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【 日本国内の原子炉、国民との対話も同意も無い再稼働が始まる 】

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所要時間 約 8分

日本国内の原子炉再稼働を進めるため、『新たなる安全神話』が作られようとしている
まずは国内19基の原子炉を動かす再稼働方針、現実には存在しない『国民との対話』
福島第一原発の事故によって欠陥が証明された安全基準に沿って建設された日本国内の原子炉

AP通信 / ワシントンポスト 7月16日

川内原発再稼働
日本の原子力発電所が16日水曜日、福島第一原発の事故以降厳格化された原発の安全基準の事前審査(新規制基準適合性審査)に合格し、2011年の事故発生以来国内初の本格的再稼働に向け、重要な手続きがクリアされたことになります。

日本の原子力規制委員会は九州電力・川内原発の2基の原子炉について、設計変更と安全対策の改善が昨年7月に導入された新基準に適合したとして、九州電力の再稼働の申請を事実上認める裁定を行いました。

福島第一原子力発電所では襲った巨大地震と巨大津波がきっかけとなり、3基の原子炉がメルトダウンを引き起こし、周辺市町村に放射性物質がまき散らされる事態に陥りましたが、原子力規制委員会は同様の災害が発生しても川内原発の安全性は保たれると判断しました。

日本国内にある48基の原子炉は福島第一原発の事故後、安全点検と設備改善のためすべてが停止したままになっています。

5人の原子力規制委員会の委員は、再稼働のための次の手続きである7月16日から8月15日までの一カ月間行われる技術的なパブリック・コメントの募集に進むことに、全員一致で賛成しました。

原子力規制委員会の田中俊一委員長は今回の承認について重要な前進があったという趣旨の発言を行い、新基準については福島第一原発の事故の教訓を取り入れ、特に火山活動、地震、津波、そして台風などの自然災害が発生しやすく、それが過酷事故につながる日本の事情を充分に考慮したものであることを強調しました。

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そして川内原発の審査過程においては、それに対する多重対策を施している点を評価したことを伝えました。
「以前の安全基準は単に原子炉の設計だけを問題にしていましたが、今回の審査では特に過酷事故の発生をどう防ぐかという点に重点を置きました。」
週一回の定例会議で田中委員長はこう語りましたが、その発言は再稼働に反対する人々が挙げる抗議の声でしばしば中断させられました。

多重防御システムは主に原子炉炉心と原子炉格納容器を、損傷から守ることに重点が置かれています。
さらに福島第一原発の事故と比較し、放射能漏れをわずかなものに留めるための対策がとられることになりました。
九州電力は地震に対する設備の強度の引き上げを行い、防潮堤の高さもこれまでの3倍の15メートルの高さにかさ上げしたと田中委員長が言及し、テロ攻撃、航空機の墜落による衝突、そして火山の噴火に対する対応も強化されたと語りました。

九州電力・川内原発は、少なくとも5つの活火山に囲まれています。
委員の一人、地震学者の島崎邦彦氏は、噴火の発生を正確に予測することは困難だと語りました。
しかし調査の結果は現時点での噴火の可能性は『極めて低い』ことを示唆しています。

国会議事堂前02
一般国民の間では再稼働に反対する意見が賛成をはるかに上回りますが、安倍晋三首相率いる日本政府は再稼働を要求しています。
その政権の主張は原子力発電所の停止が長引けば日本経済が打撃を受けるというもので、すでに前政権が決めた原子力発電の段階的廃止の方針を早い段階で覆しています。

九州電力・川内原発の安全対策が妥当なものであると判断され、その再稼働が認められれば、日本の原子力産業界にとっては強い追い風が吹くことになります。

「私はこれを大きな前進ととらえています。」
安倍首相は報道陣に対しこう答えました。
「最終的に安全が認められて川内原発が再稼働されれば、我々は地元自治体と住民の理解を得ながら、国内の原子炉を再稼働させる方針を継続して行きます。」

九州電力・川内原発の原子炉1、2号機を本格的に稼働させるためにはさらに2、3カ月必要になると関係者は語っています。
九州電力は地元自治体から再稼働に関する同意を取り付けた後、最終的には発電所内での最終審査を受ける必要があります。

西日本にある大飯原子力発電所が夏の間の電力危機を回避するため一時的に再稼働されたことがありましたが、現在は本格的な安全審査を受けるため停止しています。

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再稼働に反対する人々は次の2つの理由から、再稼働の判断は時期尚早に過ぎると語っています。
ひとつ目は放射性物質の環境中への放出量を減らすためのフィルターベント装置を含む安全設備が2年後でなければ完成しないこと、もうひとつは万が一事故が発生した場合の住民の避難計画に不備な点がある事です。
また大規模な火山噴火の可能性については、原子力規制委員会は楽観的に考えすぎているとし、福島第一原発で現在起きている汚染水漏れのような問題が発生した場合、現実に対処する方法があるのかどうかについても憂慮しています。

日本国内の多くの原子炉が、福島第一原発の事故によって欠陥がある事が証明された安全基準に沿って建設されたものです。
うちいくつかは人口稠密な地区と隣り合わせに建設されました。
最新のシュミレーションと訓練の結果、すべての住民が危険な場所から避難を完了するのに、最大で2日以上を要することが明らかになりました。

「日本は、火山列島です。そして火山こそは、日本で原子力発電を行う際の最大の弱点の一つであると考えるべきです。」
原子力行政を担当する東京の官庁前で、川内原発再稼働反対の抗議活動を行っている多数の人々の中にいた吉田輝勝氏がこう語りました。

廃棄物
九州電力・川内原発は東京の南西約1,000km、九州の南端部分に位置しています。
今年3月に開始された原子力規制委員会による国内19基の原子炉の安全審査の中、川内原発は最も早く津波対策の防潮堤のかさ上げと耐震補強工事を完了させ、国内で初めて本格的再稼働を現実のものにしようとしています。

引き続き原子力規制委員会は残る17基の原子炉の再稼働の是非について、安全審査の作業に入ることになっています。

http://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/japanese-nuclear-plant-deemed-safe-nears-restart/2014/07/16/d3d27df6-0c9d-11e4-bc42-59a59e5f9e42_story.html
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安倍政権が『前政権が決めた原子力発電の段階的廃止の方針を早い段階で覆した』、このくだりを訳していて現政権が発足前から「とにかく再稼働」のつもりでいたことに改めて気づきました。
口では「議論をつみ重ねて」と言いながら、結局は議論以前にすでに決定していた方針に沿ったアリバイ作りをしているに過ぎないと批判されても仕方がないでしょう。

使えなくなった安全神話を捨て、今新たに安全神話を作り、日本の原子力発電の大復活を目指す安倍政権。
国内19基以上の原子炉の再稼働、憲法第9条の解釈の変更、特定秘密保護法の公布、これ以上『物言わぬ羊』であり続ければ、私たちの未来は暗澹たる様相を呈する、その事を一人一人がしっかり心に銘ずる必要があると思います。

【 日本国内初の原子力発電所の本格的再稼働、いよいよ現実に 】

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所要時間 約 9分

電力会社が作成した緊急時対応プラン、本当に地域住民を守ることはできるのか
強大な影響力を持つ原子力産業界に対し、日本の原子力行政が厳しい指導監督をする事は不可能
原子力発電がもたらす危険より、『経済効果』にばかり目が行く立地自治体の首長たち
近隣市町村の市民たちが立ち上がり、再稼働反対の請願書を提出

ロイター通信 / ニューヨークタイムズ 7月16日

川内原発
九州にある原子力発電所が2011年に発生した福島第一原発の事故後に採用された第一段階の安全管理基準に合格し、国内最初に再稼働する可能性が現実のものとなりました。

安倍晋三首相は原子力発電所の停止により、石油や天然ガスなどの火力発電用の燃料輸入に頼らざるを得ない現状から脱却するため、福島第一原発の事故後長期間停止していた国内の原子力発電所の再稼働を推進する方針を打ち出しています。
しかし国内の一般世論は原子力発電の継続に深い懸念を抱いており、安倍首相の再稼働政策はこれまで思ったようには進みませんでした。

日本の原子力規制委員会は九州電力川内原子力発電所が行った設備の更新と新たな安全対策の導入について妥当と判断し、再稼働に必要な事前審査(新規制基準適合性審査)に合格したことを伝えました。
新たな安全基準は、福島第一原発で原子炉がメルトダウンを起こす原因となった地震や津波などの自然災害から、原子力発電所を守るための対策に重点が置かれている点に特徴があります。
今回の原子力規制委員会による承認は再稼働政策を進める安倍政権にとって特筆すべき前進となりましたが、最終的には地元自治体の承認を得なければ再稼働はできません。

汚染水タンク
川内原発がある薩摩川内市の市町と鹿児島県の知事は共に原子力発電の継続を支持しており、再稼働の承認を得ることが出来そうですが、周辺には再稼働の実施は時期尚早だとして反対の立場を取る自治体もあります。
薩摩川内市の南約10キロの場所、沿岸部のいちき串木野市の30,000人の住民の約半数が、用意された避難計画は実現性が低い上能率の点でも問題があるとして、再稼働に反対する請願書を提出しました。

今回の原子力規制委員会による裁定は、安倍首相にとっては政治的には厄介なタイミングに訪れました。
すでに安倍首相は、東アジア地区における自衛隊の活動の制限を緩めるため、憲法第9条の解釈の変更を行ったことにより、幅広い世論の反発に直面しています。

これに加え7月13日に投票が行われた地方選挙では原子力発電所の再稼働が争点の一つとなり、これまで選挙においては得票に結びつかなかった脱原発の主張が容れられ、安倍首相が率いる自民党が推薦する候補が敗れるという一幕がありました。

