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星の金貨 東日本大震災や音楽、語学、ゴルフについて語るブログです。

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【 日本 : 高齢化に突き進む社会に、残された時間 】[ザ・インデペンダント]

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所要時間 約 9分

福島の希望『シニア決死隊』、しかし東京電力は拒否

デイヴィッド・マクニール / ザ・インデペンダント(英国) 10月1日


最新の驚くべき報告は、10年以内に60歳以上の人間が10億人に達すると予測しています。
デイヴィド・マクニールが東京から報告します。
この25年間で最悪の原発事故の発生を見て、自ら進んで収束作業のボランティアを申し出た、初老ではあってもまだまだ壮健な2,300人の年金受給者たちは、『シニア決死隊』と呼ばれることになりました。
72歳の引退した原子力技術者である山田恭暉 (やまだ やすてる)氏に率いられた福島第一原発での豊富な勤務体験に基づき、独自の視点から安全性の検証を行っています。

「私たちはまだまだ元気な上、一生分の経験を積んでいるのです。」
山田さんが語りました。
「何もしないわけにはいかないでしょう?」

日本の年配の人々は、夜になったらただ寝るだけとばかりに、ただおとなしくしている人ばかりではありません。
今年5月、73歳の渡辺珠江さんはエベレスト登頂の、最年長者記録を打ち立てました。
これは彼女にとって2度目の偉業になりますが、挑戦はこれからも続きます。
「これからも毎日鍛錬を欠かさなければ、あと10年は登山を続けられると思います。」
彼女はこう語りました。
彼女は先進国の中で65歳以上の高齢者の割合が最も多近いこの国の、何百万人もいる元気な高齢者の一人です。

日本は今、経験した事のない人口統計学上の異変に遭遇しています。
日本の厚生労働省は65歳以上の人の構成割合が、2060年には4割を上回るという予測を今年発表しました。
この時点で日本の女性の平均寿命は90歳、男性は84歳を上回ることになります。

それにより日本は、地球全体で始まっている変化の、先頭に立つことになるのです。
国連の最新の報告では、この地球上では10年以内に60歳以上の人口が10億人を超えることになります。
驚くべきことです。


10月1日に東京で発行された『21世紀の高齢化 – 祝うべき、しかし解決すべき課題』は国連として初めての高齢化問題に関する報告書であり、増え続ける高齢者問題に対処するため『緊急の対策』を求めています。

200ページの文書は厳しい現実を指摘します。
世界の年金受給者の世代の増加割合が、他のいかなる世代をも上回ると指摘しています。
「世界中で毎秒2人の割合で、60回目の誕生日を祝っています。これを一年に直すと、毎年5,800万人のシニア世代が誕生していることになるのです。」
報告にはこう書かれています。
2050年には発展途上国でも、60歳以上の人口が15歳以下の人口を上回ることになります。
「ちょうど10年で、高齢者の数は、10億人を超えることになります。 10年にわたり約2億人近く高齢者が増加することになります。」
2050年には高齢者の5人に4人が、経済的発展が続く途上国で生きることになります。
その頃には途上国もある程度豊かになっていることが予測されますが、高齢者のための福祉予算は莫大な金額に昇ることになります。


日本は平均寿命が80歳を超える33か国の中の一つですが、5年前はその数は19か国に過ぎませんでした。
「現在この報告書を読んでいる人々の寿命は、80歳、90歳に達することでしょう。100歳ということすらあり得ます。」
国連人口基金と国際高齢者援護機関が3年をかけ、共同で制作した報告書にはこう書かれています。
「2050年までには日本同様、64か国で60歳以上の人口構成比が30%を超えることになります。」

しかし高齢化の進行は一方では「祝うべき現象」であり、たくさんの機会を提供するものであると、この報告書は結論づけています。
「まったく新しい健康管理と退職後の生活の創造」その他さまざまな課題の解決を達成すべき「大いなる挑戦」の機会をもたらすことでしょう。
「しかし迅速に取りかかる必要があり、そうしないとこの問題の余波は準備ができていない国に襲いかかり、その国は慌てふためくことになります。」

