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「アフガニスタンの大切な家族」殺害された日本人医師を称える壁画を制作

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30年以上に及ぶ中村博士の人道的活動は多くの人々に愛され、そして尊敬されてきた

16,000ヘクタールの農地を蘇らせた『アフガニスタンの大切な家族』

                

                      

シェリーナ・カジ、モーシン・カーン・モマンド / アルジャジーラ 2019年12月12日

               

アフガニスタン人の芸術家たちが12月11日火曜日、ジャララバード市と首都カブールに集まり、中村博士の壁画を製作しました。

               

アフガニスタンの活動家と芸術家は、先週アフガニスタン東部で武装集団に殺された日本人医師の人道的活動に敬意を表して壁画を制作しました。

           

73歳の中村哲博士は、12月4日にジャララバードで5人のアフガニスタン人とともに正体不明の銃撃犯に射殺され、南西アジアにあるこの国全体から嘆きと悲しみに満ちた思いが溢れ出しました。

                

アシュラフ・ガーニ大統領が「アフガニスタンの最も親しい友人の一人」と呼んだ日本人医師の壁画を描くため、それぞれ数十人のアフガニスタン人がナンガルハール州のジャララバード市と首都カブールに集まりました。

                 

                    

「この場所の土地には、愛の種だけを植えることになるでしょう。愛を超えるものは何もありません。」
壁画の脇にはパシュトゥ語でこう書かれていました。
中央官庁や海外の出先機関が集まるビルディングなどをぐるりと取り囲む壁は『アートロード(ArtLords)』という名の芸術家集団によってたくさんの壁画が描かれています。

                  

「中村博士はアフガニスタンを変えようとし、アフガニスタンの社会で最も弱い立場の人々を支えようとし、そして殺されたのです。」
地元の「活動家」でありアートロード・イニシアチブの共同創設者でもあるオメイド・シャリフィ氏はアルジャジーラの取材にこう答えました。
「私たちアフガニスタンの人々に対する中村博士の素晴らしい仕事を忘れないようにするため、『アートロード』のチームが中村博士を題材にした2点の壁画を制作しました。1つはジャララバード市内に、もう1つはカブール市内です。」

                  

▽『アンクル・ムラド』

                 

中村博士はアフガニスタンでは『アンクル・ムラド』のニックネームで広く知られていました。
30年以上に及ぶ彼の人道的活動は、多くの人々に愛され、そして尊敬されていました。

               

「中村博士の死は私たちにとって大きな損失です。私たちは彼のことをアフガニスタンの誠実で特別な家族としていつまでも忘れません。」
とナンガハールのカマ地区の住民で教師のアジュマル氏がアルジャジーラの取材にこう答えました。

                  

アートロードは芸術活動を通じ、南アジア諸国における女性の権利擁護、腐敗の撲滅、公衆衛生の充実、紛争解決を訴えています。

               

アフガニスタンの首都カブールで壁画を製作する アートロードのメンバー

                

昨年7月ISIL(ISIS)グループは、アートロードの活動家ラワイル・シン氏を含むアフガニスタンの少数民族シーク教徒を、少なくとも13人殺害しました。
今回アートロードはシン氏の娘と一緒に、シンを追憶するための壁画も描きました。
「あなたたちは決して天国には行けない、あなたたちは私の父を殺したのだから。」
壁画にはこう書かれていました。
「彼がいなくて寂しい…」

                

アートロード・イニシアチブの共同創設者であるシャリフィ氏は、一般市民から政府関係者まで、中村博士の志を受け継いでいくことを誓ったと述べました。
「私たちは積極的にボランティア活動を行い、アフガニスタンにより良い変化をもたらすため懸命に働くことを誓います。」

                  

日本で生まれ、医師としての経験を積んだ後、中村博士は1984年にペシャワール市が医師を募集していたのに応じてパキスタンに渡りました。
そしてその場所で1979年のソビエト連邦のアフガニスタン侵攻を逃れたアフガニスタン難民の治療を行うようになりました。