日本では福島第一原発の事故の後、国内の原子炉が段階的に停止して行き、政府は巨大災害の発生に備え、原子力発電所について新しい安全基準を策定すると約束しました。
しかし安倍首相をはじめとする日本の政治家の多くが、化石燃料を使った火力発電に比べ原子力発電は安価な発電手段であるととらえ、原子力発電所が稼働しなければ日本経済の成長は見込めないと考えています。

原子力規制委員会01
これに対し一般市民の多くが、日本の原子力行政は強大な影響力を持つ原子力産業界に対し、安全で的確な対策を取るよう厳しい指導監督はできないと懸念しています。

福島第一原子力発電所の事故収束・廃炉作業が発生した原因の一つに、原子力発電所に対する行政側のいい加減な指導監督、そして両者のなれ合いの関係があった点に批判が集まりました。

2012年に政府から独立した監視機関として発足した原子力規制委員会は、1年以上かけて再稼働を予定する原子力発電所の審査を念入りに行ってきました。

川内原発の再稼働は、九州電力にとっては窮状からの救済につながります。
同社は3年続けて赤字を計上し、政府系金融機関に対し財政的な救済策の実施を求めてきました。
同社は九州地区の2か所の原子力発電所の安全対策の改良工事に、3,000億円以上を費やすものと見られています。

原子力規制委員会による決定は、日本の原子力産業界全体にとっても追い風となると見られています。
同委員会の市村氏は川内原発の同様の5件の審査については、さらに加速されるだろうと語りました。
電力会社9社はすでに国内19基の原子炉の再稼働を申請済みです。

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これに対し原子力発電所の再稼働に貼んな対する人々と脱原発運動を進める人々が、16日に開催された原子力規制委員会の公聴会に詰めかけ、もっと厳しく審査を実施し、再稼働の承認を行ったことについて見直すように求めました。

グリーンピースは以下の内容の声明を発表しました。
「地域住民、特に高齢者、子供たち、そして病院に入院中の人々の避難計画は実現性に乏しいものである。そして緊急事態に対応するための指揮センターの放射線に対する防御性にも欠陥がある」
原子力規制委員会は最終的な判断を行う前に、これから一カ月間一般からの意見を公募することになっています。


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私も川内原発の再稼働に関し、質問があります。
現在同原子力発電所内には、どれだけの使用済み核燃料が保管されているのでしょうか?
再稼働後は、一年あたりどれだけの使用済み核燃料がたまっていくのでしょうか?

そしてたまり続ける使用済み核燃料をどう処分する計画なのでしょうか?
原子力発電所を稼働させるということについては、最も危険な使用済み核燃料をどう処分するのか、その具体的計画までを含めて検証しなければならないはずです。

この点に関しては無計画だというなら、「安全が確保されている」などという判断は全くの欺瞞であるはずです。

そして下段の記事。
日本には、『限定的なら』戦争もやむを得ないと考える人間たちがいるようです。
しかし現在のガザが伝えているのは、絶対に戦争を始めてはならないという教訓です。
始めてしまったら、避難する宛てなどない弱い者が、そして逃げ足の遅い子供たちがまず犠牲になるのだという事を伝えています。

明日29日は掲載をお休みさせていただきます。
よろしくお願い致します。

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【 安全な場所など、もうどこにも無い!】
イスラエル軍による、ガザ国連運営の学校への空爆

アメリカNBCニュース 7月25日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

GAZA 1
7月24日、パレスチナ難民の子どもたちのため、国連が運営する学校にイスラエル軍の戦車が複数発の砲弾を打ち込みました。
写真の少年はバイトラヒヤ地区にあるカマル・アドワン病院に搬送されましたが、死亡が確認されました。
父親が遺体に取りすがり、泣き崩れていました。
この砲撃で、7人の子どもたちを含む15人が死亡、200人以上が負傷しました。
目撃者によれば、イスラエル軍が打ち込んだ砲弾は4発でした。(写真上)

国連運営の学校への砲撃により親戚を失い、死体安置所の外で嘆く女性。(写真下・以下同じ)
GAZA 2
親戚を失って泣く少年を慰める父親。
GAZA 3
国連運営の学校に残された少女のサンダルと血だまり。
GAZA 4
イスラエル軍の攻撃により負傷した後、収容先のカマル・アドワン病院で泣く子どもたち。
GAZA 5

【 クリーン・エネルギーの将来に明確な展望 – ニューヨーク・エネルギー週間 】

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所要時間 約 8分

かつてない発電規模を実現する、太陽光発電と風力発電技術の画期的進歩が待っている
電力事業のビジネスモデルの大幅な見直しと改変、アメリカ国内で進む
『国家の重要なベースロード電源であるゲンパツ』を巨大電力会社が動かす日本、対する世界の新しいエネルギー政策との著しいギャップが見える!
これまでとは比較にならないレベルで消費者が参加する中で、電気事業のあるべき未来が構想されるべきである

環境防衛基金エネルギー改革委員会 / ブレイキング・エナジー(エネルギー最新事情) 6月27日

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今年6月、2年目となるニューヨーク・エナジーウィークのイベントが開催され、今年は昨年と比較して2倍の4,000人の実業家、開発者が参加し、電力事業のビジネスモデルの大幅な見直しと改変も含め、これまでの1年間のアメリカ国内のエネルギー産業の劇的な変化について議論しました。

ニューヨーク市内各所で行われた一連のパネルディスカッションの中で、米国政府、各州政府、そして世界各国のエネルギー産業界のリーダーたちは、重要な課題として次の問題を議論しました。
蓄電技術の向上、発電・送電能力の改善、そして最も急がれるのが電力事業のビジネスモデルの見直しです。

議論は様々なテーマの下で行われ、その議題も多様な変化を見せましたが、その中でも一貫して問題とされた論点も見えてきました。
そして出席者は将来のエネルギー政策においては、クリーン・エネルギーに特化し、それを巨大組織に依存せずに運営していく未来が実現することを確信し、はっきりした展望を持つに至りました。

▽ コミュニケーション技術が、エネルギー技術の革新を進める

今回の会議における重要な議題の一つをエネルギー調査会社のエナークノル社(Enerknol)が主宰しました。
そのテーマはこれまで電力会社はその事業の展開に関する方針について、電力業界の中でのみ策定してきたのに対し、あるべき未来は消費者・消費企業を含めた枠組みの中で再編されるべきであるとするものです。

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プレゼンターは現在の電気事業について、『自らの利益のみを視界に入れたもの』であり、『密室の中ですべてを行っている』としばしば言及し、この点を批判しました。
そして異なるエネルギー分野間での対話をどうすれば促進できるか、そして議論の結果を各分野のコラボレーション、投資の促進、技術革新にどうつなげていくかに、議論が集中しました。

オランダの電力会社アリアンダーのペーター・モレングラーフ経営最高責任者はエナジーウィークの閉会式の席上、これからは同社が様々な情報、使われているソフトウェア、そして事例ごとの対応の内容について積極的に開示することにより事業内容を一般社会にオープンにし、企業としての発展が顧客の利益に直結するよう事業展開を行うという構想を明確に示しました。

コミュニケーションの重要性については、ニューヨーク・エナジーウィークの持続可能エネルギー分野の代表者会議の席上でも語られました。
この会議は環境防衛基金のニューヨーク支局クリーン・エネルギー担当部長のローリー・クリスチャンの提案によるものです。

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パネリストの一人、ニューヨーク・クリーン・エネルギー金融会社(NYCEEC)のクリーン熱エネルギー開発部長のポジー・コンスタブルは、エネルギー供給の目標達成にあたり、企業間の連携を強めることによりその実現を成功させた事例について説明しました。
NYCEECはアメリカ政府機関である金融会社などとも連携することにより、参加企業の財政を立て直し、計画の実現を可能にしたのです。
巨大電力会社の独占ではなく、いくつもの企業が連携することがこれからのエネルギー産業においては最大のチャンスを作りだすという点を、コンスタブルは強調しました。

▽早まるクリーン・エネルギーへの移行、エネルギー開発

今回ニューヨーク・エナジーウィークに参加した人々の多くが言及した点がありました。
それは電力会社の根本的な構造改革とエネルギー効率の向上により、クリーン・エネルギー経済の実現を早めることが出来るという事です。

エネルギー産業において応用可能な技術は、電気自動車から大型蓄電池に到るまで無限大の広がりがあり、それを可能にするのは信頼性の高い送電網です。
この場合の信頼性の高さとは電力ピーク時、あるいは大電力を必要とする期間、電力利用者との間の双方向通信技術を向上させることにより、利用者に金銭的なメリットを提供することにより自発的に節電するよう促し、効率的な電力利用が出来る状態の事です。

そして技術の進歩は再生可能エネルギーによる発電規模をこれまでとは別次元の大きさに拡大することになります。
エネルギー生産技術は止むことなく進歩を続けており、その事が太陽光パネルや風力タービンの発電効率を高め続けています。

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今後50年間のエネルギー政策・エネルギー事情は、こうした先進各国の電力会社の一般社会との関わり合いが劇的に変わっていく今後5年間の動きが決定していくことになるでしょう。

ニューヨーク・エナジーウィークは今後のエネルギー社会がどのように変わっていくのか、その展望を実感する絶好のスタートになりました。
現在の電力会社、そしてエネルギー政策に疑問を持ち、革新的な展開を求めることが私たちにとって何より大切なことになります。

環境防衛基金はそのための議論を続けること、そしてエネルギー産業界のリーダー達が進んでこの議論に参加することにより、クリーン・エネルギー経済社会の実現が一日でも早まることを願っています。

New York Energy Week Gives Clear Vision of Modern, Clean Energy Future


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『【 がれき撤去 飛散1兆ベクレル超 】
福島第一昨年8月 放射性物質、東京電力公表』
『東電の福島第一凍結止水工事
氷、ドライアイス投入へ』
『汚染水タンク
一部に中古品
福島第一』
これすべて7月24日付河北新報の第3ページに掲載された記事の見出しです。
一日分の報道でこれだけの問題がぼろぼろ、ぼろぼろ出ています。
今日ご紹介したブレイキング・エナジーの記事と比較し、
「日本はいったい何をやっているのだ?!」
こう思うのは私だけでしょうか?

