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国内でも異論が多数・自衛隊の中東派遣、安倍政権が閣議決定

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海外での軍事行動を厳しく規制している日本国憲法、なし崩しに無視し続ける安倍政権

憲法を踏みにじる既成事実を積み上げて『実績』をつくり、後になって『現実を見ろ』と開き直る狡猾で卑劣な手法の始まり

              

                

山口真理/ AP通信 2019年12月27日

             

2019年12月27日、東京の首相官邸の外で中東への軍隊派遣に抗議するプラカードを掲げる人々。
安倍政権は27日、
国内にエネルギー資源がほとんどなく石油資源を中東地域からの輸入に大きく依存している国家として、日本の船舶の航行の安全を確保することが目的だとして、安倍政権は反対意見が多いにも関わらず中東に海上自衛隊を派遣することを閣議決定しました。

                   

この閣議決定は、ドナルド・トランプ大統領が2015年に成立したイランとの核開発計画合意からアメリカを一方的に離脱させて以来、米国対イランの緊張関係がエスカレートしている状況を反映するものです。

                

「中東の緊張の高まりを考慮し、情報収集態勢を強化する必要がある。」
菅義秀内閣官房長官は記者会見こう語りました。
菅官房長官は日本がこの地域からの石油輸入に大きく依存していることを指摘し、次のようにつけ加えました。
「日系船舶の安全な航行を確保することが非常に重要である。」

                 

日本は米国の同盟国ですが中東海域の船舶の自由航行を保護する米国主導の有志連合に加わるらず独自に自衛隊を派遣し、イランに対し一定の配慮を示すことで中立性を維持しようとしています。

                   

日本は今回の計画の下で、主にオマーン湾、アラビア海、紅海とアデン湾に通ずるバブ・エル・マンデブ海峡での情報収集のために、駆逐艦と2機のP-3C偵察機を備えた約260人の海上自衛隊要員を派遣します。

               

これを受け河野防衛大臣は2020年の初頭から開始予定の作戦行動の準備に取りかかるよう示を出しました。

                

河野防衛大臣は今週末、アフリカの東海岸のジブチとオマーンを訪問し、今回の日本の派遣の目的について話し合う予定です。
日本の自衛隊の部隊は、ソマリア沿岸沖での国際的な海賊対策活動の一環としてジブチに拠点を置いており、現在ジブチに拠点を置いてソマリ沖の海洋監視活動で運用中のP-3C部隊は1月に新しい任務に移行すると河野大臣が付け加えました。
自衛隊の活動範囲に米国主導の有志連合が活動しているホルムズ海峡は含まれません。

                

                

安倍首相は先週、イランのハッサン・ロウハニ大統領が東京を訪れた際に今回の計画を説明しました。
イランと米国の両国と友好関係にある日本は両国を調停するための役割を果たし、地域の安定を回復するのために重要な役割を果たすことを目指していると政府当局者が述べました。

               

中東は日本の石油需要の80%以上を供給しています。

                  

日本は第二次世界大戦後に成立した日本国憲法により平和主義的な国策が原則となり、軍隊による武力を行使することは自衛の場合に限ると厳しく制限されています。
したがって軍事的緊張が続く海外の地域に海上自衛隊を派遣することは非常にデリケートな問題です。
しかし安倍首相はこれまで、海外における日本の軍事的役割の拡大を続けてきました。

                 

写真 : 2015年10月18日、3年に1度開催される海上自衛隊の観艦式で、相模湾沖に対潜水艦爆弾を投下して飛行するP-3C対潜パトロール機。

                 

2019年6月にはオマーン湾で日本軍のタンカーが攻撃されましたが、アメリカ政府はイランが引き起こした事件だと主張し、日本に米国が主導する軍事有志連合に参加するよう促しました。
石油元売り各社で作る「石油連盟」の月岡隆会長はこの事件に言及し、
日本石油協会会長の月岡隆は、「中東情勢は依然予断を許さない。今回の決定は中東地域における船舶の安全な航行に資するものと考えており、石油連盟として歓迎したい。」と自衛隊の派遣を歓迎するとの立場を示しました。

