ホーム » エッセイ » テロ、そして戦争 : 史上最大の隠ぺい《3》
国民全員の盗聴をしていたという事実、何としてもその隠蔽を続けようとしたブッシュ政権
今ここで行動を起こさなければ、もはや自分というものに価値を感じられなくなってしまうかもしれない…
デモクラシー・ナウ 2018年1月5日
エイミー・グッドマン:
ブッシュ政権は公になれば大統領選挙で命取りになりかねない、国民全員を対象にした違法な盗聴活動を行っていた、その事実を伝える記事を公表しないことによって、ニューヨークタイムズは引き換えに何を得たのですか?
ジェイムズ・ライゼン:ニューヨークタイムズは何も手に入れませんでした。
唯一手にしたものは、彼らが私を怒らせたことだと思います。
そしてニューヨークタイムズが私たちの記事を掲載しないことを再度決定した時、私は本を出版する決心をしました。
真実を公表するための手段はそれしか残されていないと考えたからです。
その時私が感じたのは、それまでの数年間、他にも私の場合同様、ニューヨークタイムズには隠したり公開を見合わせた情報がたくさんあったのだろうという事でした。
その事に気がついたという事は、私にとって自分の手に最後の選択肢が残されたという事でした。
今ここで行動を起こさなければ、もはや自分というものに価値を感じられなくなってしまうかもしれない、そう思いました。
私はもうニューヨークタイムズの記者を続けたいとは思っていませんでした。
これ以上事実を隠ぺいするという作業を容認はできない、そう感じていのです。
そして私はもう一つ別のドキュメンタリー、アメリカ中央情報局(CIA)がイランで犯した失敗について詳述する記事と併せて、ブッシュ政権による大規模な違法盗聴に関する著作を発表することにしました。
私は原稿を準備して編集しこの本をいつでも発刊できるようにした後、ニューヨークタイムズの編集者に対し、この本を出版すべきだと迫ったのです。
私はこのことについて2005年の夏の終わりから初秋にかけ、ニューヨークタイムズと話し合いました。この時点で私の本は2006年1月に出版の予定が決まっていました。
ですから私はこの本が世に出る前に彼らにかなりの時間を与えたつもりでした。
私の本の内容がニューヨークタイムズの編集陣が2度に渡って記事の差し止めを行ったそのドキュメンタリーだと解った時、彼らは私に対し怒りを露わにしました。
彼らの怒りは相当なものでした。
彼らは私を反抗的だとみなしたようですが、そのような考え方自体私はジャーナリストとして持つ必要が無いと考えていました。
組織に対し従順であるという考え方は不要だと私は考えていました。
一方のニューヨークタイムズはそこまでする権利は私には無いと考えていました。
そして再び私と編集者との間に、お互い次に何をすべきかという事を巡って非常に緊張した一連の話し合いが行なわれたのです。
エイミー・グッドマン:
ジム、ここに2014年に放映された米国CBS放送『60分(60 Minutes)』の番組で、CBSのレスリー・スタール氏がニューヨーク・タイムズの編集長ビル・ケラー氏がホワイトハウスに召喚された際の話し合いについて質問しています。
ニューヨークタイムズがあなたの記事を公表しないことを決めた経緯について語っています。
「ビル・ケラー:ブッシュ大統領自身が私にこう話しました。
「9/11のような攻撃がもう一度起きてしまったら、我々はアメリカ議会に出向き、なぜ2度もこのような攻撃を防ぐことが出来なかったのか釈明を求められることになるだろう。もしそうなったら、君に私の脇に居てもらうことになるぞ。」
それはあなたもお分かりの通り、
「お前の手も血塗られたものになるのだぞ。」
という意味でした。
レスリー・スタール:
つまり大統領は「もし何か間違いが起きたら、お前たちに責任をとらせるぞ。」
と言ったという事ですね。
ビル・ケラー:「その通りです。」
エイミー・グッドマン:そうです、彼こそ当時のニューヨークタイムズの編集主幹ビル・ケラー氏です。
ジェイムズ・ライゼン:
それは実際には、後になってから行なわれた話し合いでした。
記事の公開前に行われた最後の話し合いでした。
それ以前にもアメリカ政府との話し合いが行なわれており、その段階で合意は成立していませんでした。
まだ記事を非公開にするという決定はなされていませんでした。
すべての話し合いの最後に大統領との会談が行なわれたのです。
エイミー・グッドマン:
それですべてのプロセスが終了したのですね?
