ホーム » エッセイ » 【 福島第一原発の事故収束、業界利害を優先し、危険な状況 】〈後篇〉
東京電力は汚染水発生の根本対策の実施を拒否
経産省は汚染水の問題の存在自体を無視
マーティン・ファクラー / ニューヨークタイムズ 4月29日
しかし福島第一原発の事故の収束について深刻な問題を抱えているのは、東京電力だけではないのです。
福島第一原発の事故以前は国の監査機関というよりは、明らかに原子力業界の警備員のような役割を徹底して演じていたのが日本の原子力行政機関です。
事故後、原子力安全・保安院を改変した原子力規制委員会は、福島第一原発の3,000人の作業員の管理監督を行うため、9名の職員を現地に派遣しています。
そして福島第一原発の事故収束作業を共に管理監督する、別の政府の委員会のメンバーは業界内部の人間、原子炉メーカーの日立や東芝の社員、そして原子力業界のずさんな経営を許してきた経済産業省などの職員により構成されているのです。
こうした有り様について、批判的立場の人々はこう述べています。
今回、福島第一原発で深刻さを増す汚染水の問題は、福島第一原発の事故が起きて尚、原子力発電の安全管理の問題を業界任せにしてきた、その当然の報いである。
2011年後半、東京電力と日本政府が福島第一原発の全原子炉の廃炉を決定した時点で、莫大な量の汚染水の問題がすでに明らかとなっていました。
福島第一原発は付近の山地の地下水が太平洋の流れ込む、その水路の上に位置しています。
しかし東京電力の首脳部も、日本政府の担当部局もこの問題を重視せず、放射性物質を取り除いた上で廃棄するまで、安全に保管できるかのように装ってきました。
これまで政府による事故収束作業に協力してきた専門家は、外部の専門家が関わっていれば、この問題の深刻化を予測できたかもしれないと語りました。
しかし東京電力も日本政府も、収束作業・廃炉作業により精通した外部の専門家や専門企業を参加させるという提案を、厳しくはねつけてきました。
飽くまでも日本の原子力発電業界内部の共同謀議によって、この問題にあたろうとしてきたのです。
東京電力はまた、原子炉と原子炉建屋に地下水が入り込むのを防ぐため、地下に18メートルの防水壁を建設する提案も退けました。
そして福島第一原発の廃炉計画にたずさわった専門家や監視機関によれば、経済産業省は汚染水の問題が存在すること自体、取り上げようとはしなかったのです。
代わりに東京電力がやったことは、急場の対策としてビニールと粘土で覆った地下貯蔵施設を作り、そこに汚染水を収納することでした。
結局、この施設からは汚染水が漏れ出す結果となりました。
そして東京電力の事故収束・廃炉作業を監視する委員会に、原子力規制委員会が正式なメンバーとして加わることが認められたのは、この事故が起きてからの事だったのです。
しかし最大の問題は別にある、専門家がそう指摘しました。
すなわち、東京電力自身、そして換気委員会のメンバーのほとんどが、汚染水からストロンチウムを含む62種類の放射性物質を取り除くことが出来る、強力な汚染水浄化装置がいったん稼働すれば、最終的には貯まり続けた汚染水を海に放出できるようになる、そう考えていることです。
しかし多くの専門家がこの浄化装置の稼働は容易ではないと考えていましたが、結果はその予想通りになり、浄化装置は未だに稼働できずにいます。
しかし仮に稼働できた場合、今度は一般市民はトリチウム(三重水素)の問題と向き合わされることになります。
トリチウムは比較的弱いベータ線を発しながら崩壊する放射性同位元素ですが、水から取り除くことはできないという特性を持っています。
トリチウムは体内に摂取した場合にのみ人間にとって有害ですが、正常に機能している原子力発電所から環境中に常時放出されています。
福島第一原発の場合は正常に機能している原子力発電所の100倍のトリチウムが環境中に放出されている、東京電力でさえその事実を認めています。
「私たちは破壊された原子炉と使用済み核燃料の問題に集中するあまり、結果的に汚染水の問題を軽視してしまったのです。」
原子力委員会の鈴木達治郎委員長代理がこう語りました。
東京電力が当初の廃炉計画を作成する際、協力したのが原子力委員会でした。
「原子力発電業界以外の専門家であれば、この問題の発生をいち早く予見できたのかもしれません。」
東京電力自身は汚染水の増大を防ぐためには、破壊された原子炉建屋の亀裂をふさぐしか方法は無いと主張し、増え続ける地下水の問題に対する判断と処理を誤ったという批判を否定しました。
何十センチもの深さの非常に毒性の高い放射能汚染水の中に入り、放射線量が危険な程高い原子炉建屋の中に入ってそうした作業を行える会社など、世界中のどこにも無いと主張しています。
「福島第一原発を運営してきたのは私たちです。福島第一原発の事は私たちが一番よく知っています。」
東京電力の広報担当、小野氏がこう語り、目に涙を湛えながら次のように付け加えました。
「こうした混乱を収束させ、社会の信頼を回復させるためには、これまで私たちがとった方法以外に途は無いのです。」
しかし今のところ、そのゴールははるか遠くにしかないように見えます。
トリチウムを含む『浄化済み』の汚染水を海洋に投棄することについては、強い抗議が寄せられています。
2011年、東京電力は公にアナウンスする事無く、福島第一原発の汚染水の海洋投棄を行い、大きな批判を浴びました。
こうした事態を受け、安倍首相は個人的見解だと断った上で、
「安全が確認されないうちに、汚染水を海洋投棄することはしない。」
とコメントしました。
事態の推移に関係なく、汚染水の増加は途切れることなく続いています。
「汚染水を海洋に投棄するためには、事前に了解を取り付けることが必要だという事に、どうして東京電力は気づくことが出来なかったのでしょうか?」
福島第一原発の事故収束・廃炉作業について、これを専門に行う会社の設立を提案した、東京大学の公共政策を専門とする諸葛宗雄教授が語りました。
「これらすべての事実が、福島第一原発の事故収束・廃炉作業は東京電力にとって荷が重すぎるという事を証明しているのです。」
《 完 》
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文中、東京電力の広報担当者が「福島第一原発を運営してきたのは私たちです。福島第一原発の事は私たちが一番よく知っています。」と語るくだりがありますが、果たしてそうでしょうか?
『群盲像を撫ず』ということわざがあります。
出しい知識を持たない人間たちがいくら集まって物事を検証したところで、正しい結論が出るはずが無い、といった意味で使われます。
原子力発電所は、核に関する完璧な知識が無くても建設・運営はできます。
そして人類は未だ、核分裂、放射性物質などについてすべてを解明した訳ではありません。
核に関する知識が実用化されてから、たかだか100年にもなっていません。
プルトニウム239の半減期は2万4,000年だそうですが、それを実地に検証した人類は存在しないのです。
福島第一原発では、不完全な知識と経験しか持たない人間が、何より安全と環境保全を重視するのではなく、東京電力がこれ以上不利にならないよう、日本の原子力産業界の利害を損なわないように作業しているわけです。
そうした態度に対し、自然と科学は次々と危機的事態を持って報いている、それが現在の福島第一原発だと思います。