星の金貨 new

星の金貨 東日本大震災や音楽、語学、ゴルフについて語るブログです。

ホーム » アーカイブ

【 日本と韓国、その本当の関係 】《後編》

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

所要時間 約 9分

安全保障関連法案の成立により、日本の軍事力が韓国の防衛のために使われることは必然的状況になった

大言壮語を連発する安部首相のタカ派的国家主義政策は、韓国の防衛政策の国益にことのほか貢献している

 

道下徳成 / ニューヨークタイムズ[公募社説]2018年2月9日

 

韓国の産業基盤整備に一定の役割を担ってきた日本は、今日再び挑戦は当有事の際には韓国の防衛を担うことになる米軍を支援することによって、間接的に韓国の安全保障に貢献しています。

 

日本には現在約4万人の米軍が駐屯しています。

1950〜53年の朝鮮戦争では、第2次世界大戦後に日本に駐留していた米軍兵士がそのまま朝鮮半島に送りこまれ、米軍の戦艦、航空輸送機、戦闘機、爆撃機などが日本を拠点として出撃を繰り返しました。そして今日、朝鮮半島で武力紛争が起きれば米国は空軍の拠点として横田基地を、海軍の拠点として佐世保の基地を、そして海兵隊の拠点として沖縄の普天間基地など日本各地の主要な基地を再び使用し、韓国軍を支援する戦闘をいつでも開始できます。

 

さらに日本政府は、紛争の際に実行されるアメリカの軍事作戦を支援する用意がある

1997年米国と日本は、日本の自衛隊が、「日本周辺地域の状況に応じて、米軍に非軍事的な支援を提供する」ことに同意しました。

『状況』という言葉には当然朝鮮半島での武力紛争が含まれます。

長年にわたり韓国防衛のための日米協力は密接に行われてきており、一部の専門家はこうした関係について「バーチャル軍事同盟」が実質的に成立していると指摘しています。

そして北朝鮮が核兵器開発と軍事力の強化に狂奔し2003年初頭と2009年には危機的状況に陥ったにも関わらず、最終的に戦争に至らなかったのは、この仮想軍事同盟の存在によるものだと分析しています。

 

安倍首相が2012年に首相に復帰したことにより、日本の韓国への軍事的関与の強化は一方的なものになりました。

大言壮語を連発する安部首相のタカ派的国家主義政策は、韓国の防衛政策の国益にことのほか貢献しています。

安倍政権は2014年日本国憲法の制約の下で自国や米国や韓国を含む同盟国を守るために、軍事的行動の幅を広げられるように憲法を再解釈しました。

そして2015年には、朝鮮半島周辺の水域や空域で戦闘を行う可能性のある米軍に日本の自衛隊が援軍として戦闘に参加することを認可する安全保障関連法案を国会で可決成立させました。

この法案の成立により、例えばグアムやハワイを攻撃目標とする北朝鮮の弾道ミサイルを撃墜したり、朝鮮半島で水陸両用作戦を行う米軍を掩護するために掃海活動を行なったり対潜水艦作戦を実行できるようになりました。

言い換えれば、日本の軍事力が韓国の防衛のために使われることは必然的状況になりました。

もし意図的に無視されているのでないとしたら、こうした現実は実用的な理由から、概ねそのほとんどが過小評価されています。

韓国を守るという考え方は日本ではあまり一般的ではありません。

特にリベラルな平和主義者であるとされている人々の間では、ほとんど意識されていません。

さらに一部の日本人は自分たちの国が他国の戦争に引きずりこまれることを懸念しており、まして長年日本を批判し続けてきた韓国のために日本が犠牲を払わなければならないことの意義を測り兼ねています。

 

韓国人の一部にもかつて自分たちを植民地化した日本政府から安全保障上の援助を受けていることに不快感を感じています。

私が長年にわたり話してきた多くの韓国のジャーナリストや学者たちも、米国の安全保障へのコミットメントの重要性は喜んで認めていますが、日本がそのような貢献をする場合には真意を疑われるか、あるいは中の1人が語ったように『どうせ東アジア地区における覇権の確立が本当の狙いだろう。』と疑われてしまいます。

しかし、ムン・ジェィン氏が2017年5月に大統領に就任して以来、公式ルートの最高レベルでは状況が違ってきました。

当初ムン大統領は慰安婦問題を解決するために2015年に当時の韓国政府と安倍政権が合意したことを批判し、前政権よりも日本に対してより厳しい立場を取ると見られていました。

しかしムン政権はその後、慰安婦問題に関する条約の再交渉は要求しないと発表しました。

再び現実的な政治路線が採択され、新たな段階に入ったと言われる北朝鮮の脅威を前に過去の反目の記憶は遠くに追いやられることになりました。

 

それを裏付けるように平昌オリンピックの開会式の後、韓国のムン大統領と会談した安倍首相は

「北朝鮮は、日米韓の強い絆がいささかも揺るがないということを認識しなければならない。」

と語りました。

 

東京にある国立政策研究大学院大学の教授である道下氏は、国際安全保障研究プログラムの責任者を務めています。

 

https://www.nytimes.com/2018/02/09/opinion/japan-south-korea-friendly

+ – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – +

 

この記事を読んでいて、北朝鮮危機というものが誰が何のために『作り出したもの』なのかわからなくなってきました。

北朝鮮のキム一家が世襲による国家支配を続けようとする無理が歪みを生んでいるのか?

それとも世界から戦争の火種が消えしまうと不都合だと考える軍産複合体が仕組んでいるのか?

 

「増殖を続けるテロ集団と終わらない戦争、それを始めさせたのは大国の官制暴力」

というアルジャジーラの記事をご紹介したことがあります。( http://kobajun.biz/?p=29078 )

 

時代遅れの国家主義を煽り、世界最悪の隣国関係に陥る中国/北朝鮮/韓国/日本「世界規模では『終わった』はずの核兵器開発競争が、東アジアで再燃する恐れ」

同じアルジャジーラがこう指摘したこともありました。

( http://kobajun.biz/?p=28265 )

 

「平和と外交による紛争解決の実現にこだわらなければ、私たちは想像もできない規模の大量破壊の恐怖を繰り返す」

これはガーディアンに掲載された一文です。

( http://kobajun.biz/?p=28113 )

 

そして気になるのはニューヨークタイムズのこの指摘です。( http://kobajun.biz/?p=30012 )

「沖縄に駐留するアメリカ軍の主な任務は日本の国土の防衛だけではなく、アジア全域におけるアメリカの権益を護ること」

 

安倍政権が声高に主唱している自衛隊の軍事能力の強化について、その本当の目的が何なのかということに深刻な疑念が湧いてきました。

 

 

暴力によっては何も解決しません。

もっと厳密に言えば、20世紀後半以降の歴史は暴力によって何かが根本的に解決した事実が存在しないということを証明しています。

しかし暴力を正当化しようとする勢力がカネと権力、そして大勢の人間の血を欲しているという現実を、私たちは常に意識していなければなりません。

【 韓国国民の怒りを買った『日本は手本』コメント、米国NBCが謝罪 】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

所要時間 約 8分

ピョンチャン冬季オリンピックの開会式中継で、米国人コメンテーターが韓国の反発を買う発言

ガーディアン 2018年2月11日

 

米国NBC放送は、オリンピック報道番組の中で「アジア・アナリスト」であるジョシュア・クーパー・ラモーが、『日本は韓国の歴史に貢献した』と発言したことについて謝罪しました。

 

ラモーのコメントは一部の韓国の人びとからの怒りを買うことになりました。

彼らは日本が1910年から1945年の間植民地支配の下で日本が数々の非人道的行為を行ったと非難しています。

ラモーは2月9日に放映されたのNBCの冬季オリンピック開会式を中継する番組の中でこの発言を行いました。

ラモーは日本の植民地支配を認識していましたが、その上でこうコメントしました。

「日本は韓国にとって文化的、技術的、経済的な手本であり、国の発展のために非常に重要な存在であったことをすべての韓国人が理解している。」

ラモーは008年の北京オリンピックでも米国NBCの番組に出演していました。

彼はキッシンジャー・アソシエイツの共同CEOでもあります。

 

