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星の金貨 東日本大震災や音楽、語学、ゴルフについて語るブログです。

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未だに真実が見えない理由は?!

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胸が悪くなる
という言葉があります。
週刊ダイヤモンド5月21日号、『原発・1基100年!原発の一生に群がる人・企業』と週刊現代5月28日号『さらば原発、これでいいのだ』を読んだ後の感想がそうでした。

1790年頃の顕微鏡 1981年西ベルリン発行

1790年頃の顕微鏡 1981年西ベルリン発行

今日は私がいろいろ言うのではなく、活字になったものをご紹介します。

~週刊ダイヤモンド5月21日号記事「原発に群がった・ヒト・企業・カネ」~

「行政は原発から溢れ出るカネを湯水のように使っている」と驚く。浜岡原発のある御前崎市に、東京から引っ越して来たある住人。

「原子力政策を批判したら村八分に遭い、東京大学では助手を17年間やっていた。講演に行けば尾行がつき、研修医と称した東京電力の社員に見張られ続けた」
安斎育郎立命館大学名誉教授(東大工学部原子力工学科一期生)。安斎氏は放射線防護学を専門とし、原子力の問題点を訴えて、市民運動に大きな影響を与えた。そんな彼に原発推進派が露骨な嫌がらせをしてきたのだ。

~週刊ダイヤモンド5月21日号記事「大量の放射線浴びながら低賃金 - 原発労働者たちの悲惨な現実」~

「何の技術もない作業員でも元請けから日当3万円ぐらいは出るので下請けが3割抜き、オレたち(指定暴力団)がさらに抜く。本人の手元に残るのは6,000円ぐらい。」
…「女は風俗、男は原発というのが昔からの常識。」

~週刊ダイヤモンド5月21日号記事「あぶりだされた原発の真実」~

原発推進派のおごりが招いた代償はすべて国民へのツケへと回りそうだ(※)。

「原子力技術の大家である、日本原子力技術協会の石川最高顧問でさえ「原子炉の内部がどのような状況かわからないのが問題だ。.......塩水を入れたため、時間をかければ腐食が進み状況は悪化する。このままでは早くても1年、下手したら5年かかるかもしれない。」と話す。

~週刊現代5月28日号記事「舛添要一 - 菅総理、決死隊は死ねという事ですか」~

いま、作業員は事前に「将来、白血病などを発症しても賠償請求しません」という旨の誓約書を書かされているそうです。
(中略)
現場を知らない「専門家」がもっともらしい作文をして、それを総理が棒読みする。収束への工程表は作ったものの、進捗状況を発表しないから、何がどうなっているのかわからない。

津波が押し寄せ、福島第一原発が最初の爆発を起こしてから、もう2ヶ月以上。
でもまだ誰も真実がわかりません。
わかっているのは、東北3県の被災地の人間もツケを払わされることになりそうだ(※)という事だけです。
今日(原稿アップの時点では昨日)ついに放射能汚染が、たとえそれが牧草であっても福島・宮城の県境を超えました。
なぜ止まらないのか、なぜ止められないのか?

いずれの週刊誌も、興味をお持ちの方はご自分でご購入ください。

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立ち上がる被災地を一覧せよ

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「あ、やられちゃってる。」
今週号の『週刊現代』を見て、ちょっと驚きました。
普段は週刊誌等はあまり買わない私ですが、

オーストリア 1974年発行

オーストリア 1974年発行

『スクープ!東電内部文書入手「福島原発は止められない」』という今週号の新聞広告を見て購入しました。
表紙をめくってまず目に飛び込んできたのが、グラビア・ページの特集でした。

昨日、テレビで石巻市の製麺会社のことが取り上げられ、震災前は石巻名物のひとつとして定着しつつあった、「黒い焼きそば」を復活させようと奮闘する経営者の姿が紹介されていました。
石巻市にあった工場は津波で建物の基礎部分以外、すべて持って行かれました。
しかもその土地は地盤沈下が激しく、目下石巻市が建築を制限しているという状況。
それでもこの経営者は事業の再開を目指し、あらゆる可能性にトライしていました。
街が再生していくためには、ビッグではなくとも魅力的な地場産品の数をできるだけ増やし、にぎやかで活気のあるイメージを創りだす事も大切です。
この経営者もそこに向けての努力を続けており、こうした努力は将来の石巻市にとっての大切な宝物だと思うのです。

