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【 日本とウクライナ、破壊された原子力発電所、宇宙から共同で監視 】

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所要時間 約 5分

原子力発電所に隣接する地域の放射性物質の状況に関するデータを収集するため、2014年までに8基の小型衛星を軌道上に
発生から27年の歳月が過ぎても回復できない、原子力発電所事故の爪あと

フランス24 8月27日

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8月26日月曜日、日本とウクライナはそれぞれが抱える世界史上最悪の事故を起こした原子力発電所、福島第一原子力発電所とチェルノブイリ原子力発電所を宇宙から監視する計画に着手することで合意しました。
「両国は人工衛星を使って、事故を起こした福島第一原子力発電所とチェルノブイリ原子力発電所の周囲の状況の監視を継続するため、協力することで合意しました。」
ウクライナのレオニード・コジャーラ外相との共同記者会見の席上、日本の岸田外務大臣が記者団にこう語りました。

このプロジェクトは、原子力発電所に隣接する地域の放射性物質の状況に関するデータを収集するため、2014年までに8基の小型衛星を軌道上に打ちあげようというものです。

日本外務省によると、このプロジェクトは東京大学とウクライナ国立宇宙機関の共同事業によって運営され、日本が開発した衛星をウクライナの運搬ロケットにより軌道上に運ぶことになっています。

2011年3月に日本の東北地方で、巨大地震と巨大津波が引き金となって福島第一原発の3基の原子炉でメルトダウンが発生しました。
この事故収束作業には約40年の月日が必要になると見積もられています。

原子炉のメルトダウンが直接の原因となって死亡したという公式の報告は1件もありませんが、福島第一原発の周囲で暮らしていて避難を余儀なくされた100,000人以上の人々が、いまだに自宅に戻れずにいます。

福島第一原発上空
今回の共同のプログラムによって使われる人工衛星は、重さが約60キログラム程、直径が50センチメートルほどの小さなものになることを日本側が公表しました。
この衛星は地上約600キロメートルの高度から2時間おきに、福島第一原発とチェルノブイリの状況を撮影し、地球に送信し続けることになります。
衛星はまた、放射線濃度が基準を上回る地域について情報を集めるため、地上で設置されるセンサーからの信号を受信し、記録し続けることになります。

岸田外務大臣は8月25日、その救援活動の内容を比較検討し情報交換を行うため、1986年に大事故を起こしたチェルノブイリを視察しました。
「昨日チェルノブイリを訪問し、事故後27年経って尚、ウクライナ政府が事故の後遺症と闘いつづけているという事実には、感慨深いものがありました。」
岸田大臣は現地のジャーナリストにこう語りました。

1986年4月26日の朝早く、チェルノブイリの原子炉4号機が爆発し、そこから吹き上げられた放射性物質は当時のソビエト連邦からヨーロッパ全体に広がり、環境を汚染しました。

ウクライナ政府の公式記録に基づけば、事故収束・廃炉作業にたずさわったソビエト連邦のウクライナ、ロシア、ベラルーシ各共和国の25,000人以上の労働者が死亡しました。

フクシマ、チェルノブイリ、この2つの大災害だけが、国際原子力事象評価尺度(INES)のレベル7に分類された、世界の唯一の原子力発電所事故です。

▽ チェルノブイリ原子力発電所事故現場
避難所の同原子力発電所近くにある避難用シェルター脇の、放射能に関する警告標識。
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▽福島第一原子力発電所原子力発電所事故現場
6月12日、福島県大熊町にある福島第一原発の敷地内で休憩する作業員。
日本では、2011年3月の巨大地震と巨大津波がきっかけとなり、福島第一原発が壊滅的事故を引き起こし、周囲の環境を取り換えつがつかない程に汚染して以来、原子力発電は国民の間で論争の的になっています。
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http://www.france24.com/en/20130827-ukraine-japan-monitor-chernobyl-fukushima-space

