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星の金貨 東日本大震災や音楽、語学、ゴルフについて語るブログです。

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【 福島第一原発のメルトダウン、終わらない悲劇の実相 】《2》

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所要時間 約 8分

原発事故は物理的に故郷を消滅させただけではなく、心のよりどころすら奪ってしまった
行政や企業の利害によってゆがめられる情報、人々を支配する混乱と困惑
避難所から別の避難所へ、そして仮設住宅へ…過酷な環境の変化に耐えられずに命を落とした女性がいた

 

フェアウィンズ 3月3日

アーニー・ガンダーセン :
それでは事故発生から4年が過ぎた福島を訪問したフェアウィンズの理事、金子ちほさんに現地の状況について詳しくお話しいただくことにしましょう。

金子 :
日本に行っても、東京に留まっている限りは、福島第一原子力発電所の事故のような巨大災害が発生したことを実感する人は誰もいないでしょう。
そこにあるすべてはごく当たり前の風景です。
しかしいったん福島に、特に福島第一原発の周辺市町村に足を踏み入れたなら、全く異なる生活風景を目にすることになります。
多くの市町村やその中の一部地域は住民が生活することはもちろん、立ち入りも厳しく制限されており、その場所はゴーストタウンが連なっているように見えます。
沿岸部に行ってみると4年が過ぎた今も、津波によってひっくり返った車が誰も手を触れることなくその場に放置されています。

浪江06
アーニー・ガンダーセン :
それら地域の津波によって破壊された建物も放射能に汚染されているため、修理されることはありません。

金子 :
その通りです。
その上街が破壊されてしまったため、地域社会も同時に破壊されることになってしまいました。
物理的に多くの人々が故郷であった町や村で暮らせなくなっています。
それだけの事なのでしょうか?
仮に故郷であった市町村に戻ることが許可されても、もうそこにはかつての仕事も職業も存在しません。
どうやって生計を立てれば良いのでしょうか?
あるいは通い慣れた病院も無く、子どもたちが通うべき学校もありません。
住む場所があっても、生活をしていく上で必要な施設が立ち入り禁止区域の中にしか存在しないという場合もあるのです。

人びとを支えていた生活の基盤…そして平穏な日常…それらすべてがもう存在しないのです。

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アーニー・ガンダーセン :
しかしそれでも日本政府はゲンパツ難民になった人々を避難先の場所から連れ戻し、元の場所で暮らすよう、圧力をかけているのではありませんか?

金子 : そうです。
人びとの帰還を促す流れが作りだされているように感じました。
なぜそうしなければならないのか、私はその動機に疑いをいだきました。
いくつかの理由から、私は地元自治体の問題があると考えています。
福島第一原発周辺の市町村のいくつかは、このままでは消滅してしまう。
その脅威は現実のものなのです。
失われるのは、人びとが愛着を持っていた町や村だけではありません。
山や川、慣れ親しんだ自然をも奪われてしまうことになるのです。
故郷の山河に愛着を持つ、そうした感情は人間にとって非常に強いものであるはずです。

NBC 7

様々な点で、原発難民となった人々の帰郷を奨励することにより、日本政府は経費の節減をすることができます。
指定避難区域の設定により、対象となった何万人もの人々はどこかよその場所で生活を再建することになり、当然ながら賠償が必要になります。
人びとが汚染区域に再び戻ることにより賠償の必要がなくなれば、政府や東京電力にも賠償責任が無くなる訳です。
日本のように国土の狭い国では、それは一種の誘惑であると言えます。

アーニー・ガンダーセン :
現在福島県内にいる人々の生活状況はどうなっていますか?
生まれ育った場所を捨てて、他に移り住まなければならないという状況をどう感じているでしょうか?あるいは原発事故の発生により放射性物質に汚染されてしまった土地に、再び戻って生活するという可能性について、どのように考えているのでしょうか?

金子 : みな混乱していると同時に、家族の中に幼い子供さんがいらっしゃる場合には懸念を持っていると思います。
その懸念は非常に深刻です。

放射線測定

私は多くの人々に会って話を聞きましたが、その中には高齢の方もいらっしゃいました。
これらの人々は、自分たちが放射性物質に汚染された食品を口にする可能性もあると語る一方で、孫には決して汚染された食品を食べさせたくないと語っていました。
こうした話は各所で繰り返し耳にしました。
しかしどの食品が汚染されていて、どれが安全なのかを見分けるのは実際にはきわめて困難です。結果的に人々は誤った情報に右往左往させられることになります。
そこにあるのは混乱と困惑です。

アーニー・ガンダーセン :
私が理解しているところでは、原発事故が発生する以前の福島県と言うのは、何世代にもわたって土地と農業を受け継いできた家族が至る所にいて、近くには先祖代々の墓地があり、多い家庭では十何代もの祖先が同じ墓地の中に祀られていたようですね。
それらすべてが、福島第一原発の事故によりすべて吹き飛ばされてしまった、そのように理解していいでしょうか?

金子 : その通りです。東日本大震災で倒壊したものもありますが、墓地と墓石はそのままになっています。私は福島第一原発から20~30キロの場所にある川内村の男性と話をしました。
彼は現在、郡山市内の仮設住宅で暮しています。

3.11仮設住宅
彼は2011年の秋、奥さんが亡くなったと語りました。
もともと体が丈夫ではなかった奥さんは、避難所から別の避難所へ、そこから仮設住宅へという過酷な環境の変化には耐えられなかったものと考えられます。

この男性は例え自分がもう住むことはできなくとも、妻を懐かしい故郷の村に埋葬したと語りました。

《第3回に続く》

http://www.fairewinds.org/fukushima-meltdown-4-years-later/#sthash.cS4E7Xtk.0cl8vZ9P.dpbs
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今日の朝刊から河北新報で<祈りと震災>第五部の掲載が始まり、福島の事故後の今に関するルポルタージュの連載が始まりました。その1回目『(26)成仏できるわけない』を読み、朝から涙がこぼれました。
事故前から原発の危険性を指摘していた農家の男性。
事故を見て、「もう福島の百姓は終わり。何も売れなくなる」とつぶやき、農業を継いでくれた息子さんに「おまえを間違った道に進ませた」とわび、福島第一原発の事故の2週間後に自ら命を絶った男性の胸中、そして残された家族。
本当に福島第一原子力発電所の事故については、言葉が出なくなるような人間の悲劇が至る所で繰り返されています。
フェアウィンズのこの記事と多くの事が符合します。
下記URLでぜひお読みいただきたいと思います。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201503/20150330_63012.html

【 福島第一原発のメルトダウン、終わらない悲劇の実相 】《1》

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所要時間 約 8分

4年後のフクシマの真実…人々の悲劇に誰もが心を傷めずにはいられない
まるで要塞を築くように積み上げられた、放射性廃棄物を詰めたゴミ袋の山
あまりに多くのものが放射能に汚染され、住民が帰還し生活することは事実上不可能

 

フェアウィンズ 3月3日

3基の原子炉が同時にメルトダウンするという未曽有の悲劇が発生してから4年が経ちました。
福島第一原発の現場では未だに高濃度に汚染された放射能汚染水が太平洋に流れ込み続け、同時進行の形で敷地内では増え続けているこれまた高濃度の放射能汚染水、そして周辺の放射線量を上げる原因となっている汚染がれきが莫大な量蓄積していますが、これをどう処理するのか、根本的な解決方法は見つかっていません。

今回フェアウィンズでは2部構成の動画を作成いたしました。
5分ほど福島第一原発の事故の全容についてご紹介し、その後25分間に渡りメルトダウンから4年が過ぎた現場の状況について徹底検証を行います。

フェアウィンズの理事であるチホ金子とアーニー・ガンダーセンは、最近金子さんが故国である日本を訪れた際に目撃した内容について検証を行います。
金子さんは福島と同じ東北地方の岩手県で生まれ育ちましたが、今回福島の事故現場近くの壊滅した避難区域まで足を延ばし、原子力発電所しか起こし得ない事故により避難生活を余儀なくされているゲンパツ難民の人びとに話を聞くことが出来ました。

 