東日本大震災ではかつてない規模の義援金が寄せられました。
けれども被災地で暮らす人間としては考えるのは、義援金は大変ありがたいのですが一時金である、という事実です。街を再建し、生活を立て直すためには、やはり何と言っても仕事が必要です。
仕事に就く事ができれば、安定した収入を得られ、少しずつでも生活を再建して行く事が可能です。
そして仕事を提供してくれるのは職場であり、とりわけ石巻のように多くの工場や商店が壊滅的被害を受けた地区では、再開を目指す企業を応援し、一人でも多くの人が復職できるようにしていく必要があるでしょう。
そのためにはこうした企業の商品を、『消費する』必要があります。
それも出来るだけ多く、できるだけ長く。

そういう意味で、今年のお中元は
「被災地3県にあって、事業を再開し軌道に乗せようと奮闘中の会社の特産品以外に選択肢はない。」
という事で妻と意見の一致を見ました。
問題はそうした企業・商店をどうやって探し出すかです。

そんな中の週刊現代の「再起への序章・被災地は立ち上がる」という、被災地で名産品を売るためにいち早く再起した企業を一覧できるグラビア特集だったのです。
本当なら岩手・宮城・福島3県の合同企画でいち早く立ち上げてほしかったのですが、冷静に考えればお役所の動きが週刊誌のスピードに勝るはずもありません。
それに被災3県の知事さんたちの意見も、ずいぶんと違っているようですし......
でも、結果感じた事があります。
県等の自治体より、東京の週刊誌の方が身近かもしれない、と......

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被災地を苦しめるこの巨大な悪魔

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宮城県の米所、大崎平野の西部で、中規模の米作り農家を兼業している会社員の友人の顔色がこのところ冴えません。
「せっかく植えた米、ちゃんと収穫できんのかなぁ?」
ちゃんと米ができるかどうか、と言うのではありません。

ポーランド 1964年発行

ポーランド 1964年発行

米ならちゃんとできます、東日本大震災でも大崎平野の水田はほぼ無傷だったからです。
「せっかく作った米が、福島第一原発の放射能に汚染されてしまうのではないか?! その結果、みんな捨てさせられてしまうのではないか...」
という不安が毎日彼を脅かしているのです。

それというのも、茨城や福島の農産物の一部から放射性物質が検出された上、神奈川県南足柄市で収穫した新茶の生葉から、新潟県では村上市産のツボミナ1点から放射性ヨウ素が、などこれまで「汚染されていないはず」の地域の農産物から放射性物質が検出されているからです。
宮城と福島は隣県同士、新潟や神奈川に起きた事が、宮城では起こりえない、と考える方が無理があります。
私たち農産者でなくとも福島第一原発から100km内外の距離で暮らす人間は、いつも頭の上に糸で吊るされた大きな包丁があるような落ち着かない、不安な日を送っています。
いったいどうなっているのでしょう?
実は東京電力は解らないが半分、そして外に対する広報に関しては、触れなくていいなら触れたくない、というのが半分、それが本音なのではないでしょうか。
東北大学工学部に通う我が家の長男は、大学でいくつか『原子力』に関する単位を取得していたので、意見を聞いてみました。
「(原子力が)実用化されて高々50年程度では、まだまだ解らない事がたくさんある。」
という答えでした。
そう言えば、第二次世界大戦の終了前後、アメリカがアリゾナ砂漠かどこかで原爆実験を行った際の事です。数百名の陸軍の兵士を爆心地近くに『塹壕』を掘って待機させ(核シェルターなんかじゃありませんよ)、爆発直後に爆心地に向かって『進撃』させた記録映画を見た事があります。その後、兵士たちの身に起きた恐ろしい結果と広島・長崎の『原爆症』により、人類は放射能汚染の恐ろしさを知ったのです。

福島第一原発の一号機では、やはりメルトダウンが起きていました。しかし、記者会見で記者が「メルトダウンですよね?!」といくら追求しても、東京電力側は「燃料棒が溶けて下にたまっていますが...」とは答えるものの、決して「メルトダウン」とは言いません。明らかな敗北を「戦略的撤退」と強弁するのに似ています。
日本、いや世界の人々が求める「科学的客観性」はあるでしょうか?

