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安倍外交が招いた結末・北方4島返還・正式な交渉が行われる機会は永久に来ない – 対ロシア

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ロシア側は可能性だけを与え、日本側からは実利を引き出すプーチンの『試合運び』、手玉に取られる安倍首相
ロシア側の態度が厳しさを増す中、安倍首相は『2島返還による決着』に乗り気

                  

               

サイモン・デンヤー / ワシントンポスト 2019年6月22日

               

日本の羅臼町 - 脇木公雄氏は1945年にソビエトの兵士たちが自宅になだれ込んできたときのことを覚えています。
「機関銃を手に持ち、土足で家に上がりこんできました。」
当時脇木さんは4歳でした。
「恐怖の記憶しか残っていません。」

               

日本が第二次世界大戦で無条件降伏の受け入れを表明した後にソビエト軍が侵攻した際、脇木さんとその家族は千島列島の最南端の島々に住んでいた約17,000人の日本人の中の一家族でした。
その後の4年間で北方4島にいたすべての日本人は、本土に逃げ出すか強制的に追い出されることになったのです。

                

そして70年以上が経った今、日本の安倍首相は千島列島のうちいくつかの島を日本の領土として取り戻すという非現実的プランに着手することにしたのです。
ロシアのプーチン大統領は最初のうちこそその可能性を検討するような態度をとっていましたが、今ではそんな様子はなくなりました。
それが返還交渉の現実です。

                 

6月28日に大阪で始まるG20の首脳会談の傍ら、プーチン大統領と安倍首相が北方4島の返還手続きに関する具体的な作業を始めるという文書にサインするかもしれないという希望的観測がありました。
しかしその夢は潰え去ったと専門家が語りました。

                

             

テンプル大学東京キャンパスのジェームズ・ブラウン准教授は、次のように述べています。
「北方4島の領土紛争に関し、正式に交渉が行われることはもう二度とないでしょう。」

             

対案としてロシアは現在紛争中の島々とは反対側に位置するロシア領サハリン島と日本の北海道の島民が、互いにビザなし渡航を可能にすることによって経済協力を深めることを提案しています。

                   

この提案について日本国内の反応は様々異なっていると専門家が解説しました。
日本の外務省は紛争中の島々がサハリンの一部として認識されることにより、主権をめぐる紛争を解決しなければならないという認識が薄れてしまうことを懸念しています。

               

現在78歳の脇木さんは、日本が北方領土と呼んでいる島での生活を思い出すことができる高齢者の一人ですが、その数は減少を続けています。

              

▽ わずか26キロ先にある島

               

羅臼町内の高所に設けられた観測所から脇木さんが日本側が国後島と呼んでいる一番近い島を指さしました。
そして彼の家族が海藻を収穫しながらその麓で暮らしていた山もはっきり見て取ることができました。
その場所はわずか16キロ先にあり、海上にはっきりと浮かんで見えました。

              

写真 : 羅臼町にある展望台で少年時代に住んでいた国後島内の場所を指し示す脇木さん。
第二次世界大戦終結後すぐにソ連軍によって占領されたまま現在に至っています。
展望台から水平線上にはっきり見える国後島は、自分たちに正当な領有権があると日本側は主張しています。

                 

脇木さんにはソ連による占領から2~3年間はロシア人の子供達と一緒に遊んでいた記憶があります。
石を蹴ったり、近くの川で素手で魚を捕まえたりしたこと、パンや缶詰に入った食品を分け合って食べていたことを覚えています。

                

しかし間もなく命令がやって来ました。
海岸に集合し、そのままそこで待つよう指示されました。
脇木さんと彼の家族は追放されることになりました。
ソ連の貨物船に詰め込まれた彼らは一旦サハリンに送られ、そこから日本に移送されることになりました。
彼は誰かが死んでしまった赤ん坊をトイレに捨てたと話していたことを覚えています。
彼自身も栄養失調で完全に体調を崩してしまい、危うく両親にそこに置き去りにされるところでした。

               

              