フクシマ 1

これから金子さんが福島県内を旅してまわった際の見聞が紹介されますが、その悲劇的内容には聞くもの誰もが心を傷めずにはいられません。

金子さんは2011年の福島第一原発の事故により、無住の地と化した福島第一原発の隣接市町村を見て回りましたが、錆びてぼろぼろになりかけた車両が道路わきにひっくり返り、破壊され修理もされない住宅がそのままになっていました。
安倍首相は安全を保障しましたが、しかし現実はそれとは異なり、住民が帰還して生活を続けるには、あまりに多くのものが放射能に汚染されたままになっています。

汚染のひどい地域の道路沿いには、車から降りて外に出ないように、窓を開けたまま走行しないように、そして外気に触れないよう警告を発するメッセージボードが並んでいます。
かつて肥沃な農地が広がっていた福島第一原発周辺の道路沿いには、膨大な数の巨大なゴミ袋がまるで要塞ができたかのように並んでいます。
ゴミ袋の中身は除染作業によって生じた、汚染地帯の土の表面を削り取ったもの、木の枝、雑草やがれきの類で、そのすべてが放射性廃棄物です。

都路村住民03
こうした放射性廃棄物を詰めたゴミ袋の仮置き場は、福島県内に70,000カ所以上あります。
これらの放射性廃棄物をどのような形で最終処分するのかはまだ未解決の問題であり、ごみ袋に詰められたこれらの廃棄物の山が福島県内の各所に作られたことにより、かつては肥沃な農地、豊かな自然が手つかずのまま残されていた場所が、周辺まで含め危険な場所にされてしまっているのです。

福島第一原子力発電所で発生した3基の原子炉のメルトダウンは、周辺の市町村を高い放射線量で汚染するという形で壊滅させ、住民たちが住み暮らすことを不可能にしてしまいました。
その結果何の落ち度もない人々が放射性物質に汚染され、ガン発症確率が上昇し、死刑宣告を受けたに等しい状況に追い込まれました。
そして人々が愛した山、海、川、森、そしてよって立つべき土地すらも奪ってしまったのです。

「このような災害が再び発生することを、決して許してはならない。」
被災者は口々にこう語りました。
「しかし原子力発電所が稼働を続ける限り、福島のような災害が二度と起きないと保証することはできません。誰もそんなことは保証できないのです。」

 

2016GRD

アーニー・ガンダーセン :
フェアウィンズ・エネルギー・エデュケイションのアーニー・ガンダーセンです。
この3月で福島第一原子力発電所の事故発生から4年が経過したことになります。
これは人間が作り出した災害です。

東京電力はこの事故について、人間の想像の及ばない巨大津波が海から襲ってきた結果生じたものであり、自身も被害者なのだと思わせようとしています。
しかし実際には東京電力こそ、この災害の原因を作りだした犯人なのです。
東京電力は東日本大震災と同じ規模の、あるいはそれ以上の規模の津波が襲う可能性があることを、1965年当時すでに認識していました。
しかし防潮堤を築く際、費用を惜しみ、充分な備えを行う事を怠りました。

さらには災害が発生し進行している時すら、何を最優先すべきか、歪められた感覚が東京電力を支配していました。

東京電力は放射性物質の放出の規模を過小評価しました。

東京電力・役員
東京電力は人々の被ばく線量を過小評価しました。

東京電力は事故収束に要する時間と費用を過小評価しました。

これらの事実は、東京電力が単に無能だという事を表しているのでしょうか?

私はそうは思いません。
同じような対応はスリーマイル島の事故で、チェルノブイリで、そして現在で見ることができます。

福島第一原発の事故に対する官僚機構の反応は、まずは自分たちが傷つかないようにすること、そして原子力発電を守る事でした。

原子力発電は国民の健康や安全のために意味がある訳ではなく、官僚機構にとって非常に価値のあるものなのです。
なぜでしょうか?
このことを考える度に私が思い出すのは、ウォーターゲート事件の映画の中の有名なセリフです。
「カネの流れを追え!」
同じことが原子力産業についても言えると思います。
彼らも考え方は同じです。

女の子02
一般市民の健康と安全より、コストを抑えて何よりまず原子力発電を成功させることが、彼らにとっては最も重要な命題なのです。

《第2回に続く》

http://www.fairewinds.org/fukushima-meltdown-4-years-later/#sthash.cS4E7Xtk.0cl8vZ9P.dpbs
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今日から数回に分けてフェアウィンズの服に関する最新の情報をお送りします。
A4版で出力してみたところ8枚ほどでしたので、4回前後ですべてご紹介できると思います。
一日おきの掲載になりますが、アーニー・ガンダーセン氏の指摘はこれまでもニューヨークタイムズはじめ国際的一流メディアが注目してきました。
皆さんとご一緒に一行一句、その指摘するところを考えていきたいと思っています。

【 フクシマ・ウォーター : 架空の『エナジー・ドリンク』世界発売 】

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所要時間 約 5分

現在も続く福島第一原発の汚染水問題をハイライトするため、架空の『エナジー・ドリンク』発売を企画
気づかぬ間に太平洋に高濃度の放射能汚染水が流し込まれ、人々の健康と命が危険にさらされている

マーカス・トンプソン / ザ・ガーディアン 3月10日

『福島第一原子力発電所から直接取り出して世界に送る、ハイ・エナジー・ドリンク!』
この謳い文句を見る限り馬鹿げているとしか思えませんし、実際そうかもしれません。
しかしこの架空の飲み物を考え出したベルリン市内の3人のアート・ディレクターたちにとっては、インターネット上で展開される新しいキャンペーンのための重要な素材なのです。

4年前に発生した福島第一原子力発電所の事故現場では、今でも原子炉の冷却作業が続けられており、その際に発生する高濃度の放射能汚染水が太平洋に漏れ出しています。

このキャンペーンを支持する3人のアート・ディレクターのひとりであるケンジー・ベナブッドラー氏が次のように語りました。
「私たちが気づかぬ間に放射能汚染水が太平洋に流し込まれているために、私たち一般市民の命と健康が奪われようとしていますが、私たちにはどうすることもできません。」

汚染水タンク

「この水は高濃度に汚染されており、安全・確実に保管していく必要があります。」
もう一人のアート・ディレクターである、ステファン・ヴィットマン氏がこう語りました。
「しかし実際には高濃度の汚染水を保管している貯水タンクは水漏れを起こしており、汚染水が海に流れ込む事態が続いています。」
「東京電力はこの問題について詳細を語ろうとせず、一方でグリーンピースが公表している数値はきわめて高いものになりがちです。このため事態を正確に把握することは非常に困難なのです。」

いずれにせよベルリンでアート・ディレクターをしている仲間、ステファン、ケンジー、そしてフロリアン・チャルフ氏の3人は、現在も続く福島第一原発の汚染水危機について世界の認識を高めるために、架空のミネラル・ウォーターの販売サイトを立ちあげました。
『フクシマ・ウォーター : 福島第一原発の事故現場から直接汲み上げた、闇に光るミネラル・ウォーター…』

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「事故当初に比べると福島の危機については人々の意識の中でも、メディアの扱いもきわめて軽いものになっていますが、私たちはこの事故の重大さを改めて認識してもらうための材料を、改めて提供したいと考えています。このパロディ・ドキュメンタリーを見ていただければ、福島第一原発の事故の重大さをはっきりと再認識できるはずです。」
ケンジー氏がこう語りました。

この動画の制作目的についてケンジー氏は、福島第一原発の高濃度汚染水漏れの問題について、詳細を一般公開するよう圧力をかけることだと語りました。
「いまや体制の変化を求める際の最高の方法は、ソーシャルメディアを使うことにあります。現在も進行している危機について、その一切をあきらかにするように企業側に圧力をかけるのです。」

No more Fukushima

一連の複雑かつ取扱いについて慎重を要する問題に風刺をきかせた動画を使う事には微妙な側面もありますが、
であるにもかかわらず、これまでのところ日本国内での反響も前向きな評価が多いと語っています。
「透明性を欠く東京電力の対応については、誰もが異論を持っています。福島第一原発の事故の放射性物質の影響については誰もが大きな懸念を持ち、ちゃんとした議論が必要だと考えています。日本の人びとともなれば、なおさらのことです。」
ケンジー氏が最後にこう語りました。

http://www.theguardian.com/sustainable-business/2015/mar/10/fukushima-water-fake-energy-drink-contamination