福島第一原発の事故直後、日本はアメリカやフランスの事故処理「協力」の申し出を、「自分たちで処理できるから」と言って断りました。
日本の電機メーカーを中心に、原発プラント輸出国である日本、しかし韓国が急速に追い上げてきています。
「ここで外国の力を借りてしまったら、今後日本は世界に原発を売って回る事ができなくなるのではないか ?! 」
という思惑は働かなかったでしょうか?

しかし、結果として福島第一原発の事故は
1. 周辺国のコンセンサスを得る前に高濃度汚染水を海洋投棄
2. 「できる」と言いいながら、未だ安定化の見通しを立てられない
ことによって、日本人の「信用」をズタズタにしました。

そして国内では福島沿岸の実に10もの市町村を、一時的かもしれませんが「廃市廃町廃村」にしてしまっています。
東日本大震災は「関東大震災に広島原爆投下を加えた程の惨禍だ」という記事を読みました。
しかし、10の市町村をだめにしてしまうとは、もはや福島第一原発の事故は地震・津波の東日本大震災と切り離して、それだけで巨大な災害として認識すべき段階に来てしまっているのではないでしょうか。
地震・津波だけでも未曾有の災害なのに、その被災者をさらに苦しめ続ける巨大な悪魔。
でもそれを作り出したのは何なのか、わたしたち日本人全員が『科学的』に考え続けなければならないと思います。

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漁業・宮城の戦い

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東日本大震災では宮城県の漁船の実に9割が使い物にならなくなってしまいました。気仙沼、女川などの名だたる港は、破壊された上にがれきで埋め尽くされました。がれきは港の海中にも堆積、漁の再開には気の遠くなる程の時間と労力を要する事になりそうです。

『企業化』されているアイスランドの漁業

『企業化』されているアイスランドの漁業

そんな中、村井宮城県知事の提案になる『宮城県漁業特区』構想が波紋を広げています。これまで港港の漁業協同組合にのみ認めていた漁業権を、一般企業にも解放し、宮城県の漁業の復興を早め、ビジネスとしても堅牢なものにしようというプランです。
これに対し、各漁協は「民間企業は採算が合わなくなればすぐに事業から撤退するだろう。我々漁民は、子々孫々まで漁業という事業を継承して行きたいのだ。」と真っ向から反対しています。

5月13日に直接話し合いが行われましたが、議論は平行線です。
でも私はこの際、徹底的に議論すればいい、と思います。
宮城県側は『官僚の作文』と言われないよう、プランを磨き上げるべきです。
漁協側は地元の大学などとも連携し、『先細り』ではない、発展性のあるビジネス・プランを作り上げればいいでしょう。
双方それを持ち寄り、互いに検証し、そして最後は協力して素晴らしいプランを実現するといい。
それこそが政治なのです。

これまでは利害が対立すると、より権力の大きい方、より声の大きい方が相手を押しのけるようにして決めてしまう。
日本人の多くにとってこのやり方が『政治』であり、徹底的に議論してプランを磨き上げる事はしませんでした。
作家の司馬遼太郎さんは欧米人にとっては当たり前の、この『政治手法』を日本人がしないのは、
「日本人は欧米人と比べ、体力が無いからだろうか?」
と嘆いておられました。
自分の側の利害を押し通す人間には『政治力がある』『頼りになる』ともみ手をしてすり寄り、政治に理想を実現しようとする人間は『素人』と言って軽視する。
その結果、「国民は一流だが、政治は三流」と言われる国を作ってしまったのでは無いでしょうか?

