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ローマ法王長崎訪問、「核兵器のない世界」の実現を!

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所要時間 約 9分

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長崎と広島で被爆者の痛切な思いを共有し、核兵器のない平和な世界の実現を強く訴えたローマ法王フランシスコ1世

核兵器の製造・改良・維持に金銭を浪費、兵器の開発販売で財を成すことは、天に向かって神を侮辱する行為

               

写真 : 長崎市の爆心地にある記念館で語りかけるフランシスコ教皇。

             

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン  2019年11月23日

                              

教皇フランシスコ1世は太平洋戦争(第二次世界大戦太平洋戦線)の最終盤にアメリカ軍の核兵器攻撃によって破壊された日本の2都市の1つである長崎市を訪問し、核兵器が持つ「筆舌に尽くしがたい恐怖」を強く非難しました。

              

フランシスコ1世はこの38年間で教皇として初めての日本訪問の2日目、世界の指導者たちに向け核兵器の備蓄を終わらせるよう呼びかけ、核兵器が国家の安全保障について誤った認識を与えていると語りました。
「私は核兵器のない世界は可能であり必要でもあると確信しています。各国政府首脳の皆さんには、核兵器は国家安全保障上も国際安全保障上も、現在の脅威から私たちを守ることはできないということを忘れないようにお願いします。」
24日日曜日、教皇は長崎市内の爆心地にある平和公園で雨が降る中、数百人の人々にこう語りかけました。

               

この説話に先立ち、教皇は長崎原子爆弾の犠牲者の慰霊碑に花輪を置き、祈りを捧げました。
アメリカ軍が1945年8月9日に長崎に投下した原爆は74,000人の人々を即死させ、月を追うごとに死亡者の数は増えていきました。
その3日前に広島に投下された原子爆弾は、その年の終わりまでに140,000人の人々を殺害しました。

                

                

「この場所は私たち人類は互いに対し痛みと恐怖を押しつけ合うことがありうるのだということに関し、深い憂慮を抱かせます。」

フランシスコ1世は、大きく引き伸ばされた長崎に投下された原爆で死んだ幼い弟を背負い火葬を待つ少年の姿を写した写真の隣に立ち、こう語りました。

                     

数年前にこの写真を手に入れたフランシスコ1世は、これまで数万枚に上るコピーを配布してきました。
教皇はこの写真を撮影した戦時カメラマンのジョー・オドンネルの未亡人と息子に会うことになってました。

             

写真 : 米国海兵隊員ジョー・オドンネルが撮影した写真。長崎に核兵器攻撃が行われた後、死んだ兄弟を背負い火葬の順番を待つ少年を写しています。

             

同じ日曜日の午後に広島を訪問する予定の82歳の教皇は、長い間核兵器の廃絶を訴えてきました。
バチカンは2017年の核兵器禁止条約に署名し批准した最初の国の1つでした。
しかし核兵器保有国、および米国の核の傘の下にある日本などの国々は署名を拒否しています。

                 

「数百万人の子供たちとその家族が非人道的な環境のもとで生活している現在の世界にあって、さらに破壊力のある武器を製造し、改良し、保守するためにお金を浪費し、さらにはそうした武器を販売して財産を築くことは、神を侮辱する言葉を天に向かって叫ぶのと同じことです。」
教皇はこう語りました。
教皇は世界の指導者に対し、改めて軍縮のために努力し、最終的に核兵器の廃絶を実現するよう呼びかけました。

                 

                  

「とりわけ人道的・環境的な観点から、核兵器が拡散することの壊滅的な影響について熟考し、核兵器政策によってもたらされる恐怖、不信、敵意の感情が高まっていくことをやめさせる必要があります。」

                        

長崎の被爆者は、教皇の言葉が核兵器保有国が軍縮について真剣に考えるきっかけになることを望んでいると語りました。
74年前の自らの経験を「生き地獄」と表現する82歳のカトリック信者の森内実さんが次のように語りました。
「私の叔母が2人の子供と一緒に住んでいた家に逃げ込んだ後の光景を、私は生涯忘れることができません。全身赤黒く、完全に焼けていました。」
「他に4人の親戚が連れてこられました…しかし、その姿はとても人間のものとは思えませんでした。」
森内さんはAFP通信の取材にこう答えました。

                    

            

教皇は広島市にある平和記念公園で高齢になった被爆者と面会する予定になっていました。

              

長崎への教皇の訪問は、太平洋戦争(第二次世界大戦太平洋戦線)において悲劇的な事件が起きた場所を訪れるという以上の意味を持っていました。

                

フランシスコ1世は当初1600年代初頭に徳川幕府によってキリスト教の信仰が禁止された当時の、日本で最も古い時代に殉教し長崎に葬られている聖人たちに祈りを捧げる予定でした。
その時代、キリスト教徒と疑われると信仰を捨てさせられるか、拷問されて殺されるか、どちらかを選ばなければなりませんでした。
日本国内のキリスト教徒は 1800年代後半になって禁教令が廃止されるまで、多くの人が「隠れキリシタン」として極秘裏に礼拝を続けました。

                 

フランシスコ1世は1981年にヨハネ・パウロ2世が長崎と広島を訪れ、冷戦の緊張の最中にアメリカ合衆国とソビエト連邦の間で中距離核兵器の廃絶条約締結のきっかけを作って以来、初めて日本を訪れるローマ法王となりました。

               

フランシスは25日月曜日には2011年3月の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の被災者を見舞った後、日本の新しい徳仁天皇、そして安倍首相と面会することになっています。

                

https://www.theguardian.com/world/2019/nov/24/pope-francis-calls-for-a-world-without-nuclear-weapons-during-nagasaki-visit

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これだけ人間愛にあふれたローマ法王を現在の世界が共有していることは、誠に幸せなことだと思います。

その教皇の広島・長崎の被爆者・犠牲者に心から寄り添い、世界に向け核兵器の廃絶を全身で訴えているにもかかわらず、それを迎える日本の政府は、教皇の訴えをまさにカエルの面にションベンとばかりに受け流す安倍首相に安倍自民党という、日本の政治史上稀に見るサイコパス集団であることを、日本人として深く恥じなければならないと思っています。

               

その安倍政治をささえているのが日本の国内メディアのご都合主義報道ですが、それでも我が家で購読している地方紙は今回のローマ法王訪日を大きく扱い、一面トップの見出しは『核なき世界は可能』というものでした。

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