日本記者クラブの制度を当然と考える記者の多くが、政府官僚と対決することを避けている
まるで一般常識を語るようにして望月氏の徹底追及姿勢を批判する権力の取り巻きジャーナリスト

モトコ・リッチ / ニューヨークタイムズ 2019年7月5日
日本記者クラブの制度を当然と考える記者の多くが、政府官僚と対決することを避ける傾向にあるという批判が高まっています。
彼らが言い訳として構えるのが記者クラブから追放されたくない、意図的なリークも含め政府高官から時折漏れ聞こえてくる機密情報を特権的に手に入らなくなるというものです。
この春それを象徴する出来事がありました。
一人の男性記者が記者クラブの特権を使って引退を決めた野球界のスターであるイチロー選手に日本政府が国民栄誉賞を与えるつもりがあるのかどうか菅官房長官に直接尋ねたのです。
結果的に日本記者クラブの制度は多くのジャーナリストの調査報道への意欲を奪い、日本国民が自分達の政府について知るべきことが伝えられないままになっていると、ジャーナリズムに関わる人々が指摘しています。
NHKの元プロデューサーで現在は東京の武蔵大学社会学部教授の永田浩三氏は、
「現在日本ではたくさんの不透明な政治家がらみのスキャンダルが発生していますが、質問することが本当に困難な立場に追い込まれています。」
「日本のメディアは今、するべきことができない重度の機能不全に陥っているのです。」
望月記者は記者クラブの因習を厳しくはねつけたため、参議院選挙の対応に追われる日本政府はこの問題を一時棚上げにしました。
昨年12月、望月記者は地元沖縄の有力者がこぞって駐留するアメリカ軍の規模の縮小を求めているにもかかわらず、日本政府が大規模な米軍基地建設事業を進めていることについて菅官房長官に質問しましたが、彼女が質問している最中に、内閣官房室は記者クラブに対し彼女が『事実を誤認している』と非難するメモを突きつけました。
メモにはそれでも望月氏が今後行われる記者会見に出席することを妨げはしないと書かれていましたが、彼女を擁護する立場の人々は彼女を黙らせようとする陰険な試みであると疑っていました。
望月記者が勤める東京新聞は今年2月異例の全ページにわたる社説を掲載し、その中で権力を握る側がジャーナリストの質問を妨げたり規制することはできないと宣言しました。」

写真上 : 望月氏は東京新聞のニュースルームで、
「現政権は常に事実を国民の目から隠そうとしているます。」
と語り、次のように続けました。
「そだからこそ私たちが突き止めていかなければならないのです。」
今年3月には首相官邸前に約600人ほどが集まって「真実のために戦おう」「記者への個人攻撃はやめろ」などと抗議の声をあげ、望月記者への支持を表明しました。
今年6月には望月記者を題材にとったジャーナリスト者を主人公にした映画が公開され、さらに近々彼女を主題にしたドキュメンタリーも公開される予定になっています。
望月記者は子供の頃は女優になりたいと願っていましたが、政治学の学位を取得して大学を卒業した後、全国紙数社の就職試験を受けましたが、採用になりませんでした。
しかし東京新聞に新人記者として入社し、地方局の警察担当としてキャリアをスタートさせました。
彼女はたちまち頭角を現し、東京地方検事局を担当する重要なポストにつくことになりました。
取材のために望月記者は検事局の局長の自宅の外に駐車した黒いタクシーの中で眠り、その間タクシーメーターは回り続けていましたが相手が朝の散歩に出てくる間で辛抱強く待ち続けました。
しかしタクシー会社からの請求書を見た新聞社は、彼女の持ち場を変えることにしました。
結局望月記者は首都圏担当記者として戻ることになりました。
2人の子供を出産した後、望月記者は経済担当デスクに移動し、そこで日本企業が軍用機器を輸出している件について何本かの暴露記事を書きました。
そした望月記者が全国の人々から初めて注目されることになったのは2年前のことです。

