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オウム真理教教祖・麻原彰晃と幹部6人を処刑

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所要時間 約 8分

1995年オウム真理教による凶悪事件の首謀者の一斉処刑、様々に広がる波紋

アムネスティ・インターナショナル : 一斉処刑は「正義を実現する結果とはならない」

 

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 2018年6月6日

1995年3月東京都内の地下鉄で致命的なガス襲撃を行った最悪の宗教団体の指導者が6月6日金曜日に処刑されました。

 

13人が死亡し、6,000人以上が深刻な症状に見舞われた攻撃を仕掛けた麻原彰晃は、拘置所内で絞首刑に処されました。

日本の菅官房長官は麻原容疑者に死刑が執行されたことを確認しました。
同日、法務大臣が他の6人の教団の幹部が処刑されたことを確認しました。

 

事件の際に現場でサリンが入った袋を取り除こうとして死亡した営団地下鉄職員の夫人である高橋シズエさんは、処刑の知らせを受け次のように語りました。
「彼の死刑が執行されたのは正しいと思います。」
「夫の両親と私の両親はすでに死亡しました。」
高橋さんはこう付け加えました。
「刑が執行されたニュースを聞くことができなかったのは残念だと思っています。」

 

この襲撃で娘を亡くした岩田喜代恵さんは、このニュースを聞いてやっと安心したと語りました。
「なぜ私の娘でなければならなかったのか、なぜ殺されなければならなかったのか、ずっと疑問に思ってきました。」
NHKの取材に岩田さんはこう答えました。

「これでやっと娘の墓詣りをして、この知らせを伝えてあげることができます。」

死刑判決を受けた元オウム真理教メンバー13人のうち、麻原容疑者の処刑が最初に行われました。

オウム真理教の教義は仏教とヒンドゥー教の瞑想にキリスト教と終末思想を組み合わせたもので、ヨガとオカルトを組み合わせた麻原容疑者のカルト宗教は、かつて日本で1万人以上、ロシアでは3万人以上の信者数を誇っていました。

メンバーの中にはやがてアメリカの核攻撃によって始まるアルマゲドン(Armageddon)を、オウム真理教の信者だけが生き残ることかできるという約束を信じた日本の最高レベルの大学の卒業生たちも含まれ、彼らは富士山麓に作られた教団の拠点でナチスが発明した神経剤サリン(sarin)の製造にも携わっていました。

 

本名が松本智津夫の麻原容疑者は1994年長野県松本市で8人が死亡し100人以上が負傷したサリンガス攻撃を指示したとして有罪判決を受けていました。
そしてこの元カルト教団のリーダーは2004年に死刑判決を受けると、いかなる主張も行わなくなりました。

 

東京の地下鉄ガス攻撃は、1995年3月20日の午前8時直前に開始されました。
5人のメンバーが、液体サリンの入ったビニール袋を先を尖らす加工をした傘で突き刺しそのまま逃亡しました。

ガスが混雑した地下鉄の車両の中に広がると、通勤途上の乗客たちは咳き込み、呼吸困難に陥るようになりました。
プラットホームや階段を上って地上に出た場所には人々が倒れ、口から泡を吹いたり、血を吐きながら咳込む人々がいました。

 

生存者の中には咳が止まらなくなる直前、塗料用シンナーに似た匂いがしたことを覚えています。
「液体が地下鉄車両の床に広がり、人々は座席で痙攣していました。男性の一人が手摺りにもたれかかっていましたが、シャツが開いて体液が漏れだしていました。」
事件当時車両の中にいあわせた伊藤栄さんは、AFP通信の取材にこう答えました。

テレビで放映された映像にはハザードスーツとフルフェイスマスクを身に着けた自衛隊員が登場し、慌ただしく階段を下りていく様子が映し出されていましたが、この時点ではまだ何が起きているのか状況は分かっていませんでした。

この攻撃は日本社会に対する最悪のテロ事件であり、安全な社会に対する人々の信頼を揺さぶる結果になりました。

 

主犯の麻原容疑者は教団の本部があるアジトの壁で覆われた隠し部屋の中に現金と寝袋を持ち約2ヶ月間潜伏し、その後発見され逮捕されました。

 

オウム真理教は一切の活動を禁止されましたが、信者の一部が麻原容疑者との関係性を一切絶ったとして2000年に宗教団体アレフとして活動を再開する一方、サリンガス襲撃の犠牲者に補償金を支払うことに同意しました。