阪神大震災の後、神戸では『多国籍企業誘致プラン』なるものが独走し、このためもあって中小の工場や商店の多くが廃業に追い込まれてしまったそうです。

『遅れている』というレッテルを貼られがちな東北ですが、この際これまで日本人ができなかった
『徹底的に議論してプランを磨き上げる』作業を行い、若者もどんどん参加できる漁業を立ち上げていただきたいものです。
だって、東北の人々は器用ではないかもしれませんが、気概も、知恵も、体力もあるはずですから。

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いまだに沈み続ける街

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このところ仙台市内で追突事故が増えている、という話です。前を走っている車が突然減速、後続の車がブレーキを踏むタイミングが遅れて追突するケースが多いようです。
原因は道路の段差。
3月11日と4月8日の地震で仙台市内は、ちょっと上から見れば油で揚げたせんべいの様にひびだらけになってしまいました。

オランダ伝統の建物 1975年発行

オランダ伝統の建物 1975年発行

一番ひどいのは川の周辺で、特に高さがそのままの橋と陥没してしまった道路の継ぎ目には大きな段差ができています。知らずにスピードを出したまま突っ込んでしまうと車は大きくバウンドし、場合によってはこわれてしまう場合も。
さすがに震災から2ヶ月が過ぎ、あちこち補修はしてあるものの、アスファルトで隙間を埋める程度の応急対応のため、どの道路もスピードは出せません。しかし、着実に回復には向かっているようです。
ところが、仙台市内のある場所は、どう考えても「沈み続けて」いるようなのです。

今回の2度の地震で最も被害の大きかったのが、仙台駅東口から仙台港までを含む仙台市宮城野区ですが、この沈み続けていると思われる『小鶴新田(こづるしんでん)』地区はそのちょうど真ん中あたりにあります。
この辺りは、15年前は一望の水田でした。
しかも......
大雨が降ると『必ず』水没する地区だったのです。
このあたりはしばらくの間、私の通勤路になっていました。
けれども一帯の水田の中央にあった大きな十字路は大雨が降るたびにその真ん中が水没し、他の経路を捜して迂回しなければならないのが常でした。
ところが、15年程前から工事が始まり、一帯の整地を始めたので、
「ああ、また団地の造成か....」
と思ったものです。
ところがこの整地事業、予定より大幅に遅れたようです。
原因は『陥没』。
土盛りし、整地が終えたと思うと、どこかが沈み始める、という話でした。
遅れに遅れた整地事業のようでしたが、平成15年頃から住宅などが建ち始めました。
そして今回の震災。
古い文書で確認すると仙台港からこのあたりまでは一面の湿地帯で、野鳥の宝庫であったようです。そこを徐々に埋め立て、主に水田にしてきました。
実は私が勤めている会社の社屋は以前はこの地区にありました。
地盤沈下が日常的に起き、一度地盤を強化するために『強化パイル』という大きな鉛筆型のコンクリートを地盤に埋め込むことになりました。
鉛筆を地面に突き刺すようにして、ボーリング機械で上からたたき、徐々に埋め込んで行く作業を行います。
ところが、パイルは一度たたいただけで数十センチも「ズブズブズブッ」とめり込んで行きました。
それをきっかけに会社は真剣に移転を検討し、少し離れた『元湿地帯』以外の場所に移転しました。

そして3月11日の震災。
ガソリン枯渇騒ぎのため、私はしばらく自転車通勤。
その行き帰りに小鶴新田を通りましたが、私が住んでいる宮城野区鶴ヶ谷という丘の上と比べ、被害がひどいのに驚きました。
一番驚いたのはオール電化住宅などに設置される『エコ給湯器』が、あちこちにゴロンゴロン転がっていたこと。
我が家にも同じものがありますが、確か一台80万円以上したはずです。
この倒れた高額の給湯器、一週間以上そのままでした。
そして道路の損傷と浮き上がったマンホール。道路は沈み込んでいるのに対し、マンホールは地震で地盤が液状化した場合には「浮き上がって」しまうようですが、ひどい所は50センチ以上浮き上がっています。
褐色のレンガを埋め込んだ瀟酒な歩道は、平面のはずが高い低いの2ウェイになり、道沿いには基礎が大きく「浮き上がった」新築マンションも。

ここに住む多くの住民の方は、この地の以前の姿をご存じなかったのでしょうが、それにしても不運としか言いようがありません。
今回の震災の住宅の被害は、仙台市郊外に「造成された」団地で多かったようです。
人間のなし得る業の限界と自然の破壊力のすさまじさ。