そのような状況の中、日本は最良の参考例です。
この国の高齢者は著しい成功を収めた社会の、ひとつの基準と言えるでしょう。
満ち足りた食事、健康管理と福祉、それが世界最高の平均寿命が尽きるまでついて回るのです。
「老化が進むという事は、人が老いを迎えるまで不慮の死をとげることが無い、という事です。そしてそのことはその国の社会が如何に成功した社会であるかを、表現していることになります。それはそうなのですが…」
東京にあるドイツ日本問題研究所所長で、人口問題の専門家であるフロリアン・クルマスがこう語りました。
「しかし、一方でそれはやっかいな問題をもたらします。それこそが今、私たちが経験していることなのです。」


もっとも大きなのが、老齢年金基金をどう成立させていくか、という問題です。
多くの人々が世界最大規模で、加入者6,000万人の、巨大な日本の年金システムの存立を危ぶんでいます。数年の内には、支払い義務を完了できなくなってしまいます。
こうした恐れもあって、年金基金は今年から新興国経済市場への投資を始めましたが、結果は惨憺たるものでした。
日本政府は財政的に行き詰ってしまった企業年金が、全体の6分の1に上るものと見ています。

ほとんどの先進国がそうであるように、日本もまた巨額の公的負債を抱えています。そして移民については極端な程の制限を行っているため、人口も減少を続けています。
前出のクルマス氏は、これから先一体だれが年金を支払っていくのか、誰にもわからないのだと語りました。
「戦争も無い、疫病が流行った訳でもない、飢饉があった訳でもない、しかしどの国も経験したことの無い政策の手直しを必要としているのです。しかしこの国の政治家たちには、これが本当の国家的危機なのだとは、わからなかったようです。」

年金制度に仕掛けられた時限爆弾の爆発を遅らせる唯一の方法は、国民をより長く働かせることです。
日本政府は今年、民間企業の定年を65歳に引き上げる法案を可決させました。
この年齢に該当する人々600万人が、既に労働者として働いています。
国連の報告書は世界の男性高齢者の半数近く(47%)と女性高齢者の4分の1(24%)が労働市場に留まっています。
「社会的にも、経済的にも、まだまだ貢献できるにもかかわらず、健康できちんと働ける高齢者が、世界中で今も続く差別、虐待や暴力などの問題に直面させられています。」


国際高齢者援護機関の最高責任者を務めるリチャード・ブリュウィットは世界が、彼が言うところの『広がってしまった、高齢化問題に対する誤った対処』を止めるよう望んでいます。
「具体的な、費用的にも効率の良い進歩は、生まれた瞬間から高齢化対策を施すことなのです。今やそのほとんどの人々が高齢になるまで生きていくことは、わかりきったことなのですから。」

国連の報告書は世界的規模で、そして国家的規模で高齢化に備えた人材開発を行うよう求めています。
そして「爆発的に増え続ける60歳以上の人々を、成長の原動力、そして新たな価値を創り出す人材へと変身させるための道筋を作る事」を求めています。

誰かが、東京電力にレポートを送るべきかもしれません。
今も危険な状態が続く福島第一原発を運営するこの会社は、冒頭でご紹介した山田さんたちの協力の申し出を、いかなる追加の作業員も『必要ない』として断ったのです。
「おかしな話です。」
引退した技術者である山田さんが、アメリカ人の聴衆を前にこう講演しました。
「多分、東京電力は私たちの能力について、正しい理解ができないに違いありません。」

http://www.independent.co.uk/news/world/asia/japan-the-grey-planets-ticking-timebomb-8191524.html

ビートルズ、『たったひとりの公式伝記作家』が振り返る50年[ガーディアン]