しかしアレフについては、信者の中にはいまだに麻原容疑者の教えを信奉し、その写真を飾り録音された音声を聞き宗教行動を続けているメンバーもいるという指摘があります。

アレフの本部と東京郊外にある3つの老朽化したマンションには数十人のメンバーが生活していますが、24時間監視下に置かれています。

 

1955年に九州で生まれた麻原はほとんど視力を失っていましたが、1980年代にヨガ教室として始まったオウムに募集を始めた当初からカリスマ的リーダーとみなされていました。
検察の調べによると1990年に麻原と他の24人のオウム真理教メンバー参議院議員選挙に立候補・惨敗した後、復讐心を燃え上がらせた麻原は一般市民を標的にし始めたとされています。

共同通信社が日本の公安調査庁のデータを利用して調べたところでは、アレフと他の2つの小さな分派グループは、日本国内に約1,650人、ロシアに約460人の信者を持ち、10億円以上の資産を持っています。

 

各国の人権運動家は、オウム真理教メンバーが一度に大量処刑されたことを非難しました。
アムネスティ・インターナショナルは、6月6日金曜日に行われた一斉処刑が「正義を実現する結果とはならない。」との見解を示しました。

 

https://www.theguardian.com/world/2018/jul/06/japan-executes-sarin-gas-attack-cult-leader-shoko-asahara-and-six-members-reports

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オウムのやったことは到底許されるものではありませんが、すべての真相が明らかにされないまま教祖の幹部が一斉処刑されたことについては割り切れない気持ちもあります。

一連の所業は極悪非道ともいうべきものですが、どのような経緯をたどって極悪化したのか解明すべきだったと思いますし、そして何とかしてその償いをさせなければならないはずだったと思います。

その辺が未解決のまま、一斉処刑されたことの意義が見えにくくなっています。

 

先日TBSの報道特集で麻原容疑者の実子たちを取り上げた番組を見て感じたのは、事件の真相解明は容易には実現できそうにない、ということでした。

死刑という刑罰は凶悪犯罪の『抑止力』と言う側面を持つものだと思いますが、それは死刑判決が確定した時点で効力が生まれていると思います。

死刑囚はいつ刑が執行されるか、生存に関する保証を完全に失ってしまうからです。

 

すでに彼らの死刑が確定している段階では、こうした犯罪の犠牲者を出させないため事件の全容解明こそ必要だったと思います。

母なる大河『長江』

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所要時間 約 5分

全長6,211kmの揚子江(長江)源流から河口まで100キロメートル間隔の風景

このプロジェクトは高山病、オフロード運転、洪水、砂嵐、地震、地すべり、土砂崩れなどとの惨憺たる闘い

 

ガーディアン 2018年6月26日

長江(揚子江)Y7 水源から600km地点

 

『母なる大河』は、英国系中国人の写真家、ヤン・ワン・プレストンが、大型フィルムカメラを用いて、きっちり100km間隔で全長6,211kmの長江周辺に広がる風景を、4年をかけて撮影したプロジェクトです

長江(揚子江)Y8 水源から700km地点

 

揚子江(長江)は中国を象徴する大河としていつも理想的とも言える様子が紹介されています。
しかし『母なる大河』プロジェクトでヤン・ワン・プレストンは、これまでの長江に対する確立された既成概念と代表的景観とは異なる撮影結果を得ることを望んでいました。

100km間隔の撮影地点

 

きっちり100km間隔で写真撮影場所を選択した結果、撮影された写真は必ずしも美しいものばかりとはいきませんでした。
代わりにこのプロジェクトによって、これまであまり顧みられることのなかったランダムな風景で満ちています。

このプロジェクトは水源がある西部の高地から東部の海岸まで長江の全流域の物語を描写することが目的であり、衛星から撮影したデータ的に緻密な写真ならいくらでも手に入る時代に、あえて単純な設定をおこなうことにより新鮮な印象を作り出すことができることを示しています。

長江(揚子江)Y13 水源から1200km地点

 

『母なる大河』の撮影計画

 

「現代の中国にあって、長江は中国を象徴する重要な存在として中央政府によってプロモートされています。
これは中国の発展のため長江が重要な役割を担っているからです。

長江(揚子江)Y21 水源から2000km地点

 

