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星の金貨 東日本大震災や音楽、語学、ゴルフについて語るブログです。

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上映中止に追い込まれた『従軍慰安婦』ドキュメンタリー映画『戦場』、中止に対する批判が相次ぎ上映が決定

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表現の自由が奪われそうになった危機を、声を挙げて回避した人々

見えない圧力に屈し、本来守るべきものを見失いがちな日本の一部の行政機関

                     

写真 : ソウル市内の日本大使館前の路上に設置された「慰安婦」の像

                          

英国BBC 2019年11月3日

                

                    

日本国内で開催される映画祭で、太平洋戦争中に組織的に売春行為を強いられた女性たちを取り上げたミキ・デザキ監督作品のドキュメンタリー映画『主戦場』が一旦は上映中止に追い込まれましたが、批判や反発する声が相次ぎ、上映することが決定しました。
川崎市で開催中された「第25回KAWASAKIしんゆり映画祭」の主催関係者は、安全上の懸念が解決されたためだと説明しました。

             

太平洋戦争(第二次世界大戦太平洋戦線)中にアジア各国から数万から集められたいわゆる「従軍慰安婦」は、日本軍が組織的に運営していた施設で兵士を相手に売春することを強制されていました。

             

これに対し日本の国家主義者は、「従軍慰安婦」の女性たちが売春行為を強制されていたことを否定しています。

            

今年の初めには、「慰安婦」問題を取り上げたあいちトリエンナーレ2019企画展『表現の不自由展』は、放火の脅迫を受けてから約2か月間、開催できない状況に追い込まれました。

                

▽ 上映中止の決定が覆った背後にあるものとは?

         

上映中止の決定は「安全上の懸念に対処するための協力を惜しまないという多くの声が寄せされた」結果、取り消されるに至った、AFP通信社の取材に対し組織委員会のメンバーの一人がこう語りました。

                   

この映画祭に関係する複数の監督が、映画を上映しないという方針を批判していました。
抗議の意思を明らかにするため、自分の作品を川崎の映画祭では上映しないことを決定した監督もいます。

                  

ドキュメンタリー映画『主戦場』は映画祭の最終日に上映されることになりました。

            

               

しかしドキュメンタリーの登場する人の中には、補償を要求し、映画の上映中止を求めて東京地方裁判所に訴訟を起こした人もいます。
これらの人々はドキュメンタリーの制作に参加することには同意したものの、それは映画の一部ではなく研究の一部だと考えていたと主張していると朝日新聞は伝えています。

                

▽ 『従軍慰安婦』とはどんな人々か?

                

歴史研究者は推定で約200,000人の女性が日本兵の売春宿で働くことを強制されたとの見解を示しています。
その多くは韓国人であり、他に中国、フィリピン、インドネシア、台湾から女性たちが集められました。

                    

日本の一部の国家主義者はこうした事実があったことを否定し、日本軍が組織的に本人の意志に反して女性を集めるように命じたことを証拠づける文書は存在しないと主張しています。

              

                   

『従軍慰安婦』をめぐる争いは日本と関係する近隣諸国との外交関係を感情的にも悪化させてきました。

                 

BBCの特派員であるルーパート・ウィングフィールド=ヘイズが制作した報告は、戦後生存していた慰安婦のほとんどが1980年代後半から90年代にかけ死亡したと伝えています。

                        

日本政府は1965年に外交関係を回復し、韓国に対する日本の財政援助で8億ドル以上を提供した『韓国との請求権・経済協力協定』により問題は解決済みである主張しています。

              

2015年、日本は慰安婦問題を解決するための異なるアプローチとして『慰安婦問題日韓合意』に署名しました。
日本は『謝罪と反省を行い』元慰安婦を支援するため設立する財団に日本政府が10億円を拠出することを約束しました。
しかし韓国内には、被害者との協議が行われないまま政府間の合意に至ったとの批判があります。

