、現実にそのような証拠はありません。
他にも外国人の増加が負担になるかもしれないと恐れている人々もいますが、いくつかの例外を除けば、法律は彼らが仕事を持っている場合にのみ日本に入国することを認めています。
日本の出生率が低いことを考えれば、外国の若年労働者を輸入することが特別養護老人ホームの欠員を補充し、必要な作業が行えるようにするための唯一の方法です。
安倍氏はまた地域住民が現在の定年年齢を超えて働く意欲が持てるように、平均余命の伸びと年金の積立額を反映する公的年金の支給時期と寛大さを自動的に調整する共通の方式を作り上げ、地元の人々がより長く働くためのより多くのインセンティブを生み出すべきです。
こうしたやり方はどこの国においても政治的に困難ですが、これ以外のやり方をすれば債務超過による破綻が待つだけです。
最後に、民間企業は年功序列制度を廃止すべきです。
この制度により従業員は年齢が上がれば自動的に昇級していきますが、代わりに60歳前後で辞職することを余儀なくされます。
年功序列制度は本来こうしたやり方を是正すべき立場の役員自身が恩恵を被っているためなかなか改まりません。
政府は定年退職を禁止することによって是正を促すことができます。
そうすれば企業は年功序列を基本とする給与体系を変えざるをえません。
企業は代わりに貢献に応じて報酬を支払うことになり、生産性を高めるとともに出産などによって昇進の機会を奪われていた女性たちにも恩恵があります。

高齢化社会は老朽化した社会である必要はありません。
安倍首相が述べているように、今日の日本人高齢者は10年前と変わらぬ歩行速度を維持しています。
しかし日本のシルバー世代が文字通り銀の輝きを維持するためには、安倍首相にはこれまでのような優柔不断はもう許されません。
https://www.economist.com/…/how-japan-can-cope-with-the-100-year-life- society
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100歳まで生きられるということが幸せなことなのかどうか私にはわかりませんが、孤独を感じることなく生きがいを持ち、自分の足で立ち、自分で何でもできる人生を全うきるのであれば、それは間違いなく幸せなことです。
しかし現在の日本の長寿イコール介護、長寿イコール薬漬けというでは、長寿イコール素直に幸せとは言えないでしょう。
「血圧130を超えたら…」なんていうテレビCMが毎日のように流されていますが、正常と高血圧の境界値がこれほど低いのは日本以外には無い、と言われています。
その日本もほんの三十年ほど前までは高血圧とは血圧150以上を指していました。
それがいつの間にか130になり、それを超えると降圧剤を飲まされる。年齢が高くなると血圧が上がるのは一方では血液を全身に行き渡らせようとする生理反応であるとも言われています。
それを無理に薬で下げてしまうと、大切な脳の血流まで滞るようになり、脳が栄養不足、酸素不足に陥る場合が出てきます。そうなると痴呆などの症状が現れやすく、ひどい場合には脳腫瘍の引き金にすらなり得るとする研究結果も公にされています。
しかし日本の大手製薬会社には厚生労働省のOBが大量に天下っており、医師会の圧力とも相まって、こうした指摘は取り上げられることがありません。
ごくごく単純な表現を許して貰えば、巨額の福祉予算の一部は厚生労働省の省益によって一部の製薬会社を太らせるのに使われ、その挙句大量の痴呆患者を生み、巨額の介護費用を要求する悪循環を作り出していることになります。
このような政治を1日も早く終わらせ、高齢者のための本来の意味での福祉社会を実現させなければ、日本の長寿社会は幸福な社会にはなり得ないのではないでしょうか?
日本・イタリアとは対照的に、ドイツはファシスト国家としての過去に正面から向き合った
多くの人が認めたくなくても、ホロコーストはドイツ人のアイデンティティにとって不可欠な部分