                      

1990年代初頭、日本人医師である中村博士はペシャワールとアフガニスタンのナンガルハール州で診療所を運営し、医療サービスが存在しない村で診療を行いました。

                    

中村博士の棺を運ぶアフガニスタンの人々

                   

2000年にアフガニスタン全土が壊滅的な干ばつに襲われた後、彼は井戸の掘削を開始しました。
そして灌漑用水路の張り巡らせ、6年間でナンガハール州のクズクナール、カマ、ケワの各地区で約16,000ヘクタール(40,000エーカー)の農地を蘇らせたのです。

                   

中村博士は2003年、その人道的活動に対してアジア諸国でノーベル賞に相当する名誉あるラモン・マグサイサイ賞を受賞しました。
さらに今年10月にはアフガニスタンの名誉市民権を授与されました。

                   

「平和とアフガニスタンの共通の敵が彼を殺害しました。私たちは中村さんを失ってしまった喪失感に苦しんでいます。」
カマ地区で教師をしているアジュマル氏がこう嘆きを口にしました。

                 

https://www.aljazeera.com/news/2019/12/afghanistan-murals-honour-slain-japanese-doctor-191211054020940.html

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壁画の中の中村博士が日の丸を背景にしているのを見て、改めて日本の国旗について考えることになり、中村博士のような方が世界で日本の国際的信用を築いてきたのだな、と痛感させられました。

                   

しかし日本の現実において、私たちはその正反対の存在と戦わなければなりません。

                 

本当は自分とその取り巻きの利害しか眼中にないくせに、国民が望んでもいない憲法の改定を「俺が実現してみせる」とうそぶく人物を、1日も早く日の丸の前から除かなければならない、改めてそう思いました。

アフガニスタン : 人々の生活を改善するために人生を捧げた日本の医師、銃撃され死亡

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毎日74人の男性、女性、子供が殺されているアフガニスタンで献身的人道援助を続けた中村博士
アフガニスタンの生活改善、水利事業発展、ダム建設、伝統的な農業の改良に全生涯を捧げてきた中村博士

             

                

英国BBC 2019年12月4日

            

銃撃した犯人たちは、プロジェクトの進行状況を確認するために車で移動中の中村哲さん(73)を待ち伏せして攻撃したものと当局は見ています。
ジャララバード市内で発生したこの襲撃により、55人のアフガニスタン人も殺害されました。
中村博士はアフガニスタン国内で水利の改善を目的とした灌漑事業を進める日本の慈善団体のリーダーを務めていました。
今年10月、中村博士は人道的活動に対してアフガニスタン政府から名誉市民権を授与されたばかりでした。

                  

現時点ではいかなる組織からも犯行声明等の公表はなく、また動機も不明のままです。
カブールにある米国大使館は「援助活動に従事する人材を標的にしてはならない」と非難、日本の安倍首相も中村博士の死に「ショックを受けた」と述べました。

                 

                 

国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)は、殺害に対する「言いようのない憤り」を表明しました。

            

中村博士が乗車し襲撃されたSUV車両

                  

しかしこうした類の襲撃はアフガニスタンでは日常的です。
アフガニスタンでは先週、国連のために働いていたアメリカ国民が国連の車両ごと爆殺されました。
BBCの調査によると、アフガニスタンでは8月だけで平均74人の男性、女性、子供が毎日殺されています。

                

▽ 襲撃はどのように実行されたのか?