長江は中国で最も豊かな地域における最も重要な貿易ルートでもあります。
そして長江は中国の近代化を物理的にも印象的にも内外に告知するための最前線であり、30基以上の水力発電ダムが計画中または建設中です。」

「チベットに始まり上海で海に入るまでその間にあるすべての地域を「つなぐ」中国で最も長い川である長江は、中国という広大な多民族国家の政治的統一の象徴でもあります。

長江(揚子江)Y22 水源から2100km地点

 

こうしたすべての理由から長江にはいやでも注目が集まることが、私が『母なる大河』の撮影に取り組んできた理由です。」

「今回の私の旅はチベット高原として知られる海抜5,400メートルの誰も住んでいない場所から始まりました。
その場所から長江は誰も近づくことができない雄大な山々を抜け、そして上海に近い工業地帯へと流れていくのです。

100キロごとに撮影するために時に私は肉体的な限界に挑戦し、知恵を振り絞り、ひるもうとする自分の心と戦わなければなりませんでした。」
「険しい自然と恐ろしく長大な距離は、このプロジェクトを高山病との闘い、オフロード運転、洪水、砂嵐、地震、地すべり、土砂崩れなど、いつ命に関わる危険に見舞われるかわからない現代の冒険物語にしたのです。」

長江(揚子江)Y49 水源から4800km地点

 

※大きな画像、ここに掲載した以外の写真は下記オリジナルサイトでご覧ください。

https://www.theguardian.com/world/2018/jun/26/yangtze-at-100km-intervals-a-photo-essay

『ジャパンズ・シークレット・シェイム』(隠されてきた日本の恥部)

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所要時間 約 9分

日本の高位の国家権力の不当介入を疑わせる事件のもみ消し
伊藤詩織さんの勇気ある告発と政界の実力者の隠蔽指示により、この問題は国際的な注目を浴びることになった

 

レベッカ・ニコルソン/ ガーディアン 2018年6月28日

『ジャパンズ・シークレット・シェイム』は日本の社会に広範に存在しながら滅多に表沙汰にされることのない女性に対する性的な暴力について、伊藤詩織さんの訴えに着目した非常に意義深い番組です。

 

『ジャパンズ・シークレット・シェイム』は最後まで見続けることが非常に難しいドキュメンタリーです。
それはおぞましく、イライラさせられ、その上悲惨です。
そして一方では勇敢さに溢れた、必要性の高いそれは、、信じられないほど重要なドギュメンタリーです。
全編を支配するのはプロデューサー兼監督であるエリカ・ジェンキンの細やかな心遣いと静かな怒りです。

 

この番組では一人の女性の事件に焦点を当てることにより、日本社会に隠れて存在する女性への暴力、構造的な不平等と差別という大きな問題について問いかけています。

 

2015年伊藤詩織さんは、著名かつ有力者に知り合いが多くいるジャーナリストである山口敬之(のりゆき)氏に対し強姦の被害を受けたとして告訴したことを公の場で明らかにしました。
山口氏側は関与を否定してします。

 

私たちは約3年以上にわたり伊藤さんの物語が不当な取り扱いを受け、そうなった背景にはいくつかの疑いが濃厚に存在していること見ることになります。
時には、それが確信以上のものになり、ひどくいらだだしい思いをさせられます。
最終的にこの番組は視聴者にいよいよ変革が始まるのだという感覚、そして多分日本固有の風土に重要な変化への胎動が始まっているという楽観的感覚を持たせることになるのです。

日本では被害を受けた女性が性的暴行の申し立てを行うことはほとんどないと言われています。
この番組の撮影が開始された当時、性的暴行に関する日本の法律は1907年以降同じままでした。
この方の下では窃盗の場合よりも強姦の最小刑の方が軽いとされていました。

 

日本がどの程度グローバルスタンダードに則しているかをまとめた統計では、文化的・社会構造的に女性に対する性的暴力が深刻な問題として扱われていないことを示唆しています。
たとえばこのドキュメンタリー中では、英国では100万人の女性のうち510人が性的暴力を受けたと報告されていますが、日本ではその数はわずか10人に減少します。

 

この統計を見て日本が女性にとって安全な国であることを示唆していると主張する人もいます。
しかしこの番組の制作に協力した人々は、日本では性暴力の事実について語ることがタブー視されており、犠牲者が公の場で告発することなどはめったにないことだと信じています。