ラモーのコメントは韓国メディアに短くそっけない扱いをされました。

「1910年から1945年日本が植民地支配を行っていた間、多くの韓国人が強姦、強制労働、拷問、そして殺されたりして非常な苦痛を強いられました。

「戦時中の性的奴隷の犠牲者である慰安婦問題、この間に起きた多くの残虐行為の一つです。ラモーが示したような日本への評価に同意する韓国人はほとんどいないでしょう。」

米国NBC放送は週末になってラモーのコメントについて謝罪しました。

「金曜日に放映したオリンピックの入場行進の場面で、日本人の安倍晋三首相がオリンピックのために韓国を訪れたことは注目に値すると述べ、さらにこうコメントしました。

『安倍首相は1910年から1945年まで30年間韓国の植民地支配を行った日本を代表する存在だが、一方で日本は韓国にとって文化的、技術的、経済的な模範であり、国の発展のために非常に重要な存在であったことをすべての韓国人が理解している。』

これらのコメントによって韓国人が侮辱されたと感じていることを理解しています。」

このように謝罪しました。

 

これまでもオリンピックが開催される度、参加者による残念な行動やコメントが行なわれてきた長い歴史があります。

2016年のリオデジャネイロ・オリンピックで米国のゴールキーパーのホープ・ソロは、ブラジルで当時多くの人々を苦しめていたジカ・ウイルスを冗談のネタにして地元ファンから大きな怒り買いました。

北京オリンピックでは、スペインのバスケットボールチームが「細い目」のジェスチャーをしている写真が公開され、非難されました。

 

https://www.theguardian.com/sport/2018/feb/11/nbc-japan-korea-comments-winter-olympics-2018

+ – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – +

 

【 日本と韓国、その本当の関係 】《前編》

日本政府と韓国政府の関係はその重要性と反比例するようにうまくいっていない

 

道下徳成 / ニューヨークタイムズ[公募社説]2018年2月9日

2月9日朝、安倍晋三首相が平昌オリンピックの開会式に出席のため日本を出発し、かたわらムン・ジェイン韓国大統領との会談にも臨み、北朝鮮の脅威に対して両国と米国の同盟関係は『いささかも揺るぎの無いものであることを確認した』と語りました。

しかしその1週間前には韓国内では、1910〜45年の朝鮮半島の植民地化に起因する両国の緊張関係あるいは隣国関係について指摘し、今回の会談もこれまでと変わらないぎこちないものに終るだろうという評論が行なわれていました。

 

日本の従軍慰安婦(太平洋戦争の戦前戦中、多数の韓国女性が日本軍兵士に性的奉仕を強要されたとする問題)に対する戦争中の扱いについて、一部で報じられているのは日本政府がこの問題について適切な謝罪を行っていないことが関係をこじれさせているとしていますが、韓国との関係を悪化させることの危険性については毎日のように報じられています。

日本政府と韓国政府の関係はその重要性と反比例するようにうまくいっていません。

しかし両国の政府とも、互いに相手を不快に思う以上に大切なことがあることは十分理解しています。

 

国内の有権者からの支持を確実なものにするため、政治家は時に国家主義的論理を駆使することがありますが、日本と韓国の間では基本的には実用的・実務的な外交関係が築かれてきました。

安全保障の分野においては特にそうです。

北朝鮮が敵対的姿勢をますます強め、中国の軍事的台頭がもはやだれの目にも明らかになり、日韓の同盟関係の重要性が一層鮮明になっているにもかかわらず、この単純な事実が認められない状況が多発しています。

たとえば日本が韓国の防衛産業の発展を支援して来たというひとつの事実があります。

1960年代後半米国が行き詰ったとき、アメリカ政府は韓国の防衛力にまで手が回らなくなり、日本政府にそのギャップを埋めるよう求めてきました。

最初に各国政府は反ゲリラ活動のための装備を求めました。

これに対し日本政府は武器輸出が出来ないとしてこれを拒否すると、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領は日本からの財政的・技術的支援を利用して、韓国の重工業を整備することに方針転換しました。

結果的にこのことは韓国の防衛産業の基盤整備につながりました。

 

1965年の日韓関係正常化をきっかけに、日本政府は韓国に5億ドルの経済支援パッケージを提供しました。
朴政権は大規模な鉄鋼産業を整備に、5億ドルののうち約1億2,000万ドルを投資しました。
20年が過ぎましたが北朝鮮の通常兵力は依然として韓国を大きく上回っていました。
韓国の軍事力を北朝鮮と同等にまで引き上げるためには150億ドル以上の予算が必要だと当時の全斗煥(チョン・ド・ファン)政権が主張し、日本に対し「国家安全保障のための経済協力」を要請しました。
これを受け日本政府は1983年、40億ドルの韓国向け融資を発表しました。

 

《後編》に続く

https://www.nytimes.com/2018/02/09/opinion/japan-south-korea-friendly

 

【 自立を目指すフリーランサー、消えつつある日本型サラリーマンの伝統 】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

所要時間 約 11分

日本の職業社会に根を張っていた数々のタブーが今、徐々に姿を消している

経済的進歩を維持していくためには、イノベーションを繰り返し続ける必要がある

長期間海外で生活したり就労した経験を持つ若い人々は、より柔軟な働き方を目の当たりにした経験を持つ

 

エンマ・ウォリス / ドイチェ・ヴェレ 2018年2月3日

日本経済はこれまで不変だった労働文化の変革に恩恵を受つつあります。

今や日本人はこれまでの伝統の枠組みを壊し、人生と仕事を結びつける新しいモデルを取り入れ始めています。

それがフリーランサーです。

 

28歳の福島さゆみさんは、彼女が教師の職を捨てると決意した時の両親の反応について、次のように語りました。

「両親は私の頭がおかしくなったと考えたようです。」

 

日本では世界的金融危機が発生するまで職業については『終身雇用』が唯一当然のように見られていましたが、さゆみさんがとった行動は今では珍しいものではなくなりました。

ビジネス雑誌「フォーブス」によれば、今や日本社会において終身雇用制度の下で働いている労働者は全体の60%に過ぎません。

 

福島さゆみさんの世代にとって雇用は一時的です。

結果はそうでしたが、福島さんは理想の職業だった教職に就くまで相当の勉強と努力を重ねました。

午前7時から午後11時まで働いた後、福島さんは自分が消耗しきっていることに気がつきましたが、教員のほぼ全員がそうしたきつい仕事をしているという事実はどんな慰めにもなりませんでした。

福島さん

「教師は日本国内のあらゆることに責任を負わなければならい。」

福島さんはそう確信しています。

「子供たちの両親の中には、平日であるろうが休日であろうが夜な夜な電話してくる人もいました。」

結局福島さんは1年後に退職願を提出しました。

辞めた当時は、そのような決定がどのように否定的に費用化されるか予想もしていませんでした。

「教員を辞めた当時の私は、いろいろな意味で若かったと思います。本当に単純でした。たった1年で仕事を辞めるというのはタブーに近い行動でしたが、ごく最近は若い世代の人びとの多くがそうした選択をするようになりました。」

 

福島さんは英国人のボーイフレンドの選択を参考にして、フリーライターとしてのキャリアづくりに着手しました。

こうして彼女は増え続けるフリーランサーの群れに身を投じることになったのです。

教師以外にも自分の夢をかなえる方法があることに気づかせ、彼女の背中を押したのはフリーランスの映画製作者である英国人のボーイフレンドでした。

現在福島さんは現在、気に入ったところであればどこでも離れた場所にある日本の大企業の依頼による翻訳を続けながらフリーランスのパテント翻訳者になるためのトレーニングを続けています。

昨年依頼を受けたのはタイ、ヨーロッパ、そして日本国内各地の企業でした。

▽フリーランスという選択

 

自分が労働市場の一員となる際、敢えてフリーランスという選択をする日本の若者は増え続けています。日本の経済産業省は2017年、クラウドソーシング会社のランサーズ社の集計を基にフリーランサーとして働く人々が前年より約100万人増え1,120万人に達したと発表しました。

ランサーズ社は日本のフリーランサーが1年間で約18.5兆円の収入を得たものと推定しています。

 

日本政府も労働市場の変化の必要性を認識しているように見えます。

日本政府の作業部会のひとつが2016年以降、新しい雇用モデルを検討していますが、経済産業省はフリーランス人口が拡大すると予測しています。

 

フリーランス・アソシエーション・ジャパンで働く広報の専門家、平田まりさんは、国は経済の進歩を維持するために常時イノベーションを続けていく必要があると語っています。

技術革新が進んだことにより、企業の事務管理部門の仕事をフリーランサーにアウトソーシングすることが容易になりました。

ランサーズのようなクラウドソーシング・プラットフォームにアクセスすれば、必要とする人材のフリーランサーを簡単に見つけることができます。

 