一方、古くから人が住み続けた仙台市の旧市街は、瓦屋根の類いは大きく損傷したものの、あまり大きな被害はなかったようです。
旧市街でも仙台駅東口の再開発などが進んでいますが、まだまだ無人の古いビルなどが林立する地域もあり、土地利用はうまく行ってはいないようです。
しかし、今回の震災はやみくもな土地造成がうまく行かない事を証明してみせました。
人間の手ワザによって土地はどうにでもできる、と思い込んでいた私たち。
地球は今度の震災によって、それが大きな間違いである事を教えたのかもしれません。
震災後に私たちが考えなければならない事のひとつに、自然と共生する『先人の知恵』を加えてもよさそうです。

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アフリカの部族長会議と日本の国会議事堂

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案の定、と言うべきか、果然と言うべきなのか、5月10日朝、NHKが伝えた『自民党執行部、震災復興会議への参加を拒否』というニュースは、岩手・宮城・福島3県の被災者をおおいに失望させたに違いありません。

『カカオの収穫』1948年イギリス領ゴールドコースト発行

『カカオの収穫』1948年イギリス領ゴールドコースト発行

いわく
「震災復興会議は菅首相の個人的な諮問機関だから」
「それより国会で菅首相の責任追及をする」
というもので、被災地の現状、そして被災者の人々の事がその視界のどこにあるのか?と尋ねたくなります。
震災復興会議が形式上「個人的な諮問機関」であるにせよ、総理大臣の諮問機関である以上は国政に反映される確率はかなり高いはず。
それに参加したくない、という背景に
「どうせ良い意見を出した所で、みんな現政府の得点になり、俺たちが評価される訳じゃない。」
という本音が透けて見えます。
『国会議員』として国から報酬を支給されている以上、評価されようがされまいが、
がれきだらけの被災地の復興の道筋を作り、
家族や家を失ってしまった人々の救済を一刻も行うことは、
選択の問題ではなく義務なのではありませんか。
私は別に管氏の支持者ではありませんが、「国会議員」は国から議員報酬を何のため受け取っているのですか?
あさましい限り、そんな言葉しか思い浮かびません。

かつてアフリカのある国の部族長会議、というのをテレビで見た事があります。
議題は国連からの援助金の使い道についてでしたが、会議の始まりから終わりまで、部族長たちは
「俺に金をよこせ!俺が分配してやる。」
「何を言ってるんだ、俺によこせ。」
「いや違う、俺だ。俺に金をよこせばいいんだ」
しか言いません。延々とこれが繰り返されたあげく、会議は結局物別れ。私は半分口を開けて、あきれて見ていました。
部族長たちの会話の「金」の部分、「政権」に変えてみてください。
どっかの国の国会議事堂の中って、こんなんじゃありませんか?

でも、我が国の「部族長」を選んでいるのは、私たち国民、私たち日本人なのです。
そろそろ、政治家に対する「甘い選択」、見直さないと私たち自身が「救われない」ことになってしまいます。

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Power to the Old People  and They can give power to the World!

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『倒れて後已(のちや)む』
という言葉があります。死ぬ瞬間まで、何ごとか志している事を続ける、という意味です。

プロヴァンス地方の人形 1977年発行 フランス赤十字切手

プロヴァンス地方の人形 1977年発行 フランス赤十字切手

今回の大震災では、多くの高齢者の方が亡くなられましたが、中でも車椅子の方や普段から救命装置などをお使いの方の致死率が高いものになりました。
私自身、震災前から憂いていたのが、介護を必要とされる高齢の方の多さ、痴呆とされる高齢の方の多さです。
私がまだ子供だった頃は、このような状態の高齢者の方は今程多くなかったように思います。
「日本人の寿命が延びたのだから仕方が無い。」
確かにそうかもしれません。私の生まれた1950年代には61歳だった日本人の平均寿命は2000年には81歳になっていますので、実に20年も伸びています。
61歳はという年齢は、今なら仕事でもゴルフでも問題なく何でもこなせる年齢ですから、今では寿命という観念はありません。
では翻って、81歳なら歩けなくなっても、痴呆になっても、仕方が無いのでしょうか。
私は要介護も痴呆も、ある程度現代社会によって『作られている』という面が否定できないと思います。