               

https://www.bbc.com/news/world-asia-50281627

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従軍慰安婦の問題に関しては、『世界の見方』と日本国内の見方との間には相当大きなズレがあるのではないか、ということを最初に感じたのは2015年5月のガーディアンの【 侵略戦争、従軍慰安婦問題、日本は歴史の事実にもっと真摯に向き合うべき 】という記事を翻訳した時でした( https://kobajun.biz/?p=26872 )。
この時は日本の歴史研究者たちが公表した
「近年の歴史研究は、動員過程の強制性のみならず、動員された女性たちが、人権を蹂躙された性奴隷の状態に置かれていたことを明らかにしている。
日本軍「慰安婦」問題に関し、事実から目をそらす無責任な態度を一部の政治家やメディアがとり続けるならば、それは日本が人権を尊重しないことを国際的に発信するに等しい。」
という見解が印象に残りました。

                     

そして同じ年の12月、ガーディアンは社説で再びこの問題を【『従軍慰安婦』への視点 : 癒しがたい傷を癒やすことへの第1歩 】として取り上げました。( http://kobajun.chips.jp/?p=26417 )
そして女性たちが慰安婦にされた経緯については様々なものがあったと想像できるとした上で、
「しかし疑いようのない事実は、その先にあった人間として耐え難い苦しみの方です。」
「『慰安婦』などという言葉は、許しがたい婉曲表現です。
彼女たちが経験させられたのは、一生消すことのできない傷跡を残すことになった残忍な虐待でした。」
と結びました。

                      

私自身は慰安婦にさせられてしまった女性たちは飽くまで人間であり、その人間としての苦しみをまず考えるべきであるという論調に共感しました。

              

一生消すことのできない傷跡をどう補償するかというのは極めて難しい問題であり、万人が納得する答えなど出しようがないのではないでしょうか?

                

だからこそ戦争はやってはならない、なぜなら一人でも多くの敵を殺すこと、一つでも多くの敵の都市や戦争設備を破壊することが全てに最優先される結果、人権や人類の普遍的幸福などというものはほとんど一顧もされなくなるからです。

気候変動の緊急事態と戦うため金融業界は投資を行うべき – チャールズ皇太子

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持続可能な経済社会の実現に向け 、金融業界がグリーン投資でリードする必要があると強調

グリーンビジネスへの投資環境は整備された、地球環境の危機に対応するために活用を

                 

               

ジリアン・アンブローズ/ ガーディアン 2019年10月25日

                   

プリンスオブウェールズ・チャールズ皇太子は、10月に日本を訪問した際、金融業界に対する呼びかけを行いました。

                     

チャールズ皇太子は、持続可能な経済の構築を支援するグリーンビジネスへの投資に数兆ポンドを投資することにより、環境保護を支援するよう金融業界に呼びかけました。

                   

イブニング・スタンダードとのインタビューで英国の王位継承者は、地球環境の危機が「取り返しのつかない大惨事」になる前に、大企業と英国金融業界の投資家が、経済手段の脱炭素化を急いで推進しなければならないと述べました。
チャールズ皇太子は、再生可能エネルギーなどの持続可能なプロジェクトの収益性が化石燃料の収益性を凌駕した結果、グリーン投資の投資環境が「著しく有利になった」と述べました。

                     

「今やグリーンビジネスへの投資環境は整いました。特に民間事業分野には相応の配当が期待できることから数兆ポンドの投資環境が存在し、地球環境の危機に実際に変化をもたらすために活用できる可能性があります。
鍵となるのは民間部門ということであり、民間部門が先導しなければなりません。
そうすれば、公共部門とのパートナーシップを築くことができます」
チャールズ皇太子はこう語りました。

                    

                  

チャールズ皇太子は次のように語っていました。
「私が確認した問題点。それはこれから35~40年の間、民間企業が企業責任、社会的責任、環境保全に対する責任を果たすために最善を尽くし、無数のセミナーやワークショップを通して現在地球が直面している危機について人々に本当に理解してもらわなければ、現実の問題を実際に解決することはできないということです。」
「そして地球環境の問題については、これまでなぜ投資が必要なのか、金融サービスや資本市場部門の本当の理解は得られていませんでした。」

                

チャールズ皇太子は民間金融部門が直接資金を提供することができる最も有望な持続可能性プロジェクトを見つけ出すことが「かつてない程重要になっている。」と付け加えました。
「可能かどうかは改めて検討するにしても、発電事業の再編、森林再生、漁業と海洋事業のやり方を見直して制限を加えることにより、それぞれを持続可能な形に変えることができます。
あるいは農法の見直し、あるいは全世界で土壌の劣化が続く状況を改善すれば、そして農地や森林をまた元の肥沃な土地に変えることかできれば、大気中の二酸化炭素を細くすることはもっと素早く簡単にできるようになります。」