▽ 働く人が主役になる社会

現在34歳の平田さん自身は、最初の子供を授かった時にフリーランスに転身しました。

そうして得た自由を愛していますが、彼女は負の側面について大きな懸念を感じています。

現実には大企業が提供する様々な補償が得られない生活は、日本のような管理社会では育児から住宅ローンの取得まで、人生においてさまざまな困難に直面することになりました。

「日本では社会保障制度を始めとするほとんどの制度は、フルタイムの正社員(正規職員)を念頭に設計されているのです。」

平田まりさんがこう語りました。

「正確に言うと、フリーランサーは一般企業が正社員に提供しているレベルの福利厚生を得ることはできないのです。」

 

こうした問題に取り組むために、フリーランス協会はフリーランサーにセーフティネットを提供するための独自の社会補償プランを立ち上げることを検討しています。

しかしほとんど銀行は個人に融資を行う際には、個人的な記録ではなく、その人が所属する職場の信用力によって判断するため、多くのフリーランサーが認証を得られずにいると言われています。

 

しかし海外生活が長かったり長期間海外で就労した経験を持つ若い人々は、より柔軟な働き方を目の当たりにした経験を持っているため、思い切ってフリーランサーの選択をする傾向にあります。

 

京都で生まれた小島愛さんは、米国の高校と大学に通った経験を持っています。

小島さんが学位を修了した際こう説明してくれました。

日本の大企業は社会経験を持たない『新卒』の学生を採用したがる傾向にあるため、型にはまった人間が多くなるのだと。

小島さん

オーナー企業のサラリーウーマン、そして外資系の多国籍業の法務職員として10年以上働いた後、小島さんは自分が思い描く人生に沿って仕事を設計できるのだということに気がつきました。

小島さんは最終的に京都で自分自身のベーカリーショップを開店することになりましたが、その前にフリーランスのパン職人として仕事を始めました

つい最近にはフリーランスのヨガの教師にもなっています。

 

小島さんはブーンという音をたてている業務用オーブンと2台の大型冷蔵庫が並ぶ小ぶりな調理場で、店の看板商品であるアメリカンスタイルの焼き菓子を忙しくパッケージする手止めずに話をしてくれました。

出来上がっているのはハート形のブラウニーと深皿焼きのアップルパイです。

彼女は未だ長時間働かざるを得ない状況にありますが、ビジネスは確実に成長しパン作りのレシピを公開することによって手数料収入も得られるようになりました。

彼女は最近、ベーカリーショップをより広く明るい場所に移転しました。

そこにはヨガ教室を開催することが出来る部屋が別に確保されています。

 

▽ 大名と藩士

 

長時間労働は自営業についてまわる危険のひとつだと、平田さんは言います。

一部の業種では、週100時間の労働ですら当たり前だと思われています。

フリーランスという立場が、彼らを使う側に悪用されるリスクもあります。

「日本企業には労働基準法に明確に定義されている記述に従わない傾向があります。」

平田さんがこう語りました指摘しました。

「日本の企業はフリーランサーを高度な技術を持つ専門家ではなく、ただ単に安価な労働者と見なしているという結論になります。」

 

賃金の支払いがトラブルになる可能性もあります。

一部の職場では口約束が一般的になっています。

労働した分の未払い賃金の支払いを求めても、それを受け採ることが困難になるケースがあります。

フリーランス協会やランサーズのような企業は、政府と協力してこうした状況を改善しようとしています。

平田さんはこうした取り組みが仕事の世界と社会の両方に影響を与えることを期待しています。

「現在、従業員と雇用する側との関係は江戸時代の藩主と藩士の関係に似て、『役務の提供と報酬』の在り方は封建的で家父長的傾向が強く、多くの従業員は上からの命令に盲目的に従わざるを得ない状況にあります。

私は日本の社会が一人一人の個人が柔軟な職業選択が可能になるよう願っています。

それが日本人がこうした問題を克服するための方法であり、「すべての市民のダイナミックな関与」を実現できる方法だと考えています。

 

 

http://www.dw.com/en/japans-freelancers-go-rogue-shun-salaryman-tradition/a-42428451

危機の時代のジャーナリズム《7》

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

所要時間 約 9分

ジャーナリズムの本質は、市民一人一人が抱く疑問の答えを一緒に探すこと

一般市民に変革のための力を感じさせる、市民改革が可能だと感じさせる、それが信頼されるメディア

 

 

キャサリン・ヴィナー / ガーディアン 2017年12月8日

購読、寄付、メンバーシップを通じガーディアンをサポートしていただくことにより 、市民一人ひとりの方に私たちのミッションに参加していただけます。
私たちは読者のみなさんが報道コミュニティの一員であることを歓迎しています。
それはガーディアンを読む、聴く、見る、そして情報を共有する、匿名で情報を送っていただく、あるいは報道プロジェクトに参加していただくことを意味します。

 

そして私たちは公共の利益のために働いている組織であれば、それが報道機関でなくとも協働することができます。

私たちは無記名投票や一握りの大手メディアが終わりを迎えようとしているのに、そこにしがみつくのではなく、世界中の一般市民が参加する新しい形の報道のあり方を受け入れなければなりません。

 

エザン・ズッカーマンはこう述べています。
「もし新しいニュース組織が一般市民に変革のための力を感じさせることができれば、市民改革が可能だと感じさせることができれば、これまで何年もニュースメディアに対して感じることができなかった力強さと信頼を取り戻すことができるでしょう。」

ガーディアンは現在、広告主よりも読者の方々に資金的に支えられています。
これは別に新しいビジネスモデルというほどではありません。
それは読者の皆さんがガーディアンのジャーナリズムの何に価値を感じているか確かめるチャンスを与えられたということです。

誠実な報道をするためには時間がかかり、努力も必要です。
そして慎重に事実を明らかにし、確固たる意見を述べるための基盤をしっかりさせなければなりません。
読者が持つアイディアや主張について、徹底して耳を傾けなければなりません。
それも1日限りではなく。
私たちが読者から直接資金を得ているということは、最も意味のあるテーマに焦点を当てなければならないということです。
慎重に予算を使う必要があり、それによって生み出されるものは1世紀、ガーディアンを創刊したC.P.スコットが思い描いた「発行部数の多さを鼻にかけるようなことが決してない偉大な新聞」でなければなりません。

 

深刻な時代にあっては、単なるニュース以上に思慮深く示唆に富んだ特集記事にたいする欲求は、当然ながらこれまで以上に大きくなることてしょう。
私たちの読者はテクノロジー、経済、科学、芸術に対する造詣の深いジャーナリズムによって、自らも成長を遂げたいと願っています。
ジャンクなみの情報でぱんぱんに膨らんだメディアなど望んではいません。

 

読者が望むのは、私たちがどのような時代をどう生きているのか役に立ちしかも楽しめる報道です。
トレンドを見つけ出したり気分を高揚させてくれたり、人生を肯定し何に触発され何に挑戦しようとしているのかなど他の人びとが語っていることを伝えてくれることです。
報道は楽しめる内容を持った面白いものでなければなりませんが、それはあくまで誰かを嘲笑するのではなく読者とともに楽しむという点にこだわらなければなりません。
読者の関心事は悪用されたり売り買いされるべき商品ではないのです。

私たちは事実のみを伝えます。
読者は信頼出来る情報を望みそして必要としている以上、私たちは事実であるかどうかにこだわります。

 

これが私たちの基本姿勢です。

政治について一時的な興奮を煽るようなメディアへの信頼が低下するにつれて、ガーディアンに対する世界中の人々からの支持が増え続けていますが、それは私たちが事実を尊重と公平であろうとしているからだと考えています。

かつてガーディアンは紙面に対する「コメントは自由です」という革新的な考え方を電子媒体上に取り入れましたが、今日の優先しているのは「事実は神聖なものである」というポリシーを保証することです。

ガーディアンの企業構造は完全に独立してものであり、政治的にも商業的にも直接的に影響を及ぼす個人も組織も存在しません。

中立を指向するジャーナリストとしての価値観だけが、掲載すべき記事であるか無いかの判断基準です。

それは途切れることなく、確信をもって維持され続けています。

 