【 フクシマ、ゲンパツ事故…4年後の記憶 】

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所要時間 約 7分

途方も無い自然災害に人間が作りだしたゲンパツ事故が重なったため、数万人の被災者が住む場所を失ったまま、故郷に戻れずにいる
日本の政治家はフクシマで巨大事故を起こしたにもかかわらず、ほんとうの意味での状況の改善には目をつぶったまま

ドイチェ・べレ(ドイツ国際放送) 3月11日

DW 祈り
2011年3月11日、東日本大震災によるマグニチュード9.0の巨大地震が東北地方を襲い、人々が互いに支え合う感動的な姿と福島第一原子力発電所の大事故を目撃することになりました。
それから4年、日本で犠牲者の追悼式典が開催されるとともに、未だに事故の影響に苦しみ続けるゲンパツ被災者の姿を浮き彫りにしました。

4年前の3月11日午後2時46分、巨大地震が引き起こした津波が東北地方の太平洋岸を破壊しつくした時刻に合わせ、日本中で人々が黙とうを捧げました。
津波で犠牲になった人々の遺族が参加した行なわれた東京での追悼式典では、安倍首相、そして天皇陛下臨席の下で行われました。

後に福島第一原発事故として有名になった巨大事故は、2011年3月11日現地時間午後2時46分の地震によって始まりました。

マグニチュード9.0の巨大地震は牡鹿半島の東の沖合約70キロメートル、深さ24キロメートル地点が震源地でした。

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約20分後に発生した津波は日本列島の北の北海道から南の沖縄諸島にまで押し寄せ、15,000人以上の命を奪いました。
警察庁によると、未だに2,000人以上が行方不明のままになっています。

その津波が福島第一原子力発電所にも襲来したことにより、同発電所における事故は最悪の事態を迎えることになりました。
3基の原子炉がメルトダウンし、爆発する事態となってしまったのです。

▽ 見通せない将来

事故発生から4年が経った今も、自然災害に人間が原因を作りだした災害が重なってしまったことにより数万人の被災者が住む場所を失ったまま、故郷に戻れずにいます。
日本政府は数兆円の予算を復興事業に費やしました。
しかしその事よりも大きな問題があります。
福島第一原発の事故収束・廃炉作業が増え続ける汚染水のために思うように前に進めない状況りありながら、それでも尚日本は原子力発電の継続にしがみつかなければならないのかという事です。

FR24 破壊された福島第一原発
水曜日の記念式典に先立ち、安倍首相は事故発生以前と比べ原子力発電の継続のための日本の体制は格段に改善されたと繰り返し主張していました。
この点についてのコメントは来日したドイツのアンゲラ・メルケル首相との共同記者会見の場でも行われましたが、メルケル首相はドイツが先に今後10年間で原子力発電を段階的に廃止していくことを決定した、その前例に日本も倣うべきだと語っていました。

メルケル首相のメッセージは日本のノーベル賞受賞者で、脱原発運動を行っている大江健三郎氏の主張に通じるものがあります。
大江氏は日本が東日本大震災発生から4年を迎える以前に、原子力発電所を再稼働する方針を見直すよう求めていました。

「日本の政治家は巨大事故を起こしたにもかかわらず、状況を変えようとはしていません。もしもう一度原発事故が起きるようなことがあれば、日本の未来が吹き飛んでしまう危険性があるにもかかわらず、現状維持にこだわり続けているのです。」
大江氏は10日火曜日、このように語っていました。

http://www.dw.de/japan-remembers-fukushima-disaster-four-years-on/a-18306812
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東日本大震災・福島第一原子力発電所事故がきっかけとなって始めたこの【星の金貨】も、今や投稿回数が1180回を超えました。
これからも継続するつもりなのでこの数字に特に感慨というものはありませんが、事故後4年経ってやっと老朽化した原発の廃炉が決定したことはひとつの前進と考えることが出来ます。
しかし廃炉後に処理が必要になる放射性廃棄物の目処は全く立っていません。
そして一部の原発の再稼働により、処理の道筋の見えない放射性廃棄物がまた『増産』されることになるのです。

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【 東京リフレクション 】

ニューヨーカー 3月12日
(掲載されている写真をクリックして大きな画像をご覧ください)

Tokyo 1

トマス・レイザーはポーランドの『アン・ポーズド(ポーズをとらない)』という名の写真家グループのメンバーのひとりです。
彼らの写真のテーマは、せわしない都会での生活の中で見落とされがちな日常風景を詳細に描き出すことです。
今年2月、トマスは初めて東京にやってきました。
彼が題材として選んだのは表参道、渋谷、新宿、六本木などで見られる色鮮やかな世界でした。
トマスはしばしば建物をフレーミングのための道具として使い、都会の喧噪の中の静寂な、あるいは孤独な瞬間を鏡やガラスの反射の上に描き出そうとしています。
トマスの作品では、路上の人々よりむしろ建物の存在の方が印象的です。

Tokyo 2
Tokyo 3
Tokyo 4
建物の間をひっきりなしに流れる光が、その時々の路上の人々の表情を浮かび上がらせ、偶然その場にあった光がその時の情景を映画のワンシーンのように描きだしています。
東京を訪れた多くの外国人カメラマンと同じように、トマスもまた、街を経巡っている間自分が映画の中の登場人物のような感じがしていたと語りました。
「これらの作品を見ていると、あなたは映画『ブレード・ランナー(1982年米国映画)』を連想するかもしれません。」

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Tokyo 6
Tokyo 7
http://www.newyorker.com/culture/photo-booth/tokyo-reflections

【 2011年東日本大震災の被災地の4年後 】《後篇》

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所要時間 約 7分

被災者のつらく厳しい時間は、まだまだ終わることなく続いている
極めて多くの復興事業が必要なのに、予算を使い切れずに返してしまうなどあまりに馬鹿げている
巨大防波堤を築くような大規模公共事業のためには喜んで機能する日本政府も、一般庶民を救済するためにはほとんど機能しない

マーティン・ファクラー / ニューヨークタイムズ 3月12日

大槌町仮設住宅
日本政府は2016年に終了予定の被災地復興と福島第一原発事故による放射能の除染作業を柱とする『復興集中事業』を継続・支援するため25兆円の追加出資を表明しました。
しかし地方自治体では復興事業のための課題や事務処理が山積し、多くが当初の予定より大幅に遅れ、そのため用意された復興予算が使いきれずに残ってしまう事例が数多くみられます。

大槌町がそのよい例です。
大槌町はごつごつした岩山を背に太平洋を望む絵のように美しいリアス湾に、住民15,200人が暮らす静かなコミュニティでした。
その大槌町を襲った津波の高さは15メートルを超え、町役場、消防署、警察署、基幹病院を含む町の建物の8割を破壊するというすさまじい威力を見せつけました。
この津波のせいで市職員約50名と市長も命を落とし、大槌町では東日本大震災発生後数カ月間、首長のいない状態が続いたのです。

「町は完全な混沌状態に置かれ、あらゆる機能がマヒしてしまいました。」
新任の町長である碇川豊氏が仮設町役場でのインタビューでこう語りました。
仮設町役場は現在、東日本大震災で被災した小学校の校舎内にあります。

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大槌町の被災者は仮設住宅が完成し、水道や電気などのライフラインが復旧するまで1年もかかったと証言しました。
総計50万トンにもなったつぶされた自動車、粉々になった樹木、その他のがれきの片づけが完了したのは、やっと昨年になってからの事でした。

そして生き残った人々の間では、具体的にどのような大槌町を再建したいのかという点において、合意形成は非常に難しいものになりました。
一部の人々は、日本政府当局が提案した多額の経費をかけた巨大な防波堤の建設に賛成を表明しました。
しかしそんな防波堤も他の被災地では人々の命を救う事が出来なかった事実を指摘し、反対する人々もいました。
これらの人々は、完璧な津波対策とは、高台に町を再建することだと主張しました。

結局、町の再建計画は妥協の産物になりました。
すなわち、かつての町の中心部の土地をかさ上げした上に工場や商店街などの商工業施設を建設し、その周囲をサッカー競技場の半分程度の大きさの基礎を打った防波堤で囲い込むのです。
そして大部分の住民は丘の頂上を削って新たに造成する箇所も含め、高台に住宅を建設・移転することになったのです。