ゲンパツにこだわればこだわる程、日本の国土は一層汚染が進み、エネルギー分野に関して世界的規模の進歩と躍進から取り残されていく…
原発の再稼働の先に見える、確実な未来はそれなのだと思います。

【 福島第一原発の現場を去る…なぜ彼らは汚名を着せられなければならない?! 】《後篇》

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所要時間 約 6分

東京電力を出てさえしまえば、電力技術者として歓迎してくれる世界がある
電力行政、そして原発行政、東京電力の幹部はありとあらゆる官僚にコネクションを持っている
去り続ける職員数の増加は、ただでさえ困難の伴う事故収束・廃炉作業を一層困難なものにする

AP通信 / ワシントンポスト 7月10日

事故収束01
東京電力という企業は市民社会から嫌悪されていますが、従業員が社員として身に着けたあらゆる種類のエンジニア、メンテナンス技術者、プロジェクト・マネージャ、建設や金融部門のプロとしての様々な技術と経験はそうではありません。

現在日本国内における太陽光発電を始めとする自然エネルギー開発は、政府が支出する多額の助成金により活況を呈し、電力産業の従業経験を持つ人材への需要も高まり続けています。

現在、日本政府は太陽光発電システムによって作られた1Kwhの電力に対し、32円(約31セント)の助成金を支払っています。
アメリカではこの金額は州や都市によって異なりますが、おおむね数セントという金額です。
ドイツの場合は約15セントです。

ロンドンに本社を置くアース・ストリーム社はエネルギー産業分野の人材を専門とする人材獲得会社ですが、同社のショーン・トラヴァーズ氏は日本でのビジネスを拡大しようとする外国企業のため、東京電力の社員の獲得に奔走していました。
「東京電力の社員は教育が行き届いている上、日本の電力業界の仕組みについて豊富な知識と経験を持っています。人材として非常に力ある人々なのです。」

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日本で事業を展開する米国籍の太陽光発電企業、ヌファースト・ソーラー社の最高責任者であるカール・ブルツァート氏とサン・パワー社の杉原隆氏は、もし働くとしたらどのようなポストを希望するか、何人もの東京電力社員と面接済みだと語りました。

技術的知識や経験もさることながら、東京電力の社員が人材として魅力的なのは、電力会社の権力構造を熟知している点、そして幹部級職員の場合は日本政府の官僚との間のコネクションが重要な資産とみなされているのです。

「人間関係は日本の企業文化においてはことのほか重要な要素です。東京電力社員は、あらゆる政府官僚に強力なコネを持っています。」

トラヴァーズ氏がこう語りました。彼はすでに20人の東京電力社員の獲得に成功しましたが、さらに多くの人材を獲得したいと語りました。

東京電力のメンテナンス技術者であった吉川氏も複数の自然エネルギー企業からオファーを受けましたが、いずれの条件も東京電力時代の年収300万円を上回るものだったと語りました。

東京電力社員
東京電力は2012年9月から幹部職員の給与を30%、管理職経営者以外の社員は20%、減らされてしまいました。

しかしさすがに昨年は、これ以上の人材流出を防ぐ意味からも、5,000人の管理職に対し100,000円のボーナスを支給しました。

資格や技術を持った職員の流出を防ぐ対策のひとつとして、今月から減俸率を7%に引き下げましたが、福島第一原発で事故収束・廃炉作業にあたる職員はその対象にはなりませんでした。
しかし東京電力全体にのしかかる財政的圧力も要因の一つとなり、人材流出は止まっていません。

東京電力は福島第一原発の事故後、日本政府により財政的に救済を受けました。
しかし今後行わなければならない数万人を超える事故の被災者に対する賠償責任は、これから長きにわたり東京電力にとって重荷になるはずです。

「私たちは事故収束・廃炉作業を続けるために、人材を確保し続けなければなりません。」
東京電力の広報担当の佐々木原氏がこう語りました。
「しかし私たちは事故を起こした張本人です。その影響は日本国内にとどまらず、世界中に影響を与えてしまいました。社会一般の方々の理解を得るために、私たちは懸命に働き続ける他はないのです。」

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しかし東京都市大学の原子力工学が専門の高木直行教授は、これだけの悪条件が揃ってしまえば、東京電力の職員がその技術と経験を別の場所で生かそうと考えることを防ぐことはできないと語りました。

高木教授は最盛期の日本の原子力産業が、宇宙開発のような不思議な魅力を持っていたと振り返りました。
彼は原子力工学が継続可能な研究分野であり、社会に明確に貢献できる大切な職業であるとも考えています。

高木教授自身は2008年に東京電力の研究分野での仕事を辞しましたが、福島第一原発の事故後、原子力関連の分野に進む学生が減少していると語りました。
その事実はとりもなおさず、必要とされる原発事故の収束・廃炉作業のためのプロの技術者の確保がこれから増々難しくなるという事を意味しています。

「東京電力は今や、人々の嫌悪の対象でしかなくなってしまったのです。」

〈 完 〉
http://www.washingtonpost.com/business/stigmatized-nuclear-workers-quit-japan-utility/2014/07/10/0c15ca32-07fe-11e4-9ae6-0519a2bd5dfa_story.html
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ここにも原発再稼働を許してはならない、ひとつのレトリックがあります。
原発が事故を起こしてしまったら、その事故収束・廃炉作業を維持する、そのこと自体が非常に困難になるという事です。

【 福島第一原発の現場を去る…なぜ彼らは汚名を着せられなければならない?! 】《前篇》

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所要時間 約 7分

東電、その言葉に込められる人々の敵意、軽蔑、そして怒り
去り続ける職員数の増加は、ただでさえ困難の伴う事故収束・廃炉作業を一層困難なものにする

AP通信 / ワシントンポスト 7月10日

事故収束01
不名誉、減らされる給与、そして放射線被ばくの危険性、これらすべてが3,000人の職員が2011年に巨大原子力発電所事故の現場から去って行った理由です。
そして今、もう一つの条件が加わろうとしています。
太陽光発電事業が持つ好印象、そして給与条件が恵まれていること。

東京電力の技術者たち、そして社員たちはかつて、終身雇用とそれに伴う企業への忠誠心を重んじるという日本の企業文化を象徴する存在のひとつでした。
しかし2011年3月に襲った津波は、東日本の沿岸部にあった福島第一原子力発電所を水没させ、3基の原子炉をメルトダウンさせてしまっただけでなく、東京電力で働く人々の心の中まで変えてしまいました。

東京電力はこれまで何度も沿岸部が巨大津波に襲われた事実が日本の歴史に刻まれていたにもかかわらず、福島第一原発についてはそのための備えを満足に行っていなかったこと、そして実際に事故が発生した後に繰り返した対応のまずさに、国内はおろか世界中から非難を受けました。

Jビレッジへのバス待ちの列
そして一般市民は原子力産業と東京電力に対し敵対的な感情を持つようになり、『東電』という言葉は不信感や嫌悪感を象徴する言葉になりました。

2010年、災害発生以前のこの年、東京電力を退職した人の数はわずか134人でした。
それが2011年には465人へと膨らみ、2012年には712人、そして2013年には488人が東京電力を去っていきました。
これらの人々のうち、40歳以下の人が7割を超えました。
そして今年、東京電力が初めて1,000人の希望退職者を募集したところ、1,151名が余剰人員削減枠に早期退職の希望を申し出たのです。

エクソダス(大脱出)、一連の退職により東京電力の職員数は約35,700人にまで減少し、これから数十年を要すると見られる福島第一原子力発電所においてメルトダウンした原子炉が再び過熱して危険な状況に陥らないようにしておくための各種の作業、そして溶け落ちた核燃料の取り出しなど、ただでさえ困難の伴う事故収束・廃炉作業が一層困難なものになることが懸念されています。

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職員を追い出してしまう要件は増え続けました。
福島第一原発で事故収束作業における不手際が連続して発生したことは、思い上がり、無責任な企業として東京電力のイメージを悪化させ、事故収束・廃炉作業のために必要な巨額の出費は職員の大幅な減俸につながりました。

2012年に東京電力を辞めた吉川彰浩氏が次のように語りました。
「例え自分が役に立つと解っていても、自ら進んで福島第一原発で働こうとする人間はいません。」
辞めた後、彼は「福島第一原発の作業員に正当な評価を」呼び掛けるキャンペーンを始めました。
そして福島第一原発で作業をすることにより着せられてしまう「巨大な社会的汚名」と、何とか戦おうとしています。

福島第一原発の現場で働く作業員の多くは、現地の住民であり、今回の事故の被害者でもあります。作業員の人びともまた立入禁止区域内にあった自宅を失ってしまい、個人として大きな困難を抱えているのです。
そして彼らには子供たちもおり、当然ながら放射線被ばくによる健康被害も心配されます。

そうした状況の中、作業員たちは福島第一原発で働いているという『不名誉な事実』を隠さなければならないのです。

街頭抗議
彼らはレストランに行けば締め出されるという目に遭います。
そして学校で子供たちがいじめられる事態を心配していますが、政府報告で実際に複数のいじめがあったことが報告された後は、その心配は一層のものになりました。

〈後篇に続く〉

http://www.washingtonpost.com/business/stigmatized-nuclear-workers-quit-japan-utility/2014/07/10/0c15ca32-07fe-11e4-9ae6-0519a2bd5dfa_story.html
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組織的に人々を誤った方向に向かわせることこそが、大量の人間を短時間で不幸の中に突き落とすことになるのかもしれません。
戦争然り、原発事故然り。

