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【 大災害、福島第一原発、そして原子力産業界 】〈後編〉

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所要時間 約 7分

フクシマ、誰もが望まぬ歴史の1ページが刻まれた
最も大切なこと、原子力発電所は災害が襲っても安全を確保できる、そんな偽りはもう言ってはならない

ザ・ニューヨーカー 2012年11月28日

2号機(大)
ニュージャージーとデラウェア州州の境界で、コネチカットで、そしてニューハンプシャー州で、いずれも大都市から50マイル(約80キロ)圏内に、問題の多い原子力発電所があることが判明しました。
福島第一原発で巨大事故が進行している間、アメリカ合衆国当局は日本国内にいたアメリカ人に対し、福島第一原発から50マイル圏内に入らないよう、繰り返し警告をしていました。

問題の中で大きいのは、アメリカ合衆国が建国以来たかだか250年近くしか経っておらず、アメリカ大陸の地学的歴史を充分には理解していないことです。
日本では地震学者たちが、869年に発生した貞観地震を基に、当時の福島第一原発の津波対策は不十分であると警告していました。
歴史的事実に鑑みれば、巨大津波は「船に乗って逃げる間も、山を駆け上がって逃げる間も無く」襲う可能性があると警告していました。

ところが東京電力も、福島第一原発も、その警告を無視しました。
そしてその結果、誰もが望まぬ歴史の1ページが刻まれてしまったのです。

スタンフォード大学の研究チームはこのように指摘しています。
「アメリカ合衆国の原子力発電所の危険性もまた、過小に見積もられていると考えられる。」
なぜならアメリカ大陸の歴史は、やっと350年前までしかさかのぼることができないからなのです。
「アメリカ合衆国は、この1,000年間に襲った最大の津波の大きさすら、解ってはいないのです。」
アメリカにとって厄介な問題、それはこの国がその天災の歴史の本の一部分しか理解していない、ということなのです。

何年もの間、その危険性が高まっていることに対する警告が行われた挙げ句、2007年、洪水がニューヨークの地下鉄を襲い、数時間の間不通になりました。
その結局ニューヨーク州交通局は、洪水対策だけで3,400万ドル(約34億円)の支出を強いられることになりました。

4号機
しかしこの件はそれだけで完了しました。
「それ以上の公共予算が、地下鉄の災害対策費用として追加されることはありませんでした。」
ニューヨークタイムズが2012年末、報じました。
ニューヨーク交通当局の担当者が以下のように語りました。
「私たちは最小の被害で、予算が認められて幸運でした。私たちは対策を迫られてはいましたが、納税者の皆さんはいざ現実にならないと、なかなか支出には同意してくれませんから。」

オバマ大統領の再選を支持する人々の中には、地球温暖化の問題と取り組んでいる人々がいます。
ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ氏は、世界はもっと積極的に、素早くこの問題に取り組むべきであるとする運動の支持者に名を連ねています。

ニューヨーク付近の海面は、20世紀末の10年間で、ほぼ1インチ上昇しました。
そしてこれからその上昇のペースは早まり、これからの10年間でさらに6インチ上昇するものと見られています。

日本国内では、福島第一原発のメルトダウンにより行われている様々な規制が、生活の場の至る所に及んでいます。
生活の中の至る所に『フクシマの影』が見え隠れしているのです。

アメリカ国内では2012年3月、洪水対策について見直しを行い、不測の事態が襲っても原子力発電所内で全電源に至らないよう求める、新たな原子力発電所の安全規則が、原子力規制委員会により策定され、適用されました。

サンオノフル原子力発電所

サンオノフル原子力発電所


しかし原子力発電を肯定する立場からでさえ、その基準では不十分だと考えています。
スタンフォード大学の研究チームは、もっと強固な防潮堤を、もっと高く建設し、さらに多くの災害対策を行うように求めています。
そして前出のロックバウムは、こう述べています。

最も大切なこと、原子力発電所は災害が襲っても安全を確保できる、そんな偽りはもう言わないようにしなければなりません。

原子力発電所は、堅牢無比な施設などではありません。

そしてハリケーン・サンディが証明したように、天災と同時に天災がもたらす2次的被害、3次的被害にも備えなければならないのです。

「いくつかの原子力発電所は、すでにいくつもの問題が明らかになっています。こなさなければならない課題が、すでに眼の前にあるのです。」

そして新たな安全基準を定めたからといって、それが災害を防いでくれる訳ではありません。
安全基準が求める対策を完成させる努力を、途切れること無く継続していく必要があります。
足りない点をすべて洗い出し、そして対策を完全に実行しなればなりません。

120914
その上で初めて原子力規制委員会と原子力産業界は、一般市民に対し、重大事故や天災に対する原子力発電所の安全対策が、「適切にとられている」と言うことができるのです。

そして、対策が完全に実施されるまでの間、それに代わって原子力発電所の安全を確保する為に大きな役割を果たすもの、それは何でしょうか?

運にまかせるほか無いのです。
運さえ良ければ、福島第一原発のような事故が再び襲うことは無いでしょう。

〈 完 〉

http://www.newyorker.com/online/blogs/evanosnos/2012/11/sandy-fukushima-and-the-nuclear-industry.html#ixzz2PXxVhmNA

【 大災害、福島第一原発、そして原子力産業界 】〈前編〉

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所要時間 約 7分

世界で、不適切な安全管理を行っている原子力発電所の数が最も多い国、日本
どんなに備えをしても、それを超える天災はやってくる

エヴァン・オスノス / ザ・ニューヨーカー 2012年11月2日

NYK01
ハリケーン・サンディがアメリカ東海岸を襲った際、ニューヨーク市の北約40キロ、ハドソン川の蛇行地点沿岸にあるインディアン・ポイント原子力発電所の3基の原子炉が停止を余儀なくされました。
さらに3基の原子炉について、災害の拡大に備え出力を低下させる措置がとられました。

そしてアトランティク市の北約50キロの場所にある国内で最も古い原子力発電所、オイスター・クリークでは、職員たちがかつて経験したことが無い状況に遭遇させられることになりました。
強まる一方の高潮と暴風雨が、同発電所の冷却水供給装置に異常なほど大量の水を送りこんだのです。
メンテナンスのため停止していた同原子力発電所ではこの時同時に、電力網からの送電がストップしてしまったのです。

発電所内では『緊急警報』を発令、最も低い警戒態勢から緊急度を一段階引き上げました。
そして原子炉の冷却を続けるため、予備発電装置を稼働させたのです。

こんなことは初めての事でした。
これまでアメリカ国内ではハリケーンなどの暴風に対し、最も危険な状況に陥りやすいのは送電網の方だと考えられてきました。全体から見て、104基の原子炉については送電網ほどの危険は無いと考えられてきたのです。

しかしこれの事態に対し、原子力産業界はいち早く自画自賛してみせました。
「ハリケーン・サンディはアメリカ国内にある原子力発電施設の堅牢さを、再び証明しました。それぞれの地方で各原子力発電所は、その地区で記録されている最大の洪水、そしてハリケーンがもたらす最大の暴風にも耐えられるよう設計されていることを証明したのです。」
原子力産業界の最も強力なロビー団体である、原子力発電研究所所長のマーウィン・ファーテル所長がこう語りました。

しかし一般の人々の感想は、そのような自画自賛からは程遠い場所にありました。
エネルギー問題に関する啓蒙活動を行っている非営利団体のフェアウィンズを主宰し、原子力産業界に対して厳しい意見を持つアーニー・ガンダーセン氏がブルームバーグ・ニュースの取材に対し、こう述べました。
「もしオイスター・クリーク原子力発電所が稼働中だったら、あと6インチ(約15センチメートル)水位が上がっていれば冷却水の取水システムは破壊されてしまい、、同発電所を運営するエクセロン社のスポークスマンが言うところの『取り返しがつかない事態』に陥っていたはずです。」

いったいどちらの言い分が正しいのでしょうか?
私は元原子力発電所の技術者で、現在は『憂慮する科学者連盟』で原子力発電の安全問題に取り組むデヴィッド・ロックバウムに尋ねてみました。
「正確を期するとなると、私はさらに悪条件が重ならなければ、アーニーが語る『取り返しがつかない事態』にまで事態が悪化することはないと思います。フクシマ程の災害にまで発展するとは思えません。」

3・4号機(大)
フクシマとはもちろん、2011年3月に襲った巨大地震と巨大津波がきっかけとなり、3基の原子炉がメルトダウンを引き起こした福島第一原発の事です。
この時は原子力発電所を運営する東京電力の予測をすべて上回る規模の天災が襲いかかり、チェルノブイリ以来最悪の原子力発電所事故に発展しました。

福島第一原発の事故がもたらした最も明確な教訓のひとつは、過去の経験に基づいていかなる備えをしようとも、あらゆる場面でそれを上回る規模の災害が襲う可能性があるという事です。

スタンフォード大学のショーレンスタイン・アジア太平洋リサーチセンターの3人の研究者によれば、原子力産業界が過去に発生した災害規模を基に、それに耐えられるだけの対策を施していると主張しているとしても、我々はさらにその上の安全対策について知識を深める必要があるのです。
フィリップ・リプシー、ケンジ・クシダルトレヴァー・インセルティの3名の研究者は、水辺に建設された原子力発電所に関して地震、地滑り、ハリケーンの3種類の天災につき、その脆弱性を検証しました。
ワシントンポストの記事の中で彼らは、ハリケーン・サンディがもたらした災害の数的データを検証し、米国内の原子力発電所の内いくつかは、高潮や津波による災害発生を防ぐことが出来ない可能性があるとの指摘を行いました。