 

伊藤さんは山口氏に対し告発を行いそのタブーを破ることになりました。
彼女が告発を行ったのは日本でまだ#MeTooムーブメントが起きる前でありその反響は極めて軽微なものでしたが、日本でも性暴力に抗議する#MeTooムーブメントの盛り上がりとともに、彼女の告発と経験に世界的な注目が集まることになりました。

 

このドキュメンタリーの前半部分は特に見ていると辛くなってきます。
そして彼女自身その夜に起きたことを思い返すことがどれだけ辛かったか察するに余りあります。
伊藤さんが山口氏と過ごした夜に起きたことを説明するシーンがあります。

その内容は性暴力が起きる一つのパターンと言えるかもれません。
伊藤さんは山口とより20歳以上年下ですが、メディア界に職を得たいと考えていました。
一方山口氏は有名なジャーナリストであり、日本のキー局のワシントン支局長を務め、安倍首相の伝記を執筆した人物でした。
山口氏は食事と飲酒をしながら、伊藤さんがメディア界で職を得るために果たさなければならない役割について約束をしたと語りました。
さらに伊藤さんは薬を飲まされたのだと思うと語りました。
一方山口氏は彼女が飲み過ぎたと主張しています。

 

しかし当時の様子についてタクシー運転手が重要な証言をしています。
伊藤さんは駅にさえ連れて行って貰えば、あとは自分で帰宅できると伝えていたのです。
しかし山口氏は彼女をホテルの自分の部屋に連れて行きました。

 

ドキュメンタリー制作にあたり伊藤さんは「事実と向き合うため」この建物にやってきました。

伊藤さんが警察署に出向くと、当夜起きたことについて加害者に見立てた等身大の人形を使い、マットレスの上で忠実に再現するように求められました。
伊藤さんは事情聴取が女性警察官によって行われることを望んでいましたが、実際には男性警察官が担当しました。
この事件を担当するための女性警察官がいなかったのです。

 

このドキュメンタリーによれば、日本の警察官のうち女性の割合はわずか8パーセントにとどまっています。
東京には性的暴行事件に関する緊急相談センターが一箇所だけありますが、電話での相談はできないと言われ、直接を面談を行うため2時間をかけて来るよう言われました。
結局伊藤さんはその日、起き上がることができませんでした。

こうした事件のほとんどが闇から闇に葬り去られる風土に抗いたいという伊藤さんの希望に加え、警察が山口氏の逮捕令状を取り下げるように命じられたことについて野党の国会議員などが政治的に高い位置にいる人間からの圧力があったと主張したことが加わり、この問題は高度に政治的色彩を帯びると同時に国際的に注目を浴びることになりました。

 

結局刑事告発は一切行われませんでしたが、伊藤さんは現在山口氏に対し民事訴訟を起こす手続きを進めています。

 

『ジャパンズ・シークレット・シェイム』を見た人は大きな怒りに身を震わせることになります。
私は番組を身始めた時から胃がキリキリと痛みました。

しかしこの忌まわしい事件の中、自分自身の体験から伊藤さんを勇気ある女性として賞賛する高齢の女性の存在からは、微かではありますが希望の光を感じ取ることができます。

 

同じような被害にあった女性たちに前に進むための勇気を与えるために。

番組の最後、強姦された後伊藤さんに出会うまで誰にも何も語らなかった一人の女性が登場します。
「水面に一滴の水が滴り落ちても何も起きません。」
女性は伊藤さんにこう語りました。
「でもその水滴がたくさん集まれば、津波を作り出すかもしれません。」

 

https://www.theguardian.com/tv-and-radio/2018/jun/28/japans-secret-shame-review-breaking-a-nations-taboo-about

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基本的人権を蹂躙された

 

人間としての尊厳を踏みにじられた

 

そのように訴える人に、どう向き合うのか?

それは人間としての『踏み絵』であるに違いありません。

【 日本の人口問題に仕掛けられた時限爆弾 】

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所要時間 約 9分

出生率が低下し人口減少が続く中、苦境に立つ故郷の町を蘇らせ、自分たちも愛を手に入れるために立ち上がった男性たち

美しい住環境とストレスフリーの生活、なのになぜ人口は減り続けるのか?