                   

https://apnews.com/67b1d590d90e3449b89878fc4fe6adab

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ネトウヨ式に(最初に土俗的感情に基づく結論があり、それに都合の良い『資料』だけを集めて論拠とするやり方)ではなく、世界史を客観的に科学的に検証すれば、結局は海外派兵』がその後の本格的戦争の端緒になったという例はいくらだもあります。

                                

安倍政権の今回の中東派兵は、海外での軍事行動を正当化するための既成事実作りでもあります。

この人間のやり方を見れば、ズルズルと原則をないがしろにしながら既成事実を積み上げていき、どこかの時点でそれを非難されると

「現実がすでにそうなっているではないか。現実を見ない空論を吐くな。」

と開き直る、狡猾で卑劣なやり方をするつもりであることは明らかです。

ベートーヴェン、7つの知られざるストーリー

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毎年日本でベトーヴェン交響曲第9番『合唱つき』が大ヒットする理由は?

ベートーヴェンが亡くなる間際に語った言葉、その本当の意味は?『楽聖は希代の大酒家!』

                

ドイチェ・ヴェレ 2019年12月19日

                   

日本の何千人もの人々が毎年「歓喜の歌」を歌うのはなぜですか?
ベートーヴェンは死の床でどんな別れを告げましたか?
ベートーヴェンのスペシャリストでさえ、今回ご紹介する面白いエピソードにおっと!思うかもかもしれません。

                 

1. 日本での大ヒット曲

1983年、日本中から集まった10,000人の人々がコーラスに加わり、ベートーベンの交響曲第9番の第4楽章『コラール』を演奏しました。
アマチュア合唱団は幾つものグループに分かれて日本の各地で何ヶ月もかけてドイツ語の歌詞を繰り返し練習し、リハーサルを重ね、スキルに磨きをかけました。

こうした演奏会は今では年末の恒例行事となり、クリスマスから大晦日まで歓喜の歌を聴くことができます。

                  

交響曲第9番への日本の熱意は、第一次世界大戦中のドイツ兵捕虜による演奏会にまで遡ります。
1918年、彼らは日本の捕虜収容所で『歓喜の歌』を合唱しました。
多くの日本人が大傑作という思いを込め、単に『第九(だいく)』と呼んでいます。

                 

  1. 自然が大好き

               

ベートーヴェンが生きたのは産業革命時代初期であり、ヨーロッパの大都市はすでにカオスの様相を呈していました。
蒸気エンジンから排出される排気ガスが空気を汚染し、馬車の車輪がやかましい音を立てながら玉石の舗装路の上を行き交っていました。
こうした都市での生活から逃れるために、ベートーヴェンはしばしばウィーンの郊外に脱出しました。
「ここにいれば苦痛でしかない騒音に悩まされることはありません。森の静けさは例えようもなく甘美です!」
ベートーヴェンは静かな自然についてこう書き記しました。

              

ベートーヴェンは彼の9つの交響曲作品のうちの6番目を自然に捧げました。
『牧歌的な交響曲または田舎の生活の思い出 / パターン化された音楽技法より豊かな感情表現』というのがこの作品の完全なタイトルです。

                     

自然愛好家であるベートーヴェンは、作曲中に慣れ親しんだ風景や自分の経験を思い起こしていました。
彼は、個々の楽章に名前を付けました。例えば、「小川が流れる風景」「田舎の人々の陽気な集まり」 「雷鳴、そして嵐」または「羊飼いの歌」。
こうした光景をベートーヴェンは音楽で再現しました。
オーケストラの各パートが鳥の鳴き声を真似、小川のせせらぎを奏でます。

                   

                   

2. 盛大な葬儀

                   

多くの芸術家は生きているうちに、望んでいたほどの名声を手に入れることはできませんでした。
しかしこうした原則はベートーヴェンには当てはまりませんでした。
作曲家ベートーヴェンは当時の真のスーパースターだったのです。

                   