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所要時間 約 12分

【 ビートルズ・デビューシングル発売50周年 】

ハンター・ディヴィス / ガーディアン 10月5日

1962年、シングル・レコード『ラヴ・ミー・ドゥ』プロモーションのため撮影されたスチール


私が娘と2人の孫に、10月5日金曜日、サヴィルロウ・ストリート3番地の屋上に出かける用事がある、と話しました。
「これだけは外せない用事なんだ。」
3人とも怪訝な顔をして私を見返しました。
「背広を作るの?」(サヴィルロウ・ストリートはロンドン中心部のメイフェアにあるショッピング・ストリート。オーダーメイドの名門紳士服店が集中していることで有名)
「もちろんそうじゃないよ。背広なんかもう充分持っているからね。この日について何かピンと来ることは無いかい?」
帰ってきたのは、より一層怪訝な表情でした
「2012年10月5日、すべてがはじまってから、もう50年が過ぎてしまった。」
「いったい何が始まったの?」

ああ神様、始めから全部説明しなければならないのでしょうか?


1962年10月5日、ビートルズの最初のシングル・レコード『ラヴ・ミー・ドゥ』が発売されました。
ヒットチャートでは17位までしか上りませんでしたが、しかしそれこそがビートルズの始まりだったのです。
そして50年後、彼らの出発は世界中で祝われることになりました。通りに出て踊る人々、人気沸騰のシンポジウム、テレビ、そしてラジオの特集番組、何千という、まさに世界中で何是という記念イベントが行われるはずなのです。
そこに、ここ英国で開催される2、3のイベントが加わることになります。
すべてが始まり、すべてが終わった、この英国で。

ここイギリスではそれほどの話題にはなっていませんが、海外のビートルマニアの人々の盛り上がりは大変なものです。海外のマニアはビートルズに関して豊富な知識を誇り、情熱的に愛し、後ろ向きでもなければ、食傷もしていません。

私が、サヴィルロウ3番地の屋上に行かなければならないのは、オランダのテレビ番組に出演するためです。だいぶ質問されるでしょうが、満足に答えられるかどうか。

今日では私などよりビートルズに関してはるかに博識な人々がたくさんいて、彼らは控えめではあっても私などが知らないことも、たくさん知っているはずです。

ビートルズ、1969年の屋上ライヴ


そして、サヴィルロウ3番地の屋上でインタビューをする理由は、1969年1月30日、曇天の寒い朝、この場所こそ彼らが公衆の面前で、史上最後のライヴ演奏をした場所だからです。
アップルレコードの屋上で行われた屋外コンサートは、(レット・イット・ビーの映画の中では)突如彼らが思い立って行われたように紹介されています。
しかし事実は異なっていました。
予め上空にヘリコプターを待機させておき、そこからの映像を映画『レット・イット・ビー』の中で使おうと思ったのです。その時は当局によりこの突拍子もない思いつきを、やめさせられるとは思ってもみませんでした。
彼らが奏でる『騒音』は1マイル以上遠くまで響き渡り、道行く人は立ち止まって動かなくなり、ピカデリー通りはたちまちのうちに交通渋滞に陥りました。
彼らの演奏は警察官がやってきてやめさせられるまで、約42分間にわたり続けられました。
ああ、何と幸福に満ちた日々であったことか…

世界中のビートルズ・ファンなら『ラヴ・ミー・ドゥ』のシングル・レコードが発売されたこの日の重要性を、たちどころに解ってくれるでしょう。
しかし海外のテレビ局にとっては、今日という日に、アメリカの衣料品チェーン店のアバークロンビー・アンド・フィッチが大きな店舗を構え、子供向け専門店すら準備をしているサヴィルロウ・ストリートにやってきて、アップル・レコードがあった建物を見つけ出し、屋上に上って撮影を敢行することは容易なことでは無いでしょう。
たった3分間のビートルズに関するニュース映像の撮影のため、そこまでやる会社があるとは。
たった一人で誰かのインタビューを5分間収録するより、多分難しいことだと思うのですが。