 

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 2018年6月4日

写真上 : 小谷(おたり)村の1年間のカレンダーに登場した郵便配達員の藤原誠吾さん。

 

小林恵人さんは普段の仕事の際に身につけている衣服を脱ぎ、第二の職業である無給の消防団の隊員の制服を身につけました。
カレンダーのキャプションによれば、小林さんは家族と村の安全を守るため当然するべきことをしています。
写真の中の別の男性、藤原清吾さんは視線を遠くにやっています。

彼の頭には伝統的な手ぬぐいが巻かれ、29歳の測量技師は一緒に世界を旅することができる「笑顔の美しい」女性との出会いを望んでいます。

 

2人に10人を加えた計12人の 小谷村の男性は、今もカチカチ時を刻んでいる日本の人口問題の時限爆弾を象徴する存在です。

彼らは全員カレンダーで様々なホーズを決めながら、カレンダーの製作がいつか互いに思い合うことができる女性との出会いのきっかけを作り、交際相手や結婚相手を探すための様々な取り組みから解放されることを願っています。

北アルプス連峰の雄大な景色、そして最高の条件でスキーができることで知られている長野県ですが、その中にある小谷村の小林さんやその他の男性たちと将来の生涯の伴侶の出会いには貢献していません。

 

小谷村の人口は1950年代の約3分の1に減少しました。

そして過去10年間、住民の数は小中学生180人を含め3,734人から2,795人に減少しました。

写真上:消防団の制服を着た小林さんの写真が載ったカレンダー

 

国立社会保障・人口問題研究所によれば、現在の人口胴体がこのまま続けば、小谷村の人口は2060年には900人を下回ることになってしまいます。2017年3月時点で20歳代と30歳代を合わせた小谷村の男性人口は275人、女性は218人でした。

 

若い女性は就職先、あるいは将来の夫との出会を求めて村を出て行く傾向が見られますが、一方の男性の方は家業である農業やファミリー・ビジネスの後継者として村にとどまる傾向が強くなった結果、結婚や子供を持つ機会が中々得られなくなってしまっているのです。

 

こうした苦境に置かれているのは小谷村だけではありません。
日本全国で同じような現象が起きています。

ある調査によれば、低出生率のために869の市町村(全国のほぼ半数)が消滅する危険にさらされています。
「地元の消滅」というタイトルの報告書の中で日本創成会議は、20~39歳の女性の数が2040年までに半減してしまった町村は機能しなくなると述べています。

 

▽「お金の上手な利用法」

 

元外務省職員で小谷村村長の顧問を務めるゆき野崎キルケイ氏は、ニューヨーク消防署員の勇姿と題されたカレンダーの成功を見てこのアイデアを思いつきました。

彼女は小谷村の長期的存続に必要なのは、たとえ少数ではあっても都会での生活に失望しながらも、地方で生活をするにもその手がかりを持っていない若い専門家を村に呼び寄せることだと確信しています。

 

彼女は村内の放棄された幾つかの大規模農家を解体し、新興企業を誘致できる便利な便利な場所に移転させる計画を進めています。

来年度ハイテク企業2社が、建てられてから改装した築250年の建物を共有して事業を開始することになっています。

「もはや村の行政を成り行きに任せる時代は終わりました。これからは村の資産を現代のビジネスモデルに適する形に作り直し、それによって村の若返りを図るべき時代です。」
「カレンダーはその考え方を具体化するための第一歩でした。生きたお金の使い方ができたと思います。」

 

村役場で働く小林さんは11のモデル事業を立ち上げることに貢献しましたが、その過程では抵抗は驚くほど少ななかったと語りました。
「自分の経験から言うと、この村で若い女性に出会う機会はほとんどありません。」

 

小林さんをはじめカレンダーのモデルを務めた男性たちは、遠くまで足を伸ばし悪戦苦闘して結婚相手の女性を探すまでのことをしたいとは考えていません。
彼はその原因の一つは「村意識」にあるとしていますが、長野県北西部の片隅にあるまだ壊れていないこの場所には、生きていく上で明確な利点があると語ります。

「私は東京の大学に行きましたが、朝は通学のために地下鉄に乗っただけでストレスを感じました。ここは完全にストレス・フリーの別天地です。」

 

カレンダーにはモデルになった男性の職業や趣味、人生における目標や理想的なパートナーについての希望などの記述があります。
今まで村役場の担当は8人の女性から問い合わせを受けており、そのうち4人の女性とは写真やプロフィールを交換しながらやりとりが続いています。

