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使い捨てられた人々 : 山谷《前編》

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所要時間 約 8分

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何百年もの間、働ける場所、隠れ住む場所、そして仲間を求めてたくさんの人々が山谷にやって来ました。
しかしここにも急激な変化の波が押し寄せ、住民たちは順応していくのに四苦八苦しています

               

                 

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 2019年6月14日

             

一見する限り山谷は都心から離れた東京都内の他の場所と変わるところはありません。
目に入るのは手入れの行き届いた家々、スーパーマーケット、ファストフード・ショップなどばかりです。
そして離れた場所には連なる屋根と網の目のように張り巡らせた電線の上に、見間違えようのない東京スカイツリーのシルエットが浮かんでいます。

                

しかしその超現代的なランドマークタワーに近接する空間は人の目を欺くものです。
楽な着心地のジャージの上下を着て、野球帽をかぶり、ビニール製のサンダルを履き、午後の早い時間からチューハイと呼ばれる発泡酒の缶を握りしめた高齢の人々の姿が目立ちます。
そして何十という数の部屋には家具も調度もない安宿が、都内で最低レベルの料金を宣伝しています。
都心から離れた東京都内に山谷のような場所は他にありませんが、今この場所は抗いようのない変化の波の中で、なんとか息をしようと必死になっています。

            

珠姫(たまひめ)公園の中で『かっちゃん』の愛称を持つ男性が待ち合わせした友人が来るのを待っていました。
近くではソーラーパネルを電源に持つ液晶テレビがあるテント小屋を挟んで、2人の男性がひっくり返された古いファイルキャビネットの上で将棋をさしていました。
その向こうには来ているものを全部脱いで虚空を見つめている一人の若い男がいます。

              

写真上: 山谷の商店と壁の落書き

             

今、地図で探しても『山谷』の名は見当たりません。
1966年、日本政府が山谷の2文字をすべての公式文書から削除するよう命じたからです。

               

「酒を飲んで、おしゃべりしながら日向ぼっこをするためにここに来たんだよ。なんたってお陽さまに当たるのはタダだからね。」
16年前にこの地にやってきた日雇い労働者のかっちゃんは、こう語りました。
「仕事にありつくのはなかなか大変だけど、ここには友達がいるからね。」

                

何百年もの間、働ける場所、隠れ住む場所、仲間を求めてたくさんの人々が山谷にやって来ましたが、かっちゃんはそうした人々の最後の一団に属するかもしれません。

                   

江戸時代(西暦1603-1868年)、江戸市中の他の場所に定住することができなかった渡りの労働者などが、山谷にある安宿である木賃宿で暮らしていました。
戦後は太平洋戦争中のアメリカ軍の空襲によって住む場所を奪われてしまった人々が、間に合わせの小屋掛けをして暮らす場所になりました。

                    

その状況を哀れんだ占領アメリカ軍が軍用テントを寄付したりしたこともありましたが、その後徐々に木造の木賃宿が建てられていきました。
1953年までに約6,000人が100軒ほどの木賃宿に住んでいましたが、その10年後のピーク時にはその人口は15,000人に、宿泊施設も220か所にまで増えていました。

              

                  

しかし現在、山谷の地名を地図上で見つけることはできません。
1966年、日本政府は山谷の名前を公的記録から削除するよう命じたのです。
そて山谷は清川と堤の2つの地区に分割されました。
貧困、アルコール依存症、暴力、日雇い労働者のたまり場という印象をカモフラージュしようとしたのです。


日雇い労働者こそは戦後数十年間、東京タワー、1964年の東京オリンピックの関連施設、首都高速道路、そして今日の大都市東京の基盤を築くことになったその他のインフラ整備のための肉体労働を提供した人々でした。

                 

しかし日雇い労働者も彼らが暮らす場所も想像を超えた変化の波が押し寄せる中、変わらざるを得ない状況に追い込まれています。

               

山谷もまた他の日本の多くの地域社会同様、年代別人口の偏りの影響を感じさせる場所になりました。
ここに住んでいる推定1,500人の元労働者のほとんどは60~70代で、中には80~90代という人もいます。
黄昏時ともいうべき次第に入った現在、かつては肉体労働で疲れきった労働者によって埋まっていた簡易宿泊施設は、わずかな年金や給付金でかろうじて生きのびている男性たちのための事実上の高齢者収容施設に変わりました。

             

「最近では暴力沙汰はまずまれだが、種々雑多な人々の住処と化した山谷では住民は新しい緊張の種に直面させられている。」
こう語るのは山谷の新しいまちづくりや就労支援などに取り組むYUI(結)Associates(http://sanya-yui.net/)の代表理事である義平真心(よしひらまごころ)さんです。

                  

                   

高齢化した労働者の人口は減少を続けていますが、地元で工場や他の中小のビジネスを営む定住家族との共存が難しい状況にあります。
その一方で山谷にある約140の簡易宿泊施設のうちの約20か所には、その手軽さから利用する若者も多く、外国人のバックパッカーの利用も増えています。
彼らを引き付けるのは清潔で快適な室内と一泊たった2,000円という低料金です。

https://www.theguardian.com/cities/2019/jun/14/the-tokyo-neighbourhood-where-people-come-to-disappear

《後編》に続く

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人間が生きるということには多様性があるべきだと思いますが、その選択が自ら望んだものではなく仕方なくそこに落ち込んでしまったという人々も多数います。

落ち込んだ理由が「使い捨てられてしまったから」というのでは、それでは心が荒んで当たり前だと思うのです。

自己責任などという言葉は現実をいたずらに単純化するだけのもので、明快なようで実は極めて曖昧で無責任な言葉だと思います。

物事をきちんと考えられない・探求できない粗雑な頭脳を持った人間たちが好んで使いそうな言葉です。

一方でセーフティネットという考え方がりますが、今の日本はその点も非常に危ないのではないでしょうか?

理由はもちろん現在の政権です。およそ人を思いやるという姿勢が微塵も感じられない首相と副首相をその座に置いたままにして、日本人のセーフティネットなど機能しようがないだろう!と思うのです。

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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