フェリックス・シュラークヴァイン / ドイチェ・ヴェレ 2019年1月27日
ドイチェ・ヴェレのフェリックス・シュラークヴァインは、自分たちの世代はホロコーストに関する知識を十分に持ちつつ成長したと語っています。
しかし我々は今日、ホロコーストについてもっと語り合う機会を増やす必要があります - 特に多くの人々にとって人間性に反するという点について
ハンス・ピーター・リヒターによる1961年の小説『フリードリヒ』は、2000年代の初めに小学校6年生の時のドイツ語教科のカリキュラムにありました。
この物語の語り手は、ナチス政権の下で暮らす若いドイツ人の少年です。
少年はユダヤ人の隣人と親友の運命について語ります。
ドイツでのユダヤ人迫害の歴史をはっきりと自分の意識の中に取り込んだのはこれが初めてでした。
「ナチス政権当時はユダヤ人だった…、そして今日においては黒人たち。さて生徒諸君、将来迫害を受けるのは白人、キリスト教徒、あるいは公務員かもしれないのです…」
この本の序文はこう述べています。
「公務員?」
11歳の私はそのとき、自分自身にこう問いかけました。
しかしそのとき私は突然、そこに綴られた言葉の意味の大きさに気が付いたのです。
その時からナチス政権時代とホロコーストの歴史は私の頭から離れなくなりました。
これらの問題は常に私の頭の一部を支配し続けることになりました。
歴史の授業はもちろん、ドイツ語、英語、フランス語の授業でも。

私たちは映画『シンドラーのリスト』、あるいは『ライフ・イズ・ビューティフル(人生は美しい)』などによって、ユダヤ迫害の史実を目の当たりにしました。
あるいは演劇を見たり、博物館、資料館、メモリアル施設を訪れることもしました。
そして私たち家族は、夕食の席でよくこの問題についいて議論を行いました。
そして夜が更けるまでテレビで放映されるドキュメンタリーや長編映画に見入っていました。
そうした私たちにとってのいわば常識が、今日に別のものになってしまったとは想像もしていませんでした。
しかし事実はそうだったのです。
私の祖父母世代・戦後の世代にとって、ホロコーストについて口にすることはタブーでした。
かつてのナチス党員たちは依然として裁判所、政府省庁、学校の教室、大学、そして自宅のソファなど、どんな場所にも存在していました。
戦争が終わって最初の20年間は沈黙しているしかなかったのです。
世代交代が終わってナチスとは無関係の世代が取って代わった1968年、単刀直入に質問することが可能になったのです。
「あの当時、一体何が起きていたのですか?」

▽ ホロコーストはドイツ人のアイデンティティの不可欠な要素のひとつ
一方の私は、ナチス独裁政権とホロコーストに関する知識を深めながら成長しました。
そしてそれは私のアイデンティティにとって欠くことのできない部分を構成することになりました。
多くの人がそれを認めたくないとしても、それは一般的ドイツ人のアイデンティティにとっても不可欠な部分です。
かくいう私にとってもホロコーストに関する報告書や画像は、それほ事実として受け入れるにはあまりにもシュールで現実離れしたもののように感じられました。
「そんな恐ろしいことが再び繰り返されるなどということがあり得るでしょうか?何もかもが非常に恐ろしいことであったことは誰もが認めているはずなのに?」
人間であれば誰しもがそう考えるでしょう。
しかし、そうした世界は善意で結ばれているかのような見方は考えが甘いというだけてでなく、非常に危険ですらあります。
政治制度は不変ではありません。
そして政治体制の変更は、必ずしも劇的転換だけによるとは限りません。
それはむしろ少しずつ進行するため、手遅れになるまで気付かないことが数多く繰り返されてきました。