様々な問題の解決手段として、いずれも誤っています。

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【 原子力発電の60年 】《2》
世界で始まった原子力発電所の廃棄・廃炉作業

ニューヨーカー 5月29日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

原発06
今年6月、1954年に当時のソビエト連邦に世界初の一般用途向けの原子力発電所が建設されてちょうど60年が経ちました。

しかしスリーマイル島のメルトダウン事故、そしてチェルノブイリ、福島第一原子力発電所と続いた巨大事故の発生を受け、数カ国では原子力発電所の廃棄・廃炉作業が開始されました。
60年を経た今も原子力発電所は巨大な設備、そして複雑な構造を持ったままです。

ストレステストの結果を検証するため、原子炉内部に入る調査チーム。1992年、英国のケントにあるダンジネス原子力発電所。(写真上)

グラベリン原子力発電所の建設現場、1976年。(写真下・以下同じ)
原発07
インド、トロンベイ原子力発電所、1966年。
原発08
フランス、ノルマンディー地方にあるパレ原子力発電所の外を見回る憲兵、1988年。
原発09
フランスノサンノーランロランにあるサンローラン・デジュー原子力発電所、1999年。
原発10

【 日本の核廃棄物問題 – 埋蔵処分の可能性と危険性 】〈後篇〉 AP

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所要時間 約 10分

安倍政権の再稼働政策が現実になれば、日本国内には行き場のない高レベル放射性核廃棄物が積み上がり続けることになる
核廃棄物の問題に手をつけないまま、将来の世代にツケを回すことは許されないことであるはず
福島第一原発の事故により、これまで予想していた以上の核廃棄物を日本は抱え込んでしまっている

AP通信 / ワシントン・ポスト 7月14日

核廃棄物01
「核廃棄物の問題は政治的なものであって、科学的なものではないのです。」
こう語るのは、政府が出資する原子力安全研究協会処分システム安全研究所長の杤山修氏です。

現在の計画の下では、原子力発電所から出る使用済み核燃料は、そのほとんどが再処理された上で燃料として再利用されることになっています。

残った残留物は溶かしたガラスと混ぜ合わせ、厚さが19センチメートルのステンレス製のキャニスターに充填されガラス固化された上で、1,000年間その中の放射性物質の大部分が崩壊していくのを待つことになります。

この容器は最長50年、六ヶ所村再処理工場で冷蔵保管されることになります。
その後、厚さ70センチメートルのベンナイト粘土で出来た分厚いシールドが施され、最終処分場に持ち込まれるのです。
そして安定した岩盤の上に築かれた地下保管施設に格納されることになります。

政府は3兆5000億円をかけ、東京のディズニーランドのおよそ2倍の面積に相当する、地中に網の目のように坑道をめぐらせた地下貯蔵施設を建造し、2100年までそこに放射性核廃棄物を格納し続けることを計画しています。
「自分が住んでいる場所に、核廃棄物を持ち込ませても良いと考える人間はいません。しかし、今ある放射性核廃棄物をどう処分するのか、その現実的な解決方法について私たちは考える必要があります。それは原子力発電を支持する、しないとは別の次元の話です。」
栃山氏はこう語りました。
「その決定を先延ばしにし、問題をこれからの世代の人々に押しつけることは間違っています。」

地下処分場幌延03
しかし日本が最終処分場を手当てするために2000年に原子力発電環境整備機構(NUMO)を設立してからすでに10年以上が経ちましたが、未だにその候補地は見つかっていません。

日本政府はこれから数カ月間で可能性のある場所の選定を行い、自治体との交渉を始めるべく準備を進めています。
しかし強い反発が予想されるため、当局は候補地に関しては堅く口を閉じています。

世界的にみると、フィンランドとスウェーデンだけが地下廃棄物処分場の場所の確保に成功しています。
フィンランドは2020年、スウェーデンは2029年ごろにそれぞれその処分場の稼働を開始する予定です。
フランスは現在のブレの研究施設を、完全な機能を持つ最終処分場として2025年から使用できるよう、承認を求めています。

米国では、計画されていたネバダ州のユッカマウンテンについて断念した後、次の候補地はまだ見つかっていません。
米国政府は当面の時間を稼ぐため、一時的な方法であるドライキャスクによる保管の延長を検討しています。

日本に話を戻しましょう。
安倍政権は2011年の福島第一原発の事故以降停止している50基の原子炉について、再稼働させる政策を強力に推進しています。
しかし実際に再稼働すれば、今以上の処理不能の放射性核廃棄物が生み出されてくることになるでしょう。

サバンナ川最終処分場01
かつて高い人気を誇り、在任中は原子力発電政策の推進を支持していた小泉元首相は、フィンランドのオンカロにある最終処分場を視察した後、日本では最終処分場の建設は不可能であるとの見解を持つようになり、原子力発電所の再稼働反対へとその立場を変え、一躍注目を集めました。

経済産業省によって選定された専門家による委員会は今年5月、原子力発電環境整備機構(NUMO)の活動を『あての無い旅』と批判し、核廃棄物の問題は『現実に存在する、差し迫った危機』であると警告しました。

7月1日、原子力発電環境整備機構は10人の幹部職員のうち、8名を交代させました。
新たに理事長に就任した近藤駿介氏は日本の原子力委員会の政策決定部門の幹部でしたが、政府と協力しながら放射性核廃棄物処理プログラムを前進させると誓いました。

日本の放射性核廃棄物の問題は、これから数年間の間に福島第一原発の事故現場から放射能に汚染された大量のがれきが取り除かれることにより、一層深刻化することが予想されています。

福島第一原発の現場にある損傷を受けた核燃料アセンブリやメルトダウンした核燃料によって汚染されたがれきについて、それらを通常の使用済み核燃料と一緒に保管できるかどうか、専門家によってその見解はまちまちです。

4号機核燃取出し
日本はこれまで予想していた以上の核廃棄物を、抱え込んでしまうことになるでしょう。
なぜなら六ヶ所村再処理工場で行われている再処理計画は失敗続きであり、さらには兵器級のプルトニウムを抽出することについて国際社会の批判が高まり、計画そのものを中止するよう圧力が高まり続けているからです。

「理由が何であれ、使用済み核燃料からプルトニウムを抽出すれば、その時点で国際社会レベルの危険を作りだすことになるのです。」

プリンストン大学の原子物理学者で、廃棄物処理の専門家であるフランク・フォンヒッペル教授がこう語りました。
4月、日本政府は、フィンランド、スウェーデン、アメリカ同様に使用済み核燃料を再処理することなく直接処分するための事前調査を開始しました。
核燃料の再処理の分野で世界の最先端を行くフランスも、同様の検討を行っています。
この場合、長さ4メートルの核燃料アセンブリをそのまま貯蔵することになれば、核分裂の連鎖反応が起きる事故を防ぐために、一層大規模な施設が必要になり、新たな安全対策も必要になります。

宮本町長は、幌延は国のエネルギー政策に貢献して来たし、これからもそうし続けると語りました。
宮本町長は、実権を進めるためにさらにより深い500メートルの地下トンネルを掘る政府の計画を進んで受け入れるつもりです。
しかし、放射性物質を受け入れるつもりは無いことを強調しました。

waste06
「私は日本の最終処分場がこの町ではなく、国内の別の場所に建設されるものと信じています。」
「施設が私たちの町の発展に貢献してくれる限り、私たちは国の研究の役に立てることに満足しています。」

〈 完 〉

http://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/underground-lab-tackles-japan-nuclear-waste-issue/2014/07/14/8e46c726-0b2e-11e4-929c-4cd4865c3725_story.html
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原子炉の再稼働に関する国内報道を見ていると、これ程堂々と『不正義』がまかり通る先進民主主義国家は日本とアメリカだけではないか?と思います。
日本は原発の再稼働、アメリカは銃規制強化の取りやめ。

7月22日(火)は掲載をお休みさせていただきます。
よろしくお願いいたします。

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【 原子力発電の60年 】
世界で始まった原子力発電所の廃棄・廃炉作業

ニューヨーカー 5月29日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

ダンジネス01
今年6月、1954年に当時のソビエト連邦に世界初の一般用途向けの原子力発電所が建設されてちょうど60年が経ちました。

しかしスリーマイル島のメルトダウン事故、そしてチェルノブイリ、福島第一原子力発電所と続いた巨大事故の発生を受け、数カ国では原子力発電所の廃棄・廃炉作業が開始されました。
60年を経た今も原子力発電所は巨大な設備、そして複雑な構造を持ったままです。

英国のケントにあるダンジネス原子力発電所(1965-2006)の内部。2005年撮影。(写真上)

ダンジネス原子力発電所(1965-2006)の制御盤に並ぶ無数の計器。(写真下・以下同じ)
ダンジネス02
スコットランドのダウンレイ原子力発電所内の内部、1998年撮影。
ダウンレイ01
英国、カンブリアのセラフィールド原子力発電所、1993年撮影。
カンブリア01
英国、カンブリアのセラフィールド原子力発電所にあるソープ再処理施設、1993年撮影。
セラフィールド02

【 日本の核廃棄物問題 – 埋蔵処分の可能性と危険性 】〈前篇〉AP

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所要時間 約 13分

数年間燃料として使っただけで、最低10万年間安全に保管しなければならない高レベル放射性核廃棄物、電力各社は合計17,000トン以上抱え込んでいる
活発な火山活動、多発する地震、移動する地下水脈、日本の国土で10万年の間、高レベル放射性核廃棄物を安全に保管し続けることは可能なのか?