例えば多くの高齢者の方が服用する『高血圧の薬』、すなわち降圧剤。
年齢が上がると人間の体は、全身によりいっそう多くの血液を送り込もうとする結果、血圧が上がって行きます。
これは病気でしょうか?
これは病気ではなく、人間が自分の体を守ろうとする生理現象です。
高脂血症や糖尿病の方の場合は血管に障害が起きやすく、高血圧によって過大な圧力がかかった場合血管が破れて、脳溢血などを起こすリスクが高くなります。
これらの状態に陥ってはじめて病気と言うべきでしょう。
では血管に問題が無い方が降圧剤をのめばどうなるでしょう。
体内の各所に送り込まれる血液の量が減少する結果、脳は軽い虚血状態に陥り、痴呆や脳梗塞の症状が進行するリスクが発生します。そして十分な血液が送られなくなった手足は疲れやすくなり、運動する意欲が減退して行きます。

そして、
「おじいさんは、そんな事しなくていいですから。」
「おばあさんがやると遅くなりますから、あちらで休んでてください。」
という待遇。
社会を動かす、という役割から追い出されてはいないでしょうか。
手も頭も働かす機会を奪われ、その結果痴呆が進行して行く、そんな図式が出来上がっているような気がしてなりません。

いずれも高齢だから「なってしまう」のではなく、高齢を理由に「そうされてしまっている」のではありませんか?

私は、どんな高齢の方でも、志せば、私たちの社会がこの震災を乗り越えるための作業に参加していただけると思っています。
そしてその方が、車椅子に座らせたまま傍観者でいてもらうより、ご本人たちにとってもずっと幸せであると思います。
長い風雪に耐えてこられたご高齢の方々は、震災から立ち上がらなければならない今こそ、『倒れて後已(や)む』ことを望んでおられるような気がします。

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アメリカ外交のウラワザめっけ – アメリカのニュース深読み〈1〉-

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5月2日以降、7日になってもアメリカのニャース番組のトップは相変わらず『ウサマ・ビン・ラディン』殺害です。6日のニュースでは日本のニュースでは絶対やらない、SEALS(アメリカ海軍特殊部隊)がビン・ラディンの隠れ家( 英語で hideout - hide の意味は〈隠れる〉ですから解りますが、じゃなぜoutなのでしょう? 答えは out of the eyes of people、人々の目線の外、つまり〈人の目に触れない〉という意味の out なんですね。)に突入後、殺害するまでの一部始終をCGで再現したものを放送していました(NBC nightly news 11/5/5)。

アメリカ海軍 1945年発行

アメリカ海軍 1945年発行

この中でSEALSは建物の外と階段で、それぞれ男を計2人殺害するのですが、注目すべきは彼らをニュースでは何と呼んでいるか⁈
日本のニュースでは『身の回りの世話をする男性』となっている2人、アメリカのニュースではABCもNBCもCNNも、彼らを『Stranger』、つまり『身元のはっきりしないのヤツら』と言っているのです。
アルカイダの『テロリスト』とも言ってないし、『ボディガード』とも言わない訳です。
アメリカの各局が共通してそう言っているという事は、海軍の発表がそうであった、という事で、国務省(アメリカには外務省は無く、外交は国務省の管轄です)と打ち合わせた上での呼び方だと思います。
実はこれ、パキスタン政府への脅しだと思うのです。
今回、ビンラディン容疑者が殺害されたとされる場所は、首都イスラマバード北方のアボッダバード近郊。人口数十万人のこの都市は、植民地時代の大英帝国軍が大規模訓練基地を置き、独立後はパキスタン軍がそのまま受け継いだ「軍城下町」として知られていたそうです。
当然ながらパキスタン軍関係者が『ビン・ラディンをかくまっていた疑い』が浮上する訳です。
そして『Stranger』2人。
ビン・ラディンの直接の関係者が妻や子であれば、隠れ家の外に出て各種の連絡に任じたり、用事をするのは『身の回りの世話をする男性』の役目になるはず。しかし、アメリカ当局に身元が割れているようなアルカイダのテロリストが出たり入ったりすれば、それだけでアウトっ!
そこで考えられるのが、アルカイダとの関係が疑われているパキスタン軍特殊機関の人間になるわけです。
パキスタン軍特殊機関の人間なら「軍城下町」のどこをうろつこうが、目立つはずがありません。
アメリカはパキスタン政府に対し
「この男2人はパキスタン軍の関係者じゃないのか?! そうだろ、そうなんだろ?! .......今後の態度次第では......わかってるね?! 」
というメッセージを『Stranger』というたった一言に込めているのではないでしょうか?
そのたった一言を、ABCもNBCもCNNも一斉に発する。
すると、パキスタン政府は震え上る......「やばっ...」
こういうのは日本のニュースを聞いていたって、さっぱり解りません。