1951年のサンフランシスコ条約の調印と同時にアメリカ軍による占領が終わりましたが、日本政府は条約の中で千島列島のすべての権利を放棄することになりました。
しかし日本政府は条約には千島列島の最南端の4つの島は含まれていなかったと主張し、それ以降旧ソビエト連邦現ロシア共和国と正式に交戦状態を終わらせるための平和条約の締結を妨げてきました。

                   

                   

昨年プーチン大統領と安倍首相は条約締結への期待を再び表明、それ以降途切れることなく交渉が続けられていますが、日本はパッケージの一環として極東ロシアへの経済支援と投資を約束しました。

                 

                

安倍首相にとってこの課題は個人的な側面を持っています。
1980年代に日本の外相を務めた父親の晋太郎から引き継いだ課題であると同時に、安倍首相自身も自らの外交的主要課題の一つであると語っていました。

               

                

安倍首相は1956年の日ソ共同宣言に基づいた交渉をすることにさえ同意しました:この時ソビエト連邦は千島列島で最も小さな島々 - 歯舞島と色丹島およびその周辺の岩礁を日本に返還することで問題を決着させると約束したのです。

               

▽ 2島返還による決着

             

ブラウン准教授は最大の2島と紛争地域の93%がロシア側の領土となるこの提案を当時の日本政府は拒否した、と解説しています。
しかし安倍首相は『2島返還による決着』という日本側の譲歩について乗り気だとブラウン氏が指摘しました。
これはとり直さずロシア側の立場が強硬なものになり、日本が軟化したことによるものだというのが専門家の見方です。

             

ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、日本は領有権をめぐって紛争中の島々すべてに対する事実上のロシアの主権を認めることから交渉を始めるようを繰り返し要求しています。

              

河野太郎外相はロシア側が紛争中の北方4島に新たにのミサイルと戦闘機を配備する計画に対し「受け入れられない」と表明、一方ラブロフ外相は、アメリカ製のイージスアシュア・ミサイル防衛システムを北海道周辺に配備する計画について「潜在的な脅威だ」と警戒感をあらわにしています。

                 

               

そして一旦平和条約が締結されてしまえば日本側はロシアとの政治的、経済的連携への関心を失う可能性があるとプーチン大統領は警戒しています。
そうなった場合国内のタカ派を中心とする反発を招き、「ロシアの失地の回復者」としての評判にも傷がつく可能性があります。

                

「プーチン大統領はこの問題ではよく考え抜かれた試合運びをしています - 安倍首相に北方諸島の返還は可能だと信じさせるために。」
ブラウン准教授がこう指摘しました。
「それは安倍首相にロシアに対する経済協力を進めようという動機を与える一方で、他の西側諸国との立場の違いをも鮮明にするものです。」
他の西側先進国がプーチン大統領が率いるロシア政府と対決姿勢を強める中、日本だけが新ロシア政策をとることになるからです。

              

脇木さんは日本に到着したとき最初に見たのがネオンの光だったことを覚えていました。
それまで彼は電灯を見たことがなかったのです。
以後彼の家族は北海道で新しい生活を着々と築き挙げ、2人の娘と2人の孫を授かりました。

             

自分の家族も北海道に定住し、北方諸島に戻ったところで仕事すらないという状況では、青邨しているかつての島民6,000人が島に戻って永住することはもうありえないということがわかっています。
現在北方4島の住民は17,000人以上ですか、多くはその場所で生まれ育った人々です。

             

脇木さんはこれまで6回国後島に渡りましたが、そのたびにインフラの整備が少しずつ改善されていると語りました。
来月にはロシアが色丹島に水産加工工場を開設する予定です。

                

脇木さんはこれまで何十年もの間もう少しで望みがかないそうだという瞬間を見てきました。
しかし日露両国が根本的に合意することはありえないようです。

               

「それはまるで2本のレールのようなものです。」
日露両国の関係について、脇木さんがこう表現しました。
どこまで行っても交わることはないのです。」

                  

https://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/japans-dream-of-an-island-deal-with-russia-appears-to-slip-out-of-reach/2019/06/21/54d4fca8-8c05-11e9-b162-8f6f41ec3c04_story.html?utm_term=.45c2bd2e0669