私たちは常に一般市民が疑問に思う事柄を追い続け、そこにある疑問、これまでいかなるメディアにも取り上げられなかった疑問を探しています。

誠実な姿勢のまま、記者たちはあらゆる状況に謙虚にアプローチしています

記者たちはこれまでその発言を取り上げられることが無かった人々を見つけ出し、虚心にその話を聞いています。

ガーディアンの記者たちは話を聞くべき場所を知るようになりました。

私たちは大都市や大きな立派な建物を出て、時間をかけて取材をしていきます。

ガーディアンの解説は事実に基づいたものでなければならず、ニュースと論説は明確に区別されなければなりません。

私たちが提供するのは今日の社会問題について存分に見聞きし、議論することができる空間です。

私たちは新たらしい技術が生まれて来る最前線にいて、それがガーディアンの報道姿勢と読者の生活に本当に役立つように利用する方法を考案して行きます。

それらすべてにガーディアンのロゴがつくことに誇りを感じてもいます。

望むものを大量に供給して読者を圧倒するのではなく、読者にとって真に価値がある記事を編集して行きます。

印刷された紙面においても電子版においても、ガーディアンは解りやすい解説、ひと目でわかるビジュアル、そして持続性のある情報提供を行います。

近頃はジャーナリズムが次々と現れるプラットフォームに優先順位をつけたがる傾向がありますが、ガーディアンはジャーナリズムの存在理由を優先させなければなりません。

 

《8》に続く
https://www.theguardian.com/news/2017/nov/16/a-mission-for-journalism-in-a-time-of-crisis
+ – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – +

 

この記事を読むと、中立報道の本当の姿勢が見えてきます。

いかなる影響も排除し「中立を指向するジャーナリストとしての価値観だけが」報道するための基準だとしています。

これを念頭に置いて日本のNHKについて考えてみましょう。

多数のツイッターなどを参照していると、現在のNHKが戦前同様の国策宣伝機関に陥りつつある姿が浮かび上がってきます。

国民全員から聴取料を徴収して成り立っているその経営方法は「いかなる影響も排除し、中立を指向するジャーナリストとしての価値観に基づく」報道をするためなのではないでしょうか?

 

ところが現在のNHKは「一般市民に変革のための力を感じさせることも出来なければ、市民改革が可能だと感じさせることもできない」メディアだと言わざるを得ません。

NHKの報道担当部門における裁量権をお持ちの諸氏には、この記事をじっくりとお読みいただき、良心に恥じることがないかどうかお考えいただきたいものです。

テロ、そして戦争 : 史上最大の隠ぺい《5》

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

所要時間 約 10分

CIAによる対イラン工作について「二度とこの問題を取り上げるな…メモを破棄し、誰にも何も話すな…」それが当時の米国政権の要求

「イラクはすぐに片づく…次はイラン、シリア…」大量破壊兵器の保有を口実に次々と軍事侵攻することを計画していたアメリカ

 

デモクラシー・ナウ 2018年1月5日

私がアメリカを中心とする多国籍軍のイラク進攻について取材を進めていたまさにその時、CIAによる対イラン工作の問題が明らかになりました。

ご存知だと思いますが、イラクが大量破壊兵器を保有している可能性があるという事がイラク侵攻を正当化させた理由でした。

従ってイランが核兵器を保有しているのであれば、当然イラクの次はイランということになります。

それやこれやで私はイランの核問題とCIAによるイラン工作に関する記事を書くことは非常に重要だと考えました。

当時アメリカは翌年にはイランにも侵攻するという観測が行なわれていました。

 

「イラクはすぐに片づくだろう。次はイラン、シリア、そこらへんだろう…」

私はそうしたことはきわめて重要な問題であり、イラン、イラクいずれも密接な関連性がありニュース価値もあり、報道することは公共の利益のために避けて通ることはできないと考えていました。

 

しかし私がCIAに関する発言をするとすぐに、アメリカ政府の国家安全保障問題担当顧問だったコンドリーザ・ライスはニューヨーク・タイムズのワシントン支局長だったジル・エイブラムソンに電話をかけ、会見を要求しました。

そして、ジルと私は2003年の4月下旬または5月初めにホワイトハウスに行ったのです。

私たちはライスと当時CIA長官を務めていたジョージ・テネットに面会しました。

そして彼らは私たちに取材内容を発表しないよう強硬に要求しました。

ライスが私にこう言ったことを覚えています。

「この問題について二度とこれ以上電話などしてはならない。そしてメモを破棄し、この問題について誰にも何も話してはならない。」

しかしこうした圧力をかけたことで、彼らは私が取材した事実に間違いが無いことを証明した形になれました。

様々に話し合いをする中で、私が取材した事実と異なるとテネット長官が主張したのは、計画の失敗は実行段階でのミスによるものだという点だけでした。

ジルと私はこれ程までに頭ごなしの要求をされたことに驚きましたが、要は取材内容を一切公表するなという事でした。

しかし、繰り返しましすが、彼らの圧力は私の取材内容が正しいという事を証明することになったのです。

 

圧力をかけられ、私はなおさらすぐに記事を公開したいという思いに支配されました。

しかしちょうどその時は、皆さんが覚えておられるかどうかわかりませんが、ジェイソン・ブレアが引き起こしたスキャンダルによってニューヨークタイムズ全体に激震が走っていたときだったのです。

 

ジェイソン・ブレアはニューヨークタイムズの年若い新聞記者でしたが、少々問題を抱えていました。

彼の記事については疑問点が数多くあり、ニューヨークタイムズは危機的状況に追い込まれていました。

編集ガバナンスが問題となり、当時の編集主幹のハウエル・レインズは社を去らざるを得なくなりました。

そして暫定的に編集者が選ばれ、その後夏になって最後的にビル・ケラーが編集主幹に選ばれました。

そのため私は最終的にケラーに話を持ち込みました。

その結果ケラーはこの記事を公開しないことに決めました。

私は彼の結審を変えようと何度も試みましたが、彼の態度は頑ななままでした。

そしてその翌年にNSAによる国民全員の盗聴という問題が持ち上がってくることになったのです。

 

エイミー・グッドマン:そして、ニューヨーク・タイムズの編集主幹だったジル・エイブラムソンが2014年に放映された米国CBSのテレビ番組『60分(60 Minutes)』のインタビューで話をした時の様子をご紹介します。

彼女はジェームス・ライゼン氏が取材したイランの核開発計画を失敗に導くためのCIAの工作についての記事を傷つける努力についてこう語っています。

 

「ジル・アブラムソン:私は今となってはその事を後悔していますが、私の気持ちは公開しないという方向に傾いて行きました。

当時私たちは数々の大きな事件を扱っていましたが、私の中ではこの問題はさほど重要性は無いという結論に達したのです。

そうした決定をしたことを今は後悔しています。

私はともに働き、きわめて信頼のおける新聞記者であったジム・ライゼンを支持しなかったことを後悔しています。

エイミー・グッドマン:

これがニューヨークタイムズの編集主幹だったジル・エイブラムソンの発言内容です。

それではこの2つの問題が、ひとつはニューヨークタイムズに掲載されピューリッツァー賞を受賞したものであり、もうひとつはあなたの著作によって公開され、あなたが危うく刑務所送りになるところだった状況を説明しているわけです。
ジェームズ・ライゼン:

まあ、興味深い話ではあります。

お話した通り、一連のできごとは2003年のCIAによる対イラン工作が発端でした。

そして、2004年の国家安全保障機関(NSA)の問題へと続いて行きます。

 

そしてこれまでお話した通り、私はきわめて不満であり非常に憤慨していました。

ニューヨークタイムズの上層部が私が書いた記事を二度までも不掲載を決めた時 - それ以前にも私が書いた記事が採用されなかったことはありますが - このままでは私が取材を続けてきた事実を伝えることはできないと考えました。
9/11同時多発テロ以降の世界はテロが日常化してしまっていますが、そうした事実をきちんと伝えるためにはもうニューヨークタイムズの紙面だけでは無理だと考え、本を出版する決心を固めたのです。

2004年12月、国家安全保障機関(NSA)による大規模な盗聴事件の記事の不掲載をニューヨークタイムズが再び決定した後、私は自分の予定していた本の出版の準備に取り掛かりました。
私はニューヨークタイムズが不掲載にした二つの事実を世の中に対し明らかにしたかったのです。
私が言ったように、私はその論文に戻ってきました。
2005年の夏の終わり、お話しした通り私はニューヨークタイムズの上層部に再び掛け合いました。
私が取材した二つの大きな事件に関する著作をニューヨークタイムズ社が出版すべきだと迫ったのです。
しかし交渉はいつの間にか国家安全保障機関(NSA)の大規模な盗聴事件に絞られることになり、CIAによるイラン工作の記事は取り上げられなくなっていました。