我々アメリカのエネルギー問題研究者のデータベースに基づけば、世界の中で、不適切な安全管理を行っている原子力発電所の数が最も多い国は日本です。

その次に数が多いのがアメリカ合衆国です。
1938年に東海岸を襲ったニューイングランド・ハリケーンは、約7.5~9メートルの高潮を発生させましたが、この数値はハリケーン・サンディの記録を上回っています。
仮にこの規模で高潮が発生すれば、平均で海水面から平均で約6メートルの高さに建設され、最低限の防潮堤しか設備していない東海岸の原子力発電所は、軒並み水没してしまうことになります。

〈後編に続く〉

http://www.newyorker.com/online/blogs/evanosnos/2012/11/sandy-fukushima-and-the-nuclear-industry.html#ixzz2PXxVhmNA
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【 エトナ火山の噴火 】

アメリカNBCニュース 4月11日
(掲載されている写真は、クリックすれば大きな画像をご覧いただけます)

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ヨーロッパで一番高く、そして最も活発に活動を続けているのがイタリア南部、シシリー島のエトナ火山です。
3枚目の写真、空中に浮かぶ白い煙の輪は噴火の間、火口付近で観察されることがあります。

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実録『トモダチ』作戦・第4部「放射能汚染」[第6回]汚染されてしまった人生、そして再出発

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所要時間 約 13分

髪の毛がごっそり抜ける・体力の極端な低下・生理が止まり、不定期に大量の出血
「うそをついたのは日本人です。私たちが責めるべきは日本人です。」

ロジャー・ウィザースプーン / ハフィントン・ポスト 3月15日

米軍64
空母USSロナルド・レーガンが率いる第七艦隊機動部隊は、『トモダチ』作戦終了後、逃げるように急ぎ日本を離れていきました。

航海士のジェイミー・プリムとモーリス・エニスは、開放感に胸をなでおろしました。
『トモダチ』作戦の任務は完了しました。
そして放射線対策班は全員の無事を宣言したのです。
「でも彼らは私たちの内部被ばくについては、検査も何もしませんでした。」
ジェイミーがこう語りました。
「彼らはセンサーで体の外側を撫で回しただけでした。血液検査など体内の状態については、どのような検査もありませんでした。」

「私たちは80日間、日本の沿岸に居ました。そして任務が終わりに近づいた時、私は自分の下あごのところに小さなこぶができていることに気がついたのです。私がそれを検査してもらおうと医務室に行ったのですが、対策班はすでに艦を飛び去っていました。」
モーリスがこう話しました。
「その後、私は悪性の胃潰瘍に侵され始め、体にさらに2つのこぶができたのです。ひとつは太ももの下の方、もう一つは顔の目と目の間にできたのです。」

米軍65
空母ロナルド・レーガンはプジョー・サウンドに向かい、そこで1年間をかけ汚染除去と全面的なオーバーホールを行うことになりました。
海軍にちょうど4年間在籍していたモーリスは、国内に戻りオリンピック・カレッジに入学しました。
ワシントン州のブレマートンにあるこのカレッジで、モーリスは5年間の軍務に就く契約をしていたジェイミーの退役を、時間を生産的に使いながら待つことにしたのです。
「海軍にいる間、決まっていつも口にすることは…」
モーリスが当時を振り返りました。
「退役したら、髪を伸ばし、思いっきりひげを伸ばしてやるぞ、といった類いの事です。海軍にいる間は髪を短くし、いつもひげをさっぱりしておかなければなりませんから。」

「そこで退役した私は髪を伸ばし、ひげも伸ばし放題にしました。そうしたら、髪が抜け始めていることに気がついたのです。櫛で髪の毛をとかすと、ごっそりかたまって髪が抜けてしまうのです。そしてペンを持つと、右手が震えることにも気がつきました。」

身長185センチの大柄なモーリスは、オリンピック大学時代はフットボール・チームのMVPに輝いたきわめて健康な男性でした。400メートルダッシュでは、あと2秒タイムを縮めることが出来れば、オリンピックの予選会に出場する資格を得る所に居ました。
ところが今や、一日朝から晩までただ暮らすだけの体力すら、彼の体には無くなってしまったのです。

米軍66
「私は未だ25歳でしかありません。なのに体が壊れ始めてしまったのです。こんな形で体の機能が失われていくことは、とても耐えられるものではありません。努力して運動能力を高めてきましたが、今や体の中のスイッチが次々にオフになっていくのです。一気に老化が進んでいくようなものですが、耐えられない思いです。」

「放射線がどう影響しているのか、私にはわかりません。でも、自分から進んでそうした訳では無い、それだけは確かです。」

モーリスは彼の医療記録が、海軍の正式な記録から削除されてしまったことを告げられました。
現在彼が苦しんでいる症状と、空母ロナルド・レーガンに乗組んでいる間に彼がこなした任務との因果関係を、公的に証明するものが失われてしまったのです。
従って彼の治療費を、海軍が負担することはできなくなってしまったのです。

ジェイミーにとって、始めのうち問題はいくつかの不快な症状だけのように感じられました。
「私の生理のサイクルが、この半年で完全に消えてしまったのです。医師たちは私に対し、何度も妊娠検査を行いました。それ以外に生理が止まった原因を特定出来なかったのです。でも私は妊娠などしていませんでした。」
「そしてその6カ月後、私は突然大量の出血をして気を失い、緊急処置室に担ぎ込まれたのです。」

そして彼女は原因も病名もわからないまま、数か月ごとに大量の出血をするようになってしまったと彼女は語ります。
規則正しいはずの女性の生理現象が、彼女の場合は医療機関での処置を必要とする、原因不明の大量出血現象に変わってしまったのです。

米軍61
彼女はぜんそくも発症し、2012年12月に海軍を退役するまで6回の発作を起こしました。
最初に発作が起きたのは同年3月のことでした。

海軍はジェイミーが発症した婦人科系の病気と、海軍勤務の因果関係を認めていません。
『トモダチ』作戦に参加した将兵について、深刻な健康問題は存在しないとの決定を国防総省が行ったために、ジェイミーの肺に起因すると考えられる一連の症状が、『トモダチ』作戦に参加した際に放射性物質の吸入に起因するという可能性も否定されることになったのです。
そのために彼女は今、どのような補償も受けられずにいます。

ジェイミーとモーリス、2人の元航海士は今、フロリダ州ジャクソンビルで暮らし、北フロリダ大学への編入を目指し、セントジョンズ・リバー州立大学で学んでいます。

2人とも、アメリカ海軍については好ましい思い出しかありません。

ジェイミーがこう話してくれました。
「私の中の声は、海軍には私たちを傷つけようとする意図は無かった、そう信じたい、と語っています。」
「作戦に従事していた間、私たちが得ることが出来た情報はわずかなものでした。そして日本人がこう言ったのです。『福島第一原発が及ぼす危険はない。放射能漏れなどは無く、原子力発電所は制御下に置かれている。』」

「うそをついたのは日本人です。私たちが責めるべきは日本人です。」

東京電力02
モーリスの方はまだ、意を決しかねています。
「日本人がアメリカ政府にウソをついたことは間違いありません。」
「でも海軍が私たちに同じことをしたとは思いたくありません。そして目的のために、私たちを危険な状況の中に追い込んだとも考えたくはないのです。」

「でも別の自分がこう言っているのです、『アメリカ政府も日本人と同じだ!』と…」

〈 第4部・完 〉

A Lasting Legacy of the Fukushima Rescue Mission: Part 4 Living with the Aftermath
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この第6回で第4部が終了しました。

大切なことは、知られている放射線障害の他に、「知られていない放射線障害」が存在する可能性がある。
その大切な指摘をしたのが、第4部だったのではないでしょうか?

第5部があるのかどうか、原文には記載がありませんが、おそらくは裁判の行方、公判内容などが紹介されるのではないでしょうか?
そこはウィザースプーン氏と交流がある訳ではないので、何とも言えませんが、公判によってさらなる真実が明らかにされる可能性があります。
期待しましょう。

ところで、私事で恐縮なのですが、今週母親が亡くなり、長男であるため【星の金貨】の編集が思うにまかせませんでした。
読みにくい所などがあり、お読みいただいている皆さんには、ご迷惑をおかけしたかもしれません。
この場を借り、お詫び申し上げます。
尚、このような事情ですので、掲載スケジュールが今後少しイレギュラー化する可能性があります。
できるだけ早く通常のペースに戻すつもりでおりますが、その節はご容赦ください。

今後とも【星の金貨】をよろしくお願いします。

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【 新たな命の成長を支え、希望と夢を守り続ける : ケニヤ 】

NBCニュース[メイキング・ア・ディフエレンス / この世界を変えて行く!] 3月23日

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NBC 3
アフリカのケニヤで、少女たちが抱く希望と夢がいつかかなうように、注目すべき取り組みが行われている学校について、チェルシー・クリントンがお伝えします。

リポーター:ケニヤの首都ナイロビにある女子中学校での、おとぎ話のようなエピソードをご紹介することにしましょう。
それはきわめてユニークな場所での、変わった体験だと言えるかもしれません。
ご紹介する一人の少女、ヴァネッサはこの地球上でもっとも貧しい境遇にいる女の子です。
しかし彼女は今、より良い将来を実現する可能性を手にしました。

ヴァネッサ「私の夢は医師になる事です。」

リポーター:彼女たちの境遇では、その夢をかなえることは容易なことではありません。

ケネディ「ようこそ、いらっしゃい。」
リポーター「ありがとう。」
ケネディ「ここが我が家です。」

彼ケネディもまた、ケニヤに広がり続ける貧民街のひとつであるここガベッラ、スラムの中から立ち上がった人間の一人です。こうしたスラムでは水道も電気も無い環境の中、約100万人ほどの人々が暮らしており、20%の子供たちが15歳になる前に死んでしまいます。
ケネディとそのアメリカ人の妻ジェシカは、少女たちが逆境を克服するための手助けをしています。
2人は自らの力で、少女たちのために学校を設立しました。
子どもたちはケネディのことが大好きです。どうして彼はこれ程愛されているのでしょうか?