菅官房長官の記者会見で、安倍首相が影響力を行使した疑いがある利益誘導スキャンダルに関係する山ほどの文書について詳細な質問を繰り返し、事実の存在を国民の眼前に描き出してみせたのです。
結局その事実を証明する文書を実際に入手したのは他の新聞社の記者であったため、望月記者に対して次のような批判をする記者クラブのメンバーが現れました。
望月記者は結果を出すことに失敗し、やったことは芝居じみたものだった、と。
しかしこうした発言をした記者たちは、自分たちが何者であるか一切明らかにしていません。
まるで一般常識を語るようにして望月氏の取材姿勢を批判するジャーナリストもいます。
「望月記者にはもっと自制してほしいというのが私たちの正直な気持ちです。」
時事通信社を退任した記者、田崎史郎氏がこう語りました。
「同じ質問を延々と繰り返さないことが大切です。」
望月記者が所属する東京新聞の編集長である臼田信之氏は、時折彼女のことが経営上の問題になる場合があると語りました。
「望月記者はしばしば上司が示した方針に従おうとしない場合があります。しかし彼女が明確な意見を持っていることは良いことであり、そしてそれは記者として大切なことです。」
「今日周りを見渡すとおとなしい記者ばかりが目立ちます。望月記者については時々うるさいと感じることがありますが、ほとんどの場合それは良い意味でのうるさいなのです。」
https://www.nytimes.com/2019/07/05
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この後編に登場する政権与党、つまり権力を持つ側に都合の良い記者などというものは、隠蔽や改ざんを自分たちが擁護することによってどれだけ多くの力のない人々が尚一層困難な状況に追い込まれてしまうか、そんなことは考えもしないのだろうな、と思います。
その代わり我が身可愛さばかりが先に立つ。
しかも相手も我が身可愛さでは誰にも引けを取らない人物。
『さもしい』という言葉が久しぶりに脳裏をよぎりました。
しかしそうした事実に気がついている私たちの発言や指摘が無力であっては、日本の劣化は悪化の一途をたどります。
300万人もの日本人を殺した太平洋戦争や軍国主義がこの国の美しさを守るために貢献したなどというのは、意見や見解と呼ぶのも愚かしいほどのものですが、それを平気で主張する人間たちをこのまま権力の座に置き続ければ、80年前の悪夢が再び現実になる危険性があります。
質問をどんどんぶつけ、事実を浮かび上がらせていく望月衣塑子(いさこ)記者、日本では彼女は貴重な存在
報道の自由が危ぶまれる日本、望月記者の徹底して質問を続ける姿勢は高く評価されるべきである

モトコ・リッチ / ニューヨークタイムズ 2019年7月5日
首都圏最大の地方新聞の望月衣塑子(いさこ)記者は、ノートパソコン、本、メモを収めたワインレッドの車輪付きのスーツケースを引いて政府の記者会見場に入って行きました。
彼女は背を向けて座りました。
そして他の社の新聞記者たちがお行儀良く質問をした後、飛びかかるように質問を発しました。
日本政府の担当者たちはぐずぐず意味不明の話をしたり、取るに足らない細部について話をして聞く者をウンザリさせますが、望月記者はひるまず答えを要求します。
政府関係者は一様に彼女の質問が長すぎると批判し、ひどい時には完全に無視します。
菅内閣官房長官は北朝鮮について質問する望月記者に対し
「私はあなたの発問に答える義務はない。」
と言い放ち、演壇から飛び降りてつかつかと歩き去っていきました。
43歳の望月記者はまだ大きな政治的なスキャンダルを暴いたり、実業界を揺るがすような事実を暴いたりといったことはまだしていませんが、鋭く追及する質問を数多く行っています。
その姿勢が望月記者を日本の報道の自由を守る民衆の英雄のような存在にしています。
日本の大手メディアの記者たちの多くは、真理の探求者というよりは単なる速記者です。
しかし望月記者がノーという返事を受け入れることはなく、政治家や官僚を繰り返しイライラさせながら事実について問いただすことをやめません。
望月記者は自分の使命について
「権力を持つ人間たちがどのように行動しているのかを実際に監視する」ことだと語り、
「政府というものは常に国民の目から事実を隠そうとするものなのです。」
とつけ加えました。
質問を繰り返して事実をつきとめる、このような説明はいかなる新聞記者であっても最も基本的な当たり前のことのように聞こえます。