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アメリカのガン多発地区の住民 日本の化学会社と対決

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ミシシッピ川流域大気汚染問題 / 周辺住民の運動が一気に激化・住民代表が来日
がん発症リスクが50倍・衝撃のデータ公開直前、米国巨大化学企業デュポンが日本企業デンカに売却

                

ギャビン・ブレア(東京)、オリバー・ラフランド(ニューヨーク)/ ガーディアン 2019年6月26日

                 

ルイジアナ州リザーブ(バトンルージュ南西)の住民の代表が、癌その他の一連の重篤な病気が多発している原因であると言われる化学工場を運営している日本企業の幹部や株主と対決するため、東京を訪れました。
米国環境保護庁(EPA)によると、ルイジアナ州リザーブはアメリカ国内で大気汚染による癌発症の危険性が最も高い場所です。

               

住民たちは今回の訪日でリザーブのポンチャートレイン・ワークス・ファシリティ(工場)を運営する化学企業大手デンカの法人株主と環境保護団体とのパブリック・ミーティング、そして非公開の場での会合が含まれています。
この工場は大気汚染問題の解決を求める周辺住民の運動を一気に激化させることになりました。

                  

ガーディアンが長年取り組んできた企画『ガン多発地区』シリーズは大気汚染の問題と戦うキャンペーンの検証を行ってきました。
ニューオリンズとバトンルージュ間は『ガン多発』地区が帯状につながっていることで知られる場所ですが、中でもルイジアナ州リザーブは状況が深刻です。

               

ポンチャートレイン工場は化学品大手デュポンによって1968年に開設され、2015年に日本企業のデンカに売却されました。
合成クロロプレンから合成ゴムのネオプレンを製造するアメリカ国内で唯一の製造施設です。
合成クロロプレンは発がん性が疑われる物質としてアメリカ政府がレストアップしています。

              

2015年に米国環境保護庁(EPA)はこの工場から排出される化学物質により大気が汚染され、住民は米国内のいかなる場所と比較しても高いガン発症リスクにさらされている判断しました。

                 

今回来日した住民の一人であるロバート・テイラー氏はこの工場が操業を開始した1968年に若い家族とともに家を新築しました。
彼はミシシッピ川に沿って林立する他の石油化学プラント工場同様、問題の工場が主に黒人と労働者階級のコミュニティであるバプテティスト聖ヨハネ教区の真ん中に位置していることを指摘しました。

                 

「私たちは未だに差別されています。そうしたことはアメリカ社会の変わらぬ一断面の一つににすぎません。」
テイラー氏は東京のパシフィックアジア・リソースセンターで開かれたパブリックイベントでこう語りました。

                  

先週、テイラー氏とその同僚で1年前にガンで死亡したウォルターを夫に持つリディア・ジェラードさんは、東京中心部で開催されたデンカの年次株主総会で直接この事実について証拠を挙げて抗議しようとしました。
しかし会場の外で『デンカの企業人との全面対決』を行ったために会場内に入ることを拒否され、 外での抗議活動を行うことなった、こう説明したのは今回の訪日を企画したアメリカの市民活動グループ、人権のための大学ネットワーク(UNHR)のルハン・ナグラさんです。
「私たちは英語と日本語で書かれた『デンカよ、黒人を中毒させることを中止せよ』との巨大なバナーを掲示し、同趣旨のチラシを配李ました。」
ナグラさんがこう語りました。

                   

地元住民は健康の悪化について工場から排出される汚染物質との関連性を長い間疑ってきましたが、何十年もの間、クロロプレン特有の健康リスクについては知識がなかったと、テイラー氏が6月24日に東京で開催された公開会議の場で語りました。

              

「私たちは聞いたこともない病気、ガン、呼吸器系の疾患、皮膚疾患、心臓の病気に蝕まれるようになりました。」
「私の娘は看護師ですが、彼女もまた病魔から逃れることはできませんでした。こうした人々の看護をするうち、自分自身も胃不全まひを発症してしまったのです。
こう語るテイラー氏自身も胃に不調を抱えています。