彼の葬儀には2万人が参加しました。
これはウィーンの中心市街地の人口の約半分です。
学校は休みになり、葬列に随行させるために軍隊が派遣されました。
彼の棺には、フランツ・シューベルトや詩人フランツ・グリルパーツァーなど、ウィーンの最も重要な音楽家と芸術家が同行しました。
グリルパーツァーが書いた追悼の辞には大勢の人々が感動しました。

                   

ベートーヴェンの葬列と見送るウィーン市民

                

3. 未知なる存在への音楽のメッセージ

                

大切なのは第一印象だとよく言われますが、エイリアンが初めて人類が作り出した文化に触れる時に何を聞くことになるかご存知ですか?
それはベートーヴェンの音楽です。

              

1977年に発射されて以来、宇宙探査機ボイジャー1号とボイジャー2号は、太陽系を越えて旅を続けています。
船内にはグラフィック、サウンド、音楽が記録された金でメッキされた銅板、ゴールデンレコードが搭載されています。
音楽の大使はベートーヴェンだけではありません。
バッハ、モーツァルト、ストラヴィンスキーの作品、そして多くの民族の歌や聖歌も記録されています。
27のタイトルのうち、2つがベートーヴェンの作品です。
記録されているのは交響曲第5番(運命)の第1楽章と、弦楽四重奏曲第13番Bフラットメジャー作品番号130の第5楽章です。
ベートーヴェンの作品は現在も銀河系を周回しています。

                   

写真:ベートーヴェンの2つの作品が、宇宙探査機ボイジャー1号とボイジャー2号に搭載されたゴールデンレコードに記録され、宇宙を飛び回っています。

                   

5. ヨーロッパの国歌

                 

1972年、欧州評議会は「歓喜の歌」交響曲第9番の第4楽章をEU - ヨーロッパ連合の国歌であると正式に宣言しました。
ただしオリジナルの第4楽章の演奏時間25分は長すぎるため、ずいぶんと短くする必要がありました。
当時のスター指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンが第140〜187小節を管楽器用にアレンジする役に選ばれました。

                

                

オリジナルとは異なり、アレンジ・バージョンには歌詞がありません。
アレンジ版は初演でセンセーションを巻き起こしました。
アレンジ版は、欧州連合の多言語主義と、一つの言語を別の言語よりも優先することはしないという外交的な配慮によるものと思われます。
しかしフリードリッヒ・シラーによって書かれたオリジナルの歌詞に込められた精神は、そのままヨーロッパ連合の国歌に生かされています。 「『歓喜に寄す』の詩の中で、シラーはすべての人類が兄弟になるという理想主義的なビジョンを表現しました。これはベートーヴェンも共有したビジョンなのです。」
欧州連合のウェブサイトはこう述べています。
「言語には関係なく、音楽という普遍的な言語によって自由、平和、連帯という欧州連合の真価を表現しているのです。」

               

6. タイムトラベル

                   

残された譜面と楽譜のおかげで、ベートーヴェンの全作品が過去200年間生き延びてきました。
しかしベートーヴェンの作品のオリジナル演奏はどんなものだったのでしょうか?
当時の楽器の性能は現代のものとは異なり、演奏会場も現在のベルリンのフィルハーモニーホールなど近代的コンサートホールとは異なる響きを持っていました。

                  

              

2014年以来、ウィーンのオーケストラ・ヴィエンナ・アカデミーは、ベートーヴェンの時代から残る演奏会場で当時の楽器を演奏することによりオリジナルの響きを再現しようと試みてきました。
「RESOUND Beethoven(リサウンド・ベートーヴェン)」と呼ばれるプロジェクトは、作曲家が作品を初演したウィーンの歴史的なホールにオーケストラ、合唱団、観客を配置して当時の様子を再現しようとしています。

                

7. 有名な最後の言葉

「残念だ、残念だ、がもう遅すぎる!」
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは1827年に死の床でこう別れを告げたと言われています。
(ドイツ語で「Schade、schade、zuspät!」)
しかし、作曲家は彼の最後の作品を完成させられなかったことに言及しているのではなく、まだ手元に配達されていなかったワインについて言及していたという説があります。
実は。 ベートーヴェンは大酒飲みだったと言われています。
音楽の天才は毎日ワイン3本飲んでいたと言う研究者もいます。