AP通信 / ワシントン・ポスト 7月14日

核廃棄物01
日本の北端にあるこの地では、トナカイ飼育場と放牧されているホルスタイン牛がなだらかに波打つ緑の牧草地帯の中に点在しています。
しかしその地下に今、全く異なる世界が現れようとしています。

核廃棄物処分場が作られることについて不安を抱く約2,500人の幌延町の住民に対し、日本政府が説得を行っている段階で、建設作業員と科学者たちは複雑な地下構造を持つ核廃棄物の処分研究施設を作りつつあります。

「私は心配しています。」
トナカイの飼育をしている、54歳の荒瀬敦さんがこう語りました。
「政府がすでにこの場所を候補地として選定してしまっているのなら、私たちがいくら拒絶しても、結局はこの場所に核廃棄物の最終処分場が建設されてしまうのではないでしょうか?」

日本の各電力会社は、数年間原子力発電所の燃料として使われた後に、数百年から数万年間極めて危険であり続ける物質へと変わった使用済み核燃料を、合わせて17,000トン以上抱え込んでいます。

この『核のゴミ』、原子力発電所が稼働することによって生み出される高レベル放射性核廃棄物の問題は、原子力発電を行っている世界中の国々が避けて通れない問題であり、未だに合理的、そして絶対安全な方法というものは存在しません。
高レベル放射性核廃棄物の問題は、日本では2011年に起きた東京電力福島第一原子力発電所の事故により、初めて多くの一般市民がこの問題を認識するようになり、今後原子力発電の利用を続けるべきかどうかの、重要な論点の一つとなりました。

地下処分場幌延01
その問題に対する答えが、日本原子力研究開発機構が運営する幌延深地層研究センターの中にあるかもしれません。
同センターは、活発な火山活動、多発する地震、そして地下水脈が度々移動する日本の国土において、少なくとも100,000年間高レベル放射性核廃棄物を、安全に保管し続けることが出来るのかどうか、できるとすればどうすればいいのか、そのために必要な地質学データを収集しています。

ヘルメットを着用した数人のジャーナリストがフェンス型のエレベータに詰め込まれ、この研究施設に入るため地下350メートルに降りていきました。

ジャーナリストたちは、地下に8の字型に760メートルの長さに掘られたトンネルの中で、約300万年前の地層がむき出しになったトンネルの壁を目の当たりにしました。

水滴がしたたり落ち、トンネルの床には水たまりが出来ていました。
壁にはビスケット程の大きさの穴がいくつも開けられ、その中に計測器やケーブルが挿入され、地下水の成文、そして水脈の変化を24時間測定し続けています。

幌延町の資料によれば、研究施設の立地と引き換えに(日本原子力研究開発機構と幌延町の合意文書に基づけば、この段階では放射性物質の持ち込みは一切ありません)、町は日本政府から10億円の補助金を受け取り、さらに2000年以降公共事業による雇用その他の経済的恩恵に浴しています。

表向き幌延町にあるのは、飽くまで研究のみを行う施設です。
しかし結局は断念せざるを得なかったアメリカのユッカマウンテン核廃棄物処理上建設計画同様、高レベル放射性核廃棄物の処分場建設の受け入れ先を見つけることは、いくら金を積んでも非常に困難であるという現実があります。
2007年、1人の市長が受け入れに前向きな態度を表明した結果、次の選挙に出馬することを断念せざるを得なくなりました。

地下処分場幌延02
幌延深地層研究センターの清水和彦所長は、幌延が潜在的な危険がきわめて少ない点について強調し、蓄積されたデータが高レベル放射性核廃棄物の埋設処分場に適している可能性がある事に言及しました。
そして別の候補地を選定することになれば、さらに20年の月日を要することになると付け加えました。
「着手するだけでも、膨大な時間と努力を必要とするプロジェクトなのです。」
「簡単に考える訳には行きません。」

こうした施設を受け入れることに関し、地方の住民たちの中には自分たちが悪魔との取引をしているかのような感覚に陥る人々もいます。

「この研究施設が、最終処分場に変わることはないという保証はありません。」
60歳の酪農家である角さとしさんがこう語りました
フランスでは研究施設をそのまま最終処分場にする動きがあり、その事が角さんを神経質にしています。 「私は合意についてそもそも疑問を持っていましたし、今でもその気持ちに変わりありません。」

〈後篇に続く〉

http://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/underground-lab-tackles-japan-nuclear-waste-issue/2014/07/14/8e46c726-0b2e-11e4-929c-4cd4865c3725_story.html
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原子力発電所の再稼働問題について、国内報道を見ていてその詰めの甘さを痛感するのは、再稼働しようとしている各原子力発電所には現在どれだけの使用済み核燃料が溜まってしまっているのか、そして再稼働すればそれがどれだけ増えてしまうのか、なぜそれを伝えないのか?という点についててです。

福島第一原発の事故が発生したために、原子力発電を行っている諸外国と比較にならない程、日本においては廃棄物の問題が深刻化してしまっているのを最初に指摘したのはフェアウィンズのアーニー・ガンダーセン氏とニューヨークタイムズでした。

しかし今の再稼働問題について、あえてこの問題の存在が無視されているように思います。

「核廃棄物を敷地内に、一時貯蔵するしか無くなって来た原子力発電所。しかし、原発は核廃棄物を『安全に』保管できるよう設計されてはいない」のです!( http://kobajun.biz/?p=1697 )

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【 あのとき、戦場にいた人々の記憶 】〈7〉
二次世界大戦が終わってもう何十年も経つのに、日本には話し合うことを拒否し、今だに戦争を続けようとしている人間たちがいる

ニューヨーカー 6月5日(記事本文は再掲)
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

WW2-13
2010年、初めての個展を開催するためにロシアを訪れていたカメラマンのサーシャ・マスロフは、後に連作となる『戦争経験者』の最初の一枚になる写真を撮影しました。
ソビエト赤軍の航空整備士ピョートル・ドミトリヴィッチ・コシュキンの肖像写真でした。
こうして彼の4年越しの連作がスタートしました。
彼はこの間、写真撮影とインタビューを繰り返しました。
題材になったのは兵士だけではなく、医師、技術者、パルチザン、地下抵抗運動の参加者、そして捕虜。
そしてホロコーストの生存者と一般市民は、戦争のはざまで最も苦しんだ人々でした。

マスロフは私にこう語りました。
「人々はそれぞれの場において、戦争という衝撃的な出来事を、自分自身の膚で感じたのです。」

マスロフはウクライナ出身の30歳のカメラマンで、5年前ニューヨークに移り住みました。
『戦争経験者』という大作に取り組むことになった理由について彼は、生と死のぎりぎりの境を体験した世代の記録をしっかりと残したいという思いがあったと語りました。
そして彼は国籍の違いによって、『戦争』の体験が著しく異なることも記録に留めようとしています。
「この連作の中で、最も興味深かったのは地理的要因による運命の違いでした。」
どの国の出身であるかによって、人々を視覚的にはっきりと分けてしまう事が可能です。
私が撮影したすべての人が第二次世界大戦という、かつてない規模の巨大な事件の当事者でした。宇宙で起きたビッグバンのように、彼らは世界中至る所でこの巨大な事件の渦中に巻き込まれたのです。居間、寝室、そして台所でさえ、戦争と無関係ではありませんでした。

「あなたは、視覚的に人々がどこの出身であるかについて比較することができて、彼らの
マスロフにはここまで18カ国を旅し、写真集を完成・出版する前にさらにインド、オーストラリア、南アフリカ、そしてギリシャを周る予定です。

『戦争経験者』の写真を撮影していて、何が一番印象に残ったかマスロフに質問してみました。
「ある人々は大きな寛容を示しました。そして別の人々の中には尽きることのない憎しみが消えることなく残っています。その対比の極端なことには驚かざるを得ません。」

▽ アイマンツ・ゼルタンズ(バウスカ、ラトビア)
「私たちは数週間のゲリラ戦を行いました。そして私は、1944年9月14日に負傷し、そこで私の戦争は終わったのです。
私は、28台のソビエト軍のT-34戦車に対し、徴兵された200人のラトビア兵が立ち向かった戦いで負傷しました。
我々は川を渡ろうとしていましたが、ソ連軍は全方向から我々に向かって来ました。
上空には敵の戦闘機がいました。
多くのラトビア兵が、川を泳いで渡ろうとして殺されました。
私たちには6丁の迫撃砲がありましたが、操作できる兵はもういませんでした。
私は屋根の上にそのうちの一丁を運び上げ、戦車に狙いを定めました。
しかし戦車は私が居た建物に砲弾を撃ち込みました。次の瞬間、わたしの下で建物全体が崩れ落ちていったのです。」(写真上)

▽ ヘルベルト・キリアン(ウィーン、オーストリア)
「ソビエト軍の捕虜になった私は、ひたすら東をめざして、数週間というものずっとソビエト連邦を横切る列車の中で揺られていました。私は殺人者、あるいは泥棒の一団の中にいました。犯罪者などと言う抽象的な表現は当てはまりません。
私が連れて行かれたのはシベリアの東端、コリマ川の流域のマガダンという場所でした。
私たちは金鉱掘りをさせられたのです。しかし私は食べ物の不足から体が弱ってしまい、役に立ちませんでした。彼らは私が仕事ができない分、さらに食事を減らしたのです。おかげで私の体重は36キログラムにまで落ちてしまいました。」(写真下)
WW2-14
▽ ハロルド・ディンゼス(ニュージャージー州パッセーク、米国)
「捕虜を得て尋問するため、私たちは原住民を使って日本兵の捜索を命じました。しかし彼らは手ぶらで戻り、首を振って見せるのが常でした。私たちが見たいのはお前たちが首を振る様子ではなく、日本兵なのだと言いました。初めて日本兵の捕虜を得た時、私たちは何とか情報収集に役立てようとしました。降伏して来る日本兵はほんとうにわずかしかいなかったからです。数百マイル行ってやっと一人といった割合でした。」
「日本兵は戦闘行動を止めることを、頑として聞きいれようとしませんでした。そして第二次世界大戦が終わってすでに何十年も経つのに、日本には話し合うことを拒否し、今だに戦争を続けようとしている人間たちがいるのです。」(写真下)
WW2-15
http://www.newyorker.com/online/blogs/photobooth/2014/06/faces-of-the-second-world-war.html#slide_ss_0=1