 

そして結局、お話しした通りニューヨークタイムズ社はNSA事件の著作は出版しましたが、CIAの対イラン工作の本は出版しませんでした。
それは2005年の冬を迎え、核心部分の交渉のタイミングが遅くなってしまったからではありませんでした。
私たちの一連の話し合いの対象にならなかったのです。

そして私の本が出版されると、ブッシュ政権はCIAの対イラン工作、国家安全保障機関(NSA)による大規模な盗聴事件に関する私の取材源を特定しようと躍起になりました。

特にニューヨークタイムズに掲載されたNSAの取材源を特定しようとしました。
私が誰からその話を聞き出したのか、突き止めようとしていました。
後で気がついたのですが、ブッシュ政権が私の取材源を突き止めようと動いたのはそれで2度目でした。
彼らは著作の中の全ての章の中身を検証し、どれだけの問題があるか検証していましたが、それらはニューヨークタイムズの紙面には載っていませんでした。
彼らの狙いは私でした。
ニューヨークタイムズとは切り離していました。
そして最終的にCIAの対イラン工作の記事をターゲットにすることを決定したのです。

 

対イラン工作とは何の関係もない記事についてFBIの捜査官と政府当局者が調査を続けていた事実を私は分かっていました。
私は一挙一頭足を見張られているように感じていました。
彼らの眼中にはもうニューヨークタイムズはありませんでした。
大陪審は国家安全保障機関(NSA)による大規模な盗聴工作についてニューヨークタイムズに対する機密漏洩については刑事訴追しないことを決定しました。
その代わりに第二大陪審はCIAの対イラン工作に関する私の著作について訴追の検討を始めたのです。

 

《6》に続く

https://www.democracynow.org/2018/1/5/the_biggest_secret_james_risen_on

+ – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – +

 

日本の給与所得が低下、消費者支出に悪影響 – 日銀のインフレターゲットに暗雲

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

所要時間 約 12分

「アベノミクス」は企業の整備投資を増やすことには成功したが、労働者の賃金を引き上げるという課題には成功していない

消費者物価と賃金の低迷は、持続的成長によってインフレが進行するというシナリオが実現しなかったことを証明した

 

スタンリーホワイト / ロイター 2018年2月7日
2017年12月、日本の賃金水準が5カ月ぶりに低下しました。

給与所得の減少は消費支出の削減につながる可能性があり、日本銀行が設定している2%のインフレ目標の達成が増々危ういものになっています。

 

低迷したままの賃金はまた、毎年行われる春の労使交渉で企業側に3%の賃上げを求めている日本政府があらためて難しい課題に直面していることを示唆しています。
安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」は、企業の整備投資を増やし、女性を労働市場に引き入れることには成功しましたが、依然として企業に賃上げを促すという課題には成功していません。

三菱UFJモルガン・スタンレー証券のシニア・マーケット・エコノミスト、藤内修二氏はつぎのように語りました。

「名目賃金の上昇率は価格にまったく追いついていません。」

「これはアベノミクスの開始以来、ずっと問題になっていることです。政府の3%の賃上げ目標を達成することには相当な困難が伴います。」

 

インフレ調整後の実質賃金は昨年の12月、前年同期と比較して0.5%下落したと労働省のデータが示しています。

前の月の11月は0.1%とわずかな上昇を示していしまたが、2017年7月に1.1%の年間最大の減少以来、最大の減少となったを記録しました。

2017年の年間の実質賃金はマイナス0.2%となり、0.7%の増加を記録した2016年と比較して対照的な結果となりました。

12月の名目上の現金収入は前年同期比0.7%増加しましたが、前月の0.9%に比べ増加のペースが遅くなったというデータが公開されました。

同じ統計によれば12月の名目上の現金収入は前年同期比0.7%増加になりましたが、前月の11月が0.9%の増加だったのに対し、増加の幅が縮小しています。

賞与を含む臨時収入は12月には0.7%増加、前月の11月には年率換算で7.8%増加しました。

これは多くの企業が12月からひと月前倒しして11月に年末賞与を支払ったためだと見られています。

企業活動の強さのバロメーターである時間外手当の支給額は12月に0.9%上昇しましたが、11月の年率換算1.9%に比べるとこちらも低下傾向にあります。

 

一方日本銀行の統計によると、昨年の4〜6月の日本の出力ギャップは需要が生産を上回る幅がこの9年間で最大になりました。

日銀の関係者と外部のエコノミストなどはこの結果を見て、価格の下落傾向が年末に向けて終息し、

インフレが加速する肯定的な兆候と捉えていました。

しかし明らかになった消費者物価と賃金のデータは、持続的成長によってインフレが進行するというシナリオが実現しなかったことを示すことになりました。

 

企業側は製品価格の引き上げにより価格動向に敏感な消費者離れが進むことを警戒していますが、日銀の当局者は好調な経済成長率によりインフレ局面への転換が進むことを期待しています。

 

日本政府による正式な発表は次週になりますが、ロイター通信社の独自調査では日本経済は2017年10月から12月にかけての第4四半期まで8期連続の成長を遂げる見通しであり、約30年ぶりの連続経済成長が見込まれています。

 

https://uk.reuters.com/article/us-japan-economy-wages/japan-wages-fall-in-blow-to-consumer-spending-bojs-inflation-quest-idUKKBN1FR04I

+ – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – +

 

【 ビットコイン : これから先の運命と時系列ごとの評価 】

代表的仮想通貨について何か大きな動きがあったのはいつ?そして何があったのか?

 

アーサー・サリバン / ドイチェ・ヴェレ 2018年2月6日

上がったものは必ず下がる

古(いにしえ)の知恵はこう語りました。

それはビットコインにも当てはまるのでしょうか?

その答えを探るため、仮想通貨(正しくは暗号化技術に基づく仮想通貨)の価値が下落を続ける現在に至るまでの経緯をグラフにしてみました。

その我々はこれまでの劇的な旅を描いています。

 

もしあなたが1年間俗世間とはかかわりのない世界に住んでいたのであれば、ビットコインの話は驚異的なはずです。

しかし現実世界で暮らし仮想通貨に関心を持ち、その可能性に大きな期待を抱いていた人々にとっても、今やその評価はかなり混乱したものになっているはずです。

 

仮想通貨全体の動きを象徴する何か指標のものは無いかと模索する人は、ビットコインのこれまでの動きに注目すべきかもしれません。

以下のグラフはビットコインの価格が2010年7月から現在までどのように変化したかを示すビットコインスペシャリスト、コインデスク(CoinDesk)のデータに基づくものです。

ほとんど素人に近いマーケットウォッチャーでさえ、そのパターンを見分けることは簡単なはずです。2014年まではほぼ横ばいの状態が続いた後、2017年初頭から突如起伏が急激に上がり始めます。

外見上これ程起伏が激しいのはニューヨークのマンハッタンの夜景以外ありません。

 

これまでビットコインに関連して何か大きな動きがあったのはいつ?そして何があったのでしょうか?