ジェームズ・ライゼン:
そうです。
エイミー・グッドマン:
そしてあなたがあらゆる手を打った結果、最後にはニューヨークタイムズ社もあなた方の記事を掲載することを決定したのですね?
ジェームズ・ライゼン:
そうです。同社は2005年の冬の秋、記事の中身が以前より良くなったという見解を示したのです。
まあ、幾分かの真実も含まれていますが…
実際その通りでした。私と同僚記者のリッチ・ブラウは事実を裏付けるためのさらに多くの情報を手に入れ、ブッシュ政権が行なった計画をさらに詳しく検証していたのです。
はじめにまず最終的にニューヨークタイムズがこの記事を掲載することに決定した背景には、いくつかの要因があったと私は考えています。
ご存知かもしれませんが、私の本はすべてのプロセスをもう一度始めからやり直しました。
そして2004年12月にニューヨークタイムズ紙が再度この記事を不掲載にしたことで、この記事のタイミング的な意義は失われてしまいました。
そして私が声を大にして言いたいのは、ニューヨークタイムズが結局はこの記事を掲載することにした唯一の理由は、掲載してもしなくとも、私の著作によってすべての事実が公表される予定になっていたという事です。
そして再び2005年の秋にかけて、ニューヨークタイムズとアメリカ政府との間で一連の新しい交渉が始まりました。
自分の本が2006年1月に発行されることが決まっていた私は、こうした事態について非常に心配していました。
結局この交渉は最後にはニューヨークタイムズ社主のサルツベルガーとブッシュ大統領本人との話し合いに行きつきました。
こうしてサルツベルガーとブッシュ大統領の会談が終わった後も、ホワイトハウス側は尚ももっと多くの人々と交渉を続けることを望んでいました。
一方私はと言えばその時点で、ニューヨークタイムズ側は必要とされるスピードでこの件の処理を進めるつもりはないのではないかと強く懸念していました。
彼らはこの問題にタイムリミットがあるとは、認めたくない様子でした。
しかし幸運なことに、一緒に記事を執筆した同僚のエリック・リッチブラウが土壇場で特ダネ級の新しい情報を手に入れました。
信頼できる情報源から、ブッシュ政権がニューヨークタイムズに対して記事の公開を差し止めさせるため、裁判所から命令を出すための措置を検討しているという情報がもたらされました。
アメリカ政府がニューヨークタイムズとの対決を考えているという情報がもたらされたのは、ベンタゴンペーパー( http://kobajun.biz/?p=32720をご参照ください )以来初めてのことでした。
ここに至ってニューヨークタイムズもようやく決心しました。
その情報がもたらされたその日のうちに私たちの記事の掲載を決定したのです。
確定するのに夜までかかりましたが、編集主幹のケラーがホワイトハウスに電話をし、私たちの記事を掲載する決定を伝えました。
この際、1970年代のニューヨークタイムズとの違いはインターネットがあったことでした。
ケラーがホワイトハウスに電話をした直後、私たちは記事をオンライン上で公開するための準備を大急ぎで始め、翌朝にはオンラインで公開することができました。
こうして私は記事を書いてそれが発表されるまで2年という月日を費やすことになったのです。
《4》に続く
https://www.democracynow.org/2018/1/5/the_biggest_secret_james_risen_on
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この原稿の翻訳を続けていた2月4日の新聞の第1面に
『米「使える核」追求 - 新戦略方針・使用条件を緩和』
の見出しが出ていました。
同じデモクラシー・ナウ!の記事の【 米国の核戦争実施計画、その立案者が告発する! 】( http://kobajun.biz/?p=32720〜 )をご紹介したばかりですが、「我々は核兵器を持っている、持っているのになぜそれを使ってはいけないのだ?」と会議で3回繰り返したトランプ( http://kobajun.biz/?p=32747 )とあったように、いまやアメリカは安全保障上の国際問題を解決したいのではなく、とにかく核兵器を使いたいのだと思います。
その理由は
幼稚な頭脳構造を持った無知で無分別な大統領が、現在のアメリカを率いているから( http://kobajun.biz/?p=32563 )に他なりません。
まさに今、私たちが求められているのは「今ここで行動を起こすこと」なのではないでしょうか?
新聞の記事には『核の傘』を正当化し、無知で無分別な大統領に盲従する日本の政権などがトランプを調子づかせているとの指摘もありました。
まずはなぜ日本の政治が幼稚な頭脳構造を持った無知で無分別な大統領に盲従しなければならないのか、徹底的に疑問をぶつけましょう!