「(質問を繰り返し事実をつきとめるという定義は)私たちの中では「だから何?」というほど当然の事です。」表現の自由に関する国連特別報告者であり、カリフォルニア大学アーバイン校医学部のデイヴィッド・ケイ教授がこう語りました。
ケイ教授は日本の報道機関の独立が保たれているかどうか、そのことに懸念を表明しています。
報道の自由が危ぶまれる状況にある日本において、望月記者の徹底して質問を続ける姿勢は「非常に価値があると考えられます。」
ケイ教授がこう語りました。
少なくとも迎合的に過ぎる日本の報道機関の姿勢に従うことを拒否することはできるのだということを、望月記者は身をもって証明しているのです。
望月記者は日本政府主催の記者会見に出席できる首都圏担当の取材記者であるという点で珍しい存在ですが、男性支配が続く日本の政治の世界で発言力がひときわ高い女性としても際立っています。
「彼女はこうした男性社会のなあなあの関係を攻撃しているのです。」
東京大学で社会科学・メディア研究を専攻する林香織教授がこう語りました。
望月記者の姿勢は「記者会見場で日本のジャーナリストはどう振る舞うべきかという暗黙の了解に反しているのです。」

日本は戦後アメリカ軍の占領下で起草された憲法の条文に報道の自由が明記されている近代的民主主義国家であり、ジャーナリストが「国民の敵」と非難されるような場所ではありません。
しかし現在の日本政府は時に特定のジャーナリストの記者会見場への入場を拒否したり、政治家と報道機関の経営陣との親密な関係を利用して記者たちの行動に制約を加えるなど、まるで独裁政権のような方針の下で行動しています。
日本の報道界で望月記者の存在を一躍有名にした舞台は政府の記者会見場ですが、ここには内閣府のいわゆる日本記者クラブのメンバーが出席しています。
記者会見の質問に際しては記者クラブのメンバーが優先され、ときには質問内容を日本政府の役人の検閲が入ります。
(望月記者の雇用主である東京新聞は記者クラブのメンバーです。東京新聞の記者であるために彼女は参加を許されています。)
こうした記者クラブは地方の警察署のような小さな組織から首相官邸に至るまで個別に存在し、会員ではないジャーナリストが記者会見に参加することすら妨げたり、政府機関からもたらされる情報を厳しく管理しています。
具体的には今年5月に東京郊外で発生した無差別大量殺人事件では、地元の警察機関は記者クラブのメンバーではないジャーナリストが事件の説明会場に入ることを許可せず、事件についての基本的な事実さえ彼らに明らかにすることを拒否したのです。
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こういう記事がいつか掲載されないかな、と願っていたところ、ニューヨークタイムズに掲載されました。
執筆したのは福島第一原発事故について精力的な報道を行ったマーティン・ファクラー氏の後任のモトコ・リッチさん(女性)です。
かつて翻訳したガーディアンの【 危機の時代のジャーナリズム 】( https://kobajun.biz/?p=32830 / https://kobajun.biz/?p=33171 )にこんな一節がありました。
「ジャーナリズムの本質は、市民一人一人が抱く疑問の答えを一緒に探し続けること。権力者の代弁者や応援団であることはジャーナリズムの本質に悖(もと)る行為」
「『これまでの秩序と態勢を崩壊させる』転換点に立つわたしたちには、ありのままの事実をありのままに伝える報道が必要」
「変化の時代に必要なのは、市民目線でものごとを考えるメディア、そして報道」
まさに望月記者の姿勢そのものといった感じがします。
そういえば【 危機の時代のジャーナリズム 】を執筆したのもガーディアンの主筆、女性のキャサリン・ヴァイナーさんでした。
幸いなことに望月記者にはその報道姿勢を応援する人々がいて、日本の民主主義がまだ死んでいないことにホッとする思いですが、現政権を見る限りホッとばかりしていられません。
私たちが生きているのはその民主主義を実現させるために数え切れないほどの人々が悲劇に見舞われ、血を流し、苦しい思いをした挙句に実現した社会です。
決して安易に崩壊させて良いものであるはずがありません。
日本に対し常識を超えた支配力を持ち続けるアメリカ
トランプは戦略について驚く程無知であり、まともな歴史認識など持ち合わせていない
2003年ブッシュ大統領の合理性に乏しいイラク侵略に加担した日本