                 

「医師の判断ではこれらの疾患は工場による大気汚染が原因の、非常に珍しい免疫機能障害だということです。しかし公に記録されることはないでしょう。しかし私たちが住むコミュニティでは同じ症状を発症した女性が3人います。」

                

化学企業大手のデュポンは半世紀近くこのプラントを操業してきましたが、EPAの報告書の中でアメリカ国内のすべての工場周辺におけるがん発症リスクについて調査した結果、ポンチャートレイン・ワークス・ファシリティ周辺のがん発症リスクが全国平均の50倍に上るという報告が公表される直前、デンカに売却しました。

    

ルイジアナ州政府は環境行政の緩さで悪評を得ていますが、6月初旬この工場による大気汚染防止法違反容疑でデンカとデュポンの両社に対し訴訟を起こす意向であることを発表しました。

                   

人権のための大学ネットワーク(UNHR)は訪日前にデンカと連絡を取ろうとしましたが、同社は米国子会社の行為について責任はないと回答しました。
こうした主張にもかかわらず、デンカは株主総会の前日になってウェブサイト上で米国子会社の操業状況について弁護士、以下の声明文を公開しました。
「クロロプレンの発がんリスクレベルについては過大に見積もられている。」

               

「デンカは米国環境保護庁(EPA)の見解とクロロプレンには発ガン性があるという見解を持つ科学者全員に異議を唱えています。」
デンカが面会を拒否したにもかかわらず、ガンで夫を亡くしたジェラードさんは今回の訪日には一定の価値があると考えると語りました。
「私たちが問題から逃げ出すつもりもないし、泣き寝入りするつもりもないということをデンカには肝に銘じてもらいたいと思います。」

                    

                

一連の抗議は日本最大の報道機関である共同通信によって取り上げられ、その後、いくつかの地方紙によって取り上げられましたが、大手メディアは一切取り上げませんでした。
人権のための大学ネットワーク(UNHR)は、来月デンカの工場周辺の500世帯の健康健康状況について調査した報告書を公表する予定ですが、それによって状況が変わることを望んでいます。
報告書は工場に近づけば近づくほど健康問題が悪化し、ガンの発症率は統計的に正常とされる値をはるかに上回っています。

                

代表団は今週法人名を公表しないことを条件に東京都内の2社の法人株主と会談しました。
一方、UNHRはヨーロッパ、アメリカ国内の株主と連絡を取り、工場周辺に住む人々が危険な状況に置かれていることについて説明することを計画しています。

https://www.theguardian.com/us-news/2019/jun/26/cancer-town-denka-pontchartrain-works-reserve-louisiana

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日本国内なら企業が何をしても大概はアベ政治のような仕組みが地位保全に力を貸してくれるでしょうが、アメリカ国内でしかも州当局まで敵に回してしまって先行きどうなのでしょうか?

アメリカでの不良品製造販売が原因で結局は立ち行かなくなってしまったシートベルトの世界的企業タカタの倒産劇が脳裏をかすめます。

それにしても決定的に不利な問題が明るみに出る直前に、その工場を日本企業に買わせるアメリカ巨大企業の狡猾さには唖然とするばかりです。

そして日本企業の先見性の無さ、愚かさも際立ちます。

            

大量のF35の購入を迫られてただでさえ危機的状況の日本の国庫から巨額の税金をつぎ込む安倍政権、国も国なら企業も企業だというところでしょうか。

使い捨てられた人々 : 山谷《後編》

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彼ら日雇い労働者は東京再建の功労者であるはず、なのに日本は彼らを使い捨てた

多様性があるということは良いことであるということを証明したい

                

             

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 2019年6月14日

              

旅行者の増加はこの場所の印象をソフトなものに変えましたが、この場所でも少しずつ地域の中産階級化(劣悪化している区域に中流階級あるいは裕福な階級の人口が流入していくのを伴った区域再開発・再建プロジェクトのことで、通常それまでの貧困層の住民が住む場所を失う - アルク https://eow.alc.co.jp/ より引用 )が進行しています。
地元の行政当局は長い間、大規模商業開発に抵抗してきましたが、多くの民間の土地所有者が防火上の問題もあることから老朽化した簡易宿泊所を取り壊していくことに口を出すことはできません。
所有者にすれば近代的なアパート経営の方が経済的に理にかなっています。

