ホーム » エッセイ » 世界が100年かけて築いた共存秩序を破壊するトランプ《1》
アメリカ大統領ドナルド・トランプは真実など別にどうでも良いという人間、つまり平気で嘘をつく人間
「アメリカ・ファースト」アメリカが容赦なく自国の利益だけを追求する時代がやって来た
エコノミスト 2018年6月7日
カナダはかなりゆったりとした場所です。
ジャスティン・トルドー首相は5月25日午前、オタワ市内の国会ビルの向かいにある彼のオフィスまで歩き、部屋の中でジーンズを着てリラックスしていました。
トルドー首相は米国との貿易交渉についてエコノミストの取材に答え、彼がカナダの国益を優先するという立場にドナルド・トランプが理解を示しており、両者は「非常に良好な関係」にあると語りました。
しかしカナダの貿易額の3分の2を米国に依存する国でもあります。
数日後トランプは国家安全保障上の必要性という名目で、カナダ、ヨーロッパ、メキシコの鉄鋼製品とアルミニウム製品に高関税を課すと宣言したのです。
トルドー首相はカナダがアメリカ合衆国にとって国家安全保障上の脅威だというトランプの言い様について「はっきり言わせてもらうが、まったくバカにした話で到底容認できない」との考えを示しました。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、この関税を「違法」と斬り捨て、「経済ナショナリズムは戦争につながる」と警告しました。
「それはまさに1930年代に起こったことです。」
6月8日~9日にカナダのケベック州シャルルボワで開催されたG7サミットでは、あたかもG6対1であるかのような険悪な空気が漂っていました。
トランプは世界は混乱しており、彼以前のアメリカの外交政策は致命的な失敗であると主張するようになりました。
しかしその「アメリカ・ファースト」という姿勢はもはや世界の混乱を取り除くのはアメリカの仕事ではなく、以後はひたすら自国の利益を追求するのだというポリシーです。
いよいよアメリカと敵対する国々が恐れてきた時の到来であり、同盟国は応分の負担を要求され、そしてアメリカ自身は容赦なく自国の利益のみを追求する時がやって来たのです。
トランプがその功績を否定したこれまでアメリカの外交政策の専門家たちは皮肉を持って応えましたが、トランプの大統領選挙の勝利に驚かされることになりました。
それでも外交分野において一定の実績を上げてきた人々は嫌々ながらもトランプに選挙協力を行い、大統領に就任した後は過激な言動を控え、現実を見て慎重な判断をする人々の発言に耳を傾け、本来の取り巻きである連中に掣肘を加えるだろうと期待したのです。
しかしそんなことは現実になりませんでした。
大統領在任期間はすでに500日を超えましたが、トランプが行った外交政策には常に数限りなく疑問が突きつけられており、本人にはいささかも自重するなどという姿勢は見られません。
トランプが任命した2代目の国務長官マイク・ポンペオはタカ派として知られる人物であり、3代目の国家安全保障顧問のジョン・ボルトンに至ってはウルトラ・タカ派の人物です。
これまでの3カ月間、トランプがやったことといえば同盟国相手に突如関税を課すことを宣言、彼はイランとの核開発協議を廃止、中国との貿易戦争の宣戦布告を行う一方、6月12日にシンガポールで金正恩(キム・ジョンウン)との初の米朝首脳会談を開催するという決定でした。
ほとんどすべてのアメリカの同盟国の貿易の専門家、政界に長く身を置いてきた人々、そして外交官は愕然としました。
一方のアメリカ国内のトランプ支持者は興奮しています。
トランプは外交の分野において、おそらく他のどの分野と比べても、公約通りのことを着実に進めています。
パリ会議の気候温暖化防止協定から一方的に脱退し、イランの取り引きを放棄、イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移し、中国に対して強行姿勢を鮮明にしました。
こうした姿勢にアメリカ国内の企業は多かれ少なかれ協力する姿勢を見せています。
経済成長はもとより望むところであり、海外に対してアメリカの国益を優先することに異存はなく、まして中国バッシングとなれば多くの企業が喝采を送っています。
そして限られた同盟国、特にイスラエルとサウジアラビア政府はことの外喜んでいます。
トランプのこうした政策については、3つの視点から観察する必要があります。
第1の視点、外交政策の専門家と欧州各国の首脳を支配している共通の思い、それは絶望です。
第二次世界大戦の惨禍の後、人類は共通のルールによって世界秩序を作り上げる取り組みを続けてきました。
それによって人類は史上かつて無い豊かな社会を築き、史上最大規模の貿易世界を築き、そして世界中のほとんどの人々が武力抗争から解放されることになりました。
トランプはこうしたルールを基本とする世界を破壊しようとしています。
良いことが実現できるはずがありません。
第2の視点は「Yes, but イズム(法)」です。
この一旦は相手の言い分を受け入れ、相手を安心させてから反論するという手法は、絶対に主張を曲げないということを意味するわけではありません。
何度か批判を行って相手に妥協を求めるものです。
トランプが行う批判は深い考えがあってのことではなく、前例もなく、そして永続性のあるものでは無いかもしれません。
確かに古いルールに基づいた秩序はすでにいくつもの分野で機能しなくなっていました。
第3の視点は、予想外の成功への道を開けておくという手法です。
これは従来のシステムの下で従来の手法で仕事をしてきた人が達成できない、野心を実現させるために偶然を取り入れた手法によって物事を処理するというスタイルをトランプがとり続けていることを証明するものです。
これらは視点であり、立場とは違います。
絶望してしまった人、あるいは「Yes, but イズム(法)」だと思っている人は、この先また驚かさせるかもしれません。
とはいうもののトランプが最終的な成功を手に入れると考えている人はほとんどいません、いるとしてもつかの間の話だろうと考えています。
これらの視点からトランプを観察するためには、彼が何者であるかということとその行動パターンを分析する必要があります。
トランプには人間的魅力などありません。
そして明らかに自惚れが強く、そのくせすぐに激昂する人間です。
彼は往々にして衝動的であり、長期的戦略や物事の結果がどのような波及効果をもたらすかということに興味を持っていません。
トランプは真実など別にどうでも良いという人間、すなわち平気で嘘をつく人間なのです。
《2》に続く
https://www.economist.com/briefing/2018/06/07/donald-trump-is-undermining-the-rules-based-international-order