日本の国会は労働環境の根本的改善について数ヵ月にわたり議論しながら、誰に便宜を与えるためのものか理解に苦しむ法律を成立させた
そんなに残業したら身も心もボロボロになってしまうしかない、1ヵ月あたり100時間を時間外労働の上限に設定した安倍自民
日本の政治家や企業界の実力者のほとんどが男性であり、時代遅れの感覚を振り回し、そのくせ実は臆病者
エコノミスト 2018年8月2日
日本の企業の経営層の人々にとっては、青野洋一氏はひとつのモデルにかもしれません。
彼のソフトウェア会社であるCybozu(サイボーズ)のオフィスに入ると、かつてカリフォルニア州のハイテク企業の拠点となっているパロアルトにいるような錯覚に陥ります。
しかし東京都心にあっては異端児扱いです。
この場所では黒いスーツ姿のスタハノフ労働者(生産性が非常に高い労働者の意味)たちの波が徹底して効率が重視されたオフィスに向かって押し寄せていきます。
しかしドタバタしているサイボウズ本社の真ん中は猿やオウムのぬいぐるみでいっぱいになっています。
カジュアルウェアやスポーツウェアを着たスタッフたちは、コーヒーを飲みながらラップトップ・コンピュータを操作している姿を見ることができます。
青野氏自身は3人の子供たちの世話をするため、午後4時半になると退社することにしています。
彼はほとんどの日本の父親たちとは異なり、父親のための育児休暇を取得します。
なんと休暇旅行に出かけることすらあるのです。
多くの日本人にとって、 青野氏のワークスタイルはちょっと極端すぎるように感じられるでしょうが、西欧社会の多くの人びとにとっては、満員の通勤電車の中の疲れ切った表情が証明している日本人の長時間労働の方が異様です。
多くの男性が深夜まで働き、あるいはストレスを発散させるために職場近くの飲み屋街で深酒をしたりしているということは、すなわち日本の男性たちは家にはいないということになります。
だからこそ名古屋、大阪、そして首都圏のビジネス街では男性会社員たちが最寄りのコンビニエンスストアで安いシャツとネクタイを買う姿を目撃することになるのです。
1日12時間労働などというのは、日本ではざらにある話です。
中にはいったん仕事を引き受けると、休日が一年に10日しか取れないという極端な例すらあるのです。
そして日本人の労働者は、平均すると支給された有給休暇の半分を消化するのがやっとやっとです。
制度上、日本は男性の育児休暇の日数で世界をリードしています。
しかし現実にはこの制度を有効に利用できているのは全体の5パーセントにすぎません。
ほとんどの人はたったの数日間でしかありません。
日本は今日の世界に『カローシ(過労死)』死ぬまで過剰労働をする、という言葉を広めました。
今日日本の作業労働体系は第二次世界大戦(太平洋戦争)の終了時、男性たちが軍服から背広に着るものを変えた時代にまで遡ります。
サラリーマンは衝撃的な日本の経済復興の核心部隊となって国を引っ張り、ターボチャージャー付きのエンジン並みの再建を実現させました。
企業は多くの男性労働者を必要とし、女性は秘書的な職業に従事し、(しばしば職場で)夫を見つけた後は主婦になりました。
会社に対する絶対的な忠誠心と引き換えに、大企業の労働者は定期的な給与の引き上げ、気前の良い福利厚生と終身雇用の保証を得ました。
会社との結びつきは、時に家族との結びつきよりも強い場合すらあったのです。
こうしてできあがった雇用体系が現在の日本を支えています。
そのため、男性の労働者の境遇は悲惨です。
気前の良い福利厚生も終身雇用の保証にももう投資しようとしない企業の新人たちにとってはなおさらのことです。
女性にとって状況はさらに悲惨です。
出産・育児休暇から職場に戻った女性たちが、ただでさえ男性優位の日本の会社社会で元通りのキャリアを手にすることは非常に困難です。
その結果、多数の女性が仕事に戻ることがなくなります。
多くの日本の若者たちはサラリーマンとなることを避け、ブティックやカフェなどをオープンしたり起業する道を選択するようになりました。
荒涼としたオフィスで辛苦にあえぐより、あえて収入が低い方を選択しているのです。
こうした状況は企業にとっても働く人にとっても実りあるものではありません。