NBC 2
リポーター「どうしてみんな、彼のことがそんなに好きなの?」

女の子「彼は立派な人だからです。」
少女たち「立派な人だから!」

リポーター: 多くの子供たちが、学校に通った経験すらないこの国で、ここに居る少女たちは、貧困の負の連鎖を断ち切るためのスキルを身に着けつつあります。

ジェシカ「親にとって自分の子が、より良い未来を築くための機会を手に入れたことを見るくらい、うれしいことは無いと思います。」

リポーター:使用所達の母親の一人、エスターは少女の頃に医学を志したことがありました。しかし、彼女は14才で結婚せざるを得ませんでした。
エスター「娘がこの学校に出会うことが出来て、本当に良かったと思っています。」

彼女は今、娘のヴァネッサが医師になる日を夢見ています。

ヴァネッサ「私は強い女性です。」

ケネディ「私には自信があります。」
少女たち「私には自信があります。」

NBC 1
リポーター: この学校はスラムにつきものの、絶え間ない危険から身を守る場所も提供しています。
ケネディ「口にするのもつらいことですが、私たちの生徒の実に27%が、性犯罪の被害者なのです。私たちは、少女たちが身を守るための場所も提供したいと考えています。」

リポーター : 決してあきらめない、前向きな努力こそが支えでした。
ケネディは捨て子同然の境遇から身を起こし、独学で読み書きを憶えました。
そして彼はアメリカのコネティカット州立大学を卒業し、カベッラの地区長として皆に知られるようになりました。

ケネディ「どこから来たのか、それは問題ではありません。どこに向かって進みたいのか、それが大切なのです。」

リポーター :ケネディとジェシカは昨年6月、この場所で結婚しました。そうして少女たちのための温かい家庭が出来たのです。
チェルシー・クリントン、NBCニュース。
※チェルシー・クリントンはクリントン元大統領とヒラリー・クリントン元国務長官の一人娘。

http://www.nbcnews.com/id/3032619/ns/NBCNightlyNews/#51305012

実録『トモダチ』作戦・第4部「放射能汚染」[第5回]汚染されてしまった人生・その2

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所要時間 約 9分

本人、そして幼い子供を襲った原因不明の症状、治療の目安も無く

ロジャー・ウィザースプーン / ハフィントン・ポスト 3月15日

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▽ 異常な早さの老化現象

マイケル・セバーンは海軍の飛行整備士として勤務した17年間、様々に摩耗したヘリコプターの部品の交換を行ってきました。
厚木の基地で彼が行っていた部品交換は、安全性の確保、そして航空機の性能を最大限引き出すために行われます。
しかし『トモダチ』作戦が実行されていた間小名こわれた、ヘリコプターの部品交換はどうだったでしょうか?
特にラジエター、そして吸排気に関連する部品は?
作戦期間中、これらの部品は一度飛行するごとに交換しなければなりませんでした。
大量の放射性物質をエンジン内に送り込んだあげく、これらの部品も汚染がひどく二度と使えなくなりました。

「ラジエターを再び装着することは論外でした。」
「そっくり交換しなければなりませんでした。そしてそれを警察の非常線のようにロープを張った、立ち入り禁止エリアの石鹸水をいっぱいに張った大きな容器の中に放り込むのです。そして私たちは放射能がそこから漏れ出していないかどうか、毎日測定を行っていしました。」

米軍41
「容器は放射線を放っていました。これから何年も何年もかけて放射性物質が崩壊しない限り、放射線が放出され続けるでしょう。私たちは着ていたタイベック(アメリカ・デュポン社の防護用衣料)製の防護服も脱いで、切ってバラバラにし、その容器の中に放り込むことになりました。放射線をさえぎるために着ていた物、身に着けていたものはどれもすべてひどく汚染されており、その廃棄容器に詰め込まなければなりませんでした。」
「その後も放射線に汚染されたものがどんどん増え、私たちはそれらを容器の中にどんどん放り込みました。まるで生きものである容器に、エサを与え続けているような感じでした。」

2011年春のてんてこ舞いの80日間が終わり、セバーンはこれで何もかも終わったとほっと一息ついていました。

しかし彼は間違っていました。

2011年5月、彼の8才の息子カイ君が、原因不明の体調不良に陥りました。
「息子は嘔吐の発作が止まらず、3週間学校を休まなければなりませんでした。」
「息子は日に10回から15回も嘔吐を繰り返しました。気分は悪くないのに、嘔吐が止まらないのです。」
「最終的に医師たちはストレスが原因だという診断を下しました。未だに息子の嘔吐は続いていますが、未だに原因を特定できずにいます。」

しかしセバーン自身の体調は問題ありませんでした、2011年いっぱいまでは…

「2012年3月、私は海軍の軍医たちが説明できない症状に見舞われました。」
セバーンがこう語りました。

「右半身のすべての能力が、通常の40%から50%に低下してしまったのです。」

米軍45
「私は2度のMRIの検査、複数回のレントゲン検査、そして超音波検査を受けましたが、私の症状については何も究明できませんでした。」

「腕、胸、そして肩に居は痛みがあります。そして奇妙なことに、私の左半身が異常に大きくなり始めたのです。私は生来右利きで、右側を使う事の方が多かったにもかかわらず。」

彼も息子のカイも、遺伝相談または放射線被ばく線量調査は受けませんでした。

17年間海軍勤務を行ったセバーンは、退役後も5年間は医療費その他について海軍が負担しますが、その期間が過ぎた後は100%自己負担になります。
「本人は退役後少しの間は海軍が面倒を見てくれますが、家族にはその権利もありません。」

その5年が過ぎてしまったらどうなるのでしょうか?
「そう、考えたくもありません。」
まるで一気に老化が早まったかのように、セバーンの右半身は現在も衰弱し続けています。

「私は『トモダチ』作戦医療記録簿は、70,000人の軍人と家族の生活と健康を守るためのものだと思っていました。そして10年、15年が過ぎてしまった後に、この作戦に参加したことが原因で何らかの病気や障害を発症した場合、私たちは救済措置を受ける資格があるものとばかり思っていました。」
「しかし国防総省は最後の瞬間になって、その医療記録簿を封印してしまいました。これから先、私たちの運命がどうなるのか、わからなくなってしまいました。」

米軍43
セバーンが東京電力を告発する原告団に加わった理由は、汚染を引き起こし、虚偽の報告を繰り返したことにより多くの将兵を放射能に被爆させ健康被害を引き起こした、その責任を取らせるとともに、自分たちが必要とするであろう医療に対する補償を確立するためでした。
「私は兵士に放射線被ばくをさせてしまったことに対する責任を、アメリカ海軍に求めてはいません。彼等もまた、正しい情報を与えられなかったため、正しい対処ができなかったからです。
海軍は私たちにウソをついてはいませんでした。海軍は最善を尽くしたが、及ばなかった、そういう事だと思います。兵士たちも海軍自体も、与えられるべき情報を与えられないまま、前に進むことを強いられたのです。」

〈 第4部・第6回へ続く 〉

A Lasting Legacy of the Fukushima Rescue Mission: Part 4 Living with the Aftermath
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【 あなたの電子機器を動かしているものは?】
南アメリカの『リチウム三角地帯』

アメリカNBCニュース 4月7日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

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携帯電話からノートパソコン、そして電気自動車まで最新技術の鍵となっているのがリチウム電池です。この世界で最も軽い金属であるリチウムは、南米のアルゼンチン、チリ、そしてボリビアが世界の供給の大半を賄っています。
子の三か国に股がる『リチウム三角地帯』と呼ばれる地域では、高まる一方の需要に対し生産活動も活発化しています。
中でもチリは世界で産出されるこの金属の40%を供給しており、アルゼンチンの生産量もまた莫大です。
しかし最大の埋蔵量があるのはボリビアのアンデス山中で、世界全体の埋蔵量の50%がこの場所に集中していると言われています。
ボリビアは2013年1月、同国初となる試験採掘施設を立ち上げました。

アタカマ塩原にある塩水貯水池とソキミチリチウム鉱山の空撮写真。チリ北部にあるアタカマ砂漠にあるこの施設は、現在世界最大のリチウム生産拠点となっている。2013年1月10日。(写真下・以下同じ)
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太陽光線から顔を守るため、目だけを出してアタカマ塩原にあるロックウッド・リチウムプラントで、採掘場所の機会探査をする労働者。1月8日。
LT02
アタカマ塩原にあるロックウッド・リチウムプラントで採取されたリチウム炭酸塩のサンプル。チリ北部のアントファガスタにあるこの場所には、現在生産が行われている中では、世界最大のリチウムの鉱脈がある。1月14日。
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チリとアルゼンチン北部との国境近く、海抜4,000メートルの場所にある、リチウムの主要な生産場所であるサラー・デル・オンブレ・ムエルト(死者の塩原)にある、鉱山労働者のための簡易宿舎。2012年10月28日。
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ボリビア南西部、海抜3,600メートルの場所にあるウユニ塩水湖の中のインカウアシ島のサボテンの隣に立つラマ。この場所には世界最大量のリチウムが眠っている。2012年11月7日。
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ウユニ塩水湖にピクニックにやって来た観光客。2012年11月7日。
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実録『トモダチ』作戦・第4部「放射能汚染」[第4回]「前頭葉にできた、難治性の脳腫瘍。変わってしまった人生」

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所要時間 約 12分

なぜ米国国防総省は、放射線被ばくの記録を闇に葬ろうとしているのか?