アップル・レコードがかつてこの場所にあった1970年頃、私はサヴイルロウ3番地に出かけていきました。
ジョンは落ち込んだ、しかもなんだかウンザリしたような様子で、打ち合わせが始まるのを待っていました。
そこで私はビートルズのPRに関する打ち合わせをするため、デレク・テイラー(アップル社の広報担当)に会いにいくことにしました。
彼の事務所に入ると、髪を長く伸ばした女の子がやってきて、今日はデレクの誕生日だからと言いながら、湯気の立つ、焼き立てのジンジャー・ケーキをオーブンから取り出し、わたしにもふるまってくれたのです。
素晴らしい出来のケーキで、私は二切れ平らげてしまいました。

それから、我々は昼食に出かけたのですが、そこで急におかしな気分になってきました。ケーキの中には麻薬が入っていたのです。麻薬なぞというものを体験したのは、これが最初で最後の事でした。
章家記的な体験でしたが、これも私が60年代を生きた人間だからかもしれません。
多分孫にはそう説明すると思います。

一度私は『ラヴ・ミー・ドゥ』の曲について、ジョンと話をしたことがあります。
しゃれたハーモニカの感想が印象的ないい曲でしたが、歌詞はつまらないかもしれません。
「ユー」「ドゥ」「トゥルー」、あまりにありきたりな韻を踏んでいます。
もう少しましな詩は無かったのでしょうか?
この点『ストロベリー・フィールズ』の歌詞は秀逸だったと思います。
しかし人々は一語一語の意味を複雑に考えすぎ、ジョンはこの点を気に病んでいました。


ジョンは『ストロベリー・フィールズ』の歌詞も、その他の後期の曲の歌詞も、『ラヴ・ミー・ドゥ』の会とそれほど違いは無いのだ、と嘆いていました。
言葉は言葉、歌詞は歌詞。
試みにこの2曲の歌詞を口ずさむか、歌ってみてください。

今日でもなお、ビートルズの曲の歌詞の裏の裏にあるものを、読み解こうとする試みは続いています。
ましてデビュー(ビートルズはシングル発売前、すでにドイツ、英国でプロとしてステージに立っていた下積み時代が長く、正式なデビュー日時の特定は難しい - 訳者注)50周年ともなれば、なおさらでしょう。
この試みは海外で特に熱心に行われています。
アメリカと日本はこの中の最重要国であり、大学はもちろん、あらゆる場でビートルズの研究者が熱心に歌詞と取っ組み合いをしています。
歌詞は聖書と同じほど重要であり、ビートルズが残した走り書きのメモや書き損じは、ことのほか大切で貴重な資料です。

私は彼らの伝記を書きました。
そしてそれから何と数十年の歳月が過ぎ、彼らに関する伝記本は手を変え品を変え他に40冊も刊行されました。
しかしああ、「えへん」、ビートルズが公式に認めた記録は私が記した伝記一冊だけであります。

ビートルズのマネージャーを務めていたブライアン・エプスタインが契約の際、私が著した伝記が発売されてから2年間は、いかなる物書きもビートルズには接触させないという一項を付け加えたのです。


この本は1968年に出版されましたが、1970年にはビートルズは解散してしまったので、私の著作が唯一、ビートルズ活動中に編まれた伝記となりました。
こうした理由から、私の後半生は世界中でビートルズに関する講演をして回ることに、費やされることになってしまいました。
嘆かわしい…

私は1986年に珍しくビートルズとは関係なくロシアに行ったことがあります。英国人作家とロシア人の作家が、黒海のほとりで家族ぐるみの交流を行う、というイベントにロシアの作家連盟に招かれたのです。

私はビートルズの曲のすべての歌詞を暗記しているという、15歳の少年と出会いました。
彼は英語を流暢に操りましたが、そのアクセントには明らかにリバプールなまりがあったのです。
ビートルズの歌とインタビューを繰り返し聞くうちにこうなったらしいのですが、当時ロシアではまだ、ビートルズの音楽を聴くことは禁じられていました。