 

▽「一生独身ではいたくない」

 

近年日本の出生率はやや上昇していますが、日本政府が行っている一時金支払いなどの対策ではその効果は所詮限定的です。
小谷村では子供の数が多い両親は、それぞれの子供たちの成長に合わせて授業料や教育費の割引を受けることができます。
しかしその恩恵はまだ最小限にとどまっています。

 

「人口減少を止めるための即効薬などはありません。」
と松本久村長はこう認めました。

「おそらく今後も人口減少は続くでしょうが、もっと多くの家族に3人の子供を持つよう説得することができれば、少なくとも減少率を下げることはできるはずです。」
「この場所での生活をすでに始めている人々に対しては、幸せで健康的な生活を築くことができるよう、私はできる最大限のことをしたいと思っています。新たにこの場所にやってくる人々についても同様です。」

数年前に初めて小谷村を訪れて以来、すっかり村の魅力の虜となった21歳のオーストラリア人ダニエル・ハンターさんは、現在大工兼瓦職人としての修行の真っ最中です。

 

独身の彼はガールフレンドがいないことを今はそれほど気にかけていませんが、カレンダーの効果は仲間の個人的な願いを叶えるよりは、村をPRする効果の方が大きいと見ています。

「この村で幸せに暮らしている外国人がいることを広報する素晴らしい機会だと思いました。」
冬場近くのスキー場で両親がロッジを経営するハンターさんがこう語りました。
「この村にいるときの私がすごく生き生きしていることには自分で気が付いていましたが、この村でずっと暮らすことについては迷い続けています。」

 

カレンダー効果で小谷村に若い女性が数多く移り住み、ベビーブームが起きると都合よく考えている小谷村の住民は一人もいません。
しかし5月も兼任している藤原氏は、カレンダーをきっかけに小谷村が人々の話題になることを願っています。

 

「私は家族経営の事業の一員なので、当面この場所で暮らすことになります。」
藤原さんがこう語りました。
「女性が多く暮らす場所に移り住んだところで、そこには男性もたくさんいるでしょうからライバルも多くなります。」

 

26歳の小林さんはまだ結婚についてそれほど心配はしていません。
しかし小林さんも小谷村の他の若い男性同様、小谷村での生活を続けながら生涯の伴侶を見つける努力をするという現実と向かい合わなければなりません。

「この村を離れたいという気持ちがよぎったことは一度もありません。」
小林さんがこう語りました。
「でも一生独身で良いとは思っていません。」

 

https://www.theguardian.com/world/2018/jun/04/japans-demographic-time-bomb-can-a-calendar-help-otaris-single-men-find-love

「子供を生まないカップルは『身勝手』」自民党幹事長が放言

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所要時間 約 8分

自民党の二階幹事長は低出生率が続いている日本で、子供がいない人々を一方的に批判

安倍政権に少子化問題の本質を理解し解決策を考える資質はあるのか?

 

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 2018年6月27日

枢要な立場にある日本の政治家は、子供を持たないと決めた夫婦を「利己的」と批判し、戦後のベビーブームを引き合いに出し、数多くの子供達を産み育てることの困難さを子供を産まない理由にすべきではないとの持論を展開しました。

 

人口動態に関する調査の結果、日本の人口は今後数十年間に劇的に減少するとの警告が発せられたことを受け、保守派の政治家である自民党の二階俊博幹事長は、国民に子供を増やすよう促しました。

「戦中戦後の人々は飢えに苦しみながらも、何かと苦労が多いから子供を生まないようにしようと言った人はいませんでした。」
二階氏は東京での会見でこう語りました。

「ところが最近では、子供を産まない方が幸せなんじゃないかなどと勝手なことを考える人々が現れています。」

 

安倍首相は出生率の引き上げと職場に進出する女性の数を増加させることを公約しましたが、安倍政権は必要なだけの保育所を整備するという公約を守ることができないままです。

最近の調査では日本の親の70%が子供をもっと欲しいとかいとうしていますが、経済的な心配や仕事と家庭生活のバランスをとることが難しいなどの理由から、これ以上家族の数を増やすことを断念せざるを得ない状況にあります。