現在津波によって平らにされてしまった被災地は、新たに運び込まれた土砂によって分厚く覆われています。

大槌町役場
津波に襲われた際にほぼ完全に水没した3階建てのコンクリート製の町役場は、中身をすっかりさらわれてしまい、今は町の中心部に残骸を残すのみになってしまいました。
その前に一体の仏像が安置され、この場所で亡くなった人々の霊を慰めています。

しかし皮肉なことに、復興事業の開始とともに新たな遅れが発生することになりました。
東北太平洋岸地区における復興事業本格化とともに、一帯における建設作業会社の不足が深刻化し、大槌町では競争入札に応札する業者の確保すらままならない現実に行き当たりました。
この業者の不足は、東京でオリンピック関連の建設事業が始まったことにより、なお一層悪化していると碇川町長が語りました。
この結果、大槌町は日本政府から割り当てられた復興資金を使い切ることができませんでした。

2012年、大槌町は割り当てられた200億円の復興事業資金のうち、28パーセントしか使うことはできませんでした。
昨年、新しい再建策が実行に移されて予算の62パーセントを使う事が出来、多少なりとも状況が改善したと碇川町長が指摘しました。

石巻04
「町が極めて多くの復興事業を行う必要があるのに、割り当てられた予算を返してしまうなどあまりに馬鹿げています。」
地元の地区委員長の委員長を務める、津波で自宅が流出した佐々木恵一さん(53歳)がこう語りました。

現在3,700人の住民が自宅の再建を待ちながら仮設住宅暮らしをしています。
しかし数千人の人々が町内での再建をあきらめ、町を出ていきました。
大槌町役場は、東日本大震災とそれに続いた人口流出により、町が4分の1の住民を失ってしまったものと試算しています。

町役場勤務を引退した川口さんは、町を去った人々の数は実際にはその試算を上回っている可能性があると考えています。
復興事業とオリンピック関連建設事業の本格化による建設ブームのおかげで、建設労働者と建設資材の値上がりが続き、今や住宅建設費用が2年前の倍以上になってしまっているのです。

こうした状況を解消するために、日本政府はほとんど機能していません。
自宅の再建には3,600~4,800万円ほどが必要ですが、政府の支援は480万円から720万円ほどです。

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「日本政府は巨大な防波堤を築くような大規模な公共事業のためには喜んで機能しますが、一般庶民を救済するためにはほとんど機能しないのです。」
川口さんがこう語りました。
「復興事業が長引けば長引くほど、私たちの町の衰退はなおさら進んでしまうのです。」

〈 完 〉

【 2011年東日本大震災の被災地の4年後 】《前篇》

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所要時間 約 9分

被災者のつらく厳しい時間は、まだまだ終わることなく続いている
生き残った人々も破壊のすさまじさに地元での将来に見切りをつけ、別の場所へと去って行った
オリンピック関連事業を手掛けるために復興事業に見切りをつけ、被災地から出て行こうとしている大手建設会社

マーティン・ファクラー / ニューヨークタイムズ 3月12日

大槌町仮設住宅
かつて町の中心機能が集まっていた場所には現在、土砂と砂利によって大きな台形のかさ上げされた人工の地形が作られ、掘削機やダンプカーが埃を舞い上げながら急ピッチで土木工事が行なわれています。
総工費1,000億円をかけて行われているのは、従来より海抜が2メートル高いかさ上げされた土地を作り上げ、それを高さ15メートルの巨大な防潮堤によって囲い込む工事です。

千年の間誰も経験したことの無い巨大津波に町のほとんどを破壊されてしまってから4年、東北の僻陬(へきすう)にある漁業の町の再建事業が本格化しています。
しかし津波によって住む場所を失い、現在は窮屈な仮設住宅暮らしを強いられている数千人のこの町の被災者にとって、待ち続けるという辛い時間は終わってはいません。

大槌町は津波によって町の機能に極めて深刻なダメージを受けてしまい、1,284人がこの場所で命を失いました。
その中には多くの町役場の職員、消防隊員、警察官などが含まれています。
このため町は復興計画をまとめることにすら、手間取ってしまうことになりました。
新任の町長は、大槌の復興事業はやっと昨年始まったばかりであり、少なくとも2019年までに終わることは無いと語っています。

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2011年3月11日、マグニチュード9.0の巨大地震が発生、それによって発生した巨大津波が東北地方の沿岸一帯に襲いかかり、18,490人が死亡あるいは行方不明になりましたが、4年後に日本全国で追悼式典が開催された際に聞こえてきたのは、東北太平洋岸の市町村がみな大槌町と同じような状況に置かれているという現実でした。

東日本大震災では約250,000人が住む家を失いました。
そして現在、約87,000の人々が2~3年の仮住まいで終わるはずだった窮屈な仮設住宅での暮らしを続けています。
もし可能だとして、いつになったらこれらの人々がかつて住んでいた場所に戻れるようになるのか明らかではありません。

福島県では津波によって福島第一原子力発電所の3基の原子炉がメルトダウンし、施設が壊滅する事故が発生し、周辺では今後数十年に渡って人間が住むことができない程放射能に汚染されてしまった市町村も2、3に留まりませんでした。

大槌のように福島第一原発からはるか北に離れた場所にあり、放射性物質による被害を懸念する必要が無かった沿岸の小さな市町村でも、生き残った人々は破壊のすさまじさに地元での将来に見切りをつけ、別の場所へと去っていきました。
日本は現在国家として急速に高齢化が進んでいますが、これらの僻遠の市町村では人口流出に一層拍車がかかることになりました。

岡原7
日本では2020年に開催されるオリンピックなどの行事に国民の関心は移り、東日本大震災の被害と被災者に対する記憶は薄れていく一方であり、被災地に残って復興を待つ人々は、復興事業にさらなる遅れが発生することを心配しなければなりません。

「ここでの生活が正常に戻ったものとみんなが考えているようですが、まだひここは被災地そのものなのです。」
津波によって妻と母親、そして4歳の孫の将也君を喪い、今は仮設住宅で独り暮らしをしている元町の職員の川口博巳さん(66歳)がこう語りました。
「私たちが置かれている状況について、国がもはや緊急性は無いと判断してしまったら、復興事業には尚一層の遅れが発生するのではないでしょうか?」
「大手建設会社ですらオリンピック関連事業を手掛けるために復興事業に見切りをつけ、被災地から出て行こうとしているのです。」

〈 後篇に続く 〉

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【 人生を徹底的に破壊される、あなたはその苦しみを想像することが出来ますか?】《再掲載》

ダミール・サルゴジュ / ロイター通信 / アメリカNBCニュース 2013年10月3日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

義理の父親が自殺した部屋で、遺影を抱えて立つ大久保美枝子さん。
義理の父大久保文夫さんの上着が、壁にかかったままになっています。
農家を営んでいた102歳の文夫さんは、住んでいた飯舘村の自宅から避難するよう命令を受けた後、人生のすべての時間を過ごしてきたこの部屋で首を吊り、自らの手でその人生を終わらせたのです。
美枝子さんは文夫さんが飼っていた犬に食事を与え、家を片付けるために一日おきにここにやってきます。
文夫さんはここ以外の場所で人生を終えることを拒否し、自ら命を絶った、美枝子さんがそう話してくれました。
(写真下・以下同じ)
NBC14
住民が誰もいない浪江町のこの場所は、夜になると自動的に街頭に明かりが灯ります。
NBC15
浪江町の墓地で、破壊されてしまった先祖代々の墓にもたれかかる高齢の女性。
NBC16
すっかり変形してしまった時計、クモの巣、そして残骸。福島第一原発から6キロほどの場所にある浪江町の小学校。
NBC17
原田のぼるさんとなが子さん夫婦は、浪江町で自分たちが飼っていた30頭の牛たちの世話をするため、毎日この場所にやってきます。牛たちの放射線量は高く、商品価値はありません。
「この牛たちは私たちにとっては、家族同然です。殺してしまうことなどできません。どうしたらよいのか、見当もつきません。」
NBC18
配達されず、そのまま放置されている2011年3月12日付けの福島民報。
NBC19
津波の被害によって命を落とした人々のための、浪江町の小さな慰霊碑。
NBC20
福島第一原発の南にあるいわき市のホテルで、接客をするフロントの女性たち。カウンターの上にはその日の放射線量が大きく表示されています。
NBC21
富岡町から避難し、仮設住宅で暮らす斎野香澄さんが飼い犬と一緒に散歩している様子。
NBC22
通過する列車も無く、雑草で覆われてしまった浪江町の線路
NBC23
捨てられた民家のリビングルームからの眺め
NBC24
かつて経営していた菓子店の奥から、ネズミの死がいを運び出す永岡善十郎さんと妻のさと子さん。
永岡さん夫婦は、年に数回だけ許可される自宅訪問の際、できるだけ店と自宅を清潔にするため、懸命の作業をしていました。
NBC25
浪江町南津島地区で、放射能を計測する線量計を身に着けた僧侶がこじんまりと葬儀を営んでいました。
亡くなった菅野やつのさんは避難先の仮設住宅で、満100歳を迎える直前の2013年5月、ひっそりと息を引き取りました。
彼女は亡くなってやっと、故郷の町に戻ることが出来たのです。
NBC26
いわき市で甲状腺の検査を受ける4歳の坂本まりあさん。
この検査は福島第一原発周辺の市町村で、NPO法人が無料で行っているものです。
甲状腺がんは本来きわめて稀な病気で、その発症率は100万人に1人といわれていますが、国際保健機構(WHO)は、原子力発電所事故が発生した地域での、甲状腺がん多発の可能性について警告しています。
NBC13
※ 英文からの翻訳のため、人名表記に誤りがある可能性があります。ご容赦ください。
http://www.nbcnews.com/id/53174408/displaymode/1247?beginSlide=1