ゲイリー J バス / ニューヨークタイムズ 2019年6月28日
トランプ大統領は海外訪問の際に最悪の振る舞いをする、その材料には事欠かないようです。
1年前ヘルシンキでロシアのウラジミール・プーチン大統領と会談する直前、フランスで開催された第一次世界大戦のアメリカ兵戦没者追悼式典への参列を見送った際の理由は「雨が土砂降りだった」(ホワイトハウス談)というものでした。
6月初旬にはロンドン市長を侮辱しました。
しかし大阪で開催されたG20サミットに参加する1週間前の振る舞いに比べれば、誰もが目を剥くというほどではありませんでした。
一連の彼の不安定な振る舞いの中でも飛び抜けてひどいものであり、アメリカ云々以前のトランプ氏の脈絡のない世界に向けた敵意がいかに危険なものであるか、それが客観的にわかる実物教育ともいうべきものでした。
伝えられるところでは日本に到着するまでの間トランプ氏は、1951年に署名され1960年に改訂された日米安全保障条約 - それはアメリカの外交政策の重要な柱の一本であり日米同盟の基盤をなすものです - についてアメリカ側から解消することをずっと考え続けていました。
6月26日日米安保条約についてフォックスニュースの取材を受けたトランプはいかにも馬鹿馬鹿しいといった口調でこう語りました。
「もし日本が攻撃されたらアメリカは第三次世界大戦を戦うことになる。」
そしてこう続けました。
「しかしアメリカが攻撃されても日本は我々を助ける必要はどこにもない。日本人はソニー製のテレビでその様子を見ていれば良いだけだ。」
トランプ氏の発言は、この人物が国務省のさして重要ではないデスクワークすら担当させてもらえない程戦略について無知であり、まともな歴史認識など持ち合わせていないということを表現しています。

トランプ氏は日米安全保障条約が一方的に日本に有利な内容だとほのめかしていましたが、この条約は主にアメリカによって起草されたものです。
大日本帝国が連合国に降伏した1945年8月、第二次世界大戦は終結、その後日本は強権的なダグラス・マッカーサー将軍の監視の下、アメリカ軍が主導する連合国軍の占領下に置かれました。
そして占領が終わった1952年4月、日本は軍国主義と決別し、平和主義と民主主義の理念を受け入れることになったのです。
マッカーサー司令部で当初英文で起草された新しい日本国憲法第9条は、日本が戦争を放棄し、陸軍、海軍、空軍の三軍を永久に保有しないことを宣言しました。
1951年に締結された安全保障条約についてトランプ氏は明らかに過小評価していますが、日本に対し常識を超えた支配力を持つ立場から、アメリカは欲しいものはほぼ全て手に入れることができました。
日本はアメリカ合衆国にのみ、国内とその周辺に空軍及び海軍基地を持つことを認めました。
その軍事力は武力攻撃及びソビエト連邦が扇動する暴動から日本を守ることが使命とされていました。
そして1960年の改定により、日本が武力攻撃を受けた場合にはアメリカが防衛するということがより明確になりました。
冷戦の最中には民主主義国家日本はアジア地区におけるアメリカの同盟各国の中心的位置を占めるようになり、ソビエト連邦と中国という二大共産主義国家に対する防波堤の役割を担っていました。