私たち世代の人々は平和な時代しか知らなかったとしても、このような事実があったことを意識する必要があります。
1945年以降もヨーロッパでは戦争が起きました。
1945年以降、そして世界もまたルワンダ、カンボジア、ミャンマー、そしてヨーロッパの西の端のバルカン半島など、世界中で数百万もの人々
が殺害されました。
どうしてドイツでは二度と起こらないと保証することができるのでしょうか?
政治史教育は過去の悲劇の繰り返しを避けるために、確かに重要な要素です。
イタリアや日本とは対照的に、ドイツはファシスト国家としての過去に正面から向き合いました。
▽ 罪悪感の問題ではなく、責任の問題
政治史教育は過去の悲劇の繰り返しを避けるために、確かに重要な要素です。
イタリアや日本とは対照的に、ドイツはファシスト国家としての過去に正面から向き合いました。
にもかかわらず、現在のドイツの姿を見ていると心配になるばかりです。
シナゴーグや他のユダヤ人施設はドイツ警察の保護下にあります。
しかしドイツを初めとするヨーロッパ諸国においては、反ユダヤ主義を動機とする犯罪の数は近年劇的に増加しています。
ひとつの政党がドイツ議会に(さらには国内の16の州すべての議会で)議席を持っています。
政党の指導的メンバーは12年のナチの独裁政治について、『「ナチス時代は『鳥の糞』程度の汚点でしかない。』と表現しました。

そしてベルリンにあるホロコースト記念館について「恥さらしのメモリアル」と呼んだのです。
この発言をしたビョーン・ヘッケは、ホロコーストを公式に記録するという「愚かな」政治によってドイツは「手足を縛られている」とすら主張しました。
この政党AfD(ドイツのための選択肢)はビョーン・ヘッケの発言について不問に付す姿勢を取っています。
極右の政治家たちはドイツ人が「罪悪感」を持ち続けることを批判しています。
しかし、それは罪悪感だけの問題ではありません。
我々の世代の人間は、私たちの祖父母が犯した行為について「有罪」ではありません。
それにもかかわらず、私たちは私たちドイツの歴史の中で最も陰惨な章が決して繰り返されないことを保証する責任を負っているのです。
1985年5月8日の第二次世界大戦終結40周年記念の演説で、元ドイツ連邦議長のリチャード・フォン・ヴァイツシェッカーは次のように述べています。
「過去の事実に目をつぶろうとする人間は、現代の状況についても盲目なのです。そして当時の非人道的行為を思い出したくないという人は、新たな悪しき思想の影響を受けやすくなります。」

▽ 強制収容所の見学を学校の授業に取り入れるべき
強制収容所を実際に目撃した人々のほとんどがこの世から旅立つ時代がまもなくやってきます。
そうなれば私達は彼らのインタビュー、彼らの著作や手紙を通してしかこの問題と向き合うことができなくなります。
そこには欠けていくものがあります。
時間の経過とともに感情が弱まっていくからです。
高校卒業試験を修了する前の年、私はクラスでアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所記念館を訪問しました。
ガス室の床に自分の足で立ち、自分の目で殺された男性、女性、子供たちの大量の靴、髪の毛、そしてスーツケースなどを見たことは、私のそれまでの人生で疑いなく最も心を動かされた出来事の一つでした。
これらの時の印象が私の心の中に永遠に消えない一つの信念を作り上げました。
「アウシュヴィッツを二度と繰り返してはならない」
強制収容所記念施設を訪れることは、どんな歴史の授業を受けるよりも効果的なはずです。
それは、まさしくそれが私たちの心を揺り動かし、起こった出来事をどんな教科書や長編映画よりもはるかに切実に感じさせることができるからです。
ドイツは現在移民の国になりました。
ホロコーストによってアイデンティティが形作られてはいない世界中の人々が、ドイツを目指してやって来ます。
ホロコーストは新たに移民としてドイツにやってきた人々の歴史とは直接関係がありません。
それでもドイツで生きていく人間たちは、一部の人がそうしているようにホロコーストの史実と向かい合うべきなのです。

