ホーム » エッセイ » 【 責任を負うべきなのは日本政府と東京電力 】
福島第一原発の事故は「予測可能」だった、したがって「事故の発生を防ぐことは可能だった」
被災者にされた住民が直面させられた精神的な苦悩について、十分な評価が行なわれたかどうか、大きな疑問がある
モトコ・リッチ / ニューヨークタイムズ 3月17日
3月17日金曜日、東日本地区の地方裁判所は2011年3基の原子炉がメルトダウンし、一時は160,000人が緊急避難を強いられた福島第一原子力発電所の事故について、管理していた日本政府と電力会社が事故を未然に防ぐための対策を怠っていたとする判決を行いました。
2011年3月に襲った巨大地震と巨大津波がきっかけとなり、福島第一原発の3基の原子炉がメルトダウンを引き起こした事故について、日本政府、東京電力の双方がその責任を負うべきであると日本の法廷が判断を下したのは初めてです。
現在日本の各地で生活をしている約12,000人の避難民が何十件もの同様の訴訟を起こしていますが、今回の判決が影響を与えることは必至と見られています。
群馬県の前橋地方裁判所が行なった判決に関する日本国内のニュース報道によると、判決文の中で群馬県の前橋地方裁判所は1986年に発生したチェルノブイリ原発事故以降世界最悪の規模にまで拡大した福島第一原発の事故について「予測可能」であり、したがって、「事故の発生を防ぐことは可能だった」と結論しました。
法廷は日本政府と東京電力に対し、そして福島第一原発の周辺の市町村から避難し、現在は群馬県で暮らす62人の住民に約3,800万円の損害賠償を払うよう命じました。
個人によって差がありますが、1人当たり約60万円の賠償額が算定されました。
この訴訟では137人の元住民が一人当り1,100万円の損害賠償を求めましたが、判決は半分の原告に対する損害賠償を認めました。
原告の半数は日本政府に避難を命令された人々ですが、残り約半分は自主的に避難した人々です。
賠償額は一人ずつ当時の状況を検証した上で決定されました。
裁判所は第一原発周辺の福島県の市町村から避難した約160,000人の人々がこれまで日本政府や東京電力から十分な損害賠償を受け取っているかどうかを検証しました。
これまで約90,000人が帰還、あるいは別の場所に定住しています。
東京電力はすでに約7兆円の賠償金を支払っています。
裁判で原告側は日本政府と東京電力が、発生する可能性のある地震のマグニチュードと津波の高さについて適切な予測を行い、それらから原子力発電所を守るための設備をもっと充分に行うべきであったと主張しました。
2011年3月11日、東日本の太平洋岸地域一帯を襲った巨大地震と高さ約17メートルの巨大津波が福島第一原子力発電所の防波堤を破壊、大量の海水が敷地内に流れ込んで建物を進水させ、停電時など緊急事態が発生した際に重要な機器を作動させ続けるために必要なディーゼル発電機を破壊しました。
東京電力は17日判決が言い渡された後、自社の責任を否定しない内容の声明を発表しました。
「わが社の原子力発電所が事故を起こしたことにより、福島及びその他の場所で暮らしておられた方々に、耐えがたい苦しみと将来に対する大きな不安を与えることになってしまったことについて、改めて衷心よりお詫び申し上げます。」
東京電力の広報を担当する伊藤氏がこう語りました。
「今日前橋地方裁判所で下された判決文を精査の上、今後の対応について検討を行う予定です。」
安倍内閣の菅義偉官房長官は、日本政府は判決の詳細をまだ確認できていないとした上で、記者団に次のように語りました。
「関係する省庁と諸機関で判決文の内容について詳しく検討の上、政府としてどのように対応する協議することになるでしょう。」
複数のアナリストが今回の判決が重要な先例になるだろうと分析しました。
「東京電力のこれまでの主張の基本にあるのは、福島第一原発の事故発生以前に東京電力が行なってきたすべては、事前に日本政府の承認を得ていたというものです。
一方日本政府は、東京電力が指針に適切に従わなかった結果だと主張してきました。」
金沢工業大学未来デザイン研究所の所長であり、独立した立場で福島第一原発の放射線量の調査と監視を行っているセイフキャストのボランティア研究者であるアズビー・ブラウン氏がこう語りました。
「今回の判決は、事故の責任が日本政府と東京電力の双方にあるという事を証明する証拠が揃っていると判断したものと思われます。」
「私は日本政府、東京電力ともに控訴することになり、従って結論が出るのはしばらく先になるだろうと考えています。」
福島第一原発の問題で日本政府と東京電力を相手に別の集団訴訟を担当している馬奈木厳太郎(まなぎ いずたろう)弁護士は、日本政府が管理監督責任を怠っていたと語り、今回の損害賠償額では「まだ不十分」であると語りました。
集団訴訟において日本政府と東京電力の過失について訴えているグループの代表は、自分たちは損害賠償の金額よりも、今回の事故の本質が解明されたかどうかの方が重要だと語りました。
「金額が問題なのではありません。」
福島県相馬市の元住民で、馬奈木弁護士が取り扱っている4,200人の原告の代表世話人を務める66歳の村松孝市氏がこう語りました。
「たとえ金額が1,000円、2,000円という金額であっても、私はかまいません。それよりもまず、日本政府が責任を認めてほしいと思っています。私たちが最終的に目指すのは、日本政府に彼らの責任を認めさせ、二度と同様の事故を繰り返さないということを肝に銘じさせることです。」
今回の訴訟で原告団を代表する鈴木克昌弁護士は声明の中で、
「日本政府による管理監督業務が不適切であったことを改めて確認した」という意味で、今回の判決は重要なものであると語りました。
しかし一方で鈴木弁護士は、損害賠償の低さには失望したと語りました。
「被災者にされた住民が直面させられた精神的な苦悩について十分な評価が行なわれたかどうか、大きな疑問をもたざるをえません。」
( Japanese Government and Utility Are Found Negligent in Nuclear Disaster )
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原発事故の補償というものについていつも考えているのは、自分の生活の完全な復元などおよそ不可能だろう、という事です。
モノだけについて考えてみても、人間の暮らしは生活必需品だけで成り立っている訳ではありません。
絵を描くのが趣味の人は、自分の作品や画材などを失ったでしょう。
写真が趣味の人は、高額なレンズなどの機器を失ったかもしれません。
音楽が趣味の人は、大切なライブラリーを失ったかもしれません。
これらはすべて人生の大切な一部だったでしょうが、原発事故の補償がそこまで及ぶはずもないでしょう。
そして故郷。
故郷に値段が付けられるでしょうか?
上の写真にもありますが、福島第一原発の事故発生以来、いったい何人の人々が何度「自分の故郷を返せ!」と思ったでしょう?