ロジャー・ウィザースプーン / ハフィントン・ポスト 3月15日

Arnie Gundersen
原子力発電技術のエキスパートであり、放射性物質の拡散に関する専門家であるアーニー・ガンダーセン氏がこう語りました。
「私は始めから『トモダチ』作戦医療記録簿については、信頼はしていませんでした。」

「第二次世界大戦終了間際、ユタ砂漠で行われた兵士を使った核実験の報告においても、国防総省が制作した生存者に関する(実験後、爆心地近くの塹壕に待機させられていた兵士のうち、多数が放射線障害や癌により死亡した)医療記録簿はでたらめでした。
兵士たちの実際の被ばく線量は、国防総省が発表した数値を大きく上回っていました。」

「あの実験で国防総省が兵士たちをどんな目に遭わせたか、そして放射線の影響についてはその影響を限りなく小さく見せようとした、そのことを知っている私としては、最新の発表に対しても信頼など持ちようがありませんでした。

アーニー・ガンダーセン氏は『トモダチ』作戦医療記録簿の継続が棚上げされてしまったことについて、「失望しましたが、驚く程の事ではありません。」と語りました。

空母ロナルド・レーガンの乗員たちは、作戦の実行を命じた国防総省の高官が主張するよりはるかに多量の被ばくをしてしまった、ガンダーセン氏はこう指摘しました。
さらに、多くの乗組員たちに放射線被ばく特有の症状が現れており、それを集団ヒステリーの名の下に片づけるわけにはいかないと、が語りました。

「最も大きな予想もしていなかった問題は、不活性ガスです。これは空母ロナルド・レーガンの上を吹き過ぎていき、船内に滞留することはありませんでした。しかし、この時甲板に出ていた人々がこのガスを吸い込んでしまったのです。
甲板上の放射性物質を洗い流そうとして、モップなどをかけていた兵員たちです。こんなことをさせるべきではありませんでした。

op03
しかし100マイル(約160キロ)も離れた海上で、沿岸から飛来して来ることなど想像もできないかもしれませんが、きわめて残念なことに、彼等はそれを吸い込んでしまったのです。
彼らの肺の中は空母の甲板や海洋中と同じように、汚染されないわけにはいかなくなってしまいました。
そして国防総省の高官達は誰一人、兵士たちの肺の中にある放射性物質の事を計算に入れようとはしなかったのです。」

深刻な問題が発生してしまったことに最初に気がついたのは、『トモダチ』作戦に参加した兵士、当の本人達だったのです。

▽並行して発生した問題

「私の場合、昨年初めにアメリカ南部の母港に帰還していた時に、健康問題が明らかになりました。」
F18戦闘機の整備士で、USSロナルド・レーガンの危険物取扱責任者のジェニフアー・ミックがこう語りました。
2012年3月30日、私はカリフォルニアの基地で命令変更を受けるため、起立整列していました。その時初めて意識を失い、倒れたのです。」

「医務室に運ばれましたが、その時は単なる脱水症状だろうと言われ、水を一杯飲まされました。しかし4月29日、再び倒れ、今度は緊急措置室に運ばれました。その時私は、頭痛がすると言ったのです。」
彼らは
「多分、倒れたときに頭を打ったのだろう。」
とかたり、私の脳のCTスキャンを行いました。そして、腫瘍が見つかったと話し、それから2度の手術を受けました。
そして私は海軍を辞めざるを得なくなったのです。

op25
正確に言えば、医師がジェニファーの前頭葉に発見したものは、悪性度2の乏突起星細胞腫(ぼうとっきせいさいぼうしゅ・脳腫瘍の一種)です。この癌は脳の中で言語中枢を司る左の前頭葉にできやすい、悪性の治療が難しいガンです。
手術によってガンを取り除いた部分には空洞ができる場合があり、脳全体の構造がゆがんで、二次的症状を引き起こす場合があります。

2012年秋に行われた2度目の手術の後、ジェニファーは『今のところ、癌細胞の増殖は認められない。ガンを取り除いた後の脳内の部分にも異常は見られず、落ち着いています。』と告げられました。
「私は自分の脳の組織がきちんと活動していると思っています。もっと悪い結果になる可能性もありましたが、幸いそうはなりませんでした。今はどういうトラブルもありませんし、痛むわけでもありません。」
「私は2か月おきに通院し、検査を受ける必要があります。たくさんのストレスがかかりますが、それ以外の問題は感じていません。」

HUF16
彼女は今、生まれ育った場所、ウィスコンシン州にある両親の農場に戻り、ガンの再発に備える生活を送っています。

「現時点では私は数多くの医師による診断を受けなければならず、週5日フルタイムで働くことは困難な状況です。私は車を持っていないため、どこに行くにも両親に乗せて行ってもらわなければなりません。」

ジェニファーは先を見通せない生活に耐えることに、何とか自分を慣れさせることが出来ました。
「私の未来は、取り返しがつかない程捻じ曲げられてしまったわけではありません。」
彼女がこう語りました。
「私は少しでも良い仕事に就くため、大学に通おうと思っています。そしてもちろん、これからも生きていきます。癌については、これからうまく付き合っていくつもりです。体には手足がついているのと同じです。

「今日を精一杯生きれば良いのです、そして自分を見失わないように。楽しめるだけ、これからの人生を楽しむつもりです。」

2011年3月24日、米軍横田基地で放射線量を測定する空軍医療班。

2011年3月24日、米軍横田基地で放射線量を測定する空軍医療班。


彼女は福島第一原発の原子炉の状態、そして放射性物質の真実の放出量について、アメリカ政府に事実認識を誤らせたとして、東京電力を控訴している原告団の一人です。
放射性物質こそ、彼女をここまで追い込んだ張本人です。

「私がこの訴訟の原告になったのは、私を見舞ったのと同じ悲劇が繰り返されないようにするためです。誰かが責任を取らなければなりません。」
「長期的視野に立った場合、真実を隠すことが人々の生命にかかわる事であることが解ります。私は真実が隠されることで、人々の命が危険にさらされるのを、これ以上見たくないのです。」

「海軍に関しては、あの状況の中で果たしてどれだけのことが出来たか、未だに判断できません。放射性に対応するための訓練もありませんでした。海軍は限られた情報しかない中で、最善の努力をしたと思っています。そして一緒に働いた仲間たち、そして任務のため私が居たすべての場所に対し、私は限りない愛情を持っています。」

多少とも恵まれていたのは、最初の発作を起こしたとき、そして正式な病名が判明した時、彼女はまだ海軍に在籍していたという事でした。
海軍に在籍している限り、彼女の病状の推移は正確に記録され続けました。
しかし、そうでなくなる可能性が出てきたのです。

「医師たちは私の病気が『トモダチ』作戦に参加したものによるものかどうか、まだ結論を出していません。」
ジェニファーがこう語りました。

米軍三沢基地で大気中の放射線量の測定を行う生物環境工学技術者。2011年4月29日。

米軍三沢基地で大気中の放射線量の測定を行う生物環境工学技術者。2011年4月29日。


国防総省はすでに『トモダチ』作戦に参加した将兵に、深刻な問題は発生しなかったとして、『トモダチ』作戦医療記録簿の記録の継続を中止しました。
記録の継続こそが、放射線被ばくについて医学的に明らかにするための、唯一の方法であったにもかかわらず。

ジェニファーは在任中に完治の難しいガンを発症したにもかかわらず、退役してしまった今、何の補償も受けられない可能性が出て来たのです。

〈 第4部・第5回へ続く 〉

A Lasting Legacy of the Fukushima Rescue Mission: Part 4 Living with the Aftermath
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【 魔女が死んだ 】
全ての人がその死を悼んでいる訳では無い、という現実

アメリカNBCニュース 4月9日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

生前からその評価は分かれていましたが、マーガレット・サッチャー元英国首相はその死によっても英国を二分することになりました。
厳粛な葬儀に参列し生前の業績に賛辞を捧げる人々、そして一方ではパーティを開催し、その死を祝う人々もいます。
彼女の急進的な、右翼的政策は英国の近代化においてその業績を評価される一方、多くの雇用機会と伝統産業を破壊し、批判的立場の人々を多数作り出すことになりました。
首都ロンドンの南部、ブリクストンでは、急きょパーティの開催が決定し、会場となるパブの上に『魔女は死んだ』と書かれた横断幕が掲げられました。

「この20~30年の間に英国で起きた様々な忌むべき事を象徴する人物、それこそがサッチャー元首相なのです。」
40歳になったグラフィック・デザイナーのベン・ウィンザーがこう語りました。

警察当局は路上での祝賀パーティが開催されたブリストル地区で軽度の騒乱が発生し、6人の警察官が軽傷を負ったと発表しました。

スコットランドのグラスゴーでは、200人以上の人々が市役所前の広場に集まり、シャンペンをかけ合い、ダンスをし、バグパイプを演奏するなどして前首相の死を祝いました。

「サッチャーの遺産、それは貧困と格差、そして人権の抑圧です。だからこそ私たちはここに集まり、そのことを忘れないようにしているのです。」
ジョナサン・シャフィが地元のヘラルド紙の取材にこう答えました。

ロンドンでは、故サッチャー元首相の自宅玄関前には、1リットルの牛乳瓶が置かれていました。故元首相は1970年代に導入された小学校の子供たちに無償で牛乳を配る制度を廃止しました。
この措置に対し、当時「サッチャーはミルク・スナッチャー(どろぼう、かっぱらい)」という批判が浴びせられました。

実録『トモダチ』作戦・第4部「放射能汚染」[第3回]全員のデジタルウォッチが、一斉に停止した!

