ホーム » エッセイ » 数々の欺瞞(ぎまん)が原発被災者を追いつめた
小説家柳美里氏:オリンピックが福島の再生に貢献することはない
被災した故郷に帰還を果たした被災者の生活は変わった…なお一層悪い方へと
山口真理 / AP 2020年12月23日
作品「東京上野駅」が2020年全米翻訳文学賞を受賞した日本人作家の柳美里氏が東京で行われた記者会見で、作品の中で主人公の男性が自殺する上野公園が、来年の夏のオリンピックに向け極めてきれいな外観を整えていると語りました。
しかしながら新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化し、原子力発電所事故を起こした福島の事故処理が遅れに遅れている状況の中、外観だけを整えても人々の心に希望の火を灯すことはできないだろうとも語りました。
上野公園は、福島の季節労働者である主人公のカズが人生を閉じる、柳氏の受賞作品『JR上野公園口』の主要な舞台です。
主人公の老人はかつて1964年の東京オリンピック大会の1年前、建設工事のために日本の首都に初めてやって来ました。
柳氏は12月23日の東京記者会見で、つい最近公園を訪れた際にきれいになっていたことに驚いたものの、小説を執筆する際ホームレスの人々にインタビューをした場所がほとんど消滅していたと語りました。
2014年最初に日本で出版されたこの作品は、柳氏の多くの小説の共通のテーマである帰る場所を持たない季節労働者の生活を描いています。
物語は10年以上前、公園内を不法占拠した場所に段ボール箱とブルーシートで作られた小屋を作って暮らすホームレスの人々に彼女自身が行ったインタビューに基づくものです。
柳氏はさらに、2011年3月に発生した福島第一原子力発電所のメルトダウンの1年後に開始した臨時災害放送局のパーソナリティを務めた際に話を聞いた、約600人の被災者の体験にも多くのことを触発されたと語りました。
福島第一原発の3基の原子炉のメルトダウンにより大量の放射性物質が外部に漏れ出し、周辺地区の大規模な放射能汚染が発生、汚染により人間が入れなくなった場所や汚染が懸念される場所から16万人もの人々が避難しなければならなくなりました。
日本政府は2020東京オリンピックに先駆けて復興が進んでいるという印象を広く普及させようと、こうした場所のほとんどが居住可能とされましたが、実際に戻ってきたのは高齢者がほとんどでした。
家族の多い家庭、特に小さな子供がいる家庭は、放射能汚染の懸念、従事していた仕事がなくなってしまったことに加え、地域コミュニティがほぼ壊滅してしまったため、元いた場所で生活を再開するる予定はないと語っています。
しかし柳氏がこの著作を完成させた後、福島県内の被災地に戻った人々の生活は大きく変化しました、なお一層悪い方へと…
日本国内でオリンピックに向けた準備が進む中、福島の住民の間では孤立感が深まっていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大がその状態を一層悪化させたと柳氏が語りました。
柳氏は南相馬に移住し、原発事故で避難を強いられた地元の人々が旧交を温める場をつくることができればと、ブックカフェをオープンしました。
「原発事故と新型コロナウイルスの感染拡大、その両方が今の社会のゆがみと不平等を明らかにしました。」
柳氏がこう語りました。
「多くの人々は、希望のレンズではなく絶望のレンズを通して現実を見なければならなくなりました。」
「『JR上野公園口』が描き出したストーリーが被災地の人々の心を捉えたことが、この本が広く読まれるきっかけになったのではないでしょうか。」
柳氏は福島第一原子力発電所事故の被災地の復興は十分ではなく、オリンピックのための準備が復興事業から予算も人も奪い取り、事故収束作業や復興を遅らせている原因の一つになっていると語りました。
「東京2020オリンピックの開催を決定する前に、まず先に復興の進捗状況を確認する必要がありました。」
当初2020年7月に開催が予定されていた東京2020オリンピックは、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大を受け、来年2021年の夏まで延期が決定しました。
柳氏がインタビューを行った人々の多くは、戦後の日本経済が高度成長を実現させていた間、季節労働者として東京で働いていました。
ようやく故郷に戻って穏やかな引退生活に入ろうとしたまさにその時、彼らは福島第一原発事故により住む家を失ったのです。
「男はそれが逆さまの運だと私に語りました。そしてその言葉はとげのように私の胸に刺さったのです。」
柳氏がこう語りました。
柳氏はホームレスの男性との過去の会話の中から、棘のように胸に突き刺さった別の言葉を思い出しました。
その男性は柳氏に、屋根と壁に囲まれて暮らしている人は、屋根も壁もない暮らしをしている人の気持ちを理解できないと語ったのです。
「こうした理由から私はカズという男性が外的要因によってではなく、自らの意思で死を選んだという話を書いたのです。帰る場所がある人に、彼の気持ちを伝えられるのではないかと考えたのです。」
柳氏がこう語りました。
「小説家としての私の仕事は、外側にあるカメラで彼あるいは彼女を映し出すと同時に、そり内面をも描写することです。」
日本で生まれ育った韓国人の柳氏は日本語で小説を書き、1997年の「ファミリーシネマ」で芥川賞をはじめ数々の日本の文学賞を受賞しています。
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一つの嘘をつくとその辻褄を合わせるためにいくつもの嘘を重ねることになり、やがて嘘をついた人間の崩壊へと繋がっていく。
それが世の常と言うべきですが、日本政府の官僚や電力会社の役員等がついた嘘は必ずしも彼ら自身の身の破滅にはつながりません。
彼らは虚言を弄した挙句、逃げてしまう…
それを福島第一原子力発電所事故によって私たちは目の当たりにさせらました。
そして極めて残念なことには、破滅に近い状況に追いやられたのは最も弱い人々でした。
福島第一原子力発電所の事故発生から10年経とうが20年経とうが、私たち日本人はそのことを忘れてはなりません。
でなければ、今以上に日本人の劣化が進むのではないでしょうか?