                  

               

皇太子は、徳仁天皇即位の儀式に参加するため日本を訪問中に東京でイブニング・スタンダードの取材を受けました。
チャールズ皇太子の訪問は、台風19号が日本を襲ってまだ2週間が経たないうちに行われました。
日本では台風19号がもたらした破壊により少なくとも80人が死亡し、日本政府が地球温暖化により台風の大型化や災害級の暴風雨に備える必要性を強調する中で行われました。

                 

https://www.theguardian.com/uk-news/2019/oct/25/prince-charles-calls-on-city-to-help-fight-climate-emergency
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この記事がガーディアンに 掲載された日に配達された日本の新聞には「三菱UFJフィナンシャル、みずほフィナンシャル、SMBCグループなど日本の金融機関八社をはじめ、核兵器製造企業十八社に対し、世界全体で三百二十五の金融機関が核兵器製造企業に対する金融機関の投融資している」ことが報じられていました。

ICANのノーベル平和賞受賞の陰で『こんな現実』が進行していたのか!

                 

                

ましてや原子爆弾によって何十万人が殺された国の代表的金融機関が核兵器開発に出資していたとなると、『金融機関に良心を期待してはいけない』で済まさせて良い話ではありません。

そう思うと肌が粟立つような苛立ちを覚えます。

世界遺産・琉球文化の象徴、首里城が焼失

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30年の労苦を積み上げて再建・琉球文化の粋を集めた宮殿が一夜にして灰燼に

併載 / 米国海兵隊記録写真集 : 焼失した首里城と沖縄戦の記録

                        

炎上する首里城正殿

                   

I山口まり / AP通信 2019年10月31日

                   

10月31日木曜日、沖縄県那覇市にある首里城で大火災が発生し、吹き上がる炎と煙が沖縄が誇る歴史的遺産をほぼ壊滅させてしまいました。

                

31日木曜日の早朝に発生した火災により沖縄の首里城が焼け落ち、ユネスコ世界遺産でもある同施設の主要な施設がほぼ壊滅しました。
沖縄県警察のスポークスマンによれば火災が発生して数時間が過ぎても鎮火せず消防隊が消化活動を続けており、近隣の住民は安全な場所に避難しました。

               

沖縄の県庁所在地である那覇市で発生した火災は、首里城の中心施設である正殿から始まりました。
先に正殿と北殿が焼失し、その後さらに3番目の主要施設である南殿、南側の寺院が焼け落ちました。

                  

                

負傷者はいませんでした。
火災の原因は早い段階では明らかになっていません。

             

防護服をまとった消防署職員は現場のテレビインタビューで記者団に対し、警報を確認した民間の警備会社から火災の最初の通報があったと語りました。
正殿内のメインホール近くで発生した火災は、たちまち他の主要な建物に延焼しました。

               

NHKはオレンジ色の炎に包まれた首里城の施設が黒焦げの骨組みだけになり、地面に崩れ落ちる様子を伝えました。
現場には多くの住民が集まり、丘の中腹にある路上で心配そうに現場を見つめていました。
多くの人々が押し黙ったまま写真を撮影し、完全に崩れ落ちる前の首里城の様子を記録にとどめようとしていました。。中には涙を流している人々もいました。

                

                   

「大切な象徴を失ってしまったように感じます。」
現場で緊急対応チームを率いていた那覇市長の城間幹子さんがこう語りました。
「衝撃を受けました。」
城間市長は、城にまだ残っているものを救うためにできる限りのことをすると誓いました。

                   

菅義秀内閣官房長官は記者団に対し、日本政府は国立公園内の首里城再建のため最大限の努力をするつもりだと語りました。

               

首里城の再建を手伝った琉球大学の歴史学者である高良倉吉名誉教授は、火災の場面を見たときに言葉を失ったと語りました。
彼はNHKの取材に、城の再建は太平洋戦争末期の沖縄戦で失われた沖縄の人々の歴史と琉球文化の遺産を復元するために行われた記念碑的事業であったと語りました。
「まだ現実として受けとめることができません。」
高良名誉教授がこうかかりました。
「首里城の再建には30年以上の時間がかかり、多くの人々の知恵と努力の結晶でした。首里城は建物だけでなく、内部の設備も含め細部にわたる全てを再構築したものだったのです。」