これまで転換点となった出来事のいくつかを振り返ってみましょう。

 

▽はじまり

 

2008年8月18日:

ドメイン名bitcoin.orgが登録されました。

何かが起こりそうな予感がありました。

3ヵ月後、中本哲名で「ピアツーピアの電子通貨システム」(Bitcoin:Peer-to-Peer Electronic Cash System)というタイトルの謎の論文がオンラインで公開されました。
2009年1月3日:

中本氏が本当のところどういう人物なのかは明らかにされていませんが、彼はビットコインの登場を効果的に演出することにより有望な鉱脈を掘り起こすことに成功しました。

恐らくは金融危機に対する憤りから、彼もしくは彼女は1年以上を費やして怒っていた彼は、31,000行に及ぶ複雑なソフトウェアを書きあげました。

その目的は、従来の銀行システムや金融政策の手が及ばない場所に金融市場を創り出すことでした。

2009年10月5日:

最初の米国でのビットコインの為替レートは、ニューリバティ・スタンダード(New Liberty Standard)というサイトから発行されました。

この時点で、1ビットコインは1USドルの約7%の価値しかありませんでした。

 

2010年5月22日:

ビットコインを使用した最初の商取引が行なわれました。

以前に以前ビットコイン・ソフトウェアの制作に関わったプログラマーが10,000ビットコインでの2枚のピザを購入したのです。

いわゆる「ビットコイン・コミュニティ」では、5月22日はビットコイン・ピザデイーとして知られています。
2010年8月15日:

ビットコインの脆弱性が悪用され、セキュリティをかいくぐって無制限にビットコインを作りだしました。

数時間以内に問題は解決され、バグによって生成されたビットコインはすべて削除されました。
▽上昇局面へ

 

2010年12月27日:

最初の1年をビットコインは1ビットコインあたり$ 0.29ドル(0.23ユーロ)という評価で終えました。ちょうど1年前の1セント未満のという価値と比べると大きな飛躍になりました。

2011年4月12日:

この年の2月に1ビットコインイコール1米ドルという水準を突破しましたが、一度下落したもののその後は1ドルを下回ることは無くなりました。

投資家、エコノミスト、ジャーナリストすべてがビットコインに対し継続的に関心を払うようになり、従来の支持層である一定の範囲を超えてますます注目を集めるようになりました。

 

2011年11月14日:

ビットコインの乱高下の初期の兆候は2011年にすでに明らかになっていました。

6月6日の22.59ドルという高値から11月14日までに2.26ドルになり、90%の値下がりとなりました。この崩壊は6月19日世界をリードするビットコインの交換所のひとつで東京に本拠を置くマウント・ゴックスがハッキングされた後発生しました。

最終的には対処されましたが、投資家を驚かせることになりました。

セキュリティ、不安定な価格、犯罪の対象になりやすいという性格に対する恐れから、ビットコインはデフレスパイラルに入りました。

 

2013年11月29日:

ビットコインは2012年を通じて着実に価値を回復し、2013年に入るときわめて早いペースで上昇し、年末に向けて大ブームを起こして10倍の値上がりを数週間のペースで達成しました。

背景にあったのは中国人投資家の急増だと考えられています。

11月下旬にピークを迎えますが、2014年に入ると少しずつ値下がりして行きました。

ビットコインの価値は今後3年の間は800〜200ドルの間で、荒い値動きを続けることになると見られています。

 

http://www.dw.com/en/bitcoin-charting-the-life-and-times-of-a-cryptocurrency/a-42470161

テロ、そして戦争 : 史上最大の隠ぺい《4》

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

所要時間 約 8分

世界を代表するメディアを自認するなら、民主主義の成り立ちや一国の政治を変えるほどの事実を報道するかどうかは極めて重要な問題であったはず

手が込んでいるにも関わらず、肝心な点がずさんだったCIAの対イラン工作

 

デモクラシー・ナウ 2018年1月5日

エイミー・グッドマン:
紆余曲折の末、ニューヨークタイムズに掲載されたブッシュ政権の大規模盗聴疑惑に関する記事であなたとエリック・リッチブラウ記者がピュリッツァー賞を受賞したのですね?
ジェイムズ・ライゼン:
そう、その通りです。私たちはさらなる追跡記事を書こうとしていました。

 

エイミー・グッドマン:
そして当然ながらニューヨークタイムズ社もピュリッツァー賞を受賞したのですね?
ジェイムズ・ライゼン:
そう、そう、でもそのことで自分は非常に割り切れない気分にさせられました。
私はこの記事を書いたおかげでニューヨークタイムズ社内における不服従分子だと思われたのですが、同じ記事で私も会社もピュリッツァー賞を受賞したわけです。
同じ理由でまず社内で戦うことを強いられ、次は外部から賞賛を具体的な形で受け取るというこれまでにない経験をすることになったのです。

エイミー・グッドマン:
ここにピュリッツァー賞選定委員会のコメントがあります。
「慎重で懸命な情報源を確保したことにより、秘密裡に行われた国内での盗聴疑惑を明らかにしたことにより、大規模なテロの防止と市民の基本的人権のどちらを優先すべきかという課題について、幅広い議論を喚起した。」
ピュリッツァー賞をしたことで当然ニューヨークタイムズ社もあなたと一緒に祝杯をあげたことと思いますが、彼らはあなたを祝福してくれましたか?後で謝罪などはありましたか?
ジェイムズ・ライゼン:
いいえ、謝罪はありませんでした。
祝杯をあげただけです。
この記事を書いたことで自分は随分奇妙な運命に見舞われたな、というのが正直な感想でした。
ほんの数ヶ月前までは、記事が公表される前に本が先に出版されることになったら私はニューヨークタイムズから解雇されるのではないかと危惧していました。
それが今や祝福される立場に変わったのです。

 

「この瞬間は、私の人生の中で最もやりきれない時間かもしれない。」
私はそう感じていましたが、口には出さないことにしました。
私はニューヨークタイムズ社主のサルツベルガーと編集主幹のケラーに言われた言葉を思い出していました。
「君がこの記事を書いたことで、我々がどれほどの面倒に巻き込まれてしまったことか…」
少なくとも私はその時点では、この記事に関してそれ以上何か交渉をするつもりはありませんでした。

エイミー・グッドマン:
謝罪と言えば当然、それはあなたに対してだけでなく、アメリカ国民に対しても謝罪が行われるべきものでした。
なぜなら『世界的新聞社』としての価値を自認するのであれば、民主主義社会の成り立ちや一国の政治を変えるほどの事実を報道するかどうかは極めて重要な問題であったはずです。
ジェイムズ・ライゼン:
その通りです。

 

エイミー・グッドマン:
さてニューヨークタイムズ社が記事の公開を押さえ込んでいたというのとは別の問題、もしこの情報源を明らかにしなければ刑務所行きだと脅された問題についてお聞きしたいと思います。
ブッシュ政権下でこうした脅威にさらされていたあなたは、オバマ政権になればすべてが変わると考えておられたようですが、事実は逆でした。脅威は大きくなってしまいました。
さてここにお迎えしているのは、ピューリツァー賞を2度受賞したジャーナリストであり、ベストセラー作家であり、現在はインターセプトの国家安全保障問題を担当する特派員を勤めるジェイムズ・ライゼン氏をお迎えしています。
ジェイムズ・ライゼン氏はそれ以前はニューヨークタイムズで働いていました。

さてジム、これまでブッシュ政権が国家ぐるみで行った盗聴工作に関するお話をうかがってきましたが、もうひとつの国家的陰謀についてお話をいただいてよろしいですか。

ニューヨークタイムズ紙が最終的に公表しないことを決定したイランに関わる問題です。

この件であなたには刑務所で一生を終わる危険が生じたのですね?

 

ジェームズ・ライゼン:

そうです。私は2003年CIAがイランの核開発計画に影響を与えようとする極めてずさんな計画を実行したという証拠を手に入れました。

CIAは政権内部の離反者のひとりからロシアの科学者が作成した設計図を入手し、これにアメリカの科学者が計画が失敗するように誤ったデータを書き込み、これを再び元の場所に戻すというものでした。

 

ジェームズ・ライゼン:
そうです。私は2003年CIAがイランの核開発計画を妨害するため極めてずさんな計画を実行したという証拠を手に入れました。
CIAは政権内部の離反者のひとりからロシアの科学者が作成した設計図を入手し、これにアメリカの科学者が計画が失敗するように誤ったデータを書き込み、これを基に製作すれば必ず失敗するというものでした。

そしてここにもう一人別のロシア人科学者が登場します。
彼は金欲しさにロシアの機密情報を密かにイラン側に売り渡す科学者を演じることになっていました。

しかし問題がありました。
この密かにアメリカに協力することになっていたロシア人科学者は偽の情報が書き込まれた設計図を見て、CIAに次のように指摘しました。
「これでは誰が見ても一目で偽物だと解ってしまう。」

 

しかしCIAはあくまで計画の実行にこだわりました、用意した『設計図』の欠陥が明らかであったにも関わらず…。
ロシア人科学者はこの設計図がウィーンの和平会議の席上イラン側の手に入る際、一通の手紙を添えたのです。
「この設計図には問題があるかもしれない。」
お解りですか、ロシア人科学者はイラン側が自分に疑いの目を向けないように、渡した設計図には欠陥があるという見解を添えたのです。

CIAがこの時行った工作全体の中で、結局この点が最大のポイントになりました。

イラン側の科学者たちがこの設計図をどう扱ったのか正確なところは知りようがありませんが、あらかじめ密かに欠陥があるということを知らされていた以上、からはそれを容易に判別し、偽の情報を除外して使える部分だけを利用したということは十分に考えられます。
どのような工作であれ、これではうまくいくはずがないのは自明のことです。

 

《5》に続く
https://www.democracynow.org/2018/1/5/the_biggest_secret_james_risen_on
+ – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – +

テロ、そして戦争 : 史上最大の隠ぺい《3》

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

所要時間 約 11分

国民全員の盗聴をしていたという事実、何としてもその隠蔽を続けようとしたブッシュ政権

今ここで行動を起こさなければ、もはや自分というものに価値を感じられなくなってしまうかもしれない…

 

デモクラシー・ナウ 2018年1月5日

エイミー・グッドマン:

ブッシュ政権は公になれば大統領選挙で命取りになりかねない、国民全員を対象にした違法な盗聴活動を行っていた、その事実を伝える記事を公表しないことによって、ニューヨークタイムズは引き換えに何を得たのですか?