                 

中村博士は、12月4日水曜日の朝、襲撃された東部のナンガハール州のジャララバード市にある車両で移動していました。

             

中村博士は右胸を撃たれ首都カブールの近くの病院に移送途中、ジャララバード空港で死亡が確認されとアフガニスタン当局がAFP通信に伝えました。
3人の警備員、運転手、および同僚1人も殺害された、とナンガハール州知事の広報担当者が明らかにしました。

               

襲撃現場の写真には、フロントガラスに少なくとも3発の銃弾の穴がある白いピックアップトラックが写っていました。

               

▽ 中村哲博士の人物像

               

中村博士は1946年に福岡県福岡市で生まれました。
日本国内の国家試験で医師としての資格を得た後、彼はハンセン病患者の治療のため1984年にパキスタンに移りました。

           

2年後中村博士はアフガニスタンに赴き、ナンガハールの人里離れた村に最初の診療所を開設し、非政府組織であるピースジャパンメディカルサービス(PMS)を設立しました。
ピーク時にはPMSは10か所で診療所を運営し、ハンセン病患者と難民の支援を行いました。

                  

中村博士は、きれいな水が手に入りにくい状況により多くの人がコレラやその他の病気に苦しんでいる事実を目の当たりにし、農村部で井戸の建設を進めるとともに、灌漑事業にも深く関わっていました。

                

                  

2003年、彼はアジア地区で人道活動に従事する人々に授与されることで広く知られノーベル賞にも相当するとされるラモン・マグサイサイ賞を受賞しました。

                 

2014年にインタビューを受けた中村博士は、日本の英字紙ジャパンタイムズの取材に対し、安全を確保するため毎日異なるルートで仕事を続けていると語っていました。
一方で中村博士は、取り得る最良の予防策は「誰とでも友人になる」ことだと語ってもいました。

               

「私は極力敵を作らないようにしてきました。たとえ私が原理原則に外れると言われたとしても、まずは誰とでも友人関係を築くことが大切なのです。それがアフガン国内の異なる場所にいる人々と信頼関係を築くための唯一の方法なのです。」
「そしてその方が銃を携行して歩くよりも驚くほど効果的です。」

                 

▽ 世界各国各分野の反応

              

アフガニスタン大統領アシュラフ・ガーニのスポークスマンは、政府はアフガニスタンの「最大の友」に対する「凶悪で卑劣な攻撃」を強く非難するとの声明を発表しました。
「中村博士はアフガニスタンの生活を改善し、水利事業の発展とダム建設に取り組み、伝統的な農業の改良に全生涯を捧げてきた人でした。」
セディク・セディックはこうツイートしました。

                 

カブール在住のオランダのエルンスト・ノルマン大使は、自分の人生を「アフガニスタンの平和と発展」に捧げてきた中村博士のような人物を殺害することは全く「無意味」であると語りました。

                    

                  

ナンガハール州のシャー・マフムード・メヤハイル知事は、「ナンガハールのすべての人々」は、中村博士の死を深く悲しみ、長年にわたり彼が人々を助けてきたことを心から感謝していると語ったと、アフガニスタンのカブールに拠点を置くメディアのトロニュースが伝えました。

               

https://www.bbc.com/news/world-asia-50654985

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中村哲博士については心から哀悼させていただきます。

『その後』の記事を待つうちに少々時期を逸した感がありますが、今日アルジャジーラにアフガニスタンの画家たちが中村博士の壁画を製作したという記事が掲載されましたので、まず事件のニュースの翻訳を掲載いたします。

引き続きアルジャジーラの『'Son of Afghanistan': Murals honour slain Japanese doctor』

Afghan artists' group paints murals in Kabul and Jalalabad of Dr Tetsu Nakamura, who was shot dead last week.