結論を言えば、ナチス独裁政権とホロコーストの歴史はドイツだけの歴史ではなく、人類の歴史です。
その史実はある一定の条件が揃った時、人間がどのような行動をする可能性があるか、そのことを教えています。
ホロコーストの歴史認識、それは人類全体の問題なのです。
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私がこれまで見た映画の中で『アンネの日記』ほど哀切なものを知りません。
私がこれまで聴いた音楽の中で、パウル・グレツキの『悲歌のシンフォニー』ほど、聴いていて息苦しくなる音楽を知りません。
正直、一度知ってしまった以上はもう二度と見たり聴いたりしたくない、というのが正直な感想です。
強制収容所 - 絶滅収容所というものは、それ程のものだったのであり、二度と繰り返してはならない、そのための取り組みを絶やしてはならない、というのは真っ当すぎるほどの議論です。

ロシア vs. 日本:確執の的となっている島々に関する客観的事実について
F. ルーズベルト米国大統領がソ連のスターリンに対し、対日参戦と引き換えに千島列島の奪取を容認
アルジャジーラ 2019年1月22日
ロシアによってクリルと呼ばれ、日本によって北方領土と呼ばれる一連(ひとつらなり)の火山島こそは、日露両国が第二次世界大戦の交戦状態を終結させるための平和条約調印を妨げてきた問題の中心にあります。
第二次世界大戦の最後の日、ソビエト軍によって押収された4つの戦略的にも重要な島々に対し日本側は『固有の領土』であると主張し、両国の話し合いは何十年もすれ違いを続けてきました。
ロシアと日本の指導者たちは改めて1月22日に、紛争中の4つの島々をめぐりモスクワで協議を行います。
ロシアのウラジミール・プーチン大統領と日本の安倍晋三首相が1月22日にモスクワで会談を予定していますが、議題は領土問題がそのほとんどを占めることになるでしょう。
問題となっているクリル諸島(千島列島)に関する重要な事実は次の通りです。
▽ 位置

紛争の焦点となっているIturup(日本名:エトロフ)、Kunashir(同:国後)、Shikotan(同:色丹)とHabomai(同:歯舞)の島々は、最も近い島は日本の北海道の北海岸からほんの数キロ先の地点にあります。
これらの島々はオホーツク海と太平洋を二つに分ける火山列島の最南端に位置します。
これらの島々はロシアのサハリン島の南東に位置し、ロシア政府の行政上同じ地域の一部ですが、日本側はこれらの北海道の一部であり、「ロシアが違法に占領している」と考えています。
▽ 両国間の条約
1786年ロマノフ朝ロシアのエカチェリーナ2世はクリル諸島が「ロシアの探検家」によって発見され、したがって「ロシア領土であることは疑いようのない事実である」と宣言し、クリル諸島の主権を主張しました。
1855年のロシアと日本の間の最初の条約では、両国間の国境線は日本に最も近いIturup(日本名:エトロフ)、Kunashir(同:国後)、Shikotan(同:色丹)とHabomai(同:歯舞)の4島のすぐ北に引かれることになりました。
20年後の1875年に新たな条約が締結され、ロシアがサハリン(樺太)島を完全に支配することと引き換えに、千島列島全島が日本の領土となりました。。

1905年の日露戦争でロシアが敗北し、日本はサハリンの南半分を取り戻しました。
▽ ソ連による実効支配
第二次世界大戦の最後の日日、ソ連軍が千島列島全島を侵略して奪取、以来クリル諸島はロシア政府と日本政府間の紛争の中心にあり続けてきました。
米国が広島に原爆を投下した直後、ソ連は1945年8月9日に日本に宣戦布告しました。
そして8月後半から9月初頭、千島列島の守備隊の将軍が降伏した後、ソビエト軍は島々の占領を完了しました。
ロシアは1945年2月、第二次世界大戦後の世界について協議するためヤルタで開催された連合国首脳会議で、当時のフランクリン・ルーズベルト・アメリカ合衆国大統領がソ連のヨシフ・スターリンに対し、対日参戦と引き換えにクリル諸島を奪還することに同意したと主張しています。
ソ連による島々の実効支配は、過去70年間に渡って日本とロシアが繰り返し合意形成のための試行錯誤を行ってきたにもかかわらず、ロシア政府と日本政府が正式に戦争を終結させるための平和条約の締結を妨げてきました。
1956年、ソビエト連邦のニキータ・フルシチョフ書記長は最初に色丹・歯舞の2島を返還し平和条約を締結することを提案しましたが、日本がアメリカと安全保障条約を締結した後、この提案を取り下げました。