                

「土地所有者の判断はある意味当然のことです。」
と義平氏がこう語りました。
「近代的なアパート経営をすれば、もっと多くの収入を得られるようになると信じています。しかしその結果は景観が変わるというだけではありません。街の雰囲気も少しずつ別のものになってしまいます。この場所は東京でも独特の雰囲気があり、全てではなくともその空気は残していくべきだと考えています。」

             

他の場所では考えられない混在状況に、今や山谷の対立の構図はまるで「冷戦」のようだと義平氏が語りました。
騒音、酔っ払いの横行、辺り構わず横になって寝転がる、そして一番多いのがゴミの山を放置していることについて、近隣の住民から頻繁に苦情が寄せられています。

                

                  

「それは「私たち対彼ら」という対立の構図に変わってしまいました。」
山谷でバックパッカー向けに2軒、生活保護樹級者向けに1軒、合計3軒の宿泊施設を運営する義平さんが語りました。
昨年、彼女たちのグループは良心的な価格で提供される飲み物や食事を共にすることで、山谷の住民と訪問する人々の間に無用の誤解を生まないようにするため、さんやカフェをオープンしました。
「カフェの名前は山谷という名前を取り戻すためにつけたものです。」
義平さんがこう語りました。

             

「かつての労働者たちは自分自身を誇って良いはずです。なんといっても彼らは東京を再建した人々なのですから。しかし日本という国は彼らのことなど忘れ去ってしまいました。この辺りの人々が彼らを見下すなど早計に過ぎると言うべきです。」
「私たちはなんとかして多様性があるということは良いことであるということを証明したいと思っています。自分の気分を良くするために他人を見下すなどという行為をしても、何も良いことなどありません。」

          

毎週金曜日、義平さんたちはかつての労働者たちと一緒にカフェで食事や飲み物を提供する代わりにゴミを集めるよう呼びかけています。

              

「一緒に食事をしたり雑談したりすると、誰もが仲間意識を共有できるようになります。」
義平さんがこう語りました。
「と同時に、その歴史の中で新しい時代の到来に備えるための時間が山谷にとって重要なのです。」

            

かつて日雇い労働者だった人々の未来はますます不透明になりつあります。
使用禁止になった宿泊所を退去させられた彼らは、別の宿泊所を見つけるか国の補助金が得られる遠く離れた公営住宅に移り住まなければなりません。
そうした現実はこの30年間山谷を出たり入ったりした相沢さんのような住人にとって、場合によっては何日かは路上で一夜を明かさなければならない状況を意味します。

             

64歳になったこの男性は午後いっぱい捨てられたアルミ缶を収集し、自転車の後ろに取り付けた袋に詰め込んで回ります。
1キログラムあたり100円の現金と交換するためです。
「自分は一文無しなんだよ。だからこうやって空き缶を集めて回るんだよ。」
相沢さんは乏しい年金の中から簡易宿泊所の利用料金を支払ってしまうと、ほとんどお金は残らないとこぼしました。

                 

「これまで山谷の様子が変わるのをずいぶん見てきたよ。暴動もあったけど、近頃はこの辺りもずいぶん静かになったよ。それは多分我々が闘うには歳を取り過ぎてしまったからだよ。人生は厳しいものだけど、でもここにいる限り心だけは自由でいられるからね。」

              

tps://www.theguardian.com/cities/2019/jun/14/the-tokyo-neighbourhood-where-people-come-to-disappear

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近代社会も人間を使い捨てるという側面を持っていることを、この記事を読んだことにより気づかされました。