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所要時間 約 12分

閉じられてしまう記録、閉ざされる救済への道

ロジャー・ウィザースプーン / ハフィントン・ポスト 3月15日

op23
「私は、腕にデジタル時計をしていました。」
と、操舵手のジェイミー・プリムが語りました。
「その時計が突然止まったのです。誰かが放射線のせいでそうなることがあると軽口をたたきました。その時甲板にはデジタル腕時計をしている兵士が5~6人いたのですが、それぞれ自分の時計を確かめてみました。
そしたら全員の時計が止まっていたのです。」
「始めはみんなゲラゲラ笑っていました。でもだんだん笑えなくなってきたのです。笑っている場合じゃない、だんだんそれが解ってきて、私たちは互いに顔を見合わせました。」

甲板の下で働いている兵士たちは、相変わらず情報がほとんど無い状態が続いていました。

ジェニファー・ミックによれば、ジェット戦闘機の整備士たちは帰還した機体からほとんどの部品を取り外し、放射線量の測定をしなければならなくなりました。
巨大な格納庫エレベーターの使用は、制限されていました。

「ハッチに見張りが置かれるようになりました。」
ジェニファーが当時をこう振り返りました。
「そこから飛行隊員たちが出ていくところだったのですが、折りたたみ椅子がその前に置かれ、誰かが不用意に甲板に出て行かないよう、見張りが強化されました。」
「甲板への出入りは正面の出入り口に限定されました。これ以上艦内が汚染されないようにするためでした。」
「彼らはほとんど1日中そこに居て、間違った方に行こうとする人間を怒鳴りつけていました。」

米軍33
ジェニファーは、今や飛行甲板が汚染されてしまっているという事を、嫌でも思わざるを得ませんでした
私たちは飛行甲板から降りてくるたび、履いていたブーツをこすり洗いしなければなりませんでした。そして洗ったブーツは、1か所にまとめて積み上げられました。
次に飛行甲板に出るときは普通のブーツの上にそのブーツを着けて行き、戻ったらそのブーツを捨てるようにしていました。」
そして飛行甲板に出る際には、対生物兵器、対化学兵器用防護服、あるいは放射線防護服の着用が義務付けられました。
「私たちはガスマスクを着用し、酸素ボンベを背負って甲板で作業を行いました。それさえ身に着けていれば、とりあえずその場で死ぬようなことは無かったからです。」

これらの予防措置が本当に有効だったのかどうか、その効果については議論の余地があります。
空母は複雑な工業都市のようなものであり、動いている限り、大小・種類を問わず部品が壊れたり故障したりします。
通常の摩耗劣化による消耗もあり、事故による破損もあります。

『トモダチ』作戦を展開している間、ボロ布をドアの隙間に詰めて放射性物質が入り込むのを防ぐ試みも、壊れたドアの存在によりその効果が怪しいものになりました。
このため数か所のドアは溶接して開かなくしたり、シーリングを施して隙間をふさぎました。
破損している防水ドアは取り外して工房に持ち込み、修理した上で付け直しました。
設計上、空母ロナルド・レーガンはそれぞれ密閉可能な隔室を持っているはずでした。
しかし実際には気体であれば自由に循環することが出来る、地下墓地に毛の生えた程度のものに過ぎなかったのです。

▽ 何も心配するには及ばない

米軍32
アメリカ海軍の公式的立場は、『トモダチ』作戦に参加した将兵の放射線への被ばく量は、無きに等しいというものです。
国防総省の『トモダチ』作戦医療記録簿は、約2年歳月をかけて作り上げられ、福島第一原発の事故以降日本国内に居た約70,000人の米政府関係者、軍関係者とその家族について、大小にかかわらず被ばくした恐れのある人々に関し、その状況をまとめたものです。
記録簿は2012年12月に完成しました。

そしてその一か月後、国防総省は外部被ばく、内部被ばくのそれぞれの最大量について検証した結果、これ以上の詳細な調査は必要ない程度のものだと結論したのです。
これから後ある程度の時間が経過してから仮に放射線被ばくに起因すると思われる一連の症状が現れたときに、その因果関係を疫学的に証明するために役立つはずの医療記録簿は、以後継続されることなく放置されることになりました。

しかしながら巨視的に見れば、記録簿は70,000人の被ばくしたアメリカ人にどのような疾病や症状が現れたかについて、時間の経過に沿った正確な医学的記録を作り上げたことは事実です。
海軍は結局70,000人ひとりひとりについて健康調査を行い、全員の健康状態の平均値=基準を設けることはしませんでした。
全員のその時の健康状態を表すだけのものとして、『トモダチ』作戦医療記録簿が存在することになったのです。

事実上、この対応によりそれぞれの健康状態について判断するための、基準が存在しないという事になりました。
アメリカ復員軍人援護局の医師たちは、この基準が無いために、腫瘍の進行やぜんそくの発作、あるいは体内の嚢胞や皮膚の剥離などの症状が出ても、その原因が放射線を被ばくして以降のものなのか、それとも『トモダチ』作戦に参加する以前からそうした症状があったのか、判断することが出来ません。
たくさんの作戦に参加した多数の男女の中に共通する症状に関し、継続して記録している医療記録や判断基準が無ければ、退役してしまった軍人の健康問題の根本原因には、『トモダチ』作戦に参加した際の放射線被ばくの問題があるなどと特定することはほとんど不可能です。

米軍 9
当時日本に居たアメリカ人に健康被害は無かった可能性が高いと結論を出したことについて、憂慮する科学者連盟の原子物理学者エド・ライマン博士は、合理的とは言えないと指摘しました。
彼は核安全技術の専門家デヴィッド・ロックバウム、ピューリツァー賞受賞ジャーナリストのスーザン・ストラネイハンとともに、メルトダウンに関する本を執筆しました。
彼は日米両政府、そして個人の研究者たちが福島第一原発が放出した放射性物質の総量について、計算によって割り出そうとしていると語りました。

「日米両政府によって合意された放出量は、実際の放出規模を下回るものでした。」

「短時間の間に大量被ばくしてしまった被害者を、多数の被災者の中から特定することは確かに困難です。しかし実際の被ばく線量は、一般に認識されているものよりもずっと高いものでした。
それは福島第一原発に近い場所では、未だに人間の健康に深刻な影響を及ぼす放射線量が測定されていることを見れば明らかです。」

「だからこそ私はいつも、丹念にデータを収集することに賛成なのです。放射線の本当の影響を明らかにするには、5年ではとても足りません。ほとんどの種類のガンについて、そのことが言えます。可能な限り、数多くのデータを集めるべきです。

〈 第4部・第4回へ続く 〉

A Lasting Legacy of the Fukushima Rescue Mission: Part 4 Living with the Aftermath

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日本ほどではないにしても、やはり放射能問題はアメリカ政府にとっても『タブー』扱いなのだという事を思い知らされます。
一市民の私としては、それ程のタブーならば一般国民を巻き込むな!と言いたくなります。

しかし福島第一原発の事故で私たち日本人が経験したこと。
それは原子力発電を導入した人間、原子力発電所の建設設置を決めた人間・許可した人間、おそらくはその中の誰も被ばくなどしなかったという事。
そして「原子力発電所は安全なのだから、何も心配し無くしていいのだよ。」と言い聞かされて暮らしていた人々が、突如『被ばく者』にされてしまったことではないでしょうか?

福島第一原発の事故については、解明されなければならないことがまだまだありますが、一方でこの『理不尽さ』についても、私たち日本人は心にきざみつける必要があると思います。

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写真集【 朝の彫刻 】

ニューヨーカー 4月1日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

月曜日

月曜日


「この写真 … みなさんにとっても月曜日のイメージって、こんな感じじゃありませんか、違います?」
若いフランス人写真家のマイア・フローラが、初めてとなる自身のシリーズものの作品について、こう語りました。
このシリーズは彼女自身が宿泊したスイス、モナコ、スペイン、フィンランド、そしてフランス南部のホテルの部屋で撮影した『朝の彫刻』と題する作品です。
「私はほとんど毎日、違う場所で寝起きをしていました。」
「毎日変な夢を見るようになり、そのうち朝起きたときに、自分がどこにいるのか解らなくなってしまったのです。」

しばしばモデルとして彼女自身を使い、彼女は作品の中でその地に根差した存在、あるいは根無し草の状態について表現しようとしています。
「ホテル暮らしは本当に快適です。」
彼女がこう説明しました。
「しかし休む間もなく旅を続けているうちに、人間は名前も顔も無い、ホテルのルームナンバーで表現される存在になってしまいます。この作品は無個性なホテルの部屋を、もっと人間らしい空間に変える
ために始めたのがきっかけで始めたものなのです。」

火曜日

火曜日


水曜日

水曜日


木曜日

木曜日


金曜日

金曜日


土曜日

土曜日


日曜日

日曜日


http://www.newyorker.com/online/blogs/photobooth/2013/04/slide-show-maia-flores-morning-sculptures-series.html#ixzz2PHryK1Gi

実録『トモダチ』作戦・第4部「放射能汚染」[第2回]そのまま汚染処理エリアに直行しろ!