立ち直ることも、よみがえることも出来ない町【 再生のため立ち上がる事すらできない、ゴーストタウン 】

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所要時間 約 10分

福島が一体何に直面させられているか、その事を世界中の人々に理解してほしい


リンクコード : http://www.cbsnews.com/8301-18563_162-57600173/area-near-fukushima-remains-a-radiological-ghost-town/

アメリカCBSニュース 8月26日

2011年3月11日に襲った巨大地震と巨大津波がきっかけとなり、福島第一原発の3基の原子炉がメルトダウンを引き起こしたとき、福島第一原発からわずか3キロの場所で暮らしていた福島県大熊町の住人11,500人は、自らの命を守るために町を逃げ出さなければ亡くなりました。
事故発生から2年半近くが過ぎましたが、この町の住民は年10回以内、一回当たり5時間以内に制限され、町を訪問することを許されていますが、果たして再びこの町に住める日がやって来るのかどうか、疑問に思っています。
CBSニュースのセス・ドーンが現地からリポートします。

自宅が避難区域内にある場合、その場所で暮らしていた住民は防護スーツでその身を覆い、必要な機器を携行して検問所を通っていかなければなりません。
基本的にはかつての住民だけが避難区域内への立ち入りを許されるため、CBSニュースのスタッフはかつての大熊町の住民で悪化大川原明さんに同行をお願いすることにしました。

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避難区域内に自宅がある被災者は一年間に10回以内、そして1回あたり5時間以内の滞在に限り、帰宅を許されています。
「私が住んでいたところは、とても美しい場所だったのです。」
大川原さんは自宅に向かう道すがら、こう語りました。
「その事を考えると、いたたまれない気持ちになります。」

建ててから50年が経つ彼の家の周囲の道路には雑草がはびこっていました。
唯一聞こえる音と言えば、昆虫の羽音、そしてCBSニュース・スタッフが携行している放射線の線量計が立てるカチカチという不気味な音だけでした。

災害発生から2年半近くが過ぎ、誰も住んでいないこの家の中には人の痕跡は無く、動物たちによって荒らされてしまっていました。
テーブルの上に災害が発生したその日、2011年3月11日付の新聞が載っていました。
「この家に配達された、最後の新聞です。」

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大川原さんと彼の家族は、避難は数時間かそこらで終わるものと信じていました。
放射性物質により被ばくをしてしまった彼の3人のこどもの幼いころの写真が、居間の壁に掛かっていました。

「私は、福島が一体何に直面させられているか、その事を世界中の人々に理解してほしいのです。」
大川原さんが語りました。
「そして、未だに私たちがどれ程の苦しみの中にいるのかを。」
あまりに多くの思いが胸の中を去来し、彼はそれ以上、言葉を続けることが出来ませんでした。

地元のコインランドリーの機械の中には洗濯物が放置され、線路の上はもう何年も電車が通った形跡がありません。

福島第一原発から3キロの場所にある大熊町に放射性物質の雲が流れ込んできたとき、この町の11,500の人々は急いで町から逃げ出さなければなりませんでした。

大川原さんは未だに実現されない東京電力による家屋への補償、その補償内容の決定が出るまで待たされて続けています。
「もう怒りに支配されている段階は通り越してしまいました。これ以上怒って見せたところで、いったい何が変わるのでしょうか?」
大川原さんがこう話しました。
「もう諦めかけている自分がいる、そう感じています。」

CBS03
大川原さんは大熊町に戻った際には、必ず先祖代々の墓に詣でることにしています。
彼自身はこの町に住んで6代目ということになります。
そして彼の代で、大熊町の住民としての歴史は絶えるかもしれないと考えています。

未だに275人の町民が仮設住宅暮らしを強いられています。
大川原さんはこれからその場所でずっと暮らすことのできる家、その家に家族で入ることを切望しています。

しかし東京電力が大川原さんに支払ったのは、除染作業員としての日当だけです。
大川原さんも、その他の6,300人の元住民が、汚染された土地の表面を削り取る作業に従事しています。