記事を次回ご紹介いたします。

安倍政権の消費増税 : 日本の消費者の消費意欲が一気に後退

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世界経済の動向の中で危機的状況が見え始めていた日本経済に、決定的な打撃
景気減速が予想を上回るペースで進行

                 

写真:2019年9月24日、岩手県の大船渡魚市場で商品の品定めをする仲卸業者

金子かおり/ ロイター 2019年12月6日

                  

消費税の引き上げにより消費者が家計支出を抑えこんだこと、そして自然災害の拡大により日本経済が混乱を被ったため、日本の一般世帯は今年10月、ほぼ1年ぶりに支出を削減しました。

                 

一般世帯の消費支出は、10月に前年同月比で5.1%減少、日本政府のデータは6日金曜日に11か月ぶりに減少に転じました。
消費支出が5.3%減少した2016年3月以来の最大の減少幅であり、各経済学者の予測値の平均である減少率3.0%という数値を下回りました。
これは9月の9.5%という消費の急増から一転して転落したことを示すものです。

                 

9月は10月1日に消費税率が8%から10%に引き上げられる前の駆け込み需要が発生し、記録上最も急激な成長を記録しました。

              

「消費支出の急激な鈍化は消費税の引き上げだけではなく、台風による被害も支出の減少を加速させることになりました。」
NLI研究所のエグゼクティヴ・リサーチフェローである斎藤太郎氏がこう語りました。
「経済全体と個人消費は10-12月期四半期に縮小し、1月から3月に緩やかに回復すると予想していますが、回復は力強うものにはならないはずです。」

                 

日本が前回消費税を5%から8%に引き上げた2014年4月、家計支出は4.6%減少しました。
この時は一般世帯の消費支出が成長軌道に戻るまでに1年以上かかりました。

               

台風19号の被害

               

前月と比較すると今年10月の家計支出は11.5%減少し、2014年4月以来の最大の下げ幅を記録、予測値の平均9.8%よりも一層大きく落ち込みました。
アナリストは10月に発生した強力な台風がもたらした豪雨は日本国内の広範囲を襲い、各経済指標を下落させる要因にもなりました。
台風の間臨時休業した店舗やレストランもあり、消費者は自宅に閉じこもっていました。

                     

一方、インフレ調整後の実質賃金は10月に2ヶ月連続で上昇しましたが、一方的に増え続け高額になっている公的負担と世界経済の低迷により、個人消費の見通しと日本経済全体の先行きに対する懸念が高まっています。

               

日本政府は低所得層向けの商品券や各種の税制優遇策を通じて消費者への打撃を和らげようとしましたが、今回の消費増税はすでに世界経済の動向の中で危機的状況が見え始めていた日本経済に、決定的な打撃を与える可能性があります。

              

日本政府は伸び悩む日本の経済成長をテコ入れするため、さらには政府の経済担当部門が2020年の東京オリンピック以降の日本経済を活性化させようと、13兆2.000億円にのぼる経済対策を公表しました。

                  

                 

しかし輸出額の減少、工業生産量の低下など経済が下振れしていることを示す各経済指標により、景気減速が予想を上回るペースで進行している可能性があり、懸念が高まっています。
第3四半期の経済成長率は年率換算で0.2%と、この1年で最も弱いものになりました。

                                   

各アナリストは消費税の引き上げにより、第四四半期には日本経済は縮小すると予想しています。

            

https://uk.reuters.com/article/us-japan-economy-spending/japans-households-tighten-purse-strings-as-sales-tax-typhoon-hit-idUKKBN1YA06Z

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もうここに至れば、安倍政権の『経済のテコ入れ策』なるものが、国民全体に貧富に関係なく公的負担を求めながら、集めた金を『補助金名目』で自分たちの支持層にばら撒くものであることは見え見えになってきました。

                    

安倍政権の『経済のテコ入れ策』『大型経済政策』なるものが公表されると、現象としてまず何が起きるかといえば、自民党の『組織票』を支える日本国中の業界団体等の担当者が自民党本部めがけて大挙上京することです。

              

放射線量が極端に高い場所を確認「福島県内の2020年オリンピック・イベント会場の近く」

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「福島第一原子力発電所事故の被災地の放射線量の再調査を」グリーンピース

なされてもいない『復興』を『オリンピックを利用して最大限アピールする』

                

                   

AFP通信 / ガーディアン / 2019年12月4日

                