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所要時間 約 10分

「何にも触っちゃいかん!誰にも触るな!」
そして経験したことの無い恐怖

ロジャー・ウィザースプーン / ハフィントン・ポスト 3月15日

op21
操舵係のモーリスにとって、放射能汚染を取り除いてもらうため待機することなど、予想もしない出来事でした。

操舵係の重要な任務は2つあります。
ひとつはもちろん操船、もう一つは後続する各艦に旗艦からの指示を与えるための信号旗をマストに掲げることです。

モーリスはその日2週間の間メインマストに掲げられていた星条旗を降ろし、艦長室に持って来るよう命じられました。
「私は国旗を降ろし、丁寧に折りたたんでみ右脇に抱え込みました。
その後私は命じられた通り国旗を所定の場所にしまいました。通常通りの任務をこなしただけのはずでした。」
夕食の後、モーリスが放射線のセンサーの前を通り過ぎた途端、突然すべてのアラームが鳴りだしました。
「彼らは口々に私に向かってこう叫びました。『何にも触っちゃいかん!誰にも触るな!そのまま汚染処理エリアに直行しろ!』とね。」

非常線を張るためのロープが引き回された汚染処理エリアの前には、順番を待つ男女の乗組員の列ができていました。
しかしモーリスは待つ必要はありませんでした。
列の先頭に出るように言われた彼は、そこにいた士官と上級軍医たちから絵の展示会の応募作品のように隅から隅までじろじろと見られました。

op22
裸にされた彼は1枚のタオルを渡され、それで前を隠すように言われ、部屋の中央に立たされました。
そして彼の名前が呼ばれました。

「彼らはほんの少し前までは、放射線は検出されていないと言っていたはずでした。」
モーリスが当時を振り返り、こう語りました。
「彼らは空母のいたるところに放射線測定装置を設置しましたが、その時は何のためにそんなことをしているかの説明はありませんでした。」
「彼らはまず私のブーツをチェックしました。放射線は検出されませんでした。次に私の手の検査を始めました。途端にセンサーがけたたましい警報音を発し始めたのです。」

「私を検査していた人間が飛びのいて、こう叫びました。
『彼から離れろ!』
次にされることは解っていました。私は腕をビニール袋で覆われ、誰も私に近づかないよう命じられました。まるで疫病を持った人間のように扱われたために不安が頂点に達し、もう少しで発作を起こして倒れる所でした。
彼らは私がどこに行って、何をしなければならないか、大声で命令し、決して私に触れようとしませんでした。
私はペンキをこすり落とすスクラブ洗剤を渡されました。それを使って体の右半身と両手を洗うと、まるで砂をこすりつけられたような感触で、表皮の2番目ぐらいまでをはがしてしまいました。

米軍23
モーリスは結局どれだけの線量が検出されたのか、その正確な数値については教えてはもらえませんでした。ただ乗組員の中で、最大の放射線量が検出されたとしか言われませんでした。
しかしその時点でモーリスが心配していたのは、被ばく線量そのものではありませんでした。
彼を苛んでいたのは未知なるものの恐怖だったのです。

士官たちはまっすぐ彼を見て、大声で何か命令を怒鳴っていました。

その時、彼の同僚たちはどうしていたのでしょうか?
彼らは口を閉ざしたまま彼を見つめながら、汚染除去処理区域の中で自分の番が来るのをじっと待っていました。

「あれ程きまりが悪い思いをしたのは初めてでした。」
「半分裸にされたまま、士官にどなられ、みんなが見ている前で体をごしごしこすらなければならなかったのですから。でも私は何よりも、一体何が起きているのかまるで理解出来ない事の方を恐ろしいと感じていました。私に対する彼らの態度を見ていれば、何か大きなトラブルに巻き込まれてしまったこと、そして周囲が私を怖がっていることだけしか解りませんでした。」
「俺は死んでしまうのだろうか?」
「俺は癌になってしまうのだろうか?」
「それとも艦から降ろされるのか?」
汚染されてしまった場所の皮膚もそのままにしていていいのか、それとも何か治療が必要なのか、とにかく何もかも解りませんでした。」

▽ 汚染された空母USSロナルド・レーガンはどうすればいいのか?

op04
海軍は放射性物質は、石鹸と水を使って洗い流せると信じ込んでいました。
部分的にはそれは真実です。
放射線のうち、最も弱いアルファ線を放出する放射性物質は、表面が滑らかなものに付着した場合には洗い流すことが可能です。
それよりは強いベータ線を発する放射性物質も、皮膚に傷があってそこから入り込まないようにすれば、洗い流すことが可能です。
しかし海軍が使用しているペンキを取り除くためのスクラブ洗剤は、皮膚の表層部分をこそぎ落としてしまいました。

加えて空母ロナルド・レーガンの飛行甲板に使われているのは、プラスティックやガラスのような滑らかな素材ではありません。
飛行甲板の素材のような多孔質物質の表面をこすり洗いしても、放射性物質を除去することは不可能です。

空母ロナルド・レーガンの乗組員たちは、彼らが航海している海洋上に放射性物質の脅威は無いと考えており、モーリスのような航海士たちは、放射能雲(大気中を漂う放射性物質)は自然界の雲と同じくそのままの形で浮遊するものと考えており、操船によって回避することは可能だと考えていました。
しかしこの時点で明らかになったのは、その放射能雲は至る所にあるため、回避できるとは限らないという事でした。

そして長さが400メートルある飛行甲板では、さらに別の警報が鳴り始めていたのです。

〈 第4部・第3回へ続く 〉

A Lasting Legacy of the Fukushima Rescue Mission: Part 4 Living with the Aftermath
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自分の体がどうなったのか、何が起きたのか、それが解らない恐さについては私たち日本人は、より理解しやすい国民かもしれません。
国民皆保険により、毎年の健康診断や人間ドックなどの制度が整備され、多くの人が利用しやすい環境の中で生活しているからです。
こうした検査を私たちが進んで受けるのも、後で「大変な事」にならないよう、自分の健康状態について明確に把握しておきたいと考えるからに他なりません。

しかしここに登場する兵士たちは『自分たちの体に、何か大変なことが起きているらしい』が、それが何かは告げられないままの状態に置かれることになます。
これから回を重ねるにつれ、その『置かれた状況』は深刻なものになっていきます。

第2回、まだまだ断定的なことは書けませんが、第4部、東京電力と日本政府が多くの人間を陥れた『放射能汚染』、その実態をはっきりと掴んでいただくために、ぜひ最終回までお読みくださいますよう、ご案内申し上げます。

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【 起きて!さあ、枕を投げつける日よ! 】

アメリカNBCニュース 4月6日
(掲載されている写真は、クリックすれば大きな画像をご覧いただけます)

ロンドン、トラファルガー広場

ロンドン、トラファルガー広場


4月6日土曜日、世界中の大都市で、大勢が参加しての枕投げ大会が開かれました。
これは商業スポンサーなどを一切排除し、誰もが気軽に参加できる「都会での遊びを演出する運動」の一環として開催されたものです。

ブダペスト、ハンガリー。

ブダペスト、ハンガリー。


アメリカ、ニューヨーク。

アメリカ、ニューヨーク。


オーストリア、ウィーン。

オーストリア、ウィーン。


ブラジル、ブラジリア。

ブラジル、ブラジリア。


香港。

香港。

実録『トモダチ』作戦・第4部「放射能汚染」[第1回]暗黒の恐怖の中に落ちていく兵士たち

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所要時間 約 9分

「いくら隠しても、原子炉がすでに破壊されてしまったことは明白だ…」

ロジャー・ウィザースプーン / ハフィントン・ポスト 3月15日

op24
ひとりの大男のアフリカ系アメリカ人水兵が、甲板の下のロープで区切られた中に裸のまま入れられ、湧き上がる不安に苛まれていました。

「彼はずっとこう言い続けていました。『妻から贈られた大切なブーツが汚染されていませんように…』
しかし彼はそのブーツをどこかに片付けさせられました。そして裸のままそこに立っていましたが、やがて係りの人間たちが、彼に体をごしごしとこすり洗いするように命じました。」

アメリカ海軍最新鋭空母のUSSロナルド・レーガンに乗組んでいた航海士のモーリス・エニスが、当時の様子についてこう語りました。
「洗浄係の連中は彼に、普段ならとても人間の体には使えないような、船体をこすり洗いするための薬剤を渡しました。それは液体の紙やすりとも言うべきものです。
彼はそれを使い、みんなが見ている前で全身の洗浄をさせられました。
そしてシンクまで歩いて行き、体についた薬剤を洗い流した後、再び元の場所に立ち、ガイガーカウンターで全身をくまなくチェックされました。
少しでも針が振れると、また洗浄のやり直しです。
彼はガイガーカウンターが反応しなくなるまで、繰り返しそれをさせられました。
op06