【 福島第一原発、凍土策に対し膨れ上がる疑念と疑問 】〈後編〉

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所要時間 約 12分

失敗に終わった、凍結技術を使った汚染水の応用実験
フクシマでは何も終わっていない、本格的な事故収束・廃炉作業は始まってさえいない
深刻化する事故収束・廃炉作業の現場を維持するための、作業員数の維持・確保

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 7月13日

凍土壁02
東京電力は凍土壁と同じ技術を用いた汚染水を凍結させる対策において、すでに問題を引き起こしています。
汚染水が地下の排水溝に溜まり、凍結策の応用は無残な結果に終わってしまい、今後の展開に懸念が持たれています。
「これまでの3年間は難しい課題に取り組み続けざるを得ませんでしたが、一方では大きな前進もありました。」
福島第一原発の尾野マネージャーが今週、現地を訪れたガーディアン他のジャーナリストにこう語りました。
「我々の対応が万全ではないことは承知していますが、状況を改善するための取り組みは続いています。
大切なことは私たちが問題の内容を把握し、現在その解決のための具体的な取り組みが行われているという事です。」

福島第一原発では津波が押し寄せたことにより、非常用電源を含めたすべての電源供給を停止させてしまい、3基の原子炉がメルトダウンする事故が起きました。
この際4号機のみは原子炉内に核燃料は無く、使用済み核燃料プール内に約1,500体の核燃料アセンブリが保管されていましたが、東京電力はすでにこのうちの1,200体を安全に取り出すことに成功したと語りました。
小野マネージャーは残る核燃料アセンブリも、予定通りに行けば年内にすべて取り出し、より安全な格納場所に移し替えることが出来ると付け加えました。

しかし原子炉建屋の基礎部分に溜まっている高濃度の放射能汚染水を組み上げ、これを長期間安全に保管する課題については昨年、貯蔵タンクからの汚染水漏れのトラブルが相次ぎ、問題の深刻さを再認識させられることとなりました。
そしてトリチウム以外の放射性物質を取り除く浄化装置も、度々故障し、その都度工程を停止させざるを得ませんでした。

汚染水調査 1
現在は全部で3基ある浄化装置が稼働していますが、まだ試運転の段階である事を東京電力の広報担当の永野氏が認めました。
「私たちは来年の3月までには、福島第一原発の敷地内に保管しているすべての汚染水の浄化作業を完了させたいと考えています。」

小野マネージャーは、最近完成した地下水を汚染される以前にそのまま太平洋に流し込むための排水設備、そして地下の井戸とともに凍土壁が機能する予定であると語りました。

先月、日本の原子力規制委員会は東京電力が地下排水溝内の汚染水凍結作業における失敗について懸念を表明しました。
小野氏は、作業の失敗について認めた一方、その事が直ちに凍土技術が不完全なことを意味するわけではないと語りました。
「排水溝内の汚染水は、地下水と比較して私たちが考えた以上の早さで流動していたため、結果として計画通りに凍結させることが出来ませんでした。」
「しかし来年3月までには、排水溝内の汚染水も凍結させることができると確信しています。」

福島第一原発の事故収束・廃炉作業が危機的状況を迎えてから、東京電力は現場の作業員たちの士気の低下という問題と直面し続けています。
2011年3月の事故発生以来約3,000人がすでに退職、あるいは早期退職しました。
多くは原子力発電に背を向け、もっと重圧の少ない、そして給与条件の上でも恵まれている他のエネルギー産業に再就職しました。

GRD01
小野氏は現場で働く作業員を確保することの困難さを認識してはいますが、福島第一原発の事故収束・廃炉作業を行うために充分な人数を揃えることが出来ないという指摘に直接答えることはありませんでした。
「ある意味では、原子力発電所の事故収束・廃炉作業は後ろ向きの仕事です。しかし先例のない難しい課題に取り組むことは、前向きな努力であるはずです。」
このように語り、小野氏は最近配置された溶け落ちた核燃料の状況を明らかにし、それを取り除くために新たに設計されたロボットに言及しました。
「それは福島第一原発の現場で働く技術者たちに、希望と前向きな意欲を与えてくれるはずです。」

ここで働いている東京電力職員、そして下請け・孫請けの巨大なネットワークの作業員を合わせた6,000人が、世界で最も困難を極める事故収束・廃炉作業の完遂を見届けることになる、小野氏はそう主張します。
「廃炉作業の完了まで何年かかるのか、その確実な見通しを明確にするのは困難です。私たちが今予想しているのは30年、40年という時間です。」
「しかし私は、福島第一原発の従業員には強い使命感があると思っています、言ってみれば東京電力魂です。すべての世代の従業員が、それを心に抱いていると思います。」

〈完〉

http://www.theguardian.com/environment/2014/jul/13/doubts-giant-ice-wall-fukushima-nuclear-reactors
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この凍土策の問題と直接は関わりがありませんが、鹿児島県川内原発の再稼働について、7月17日付の河北新報の第4面に『再稼働思いとどまれ』と題した吉岡斉九州大学教授の評論が掲載されました。
以下はその抜粋です。

「政府もまた、原子力ムラの全関係者が将来にわたって利益を得られるように、東京電力福島第一原発事故以前の状態への復帰を目指してきた。」

「新規制基準そのものが、日本のすべての既設原発について、再稼働の許可を得られるよう規制委員会が配慮した不十分なものである。原子炉自体の構造的弱点の評価を行わず、付属設備の強化のみで良しとした。」

この指摘を見る限り、安倍政権が常々「世界一厳しい」と豪語する安全基準には、予めいくつかの『抜け穴』が用意されていたことになります。
こうした手段を用いての再稼働は、民主主義の原則を無視した暴挙のひとつであると言わざるを得ません。
滋賀県知事選挙の勝利に気を緩めることなく、私たちができることをさらに真剣に考えていきましょう。

もうひとつ、正論だと感じたのが田中秀征氏のダイヤモンド・オンラインの以下の記事です。
http://diamond.jp/articles/-/56228
ぜひ一度、お目を通されてみてください。

明日19日土曜日は掲載をお休みさせていただきます。よろしくお願いいたします。

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【 あのとき、戦場にいた人々の記憶 】〈6〉
学校を卒業したばかりの青年が、たった2ヶ月で150万人も殺されてしまった、それが戦争だった…

ニューヨーカー 6月5日(記事本文は再掲)
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

ww2-11
2010年、初めての個展を開催するためにロシアを訪れていたカメラマンのサーシャ・マスロフは、後に連作となる『戦争経験者』の最初の一枚になる写真を撮影しました。
ソビエト赤軍の航空整備士ピョートル・ドミトリヴィッチ・コシュキンの肖像写真でした。
こうして彼の4年越しの連作がスタートしました。
彼はこの間、写真撮影とインタビューを繰り返しました。
題材になったのは兵士だけではなく、医師、技術者、パルチザン、地下抵抗運動の参加者、そして捕虜。
そしてホロコーストの生存者と一般市民は、戦争のはざまで最も苦しんだ人々でした。

マスロフは私にこう語りました。
「人々はそれぞれの場において、戦争という衝撃的な出来事を、自分自身の膚で感じたのです。」

マスロフはウクライナ出身の30歳のカメラマンで、5年前ニューヨークに移り住みました。
『戦争経験者』という大作に取り組むことになった理由について彼は、生と死のぎりぎりの境を体験した世代の記録をしっかりと残したいという思いがあったと語りました。
そして彼は国籍の違いによって、『戦争』の体験が著しく異なることも記録に留めようとしています。
「この連作の中で、最も興味深かったのは地理的要因による運命の違いでした。」
どの国の出身であるかによって、人々を視覚的にはっきりと分けてしまう事が可能です。
私が撮影したすべての人が第二次世界大戦という、かつてない規模の巨大な事件の当事者でした。宇宙で起きたビッグバンのように、彼らは世界中至る所でこの巨大な事件の渦中に巻き込まれたのです。居間、寝室、そして台所でさえ、戦争と無関係ではありませんでした。

「あなたは、視覚的に人々がどこの出身であるかについて比較することができて、彼らの
マスロフにはここまで18カ国を旅し、写真集を完成・出版する前にさらにインド、オーストラリア、南アフリカ、そしてギリシャを周る予定です。

『戦争経験者』の写真を撮影していて、何が一番印象に残ったかマスロフに質問してみました。
「ある人々は大きな寛容を示しました。そして別の人々の中には尽きることのない憎しみが消えることなく残っています。その対比の極端なことには驚かざるを得ません。」

▽ケン・スミス(ポーツマス、イングランド、英国)
「イタリア前線に送り返された2、3日後、私はベネチアの南にあるコマッキオでもう一人の兵士と一緒にカヌーに乗りこみました。わが軍の艦隊の進入路を確保するため、掃海活動を命じられたのです。その日はちょうど私の誕生日でした。陸地でドイツ兵が活動していました。もはやガソリンが手に入らなくなった彼らは、馬と荷車を使って物資の輸送を行っていました。ドイツ兵が歩きながら歌っていましたが、私は思わずその歌声に聞きほれてしまい、知らず知らずに岸辺の方に近寄ってしまったようです。接近し過ぎた私たちに気づいたドイツ兵が発砲し始めました。
『まだ22歳になったばかりなのに!』
私がそう叫ぶと、同乗していた軍曹がこう怒鳴り返したのです。
『死にたくなければ、死にもの狂いでオールを漕ぐんだ!』」(写真上)