                    

https://www.dw.com/en/7-surprising-things-about-beethoven/a-51612123

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私が知っているベートーヴェンに関連するエピソードで、一番好きなのが次の話です。

                 

西暦1820年台後半、創作活動に行き詰まっていたシューベルトはベートーヴェンの死の床に呼ばれ、君こそ自分の次にヨーロッパの音楽界を背負って立てる人材だと告げられます。

ベートーヴェンが交響曲、協奏曲、室内楽曲、器楽曲、すべての分野で革新的な傑作を次々と発表して行ったために、自分が活躍すべき場を奪われてしまっているという不遇感を囲っていたシューベルトは、ベートーヴェンがほとんど作品を発表しなかった歌曲の分野に自分の活路を見出そうとしていたと言われています。

                 

しかしベートーヴェンが次代を担う者として最も期待しているのが自分であることを知ったシューベルトは自宅に戻ると、驚くべきスピードで勇躍、クラシック音楽作品の最大傑作のひとつ交響曲第9番『ザ・グレート』を完成させました。

しかし売春宿に通いつめるなど荒んだ生活を続けていたシューベルトの健康はすでに蝕まれていました。

結局シューベルトは交響曲第9番『ザ・グレート』の初演すらできないまま、わずか31歳で、ベートーヴェンの死の翌年に亡くなってしまったのです。

                   

極貧のまま荒んだ生活をしていたシューベルトの音楽作品の遺品の整理をしたのが、その才能を惜しんだロベルト・シューマンでした。

彼はボランティアでシューベルトの遺品の整理をしていた時に、『ザ・グレート』の遺稿を発見するのです。

彼はその遺稿を整理・交響曲作品の形に整え、今日残されている形に『ザ・グレート』を蘇らせたのです。

シューマンは『ザ・グレート』を世に出すべく、親友のフェリックス・メンデルスゾーンに初演を依頼しました。

                 

こうしてベートーヴェンの言葉に触発されて作曲されたシューベルト生涯の大傑作・交響曲第9番『ザ・グレート』は、シューマンの手によって蘇り、メンデルスゾーンの演奏によってその素晴らしさが世界に発信されることになったのです。

               

ベートーヴェンはシューベルトに古典派の時代に幕を下ろし、ロマン派の時代の幕を上げるよう促そうとしたのかもしれません。

日本人が関わった2つの世界 : 第二次世界大戦の英語コミック2作品《後編》

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売り飛ばされ、拉致され、最後は『慰安所』に送り込まれた韓国人少女
厳しい現実に直面させられていた女の子たちに、さらに過酷な運命が襲いかかる

                     

                 

ジョージ・タケイ / ニューヨークタイムズ 2019年9月9日

                 

「何よりも、ゴヤは私たちに対し、現実から目を背けることなく事実を見つめるよう求めています。」
私の共同コラムニストであるヒラリー・シュートは、19世紀のスペインの芸術家を取り上げたシリーズ「戦争の惨事」の中でこう記しています。

                     

200年を経た韓国で女性漫画家のクム・スク・ジェンドリー-キムさんはこの芸術的課題に挑戦し、私たちは朝鮮半島が日本に支配されていた時代(1910年 - 1945年)に日本軍が韓国人女性と少女に売春を強制した性の奴隷(従軍慰安婦)制度の目撃者になったのです。
彼女の作品、悲惨な物語を綴った『Grass』はジャネット・ホン、ジェンドリー・キムによって英訳されましたが、すでに80代になっているオク-スン・リーさんの証言を記録する作業は時間との戦いになっています。

                  

                   

「母親の子宮から出てきた瞬間から幸せを知らなかった」と、しわが寄った「おばあちゃん」になったさんがこう語りました。
そしてこの物語が終わる瞬間までこうした言葉は決して誇張などではなく、むしろ控えめに過ぎるのではないかと言う感じを抱かせられます。

                   