 

ジェイムズ・ライゼン:ニューヨークタイムズは何も手に入れませんでした。

唯一手にしたものは、彼らが私を怒らせたことだと思います。

そしてニューヨークタイムズが私たちの記事を掲載しないことを再度決定した時、私は本を出版する決心をしました。

真実を公表するための手段はそれしか残されていないと考えたからです。

その時私が感じたのは、それまでの数年間、他にも私の場合同様、ニューヨークタイムズには隠したり公開を見合わせた情報がたくさんあったのだろうという事でした。

 

その事に気がついたという事は、私にとって自分の手に最後の選択肢が残されたという事でした。

今ここで行動を起こさなければ、もはや自分というものに価値を感じられなくなってしまうかもしれない、そう思いました。

私はもうニューヨークタイムズの記者を続けたいとは思っていませんでした。

これ以上事実を隠ぺいするという作業を容認はできない、そう感じていのです。

そして私はもう一つ別のドキュメンタリー、アメリカ中央情報局(CIA)がイランで犯した失敗について詳述する記事と併せて、ブッシュ政権による大規模な違法盗聴に関する著作を発表することにしました。

私は原稿を準備して編集しこの本をいつでも発刊できるようにした後、ニューヨークタイムズの編集者に対し、この本を出版すべきだと迫ったのです。

 

私はこのことについて2005年の夏の終わりから初秋にかけ、ニューヨークタイムズと話し合いました。この時点で私の本は2006年1月に出版の予定が決まっていました。

ですから私はこの本が世に出る前に彼らにかなりの時間を与えたつもりでした。

私の本の内容がニューヨークタイムズの編集陣が2度に渡って記事の差し止めを行ったそのドキュメンタリーだと解った時、彼らは私に対し怒りを露わにしました。

 

彼らの怒りは相当なものでした。

彼らは私を反抗的だとみなしたようですが、そのような考え方自体私はジャーナリストとして持つ必要が無いと考えていました。

組織に対し従順であるという考え方は不要だと私は考えていました。

一方のニューヨークタイムズはそこまでする権利は私には無いと考えていました。

そして再び私と編集者との間に、お互い次に何をすべきかという事を巡って非常に緊張した一連の話し合いが行なわれたのです。

エイミー・グッドマン:

ジム、ここに2014年に放映された米国CBS放送『60分(60 Minutes)』の番組で、CBSのレスリー・スタール氏がニューヨーク・タイムズの編集長ビル・ケラー氏がホワイトハウスに召喚された際の話し合いについて質問しています。

ニューヨークタイムズがあなたの記事を公表しないことを決めた経緯について語っています。

 

「ビル・ケラー:ブッシュ大統領自身が私にこう話しました。

「9/11のような攻撃がもう一度起きてしまったら、我々はアメリカ議会に出向き、なぜ2度もこのような攻撃を防ぐことが出来なかったのか釈明を求められることになるだろう。もしそうなったら、君に私の脇に居てもらうことになるぞ。」

それはあなたもお分かりの通り、

「お前の手も血塗られたものになるのだぞ。」

という意味でした。
レスリー・スタール:

つまり大統領は「もし何か間違いが起きたら、お前たちに責任をとらせるぞ。」

と言ったという事ですね。

ビル・ケラー:「その通りです。」

エイミー・グッドマン:そうです、彼こそ当時のニューヨークタイムズの編集主幹ビル・ケラー氏です。
ジェイムズ・ライゼン:

それは実際には、後になってから行なわれた話し合いでした。

記事の公開前に行われた最後の話し合いでした。

それ以前にもアメリカ政府との話し合いが行なわれており、その段階で合意は成立していませんでした。

まだ記事を非公開にするという決定はなされていませんでした。

すべての話し合いの最後に大統領との会談が行なわれたのです。

 

エイミー・グッドマン:

それですべてのプロセスが終了したのですね?

ジェームズ・ライゼン:

そうです。

エイミー・グッドマン:

そしてあなたがあらゆる手を打った結果、最後にはニューヨークタイムズ社もあなた方の記事を掲載することを決定したのですね?

ジェームズ・ライゼン:

そうです。同社は2005年の冬の秋、記事の中身が以前より良くなったという見解を示したのです。

まあ、幾分かの真実も含まれていますが…

実際その通りでした。私と同僚記者のリッチ・ブラウは事実を裏付けるためのさらに多くの情報を手に入れ、ブッシュ政権が行なった計画をさらに詳しく検証していたのです。

はじめにまず最終的にニューヨークタイムズがこの記事を掲載することに決定した背景には、いくつかの要因があったと私は考えています。

ご存知かもしれませんが、私の本はすべてのプロセスをもう一度始めからやり直しました。

そして2004年12月にニューヨークタイムズ紙が再度この記事を不掲載にしたことで、この記事のタイミング的な意義は失われてしまいました。

 

そして私が声を大にして言いたいのは、ニューヨークタイムズが結局はこの記事を掲載することにした唯一の理由は、掲載してもしなくとも、私の著作によってすべての事実が公表される予定になっていたという事です。

そして再び2005年の秋にかけて、ニューヨークタイムズとアメリカ政府との間で一連の新しい交渉が始まりました。

自分の本が2006年1月に発行されることが決まっていた私は、こうした事態について非常に心配していました。

結局この交渉は最後にはニューヨークタイムズ社主のサルツベルガーとブッシュ大統領本人との話し合いに行きつきました。

こうしてサルツベルガーとブッシュ大統領の会談が終わった後も、ホワイトハウス側は尚ももっと多くの人々と交渉を続けることを望んでいました。

一方私はと言えばその時点で、ニューヨークタイムズ側は必要とされるスピードでこの件の処理を進めるつもりはないのではないかと強く懸念していました。
彼らはこの問題にタイムリミットがあるとは、認めたくない様子でした。

しかし幸運なことに、一緒に記事を執筆した同僚のエリック・リッチブラウが土壇場で特ダネ級の新しい情報を手に入れました。
信頼できる情報源から、ブッシュ政権がニューヨークタイムズに対して記事の公開を差し止めさせるため、裁判所から命令を出すための措置を検討しているという情報がもたらされました。

 

アメリカ政府がニューヨークタイムズとの対決を考えているという情報がもたらされたのは、ベンタゴンペーパー( http://kobajun.biz/?p=32720をご参照ください )以来初めてのことでした。
ここに至ってニューヨークタイムズもようやく決心しました。
その情報がもたらされたその日のうちに私たちの記事の掲載を決定したのです。
確定するのに夜までかかりましたが、編集主幹のケラーがホワイトハウスに電話をし、私たちの記事を掲載する決定を伝えました。
この際、1970年代のニューヨークタイムズとの違いはインターネットがあったことでした。
ケラーがホワイトハウスに電話をした直後、私たちは記事をオンライン上で公開するための準備を大急ぎで始め、翌朝にはオンラインで公開することができました。

 

こうして私は記事を書いてそれが発表されるまで2年という月日を費やすことになったのです。

 

《4》に続く

https://www.democracynow.org/2018/1/5/the_biggest_secret_james_risen_on

+ – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – +

 

この原稿の翻訳を続けていた2月4日の新聞の第1面に

『米「使える核」追求 - 新戦略方針・使用条件を緩和』

の見出しが出ていました。

同じデモクラシー・ナウ!の記事の【 米国の核戦争実施計画、その立案者が告発する! 】( http://kobajun.biz/?p=32720〜 )をご紹介したばかりですが、「我々は核兵器を持っている、持っているのになぜそれを使ってはいけないのだ?」と会議で3回繰り返したトランプ( http://kobajun.biz/?p=32747 )とあったように、いまやアメリカは安全保障上の国際問題を解決したいのではなく、とにかく核兵器を使いたいのだと思います。

その理由は

幼稚な頭脳構造を持った無知で無分別な大統領が、現在のアメリカを率いているから( http://kobajun.biz/?p=32563 )に他なりません。

まさに今、私たちが求められているのは「今ここで行動を起こすこと」なのではないでしょうか?