▽ レオン・レボウィッツ(テキサス州オースティン、米国)
「ドイツ軍と若干の戦闘をかわした後、若私たちはローマを占領しました。私は比較的少人数の部隊に所属していましたが、占領した後ローマ市内を観光しました。バチカン、コロシアム。
私は、ローマ人が残した数多くの遺物を見学する気満々でした。
我々が占領をしていた当時、一部のイタリア人は進んで協力してくれました。
彼らは、私たちから一般の食料品や軍用食料を受け取っていました。そうしなければ食べていけなかったのかもしれません。」(写真下)
WW2-12
http://www.newyorker.com/online/blogs/photobooth/2014/06/faces-of-the-second-world-war.html#slide_ss_0=1

【 福島第一原発、凍土策の実施に対し膨れ上がる疑念と疑問 】〈前篇〉

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所要時間 約 11分

破壊された4基の原子炉を囲い込むため、3,200億円をかけて行われる地中の凍結
果たして地下水の流れ込みを本当に回避することはできるのか
事故発生以来、無数のミス・トラブルを犯し続けた東京電力が、凍土壁対策に限っては完全に実行できる、そう都合よく考えることはできない

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 7月13日

凍土壁02
光明がどんどん遠のき、無数の危険が次々に発生するという、21世紀に入り最も恐ろしい現実を作りだした福島第一原子力発電所。
その場所にあって、このまま放置すればさらなる大きな脅威となる問題に今、現場にいる技術者たちが解決を目指し、次回との戦いに挑んでいます。
数万トンに昇る高濃度の放射能汚染水の問題です。

すべてが計画通り進めば、来年3月には破壊された原子炉4基の敷地をぐるりと取り囲む氷の壁が地中に完成します。
これにより、溶け落ちた核燃料を冷却し続けるために使われ、原子炉建屋の地下に溜まっている高濃度の汚染水と、福島第一原発の敷地の西側から流れ込んでくる地下水が交じり合う事を防ぐことが出来るようになります。

現在は一日あたり最高で400トンに上る地下水が原子炉建屋の基礎部分に流れ込むため、これをポンプでくみ上げ、いったん貯蔵した上で浄化する作業が続けられています。
しかし福島第一原発の現場では、その貯蔵の限界にじりじりと近づく事態となっています。
この汚染水の問題を解決しない限り、東京電力は福島第一原発の廃炉作業に本格的に着手することはできません。

2014年6月、東京電力と鹿島建設(株)から派遣された作業員名が、原子炉を取り囲んで設定された四角形の線に沿って、1,550本のパイプを地下33メートルの深さに垂直に挿入する作業に着手しました。
このパイプに-30度になる冷却剤がセットされていくことになります。

01 Spiegel
パイプに挿入された冷却剤が周囲の地中を凍結させることにより、水の透過を許さない凍土壁が地中に出現することになるのです。
「私たちは約一カ月間の作業で100本以上のパイプをセットしました。作業はほぼ予定通りに進んでいると言って良いと思います。」
福島第一原発で凍土壁建設作業の責任者を務める、鹿島側の浅村忠文氏がこう語りました。
4号機原子炉建屋は爆発事故を起こした3基の原子炉のうちのひとつですが、今回その周囲にパイプを埋め込む作業では、労働者は雨、高い湿度、そして高い放射線量とも戦いながら、スケジュール通り作業を進めた点を、浅村氏は強調しました。

しかし、メルトダウンを引き起こした3基を含む4基の原子炉を完全に隔離するのは、多額の費用を要する上に危険がつきまとう作業です。
そして今回3,200億円を費やして行われる凍土壁建設の技術は、これ程の規模で用いられたことはありません。
「私は、凍土壁が最良の解決手段であるとは確信していません。」
米国原子力規制委員会のもと委員長で、現在東京電力の特別相談役を務めるデール・クライン氏が共同通信のインタビューに対し、こう返答しました。
「私が心配するのは、この対策を実施したことにより、予想外の結果が生じてしまう事です。 凍土壁に行く手を阻まれた水はどこに向かうのでしょうか。
向かった先で起きうる事態は?
私は、事前にもっと実証実験をするべきだと思うし、分析も不足していると考えています。」

汚染水06
東京電力側の資料によれば、建造された延べ1,500メートルにわたる凍土壁は2020年まで使用が続けられることになります。
地中の凍結を続けるために使われる電気量は一般家庭13,000世帯分になります。

これから8ヵ月以上、東京電力と鹿島の合計360名の職員が一日4時間勤務のローテーションを組み、暑さによる疲労と戦いながら凍土壁の建設に取り組むことになります。
この作業に取り組む人々は多重防護服とフルフェイスの防護マスクを着用し、その上にタングステンで裏張りされたゴム製のカバーを身に着けて作業をしなければなりません。

福島第一原発で3基の原子炉がメルトダウンした事故発生から3年間、東京電力は無数のミス・トラブルを犯し続けてきました。
その東京電力が凍土壁対策に限っては完全無欠にやり遂げる、そう都合よく考えることなどできるはずがありません。

〈後篇に続く〉

http://www.theguardian.com/environment/2014/jul/13/doubts-giant-ice-wall-fukushima-nuclear-reactors
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福島第一原発の事故報道を見ていると、金銭感覚がおかしくなります。
その廃炉のために必要な金額は40~100兆円…
被災者の方々への補償は数兆円を費やしても追いつかない…
凍土策には3,200億円…
事故収束・廃炉作業作業全体のために必要な金額から見るとね思わず
「その程度か…」
と思ってしまいそうです。
しかしこの金額を教育や福祉の現場から見たら、どうなのでしょうか?

今、全国で莫大な金額を投じて原発再稼働のための整備事業が進められています。
しかし福島第一原発の事故を経験した私たちは、次のような疑問を持たざるを得ません。
「莫大な金を費やして、もっと莫大な費用を要することになる原発事故の原因を作っているのではないか?」

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【 あのとき、戦場にいた人々の記憶 】〈5〉
湖も地面も、そして空すらも、すべてが燃え上がり、そこに祖国の兵士の死体が散乱していた

ニューヨーカー 6月5日(記事本文は再掲)
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

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2010年、初めての個展を開催するためにロシアを訪れていたカメラマンのサーシャ・マスロフは、後に連作となる『戦争経験者』の最初の一枚になる写真を撮影しました。
ソビエト赤軍の航空整備士ピョートル・ドミトリヴィッチ・コシュキンの肖像写真でした。
こうして彼の4年越しの連作がスタートしました。
彼はこの間、写真撮影とインタビューを繰り返しました。
題材になったのは兵士だけではなく、医師、技術者、パルチザン、地下抵抗運動の参加者、そして捕虜。
そしてホロコーストの生存者と一般市民は、戦争のはざまで最も苦しんだ人々でした。

マスロフは私にこう語りました。
「人々はそれぞれの場において、戦争という衝撃的な出来事を、自分自身の膚で感じたのです。」

マスロフはウクライナ出身の30歳のカメラマンで、5年前ニューヨークに移り住みました。
『戦争経験者』という大作に取り組むことになった理由について彼は、生と死のぎりぎりの境を体験した世代の記録をしっかりと残したいという思いがあったと語りました。
そして彼は国籍の違いによって、『戦争』の体験が著しく異なることも記録に留めようとしています。
「この連作の中で、最も興味深かったのは地理的要因による運命の違いでした。」
どの国の出身であるかによって、人々を視覚的にはっきりと分けてしまう事が可能です。
私が撮影したすべての人が第二次世界大戦という、かつてない規模の巨大な事件の当事者でした。宇宙で起きたビッグバンのように、彼らは世界中至る所でこの巨大な事件の渦中に巻き込まれたのです。居間、寝室、そして台所でさえ、戦争と無関係ではありませんでした。

「あなたは、視覚的に人々がどこの出身であるかについて比較することができて、彼らの
マスロフにはここまで18カ国を旅し、写真集を完成・出版する前にさらにインド、オーストラリア、南アフリカ、そしてギリシャを周る予定です。

『戦争経験者』の写真を撮影していて、何が一番印象に残ったかマスロフに質問してみました。
「ある人々は大きな寛容を示しました。そして別の人々の中には尽きることのない憎しみが消えることなく残っています。その対比の極端なことには驚かざるを得ません。」

▽ドルチニコーヴァ・リディヤ(クリヴィー・リフ、ウクライナ)
「ドイツ軍が、防御線を突破してなだれ込んできました。塹壕近くの湖の岸辺にはウクライナ人兵士の死体が散乱していました。湖も地面も、そして空すらも、すべてが燃え上がり、そこに祖国の兵士の死体が散乱していました。
ウクライナ人兵士の死体が散乱している中をドイツ軍兵士が進軍してきました、そしてドイツ軍の戦車、次にはオートバイに乗った兵士たちが続きました。その終わりがどこなのか、私は結局見ることが出来ませんでした。その時私たちがなぜ殺されなかったのか、その理由など私たちは知りようもありませんでした。」(写真上)

▽ ジャン・ジャック・オデュク(ルマン、フランス)
「私はフランスを占領していたドイツ軍の飛行場に置かれていた飛行機が、木製の偽物であることに気がつきました。その下面は塗装すらされていませんでした。そこで私はイギリス側にその事実を暗号で伝えたのです。すると英国空軍の爆撃機がやって来て、その場所に木でできた偽物の爆弾を投下して行ったのです。『すべてはお見通しだぞ』そう言っているかのようでした。イギリスはドイツ側に、レジスタンスのスパイの目が至る所からお前たちを監視している、そのように疑心暗鬼にさせ、完全な支配など不可能だという事を思い知らせようとしたのです。」
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http://www.newyorker.com/online/blogs/photobooth/2014/06/faces-of-the-second-world-war.html#slide_ss_0=1

【 日本vs.韓国vs.中国vs.台湾、紛争の火種を育てる教科書戦争・第10章 】〈 後篇 〉

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所要時間 約 12分

自分たちの偏狭で普遍性の無い歴史観を教育現場に持ち込み、子どもたちを意のままにしようとしている日本の安倍政権
子供たちすら巻き込んでナショナリズムを煽り立てる行為に、建設的未来などあるはずがない
今必要なのは、当事国同士が歴史の真実を明らかにするための共同作業を続ける取り組み

