ホーム » エッセイ » 【 北朝鮮の核実験は、なぜ『水爆』でなければならなかったか 】
各国の報道が見落としている、北朝鮮『お家の事情』
キム・ジョンウン本人は未熟でも、その体制は明確な戦略を持っている
ロバート・ウィンスタンリー-チェスター / ザ・カンバセーション / ガーディアン 1月7日
北朝鮮が主張した『水爆実験の成功』は世界中から無責任、そして不合理であるとの非難を集めました。33回目の自分の誕生日を祝いたがっていた未熟でいながら、権力欲だけは人一倍強いリーダーの愚かさを証明するものだとの評価も行なわれました。
しかしこの実験は、キム・ジョンウン体制が極めて明確な戦略を持っていることの証明でもあったのです。
原子爆弾であろうが水素爆弾であろうが、北朝鮮政府にとって核兵器開発計画は自分たちの安全を守るための最後の切り札です。
北朝鮮政府の公式発表に世界はおどろき、ショックを受けましたが、実は数か月前からこうした事態が現実になりつつあるという兆候がありました。
2015年12月の首都平壌近くの平三革命記念施設への訪問は、キム・ジョンウン自身が北朝鮮はいつでも水爆を爆発させる態勢にあると一言洩らさなければ、特に注目されるべきものではありませんでした。
北朝鮮政府は自国の核開発について『伝家の宝刀』と呼んでいますが、これまでその威力についてはきわめて短期間に、わずかな部分しか確認されておらず、この国が本当に核兵器開発能力を有しているのかどうか懐疑的な見方もありました。
現在国際社会は、北朝鮮がその北東部の豊渓里(プンゲリ)の実験施設で水爆を爆発させる事に成功したとする主張について、真偽を確認することに躍起になっていますが、水爆であるかどうかについてはあらためて疑問視する見方が有力です。
しかし発表された内容の真実がどうであれ、北朝鮮が水爆の技術を早晩確立させることは明らかであり、その事が政治的課題の解決に貢献すると彼らは考えているのです。
キム・ジョンウンが行なった2016年の新年の演説では水爆実験に関する具体的言及はありませんでしたが、いつも通りの出来事が起こるべくして起きました。
国民に対する金属産業を発展させ、多くの電力を確保し、『最高度の文明を享受できる』社会の建設に邁進するよう呼びかけは、要は軍事能力の拡大に必要な要点を述べたものでした。
改めて振り返ってみれば、年頭の演説は水爆実験成功発表の序文ともいうべきものでした。
北朝鮮が「科学的基盤に立ち」あるいは「我が国独自のスタイルで、極めて多くの種類の軍事的攻撃手段を開発・生産する」ということを金総書記が述べた部分で、水爆の開発に成功したと言いたかったのだと思われます。
演説の中で2016年北朝鮮労働党の設立70周年に当る「特筆すべき年」ことを繰り返し述べており、5月に開催される党大会で今回の水爆実験に関する詳細が語られることになると思われます。
▽ 第7回朝鮮労働党大会
北朝鮮労働党の党大会は1980年10月の第6回を最後に以後開催されていません。
なぜ党大会が開催されなかったのか、その理由は数十年に及ぶ経済計画の失敗、そして中央集権制の下で達成されるはずだった数々のめざましい計画を、次々と放棄せざるを得なかったことが原因だと考えられます。
今北朝鮮の労働者党と体制側にいる人間たち、そしてもちろん本人も、キム・ジョンウン体制の始まりを幸先良いものにしたいと考えていると思われます。
そのためにうまくいかなかった過去に触れることや経済や社会が混乱していることに触れることなく、力の誇示に焦点を合わせたかったのだと考えられます。
他の社会主義国家の年次党大会などとは異なり、北朝鮮のそれは丸1年の間続けられる極めて大規模なものです。
5月に向け北朝鮮の政府は劇的な成功を演出するため、様々な委員会とそこに所属する小委員会が入念に準備を進め、大会の決議に全国民が歓呼をもって応えるよう、国内の隅々にまでプロパガンダを浸透させようとしています。
そして朝鮮半島における日本の支配が終了して70周年を迎えた2015年には特別に大きな行事が開催されたなかったのも、第7回朝鮮労働党大会を年間を通して大々的に盛り上げることが優先されているためであり、2016年という年は党大会一色に塗りつぶされることになるでしょう。