2011年に史上2番目の規模の原子力発電所事故を引き起こした東京電力・福島第一原子力発電所。
日本の政府当局はこの事故の被災地の『復興』を印象付けようと躍起になっています。

                

グリーンピースは、福島県内で行われる2020年東京オリンピックの聖火リレーのスタート地点近くで、放射線のホットスポット - 放射線量が極端に高い場所があることを確認したと公表しました。

               

日本の環境省は福島第一原発事故の被災地のうち避難命令が解除された場所については、概ね安全が確認されたと述べていました。
しかし2020年7月24日に開催予定の2020年のオリンピック以前に、地域を調査するために地域の自治体と協議を行っていました。

                 

               

日本政府は、2011年の東日本大震災・福島第一原発事故から福島が復興を果たしたとアピールするためにオリンピックを最大限利用したいと考えています。
事故を起こした福島第一原発から約約12マイル離れた場所にある総合スポーツ施設のJ-ビレッジを、来年3月に行われる聖火リレーの日本国内の行程の出発点に設定することになっています。

                  

元々はアスリートのトレーニングセンターとして設計されたJ-ビレッジでしたが、福島第一原発の事故発生以降、事故収束と廃炉作業にあたる作業員の中継場所兼物流中継地点として長年機能していました。

                 

その後除染作業や事故収束作業が行われた結果、聖火リレーの出発地点に選定後まもない今年4月、J-ビレッジは総合スポーツ施設として再び完全に運用可能になりました。

                   

これに対しグリーンピースは、改めて放射線測定調査を行った結果、地表から1メートルの場所で測定した場合に1時間あたり1.7マイクロシーベルトの放射線レベルのスポットをいくつか検出したことを公表し、放射線モニタリング再調査と除染作業を継続するよう促しました。

                

                      

これは1時間あたり0.23マイクロシーベルトの国の安全基準、あるいは同じく1時間あたり約0.04マイクロシーベルトの東京都内の日常的な測定値と比較しても極めて高ものになっています。
グリーンピースによれば、確認されたホットスポットでは地表レベルで毎時71マイクロシーベルトの測定値が確認されました。

                 

しかしJ-ビレッジのウェブサイトでは、メインエントランスでの放射線測定値は12月4日時点で1時間あたり0.111マイクロシーベルト、そしてトレーニング・フィールドのうちの一箇所の測定値は1時間あたり0.085マイクロシーベルトというものでした。

                 

 福島第一原発を運営している東京電力は12月3日に環境省から連絡を受けた後、その場所の除染を行ったと述べています。

                

グリーンピースは、調査結果を日本政府、地元当局、そして国際オリンピック委員会に今回の調査結果を伝えたことを公表しました。
グリーンピースは来年、この地域での調査結果について報告書を公刊する予定です。

               

https://www.theguardian.com/world/2019/dec/04/radiation-hotspots-found-near-fukushima-olympic-site-greenpeace

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前回掲載したAP通信の福島第一原発に関する報道では、「経済産業省は2011年の大地震と津波で破壊された福島第一原子力発電所の放射能汚染を完全に除去するために、数十年にわたるロードマップを12月2日付で見直すことを提案した」もののも事故収束・廃炉完了まで30年〜40年という見通しは変更しなかった旨、伝えられていました。

しかし例によってここにもいつも通りのごまかしがあります。

2011年の事故発生から既に8年9か月が過ぎようとしている現在、発生直後の『30年〜40年』は既に『40年〜50年』になっているはずです。

                   

しかもこの数値は楽観的〜悲観的まで幅があるとすれば、その幅の中でも『極めて楽観的』というべきものであり、もっとわかりやすく言えば、

『30年〜40年』で事故収束・廃炉完了が達成されれば、言うことなし!

というほどのものであるはずです。

現実には800トンもある溶解した核燃料の取り出しですが、近づくことすらできない状態で、どうやって『取り出しに着手』できるというのでしょうか?