▽ 戦略的価値
戦略的に国後島と択捉島の間の海峡は冬季にも凍結しないため、ロシアはウラジオストクを拠点とする潜水艦を含めた太平洋艦隊が年間を通して太平洋にいつでも出動できるようになります。
ロシアは千島列島に軍事基地を置き、ミサイルシステムも配備しています。
千島列島の現在の人口は約2万人です。
安倍首相とロシアのプーチン大統領との間の過去数年間にわたる多数回の会合の結果、魚介類の養殖、風力エネルギー、観光などの分野で、島の様々な経済プロジェクトを立ち上げましたが、ロシア側は投資規模はまだまだ足りないと語っています。
2017年両国はさらに、日本の元住民が北方4島に墓参できるようチャーター便を飛行させることにも同意しました。
千島列島は温泉や鉱物資源、そして超音速航空機の生産に使われるレニウムのようなレアメタル資源などが豊富な場所でもあります。
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第二次世界大戦末期の大日本帝国ほど愚劣な国家は世界史上稀かもしれません。国家滅亡の危機に瀕しながら、当時の政策担当者軍の高官たちが目の色を変えて守ろうとしたは、自分たち自身、そして面子でした。
とめどもなく敗戦が続く太平洋の島々で『玉砕』を強いられた若者たちは、こうした軍高官の面子のために大量自殺を強いられました。
そしてもう一つ腹がたつのが、この千島列島の事実上の強制割譲です。
第二次世界大戦後半、アメリカ国内で徴兵された兵士たちは、ヨーロッパ戦線に送られることが決まると「ほっとした」。一方太平洋戦線に送られることが決まると「暗く絶望的な気持ちになった」と何かの本に書いてありました。
アメリカにとって、日本との戦いは驚くほど多くの犠牲を強いられた戦いでもありました。
損耗を恐れた当時の米国大統領ルーズベルトはソ連を対日参戦させることによってアメリカ軍の損耗を減らそうとして腐心しましたが、ヨーロッパ戦線でドイツとの死闘を終えたソ連軍兵士を今度は極東に送ることについては、さすがにスターリンにもためらいがあったと言われています。
その際持ち出されたのが、ソ連が千島列島その他を好きにしてもアメリカは黙認するという条件だったと言われています。

その後の冷戦について考えるとにわかには信じがたい話です。
しかし少なくとも言われるように、1945年5月時点で日本が降伏していれば、北方領土の強制割譲も、原爆の投下も、旧満州地区での日本人大量虐殺も、中国残留孤児の問題も存在しなかった可能性があります。
太平洋戦争はその目的についても、国民に対する扱いについても、その経過と結末についても、愚劣以上に悲惨な戦争だったと言わざるをえません。
その戦争を美化することは、その人間が当時の当事者たち以上に愚劣な人間であることの証明にほかなりません。
「商業捕鯨は21世紀にあってはならない残酷で時代錯誤な行為」
「商業捕鯨の再開の正当性や必要性について、文化的、商業的、科学的あるいは倫理的根拠は全く無い」