第二次世界大戦中の日本兵と沖縄県民、ソビエト連邦の強制収容所の政治犯と抑留日本兵、ベトナム戦争では北ベトナム軍がアメリカ軍に対し未熟少年兵をまず突撃させ相手を混乱に陥れた後、歴戦のベテラン兵士が現れてアメリカ兵を一人一人確実に仕留めていくという手法を用いていたと何かで読んだ記憶があります。

この時の少年兵は明らかに使い捨てです。

山谷の問題同様、やりきれないのが現安倍政権下では見捨てられていく国民がいることです。

福島第一原発事故の被災難民は国内の原子力発電所の再稼動とオリンピックの邪魔にされ、沖縄県民は日本の軍備増強の邪魔、さらには貧困層の子供たちも見捨てられています。

山谷の人々が使い捨てられて行ったのを座視していたのも私たちなら、福島の原発難民や貧困層の子供たちが見捨てられていくのを今まさに座視しているのも私たち日本人です。

安倍政権の政治の下で、私たち日本人は良心を発揮するという行為を忘れつつあります。

これは一番危険な亡国への道づくりではないでしょうか?

使い捨てられた人々 : 山谷《前編》

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何百年もの間、働ける場所、隠れ住む場所、そして仲間を求めてたくさんの人々が山谷にやって来ました。
しかしここにも急激な変化の波が押し寄せ、住民たちは順応していくのに四苦八苦しています

               

                 

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 2019年6月14日

             

一見する限り山谷は都心から離れた東京都内の他の場所と変わるところはありません。
目に入るのは手入れの行き届いた家々、スーパーマーケット、ファストフード・ショップなどばかりです。
そして離れた場所には連なる屋根と網の目のように張り巡らせた電線の上に、見間違えようのない東京スカイツリーのシルエットが浮かんでいます。

                

しかしその超現代的なランドマークタワーに近接する空間は人の目を欺くものです。
楽な着心地のジャージの上下を着て、野球帽をかぶり、ビニール製のサンダルを履き、午後の早い時間からチューハイと呼ばれる発泡酒の缶を握りしめた高齢の人々の姿が目立ちます。
そして何十という数の部屋には家具も調度もない安宿が、都内で最低レベルの料金を宣伝しています。
都心から離れた東京都内に山谷のような場所は他にありませんが、今この場所は抗いようのない変化の波の中で、なんとか息をしようと必死になっています。

            

珠姫(たまひめ)公園の中で『かっちゃん』の愛称を持つ男性が待ち合わせした友人が来るのを待っていました。
近くではソーラーパネルを電源に持つ液晶テレビがあるテント小屋を挟んで、2人の男性がひっくり返された古いファイルキャビネットの上で将棋をさしていました。
その向こうには来ているものを全部脱いで虚空を見つめている一人の若い男がいます。

              

写真上: 山谷の商店と壁の落書き

             

今、地図で探しても『山谷』の名は見当たりません。
1966年、日本政府が山谷の2文字をすべての公式文書から削除するよう命じたからです。

               

「酒を飲んで、おしゃべりしながら日向ぼっこをするためにここに来たんだよ。なんたってお陽さまに当たるのはタダだからね。」
16年前にこの地にやってきた日雇い労働者のかっちゃんは、こう語りました。
「仕事にありつくのはなかなか大変だけど、ここには友達がいるからね。」

                

何百年もの間、働ける場所、隠れ住む場所、仲間を求めてたくさんの人々が山谷にやって来ましたが、かっちゃんはそうした人々の最後の一団に属するかもしれません。

                   

江戸時代(西暦1603-1868年)、江戸市中の他の場所に定住することができなかった渡りの労働者などが、山谷にある安宿である木賃宿で暮らしていました。
戦後は太平洋戦争中のアメリカ軍の空襲によって住む場所を奪われてしまった人々が、間に合わせの小屋掛けをして暮らす場所になりました。

                    

その状況を哀れんだ占領アメリカ軍が軍用テントを寄付したりしたこともありましたが、その後徐々に木造の木賃宿が建てられていきました。
1953年までに約6,000人が100軒ほどの木賃宿に住んでいましたが、その10年後のピーク時にはその人口は15,000人に、宿泊施設も220か所にまで増えていました。

              

                  

