ホーム » エッセイ » 世界でただ一カ所、未だに核兵器を突きつけ合う場所
対中国・対北朝鮮 - 対立・緊張状態を煽り続けることで、日本は自民党一党支配を継続させてきた
安倍政権の存在理由と利害のため、必要不可欠な東アジア地区の『冷戦』構造
堀田江理 / アメリカCNNニュース 2017年11月6日
※堀田江理氏はその著作『1941決意なき開戦―現代日本の起源』で2016年アジア・太平洋賞特別賞を受賞しました。
東京大学大学院政策学研究科客員教授。
ここに掲載された評論は堀田氏自身の見解です。
米国とロシアの関係が悪化している状況が新たな冷戦へとつながるものであるかどうか、そのすべての議論に対しトランプ大統領が13日に渡り現在行っているアジア5カ国歴訪によって、すでに何ごとかが明らかになっているはずです。
特定の場所において、本当の意味で冷戦は決して終わってはいないのです。
ある意味ではわたしたちがある時点で立ち往生したまま、現在に至っているという表現が適切かもしれません。
最終的にトランプは、11月初旬の東京における安部首相との会談のはるか以前からよく言われているところの、日米の貿易不均衡という手あかのついた議論をむしかえしました。
実際、日本側の立場から振り返ってみると、アメリカ大統領選挙運動中に日本をひどく困惑させたのはトランプが日本バッシングを復活させたことでした。
日本バッシングすなわち日本叩きは短い期間ではあったものの、日本が経済大国として世界最大とも言える繁栄を謳歌した1980年代アメリカ中で巻き起こったネガティヴ・キャンペーンでしたが、同時期トランプは取引をまとめ上げる達人という触れ込みでアクの強い大物実業家として頭角を現しつつありました。
選挙期間中、トランプは日米安保条約においてアメリカ側の負担が一方的に大きくなっていると日本を非難し、日米同盟の中身は『不公平な取引だ』と主張しました。
トランプは日本をアメリカの国益を脅かし続ける脅威だと位置づけ、ひと昔もふた昔も前の位置に押し戻そうとしました。
2016年の大統領選挙期間中の発言を聞いて、多くの日本人がトランプは時代を間違っているのではないかという疑念を抱かざるを得ませんでした。
日本経済の停滞はすでに数十年に及び、今さらアメリカが脅威と感じなければならない何があるというのでしょうか?
しかし今回トランプの歴訪によって誰の目にも明らかになったのは、すでにベルリンの壁が崩壊し、核軍縮も実現し、そしてソビエト連邦が崩壊したにもかかわらず、東アジア地区においては未だに冷戦が終わっていないという事実です。
そして登場人物だけは交代したものの、依然として核抑止力と拮抗する軍事力による均衡という冷戦の概念を、アメリカ大統領も東アジア各国の政治指導者も外交の原則の中心に置いているのです。
世界ではっきりとそれとわかる共産主義体制は、この地域にだけ残っています。
言うまでも無く中国と北朝鮮です。
それを考えると、東アジア地区に冷戦構造が残っていることは特に驚くべき事ではないのかもしれません。
東アジアでは西側社会が冷戦に『完全勝利していない』という事実は、今や中国が西側社会の経済構造に密接に組みこまれているため、見過ごされやすいという事なのかもしれません。
深刻な安全保障上の問題がこの地域の経済活動にまで暗い影を落とすような事態に対至って初めて、この地区の不安定さを改めて認識することになります。
金正恩(キム・ジョンウン)の発言や行動が、西側社会の私たち全員と東アジアの自由主義諸国にこの単純な事実を思いださせています。
実際、日本の貿易慣行についてのいくつかの不平不満があらためて取り上げられたことを除けば、現在トランプが抱えている最大の懸念は北朝鮮の脅威であり、その深刻さは他の問題に対する欲求不満を忘れてしまうほどのものです。
これは間違いなく、日本との同盟関係についてトランプの関心が高まり続けていることによるものです。
安部首相は日本の外務省も動員し、歴代アメリカ大統領同様にトランプも日本を東アジア地区の安全保障の要塞と位置付ける日米同盟の重要さを理解するよう、積極的に働きかけました。
一方、選挙後に初めてトランプと会談した初めての海外の政治指導者である安倍首相は、週末に埼玉県にあるゴルフ場でともにラウンドする際、大統領に対し忠実にそして喜んで付き従うというメッセージを込めたゴルフ・キャップを贈りました。
そこには『ドナルドと晋三、同盟関係をいっそうグレートにする』と大きな刺繍が施されていました。
これまで日本叩きの先頭に立ってきたようなトランプのような人物であっても、こんな這いつくばるような外交的姿勢を見せられれば、日本びいきに変わるのは当然のことかもしれません。
19世紀後半ペリー提督が艦隊を率いてやって来て日本を強制的に開放した後、日本は真珠湾を強襲して艦隊を撃破、その後日本が第二次世界大戦後に敗戦して連合軍の占領下に置かれた歴史を振り返ると、日米関係というものが決して平たんではなかったことが解ります。
しかし第二次世界大戦後は一転、日米関係は全体として相互補完的に機能してきました。
そして現在、トランプは東アジア地域における冷戦状態の中で日米両国を結びつけているものを理解し、1980年代以来続いてきた経済面における日本に対する古い疑念は消滅させたようにも見受けられます。
日本は、これまで同様の東西の冷戦状態が続くことの方が望ましいのです。
それによって日本は何十年もの間続いてきた自民党の一党支配も含め、戦後の体制がそのまま続くことを可能にしてきたのです。
唯一異なるのは、恐らくはご自身は望んではいない、戦前同様の天皇を中心とする帝国制度の復活を願う超保守主義政策を自ら推し進める安部首相の下での、タカ派的外交政策です。
最終的にはこれまで以上に緊密になる、あるいは『いっそうグレートな』日米の同盟関係が、東アジアに限って未だに冷戦が終わっていないという事実を証明するものになるでしょう。
トランプは日本に続いて韓国へとアジア諸国の訪問を続けますが、東アジアにおける冷戦のドラマは変わらなく続き、そして今のところはそれ程目立たなくはなっていますが、周囲にとって理解しがたいトランプの行動はこれからも続くことになるでしょう。
http://edition.cnn.com/2017/11/06/opinions/east-asia-stuck-cold-war-hotta/index.html
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周囲にとって理解しがたいトランプの行動とはすなわち、人類が1945年以降せっかく築き上げてきた平和秩序を、なぜ再び壊すのか?という事でしょう。
この問題は前回ご紹介した、エコノミスト誌の【 70年間世界戦争の無い時代を作った秩序が脅かされている 】の記事にもある通りです。
ヨーロッパの政治指導者たちも、同地でせっかく解消された冷戦を、アジアの地で継続させようとするトランプの姿勢に眉をひそめているにちがいありません。
それより問題なのは、自国の国民の命がかかっているのに、一緒になって『戦』の方向に進もうとしている日本の政権担当者たちです。