1928年貧困の中に生まれたオク-スンは、何よりも学校に行くことを楽しみにしていた元気な女の子でした。
彼女の両親は自分たちより裕福な夫婦のもとに養子に行くことを提案し、彼女は同意します。
「一生懸命勉強して、お父さんが元気になれるように手助けするからね。」
彼女は病気の父親にこう語りかけます。

                   

                  

しかしオク-スンは二度と家族に会うことはできませんでした。
彼女が教育を受けさせるために引き取られたのではないという痛々しい事実が間もなく明らかになりました。
彼女は居酒屋で働くために再び売り飛ばされました。
そして1942年、15歳で彼女は拉致され、日本の占領下にあった中国に送られたのです。

                  

全員が騙されたり誘拐された他の女の子と一緒に、彼女は戦場で苦しい労働を課されていましたが、そこに大日本帝国陸軍の兵士たちが到着しました。
この500ページ近い哀切な物語のうち約200ページを占めるのが慰安婦の部分です。
オク-スンは数百人の日本兵の最初の1人にレイプされました。
ジェンドリー-キムの力強い描画は、その力強い線と濃い黒で悪夢の世界を完全に再現しました。

                  

                  

そこに見えるのは男のシルエットです。
顔の一つ一つが野卑な目と悪魔のような歯を持っています。
2ページに及ぶほとんど真っ黒なページの最初、少女たちは部屋の半分に身を寄せ合っています。
男たちは床をつき破ったように立つ戸口にいます。
それはまるで地獄の入り口のように大きくねじれそして歪んでいます。

                  

すでに厳しい現実に直面させられていた女の子たちにさらに過酷な運命が襲いかかります。
次の2ページは、私がこれまで見たどの漫画よりも心臓が止まるほど残酷なシーンに満ちています。
彼女たちの魂が殺されてしまう、その描写にほかならないのです。

                  

《完》
https://www.nytimes.com//they-called-us-enemy

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カリフォルニア州で従軍慰安婦像の設置をめぐる公聴会が開催された時、「従軍慰安婦の事実は存在しない。」と主張した日本側『証人』が、アメリカの議員に「恥を知れ!」と罵声を浴びせられたという記事を読んだことがあります。

『GRASS』に綴られている物語がアメリカ国内の共通認識として定着しつつあるのなら、日本人のメンツしか考えない日本側『証人』が罵声を浴びせられても仕方がありません。

                

この物語の一部を紹介されただけで、この問題が日本人がどうこう韓国人がどうこうという話ではないことを痛感させられます。

サイコパスという異常犯罪者から、行動分析や多様な精神分析が科学として発達したように、従軍慰安婦問題は人道に対する犯罪として『人類』が向き合わなければならないほどの問題だと思います。

アウシュヴィッツやダッハウのように。

                     

被害者は何十回、場合によっては何百回、人権を踏みにじられたかわからないからです。

その点についてまるで無感覚としか言いようのない日本人が多すぎることに暗然とさせられます。

日本人が関わった2つの世界 : 第二次世界大戦の英語コミック2作品《前編》

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戦争が日常化した世界 : たちまちのうちに奪い去られた人権『『敵呼ばわりされた私たち』
生まれ落ちた瞬間から幸せとは無縁だった少女の物語『 Grass 』

                   

                  

ジョージ・タケイ / ニューヨークタイムズ 2019年9月9日

                 

1941年のその日も、ロサンゼルスの一つの家庭のいつもの平和な1日のはずでした。
ラジオからクリスマス・キャロルソングが流れる中、4歳のジョージは父親が木の剪定をするのを手伝っていました。
母は赤ちゃんをあやし、もう一人の子供はおもちゃの汽車で遊んでいました。

                     

しかし「サイレントナイト」の曲の終了間際、日本軍が真珠湾を奇襲したという臨時ニュースが報じられ、番組が突如打ち切られあたりを不気味な緊張が支配しました。
翌12月8日、アメリカは第二次世界大戦に突入し、フランクリン・D・ルーズベルト大統領はすぐに米国内のすべての日本人が「敵性外国人」として管理登録されなければならないと宣言しました。

             

                   