新聞の記事には『核の傘』を正当化し、無知で無分別な大統領に盲従する日本の政権などがトランプを調子づかせているとの指摘もありました。

まずはなぜ日本の政治が幼稚な頭脳構造を持った無知で無分別な大統領に盲従しなければならないのか、徹底的に疑問をぶつけましょう!

危機の時代のジャーナリズム《6》

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

所要時間 約 10分

どこかの『群れ』に属したいという不安は独裁主義やファシズムに利用される危険性がある

『これまでの秩序と態勢を崩壊させる』転換点に立つわたくしたちには現代、ありのままを伝える報道が必要

直面している現実のすべてを変えることはできないが、現実に直面しなければ何も変えることはできない

 

キャサリン・ヴィナー / ガーディアン 2017年12月8日

こうした従来の価値観の崩壊と貧富の差の極端な拡大、その両方が個人レベルにおける別の一連の危機につながっています。

今年、世界保健機関(WHO)は、過去10年間にうつ病の症例が急増したことを発表し、世界中の疾病原因の上位を組めるようになっていることが明らかとなっています。

孤独は今や西側社会全域に蔓延する病として認識されるようになりました。

私たちの生活はますますつかみどころの無いものになっていますが、一方ではコミュニティの一員としての認識あるいは市民型参加によって得られる喜びを見出すことができます。

 

人々は長い間互いに助けあい、同じ場所に立ち、経験を共有し、地域社会の一員となり、自分たちの生活を支配する力に影響を与えてきました。

しかし日常生活の中でこうした一体感を達成することは難しいものです。

ギグ経済時代の職場はもはや、多くの人々が共に集まる場所を提供してはくれません。

そして宗教の影響力も減少しました。

技術という言葉は、互いに顔を合わせるのではなく、画面を介してコミュニケートする機会が圧倒的に多いということを意味することになりました。

 

しかしこれは危険な時代の到来を意味するものです。
こうした状況は独裁主義とファシズム運動の温床となっています。
そう考えれば、人々が不安や混乱を感じるのは驚くべきことではありません。
どこかの『群れ』に所属したいという欲求は、暗い場所で灯りのついた家を見つけるのと同じように簡単に実現できるようになりました。

群れに加わるための新しいやり方は、憎悪を煽るのと同じように簡単に実行できるのです。

この種の今日の危機的状況は、第2回でご紹介した『ピータールーの虐殺』が『古い秩序と態勢を崩壊させるきっかけとなった」というA.J.P.テイラーの発言を思い起こさせます。
同様に今日の危機的状況こそ再び『これまでの秩序と態勢を崩壊させる』転換点となっているのではないかと思わないわけにはいきません。

『ピータールーの虐殺』の現場での熱狂的興奮を受け、大勢の一般市民が平等な投票権を要求しましたが、マンチェスター・ガーディアンこうした人々の気分を捉え、人々にどう応えるべきかその方法を見つけ出しました。
起きていることを否定したり過少報告するのではなく、現実を把握し的確に伝えること、そして適切な解釈に努めその『情報を得ることが役に立つ』ようにすることです。
答えを出すことに急を要する問題は、ガーディアンは今日どうあるべきかということなのです。

 

こうした危機への対応法のひとつが失望と現実逃避です。
スマートフォンの世界にどっぷり浸かること、あるいは暗黒社会のテレビを見ることです。
別の対応法は世の中のシステム全体がすでに機能しなくなっていると宣言し、すべてを破壊する必要があると主張することです。
一部の人間たちがこのやり方を支持していることが、最近の政治的な混乱を説明する理由のひとつになるかもしれません。

しかし失望というのは拒否感情のひとつです。
人々は再び希望を感じられるようになりたいのです。
そして特に若い人たちほど、かつての世代と同様の希望を感じることを切望しています。

レベッカ・ソルニットはその霊感に満ちた著作「暗闇の中の希望」の中で、希望は現実を単純に否定することを意味するものではないと述べています。
「希望とは、未知のものと不可解なものを取り入れたもので、それは楽観主義者と悲観主義者双方がそれぞれ信じ込んでいるものに代わるべきものだ。」と記しています。
私たちが行動することには意味があり、行動することこそが重要であるという信念です。
「本物の希望」には「明快さと想像力が必要だ」とも記しています。

そして希望とは何にも増して、私たちジャーナリストたちが市民と一緒に行動することにより変化を実現させることができるということを信じることです。
そのためには、私たち市民がもっと大胆でなければなりません。
ジェームス・ボールドウィンは1962年、
「直面している現実のすべてを変えることはできない。」
と書きました。
しかし
「現実に直面しなければ、何も変えることはできない。」
と続けています。

今日のジャーナリストは既存の力が限界に達してしまっていることを受け入れ、新しい種類の力が良い結果に繋がるのかどうか可能性を検討する必要があります。
ジャーナリストは1821年にガーディアンの設立を宣言したときのように、突き放すことなく自分たちの利害にとらわれることなく市民の側に立って世界と対峙する必要があるのです。

 

人びとがより良い世界をつくることを望んでいるのであれば、報道機関のプラットフォームは人々の想像力を大きく膨らませるために使われなければなりません。

希望に満ちたアイディア、これまでなかった選択肢、物事のあり方はこうあるべきだという形ではないという発想が必要です。

ただ単に現状を批判するだけでは何も解決しません。

私たちはそれに変わることが出来る新しいアイディアを探さなければなりません。

希望を築く必要があるのです。

 

その実現のため、ガーディアンは可能な限り幅の広いしかも進歩的な視点を取り入れていきます。

私たちは政策やアイディアを支持する事はありますが、それを打ちだした政党や個人を無条件で支持するつもりはありません。

そして私たちは真実に基づく報道に専念します。

激動の時代には、たった一人だけが正しい考えを持っているなどという事はありえません。

今後報道の焦点は、特に英国、米国、オーストラリアなどの国では、市場における競争と個人的利益の追求を最優先し、自然界の法則や公共的利益を二の次にしてきた過去30年間の経済的前提が行き詰まりを見せることになるでしょう。

これからの報道は良識によって社会を編み直すため、これまでとは別の原則と手段を追い求める必要があります。

 

しかし現在は社会に対する認識の中身が変わり、権力や影響力といった力がかつてとは違う場所に存在しています。

そのため良識が支配する社会を実現するためには、微妙な差異を見分けること、広範な知識、新たな発見、それらをまとめる力や歴史が必要になります。

近代から最近までの政治的原則は、現代における原理としては通用しなくなりました。

私たちが進むべき方向には確実な見通しなどは無く、未知の事態が待ち受けています。

専門家の意見に頼りがちな私たちですが、それだけでは不十分です。

なぜもっと多くの人々が現状を変えようとしないのか、問いかけていかなければなりません。

 

公共の利益を守るべきこの種のジャーナリズムは、現在進行中の変化について深く理解する必要があり、そのために私たちは、相手がたとえ私たちの読者でなくとも、絶やすことなくその意見を聞き続けていきます。

そのためには私たちはあらゆる階層を代表する人々を、スタッフとして迎え入れる必要があるのです。

私たちはジャーナリストがそれぞれ異なる物語を取材し、異なる受け止め方をし、異なる分析を行い、関連性について異なる認識を持ち、沈黙する人々に発言を求め、それまで無視されていた地域や話題にスポットを当てる、言い換えればジャーナリズムを良くするようにする必要があります。

私たちは一般の人々の意見を真剣に受け止め、私たちの主題、情報源、読者として大切に接して行きます。

読者とジャーナリズムの関係は手早く処理すべき業務ではありません。

読者とジャーナリズムは目的意識を共有し、私たちが現在生きている時代を理解し解析していくことに互いに関わっていくべきです。

 

《7》に続く
https://www.theguardian.com/news/2017/nov/16/a-mission-for-journalism-in-a-time-of-crisis
+ – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – +

このサイトについて
ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
最近の投稿
@idonochawanツィート
アーカイブ
カテゴリー
メタ情報