1998年、私は西インド諸島に関する旅行ガイドを書くため、キューバに行き、第2回世界ビートルズ会議がまさに開催されていることを知りました。
何で私が第一回の会議を知らなかったか、理由は解りません。
それは盛大なイベントでした。
ビートルズはキューバでもロシアでも演奏したことはありませんが、そこにも熱心なファンたちがいたのです。

私の新しい著作、『ザ・レノン・レターズ』はスペイン語、ロシア語を始め15か国語に翻訳の上、発売されますが、この数カ月間というもの、各国語版の翻訳の誤りを正すため、死ぬような思いをさせられました。
4日木曜日には、ドイツのテレビ局訪問を受けました。
そして金曜日、オランダのテレビの取材に出かける前はねポーランドのテレビ局がやって来ました。
すべては50周年の日のために。
英国のメディアの取材はたった一社、ラジオ・カンブリアが5日、私に電話でインタビューすることになっています。
英国メディアはこの企画に、あまり金を使いたくないようです。

オランダのテレビ局の出演料は果たしていくらなのか、楽しみに待つことにしましょう。
しかし彼らがサヴィルロウの屋上で、あまり難しい質問をしないようそればかりが心配です…


ハンター・ディヴィスの新しい著作、『ザ・レノン・レターズ』は、ヴァイデンフェルト&ニコルソン社より来週発売されます(価格は25英ポンド)。

http://www.guardian.co.uk/music/2012/oct/05/beatles-fifty-years-love-me-do
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ビートルズ・ファンを自認する者にとって、好きな曲を10曲選べといわれても、「それじゃ少なすぎる」というのが正直なところでしょう。
という事で、今回は私にとって「印象的な曲」3曲を選んでみました。

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ここで蛇足です。
ビートルズのカバーで「成功した例」というのは、非常に少ないと思っているのですが、私が一番の成功例と思っているのが、下のカーベンターズによる Ticket to Ride です。
聴き比べてみてくださいね。

【村上春樹氏、尖閣列島をめぐる日中両国の『ヒステリー』を批判】[ガーディアン]

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所要時間 約 10分

「日中両国は、安酒の酔いから覚めよ」

ジャスティン・マッカリー / ザ・ガーディアン(英国) 10月1日


国際的にも評価の高い文学者である村上春樹氏は、尖閣諸島をめぐる紛争について、日中両国の態度はヒステリックであり、国家主義的立場に立って世論を煽り立て、状況を悪化させていると批判しました。
尖閣諸島(中国名は釣魚島)をめぐる両国の紛争は長年続いていますが、9月初頭日本が尖閣諸島の国有化に踏み切り、中国国内数十の都市で激しい反日デモを引き起こしました。

村上氏は中国国内にも多数の愛読者を持っています。
そして中国当局が彼の著作も含め、日本関連書籍の販売を禁止したことについて、非難すべき行動に出ることは予測していたと語りました。

村上氏は互いに譲ろうとしない日中両国に対し、国家主義という「安酒を飲みくらう」ような行為をやめるよう、呼びかけました。
「領土問題が現実問題では無く、『国民感情』の問題になってしまうと、出口の無い危険な領域に入ってしまうことになります。」
村上氏は朝日新聞の第一面の意見欄にこう記しました。
「それは安酒に酔うようなものです。二、三杯呷っただけで酔いが回ってヒステリックになります。大声でわめき、乱暴に振る舞う…しかし翌朝、酔いがさめた後に残るのは激しい頭痛だけなのです。」

「私たちはこの安酒に酔わせ、事態を手がつけられない状況に陥れようとするとする政治家、そして評論家などを、充分警戒しなければなりません。」

世界40カ国語に翻訳され、現存する作家の中で最も高名な村上氏は、ニューヨークで開かれた国連総会で、日本と中国が非難の応酬を繰り返した後、このようにコメントしました。

中国の楊外相は問題の島々について、中国は「犯すべかさざる領域」とみなしており、常に挑発的言動を行う右翼的な石原東京都知事の動きが発端となって、日本政府が日本人の個人所有者から買い上げて国有化したことについて、「盗み取った」と非難しました。