【 3.11から4年、18,000人の犠牲者、再建できない生活、進まない復興 】

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所要時間 約 12分

巨大地震と巨大津波、原子力発電所事故、世界を震撼させた3重巨大災害
恒久的な住居を手に入れたのは全体の15%、長期に渡る避難生活により健康を損なう被災者
1兆8,000億円以上をつぎ込んでの除染、築かれた放射性廃棄物の山、しかし進まない住民の帰還

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 3月11日

黙とう
4年前東北地方の太平洋沿岸地区を壊滅状態に追い込んだ津波の2万人近い犠牲者の冥福を祈り、3月11日日本中で人々が黙とうを捧げました。

しかし東京都内で開催された追悼集会においても、そして未だに不毛の地と化したままの沿岸地区一帯においても、25万に昇る人々が家を失った現実と遅々としてすまない復興に対するいらだちがその場の空気を微妙なものにしていました。

2011年3月11日、日本史上最大規模の地震が引き起こした津波が東北地方を中心とする太平洋岸に押し寄せ、市も町も村もすべてを破壊し尽くした挙句18,000の人命を奪い去り、福島第一原子力発電所においては3基の原子炉がメルトダウンするという巨大災害を引き起こしました。

東京で開催された式典では天皇。皇后両陛下が津波で犠牲になった人々に追悼の辞を捧げ、福島第一原発の事故によって故郷に帰れなくなってしまった120,000人の原発難民を含む230,000人の自宅を失ったままの人々に対する励ましの言葉を述べられました。

防災庁舎遺構
午後2時46分、4年前マグニチュード9.0の巨大地震が発生した時刻に合わせ、日本国中の人々がその場でしばらくの間黙とうを捧げました。
未だに何も無いままの沿岸地区では津波の警報サイレンが鳴り響き、第二次世界大戦(太平洋戦争)以降最悪の災害が発生した恐ろしい瞬間を思い出させるように不気味な音を鳴り響かせました。

津波によって最大の被害を受けた都市のひとつ、石巻市からやって来た女性が次のように語りました。
「私は犠牲になった方々の事を決して忘れないという思いを込めて黙とうしました。私たちは今、被災地で精いっぱい頑張って生きているつもりです。」
「実際にはこの4年間、復興は思うように進みませんでした。しかし被災者になった人々はできる限りの努力を続けており、私たちもそうあるべきだと考えています。」
彼女の息子さんが、こう付け加えました。

しかし10万人を超える津波被害者のための住まいを確保するのは容易なことではありません。
政府や自治体の機能不全、上昇を続ける建設コスト、そして津波に襲われやすい沿岸地区から高台への集団移転など難問が山積する中、その進捗は苛立たしい程ゆっくりとしたものでした。

石巻04
津波による被害が最もひどかった岩手、宮城、福島の3県の津波被災者、福島第一原子力発電所事故の原発難民のうち、恒久的な住居を手に入れることができたのは全体の15%、29,000世帯に留まっています。

長期間に渡る被災者としての暮らしは、人々の健康を損ないました。
災害発生から4年、政府の記録によれば、激変した生活環境のため持病の悪化、自殺などにより3,200人以上が亡くなりました。
このうちの多くが高齢の人びとです。

復興事業が遅々として進まないという批判を受け、安倍首相は津波によって壊滅した市町村の再建と福島第一原発の事故による放射能汚染を取り除くための新たな5か年計画について、この夏にも公表することになっています。

「復興事業は、すでに新しい段階に入っています。」
そして東京でオリンピックが開催される2020年には、復興事業の完了が期待できると語ったのです。
「私たちは被災者が自立できるよう支援してまいります。政府として出来得る限りの支援を行います。」

NBC 5
福島第一原発から20kmの避難区域の外側の一部住民に対しては避難命令が解除されましたが、約120,000人に上る人々は、原発難民として仮住まいのまま4年の月日が経ってしまいました。

日本は福島第一原発周辺の市町村の放射線量を下げるためにすでに1兆8,000億円以上をつぎ込みました。
そして被災地域内の88,000カ所の仮置き場がいっぱいになる程の放射性廃棄物の山を築きました。

「避難中の住民が帰宅できるよう、数多くの作業員が除染作業を行うため集まりました。しかし彼らの作業内容を子細に検証してみると、事態が絶望的なことが解ります。」
住民避難が行なわれた飯舘村で、独立した立場で放射線量の測定を行っている環境問題の専門家である伊東信義氏がこう語りました。

「我々は除染作業にかかるコストまでは解りませんが、たとえ除染作業が完了しても、住民が帰還して再び生活を始めるほどには放射線量が下がっていない事だけは明らかです。」

NBC 4
幼い子供たちを持つ若年層の家族は、長期間に渡る放射線被ばくによる健康被害を恐れ、福島県内から日本各地に散り散りに去っていきました。
被災地近くの窮屈な仮設住宅に残されたのは、熟年世代から高齢の住民ばかりでした。

福島第一原発の事故によりゴーストタウンにされたしまった市町村のひとつ、富岡町の元教員で現在は引退している遠藤道人氏は、故郷には二度と戻ることはできないだろうと考えています。
「私たちはよく山の中を歩いては、そこに湧き出している清水を飲んだものでした。この町で暮らしている限り、世の中に対する心配事などは無く、どう楽しく暮らしていくかを考えていればよかったのです。」
「でももう、何もかもが不可能になってしまいました。想像することもできません。東京電力と日本政府が、なぜこれほど多くの原子力発電所を建設したのかを考えるとき、私は心底怒りを覚えます。」

チェルノブイリ以来世界の最悪の原子力発電所事故を起こした福島第一原子力発電所では、最近破壊された4号機の核燃料プールからの使用済み核燃料ユニット1,300体の取り出し作業が完了し、明るい材料として紹介されたのもつかの間、さらに多くの大量の高濃度の汚染水漏れの事実が明らかにされ、楽観的ムードも吹き飛びました。
この汚染水は福島第一原発の敷地いっぱいに設置された貯蔵タンク内に収まっている約200,000トンの汚染水とは、また別の問題なのです。

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メルトダウンした3基の原子炉から溶け落ちた核燃料を取り除く作業は、未だ始まっていません。
この作業には40年以上の歳月、そして数百億円以上の費用がかかると見られています。

福島第一原子力発電所の事故収束・廃炉作業についてほとんど進展が見られないにもかかわらず、停止中の国内の原子炉の再稼働を勧めようとする安倍首相の姿勢に対し、国内外の批判が高まっています。