大統領令第9066号の結果、翌年の秋までに私たち家族は実際に列車に乗られ、「家畜の牛と同じやり方で」標識をつけられ、ルーズベルト大統領の命令により設置された10か所の収容キャンプのうち、最も東側にあるフォート・ローワーに向かいました。
「各車両ごと前後に武装した兵士が配置された列車に乗って、みんなで休暇旅行に行くのだとばかり思っていました。」
ジョージは当時自分が置かれていた状況についてこう語りました。
「冒険の始まりのように思っていたのです。」

       

母親はアメリカ生まれでしたが、父親はすでにアメリカに住んで25年が経過していたにもかかわらず市民権を申請できずにいました。
そしてジョージはのちに他でもない「スター・トレック」の俳優ジョージ・タケイとして有名になった後、現在82歳になりました。
彼の新しい自伝、『敵と呼ばれて(THEY CALLED US ENEMY)』は真珠湾攻撃の後、アメリカにいた日系人がどのようなつらい目にあったのかを自らの体験を基に詳細に綴ったものです。

               

                 

そうした体験はこれまでジュリー・オオツカのもうひとつの非常に美しい作品『天皇が神であった時代』ジョン・オカダの「ノー・ノー・ボーイ」、そして1946年発表の現代のコミック本の先駆けともいうべき、イラストと文章によって見事な表現力を持った作品ミネ・オオクボの「シチズン13660」などを通し、力強く世の中に伝えられてきました。

                

この『敵と呼ばれて(THEY CALLED US ENEMY)』はジョージ・タケイの長いキャリアの中のハイライトともいうべき感動的な作品ですが、彼の芸術的感性と道徳的基準がアーカンソー州とカリフォルニアの2か所の収容所生活によって形成されたことを思うと、感慨深いものがあります。

                  

ジョージ・タケイは存命する人々の中で、最も有名なアジア系アメリカ人の一人であることに間違いありません。
オリジナルの「スタートレック」シリーズ(60年代後半に3年間放映された後、再放送が繰り返されています)でのヒカル・スールー役を演じました。
彼は準主役とまではいかなくとも、誰も行ったことがない場所へ向かう大胆な使命を持つエンタープライズ号の中で有能で勇敢で尊敬されるスターシップのメンバーとしてその場所にいました。

              

タケイは新しい著作の中で、「スタートレック」シリーズにも通じる冒険の精神は、文字どおり見慣れない有色人種として20世紀初頭のアメリカで暮らしていたタケイの両親のような人々が、どのようにして生き延び、そして成功を掴んだのかを解き明かす際の鍵になりました。

                 

                

しかし彼らのアメリカにおける挑戦の日々は1945年12月7日突如暗転します。

                 

人権を踏みにじる追放生活を経験させられたことは、後に「スタートレック」シリーズの全ての物語を通じての題材として生かされた可能性があります。

                 

第二次世界大戦の後アメリカの子供たちが戦争ごっこをしていた時代、『卑怯な日本兵』役をしたがる子供はいませんでした。
誰もが『アメリカの』兵士として遊ぼうとしました。
しかしその『アメリカ』は、日系アメリカ人たちを快適に暮らしていた家から追い出し、周囲を有刺鉄線でぐるりと囲まれた窮屈な小屋がいくつも立ち並ぶ場所に追い込みました。

               

戦後、タケイと父親が1952年のアドレイ・スティーブンソンの大統領選挙戦での応援運動を行っていた際、人気が高かったエレノア・ルーズベルトがやってくる予定になっていました。
ジョージは興奮しましたが、その日父親は病気を理由に家に留まりました。
後にジョージは父が築き上げたものすべてを奪った人間の妻と会いたくなかったのだということをだんだん理解するようになりました。

                 

                  

ただし著作の中には不具合が何点かあります。
多分料理人が多すぎるためです(Justin EisingerとSteven Scottが共同執筆者として記載されています)。

                 