さらにトランプ氏は2001年9月11日に米国が攻撃された9.11同時多発テロのときの際、日本がどう対応したかに関する知識も無く、同盟国日本を侮辱しています。
同時多発テロでは日本人の犠牲者も出ましたが、全体の有様を見た日本の人々は深く心を痛めました。
そして親米派で保守派の小泉純一郎首相は、同時多発テロで多数の一般市民が虐殺されたことを自国の憲法第9条を見直す機会として利用し、より多くの国際的責任を担うことを自国に求めました。
小泉政権はテロ対策特別措置法を強行成立させ、アフガニスタンでの作戦を展開中だったアメリカ軍を自衛隊が支援することを可能にしました。
ただし平和主義は日本の国是であり、自衛隊は直接の戦闘行動や作戦支援などしていません。
ブッシュ大統領が2003年にイラクに侵攻したとき、小泉首相は最も忠実な外国の支持者になりました。
日本は憲法上の制約から侵攻作戦に加わることや直接の軍事的役割を果たすことを憲法上禁止されたまま - 戦後のイラクでの人道支援任務を行うため数百人の自衛隊の地上部隊を派遣しました。水と医療援助の提供、道路や建物の修繕などを行いました。

しかし小泉氏は多くの日本人同様小さくはない誤りを犯しました。
それは結果的にブッシュの合理性に乏しいイラク侵略に加担したことです。
しかしトランプ氏が言うような米国を支える姿勢に欠けるという非難はおよそ的外れなものです。
日本の右派タカ派の安倍首相に対するトランプ氏の発言は、意図不明の平手打ちを食らわせるようなものです。
自己保身が目的とはいえ安倍首相はトランプ氏との関係を深めようと懸命であり、米国とイラクの関係が危機的状況に陥らないよう仲介の労もとりました。
1960年の改定日米安保条約を調印したのは安倍首相の祖父、岸信介首相でした。
今年5月の4日間に渡った訪日中、安倍氏はトランプ氏のために日本の新天皇との特別な謁見の場を設け、相撲の特別観覧を設定し、さらには皇居での贅沢な宮中晩餐会でもてなしました。
その挙句東京での記者会見で安倍首相の隣に立ったトランプ氏は、数千人の日本の一般市民を殺害する可能性のある北朝鮮が最近行った短距離弾道ミサイルの発射実験に日本が懸念を示したことに対し、自分には関係のない話だと言い放ったのです。
トランプ氏は、無知で恩知らずで敵意を含んだ言動によって何を得ようとしているのでしょうか?
実際に安全保障条約から撤退する可能性は低いものですが、それでも日本との同盟に疑問を投げかけることで、北朝鮮と台頭する中国に日米関係に揺さぶりをかけるきっかけを与えています。

トランプの言動は明白な理由もなく最も重要な同盟関係を弱体化させ、対立によって引き裂かれた戦略的地域の安定性を損なうものです。
しかし私たちはトランプのこうした言動に慣れてしまっており、そこに隠された本当の危険に気がつきにくくなってしまっているのです。
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トランプの愚かさ、そしてやっていることが非常にに危険だということは、エコノミストやワシントンポスト、ニューヨークタイムズを読めばすぐわかることですが、日本に関わるこの記事のような事実については日本のメディアが伝えるべものだと思います。
ところが対トランプにしても対安倍首相にしても、日本の大手メディアは全くの腰抜け、忖度報道一色です。
かろうじて東京新聞や日刊ゲンダイなどのメディアが一線を守っていますが、彼らがいなければ、日本のメディアはまるで大政翼賛会。
その辺りを恬として恥じない、その理由は何なのでしょうか?
今回の参院選の報道にしても、6日付の朝刊第一面の見出しが『投票率が低いものにとどまると予想され、改憲勢力が勝利する見通し』という、予想屋のような内容がでかでかと掲載されているのを見て本当にがっかりしました。
その新聞社が政界通かどうか?などということはどうでも良いことであり、改憲という非常に重要な課題を目前して選挙に日本の国民が興味を示そうとしない、そのことに警鐘を鳴らすのが『言論機関』の役割ではないのか?という怒りを覚えました。
劣化する政治、劣化するテレビ放送、その上新聞報道まで劣化していけば、この国の未来は本当に危ない。
当事者自身にその危機感がないということに、国民として深刻な危機感を井田がざるをえません。
日本では政治は老人のためのビジネス
他の多くの国会議員同様、父親が政界を引退したタイミングで国政の議席を世襲