               

オリジナルの首里城は1429年から日本に併合される1879年まで450年間続いた琉球王国の沖縄文化遺産の象徴となるものでした。

             

1945年の沖縄戦によって完全に破壊された首里城跡

                

そして首里城再建は第二次世界大戦の沖縄戦から復興に向けた苦闘と努力の象徴でもありました。
首里城は20万人の島民が殺された1945年の沖縄戦で焼失しました。
死んだ沖縄県民のほとんどは民間人でした。

               

首里城は1992年に国営沖縄記念公園の一部として大部分の修復が完了し、2000年にユネスコの世界遺産に指定されました。
沖縄は日本が完全な独立を取り戻してから20年が過ぎた後の1972年まで米国の占領下にありました。

                  

1945年4月1日沖縄に上陸し橋頭堡を築くアメリカ海兵隊。
1945年5月日本兵がこもる塹壕を爆破するアメリカ海兵隊第6師団の兵士
1945年4月日本兵の戦死体の脇を進むアメリカ海兵隊員
沖縄戦で降伏する日本兵。
1945年5月30日、日本軍の狙撃が続く中、完全に破壊された首里城の残骸の上に星条旗を立てる第3大隊の指揮官リチャードP.ロスJr.中佐。
沖縄戦の最後の24時間でアメリカ海兵隊第6師団の捕虜になった306人の日本兵捕虜。
沖縄戦で孤児になった幼児とともに塹壕内で眠る米海兵隊員。
https://apnews.com/d6f721fc3d3142ed9b290d693f235d4b

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首里城の焼失については何とも痛ましい限りという言葉しか浮かんできません。

再建にかけた30年間に及ぶ労苦が一夜にして文字通り灰燼に帰してしまった喪失感はいかばかりかとも思います。

第一報を聞いた瞬間は最低の馬鹿者が『放火したのか?!』とも思いましたが、現時点でそうした物証も傍証もないようです。

この上は関係者の方々にとっては大変な労苦かもしれませんが、一般市民の募金も合わせ、日本国民が心を一つにして再びの再建を目指すしかないと思います。

日本の『旭日』旗とナチスドイツの鉤十字(ハーケンクロイツ)旗と東京オリンピック

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旭日旗に「ハーケンクロイツはアーリア人種の勝利のために戦う使命を表している」同様の定義はあるのか?

次々と問題を作り出し、対立を続ける日本と韓国

                                    

写真 : 日本の植民地支配からの解放を記念する8月の光復節に、日本の旭日旗使用に対する抗議のデモ行進を行うソウル市民

                  

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 2019年10月29日

                 

韓国は2020年の東京オリンピックで日本が『旭日』旗を使用することを禁止するキャンペーンを強化しています。
これは太平洋戦争中の日本の統治下での歴史に起因する日韓の外交紛争の新たな火種を提供することになりました。

                    

9月、韓国のスポーツ省は国際オリンピック委員会(IOC)に『旭日』旗の使用を禁止するよう要請しました。
『旭日』旗のは多くの韓国人にとって、日本の軍国主義と植民地支配の象徴となっています。

                

しかしIOCからいかなる関与も引き出せなかった韓国の国会議員はつい最近、東京オリンピックでの『旭日』旗の使用禁止を求める決議を採択し、『旭日』旗はナチスドイツの鉤十字旗と同様の性格を持つものだと説明しました。

                  

9月、韓国のメディアは、与党民主党の議員の発言を次のように伝えました。
「戦争を象徴する『旭日』旗は平和の象徴であるオリンピックにはふさわしくない。」
「鉤十字(ハーケンクロイツ)旗はナチスドイツを象徴するものであり、ヨーロッパ人に侵略と残忍さに対する恐怖を思い起こさせるのと同様、旭日旗はアジア人と韓国人にとって悪魔の象徴のようなものである。」

                 

写真 : 旭日旗の禁止を求める決議について説明する韓国の与党民主党の国会議員。

                

