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ロシア vs. 日本、そして北方4島

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ロシア vs. 日本:確執の的となっている島々に関する客観的事実について
F. ルーズベルト米国大統領がソ連のスターリンに対し、対日参戦と引き換えに千島列島の奪取を容認

         

アルジャジーラ 2019年1月22日

       

ロシアによってクリルと呼ばれ、日本によって北方領土と呼ばれる一連(ひとつらなり)の火山島こそは、日露両国が第二次世界大戦の交戦状態を終結させるための平和条約調印を妨げてきた問題の中心にあります。

        

第二次世界大戦の最後の日、ソビエト軍によって押収された4つの戦略的にも重要な島々に対し日本側は『固有の領土』であると主張し、両国の話し合いは何十年もすれ違いを続けてきました。

ロシアと日本の指導者たちは改めて1月22日に、紛争中の4つの島々をめぐりモスクワで協議を行います。

          

ロシアのウラジミール・プーチン大統領と日本の安倍晋三首相が1月22日にモスクワで会談を予定していますが、議題は領土問題がそのほとんどを占めることになるでしょう。
問題となっているクリル諸島(千島列島)に関する重要な事実は次の通りです。

         

▽ 位置

紛争の焦点となっているIturup(日本名:エトロフ)、Kunashir(同:国後)、Shikotan(同:色丹)とHabomai(同:歯舞)の島々は、最も近い島は日本の北海道の北海岸からほんの数キロ先の地点にあります。

        

これらの島々はオホーツク海と太平洋を二つに分ける火山列島の最南端に位置します。
これらの島々はロシアのサハリン島の南東に位置し、ロシア政府の行政上同じ地域の一部ですが、日本側はこれらの北海道の一部であり、「ロシアが違法に占領している」と考えています。

        

▽ 両国間の条約

        

1786年ロマノフ朝ロシアのエカチェリーナ2世はクリル諸島が「ロシアの探検家」によって発見され、したがって「ロシア領土であることは疑いようのない事実である」と宣言し、クリル諸島の主権を主張しました。

        

1855年のロシアと日本の間の最初の条約では、両国間の国境線は日本に最も近いIturup(日本名:エトロフ)、Kunashir(同:国後)、Shikotan(同:色丹)とHabomai(同:歯舞)の4島のすぐ北に引かれることになりました。

20年後の1875年に新たな条約が締結され、ロシアがサハリン(樺太)島を完全に支配することと引き換えに、千島列島全島が日本の領土となりました。。

1905年の日露戦争でロシアが敗北し、日本はサハリンの南半分を取り戻しました。

          

▽ ソ連による実効支配

         

第二次世界大戦の最後の日日、ソ連軍が千島列島全島を侵略して奪取、以来クリル諸島はロシア政府と日本政府間の紛争の中心にあり続けてきました。
米国が広島に原爆を投下した直後、ソ連は1945年8月9日に日本に宣戦布告しました。
そして8月後半から9月初頭、千島列島の守備隊の将軍が降伏した後、ソビエト軍は島々の占領を完了しました。

          

ロシアは1945年2月、第二次世界大戦後の世界について協議するためヤルタで開催された連合国首脳会議で、当時のフランクリン・ルーズベルト・アメリカ合衆国大統領がソ連のヨシフ・スターリンに対し、対日参戦と引き換えにクリル諸島を奪還することに同意したと主張しています。
ソ連による島々の実効支配は、過去70年間に渡って日本とロシアが繰り返し合意形成のための試行錯誤を行ってきたにもかかわらず、ロシア政府と日本政府が正式に戦争を終結させるための平和条約の締結を妨げてきました。

           

1956年、ソビエト連邦のニキータ・フルシチョフ書記長は最初に色丹・歯舞の2島を返還し平和条約を締結することを提案しましたが、日本がアメリカと安全保障条約を締結した後、この提案を取り下げました。

▽ 戦略的価値

          

戦略的に国後島と択捉島の間の海峡は冬季にも凍結しないため、ロシアはウラジオストクを拠点とする潜水艦を含めた太平洋艦隊が年間を通して太平洋にいつでも出動できるようになります。

ロシアは千島列島に軍事基地を置き、ミサイルシステムも配備しています。
千島列島の現在の人口は約2万人です。

          

安倍首相とロシアのプーチン大統領との間の過去数年間にわたる多数回の会合の結果、魚介類の養殖、風力エネルギー、観光などの分野で、島の様々な経済プロジェクトを立ち上げましたが、ロシア側は投資規模はまだまだ足りないと語っています。

        

2017年両国はさらに、日本の元住民が北方4島に墓参できるようチャーター便を飛行させることにも同意しました。

千島列島は温泉や鉱物資源、そして超音速航空機の生産に使われるレニウムのようなレアメタル資源などが豊富な場所でもあります。

          

https://www.aljazeera.com/news/2019/01/islands-heart-russia-japan-feud-190122010737338.html

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第二次世界大戦末期の大日本帝国ほど愚劣な国家は世界史上稀かもしれません。国家滅亡の危機に瀕しながら、当時の政策担当者軍の高官たちが目の色を変えて守ろうとしたは、自分たち自身、そして面子でした。

とめどもなく敗戦が続く太平洋の島々で『玉砕』を強いられた若者たちは、こうした軍高官の面子のために大量自殺を強いられました。

そしてもう一つ腹がたつのが、この千島列島の事実上の強制割譲です。

         

第二次世界大戦後半、アメリカ国内で徴兵された兵士たちは、ヨーロッパ戦線に送られることが決まると「ほっとした」。一方太平洋戦線に送られることが決まると「暗く絶望的な気持ちになった」と何かの本に書いてありました。

アメリカにとって、日本との戦いは驚くほど多くの犠牲を強いられた戦いでもありました。

損耗を恐れた当時の米国大統領ルーズベルトはソ連を対日参戦させることによってアメリカ軍の損耗を減らそうとして腐心しましたが、ヨーロッパ戦線でドイツとの死闘を終えたソ連軍兵士を今度は極東に送ることについては、さすがにスターリンにもためらいがあったと言われています。

その際持ち出されたのが、ソ連が千島列島その他を好きにしてもアメリカは黙認するという条件だったと言われています。

その後の冷戦について考えるとにわかには信じがたい話です。

        

しかし少なくとも言われるように、1945年5月時点で日本が降伏していれば、北方領土の強制割譲も、原爆の投下も、旧満州地区での日本人大量虐殺も、中国残留孤児の問題も存在しなかった可能性があります。

太平洋戦争はその目的についても、国民に対する扱いについても、その経過と結末についても、愚劣以上に悲惨な戦争だったと言わざるをえません。

その戦争を美化することは、その人間が当時の当事者たち以上に愚劣な人間であることの証明にほかなりません。

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