キャロライン・デイヴィス / ガーディアン 2019年1月23日
日本は2019年7月に商業捕鯨を再開することを公表しましたが、国際的な非難に直面することになりました。
著名人や環境保護論者たちは、「21世紀にあってはならない残酷で時代錯誤な行為」を非難し、捕鯨再開の決定を覆すよう日本に要求しています。
日本の安倍首相に宛てられた公開書簡は安倍政権が国際捕鯨委員会(IWC)を脱退するという決定をしたことを厳しく批判し、運動家たちは1月26日土曜日にロンドンの日本大使館前で平和的な抗議行進を計画しています。
この書簡には俳優のリッキー・ジャーヴェィス氏、ジョアンナ・ラムレイさん、スティーヴン・フライ氏(俳優、作家、ジャーナリスト、コメディアン、司会者、映画監督)とベン・フォーグル氏(ニュースキャスター)、博物学者のクリス・パッカム氏などが署名しました。
パッカム氏は、次のように述べています。
「他の国々に取って全く納得できないことですが、日本はクジラの殺害を再開する方針を示しました。嫌悪をあらわにするだけの声明は必要ありません。私たちが必要とするのは日本に対する厳しい制裁です。日本人が恥知らずな行動に出るのであれば、彼らは経済的に苦痛を味わうことになるかもしれません。」

日本は2019年7月に商業捕鯨を30年ぶりに再開する予定であることを2018年12月に公表した後、国際的な非難に直面しています。
グリーンピースは、クジラの資源が回復したという日本の見解に異議を唱えています。
1986年以来日本は南極近海で8,201匹のミンククジラを殺してきた、保護活動を行ってきた運動家がこう語りました。
捕鯨廃絶委員会が主催するロンドンの日本大使館への抗議デモは、1月26日土曜日の正午に予定されています。
国連の野生動物保護プログラムの後援者であるベン・フォーグル氏は、次のように述べています。
「捕鯨は私たち人類が基本に持つべき人間性を無くしてしまった見下げ果てた行為です。私は日本に対し、世界中があげている声に耳を傾け、無意味なクジラの殺害をもう二度と行わないようにするよう求めているのです。」
公開書簡は安倍首相に対し、捕鯨を中止し、IWCに再加盟するよう求めています。
「クジラを殺すのに思いやり深い方法などはありません。クジラは捕鯨用の銛を打ち込まれた瞬間から苦痛にもがき、血まみれで悲惨な状態で長時間苦しみながら死んでいくのです。」
「商業捕鯨の再開の正当性や必要性について、文化的、商業的、科学的あるいは倫理的根拠は全くありません。」
英国の新聞デイリー・テレグラフに掲載された書簡にはこう書かれています。
さらにクジラ肉の消費量が1962年の233,000トンから2016年3,000トンに減少した日本について。書簡にはこうも書かれています。
「クジラ肉に対する大きな需要はもはやなくなっていることは明白です。」

書簡は国際的な捕鯨禁止による鯨類の保護を継続することが「重要」であること、そして商業捕鯨中止によって絶滅の危機に瀕していたいくつかの鯨種がゆっくり回復傾向にあることにも言及しています。
署名の列には、霊長類学者のジェーン・グドール博士(動物行動学者、霊長類学者、人類学者、国連平和大使)、ボーン・フリー財団女優のヴァージニア・マッケンナ氏、映画監督のビル・トラバーズ氏、テレビ・ラジオのプレゼンテーターのニッキー・キャンベル氏、自然主義者のスティーブ・バックシャル氏、ブロードキャスターのセリーナ・スコット氏などが名を連ねています。
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この記事、日本の報道にだけ接していたのではわからない商業捕鯨再開に対する欧米社会の怒りというものを肌で感じました。
日本の報道にだけ接していると、クジラ食という『日本の食文化』をなぜ欧米社会が邪魔するのだ?という気分になります。
しかし一方的側面だけを持った物事というものはなく、好むと好まざるとにかかわらず商業捕鯨というものに対する欧米社会の評価がこの記事に書かれているように変化している中で、それでも私たち日本人はクジラ食を続ける必要があるのか?という側面もあります。
「この産業の従事者はどうする?」という指摘もあるかもしれませんが、今や産業構造の変化は日常的に存在しています。
もっと過酷な環境で生きる術をかえざるをえなかった人々は無数に存在します。