今回の紛争により世界第2、第3の規模を持つ経済圏同士の外交関係、貿易関係が脅かされることになりました。
日本製品のボイコットは懸念されたほど大規模なものにはなりませんでしたが、当局による日本製品の通関手続きの意図的な遅延が、日系企業により報告されています。


より高い賃金の支払いを求め、日本企業の中国人従業員によるストライキも発生しました。トヨタ、日産などの自動車メーカーはこの秋の需要の減少を見越し、減産に踏み切りました。

「投資家も含め、日本の企業経営者が『もうたくさんだ』と音を上げるだろうことは、避けられないでしょう。」
元外務省の報道官で、現在は慶応大学で教鞭をとる谷口智彦氏がこう語りました。
「中国人労働者の賃金は上昇を続け、その結果、たとえばビルマなどの地域の方が魅力的に見えてきています。今回の紛争により、中国から他の地区への産業基盤の移動が加速されることになるでしょう。」

10月いっぱい、中国から日本への何万件もの飛行予約が取り消されました。
この事態に、5月以降尖閣問題が深刻化するまでの間、中国人旅行客に対し記録的な数のビザを発給してきた日本の当局には、劇的な転換が訪れました

これまでも日本の極右の国家主義者にとって、中国は目の敵でしたが、つい最近、数百名のこの類の人々が、中国艦船を沈め、北京の『テロリスト』に決して屈服しないよう求める横断幕を掲げ、東京都内をデモ行進しました。


日本への渡航が禁止されているわけではありませんが、中国の各報道機関は西日本で起きた中国領事館への発煙筒投げ込み事件の報道などにより、今回の紛争を際立たせ、中国国内の反日デモの気分を煽っています。
日本国内で行われた世論調査で、好きな国として中国を挙げた人が3%しかいなかったのに、中国を嫌いだと言った日本人が38%に上ったことなども、こうした気分を煽ることになりました。

二国間の紛争が今後どれだけ長引くかは、意見が分かれるところです。
両国の貿易額は昨年3,450億ドル(約2兆7千億円)を記録しました。
しかし今回の紛争により、日中国交正常化40周年の祝賀行事がすべて中止されました。

中国は北京市内で開催を予定して板祝賀行事をすべて取りやめ、中国の温家宝首相と日本の野田首相が祝辞を交換することも無くなりました。
共同通信によれば日本国内で開催予定だった祝賀行事もその4割が中止に追い込まれましたが、そのほとんどは中国側の要請によるものでした。

相次ぐキャンセルは今回の紛争が、両国の人々の結びつきに打撃を与えた証拠であると、日本で中国人向けの雑誌の編集長を務める段躍中氏が語りました。
「私たちは民間レベルで日中間の友好のため、一生懸命努力してきました。しかしその努力も水泡に帰してしまいました。私たちは今、どうしようもない無力感に苛まれています。」
共同通信の取材に、彼がこう応じました。


当局の命令により、中国国内の書店から日本人作家の著作に加え、中国人作家による日本関連書籍の撤去が命じられたという報道に、村上氏は失望を隠しえないと語りました。
北京の報道・出版監督局は、そのような命令は出していないと否定しましたが、村上氏の作品『1Q84』を含め、日本関連書籍が書店の棚から姿を消したことは、幅広く報道されています。

影響は、中国の音楽と芸術の世界にも及びました。
ピアニストのユンディ・リは9月から日本でリサイタル・ツアーを行うことになっていましたが、当局の圧力により中止せざるを得なくなったと伝えられました。
東京国際映画祭に招待されていた香港中国フイルムの作品『フローティング・シティ』も、出品を辞退しました。

村上氏は日本も中国の書籍の販売を止める等の、報復行為を行わないよう呼びかけました。
「声を大にして言いたいことがあります。」
「中国に対し、そのような短絡的な報復を行わないようにしましょう。もしそんなことをすれば、私たち自身に問題があることになってしまい、そのつけがいずれ自分に回って来ることになります。」

http://www.guardian.co.uk/world/2012/oct/01/haruki-murakami-hysteria-islands-row
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【障害を持った若者たちの、見事な舞台】

