ホーム » エッセイ » 【 核(放射性)廃棄物、それは一刻の猶予もならない課題 】[ル・モンド]
「原発の近くの木々は実をつけなくなり、庭木は枯れ、子供たちの体調も良くない」
『貧しさのにおい』を嗅ぎつけ、『札束を突きつける』原子力発電業界
ミレル・ブラン / ル・モンド 2011年9月8日
ルーマニアで唯一の原子力発電所は1996年以来、黒海に近いこの場所で運転を続けています。今、この近くに核廃棄物貯蔵施設の建設が予定され、もし原発事故が発生した場合、核廃棄物の存在がどれ程災害を拡大することになるのか人々の懸念が深まっています。
埃っぽい道があり、水道設備も無く、公共の照明と呼ぶには値しないような街灯しか無いサリグニの町は、あらゆる意味で典型的なルーマニアの農村です。
しかしこの町は今変化を待っています。
国の南東に位置する黒海からさほど遠くない場所にある、この村の石灰岩の岩盤の上に、チェルノボダ原子力発電所から出る核廃棄物の貯蔵施設の建設が予定されているのです。
2011年8月2日、国の核廃棄物・放射性廃棄物管理機関(AN&DR)が提案したこのプロジェクトについて、地方政府にゴーサインが出されました。
しかし地元の農村の人々は、日本の福島第一原発を襲った事故の記憶に未だに動揺が続いていました。
「我々 は村のすぐ近くに、巨大な爆弾を抱えてしまうことになる。」
サリグニに住むフローラン・ゲオルゲの発言です。
「もしチェルノボダの二つの原子炉に何かあれば、福島の事故よりもっとひどいことになってしまう。」
サリグニの村長、ガブリエル・タツレスクの意見は、村民とはまるで違っています。
「ただそこで待っているだけで、たくさんの恩恵が向こうからやって来るんだよ。整備された道路、上下水道、そして照明システム。簡単には手に入らない物ばかりじゃないか。私たちはできるだけ多くのインフラ整備をしてもらえるように、これから交渉するつもりだよ。何があっても、私は住民投票を行うつもりだよ。」
確かに貧しい村ですが、その歴史は輝かしいものです。
フランス系住民の息子で教師として働くためアルザスに行ったアンヘル・サリグニは19世紀後半、ルーマニア国内で橋や道路建設を行った先駆者でした。
特に彼がチェルナボダでドナウ川に架けた素晴らしい橋は、彼の名を不朽のものにしました。
そして1910年、彼はルーマニアの公共事業を担当する大臣となり、この国には経済発展のブームが訪れました。
しかし第2次世界大戦の終了によってこの国が共産主義国家となるに及び、その途は絶たれました。
▽ サリグニはすべての条件を満たしている
それから40年後の1980年代、チェルナボダは当時の独裁者ニコライ・チャウシェスクによってこの国唯一の原子力発電所建設用地に選ばれました。
原子力発電所建設を進めた他の東側諸国の指導者と異なり、彼はこのプロジェクトにソ連の参入を認めませんでした。代わりに彼はカナダと提携し、彼は天然ウランと加圧重水を使用する2基のCANDU型原子炉を建設したのです。
長期的にはこの技術は、ルーマニアに核兵器を提供することになっていました。しかし1989年に共産主義政権が崩壊し、ニコライ・チャウシェスクが処刑されることによりその計画は棚上げされました。
革命の影響によりルーマニアでは、経済的にも政治的にも混乱が続いたため、チェルナボダ原子力発電所では計画されていた最終的に5基になるはずの原子炉の建設計画が、資金不足のため延期されました。
結果的には7年が過ぎた1996年、チェルナボダにおける最初の原子炉が稼働し、2007年に2基目が稼働しました。
今日ではこの2基の原子炉が発電する750メガワットが、国内総需要の2割をまかなっています。
高レベル放射性廃棄物が発電所施設内に格納される一方、低レベル放射性廃棄物の量が増え続けるとともに、それをどう格納・保管するかが問題になってきました。
国の核廃棄物・放射性廃棄物管理機関が指揮してチェルナボダ周辺の37の町村の綿密な調査が行われ、専門家は原子力発電所が排出する低レベル放射性廃棄物の格納・保管場所として、サリグニが最もふさわしいと結論づけました。
40ヘクタールの敷地が用意され、3段階の放射性物質を格納する64のコンクリート製の貯蔵庫を持つ核廃棄物貯蔵施設が建設される予定です。
2019年に稼働を始める予定のこの施設には、チェルナボダ原子力発電所から2110年まで排出される核廃棄物を貯蔵するのに、充分な収納能力を持っています。
ルーマニア政府はEU以外からも投資を募ることにしました。
プロジェクトの第一段階で、全体予算3億4,000万ユーロ(340億円)のうち、まず1億8,000万ユーロを使って地下貯蔵施設を建設します。
「私たちは地元の人々の合意を得なければなりません。近く、議論の場を設けるつもりでいます。」
国の核廃棄物・放射性廃棄物管理機関の長官、イオン・ナスタチェスクがこう語りました。
「人々に今回の建設事業が妥当なものであり、建設されるのは信頼性の高い処理施設出せという事を理解してもらわなければなりません。私たちは将来の世代に、危険なものを押しつけるわけではないのです。」
しかし建設プロジェクトは、まだ村人全体の同意を取りつけたわけではありません。