これに対し東京オリンピックの主催者側は、旭日旗は日本で広く使用されており政治的な意味合いはないと主張し、大会中旭日旗の一般的使用を制限する計画はないと述べました。

                     

大日本帝国海軍が第二次世界大戦の戦前戦中にアジア太平洋地区における占領政策で使用した旭日旗は、上る太陽を模した赤い円から16本の光線が外側に伸びるデザインの旗で、1954年には海上自衛隊によって隊旗として採用されました。

                    

日本の外務省は今週、韓国内で広がる抗議活動に対応するため、旭日旗について改めて定義し直すと見解を公表しました。
外務省のウェブサイトでは現時点で旭日旗が日本文化の不可欠な部分の一つであると説明し、「国際社会においても広く受け入れられている」とつけ加えています。

              

こうした諍いの原因は、極東の隣国同士の劇的な関係悪化の結果もたらされたものです。
関係の悪化は昨年、韓国の最高裁判所が朝鮮半島が日本の植民地支配の下にあった時代、日本の鉱山や工場で働くことを強制された韓国人に補償するよう日本企業に命じた後に始まりました。

                    

日本側はすべての賠償請求は戦後締結された日韓平和条約によって解決されたと主張しています。

                

                

裁判所の判決はまず貿易紛争を引き起こした後、観光業に影響し、そして現在では東京オリンピックにまで波及しています。

              

日本のアスリートは長い間、国旗の日の丸を自分たちのシンボルにしてきましたが、韓国人は来年の夏の東京オリンピックの会場で日本人の観客が旭日旗を打ち振ったりする懸念を口にしています。

              

旭日旗が持つ歴史的に象徴的な背景が二国間の緊張関係に影響を与えたのはこれが初めてではありません。
昨年、韓国の観艦式に日本の自衛隊の艦船が参加する際に旭日旗を掲揚しないよう求めたため、日本側は自衛隊の艦船の派遣を取りやめました。

                 

そして今月日本は自国で開催する観艦式に韓国を招待することを取りやめ、日本政府はその理由として無「両国が互いにこうした交流を行うための環境がまだ整ってはいない」との認識を明らかにしました。

             

元々は封建時代に諸侯の家紋として採用されていましたが、明治維新後の1870年に各藩の軍を合わせた日本軍の旗として採用され、1889年に大日本帝国海軍の軍艦旗として採用になりました。
旭日旗は日本の極右勢力が日常的に使用していますが、商業デザインにも使用され、さらにはリベラルな立場をとる朝日新聞のロゴとしても使われています。

            

               

オリンピック憲章は次のように述べています。
「オリンピック会場、通路、その他の関係する場所においては、いかなる種類のデモや政治的、宗教的、人種的プロパガンダも許されない。」
IOCは現在のところ、来年の東京大会でこの憲章に違反する可能性のある案件が発生した場合には、ケースバイケースで対応すると述べるにとどまっています。

                

https://www.theguardian.com/world/2019/oct/29/south-korea-compares-japans-rising-sun-flag-to-swastika-as-olympic-row-deepens
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「ハーケンクロイツはアーリア人種の勝利のために戦う使命を表している」アドルフ・ヒトラー(Wikipediaより引用)
と明確な定義がされているのに対し、旭日旗については大日本帝国が意匠の意味について何か明確な定義をしたということはなさそうです。
ウィキペディアの旭日旗の項には
『戦時のプロパガンダ映画における描写』として
「ウォルト・ディズニー・プロダクション(現:ウォルト・ディズニー・カンパニー)は、第二次大戦の時期に複数、ドナルドダックを主人公とする戦争プロパガンダ映画を制作しているが、その内、ドナルドダック・シリーズに含まれる『総統の顔』、『ドナルドの襲撃部隊』の2作品、および、財務省からの依頼で制作されたためにシリーズに含まれない『新しい精神』、『43年の精神』の2作品では、敵国として日本軍を象徴する旗として旭日旗が登場し、同様にドイツ軍を象徴する旗としてハーケンクロイツが登場するのと対置して描写されている」
との記述があります。( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%AD%E6%97%A5%E6%97%97 )
となれば、記事中の韓国の国会議員のように「旭日旗は戦争を象徴するものだ」とまで断定できる根拠はない、ということになるでしょう。