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動物と子供たちの詩

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『東日本大震災で被災した人たちを励まそうと10日、阪神大震災で親を亡くし、あしなが育英会の奨学金を受けている大学4年、西山雅樹さん(23)=東京都清瀬市=や高校3年、内海博之さん(17)=神戸市=ら数人が宮城県内の避難所などを訪問した。

フインランド 2004年発行

フインランド 2004年発行

 2グループに分かれ、西山さんらは津波で亡くなった同会奨学生、松木大典さん(当時高校1年)の仙台市若林区荒浜の自宅跡付近で花を供えた。さらに、仙台市や名取市の避難所を訪問。西山さんらが自身の体験や思いを語ると、涙を流す被災者もいた。
 阪神大震災で両親を亡くし祖父母に育てられた西山さんは「生きるのがつらいと思った時期もあったが、仲間があってここまで来られた。絶対にあきらめないで」と訴えた。』

ちょっと古くなってしまいましたが、4月10日の毎日新聞の記事からの抜粋です。
わたしはこの『あしなが育英会』があってくれて、本当に良かった、ありがたい、と思っています。
カーペンターズに『動物と子供たちの詩』というヒット曲がありますが、歌いだしは

Bless the beasts and the children
For in this world they have no voice
They have no choice

動物と子供たちに幸いがありますように
なぜなら彼らはこの世界では声をあげる事ができないのです
彼らには選ぶ権利も無いのです

というもの。まさにその通りで、今回の震災でも親兄弟を失った子供たちが130人以上生まれてしまいましたが、彼らはカメラやマイクの前で何かを訴える事もできません。
震災の当日、母親を失ったばかりの幼児に向かって、「お母さんが死んじゃったよ」とマイクを突きつけた東京のテレビ局の大馬鹿者がいましたが、こうした度を超した理不尽にさえ抗議の声もあげられません。
傷つけられれば、傷つけられたまま生きて行かなければならない可能性もあります。
現に親の虐待によって、想像もできないつらい目に遭わされる子供が後を絶ちませんが、
「虐待されています」
と声をあげられる子供などいないのです。

今回の震災では、宮城・岩手・福島の3県で130人を超える子供が親を失ってしまいました。
子供たちの社会は、実は親がそのコミュニティ作りに大きく関与しており、子供だけになってしまったら社会と関わる事すら難しくなります。
それを日本で、記事にもありましたが、互いに『仲間』となることで支え合い、遺児たちがしっかり社会に足場を築いていけるようにしているのが『あしなが育英会』だと思います。
小説『あしながおじさん』はアメリカの児童文学者ジーン・ウェブスターの作品です。
匿名の後援者が孤児となった1人の女の子の成長を支えるお話ですが、日本でもテレビアニメ化されるなど、世界的な人気を誇ります。
「人間讃歌」として非常に魅力的な作品ですが、日本のあしなが育英会も、遺児たちが現実の人生の中で「人間讃歌」を聴く事ができるようにがんばっています。

我が家にはまだ大学生がいて学費もかかり、少々家計が窮屈ですが、ずっと定期的な寄付ができないか考えていました。ホームページ(http://www.ashinaga.org/)を検索し、年1回から12回まで、金額も500円以上なら自由に設定できる事がわかり、「ああ、これなら自分でもできる。」と、ささやかながら定期的に寄付を始めさせていただく事にしました。
クレジットカードを使った手続きも簡単でした。