父親は1950年代のどこかの時点で、民主主義は『実存的に(existentially)……民主主義はその輝かしい最高の理想を大事にする人々が存在するか否かにかかっている」とタケイに語ったと記されていますが、出来すぎのように聞こえます。
私の記憶違いでなければ、今日まで実存的に(existentially)という単語はこのような使い方はしません。
「私たちの民主主義の輝かしい理想」という表現がすでに5ページ前で使われていることも、この章の主題をほやかしてしまう原因になっています。
著作全体の構成も、人生経験豊かな著名人であるジョージ・タケイが聴衆に語りかけるという手法は少々古臭く、主題も二転三転しています。2014年に無料のオンライン講演TED Talkで、あるいは2017年にフランクリン・ルーズベルト記念館で、あるいはコミック・マーケットで私たちはタケイの講演で「私たちの民主主義の輝かしい理想」という表現を耳にしてきました。

                

しかし表現上多少の問題があったとしても、タケイが綴ったストーリーは純粋な力を失わず、ハーモニー・ベッカーの明確で共感に満ちたさし絵(共感できるマンガ調の絵も添えられています)は人間扱いされない収容所での扱いを実感させるものてだあり、仕事で大きな歴史的な力をうまく伝えています。

                

                 

「彼らは私を敵呼ばわりした(They Called Us Enemy)」には、タケイの社会活動の様々な側面が含まれており、締めくくりは親孝行の物語です。
しかし物語が終わる直前、私たちは過去の教訓が生かされていないという恐ろしい事実を再認識することになります。
今この時代になっても、アメリカの最高権力者はアメリカ人以外の民族を攻撃の的にしています。

               

《後編》に続く

https://www.nytimes.com//they-called-us-enemy

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少々掲載された日は古いのですが、この年末にみなさんと一緒に『戦争』というものについて改めて考えたいと思い、訳しためていたうちの一編です。
もともとはニューヨークタイムズに掲載された『書評』なのですが、紹介されている著作を読まなくとも胸に迫る思いがあります。

                 

戦争は戦場に送られた人間にとっても地獄である一方、広島原爆や長崎原爆の例を引くまでもなく、あらゆる人間に地獄の思いをさせる、だから戦争は許さない、それが私の信念です。
今回前編はアメリカの日系移民強制収容所、そして後編は従軍慰安婦という存在を通し、戦争というものがいかに残酷なものであるか改めて考えさせられました。

突出する軍事費 : 安倍内閣、8年連続で記録的な金額に上る防衛予算案を承認

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所要時間 約 8分

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第二次安倍政権誕生時と比較し、日本の防衛費は13パーセント上昇
兵器開発が本格的に始まる : 日本独自の次世代戦闘機の開発研究を開始

              

写真 : 2018年1月撮影青森県三沢基地にある航空自衛隊のF-35Aステルス戦闘機。
日本は、2019年12月20日金曜日、老朽化した戦闘機の後継機として自国で戦闘機を開発する経費に加え、コストを削減し専門知識を獲得するため、F-35ステルス戦闘機の一部を部品として輸入し日本国内で組み立てるための経費を含む防衛予算案を承認しました。

                 

山口真理 / AP通信 2019年12月20日

                      

安倍内閣は、米国のステルス戦闘機数機の購入と日本独自の戦闘機を開発するための研究予算を含む、記録的な金額の防衛予算案を承認しました。

                      

2020年度の5兆3,100億円の防衛予算は議会の承認の後成立する予定ですが、今年予算より1.1%の増額になります。

                   

日本の防衛費は安倍氏が首相に就任した翌年の2013年以降、中国と北朝鮮からの脅威に対し防衛体制を強化しなければならないと主張し、7年連続で累計で13%増加しました。

                  

予算案で最も高額な購入品目にロッキードマーティン社のF-35ステルス戦闘機があります。
2020年の予算計画の下で日本は793億円の費用をかけ短距離離陸および垂直着陸が可能な6機のF-35Bステルス戦闘機を購入する予定です。
この6機は日本が今後数年間で米国から購入する予定の42機のF-35Bのうちの第一回目として納入されます。

                   

高額な米国製兵器を購入することは、米国とランプ政権が争点にしている米国に対する日本の貿易黒字を減らすのには役立ちますが、一方で日本国内で成長の途に就いたばかりの防衛産業の逆風になるという懸念を提起こするものです。