今や日本の生産性はG7諸国の中で最低です。
政府も企業も問題の深刻さを認めてはいますが、その対応は的を得ているとは言いがたいものがあります。
2005年に導入されたキャンペーン「クールビズ」は、労働者が働きやすいように配慮することが目的ではなく、ただ単に夏の間のエアコンの電気料金を節約することが目的でした。
最近では夏の暑い時期の政府官僚たちの服装は涼しげですが、銀行などの従業員などは敢えてそうはしていません。
より良い職場環境を作り出すべきであるという圧力が強まっています。
2015年に日本の巨大広告会社電通の若い女性社員が自殺した後、裁判所は原因は過重労働による死、過労死だと認定しました。
これが企業などが出口の見えない心配をする原因となりました。
しかし大きな視点から見れば、拡大する経済規模に対して人口が減少していく現実が深刻な労働力不足を生み出している最中に、労働者を劣悪な環境で酷使するような企業には、もう人は集まらなくなっています。
ひとりの女性上級役員は自分が社内の地位を上がって行く際、ほとんど自分の子供に会うことすらできませんでしたが、現在の若い社員は彼女が支払った犠牲がそれに見合うものと思ってくれるかどうか疑問に思っています。
一部の企業は実際に変わろうとしています。
ひとりの雇用問題の専任コンサルタントが常々口にしているのは、コンサルティングに対する需要はそれほどなかったということです。
パナソニックは1965年に週5日制を導入した日本で最初の会社ですが、現在は家にいたまま仕事をしたり、オフィスでジーンズを着用したりすることを認めています。
しかし日本の社会の主流を占め続けているのは、相変わらず周囲との調和の優先と自己犠牲の強力な本能です。
周囲の誰もまだそうしていないのに、早めに退社したり自ら進んでジーンズを着用したりする社員がほとんどいないということをパナソニックも認めています。
高い地位にいる人間たちが前例を作っていく必要があります。
東京都の小池百合子知事は毎晩午後8時にオフィスを閉じます。
スタッフも退出するしかありません。
これとは対照的に日本の国会は労働環境の根本的な改善について数ヵ月にわたり議論をしておきながら、誰に便宜を与えるためのものか理解に苦しむ法律を成立させました。
時間外労働の上限について、そんなに残業したら身も心もボロボロになってしまうしかない1ヵ月あたり100時間としたのです。
▽ 改革のために懸命に働く
ほとんど例外なく大企業は成果ではなく労働時間によって従業員を評価し続けるため、日本人は長時間働き続けざるを得ません。
昇進も昇格も給与も企業に対する貢献度ではなく、在籍年数と年齢に応じて支払われることになります。
日本の法律の下では、終身雇用を保証された労働者を無能を理由に解雇することはほとんど不可能です。
労働システムを抜本的に立て直すことをせずに法律をいじくりまわしたところで、日本にはどんな未来もありません。
何より労働者がいまよりもっと自由に転職できるように、法律は労働者の雇用と解雇を容易にする必要があります。
それにより雇用する側と従業員の関係に激震が走るでしょう。
しかし生産性は上昇するでしょう。
職場はもっと多様化するでしょう。
女性は今よりも多くのチャンスをつかむことになるはずです。
男性にも良いことがあるはずです。
例えば父親は子どもを育てる上で大きな役割を果たすことができるようになります。
仕事に関する見通しが良くなれば、カップルにはもっと多くの赤ちゃんが生まれるかもしれません。
人口減少を心配する政府や自治体の人口問題の担当者にとっては願っても無いことです。
変革への時期は熟しています。
経済も比較的安定してきました。
日本企業は海外における競争力に敏感です。
しかし日本の政治家や企業界の実力者のほとんどが男性であり、時代遅れの感覚を振り回し、そのくせ実は臆病者です。
多くの労働者はまだ切実に考えていません。
調和を重視する考え方はどの職場においても強力です。
変化は起きつつありますが、その歩みはあまりにもゆっくりとしています。
https://www.economist.com/asia/2018/08/02/japans-habits-of-overwork-are-hard-to-change