彼の自宅近くの路上には、削り取られた汚染土が詰まった黒い袋が、いくつもいくつも並べられています。

http://www.cbsnews.com/8301-18563_162-57600173/area-near-fukushima-remains-a-radiological-ghost-town/
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朝の連続テレビ小説『あまちゃん』を見ていたら、今日は3.11のシーンでした。
見ていてやはりあの日の『何か』がよみがえり、何とも言えない気分になりました。

私などは仙台市の中心部にいて、停電、断水など、ライフラインの途絶こそ体験し、勤めている会社も相当程度被害を受けましたが、幸い自宅にはほとんど被害が無く、今日に至っています。
被災地区の真っただ中でしたが、家族の、特に子供たちの福島第一原発による放射線の被ばく線量がいったいどの程度なのか、その点が非常に気がかりである点を除けば、その実害は『軽微』で済んだ方だと思います。

しかしここのアメリカCBSニュースが取り上げた福島県沿岸部の方々は、未だに『あの日』が続いているだろうし、その苦しみは私とは比較にならないものでしょう。

世界中のメディアが福島の被災者の方々について取り上げました。
【星の金貨】でご紹介したのも、以下のURLを始め、無数にあります。

【 福島第一原発の放射能汚染水漏れ、沿岸漁民の生活をさらなる窮地へ 】《前篇》

【 放射線が汚染した故郷、放射線が台無しにした暮らし 】

子どもたちの甲状腺の問題が多発するフクシマ【 心配で、戻れるような状況ではない 】《前篇》

【 追いつめられる福島の母親たち 「まだ何も終わってなどいません」】

【 福島県大熊町、そこはゴーストタウンですらない、死そのものが支配する町!】

【 散り散りになったもの、まき散らされたもの 】〈第1回〉

など、数限りなくありますが、改めて読み返して気がつくのは、被災者の方々の苦しみがこの2年半、ほとんど何も改善されてはいない、という事です。

そして事故そのものは、8月に入っての報道に象徴されているように、ここにきて状況は悪化を続けています。

いったいこの2年半は何だったのだろうか?と思ってしまいます。

この間、ドイツでは原子力発電の中止が決まり、アメリカですら最近、サンオノフレとヴァーモント・ヤンキーの現役の原子力発電所の廃炉が決まりました。
これに対し、日本で決まったこと、それは事故を起こした福島第一原発の廃炉だけなのです。

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人種の違いを乗り越えて!
キング牧師『私には夢がある』演説(1963年8月28日リンカーン・メモリアル)50周年

アメリカNBCニュース 8月28日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

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1963年8月28日、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアはアメリカの首都ワシントンにあるリンカーン・メモリアル前の広場で、歴史的に有名な『私には夢がある』の演説を行いました。
この演説をきっかけに、アメリカでは人種差別撤廃への動きが一気に加速することになったのです。

自由の鐘を鳴り響かせよう。これが実現する時、そして自由の鐘を鳴り響かせる時、すべての村やすべての集落、あらゆる州とあらゆる町から自由の鐘を鳴り響かせる時、われわれは神の子すべてが、黒人も白人も、ユダヤ教徒もユダヤ教徒以外も、プロテスタントもカトリック教徒も、共に手をとり合って、なつかしい黒人霊歌を歌うことのできる日の到来を早めることができるだろう。
ついに自由になった!ついに自由になった!全能の神に感謝する。われわれはついに自由になったのだ!
[訳文 : http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-majordocs-king.html]

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当日のデモ行進に参加した後、キング牧師の演説に聴き入る女性。(写真下・以下同じ)
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女性の胸には「平等な権利を、1963年」のバッジ
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当日のリンカーン・メモリアル前
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キング牧師の演説に聴き入る聴衆
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『平等な権利』『まともな住居』を我々は要求する、というプラカードが林立する
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「私は市民の権利ためにデモ行進する」
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当日、会場で歌うボブ・ディランとジョーン・バエズ。
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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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