「そしていよいよ私の番になりました。」

それは『トモダチ』作戦という、巨大地震と津波に襲われた日本の東北地方太平洋岸における、捜索と救助のための任務が一転して暗いものになった瞬間でした。

この東日本大震災という複合型の天災は20,000近い人命を奪い、沿岸部の社会基盤を徹底的に破壊しつくしました。
日本語で『友人』を意味する言葉を冠した都合80日を費やして展開された『トモダチ』作戦は、日本政府の要請により始まり、アメリカ国務省と国防総省により練り上げられた作戦でした。

国防総省はこの作戦に日本国内にある63か所の米軍基地をすべて参加させ、乗員、海兵隊員併せて5,500名が乗組む空母ロナルド・レーガン、巡洋艦USSチャンセラーズビル、4隻の駆逐艦プレブル、マッキャンベル、カーティス・ウィルバー、マケイン、そして数隻の補助艦船からなる機動部隊も現地に派遣しました。

しかしこの作戦は思ってもみない、危険な方向に急展開して行きました。

巨大地震そのものによって福島第一原発の6基の原子炉のうちの1基、原子炉1号機が破壊されてしまいました。
そして引き続き襲った津波により、原子炉1号機から4号機までの冷却システムが破壊されてしまいました。
そのため国務省、国防総省に加え、今度はアメリカ原子力規制委員会とエネルギー省が危機に対処するため加わることになりました。

FR24 破壊された福島第一原発
福島第一原発では間もなく原子炉1号機から3号機までの炉心で、核燃料のメルトダウンが始まりました。
原子炉4号機では定期点検のため、炉心から取り出された核燃料がすべて、建屋内の使用済み核燃料プール内に収められており、点検終了後に再び原子炉に装填されることになっていました。
しかし3月15日の発生した爆発までにはすべての原子炉建屋が破壊されてしまい、放射性物質が大気中に放出されてしまいました。

各原子炉建屋では原子炉の冷却システムを動かす電力が失われ、日本側はこの問題をまず解決する必要がありました。
彼らはアメリカ軍から数台の高圧注水車を借り、建屋内に注水しました。
しかし注水された水は原子炉も使用済み核燃料プールも素通りし、空しく床の上に落ちた後、海へと流れだしていきました。

原子炉1号機から4号機まですべての原子炉建屋から放射性物質の放出が続いている中、ここに到っても尚東京電力と日本政府は、その被害を可能な限り小さく見せようとしたのです。

汚染の拡大をどうすることもできずにいたにも関わらず、東京電力は外部に対し、放射能漏れはごくわずかなものに留まっていると発表しました。

日本国内には約70,000人の政府関係者・軍関係者とその家族が暮らしており、彼らは一様に避難しなければならなくなる事態の到来を恐れていました。
福島第一原発から300キロ南にある横須賀海軍基地では、検出される放射線量の増大に伴い、まず家族から避難を開始しました。

米軍30
日本側はうその報告を行っている、そう確信した現地のアメリカ軍当局の判断によるものでした。

日本側はこの時点でも尚否定を続けていましたが、横須賀での放射線量を検証し、アメリカ原子力規制委員会も福島第一原発の原子炉はすでに破壊されていると結論を出しました。
その結論が正しかったことは、後になってからわかったのです。

〈 第4部・第2回へ続く 〉

A Lasting Legacy of the Fukushima Rescue Mission: Part 4 Living with the Aftermath
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今日から『実録『トモダチ』作戦』最終シリーズ、第4部の掲載を開始します。
放射能に汚染されるということが、人生においてどのような意味を持つのか、未だに日本のマスコミは正面から取り上げようとしません。
どころか、少しでも「人より多く」不安や不満を口にすると、「感情的」「ヒステリック」などの誹謗を浴びせかける始末。

この第4部、『放射能に汚染されてしまった人生』について、正面から向き合い綴られた記事を、ぜひお読みいただきたいと思います。

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【 東日本大震災の津波のがれきの中から、生きた魚を発見 】
アメリカ西海岸に漂着、水族館で展示

アメリカNBCニュース 4月6日

40801
水がはられたつり用の冷蔵ボックスに入った縦縞模様のイシダイ1匹を含む5匹の魚が、3月22日アメリカ合衆国西海岸のワシントン州ロングビーチに打ち上げられた6メートルの日本製のボートの中から、生きたまま発見されました。
生物学者は他の海洋生物と一緒に生きたままたどり着いたこの魚たちは、2011年3月に発生した東日本大震災の津波により発生した大量のがれきとともに、西海岸にやってきたものと思われると語っています。
8,000キロの漂流を生き抜いたこのイシダイは、現在はオレゴン州にある水族館で公開されています。
このイシダイは日本や韓国の沿岸ではごく普通に見られる魚ですが、アメリカ西海岸には生息していません。
生物学者は4匹の魚を研究用に利用する一方、1匹を水族館で公開することにしたのです。

40802
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【 マンデラ元大統領の岩すべり 】

アメリカNBCニュース 4月6日

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南アフリカの首都ヨハネスブルグのクヌにある『ネルソン・マンデラ記念館・青少年伝統継承センター』近くの岩山で、岩石の上を滑って遊ぶ少年。4月5日。

ネルソン・マンデラ元大統領も、かつてこの場所で同じように遊んでいました。

下の写真はそのネルソン・マンデラ元大統領が政界を引退後、ネルソン・マンデラ基金本部で子供たちに囲まれ、89回目の誕生日を祝っている様子。2007年1月27日。政界引退後、マンデラ元大統領は1999年に子供たちのための基金を設立、子供たちに関わる社会問題と戦い続けています。

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授業の開始前、マンデラ大統領の生涯について書かれた黒板のメモを読む少年。2012年1月27日。
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【 アメリカ海軍兵士8名が、東京電力を告発 】&【 津波対策の欠陥を認めた東京電力 】

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所要時間 約 9分

偽りの報告、度重なる過失

トム・ワトキンス / アメリカCNNニュース 2012年12月29日

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2011年3月に発生した福島第一原発の事故の後、日本の東北地方で救援活動にあたった空母ロナルド・レーガンに乗組んでいた8人のアメリカ海軍の水兵が、虚偽の報告を含め、一連の過失により損害を被ったとして東京電力を告訴しました。

告訴は2012年12月21日カリフォルニア州南部地区連邦地方裁判所に対して行われ、福島第一原子力発電所から漏出した放射線に被曝したことにより、当時日本の東北地方太平洋岸で救援活動を行っていたアメリカ海軍の空母USSロナルド・レーガンの約5,500名のうち、一部の乗組員が健康被害を被ったと主張しています。

「彼らは身体的問題を抱えています。」
空母ロナルド・レーガンの母港があるサンディエゴのCNNの系列局であるKGTVの取材に対し、原告団の弁護を務めるポールC.ガーナー弁護士がこう答えました。
「原告の一人には腸からの出血が認められます。他の原告の甲状腺には異常が認められます。」

ガーナー弁護士は症状の程度について、CNNの電話インタビューに対し、「病状は深刻です。」と回答しました。

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「彼らは海軍軍人として最も誇るべき任務に就くべく、現地に派遣され、そこで人道的援助活動を行いました。しかし自分たちの健康とこれから健やかに暮らす権利まで、叩き売るつもりはありませんでした。」
そしてガーナー弁護士は次のように続けました。
「しかるに福島第一原子力発電所を運営していた人間たちは、彼らに対し嘘をつくことをもって報いたのです。」

2011年3月11日、巨大地震と津波が福島第一原発周辺地区一帯に襲いかかりました。
それによって発生した福島第一原発の事故は、100,000人以上の周辺住民に対し避難のための移住を強制し、1986年にウクライナで発生したチェルノブイリ事故以降、最悪の原子力発電所事故となりました。

34ページの訴状の中で、ガーナー弁護士は健康被害への補償として1,000万ドル(約9億3,000万円)に加え、懲罰的損害賠償としても3,000万ドル(約28億円)を要求しています。現在東京電力は国有化されています。
さらに原告団は母親が事故の処理に当たっていた期間、その胎内にいた子供1人についても、損害賠償を求めています。

「空母USSロナルド・レーガン(CVN-76)とその乗組員が一連の救援活動を行っている間、日本政府は放射線による被ばく、つまり汚染の危険性は無いという説明を行いました。
いわく『すべては制御下に置かれている』、『問題は起きていない、我々を信頼してもらって結構だ』、そして現場にいる人間たちに対する『差し迫った危険は無い』と言いつづけました。
そして福島第一原発で発生していた原子炉のメルトダウンについては、事実とは全く異なる嘘をつきつづけました。」
ガーナーによる告発は続きます。
「アメリカ海軍は、健康上の影響と安全に関する東京電力が行った偽りに満ちた説明を信じ込んでしまい、危険が無いという誤った判断をしてしまいました。」

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訴状はさらに続き、東京電力が適切な検査を実施して来なかったこと、欠陥のある施設を建設したこと、社会的に不公正なビジネス活動と不法な業務を行ってきたこと、さらには公的立場においても私的な立場でも不適切な行動を繰り返した挙句、詐欺行為に及んだと告発しています。

「原告たちはこれから一生放射線被ばくの影響に苦しまなければならなくなったが、これは適切な措置さえ取られていれば回避することが可能であったはずであり、また回避されるべきものであったとしています。」

東京電力のスポークスマンである吉田まゆみ氏は、同社が訴状を受け取っていないので、今すぐコメントすることはできないと語りました。
2012年10月になって、東京電力は福島第一原発が稼働停止を命じられる恐れがあるため、安全面での問題を明らかにした上で、解決を図ることを怠っていたことを認めました。