                    

ただし、日本は旭日旗を海上自衛隊の隊旗として正式に採用したのであれば、最悪の部類の人間たちが大切な隊旗をヘイトスピーチなどの場で弄ぶようなことはさせないようにすべきでしょう。

                          

日韓においては旭日旗の解釈より10月21日づけのガーディアンの記事を翻訳ご紹介した際の感想、「何気ない広告表現も政治問題化してしまう現在の外交関係」の方が問題なのだと思います。
もっと言えば、内政に不都合が生じると権力機構はそこから国民の目をそらすために仮想敵を作り出し、それに対する敵愾心を煽る『愛国政策』を行う。
現在の日韓両国のその通りの姿が問題なのだと思います。

『戦争は悪』一貫して戦争の恐しさを訴え続けた映画製作者としての人生

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戦争を始めた日本人自身も飢餓、虐待、大量死に苦しんでいた - 太平洋戦争

戦場では人間は殺すか殺されるか、それ以外に選択肢はないのです
全力で自由を守り抜き、そして嘘のない世界を実現しよう

               

写真 :
2019年10月11日、東京のスタジオでインタビューに応じる大林宣彦監督。
大林さんは末期の肺がんと診断されていますが、発病はずっと以前のことであり、長い間闘病生活を続けながら仕事もこなしてきました。
大林監督の映画製作キャリアは40年に及び、40本以上の映画、数千のテレビ番組、コマーシャル、その他のビデオを制作してきましたが、その間ずっと自分自身に正直であり続けました。
その中で大林監督は、繰り返し戦争の恐ろしさについての警告という同じメッセージを送り続けてきました。

               

影山ゆり/ AP NEWS 2019年10月27日

                  

大林宣彦氏は現在81歳、末期の肺癌を患っていますが、闘病は随分前に始まり、その数十年にわたる映画製作人生を特徴づけてもきました。

                      

大林監督の映画製作キャリアは40年に及び、40本以上の映画、数千のテレビ番組、コマーシャル、その他のビデオを制作してきましたが、その間ずっと自分自身に正直であり続けました。
「私は同じことを続け、決してぶれることはありませんでした。」
東京事務所での大林監督は車椅子に座り、弱っているようにも見えましたが、目には輝が宿り、茶目っ気たっぷりにインタビューに答えていました。

                  

大林監督の作品には彼が第二次世界大戦中に育ったことが色濃く反映され、日本が行った侵略と近隣諸国での残虐行為だけでなく、日本人自身も飢餓、虐待、大量死に苦しんでいたことが刻み込まれています。

                

「(あの時代以降)誰でもいつでもボタンを押すことができました。」
大林監督はまるでそこに核ミサイルの発射ボタンがあるかのように机を叩きながらこう語りました。

             

映画には力があるという彼自身の信念について力強く語った最近のAP通信とのインタビューでは、彼の声は優しくはありましたが怒りが滲み、彼の信念を反映するものでした。
彼が作る映画は、ある重要なことを問いかけているのだと大林監督が語りました。
「あなたは今、どこに立っているのですか?」

            

               

「映画の力は決して弱くはありません。」
彼は語り、そのような考え方があることにが怒りを滲ませました。
「映画とは自由を表現するものです。」

              

金を稼ぐ、有名になる、あるいは観客に迎合しようとして映画を作ったことは一度もない、大林監督は誇りを込めてこう語りました。

             

大林監督は10月27日から11月5日まで開催される東京国際映画祭で、日本映画の価値を高めることに貢献した一人として表彰されることになっています。

               

「大林さんは、夢幻的な視覚表現で「映画の魔術師」と呼ばれています。」
映画祭の主催者は声明の中でこう述べました。

              

                 

上映される大林監督の作品の一つに、完成したばかりの上映時間3時間の『Labyrinth of Cinema / 海辺の映画館 キネマの玉手箱』があります。
この作品は反戦がテーマであると同時に、映画製作へのオマージュでもあります。
主要な登場人物は若い男性ですが、彼らは古い映画館に出かけて行き、そこでのっぴきならない状況に落ち込みます。
それぞれに映画界の巨人、フランソワ・トリュフォー(フランスの映画監督)、マリオ・バーヴァ(イタリアの映画監督)、ドン・シーゲル(アメリカの映画監督)が仮託された名前を持っています。