               

具体的な手順が見えない中での『見通し』などあるはずもなく、あるはずのないものは虚構でしかありません。

なされてもいない『復興』を『オリンピックを利用して最大限アピールする』など、愚かを通り越しており、危険であり、民主主義に対する攻撃とすら解釈できるのではないでしょうか?

メルトダウンした核燃料、取り出し開始は2021年?最終プランも立てられず : 福島第一原発

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3基の原子炉格納容器の底に固着してしまった800トンに上る核燃料をどうやって取り除く?
首都直下型地震などが発生すれば、福島第一原発内の未回収の核燃料から再び大量の放射性物質が放出される危険がある
800トンに上る溶け落ちた核燃料を、どこにどうやって『安全に』保管する?用地の確保は?地元の同意は?

                 

写真 : 2019年4月15日、東京電力が公開した画像。福島県大熊町の福島原子力発電所3号機の冷却プールから燃料を除去する作業の様子。
経済産業省は12月2日、福島第一原子力発電所の放射能汚染を取り除くための数十年に及ぶ作業工程の改訂案を発表しました。
福島第一原発は2011年の大地震と津波によってほぼ完全に破壊されました。

               

山口まり / AP通信 2019年12月2日

                     

経済産業省は2011年の大地震と津波で破壊された福島第一原子力発電所の放射能汚染を完全に除去するために、数十年にわたるロードマップを12月2日付で見直すことを提案しました。

                    

事故からほぼ9年が経過しましたが、3基の原子炉がメルトダウンした事故収束・廃炉作業の今後の進行については、ほとんど先が見通せない状況です。
見直しが決定したロードマップは今月後半に正式に承認される予定ですが、福島第一原子力発電所事故が最終的にどういう形で収束するのか詳細な展望はありません。
しかし事故の収束に要する年数が30~40年という目標は変更しませんでした。

                 

福島第一原発の事故収束・廃炉作業を進める上で解決しなければならない大きな課題について、ここで改めて検証してみましょう。

              

▽ 溶融核燃料『デブリ』

                

最も困難な課題は、事故を起こした3基の原子炉の炉心から溶融し原子炉圧力容器の底を突き破って落下し、原子炉格納容器の底に固着してしまった800トンに上る核燃料を取り除くことです。

              

原子炉2号機の内部で、核燃料デブリに向かって伸びてゆくロボットアーム

                  

過去2年間、東京電力は、3基のうち2基の原子炉の状態の詳細な情報の収集においていくらか前進しました。
今年2月、2号機の内部に送り込まれた小型の伸縮型ロボットが、デブリの小さな破片をちぎり取り、取り出せることを証明しました。
溶融核燃料『デブリ』の取り出しの記念すべき第一歩は2021年末、原子炉2号機において着手の予定です。

                        

以前、3号機については主要格納容器内の放射線量と水位の高さにより調査したくとも出来ない状態にありました。
1号機についてのロボット調査は、放射線量が高すぎて失敗に終わりました。

                      

専門家は、事故収束・廃炉作業が30〜40年で完了させるという目標は楽観的すぎると批判しています。
溶けた燃料のすべてを除去することが実現可能なのかどうか、まずその点に疑問を提し、チェルノブイリ同様の石棺アプローチ - すなわち原子炉自体を覆ってしまい、放射能が自然に減少するまで待つ方式を提案しています。

               

▽ 核燃料棒

                 

福島第一原発の原子炉内部を再現して造られた模型の中でのロボットの実験

                  

メルトダウンした3基の原子炉の内部には、主に使用済の1,500ユニット以上の核燃料棒がまだ残っており、それらはすべてプール内の水で冷却し続けなければなりません。
しかしこの核燃料プールには覆いなどはなく露出しているため、福島第一原発内で最も高いリスクを持つ場所の一つになっています。
また新たに巨大地震が発生したりすれば、冷却用プールが損傷したり、水を失った状態でプール内の核燃料棒が揺さぶられたりすれば、燃料棒が溶けて大量の放射線が放出される危険性があります。