東京電力は自ら作成した報告書の中で、2002年過酷事故に備えるための安全基準が採用され、その中には原子炉格納容器のベント装置、各原子炉に対する電力供給源は複数確保することが含まれていましたが、追加的安全措置がまったく採られないまま、2011年3月11日を迎えてしまったことを認めています。

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同社がその理由の一つとして挙げたのが、追加的安全措置に関する改良工事を大々的に行ったりすれば、周辺の自治体や住民に対し、原子力発電所に何か問題が発生したという印象を与えてしまうのではないかという恐れでした。
東京電力は追加安全対策を取ることが、「一般の人々の不安をかきたてることになり、ひいては反原発電運動に弾みを与えてしまう可能性があった」、何よりそのことを恐れたと語っています。

先に日本政府が公表した報告書では、東京電力と規制当局(原子力安全・保安院等)の災害対策は『不十分』なものであり、原子力危機が発生してからの対応は『不適切』なものであったとしていました。

http://edition.cnn.com/2012/12/28/world/asia/japan-fukushima-lawsuit/index.html
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わざわざ昨年12月末の記事をここに掲載するのは、次週月曜日から掲載を開始する実録『トモダチ』作戦・第4部の予備知識をお持ちいただきたかったからです。

この記事は空母USSロナルド・レーガンの乗組員のうち、8名が東京電力を告訴したことに関する報道ですが、その訴状に綴られた文章を見ると、東京電力と日本政府の『非人道的振る舞い』に改めて戦慄する思いです。

しかしあまりくどくどと書くと4月8日月曜日開始予定のも、実録『トモダチ』作戦・第4部の興を削ぐことになりかねません。
出来ればそちらをじっくりお読みいただければ、と存じます。

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【 津波対策の欠陥を認めた東京電力 】

田淵 弘子 / ニューヨークタイムズ 3月29日

東京電力は3月29日金曜日、同社が運営する福島第一原発を2年前に根こそぎ破壊した津波に対し、有効な対策を取ってはいなかったことを認めました。
「これ程巨大な津波が襲う事を予測することは難しかったとはいえ、事故の発生原因を自然災害にのみ求めることをすべきではありません。」
東京電力内部に設置された調査特別委員会が公表した報告書がこう述べています。私たちは人間の英知をもってしてもこの災害を防ぐことが出来なかったという事実を、真摯に受け止める必要があります。」
今回の認識はこれまで同社が明らかにしていた、津波の大きさは予測不可能だったとしていた見解を覆すものになりました。


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【 上昇し続けるスマートフォンの売り上げ、共に増え続ける『?』な行動 】

アメリカNBCニュース 4月1日
(写真をクリックすれば、大きな画像をご覧いただけます・掲載した写真はいずれも3月19日、タイの首都バンコク市内のショッピングモールで撮影したもの。)
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一組のカップルがバンコクにあるショッピングモールで、一生懸命スマートフォン相手に何か入力しています。
空港や様々な公共交通機関、レストラン、そして通りを歩きながらでさえ操作を行っている人々がいて、その是非についての議論にも絶え間がありません。
スマートフォンの操作に夢中になるあまり、周囲に対する心配りなどほとんど期待できないからです。
スマートフォンの売り上げは好調を保ったまま、2013年度は世界で9億1,800万台が販売される見込みです。

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【 次期駐日大使は故ケネディ大統領の愛娘?! 】&【 北朝鮮、開城(ケソン)工業地区から韓国人労働者を締め出す 】

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所要時間 約 8分

アメリカNBCニュース 4月1日

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大統領官邸は正式な決定はまだ何もなされていないと語り、正式な候補にも挙がってはいないと語っていますが、故ケネディ大統領の長女であるキャロライン・ケネディ氏が、次の駐日アメリカ大使に指名される可能性が高くなってきました。
人生の公的な部分が常に注目を浴びてきた彼女がその地位に就くことについては、あの時代を共有したアメリカ人たちにとって、感慨深いものがあるでしょう。
NBCのアンドレア・ミッチェルがリポートします。

世界が初めて彼女を見たのは、当時の大統領官邸内の様子を撮影した映像の中でした。
3歳の少女が大統領の執務室で、少しばかり仕事の邪魔をしていました。
弟と完璧な両親とともに撮影されたこの映像は、世界中にアメリカに対する好印象を広げることになりました。
しかし完璧であったはずの彼女の少女期は、思いもかけない大きな悲劇に見舞われることになります。
その傷跡は今でも癒えてはいません。
彼女の母はやがて公的な舞台から身を引くことになりましたが、彼女自身はケネディ家の一員であり続けました。
今後彼女が果たすべき役割について、注目が集まるのは避けられないのはある意味当然のことです。


4061ポーター「ケネディ家が社会の中で果たすべき役割は、今後あなたの手に委ねられることになる見込みですか?
キャロライン・ケネディ「そうあってほしいと思います。いろいろな可能性がありますが、ご存知の通り叔父(エドワード・ケネディ上院議員)もいろいろと先例を作ってくれました。」

リポーター「2008年、民主党の大統領候補を選出するオバマ上院議員とヒラリー・クリントン上院議員の戦いが頂点に達した時、キャロライン・ケネディはオバマ氏を自らの父にも比すべき存在だとして応援を行いました。
キャロライン・ケネディ「幸いにも、かつての父と同じアメリカの夢を持つ大統領候補が現れました。」

リポーター「この応援がオバマ氏に対する、追い風となった事は明らかでした。」

「どうぞ皆さん、キャロライン・ケネディを大きな拍手でお迎えください!」

リポーター「ヒラリー・クリントンに代わるべき存在として、キャロライン・ケネディに対する上院の感情は悪いものではありません。しかし公選によらなければならない公職はまだ彼女には早いかもしれません。
しかし外交分野においては、ケネディ家は燦然と輝く実績を持っています。
彼女の祖父は第二次世界大戦以前、各国の大使を歴任しました。
彼女の叔母のジーン・ケネディはアイルランド大使でした。
父ケネディ大統領の暗殺から半世紀の間に、叔父ロバート・ケネディ上院議員も暗殺され、母親、そして弟もこの世を去っていきました。

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彼女の赴任先として可能性が高いのは日本ですが、かつて副大統領を経験した後で大使として赴任したウォルター・モンデールが歓迎されたように、政治的大物である事や政治的名門の出であることがものを言うこの国は、彼女にとって最適な赴任先かもしれません。
有名人であり、世界から注目を浴びる存在である彼女の赴任は、着任する以前からすでに彼女自身、そして合衆国にとってもメリットが大きいと言わなければなりません。

リポーター「キャロライン・ケネディ大使の就任は議会による承認を必要とします。しかし専門家は、彼女にはさらに他の国の大使に就任する可能性も、数多く残っていると語っています。」

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http://www.nbcnews.com/id/3032619/ns/NBCNightlyNews/#51398295
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【 北朝鮮、開城(ケソン)工業地区から韓国人労働者を締め出す 】

アラステア・ジェイミーソン、アンドレア・ミッチェル / アメリカNBCニュース 4月3日

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危険な核兵器開発を声高に呼号し、危機を煽り続ける北朝鮮は、韓国との共同開発を進める開城(ケソン)工業地区から、韓国人労働者を締め出す措置に出ました。
韓国政府によれは、同地区に居た韓国人労働者800名はそのまま一晩泊め置かれた後、翌日韓国への帰還を許可されましたが、新たに北朝鮮側へ入国することは許可されていません。
開城(ケソン)工業地区は貧困が蔓延する北朝鮮にあって、124の韓国企業が進出し、53,000人の北朝鮮労働者を雇用し、経済面での南北の協力を象徴する産業地帯です。
同工業地区は北朝鮮側にあり、英国BBC放送によればここで働く韓国人労働者は入国の際、毎日厳しいチェックを受けています。

(冒頭の写真)開城(ケソン)工業地区で働いていた韓国人労働者が、韓国税関・出入国管理事務所で、韓国メディアの取材を受けています。4月3日、ソウル北部のパジュ。
4月3日になって、北朝鮮当局は突然韓国人労働者の開城(ケソン)工業地区立ち入りのための入国を拒否、韓国、北朝鮮間の緊張が高まっています。
韓国税関・出入国管理事務所ロビー、北朝鮮の製品を販売する売店の前。4月3日、ソウル北部のパジュ。(写真下・以下同)
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京畿道坡州(パジュ)市臨津閣(イムジンガク)近くの、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との間の軍事境界線付近をパトロールする韓国人兵士。4月2日。
北朝鮮は6か国協議に基づき、2007年に施設を破壊し、稼働を停止してた出力5メガワットの原子炉を再稼働させることを宣言、使用済み核燃料からプルトニウムを抽出し、核爆弾の原料にするとしています。
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非武装地帯近くの軍事境界線にある運輸事務所で警戒に当たる韓国兵士。 4月3日。
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ソウル市の南にある鳥山市(オサン)市の空軍基地から離陸する米国空軍F-22ラプター、4月3日。
アメリカ軍は韓国で進行中の共同軍事演習の一環として、韓国に2機のF-22ラプターステルスジェット戦闘機を配備したと発表しました。
緊張が高まる北朝鮮との関係に対し、力で圧力をかける狙いがあると見られています。
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朝鮮戦争以来朝鮮半島を2つに分断している板門店の境界にある村で、韓国側を監視する北朝鮮の兵士、3月19日。
アメリカ国防総省の高官は、核爆弾搭載が可能なB-52爆撃機を韓国に派遣、韓国との同盟関係に基づき、アメリカ政府が徹底した対応を取る覚悟である事を示威するものだと語りました。
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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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