しかし現在、山谷の地名を地図上で見つけることはできません。
1966年、日本政府は山谷の名前を公的記録から削除するよう命じたのです。
そて山谷は清川と堤の2つの地区に分割されました。
貧困、アルコール依存症、暴力、日雇い労働者のたまり場という印象をカモフラージュしようとしたのです。


日雇い労働者こそは戦後数十年間、東京タワー、1964年の東京オリンピックの関連施設、首都高速道路、そして今日の大都市東京の基盤を築くことになったその他のインフラ整備のための肉体労働を提供した人々でした。

                 

しかし日雇い労働者も彼らが暮らす場所も想像を超えた変化の波が押し寄せる中、変わらざるを得ない状況に追い込まれています。

               

山谷もまた他の日本の多くの地域社会同様、年代別人口の偏りの影響を感じさせる場所になりました。
ここに住んでいる推定1,500人の元労働者のほとんどは60~70代で、中には80~90代という人もいます。
黄昏時ともいうべき次第に入った現在、かつては肉体労働で疲れきった労働者によって埋まっていた簡易宿泊施設は、わずかな年金や給付金でかろうじて生きのびている男性たちのための事実上の高齢者収容施設に変わりました。

             

「最近では暴力沙汰はまずまれだが、種々雑多な人々の住処と化した山谷では住民は新しい緊張の種に直面させられている。」
こう語るのは山谷の新しいまちづくりや就労支援などに取り組むYUI(結)Associates(http://sanya-yui.net/)の代表理事である義平真心(よしひらまごころ)さんです。

                  

                   

高齢化した労働者の人口は減少を続けていますが、地元で工場や他の中小のビジネスを営む定住家族との共存が難しい状況にあります。
その一方で山谷にある約140の簡易宿泊施設のうちの約20か所には、その手軽さから利用する若者も多く、外国人のバックパッカーの利用も増えています。
彼らを引き付けるのは清潔で快適な室内と一泊たった2,000円という低料金です。

https://www.theguardian.com/cities/2019/jun/14/the-tokyo-neighbourhood-where-people-come-to-disappear

《後編》に続く

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人間が生きるということには多様性があるべきだと思いますが、その選択が自ら望んだものではなく仕方なくそこに落ち込んでしまったという人々も多数います。

落ち込んだ理由が「使い捨てられてしまったから」というのでは、それでは心が荒んで当たり前だと思うのです。

自己責任などという言葉は現実をいたずらに単純化するだけのもので、明快なようで実は極めて曖昧で無責任な言葉だと思います。

物事をきちんと考えられない・探求できない粗雑な頭脳を持った人間たちが好んで使いそうな言葉です。

一方でセーフティネットという考え方がりますが、今の日本はその点も非常に危ないのではないでしょうか?

理由はもちろん現在の政権です。およそ人を思いやるという姿勢が微塵も感じられない首相と副首相をその座に置いたままにして、日本人のセーフティネットなど機能しようがないだろう!と思うのです。

男女平等について日本は『衝撃的』なほどの後進国《後編》

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安倍政権の『ウィメノミクス』、派手な広告宣伝をする前にまずは地道な基本的取り組みを始めなさい!

国内にはびこる偏見、政権発足当初よりもなお一層後退した安倍政権の『女性が活躍する社会』

山森菜々子 / ガーディアン 2019年6月13日

            

「安倍政権のウィメノミクス(Womenomics)なんて、でたらめもいいところです。彼らがまずやらなければならないのは、女性の社会的地位を引き上げること、その取り組みを始めることです。」
「でもそのことを公の場で議論することは、この日本ではとても難しいことなのです。女性たちは口々に不満を言っていますが、ほとんどの場合男性が支配している公の場では口にすることすら許されない雰囲気があります。決定権を握る女性はほとんどいないため、みんなこう考えてしまうのです。『自分の能力が足りないということだけが、地位が向上しない理由なのか?それとも他に原因があるのか?」

                 