                     

東京電力は2019年4月に3号機の核燃料プールから燃料棒の取り外しを開始し、2021年3月までに566本すべてを撤去することを目標にしています。
1号機および2号機からの燃料棒の撤去は2023年に開始される予定です。
さらに東京電力は津波によって深刻な被害が発生したなかった2機の原子炉内の数千本に上る核燃料棒は、化学処理を施ししてドライキャスクの状態で保管する作業を2031年までに開始する予定です。
事故当時、6,300を超える燃料棒が6機の核燃料冷却プールにあり、4号機の核燃料プールのみ空の状態になっています。

              

2019年42月3日時点の福島第一原発原子炉1号機から4号機

                 

▽ 放射能汚染水

                     

福島第一原発内には第一次処理をされた100万トン以上の放射能汚染水が貯蔵されていますが、日本政府と東京電力は世論の反発を恐れ、最終処分ができずにいました。
東京電力は放射能汚染水が増えるペースを遅らせるため、上流で地下水を汲み上げたり、高額な費用をつぎ込んで原子炉建屋の周りに地下「凍土壁」を設けるなどしてきました。

                       

東京電力によるとこのままでは2022年の夏には放射能汚染水の最大保管能力137万トンの限界を超えることになり、このままでは来年の東京オリンピック終了後に汚染水の海洋投棄が始まる能性があるという憶測が強まっています。

                  

東京電力と一部の専門家は、放射能汚染水が入ったタンクの存在は事故収束・廃炉作業の邪魔になっており、敷地内で回収された瓦礫や他の放射性物質を保管するためにもフリースペース確保する必要があると語っています。
大量の放射能汚染水タンクは、別の大地震、津波、または洪水などで内容物が流出した場合、再び周囲を危険にさらすことになります。

                    

                    

専門家は放射能汚染水については海洋投棄を計画的に行うことが唯一の現実的な選択肢であり、それでもすべてのタンクを空にするのに数十年かかると語っています。
日本政府の委員会メンバーはこれまで何年もの間、漁獲資源の汚染と健康被害の可能性を恐れる漁師と地元住民が反対の声を挙げる中で、放射能汚染水の処理方法を議論してきました。

               

▽ 放射性核廃棄物

                  

日本は、原子炉から取り出した高濃度の放射性核廃棄物の処分計画を未だに立てられずにいます。
現在の作業計画の下では、日本政府と東京電力は2031年に終了するはずの核燃料デブリの第1期取り出し作業期間10年のどこかで、計画をまとめるとしています。

             

放射性核廃棄物を安全に管理するためには、廃棄物を圧縮して毒性を減らすための新しい技術が必要になります。
東京電力と政府は、メルトダウンした原子炉から取り除いた核燃料やデブリの一時的な保管場所を建設する計画だと主張しています。

                  

しかし、放射性核廃棄物を保管する施設の建設用地を確保すことも一般の同意を得ることもほとんど不可能です。
こうした状況を考えれば、事故収束・廃炉作業を40年以内に完了させられるという計画には疑念を持たざるをえません。

                

▽ 作業要員確保への懸念

               

数十年に及ぶ事故収束・廃炉作業を継続するための労働力を確保することは、急速に高齢化し人口が減少している日本では特に困難です。
東京電力は、より多くの非熟練外国人労働者を許可する日本の新しい政策の下で、事故収束・廃炉作業に従事する外国人労働者を雇用する計画を発表しました。

               

                   

しかし言語の問題と安全性に関する懸念に対処するためには慎重な計画が欠かせないとする政府の指示に従って保留せざるをえませんでした。日本国内の大学も、一時はエリート学生の専攻分野でありながら福島第一原発事故以降急速に人気がなくなった原子力科学の学生の確保に苦慮しています。

              

https://apnews.com/d106511f4ea14513b2ed358e434ebb99
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