そして『水爆実験』はその真偽は別として、その華々しい宣伝広報の第一弾として完全な成功を収めたのです。
▽「隙間なく武器を並べろ!」
北朝鮮が送った深刻な衝撃波は各国で検知されました。
中国の敵対的反応は、最近和解が成立したばかりの日本、韓国を上回るものでした。
これまで3回実施した核実験で北朝鮮は極東地域で孤立を深めてきましたが、今回の実験により極東におけるその外交的孤立はかつてない深刻なものになりそうです。
北朝鮮政府は、アメリカのオバマ政権がキューバやイランで何とか実現させたの同じ、和平協定成立に向けた交渉の前進を望んでいるものと思われます。
しかし北朝鮮政府は国際社会の意向、そして中東における難民問題とイスラム国(ISIS)の現状分析において判断を誤っています。
これらの現実は『伝家の宝刀』を振り回してみせても隙間なく武器を並べてみせても、国家の衰勢を立て直すことも体制を本当の意味で守ることもできないことを教えています。
しかし間近に迫った党大会を、北朝鮮政府は期待される国家的勝利、そして国家的優位性を主張する場として最大限利用しなければなりません。
北朝鮮政府がかつての同盟国からすら抑制を求められ様々な規制を課されていることを感じ取り、今まで以上に孤立を深めていることを認識すれば、党大会の場で公然と中国を非難し、感情的な攻撃が行われる可能性があります。
つまるところ北朝鮮の発表を、未熟な指導者による愚行のひとつに過ぎないと切り捨てることはできないのです。
北朝鮮政府は他の辺境にある独裁国家、たとえばトルクメニスタンやスーダンのような国家が夢に見てはいても手に入れることができない『伝家の宝刀』を、極東という場所でいざとなれば抜き放つことができるのだということを見せつけたかったのです。
http://www.theguardian.com/world/2016/jan/07/north-koreas-nuclear-test-kim-jong-un-folly
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とどのつまり、36年ぶりに開催する北朝鮮労働党大会において、北朝鮮はジョンウン体制の誕生により『水素爆弾による攻撃』すら可能な強力な国家になったのだという事を、特に国内において宣伝したかったのだというのが、この稿の結論のようです。
前回までご紹介してきたエコノミスト誌の【 核兵器開発疑惑の真相に迫る 】《1》( http://kobajun.biz/?p=26018 )の冒頭、『実際に行なわれた核爆発の中で、2006年の北朝鮮による地下核実験のそれは小規模なものでした。この時の爆発規模は1945年に広島に投下された原爆の10分の1以下で、間違いなく1キロトン以下と見られています。』と書かれていたことを考え合わせると、その信憑性はより高いものになります。
『水爆については爆発規模が小さすぎる』のは、ジョンウン体制が実より『水爆』という名が欲しかったからだという事情が見えてきます。
いずれにせよ、10日のTBSのサンデーモーニングの中でも語られていたように、いたずらに振り回されることは日本として決して得策ではないという事を、冷静に考える必要があると思います。
そしてよこしまな意図を持った人間たちに政治利用させない事もまた、必要な事ではないでしょうか。
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【 ガーディアン[目撃]2015傑作選 】
ガーディアン EYEWITNESS 2015
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広西チワン族自治区桂林陽朔県興坪の漓江で鵜飼いの技術を教える黄氏。黄氏の一族は16世紀、この場所で鵜飼いを始めたと言われています。
http://www.theguardian.com/world/series/eyewitness