村人の一人、ミルチア・イオンはこう語りました。
「私は賛成できません。私たちはすでに原子力発電所だけで、様々な問題に直面させられました。ここらの木々は実をつけなくなりました。庭木は枯れ、子供たちの体調も良くありません。」
「建設推進者なんか、恐ろしい廃棄物貯蔵施設と一緒に地獄に堕ちてしまえばいいんだわ!」
福島の大惨事があったにもかかわらず、ルーマニア当局は今後数十年間にわたる原子力開発計画を見直そうとはしていません。
その計画には官民の共同出資により40億ユーロを費やして、チェルナボダにさらに2基の原子炉を建設する計画が含まれています。
しかし2011年1月になって、プロジェクトのため合同企業体を構成していた5社のうち、フランスのGDF -スエズ、ドイツのRWE、スペインのイベルドローラの3社が参加を取り下げることにしました。
このためルーマニア政府はEU以外の企業に門戸を開放、現時点で中国広東省の企業と韓国の国際原子力コンソーシアム(KEPCO)が関心を示しています。
長期的にはルーマニアは、国の中央部に第二の原子力発電所を建設する計画で、この将来の施設からの廃棄物もサリグニに持ち込まれることになります。
今はっきりしていることは、中央政府にこの計画を取り下げさせるだけの反対運動が、地元で見られないという事です。
http://www.presseurop.eu/en/content/article/928691-nuclear-waste-explosive-subject
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今日から原発問題について、新たなシリーズ[ 原発とは人類にとって何なのか、何だったのか?! ]を始めたいと思います。
それぞれがまったく別個に発表されたフランス、イギリス、ドイツ、そしてアメリカの記事を組み合わせ、改めて原発の本当の姿について考えてみたいと思います。
これまでは、目につく記事を片っ端から翻訳して紹介する、というやり方でした。
しかし、このやり方では伝わるべき事が伝わらないのではないか、という懸念が絶えず私の中にありました。
少し時間がかかる事になりますが、すべてに目を通していただけば、見えてくるものが必ずあると思います。
以下の順でご紹介する予定です。
1. 核(放射性)廃棄物、それは一刻の猶予もならない課題 - ル・モンド(フランス)
2. 想定外とは?! - ニューヨークタイムズ(アメリカ)
3. フクシマ - それは津波という地獄を見た日本人が、決して見たくなかったもの - ガーディアン(イギリス)
4. 2027年 - フランスの原子力発電がデッド・リミットを迎える?! - ドイチェ・ベレ(ドイツ国際放送)
5. 原発、それは自信過剰の単純思考が生んだ暴論の産物 - エコノミスト(イギリス)
6. 核(放射性)廃棄物 - 貯蔵する場所はもう無い - ニューヨークタイムズ(アメリカ)
7. 再生可能エネルギーに大きく舵を切り始めたアジアの国々 - AOLエネルギー(アメリカ)
多少予定が変更になるかもしれませんが、以上の7つの記事は必ず掲載します。
ぜひ、ご一読をお願いします。
そしてできれば、今年早々ご紹介した2本の記事
[ 原子力発電の欺瞞に満ちたプロパガンダ、そして大事故は「もうたくさん!]ヘレン・カルディコット(ニューヨークタイムズ)
【ついに連続殺人鬼の正体を現した、核の『平和』利用・原子力発電】チップ・ウォード(ル・モンド・ディプロマティーク)
の内容を前段の知識としてお持ちの上、読み進めていただけば、さらにはっきりとしたものが見えてくると思います。
よろしくお願いします。
なお、下記の記事で『クリーンな温室効果ガスを排出しない技術』とありますが、『原発の有毒核廃棄物を処理し、安全に貯蔵し続けるための設備の維持に、大量の二酸化炭素を放出』していることを指摘する記事をすでにご紹介しています(http://kobajun.biz/?p=1612)。
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【 原子力発電の60年 】
シフラ・ミンツァー / AOLエネルギー 2011年12月20日
アルゴンヌ国立研究所の責任者ウォルター・ジンが彼の備忘録にこう記してから、60年の月日が経ちました。
『核エネルギーにより発電、概算で45kw』
1951年12月20日午後1時23分、原子力発電により初めて生まれた電気が研究室の4つの電球を点灯しました。
業界は、そのクリーンな温室効果ガスを排出しない技術を売り込むのに対し、反対派は原子力発電の危険性の証拠として、福島および他の原子力事故を引用し、60年後の今、原子力発電は激しい議論の的となっています。
アメリカ国内では既定路線通りに新たな原子力発電所の建設が行われていますが、世界的には原子力発電のシェアは減少しており、これに合わせ古い原子炉を廃炉にし、新たな原子炉との交換が行われています。
合衆国エネルギー省はこのビデオを公開するにあたり、原子力発電政策の進行をアピールするだけでなく、安全性を高めるためより小型の原子炉建設に投資し、大型の原子炉を建設するより費用の軽減にもなることを広報しています。