エコノミスト 7月5日

教科書戦争
一連の動きは、アジアの教科書戦争の特徴を変え始めています。
これまで各国の教科書の内容には、外交政策的立場が反映されていました。

たとえば学校で愛国心を教える際、中国はこれまで外国の侵略行為の犠牲者となった歴史を強調する一方で、毛沢東時代の階級闘争や飢餓や暴力によった多数の犠牲者が出たことは過少に伝えるか、あるいは完全に封印をしてきました。
これら一連の教育は、中国が大国として本来あるべき地位に戻りつつある、ただそれだけのことであるという中国指導部の意向に基づくものです。

日本の下村文部科学大臣は、子供たちが正しい歴史を学び、尖閣諸島については従来の日本側の主張通り日本固有の領土であり領土問題は存在しないという正しい認識を持てるよう、教育指導要領を改める方針であると語りました。

しかし新たな教科書戦争には、少しでも自国の立場を有利なものにしようという思惑が透けて見えます。
教科書戦争は国家間の争いが存在すると同時に、各国国内での争いも続いています。
日本の場合は現在の政権による『戦後教育の見直し』の意向が強く働いています、いわく、
『戦後60年間続いた教育分野の左翼支配に終止符を打つ』。

韓国国内の事情を複雑にしているのは、新右翼と呼ばれる立場の学者などが日本の植民地支配について、ある程度前向きな評価をしているという点です。
このことは現政権にとっては、決して容認できない見方です。

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韓国では現在の保守政権による教科書内容の見直し政策は、各地で政治的な反対運動を呼ぶことになりました。
6月初旬に行われた地方選挙の結果、2010年の選挙では全国で17ある公選制の教育監督官のうち6議席を獲得した『革新派』が、その倍の13議席を獲得し、注目を浴びることになりました。

勝利した革新派は、現政権が今月その決定がなされる予定の教科書の一本化を強行するなら、別の教科書を作成し、その採用を促進すべく運動すると語っています。
革新派が多数となった教育監督官は多額の教育予算の支出を管理する立場にあり、彼らの同意がなければ政権与党といえど教育行政を意のままにすることはできません。

革新派の反対運動は、現在のパククネ大統領の父親であるパクチョンヒ(朴正煕)大統領の軍制政権時代の体制をあらためよう終わらせようとする広範囲にわたる戦いの一部を形成するものです。
韓国の軍事独裁政権が終了した今、民主化のための戦いは歴史問題へと移行しています。

台湾でも現在、政府が採用を求める教科書に対し、野党第一党の民進党が主導する反対運動が起きています。
野党の勢力下にある郡や都市では、中央政府が提案する教育指導要領が拒否される事態が起きています。
しかし台湾の国内情勢は他と違って国際的な側面を持っています。
それは中国と日本が、その政治的動向を注視しているからです。

日本vs中国02
1949年、中国では共産党との戦いに敗れた国民党が台湾に逃れて政権を樹立したことから、歴史といえば中国大陸のそれを指すことが当たり前でした。
台湾にも中国本土や韓国国民と同じ理由で日本を嫌っている人々がいます。
一方で、1949年以前から台湾で生きてきた人々の中、特に中国からの独立を貫くべきであると考える立場の人々の中には、日本に対し異なる感情を抱く人々がいます。
彼らは日本は台湾の近代化に貢献したと考えています。
そして国民党政府が台湾で白色テロを行い、数万人の台湾人を殺害した1940年代後半という時代を考えれば、日本による植民地支配の時代の方がまだしも平和であったと考えています。

野党勢力とその考えに同調する学者等は、新たな教科書が中国の大陸史に関する記述を減らし、代わりに台湾固有の歴史とオランダ、日本による植民地時代の記述を増やすように求めています。
これに対し、中国との結びつきを強めるべきであるとする立場を取る新聞社などは、こうした人々が植民地統治時代の日本の残虐行為を覆い隠そうとしていると非難しています。

こうした一連の動きとは別に、東アジア地区の中のより分別のある研究者と政策担当者は、子供たちに対し国家主義を煽るような教育を行う事の危険性を認識しています。

表だった批判などが許されない中国で、ひとりの学者がこう指摘しました。
極端な国家主義教育を施し、諸外国を嫌悪するような教科書を子供たちに与えることは、復讐こそ正義であると考える人間を育てる恐れがある、と。

止む気配のない論争を鎮静化させようと、日本と韓国は2002年に研究者による共同委員会を発足させ、続く2006年には中国と日本の間で同様の委員会が発足しました。

そうした取り組みへの努力は死に絶えたわけではありません。

日本vs中国01
韓国のパククネ大統領は、韓国、中国と日本が共同で東北アジアの歴史教科書を作り上げることを提唱しました。
しかしこうした取り組みはすでに4年前、一度挫折しています。
中国と日本の研究者は、過去の事実について統一見解を出すことを断念しました。
そしてここ数年に激化している紛争が、各国間の共同研究の実現を阻んでいます。

20年、30年経った時、現在起きている教科書戦争は、それ自体各国の歴史教科書の中の一項目になるかもしれません。
しかしこのままの状態が続けば、それすら正しい事実が各国の教科書に記載されることにはなりそうもありません。

〈 完 〉

http://www.economist.com/news/asia/21606332-which-democracies-join-east-asias-history-wars-textbook-cases-chapter-10?zid=306&ah=1b164dbd43b0cb27ba0d4c3b12a5e227
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上のエコノミスト、下のニューヨーカーの記事を比較してみると興味深いものがあります。
第二次世界大戦前夜、ナチスドイツは国内で徹底してナショナリズムを煽り、そこから派生してスラブ人を劣等民族と決めつけ、奴隷化してしまおうと本気で考えました。
ユダヤ人に至っては絶滅対象とし、それを政治化し、組織的に殺害してしまいました。

今考えればいずれも狂気の沙汰としか言いようがありませんが、ナショナリズムの台頭の前にそれは正当な『思想』にされてしまったのです。

ナショナリズムとはその類いのものです。
故国を大切に思い、自国の文化を大切にするのとはまったく別の行為です。

明日16日(水)は掲載をお休みいたします。
よろしくお願いいたします。

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【 あのとき、戦場にいた人々の記憶 】〈4〉
学校を卒業したばかりの青年が、たった2ヶ月で150万人も殺されてしまった、それが戦争だった…

ニューヨーカー 6月5日(記事本文は再掲)
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

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2010年、初めての個展を開催するためにロシアを訪れていたカメラマンのサーシャ・マスロフは、後に連作となる『戦争経験者』の最初の一枚になる写真を撮影しました。
ソビエト赤軍の航空整備士ピョートル・ドミトリヴィッチ・コシュキンの肖像写真でした。
こうして彼の4年越しの連作がスタートしました。
彼はこの間、写真撮影とインタビューを繰り返しました。
題材になったのは兵士だけではなく、医師、技術者、パルチザン、地下抵抗運動の参加者、そして捕虜。
そしてホロコーストの生存者と一般市民は、戦争のはざまで最も苦しんだ人々でした。

マスロフは私にこう語りました。
「人々はそれぞれの場において、戦争という衝撃的な出来事を、自分自身の膚で感じたのです。」

マスロフはウクライナ出身の30歳のカメラマンで、5年前ニューヨークに移り住みました。
『戦争経験者』という大作に取り組むことになった理由について彼は、生と死のぎりぎりの境を体験した世代の記録をしっかりと残したいという思いがあったと語りました。
そして彼は国籍の違いによって、『戦争』の体験が著しく異なることも記録に留めようとしています。
「この連作の中で、最も興味深かったのは地理的要因による運命の違いでした。」
どの国の出身であるかによって、人々を視覚的にはっきりと分けてしまう事が可能です。
私が撮影したすべての人が第二次世界大戦という、かつてない規模の巨大な事件の当事者でした。宇宙で起きたビッグバンのように、彼らは世界中至る所でこの巨大な事件の渦中に巻き込まれたのです。居間、寝室、そして台所でさえ、戦争と無関係ではありませんでした。

「あなたは、視覚的に人々がどこの出身であるかについて比較することができて、彼らの
マスロフにはここまで18カ国を旅し、写真集を完成・出版する前にさらにインド、オーストラリア、南アフリカ、そしてギリシャを周る予定です。

『戦争経験者』の写真を撮影していて、何が一番印象に残ったかマスロフに質問してみました。
「ある人々は大きな寛容を示しました。そして別の人々の中には尽きることのない憎しみが消えることなく残っています。その対比の極端なことには驚かざるを得ません。」

▽ アナトリー・ウバーロフ(サンクトペテルスブルグ、ロシア)
「まずあなたに理解してもらわなければならない事があります。それは戦争というものがドイツの殺人機械を何とか食い止めようとしていた、信じられない程厳しい時代であったという事です。ドイツ軍の兵士はよく訓練され、そして装備も優れていました。一方の私たちは、そうではありませんでした。
学校を卒業したばかりの少年が、たった2ヶ月で150万人も殺されてしまいました。私の同級生も含めて…」(写真上)

▽ ハンス・ブラット(ケムニッツ、ドイツ)
「Dデイの日、アメリカ人がフランスに上陸したとき、私はレーゲンスブルグに向かっていました。私たちは退却命令を受けましたが、連合軍に捕まってしまいました。そのとき私は18歳でした。
連合軍は私たち捕虜を連行する際、いくつものフランスの都市を巡り歩かせました。これ見よがしに、私たちは戦利品扱いでした。
収容先のキャンプでは2,000人から3,000人が一カ所に収容されていました。
数時間飲まず食わずでいたため、何人もの捕虜が動けなくなりました。私たち全員、立っているのがやっとという状態でした。(写真下)
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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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