エコノミスト 2019年5月21日
日本の国会議員を一渡り見渡せば、すぐにわかることがあります。
日本では政治は老人のためのビジネスです。
国会議員の平均年齢は55歳前後のまま固定化しており、歴代首相の平均年齢ともなればさらにそれを上回っています。
だからこそ、次期首相の有力候補の一人に38歳の小泉進次郎氏(例によって男性です)がいると話題にすることは人々にとってゾクゾクすることなのです。
政権与党である自民党の規約によれば、現職の安倍首相の任期は2021年までです。
小泉氏は、著名な元首相(自民党党首)の息子であり、そして他の多くの国会議員同様、父親が政界を引退したタイミングでその議席を世襲しました。
しかしながら議員として選出されて以降の10年間、彼は自身の力によって政治家としての名声を高めてきました。
カリスマ性を持つ優れた雄弁家であり、非常に率直である進次郎氏が理想とするのはジョン・F・ケネディであり、その肖像写真が自分の部屋の壁に貼られています。

ケネディを敬愛するのは、彼が「メディアではなく人々に向かって語りかけた」理想的な政治家だからです。
進次郎氏は映画スターのような容貌に恵まれ(実際に彼の兄は俳優です)、高級雑誌の表紙にも登場することもあります。
進次郎氏は内閣の閣僚経験はありませんが、自らの人物についてスター性だけでなく、政治家としての実力を示そうとしてきました。
政府関係の仕事の中で彼が果たした最も重要な役割は、2011年に発生した東日本大震災の復興事業の取り組みについての監視業務ですが、周囲の評価は悪いものではありません。
彼はまた、医療改革や年金改革の熱心な支持者であり、日本が高齢化と人口減少問題を克服することができれば、困難な状況を克服できる可能性があると主張しています。
やり方の例として彼は働く期間を延長し、子育てをもっと楽にするための環境整備をすることなどによって、日本全体の社会資本を高齢世代から若い世代に移管すべきだと訴えています。
彼はコロンビア大学で修士号を取得し、流暢に英語を話せる、日本の国会議員の中では珍しい存在です。

しかし慣習を打ち壊してしまうほどではありません。
彼はほとんどの政治家同様、この国の人口現象が引き起こすこの国の様々な問題を解決するための移民の受け入れを拒否しています。
他の社会問題については態度が曖昧です。
しかし多様性は尊重すると語っています。
「もしアメリカに行っていなかったら、私は多様性とは何かということを本質的に理解できなかっただろうと思います。」
「日本に居てそのことを肌で感じとることは困難です。」
多くの日本人は進次郎氏が最終的に自民党総裁、すなわち日本の首相になることは時間の問題だと考えています。
問題はそれがいつなのかということです。
自民党の総裁は党の所属議員と一般党員の投票によって決まります。
一般国民の間では進次郎氏はもっとも人気が高い総裁候補であり、メディアは彼を日本のマクロンと呼んでいます。
こうした状況から彼のライバルとなり得る候補者は現れにくくなっています。
評論家などは進次郎氏に対する一般国民の支持は十分だと太鼓判を押していますが、党内で十分な支持を固めるための道のりはそれほど単純ではありません。
進次郎氏は安倍首相の政治方針を賞賛してはいますが、2012年と2018年の総裁選挙では安倍氏には投票しませんでした。

