ホーム » エッセイ » 【 津波の下に消えてしまったこどもたち : 3.11の想像を絶する悲劇の真相 】《4》
最もおぞましかったのは、津波が通り道にある人間世界のすべてをのみこんでいく際に立てた強烈な騒音
悪臭を放ち恐ろしい咆哮をあげながら海そのものが陸に上がってきた、そして人々に襲いかかった
リチャード・ロイド・パリー / ガーディアン 2017年8月24日
津波を経験した人が見たもの、聞いたもの、そしてその時嗅いだ匂いはすべて微妙に異なっています。
それらの違いはどの場所で津波に襲われたのか、そして津波が何を乗り越えてやってきたのかによって異なっていました。
防波堤や護岸堤防を乗り越えてやってきた津波を目撃した人々は、それは巨大な滝の様だったと証言しました。
家や建物の中にいた別の人びとにとっては、急激に水面が上昇した洪水でした。
始めのうちは見た目にたいした事はありませんでしたが、足や足首がグイッと引きずられる感じががしたと思うとすぐに足、胸、肩を引っ張られそして殴られるような感覚に襲われました。
津波の色も、茶色、灰色、黒、白と人によって様々です。
実際の津波は日本人が伝統的に持っていた波のイメージとは似ても似つかないものでした。
日本人が伝統的に持っていた波のイメージ、それは有名な北斎の版画に描かれたような青緑色の、波頭にはまるで装飾のように優雅な白い泡のかたまりが浮かんだ海の波ですが、実際の津波はそんなものとはまるで違っていました。
現実に襲ってきた津波はすべてが桁違いで、もっと暗く、巨大で強力で暴力的であり、優しさや残虐性、あるいは美しさや醜さなどという価値判断とは無縁の、それまで見聞きしてきたものとは全く違うものでした。
海そのものが陸地に上がって来てどんどん迫って来ました。
そして恐ろしい咆哮をあげながら人々に襲いかかったのです。
そして悪臭を放つ海水、泥、海草が交じり合った物体でした。
最もおぞましかったのは、津波が通り道にある人間世界のすべてのものをのみこんでいく際に立てる強烈な騒音でした。
木材やコンクリート、金属やタイルが破砕されぶつかりあい、まるで悲鳴をあげるようにギイギイと鳴き声にも似た音を立てていました。
巨大なうねりが発生した場所では津波の表面に、破壊された建物の破片やがれきが寄せ集められたような、正体不明のごみのようなものが渦巻いていました。
まるで付近の町や村、都市全体が巨大なコンプレッサーのアゴに噛み砕かれ、粉々になってしまった後のような様相を呈していました。
釜屋地区全体を見渡すことができる丘の上に間一髪で逃れた永野和一さん、秀子さんの夫婦は、堤防を越えてなだれ込んだ津波が村や田畑全体にみるみる広がっていく様子を見つめていました。
「それは巨大な黒い山のようでした。津波は一気にやってきて、辺り一帯の建物を一瞬で破壊しました。」
「一個の巨大な物体の様でした。そして聞いたことがない音を立てていました。聞きなれた海の音とは違っていました。それは地球そのものがたてる轟音のようで、何かをぐしゃぐしゃに踏みつぶすような類の音と一緒になり、そしてうめき声のようにも聞こえました。」
そのはざまにもっと弱々しい別の音が聞こえていました。
「それは子どもたちの叫び声でした。」
永野秀子さんが振り返りました。
「子供たちはこう叫んでいました。『助けて!助けて!』」
半身が水に浸かりながらも丘の上に這い上がって何とか命が助かった高橋和夫さんにも子供たちの声が聞こえました。
「私も子供たちの声を聞きました。しかし津波がものすごい勢いで渦を巻き、水とがれきがぶつかり合うような音が響き渡る中、子どもたちの声はだんだん聞こえなくなっていきました。」
只野哲也君は泥で目が見えなくなり、津波の轟音で耳もほとんど聞こえない状態で丘の上にたどり着きました。
その手足は、瓦礫や木材、その他確認のしようもない何かに押さえつけられ、身動きができなくなっていました。
そして何やら動くものがその体の上にあり、その重量が哲也君にのしかかっていました。
それは哲也の友人で5年生の高橋航平君だったのです。
航平君の命は家庭用の冷蔵庫によって救われました。
航平君が津波に揉まれるようにして流されていた時、ドアが開いたのままの冷蔵庫が目の前に流れてきました。
彼は冷蔵庫の中に体をよじるようにして乗り込み、ボート代わりに身を乗せていましたが、最終的に学校の友人の背中の上に乗り上げたのです。
「助けて!君の体の下敷きになってる!」
哲也君はこう叫びました。
航平君は哲也君を冷蔵庫の下から引きずり出し、自由にしてあげました。
そして2人は急な斜面に立ち、眼下に広がる光景を見つめました。
かつての釜谷地区は点々と村落が連なり、その向こうには畑や丘陵が広がり、その間を蛇行しながら川が流れ、それが太平洋へと流れ込んでいました。
しかし津波に襲われた後、家も集落も畑も何もかも、見渡す限り海に続くまで消え失せてしまっていました。
哲也君の脳裏に最初に浮かんだのは、友達も自分自身もすでに死んでしまったのだという考えでした。
目の前を轟々と流れていく濁流こそ、話に聞く三途の川に違いないと思ったのです。
生前の行いが良かった人々は安全に橋を渡って天国に行くことができますが、行いの良くなかった者は恐ろしい龍が隠れている川をイチかバチか泳いで渡らなければなりません。
これに対し無垢の子供たちは善悪に関係なく親切な地蔵菩薩に導かれ、途中鬼や悪魔にさらわれたりすることなく、天国への道を進むことができるのです。
「もうすっかり自分は死んだものと思っていました。」
哲也君が当時をこう振り返りました。
「目の前を三途の川が流れれていると…。でもその時新北上大橋とその手前の大きな安全地帯が目に入りました。ああそうか、自分はまだ釜谷にいるのかもしれないと、その時思ったのです。」
一度引いたかに見えた津波が再び丘に向って押し寄せてきました。
男の子2人はさらに坂を上りました。
哲也君の顔は真っ黒で、おまけに傷だらけでした。
着用していたプラスチックのヘルメットは津波にもまれているうちにストラップがねじれ、完全にずれた状態で目に突き刺さるように顔を圧迫していました。
哲也君はその後数週間、正常な視力を取り戻すことができませんでした。
哲也君は津波に流されていたその瞬間の記憶はぼんやりとしたものでしかありません。
航平君は左手首を骨折し、肌には棘のようなものが刺さっていましたが、視力には影響がありませんでした。
航平君は一緒に学校に通っていた仲間の子どもたちと学校がどのような運命に見舞われたのか、目にはいるものすべてを目撃しました。
しかし航平君はその事について、決して人前で話そうとはしませんでした。
-《5》に続く –