           

また1985年の作品「ミス・ロンリー」は、大林監督が育った広島県の絵のように美しい町、尾道市で撮影されました。
尾道市は、小津安二郎監督の古典的名作「東京物語」の舞台でもあります。

               

きらびやかなイメージを持つ万華鏡のように、大林監督の作品は彼のトレードマークになったモチーフでいっぱいです - 色彩豊かな日本の祭り、流血、まるで機械人形のように行進する兵士たち、流れ星、曲がりくねった石畳の道 - 見ているとまるで夢見るような童話の世界にいるような感覚に陥ります。
大林監督は子供時代から映画に興味を示し、手づくりでアニメーション・クリップを作成したこともあります。

               

               

大林監督の平和主義は、軍医であった父親によって幼いころにすでに強いものになっていました。
父親は、医師は味方の兵士だけでなく敵の命をも救うことができると常々語っていたことを、大林監督は覚えています。

               

少年だった大林監督が映画監督になる決心をしたことを打ち明けると、父は彼に8ミリのカメラをプレゼントしました。

                

大林監督が黒澤明監督の作品についてこう語りました。
黒澤監督をスターダムに押し上げた『七人の侍』や『用心棒』などの作品は商業主義的なもので、真の傑作は晩年に製作した『どですかでん』、そして長崎への原爆投下によってもたらされた幾多の苦しみについて綴った『八月の狂詩曲』などの作品であり、これこそが真の黒澤作品だと語りました。

                

大林監督は黒澤監督のことを親愛の情を込めて「黒さん」と呼んでいたことを覚えています。
そしてどれほど心を込めて映画作りをしてきたかについて、触れたことがありました。

               

多くのハリウッド映画作品とは異なり、大林監督の作品には悪役と戦うヒーローのような明快なプロットはありません。
他の多くの日本の映画と同様、アクション満載のシーンの連続も最大限に盛り上がる派手なエンディングもありません。

                  

                 

その代わり、彼の映画はどこが始まりでどこが終わりなのか、終わったと思うとまた始まり、各シーンが織るように入れ替わり、まるで時空を旅しているような感覚にとらわれます。

              

大林監督は、戦争が人類にとって『悪』であるかどうかと尋ねられると、意外な質問を受けるものだと驚いた様子を見せました。
歴史を通じて人々が直面してきたことは、大林監督にとって非常に難しい問題です。
「戦争というのは敵に殺されるか敵を殺すか、そのどちらかなのです。」
彼はそう語りました。

              

大林監督は次の映画製作に取り組んでいますが、健康状態を考えると時間がかかるかもしれないことを認めました。

                    

大林監督は映画制作することの生涯の目標について、『愛しています』という意味を手話で表現しました。

                  

「全力で自由を守り抜きましょう、そして嘘をなくしていきましょう。」
大林監督がこう語りました。

                    

https://apnews.com/96d6b265021c4bdd8011b041add3a543

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現在の日本の首相の度し難いところは、どうやら戦争というものをまるで通常の外交手段の一つであるかのように認識しているらしいことです。

彼には絶対の確信があるのでしょう。

「自分が実際に戦場に立つことは絶対にない。」

何十キロも歩かされた後に、前線で体の芯まで冷えるような雨に打たれながら地面を掘り、下がぬかるむ塹壕で眠らなければならない。

それでもなんとか眠ろうとしていると砲弾や銃弾が飛んできて、手足を吹き飛ばされのたうちまわる。

                

この人間の認識する戦争というのは、安全な場所から様々に指揮命令する(彼に的確な戦闘指揮ができるとは思えませんが)ことなのでしょう。

             

第二次世界大戦において、旧日本軍というのは一般市民はもちろん、兵士の命を大切に守ろうという精神は持っていませんでした。

戦争になれば、敵に勝つ以外の価値は全て第二義、第三義、否それ以下にされてしまいます。

今私たちが大切にしているいくつものことを捨てて、見も知らぬ『敵』を殺すこと破壊することに専念しなければなりません。

そして見も知らぬ『敵』も、ためらうことなく私たちを殺すことを命令され、私たちに向かってくるのです。

そのことは決して忘れてはならないことです。

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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