進次郎氏は2021年の総裁選に立候補するかどうかについては、「ええ、まあ…。」と言葉を濁し、一切語ろうとしません。
そして若い人々の政治離れが進む一方、他のどの政党よりも自民党が若い人々の支持を集めていると語りました。
「これから日本はもっと多くの若い政治家を歓迎するようになりつつあります。」
自分の利害を表に出さないよう、進次郎氏は上手な言い回しを使いました。
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日本では政治家を選ぶのに贔屓の役者か何かを決めるようなやり方をする人が多数いるようです。
それでは『知と正義』が司る政治の下で国民が平等に幸せになることなどあり得るはずもなく、現に安倍政権の下で経済的格差が拡大を続けています。
それでもなお選挙の際に『テレビの有名人』や『良家の後継者』に票を入れたがる国民性を見て、日本人が民主主義と言うものを全く大切にしていないということを痛感させられます。
これではジョン・F・ケネディもロバート・ケネディも登場しようがありません。
それはとりもなおさず、日本の民主主義は劣化を続けるということではないでしょうか?
参議院戦が始まりました。
日本は没落途上国という表現があるそうですが、これ以上自分たちも子供たちもその子供たちも不幸にならないために、選挙に行って明確な意思表示をしなければなりません。
ロシア側は可能性だけを与え、日本側からは実利を引き出すプーチンの『試合運び』、手玉に取られる安倍首相
ロシア側の態度が厳しさを増す中、安倍首相は『2島返還による決着』に乗り気

サイモン・デンヤー / ワシントンポスト 2019年6月22日
日本の羅臼町 - 脇木公雄氏は1945年にソビエトの兵士たちが自宅になだれ込んできたときのことを覚えています。
「機関銃を手に持ち、土足で家に上がりこんできました。」
当時脇木さんは4歳でした。
「恐怖の記憶しか残っていません。」
日本が第二次世界大戦で無条件降伏の受け入れを表明した後にソビエト軍が侵攻した際、脇木さんとその家族は千島列島の最南端の島々に住んでいた約17,000人の日本人の中の一家族でした。
その後の4年間で北方4島にいたすべての日本人は、本土に逃げ出すか強制的に追い出されることになったのです。
そして70年以上が経った今、日本の安倍首相は千島列島のうちいくつかの島を日本の領土として取り戻すという非現実的プランに着手することにしたのです。
ロシアのプーチン大統領は最初のうちこそその可能性を検討するような態度をとっていましたが、今ではそんな様子はなくなりました。
それが返還交渉の現実です。
6月28日に大阪で始まるG20の首脳会談の傍ら、プーチン大統領と安倍首相が北方4島の返還手続きに関する具体的な作業を始めるという文書にサインするかもしれないという希望的観測がありました。
しかしその夢は潰え去ったと専門家が語りました。

テンプル大学東京キャンパスのジェームズ・ブラウン准教授は、次のように述べています。
「北方4島の領土紛争に関し、正式に交渉が行われることはもう二度とないでしょう。」
対案としてロシアは現在紛争中の島々とは反対側に位置するロシア領サハリン島と日本の北海道の島民が、互いにビザなし渡航を可能にすることによって経済協力を深めることを提案しています。
この提案について日本国内の反応は様々異なっていると専門家が解説しました。
日本の外務省は紛争中の島々がサハリンの一部として認識されることにより、主権をめぐる紛争を解決しなければならないという認識が薄れてしまうことを懸念しています。
現在78歳の脇木さんは、日本が北方領土と呼んでいる島での生活を思い出すことができる高齢者の一人ですが、その数は減少を続けています。
▽ わずか26キロ先にある島
羅臼町内の高所に設けられた観測所から脇木さんが日本側が国後島と呼んでいる一番近い島を指さしました。
そして彼の家族が海藻を収穫しながらその麓で暮らしていた山もはっきり見て取ることができました。
その場所はわずか16キロ先にあり、海上にはっきりと浮かんで見えました。

脇木さんにはソ連による占領から2~3年間はロシア人の子供達と一緒に遊んでいた記憶があります。
石を蹴ったり、近くの川で素手で魚を捕まえたりしたこと、パンや缶詰に入った食品を分け合って食べていたことを覚えています。
しかし間もなく命令がやって来ました。
海岸に集合し、そのままそこで待つよう指示されました。
脇木さんと彼の家族は追放されることになりました。
ソ連の貨物船に詰め込まれた彼らは一旦サハリンに送られ、そこから日本に移送されることになりました。
彼は誰かが死んでしまった赤ん坊をトイレに捨てたと話していたことを覚えています。
彼自身も栄養失調で完全に体調を崩してしまい、危うく両親にそこに置き去りにされるところでした。
1951年のサンフランシスコ条約の調印と同時にアメリカ軍による占領が終わりましたが、日本政府は条約の中で千島列島のすべての権利を放棄することになりました。
しかし日本政府は条約には千島列島の最南端の4つの島は含まれていなかったと主張し、それ以降旧ソビエト連邦現ロシア共和国と正式に交戦状態を終わらせるための平和条約の締結を妨げてきました。