                  

2020年の放映予算案には2030年代に引退予定の老朽化したF-2戦闘機に代わる次世代戦闘機の開発に関する研究を開始するための280億円が含まれています。
日本は独自のエンジンの開発を計画していますが、互換性を高めるために米国および英国と他の部品の共同開発も検討していると防衛省の当局者が語り、その詳細は来年決定される予定だとつけ加えました。

                    

日本はまた3機のF-35Aを部品として937億円で購入して日本国内で組み立てる予定ですが、完成品として購入するよりも多少は経費の節減になります。
それより大きいのは、日本が最新鋭戦闘機の専門知識を獲得できることにあります。

                    

               

これらのF-35Bを収容するために、防衛省は31億円を費やして、来年から2隻のヘリコプター空母のうち出雲に耐熱フライトデッキと誘導灯を再艤装します。
もう1隻の飛行甲板を有する加賀も引き続き再艤装されることになっています。

                  

ストックホルム国際平和研究所によると、日本は平和憲法により『戦力を保持しない』と定めされているにもかかわらず、その防衛費は世界のトップ10にランクされています。

                    

安倍首相は自衛隊が同盟国アメリカ軍との協力関係を強化するとともに米国製兵器の互換性を高めることにより、国際的な役割と戦闘能力の拡充を求めています。
安倍首相は2015年に日本国憲法の解釈変更を行い、日本が同盟国を援護するために武力を行使することを容認しました。

              

写真 : 2019年5月28日、横須賀港に係留中の海上自衛隊のヘリコプター空母DDH-184加賀の館内で、ドナルド・トランプ大統領とともに自衛隊員と米軍兵士を前に演説を行う安倍首相。

                 

日本は現在、緊張が続く中東の海域に原油を運搬している日本の船舶を保護するため、中東に海上自衛隊の艦艇を派遣する予定であることを公表しました。

                

https://apnews.com/fbaf85872d142c8fee77d41ea91ebb26

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現代における巨大な軍備は本当に国民や国土を守るために必要か?

全てがコンピュータ化された現代、最強の兵器は敵のコンピュータやネットワークシステムを破壊できる装置だということは、今や常識です。

これを破壊されてしまえば、現代の軍組織は全く機能できません。

なのに、相変わらず殺人と破壊を目的とする兵器が生産され続けています。

特にアメリカで…

                     

アメリカでは軍産複合体という巨大な仕組みが出来上がり、その存在を正当化するために『定期的に戦争をする』ようになりました。   

ベトナム、カンボジア、イラク、アフガニスタン。

このうちベトナム戦争ではアメリカ軍が使用した枯葉剤により、ベトナムの人々が深刻な後遺症に苦しめられました。

イラク戦争では超小型核爆弾ともいうべき『劣化ウラン弾』が使われましたが、その爆弾が使われた一帯では『この地区の女性は子供を産むな』という活動が行われるほど、悲惨な後遺症が人々を苦しめています。

装備といえば1960年代に開発されたソ連製のT-55、戦闘機もせいぜいがソ連製ミグ19という国を相手に『劣化ウラン弾』などを使う必要はあったでしょうか?

アメリカの軍産複合体は実際の戦場でその威力を実験したかったのに違いない、私はそう思っています。

                   

巨大化した軍組織は自己保存のために動くようになります。

国民を守るなどということは、もはや看板だけの話になります。

必要なら大統領の暗殺だってやりかねない。

                 

安倍政権は国内の研究開発予算・文教予算などを削って、軍事費を増やし続けていますが、それが真の意味の国の発展に貢献するかといえば、答えは NO! です。

そんな国に未来はない、旧大日本帝国も旧ソビエト連邦もそれで崩壊しました。

                 

出会いがあり、望んだ時に結婚ができる。

子供を産みやすく育てやすい。

学校のいじめも家庭での虐待も引きこもりも、根絶は無理だとしても減少を続けている。

70歳まで働きづめに働かなくともちゃんと生きていける。

国のお金はそんな社会をつくるために使われるべきです。

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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