日本国内の稼働可能な48基の原子炉は、福島第一原発の事故後に導入された厳しい安全基準に適合しているかどうかの審査を受けるため、すべて停止しました。
原子炉の安全性を審査する原子力規制委員会は、南日本にある九州電力・川内原発の2基の原子炉の再稼働を承認しました。
しかし地元では反対運動が続いており、ここ数か月以内に再稼働を実現したいという安倍政権の計画に狂いが生じる可能性もあります。

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日本の原子力発電を支持する勢力は、ひとつは化石燃料を輸入するための費用が増大していること、もうひとつには二酸化炭素の排出量削減のため、ある程度の数の原子力発電所を再稼働させなければならないと主張しています。

http://www.theguardian.com/world/2015/mar/11/japan-remembers-the-18000-victims-of-2011s-triple-disaster-fukushima
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この記事を読んで感じたことは、福島第一原発事故、東日本大震災の復興に関する安倍首相のコメントと言うのは、どこまでなら潤色が許されるか、利害得失に基づく行動をどう表現すれば正義の行いとして受け止めてもらえるか、その点が重要視されているということです。
その最たるものが、福島第一原子力発電所の状況について当事者の東京電力すら正確に全体の状況をつかめていないのに、オリンピック誘致のため『状況は制御下にある(under control)』 と発言したことでした。

放射線の健康被害についてその危険性を指摘する場合には、『科学的根拠』について極めて厳格に追及するにもかかわらず、「大丈夫です」と発言する際には最大限の潤色が許されるというのでは、ダブルスタンダードも極まれりと言うしかありません。

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【 津波発生から4年、いまだに続く行方不明者の捜索 】

アメリカNBCニュース 3月11日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

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2011年3月11日の東日本大震災の被災者は未だに災害の後遺症に苦しみ続けています。
2015年3月11日に宮城県石巻市、犠牲者の慰霊祭で津波の犠牲になった人々のためにろうそくに点灯する幼児とその母親。
この日、日本中の数万人の人々が、19,000人もの命を奪った東日本大震災を心に刻み込むため、犠牲者に黙とうを捧げました。(写真上)

東京で開催された慰霊祭の会場で涙を流す女性。(写真下・以下同じ)
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福島県浪江町で東日本大震災によって命を落とした両親に花束を捧げる家族。
浪江町は3基の原子炉がメルトダウンの事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所近くの町です。
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東京で開催された慰霊祭で、ろうそくに点灯する女性。
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津波に襲われ街が壊滅した宮城県名取市閖上地区で、空に放たれる鳩の形をした風船。
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海岸線に沿って群生していた70,000本の松の中で、津波の襲来後もたった一本生き残った陸前高田市の『奇跡の一本松』。
しかし塩害により立ち枯れそうになったため2012年にいったん伐採され、防腐処理を施された後、元の場所に戻されました。
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宮城県七ヶ浜町の海岸で行方不明者の捜索を続ける警察官。
毎月11日に岩手県から派遣されてくる警官たちが、犠牲者の遺品の捜索を続けています。
被災地の海岸沿いには、未だに東日本大震災の生々しい傷跡が残り、多くの人々が立ち直れないままになっています。
2015031107
http://www.nbcnews.com/news/world/japan-still-searching-tsunami-victims-four-years-n321486

【 皇太子の暗号文 】《後篇》

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所要時間 約 8分

安倍政権の下、極右が勢いづき、ジャーナリストや研究者への脅迫、ヘイトスピーチが日常的になってしまった
日本の自由主義、民主主義の基盤を徐々に破壊しようという闇の力が、安倍首相の下に集まりつつある
安倍政権による歴史の歪曲と対外強硬姿勢は日本の尊厳を傷つけるとともに、日本を国際社会から孤立させる恐れがある

ジェフ・キングストン / アメリカCNNニュース 2月27日

皇太子CNN
▽ やがて公開される戦争終結70周年首相声明

安倍首相は70周年演説の内容をどうすべきかを検討し、助言を行う委員会を組織しました。
しかし実際のところは、彼らの意見が重要視されることは無いでしょう。
そして委員の中の誰一人として安倍首相の見解を否定し、歴史の歪曲を正そうとはしないでしょうが、それでも著名人による委員会を組織し、その意見を取り入れるそぶりを示したことは政治的には無意味ではありません。

今、日本国内のメディアの視線は安倍首相が8月に発表する予定の、70周年の声明の内容にくぎ付けになっています。
首相自身どうするか決めかねている様子が見てとれますが、声明の内容いかんによっては、隣国との関係が一気に悪化する可能性もあるためです。

日本の戦争責任と後悔の念の表明について姿勢の後退が無いかどうか、中国政府と韓国政府はこの声明文の一語一句を詳細に検証することになるでしょう。

米国政府はすでに、もし声明において日本の戦争責任を認めなければ、安倍首相が日米関係を悪化に向かわせることになるだろうとの見解を明らかにしています。

このように安倍首相に対しては、持論である国家権力主義的歴史観を表に出さないよう国際社会から相当な圧力がかかっていますが、日本の外交姿勢に対する国内意見はさらに複雑です。

大東亜共栄圏03
▽ 国家権力主義の復活

安倍政権の下で近隣各国に対する強硬な外交姿勢が復活を遂げ、日本国内の極右勢力が勢いづく結果になりました。
この人間たちは自由主義の立場に立つ報道機関を攻撃し、ジャーナリストや研究者を脅迫し、日本国内の少数民族である韓国朝鮮人に対するヘイトスピーチに励むことになりました。

この人間たちには、事実上どのような処罰も行なわれてはいません。

安倍首相の支持層の中核をなす反動的なグループ、日本版ティーパーティとも言える日本会議や日本神社協会は安倍内閣を実質的に支配し、歴史認識を変えてしまうことにより過去のしがらみを払しょくし、最終的には安倍首相が戦前と同じ『国体』を取り戻すことを切望しています。

過半数の世論が反対しているにもかかわらず、安倍政権とその与党は米国との軍事同盟・共同軍事行動を強化する防衛政策を支持、日本国憲法が禁じている武力行使をなし崩しに認めさせようとしています。

その行為はこれまで続いてきた日本の自由主義、そして民主主義の基盤を徐々に破壊して行こうというものであり、安倍首相の下に闇の力が集まりつつある今の状況について、日本の友好国、そして同盟各国の間に懸念が強まりつつあります。

ヘイトスピーチ01
▽ モラル・サポート(精神的支援)

こうした状況の中、いわば包囲された日本の自由主義者は今上天皇の明仁天皇、そして皇太子の徳仁親王の精神的な支援を歓迎しています。
しかし皇室からのこのような非難に、現実的な効果はあるのでしょうか?

第二次世界大戦(太平洋戦争)終了から半世紀の節目を迎えた1995年に出された、村山富市首相の心からの謝罪と後悔の念という表現は、以降の首相たちによって忠実に繰り返されてきました。
村山声明は、今年予定される安倍声明のベンチマーク(評価基準)になっています。

村山元首相は自身が89歳の時に、安倍首相が村山声明を引き継ぐと韓国首脳陣に語り、彼らを安堵させました。
しかし党の安倍首相自身には、村山声明を避けて通ろうとする意図が透けて見え、70周年の声明の内容について曖昧な態度を取り続けており、疑いが張れることはありません。
安倍首相は「概ね」村山声明を引き継ぐと表明していますが、「概ね」と言う言葉の中に重要表現の割愛の危険信号が隠されていると見るべきです。

反安倍01
安倍首相は国会で『侵略』と言う言葉の定義は何だと発言し物議をかもしましたが、その他にも従軍慰安婦に対する『強制』の度合いについて問題にしたり、アメリカの歴史教科書に加えられた従軍慰安婦の記述は正確性に欠けると怒りを露わにするなど、いちいちの正確性を問い詰める姿勢を強めています。

こうした行為について、皇室は日本の尊厳を傷つけるとともに、日本を国際社会から孤立させる恐れがあると懸念しています。
第二次世界大戦(太平洋戦争)中の日本の事歴を正しく認識し、伝えていくことの重要性を改めて強調することにより、今上天皇の明仁天皇、そして皇太子の徳仁親王は国際社会との融和、そしてもっと明るい未来へと日本を導こうとされています。