昨年プーチン大統領と安倍首相は条約締結への期待を再び表明、それ以降途切れることなく交渉が続けられていますが、日本はパッケージの一環として極東ロシアへの経済支援と投資を約束しました。
安倍首相にとってこの課題は個人的な側面を持っています。
1980年代に日本の外相を務めた父親の晋太郎から引き継いだ課題であると同時に、安倍首相自身も自らの外交的主要課題の一つであると語っていました。
安倍首相は1956年の日ソ共同宣言に基づいた交渉をすることにさえ同意しました:この時ソビエト連邦は千島列島で最も小さな島々 - 歯舞島と色丹島およびその周辺の岩礁を日本に返還することで問題を決着させると約束したのです。
▽ 2島返還による決着
ブラウン准教授は最大の2島と紛争地域の93%がロシア側の領土となるこの提案を当時の日本政府は拒否した、と解説しています。
しかし安倍首相は『2島返還による決着』という日本側の譲歩について乗り気だとブラウン氏が指摘しました。
これはとり直さずロシア側の立場が強硬なものになり、日本が軟化したことによるものだというのが専門家の見方です。
ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、日本は領有権をめぐって紛争中の島々すべてに対する事実上のロシアの主権を認めることから交渉を始めるようを繰り返し要求しています。
河野太郎外相はロシア側が紛争中の北方4島に新たにのミサイルと戦闘機を配備する計画に対し「受け入れられない」と表明、一方ラブロフ外相は、アメリカ製のイージスアシュア・ミサイル防衛システムを北海道周辺に配備する計画について「潜在的な脅威だ」と警戒感をあらわにしています。

そして一旦平和条約が締結されてしまえば日本側はロシアとの政治的、経済的連携への関心を失う可能性があるとプーチン大統領は警戒しています。
そうなった場合国内のタカ派を中心とする反発を招き、「ロシアの失地の回復者」としての評判にも傷がつく可能性があります。
「プーチン大統領はこの問題ではよく考え抜かれた試合運びをしています - 安倍首相に北方諸島の返還は可能だと信じさせるために。」
ブラウン准教授がこう指摘しました。
「それは安倍首相にロシアに対する経済協力を進めようという動機を与える一方で、他の西側諸国との立場の違いをも鮮明にするものです。」
他の西側先進国がプーチン大統領が率いるロシア政府と対決姿勢を強める中、日本だけが新ロシア政策をとることになるからです。
脇木さんは日本に到着したとき最初に見たのがネオンの光だったことを覚えていました。
それまで彼は電灯を見たことがなかったのです。
以後彼の家族は北海道で新しい生活を着々と築き挙げ、2人の娘と2人の孫を授かりました。
自分の家族も北海道に定住し、北方諸島に戻ったところで仕事すらないという状況では、青邨しているかつての島民6,000人が島に戻って永住することはもうありえないということがわかっています。
現在北方4島の住民は17,000人以上ですか、多くはその場所で生まれ育った人々です。
脇木さんはこれまで6回国後島に渡りましたが、そのたびにインフラの整備が少しずつ改善されていると語りました。
来月にはロシアが色丹島に水産加工工場を開設する予定です。

脇木さんはこれまで何十年もの間もう少しで望みがかないそうだという瞬間を見てきました。
しかし日露両国が根本的に合意することはありえないようです。
「それはまるで2本のレールのようなものです。」
日露両国の関係について、脇木さんがこう表現しました。
どこまで行っても交わることはないのです。」
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