野村総合研究所の最近の報告によると、未だに34万8,000人近くの子供たちが保育所への入所を拒否されており、今後5年間で25歳から44歳の働く女性の割合を80%にまで引き上げるという安倍首相が打ち出した目標はそう簡単に達成できるものではなさそうです。

 

二階氏は日本の夫婦にもっと子供を生むよう批判的な態度をとる自民党内の政治家の一人です。
今年5月には、同じ自民党の加藤寛治衆院議員は派閥の会合で日本人女性は複数の子供を産むべきであり、結婚せずに子供を一人も生まない女性の後半生は国家の負担でしかないと攻撃しました。

 

さらに同じ5月後半には安倍内閣の官房副長官を務めた萩生田光一自民党幹事長代行が子育ては女性の仕事であり、父親によって育てられれば子どもの正常な発達が損なわれる可能性があるとの発言を行いました。

「「男女共同参画」「男も育児」だとか格好いいことを言っても、子どもにとっては迷惑な話。」
萩生田氏はこう述べました。

 

昨年約94万1,000人の子供が日本で生まれましたが、粉の数字は1899年に記録が始まって以来最も低いものになりました。
日本では夫婦がより多くの子供を生むよう財政面その他の支援策が導入されていますが、出生率は低迷を続けています。

国連の人口統計年鑑によれば日本の人口全体に占める子供の割合は12.3%と、人口4,000万人以上の世界32カ国のうちで最も低くなっています。

 

https://www.theguardian.com/world/2018/jun/27/childless-couples-are-selfish-says-japanese-political-chief

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二階氏の発言はこの後、

「食べるのに困るような家はないんですよ。実際は。」

と続くようですが、今は

「食うのには困らないだろうから、子供作ろうか!」

と言えるほど単純な世の中か?

と思います。

 

親は生まれてきた子供にできるだけのことをしてあげたい、とえるのが人間、というよりは生物としての本然です。

そうなれば当然教育、住環境、被服や食生活、そして現代社会では『安全』ということを真剣に考えなければなりません。

 

何れにしてもコストがかかります。

私は昭和30年代に地方都市で生まれ育ちましたが、当時は地域社会が子育ての担い手のひとつというメカニズムが自然に存在していたように思います。

 

忘れられない光景があります。

私が小学生低学年の頃、夕暮れ時に店や住宅が密集する地区の生活道路を歩いていたら、見知らぬ男性に声をかけられ道を聞かれました。

私が答えていると、近くで立ち話をしていた白い割烹着をきた主婦が3人バラバラと駆け寄ってきて、厳しい口調で私に道を尋ねた男性の追求を始めたのです。

「あんた、誰?」

「あんたどこの人?」

「この子に何の用なの?」

 

結局道を尋ねていただけだとわかり、無事散会となりましたが、当時は「おとなであれば身近にいる子供を守るのは当然」という意識を当然のように、基本的に誰もが持っていたのだと思います。

道で転んで怪我した子供がいれば、近くの家の人が治療してあげるのは当たり前の対応でした。

経済的に恵まれない家の子供たちに、何気なく援助の手を差し伸べるのも日常的行為の一つでした。

 

こういう世の中であれば、若いカップルも子供を産み育てるということに前向きな気持ちを持つことができるかもしれません。

そのメカニズムを壊したのが自民党の産業効率最優先政策というべきものであり、都市部における労働力確保のため、米作農耕民族伝統の三世代同居型の日本の家族構成を解体し、『核家族』といわれる世帯構成に置き換えて来ました。

 

その結果、母親にかかる子育ての重圧はかつてないほど大きなものなってしまいました。

 

安倍政権が成立に躍起になっている現在の『働き方改革法案』なども、さらにこうした母親たちを追い詰める条件を増やすだけだと思います。

要は安倍政権の『少子化対策』など看板だけのものであるということです。

だから二階発言のように

「悪いのは俺たちじゃねえよ、おまえらだろ。」

という趣旨の発言が繰り返されているのだと思います。

 

二階、安倍、麻生などという人間の蒙昧さを批判しても、現代日本社会の母親の負担は減りません。

彼らは問題の本質を理解し解決策を考える資質は持っていません。

ただし、記事中にある保育所の設置や支援態勢の整備は公約通り早急に実現してもらわなければなりません。

それは北朝鮮のミサイルを迎撃するため高額な兵器を購入・配備するよりも、もっと緊急の課題であるはずです。

 

このサイトについて
ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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