こうした弊害や偏見は国政の場でも幅を利かせています。
桜田佳孝元オリンピック担当大臣は先ごろ、すべての日本の女性に対し「最低でも3人の子供」を生むように求め、ソーシャルメディアを使って日本の出生率の減少は子供を産もうとしない女性に責任があると非難しました。

               

そして安倍政権がこれ見よがしに打ち出した政策にもかかわらず、現実には日本の下院に当たる衆議院議員の中、女性議員はたった10人しかいません。
さらに20名からなる安倍内閣の閣僚中女性閣僚はたった一人であり、安倍首相の再任当初と比較すると現実は明らかに後退しています。

               

2017年のOECDのレポートによれば日本では女性の就業率は70%と過去最高になっていますが、男性との賃金格差は25.7%と依然として極めて高い状態のままです。

                

東京の国際基督教大学の文化人類学者でジェンダー問題を研究する加藤惠津子教授が、女性に優しい職場環境を作り出すためには日本社会の根本的な変化が必要であると語りました。
「私たち日本人は価値観を変える必要があります。短時間で多くの仕事をこなせる人が才能のある労働者と言えるのであれば、長時間働いたり、まして出勤さえすれば良いというのでは質の良い労働とは言えません。」
「さらにいつどこで仕事をするかを選ぶことができることが上手な働き方だと考えることができるようになれば、体制の変革を効率的に進めることが可能になります。」
「インターネットの進歩により、多くの産業界でこうした体制の変革が可能になるはずです。」

                  

こうした変革は現実になりつつあります。
寿司職人のような伝統的に男性の職業とされたきた分野に女性が進出することは困難とされてきました。
伝統を重んじるな専門家の中には魚を新鮮に保つには女生の手は暖かすぎると言う人がいます。
さらには長時間労働が女性進出の妨げになっているという指摘をする人もいます。

                

都市部で7店舗の寿司店を経営する阿部寿司の阿部ひろし氏は、性別を気にすることなく積極的に女性の職人を募集しているという珍しい寿司店経営者です。

「業界の成長が続いているので、女性男性両方の職人にとって大きなチャンスがあります。男性職人が気づかないような細かいところに気を配ることができるので、女性の職人は高く評価されています。」

            

日本国内には女性の役割は家庭内のことに限られるという抜きがたい偏見があります。
伝統的に家計のやりくりと育児が女性の役割であるとされ、夫が一家を支える収入を稼ぎ出し、妻はそれを貯蓄と月々の夫の小遣いを含めた消費に割り振ることに専念すべきだとする考え方です。
おうちのリサーチ研究所によれば10世帯のうち7世帯がこうした考え方に則って運営されています。

             

こうした旧態依然としたやり方が続く現実がある一方、国際基督教大学の加藤教授は過去30年間男女格差は一貫して縮小してきていると語りました。
日本の男性優位の産業構造が何年にも及ぶ経済的停滞によって信用を失い、そのためにその傾向は加速していると語りました。

               

https://www.theguardian.com/cities/2019/jun/13/there-are-almost-no-women-in-power-tokyos-female-workers-demand-change
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私が卒業した高校は男子校でしたが、何十年も経ってから同窓会名簿を使って署名を求める文書が郵送されてきました。

「(私が卒業した県立高校について)男女共学化の動きがあるが、けしからんことである。」

そして共学化は東北でトップの進学校としての伝統(かつては間違いなくそうでしたが、その当時はすでに県内で2、3番目に順位が下がっていました)を損ねることにつながる云々の文章が続いていました。

ここだけの話ですが、私の最初の感想は

「正気か?!」

というものでした。

「男女共学が良いか悪いかは、今通っている子供達が決めれば良い問題。卒業して20年も30年も経つ現実に関係のなくなった人間が口出しすべき問題じゃないだろう。」

そう妻に言ったことを記憶しています。

              

差別をしたがる人間の最大の動機は劣等感だと思っています。

伝統云々と騒ぎたがるのもそれに近いものだとも思っています。

人間でも文化でも、真に優れているものなら自然に認められるようになります。

その時、周囲にいる人間に求められることはその邪魔をしないこと。

故意に貶めようとするなど、最低の人間のすることです。

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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