そうすることで両陛下は、対外強硬派の国家権力主義者たちに迎合する事無く、正しい歴史認識に基づく対応を採るよう、安倍首相に求めているのです。

〈 完 〉

http://edition.cnn.com/2015/02/26/opinion/japan-crown-prince-ww2-comments/index.html
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【 市民の権利と女性解放運動 】
組曲[アメリカン・ジャーニー]第5曲 ジョン・ウィリアムズ作曲
An American Journey - V Civil Rights and the Women's Movement by John Williams

前回同様、皇太子のご胸中の思いを『薄めないよう』にするため、各メディアの写真集を見てみましたが、しっくり来るものがありません。
そこでまたジョン・ウィリアムズ氏のミュージック・クリップをご紹介することにします。
この曲はアメリカの建国から現代までをミュージック・オムニバスにした『アメリカン・ジャーニー』の第5曲です。
『市民の権利』や『女性解放運動』などというテーマを感動的な音楽に昇華させた同氏の姿勢に大きな共感を覚えます。

今こそ私たちは、『市民の権利』について改めて問い直すべきかもしれません。
「70年間続いた平和主義は今や日本が誇るべき伝統、時の権力者の勝手な破壊を許していいのか?」(http://kobajun.biz/?p=18993) というガーディアンの記事がありました。
平和主義こそは、私たち日本の市民のけんりではないでしょうか?
尚、前回、今回とご紹介したジョン・ウィリアムズ氏の作品は The Music of America(SONY 88697 70636 2)でまとめてお聴きいただけます。3枚組のこのCD私の愛聴盤のひとつです。

尚、従来の国家主義という言葉を今回、あえて国家権力主義、

【 皇太子の暗号 】《前篇》

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所要時間 約 9分

きわめて婉曲な表現の中に込められた厳しい非難「日本の戦時の事績に正しい認識を」
侵略と戦争犯罪に関する証拠のすべてを正確に認識すべきであり、都合の悪いものについては無視するというような行為は許されない

ジェフ・キングストン / アメリカCNNニュース 2月27日

皇太子CNN
日本の皇太子は55歳を迎えられた誕生日、今日本の第二次世界大戦(太平洋戦争)中の事績について甲論乙駁する中に加わりました。

2月23日に行われた記者会見で、皇太子は次のように述べられました。
「戦争の記憶が薄れようとしている今日、謙虚に過去を振り返るとともに、戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に、悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切です。」

皇太子のご発言の内容は一見、誰をも何をも批判しているようには受け取れません。
しかし日本の皇室関係者が常用される婉曲的かつ抽象的表現の解釈に基づけば、皇太子のご発言は安倍首相とその与党が進めている日本の歴史事実を書き換えてしまおうとする動をけん制する狙いがあったと考えられます。

◇ 壊されてしまった外交的無風状態

憲法上の制約により、日本の皇室関係者が政治的発言をすることはまずありません。
現在の天皇である明仁天皇は、これまでしばしば一線とされるぎりぎりまでのご発言をされてきました。
明仁天皇は、日本国内の右翼が天皇陛下の名を勝手に利用し、自分たちの主義主張を押し通そうとする場面で、こうしたご発言をされてきました。

憲法第9条01
明仁天皇は今年1月初旬、日本の戦争責任に関する見解は従来通りのものでありこれまでの立場に変更は無いという意味のご発言をされましたが、皇太子のご発言はその主旨を改めて知らしめる目的があったものと見られます。

皇太子のご発言は、今年8月に安倍首相が発表する予定の第二次世界大戦(太平洋戦争)後70周年の政府声明の中身について、何が除かれ何が加えられるのか、その事が注目される中で、ひとつの見解を示されたものと考えることができます。

皇太子が厳しい制約がある中、第二次世界大戦(太平洋戦争)中の日本の事績について、謙虚に向かい合い、正確な事実を伝えることに敢えて言及したことについて、安倍首相に対しもっと慎重な姿勢を取るように求めたメッセージが込められているという事を日本国民の多くが理解しています。

皇太子が具体的に口に出来ない事を明らかにするのは、私たち専門家の務めです。
『謙虚に』この言葉は不名誉な過去の事歴を称賛するがごとき行為は慎むべきであるという意味です。
「正しく」と言う言葉の意味は、日本の侵略と戦争犯罪に関する証拠のすべてを正確に認識すべきであり、都合の悪いものについては無視するというような行為は許されないという意味です。

大東亜共栄圏02
◇ 過去の検証

将来の世代については皇太子の見解では、日本国名では大きな政治的影響力を持つ守旧派、すなわち戦前の国体を復活させようと目論む人々が歴史を書き換え、史実を曲げてまで胸を張ろうとする行為に迎合する事無く、うまく行ったことも行かなかったことも公平な目で評価すべきなのです。

日本の歴史に対し安倍首相がこれまで一方的な主張を繰り返してきた実績とは対照的に、今回の皇太子のご発言は日本の歴史認識について姿勢を正すことの大切さを改めて思い出させるとともに、皇太子がそのために必要なら重要な役割を担う覚悟が出来ていること、そして明仁天皇の徹底して平和を希求する姿勢を引き継ぐ意思を持っていることを明らかにしたものと言えます。

近年では厚顔な上に傲岸な保守派の人間たちは、次期天皇としての資質を疑うような発言すらあからさまに行うようになっており、今回の皇太子のご発言はこうした攻撃に対する当意即妙の反撃であったかもしれません。

日本の皇族の人々の発言を解釈することにまつわる問題は、宮内庁などの官僚が皇族の発言内容をあらかじめ綿密にチェックする点にあります。
そして後でもっともらしい否定的意見が通りやすくなるように、言い回しをわざと曖昧にしてしまうのです。

広島04
しかし極端なまでの象徴性を求められている皇族が第二次世界大戦(太平洋戦争)当時の日本に対する安倍首相の歴史認識に対し、2カ月の間に続けて不快感を明らかにしたことは、いくら官僚たちがその真意を覆い隠そうとしても隠しきれるものではありません。

この先例のない2度に渡る非難は、たまたまそうなった訳ではありません。
皮肉なことですが、安倍首相はしばしば自分自身の祖父である岸信介を自慢気に引き合いに出しますが、皇太子の祖父である昭和天皇、そして父である明仁天皇もともにその軍事的侵略行動を遠回しに非難していました。

岸信介は1941年から45年まで大日本帝国の軍需を担当する大臣を務め、満州国内での強制性労働にも関わったとする記録があるなど、戦争遂行の上で突出した役割を演じました。
その事歴についてはなぜか国内では告発はおろか、審理されたこともありませんが、A級戦犯被疑者として収監された事実は、安倍首相にとっては明らかに耳触りなものなのです。

※ジェフ・キングストン
テンプル大学(東京)アジア研究所所長、著書に『1945年以降のアジアのナショナリズム』など

〈 後篇に続く 〉
http://edition.cnn.com/2015/02/26/opinion/japan-crown-prince-ww2-comments/index.html
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ここまで思い切った論評は、今や国内メディアでは不可能かもしれません。
従来ですと後篇をすぐ翌日に掲載しますが、今回は敢えて1日置いて後篇を掲載させていただきます。

一度書きましたが、近代日本の歴代の天皇が好戦的であったという証拠はありません。
孝明天皇は些細なこじつけで「天誅」と称し、暗殺を繰り返していた長州系過激志士を嫌い抜いておられた。
明治天皇は日清戦争、日露戦争、出来れば戦争ではなく交渉によって解決できないのか、ということを繰り返し問われた。
昭和天皇は盧溝橋事件に激怒し、これ以上戦線を拡大させないよう厳命されたにもかかわらず、当時の首相東条英機らが握りつぶしてしまった。(エドウィン・ライシャワー『日本の歴史』講談社文庫)
そして今上天皇と皇太子。
これらの方々は「民のかまどに煙がたっているかどうか」(国民が衣食足りておだやかに暮らしているかどうか)を常に気にかけられておられても、「戦争できない国など国家ではない」などとは決してお考えではないと思います。

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【 世界の平和を願って 】ジョン・ウィリアムズ作曲
Song for World Peace by John Williams

いつもですと写真集を掲載するのですが、きわめて厳しい制約がある中で、懸命に平和の尊さを訴えておられる皇太子の胸中を考えると、なにやら話を逸らしてしまうようで申し訳なく感じます。
そこで思いついたのが、現存する中で私が最もヒューマニスティックな作曲家だと感じるジョン・ウィリアムズ氏の『Song for World Peace 』のミュージック・クリップを掲載することでした。
同氏はスターウォーズやスーパーマン、インディ・ジョーンズのテーマ曲などで有名ですが、一方でETやシンドラーのリストなどの作品ではヒューマンな姿勢を強く感じさせる作曲家でもあります。
小品ながらクラシック分野の佳作も多く、この曲なども世界の平和への氏の誠実な祈りを感じます。

【「戦争中の事実と正面から向き合ってください。」ドイツ・メルケル首相、日本でスピーチ 】

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所要時間 約 10分

「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」この言葉の意味を深く考えるべき
過去に犯した数々の犯罪行為に正面から向き合い、進んで歴史の真実を受け入れようとする姿勢がドイツにはあった
『心からの謝罪』『植民地支配』『侵略』、安倍首相声明ではこれらの表現は削除されてしまう?!