Bless the beasts and the children
Give them shelter from a storm
Keep them safe
Keep them warm

動物と子供たちに幸いがありますように
彼らに嵐から避難する場所を与えてください
彼らを守ってください
そして凍えないようにしてください

『動物と子供たちの詩』、歌詞の最後の部分です。

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きちんと話し合おう

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今回の福島第一原発の事故に対する日本の対応の中、最も世界の信頼を裏切った行為は「放射能汚染水の海洋投棄」であったでしょう。韓国政府は声明を発し、アメリカや台湾のメディアは大きく報道しました。
私は人間の中で最も愚かな人間は、物事の軽重が - 何が大切で、何がそうでないかが - 解らない人間だと思っています。
いま、世界の中で日本の姿がどう映っているのか、この点において非常に気になるところです。

1988年 オーストラリア発行

1988年 オーストラリア発行

4月23日土曜日、オーストラリアのジュリア・ギラード首相が宮城県の南三陸町を訪問、子供たちにコアラやカンガルーのぬいぐるみをプレゼントし、被災地の人々を激励しました。外国の首脳として、初めて被災地を視察したことになります。南三陸町は、震災直後にオーストラリアの救援隊が派遣された町で、首相自身が視察を希望していたとのことですが、25日の中国訪問の前に日本に立ち寄った理由はそれだけでしょうか。
日本は近年オーストラリアにとって政治経済の上でなつながりが増しています。資源・食料の輸出先として、今度の震災がその経済にどれだけ影響するのか、まずはその確認が目的の来日であろう、とは容易に想像がつきます。次に、人道的見地から日本に対する援助につき、日本政府と話し合うつもりだったのではないでしょうか。
コアラのぬいぐるみを配るために、一国の首相がわざわざ来日するはずがありません。
「日本の政府当局、話し合うに値せず」
オースラリアの女性首相が出した結論がそうでない事を願うばかりです。

それにしても、日本の政治家の外交感覚の欠如には唖然とさせられるときがあります。
『民主党の鳩山前首相は(5月)5日、中国の習近平国家副主席と北京の釣魚台国賓館で会談した。鳩山氏は東京電力福島第一原子力発電所の事故について、「空と海が毎日汚染されてしまっていることを申し訳なく思う」と陳謝した。』
などは、その最たるものです。
科学的根拠に基づく話し合いも何も無く、求められていないにも関わらず、突如相手に媚びるがごとく「謝罪する」。
こういう軽率さは自国にとって不利であるばかりでなく、場合によっては相手国の政権も望んではいないその国の「タカ派的意見」に火をつける結果にもなりかねません。
加えて中国との間には、中国が発生源となっている汚染物質の日本への飛来を始めとする、環境に関する問題も山積しており、環境汚染に関する話し合いについては慎重の上にも慎重な対応が求められます。
それが突如の一方的な謝罪。
日本外交の対外感覚の無さ、その最も悪い例を、元首相がやってみせる所が「日本外交」の悲しい所です。
こんな事をするから、サクライさんなんていうおばチャンが「キレ」てしまうのです。
周辺国とは当面の対処についてはもちろん、できれば根本的解決方法に関する意見交換などを行えばいい、つまりはきちんと話し合う事が必要なのであって、そうした不断の努力と姿勢が相手の信頼を得る唯一の方法でしょう。
それが
「ぼく、日本の元首相。ごめんなさいね。」
これで得られるのは、相手の信頼ではなく、侮(あなど)りです。

最も親密な国、アメリカの援助は今回、被災地の復興に大きく貢献しました。
米軍の持つ特殊車両は災害地での道路確保に、屈強な海兵隊員は鉄道の復旧などに大きく貢献しました。
私たちがアメリカに対し、感謝と信頼の気持ちを強くしたのは、「トモダチ作戦」などというネーミングではなく、ひとり一人のアメリカ兵が被災地で見せてくれた自衛隊との協力、地道な努力、取り組みであったはずです。
そして、アメリカ国内での日本支援の様々な動き。
これらが結実して行くのが『外交』なのであって、自分1人がちょっとワカってるようなフリをするのは外交でもなんでもなく、敢えて言うなら『害口』......

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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