ジャスティン・マッカリー / ザ・ガーディアン 3月9日

メルケル首相
来日したアンゲラ・メルケル首相がドイツにおける『自分たちの歴史と向き合う』取組について紹介しながら、日本に対し、第二次世界大戦(太平洋戦争)において日本が行なった数々の事実と正面から向き合うよう求めるスピーチを行いました。

ドイツの首相による外交的なひと突きは、戦後70年の節目を迎える今年8月、安倍首相が発表する公式声明において日本が第二次世界大戦(太平洋戦争)中に犯した犯罪行為について、50周年、60周年の声明において使われた『謝罪』という表現がぼかされ、結果的に中国・韓国との外交関係を一層明かさせるのではないかと憶測が広がる中で行われたものです。

このスピーチは日本の自由主義陣営を代表する朝日新聞が東京で主催したもので、メルケル首相はドイツが降伏した5月8日の『ヨーロッパ解放記念日』40周年の際、リヒャルト・フォン・ヴァイゼッカー大統領が1985年に行った、後に世界的に有名になった演説を引き合いに出しました。
連邦議会での演説の中でヴァイゼッカー大統領は、ナチス・ドイツが第二次世界大戦中に行った数々の残虐行為の存在を否定すべく動いていた人間たちについて、「過去の事実に目をつぶろうとする者は、必然的に現在の事実をも正しく認識することができません。」と語ったのです。

同じ大国の指導者であるメルケル首相の礼儀正しい忠告ですら、安倍首相には素直に受け入れる様子は見られません。

憲法解釈変更 6
一方でメルケル首相は中国・韓国に対しても、和解のための雰囲気づくりに力を注ぐべきであるとの呼びかけを行いました。

ヨーロッパおよび国際社会におけるドイツの信頼回復は、かつての敵国が過去の事実と向き合うドイツの姿勢を受け入れたからこそ可能だったのだと、メルケル首相は語りました。
「国境を接するこれらの国々の理解ある態度が無ければ、ドイツの国際社会における地位の回復は不可能でした。」
メルケル首相はこう語り、次のように続けました。
「しかし一方では、過去に犯した数々の犯罪行為に正面から向き合い、進んで歴史の真実を受け入れようとする姿勢がドイツには確かに存在していました。」

「中国や韓国とどうすれば良好な関係を築けるかを助言することは、ドイツの首相である私には荷が重すぎます。それは、日本社会の仕組みの中から生まれて来るものでなければなりません。」

安倍首相は1995年に当時の村山富市首相によって出された声明の中の『公式の謝罪』を支持すると語っています。
しかし今年8月に出される声明の中では、『心からの謝罪』という表現に加え、アジア大陸における『植民地支配』と『侵略』という表現を捨てる可能性が取りざたされています。

反安倍 2
安倍首相はこれまで国内において、数万人のアジア人女性に日本軍兵士相手の売春行為を強要したとするコンセンサス、および20世紀前半に日本が関わった中国・東南アジア各地における偶発的出来事が最終的には侵略行為に発展したとする歴史的コンセンサス、そのいずれをも否定し歴史を書き換えようとする動きに肩入れしてきました。

安倍氏は第二次世界大戦(太平洋戦争)の犠牲者を祀る一方で戦後の裁判において有罪とされた戦争犯罪者を合祀する靖国神社を日本の首相として参拝し、さらには海外の武力紛争において自衛隊がより大きな役割を演じることができるよう憲法第9条の解釈の変更を行い、国内外に波紋を広げました。

安倍首相にとって第二次世界大戦(太平洋戦争)中の日本軍の負の面に関する評価を変え、『謝罪』に関する表現を弱めることは、中国や韓国に対する対抗心を利用し、国内における自分への支持を固めるという意味もあります。

70周年の声明文を起草するために安倍首相が任命した委員会のメンバーは、戦後の日本が達成した業績に重きを置くことにより、以前の声明文の表現には拘束されることの無いようくぎを刺されたと語っています。
安倍首相お気に入りの学者のひとりで、員会の委員会の副委員長を務める国際政治学が専門の北岡伸一教授は次のように語りました。
「首相が発表する70周年記念日の声明は、政治的にも外交上もきわめての重要な意味を持っています。私たちはまずその事を念頭に置かなければなりません。」

大東亜共栄圏01
第二次世界大戦(太平洋戦争)の終了からちょうど半世紀を迎えた20年前、市民社会主義者の村山富市首相はその声明において、
「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。」
と述べています。

ブルームバーグ・ニュースとの最近のインタビューにおいて91歳になった村山氏は、安倍首相に『植民地支配』『侵略』と言う表現を変えることが無いように求めました。
「私の後就任した首相全員が私の声明を支持すると約束しました。ある意味これは日本の国家政策になったと言えると思います。」
村山氏はこう語り、次のように続けました。
言い回しを変えしまったら
「これまで歴代の総理大臣が語ったことが、すべて嘘であったということになってしまいます。」

http://www.theguardian.com/world/2015/mar/09/merkel-urges-japanese-confront-wartime-conduct
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「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」
というワイゼッカー氏の言葉には、すでに有名になった和訳があるためそれを流用させていただきましたが、意味は以下のようになると思います。
「歴史の事実を歪曲しようとする者に、現実を的確に把握し正しく対処する能力は無い」
ほんとうにその通りだとしか、言いようがありません。

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【 太陽光発電航空機、世界一周へ 】
アメリカNBCニュース 3月9日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

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太陽光のみをエネルギー源とするソーラー・インパルス2号機が、世界一周飛行に挑戦するため3月9日、アブダビを離陸しました。(写真上)
今回の世界一周飛行に乗り出すまでには13年の間、研究・試験が繰り返されてきました。
このプロジェクトの目的は、航空分野でクリーンエネルギーの普及を図る事です。

アブダビのアルバティーン空港を離陸するソーラー・インパルス2号機。
同機のエンジンにエネルギーを供給するのは、翼に組み込まれた太陽電池パネルです。
17,000個の太陽光発電セルから生み出された電気で4個のモーターを回転させる仕組みになっています。(写真下・以下同じ)
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世界一周飛行に離陸直前に冗談を言い合う2人のスイス人パイロット、ベルトラン・ピカールとアンドレ・ボルシュベルク。
全工程22,000マイルを飛行するには、約5カ月を要する見込みです。
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2月26日、ドバイ上空で試験飛行を行うソーラー・インパルス2号機。
主翼の全長は72メートルと、ボーイング747型機よりも長い一方、重量は2.08トンと小型乗用車並みです。
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試験飛行でアブダビのシャイフ・ザイード・グランドモスク上空を飛行した際の写真。
世界一周飛行ではパイロットはアラビア海を越え、オマーンからインド、ミャンマー、中国、アメリカ合衆国を経由し南ヨーロッパ、そして北アフリカへと向かいますが、すべては天候次第です。
現在の予定では7月下旬から8月上旬にアブダビに戻り、世界一周飛行を終えることになっています。
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試験飛行でアブダビ上空を飛ぶソーラー・インパルス2号機。ソーラー・インパルス2号は一滴も給油する事無く、昼夜飛行を継続できる世界唯一の単座式航空機です。
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アブダビを出発して14時間後、インドのアーメダバードに到着したソーラー・インパルス2号機。
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http://www.nbcnews.com/tech/innovation/solar-powered-airplane-attempts-flight-around-world-n320066

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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