アメリカNBCニュース 10月4日
(写真をクリックして拡大画像をご覧ください)

9月21日、エクアドル・キトのカーサデラ・カルチュラでの『夢』の公演で、出番を待つ女性出演者。


つい最近、エクアドルでは出演者のほとんどが20代に満たない若い出演者によるミュージカルが大当たりしましたが、その出演者の多くは目が見えない、耳が聞こえない人たちでした。
かれらは盲目、自閉症、ダウン症などの障害を持つ人々でした。

しかし彼らは『夢』と題されたこのステージの上で、役者、歌手、そしてダンサーとして自分たちの限界を超えることができたのです。

「この取り組みの最も大切な部分、それは障害者に人間としての誇りを取り戻してくれることなのです。とりわけ障害者の知性に対する偏見、そして多くの差別的感情に対して。」
舞台の上の演技と歌が観客を魅了した若い盲目の女性、マリソル・ヌーニェスがこう語りました。
彼女は幼い時に先天性の疾患により視力を奪われましたが、舞台の上では最も経験豊かな役者であり、そして歌手です。

盲目の少女、マリソル・ヌーニェスがステージに向かう。


この舞台の初演は3年前ですが、生涯を持ちつつも前向きに生きようとする若い障害者たちと、非営利組織の『エル・トリアングロ(スペイン語でザ・トライアングルの意味)』が支えてきました。

そして彼らの『夢』はこれまで何万人もの人々を魅了し、エクアドル国内はもちろん、ついにアメリカ合衆国やヨーロッパでの公演も実現したのです。

列を作って出番を待つ出演者たち。カーサデラ・カルチュラ。


出演者の一人、ジェニファー・アビラはすでにプロ顔負けの出演回数をこなしている。再び『夢』の実現のため、父と出番を待つ。カーサデラ・カルチュラにて


出演者による『夢』のカーテンコール。カーサデラ・カルチュラにて。

【日本は一刻も早く、原子力発電の廃止を実現すべき】[米国CBS]

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所要時間 約 16分

国内に積み上がった高放射性核廃棄物の問題、もうどうにもならないレベルに
核燃サイクルの継続は、処理不能の高放射性核廃棄物の行き場が無い、それが本当の理由

アメリカCBSニュース 9月29日


日本の経済産業大臣が、日本は世界で最も地震が多い国の一つであるため、一刻も早く原子力発電の廃止を実現させるべきだと語りました。

枝野幸男経済産業大臣は、昨年発生した福島第一原発の事故処理費用があまりに巨額であると明らかにしました。同大臣は9月29日に書店の店頭に並んだ、今後の政権について述べた新しい著作の中でこう語っています。

枝野大臣は昨年福島第一原発の事故が最も危険な状態が続いている間、日本政府の広報官を務めていましたが、
「現代科学の粋を集めて作ったと信じていたものが、自然災害の前にはこれほど脆いものなのか」
という事を思い知らされた上で、こうした結論にたどり着いたと語りました。
「ここに到って私は、原子力発電の一刻も早い廃止を願うようになりました。」
そして続けてこう記しました。
「たとえ攻撃を受けるようなことになっても、私はこれだけは言わなければなりません。」

1億2,800万の人口を持つ日本の国土は、カリフォルニア州程の面積を持っていますが、
「原子力発電がもたらす危険を、持ちこたえることはできません。」
彼はこのように記しました。


福島第一原発からの大規模な放射性物質の漏出は、周辺の土地、木々や植物、そして作物を汚染しました。100,000を超える人々が住んでいた土地を捨てなければならなくなり、いくつかの地域は今後何年も、何十年も人が済めない場所になってしまいました。
福島第一原発を運営していた東京電力は巨額に上る賠償責任、そして汚染を取り除くための作業負担により、国有化されたのです、

一方で枝野氏は原子力発電の廃止は、一朝一夕には実現しないと語りました。
数々の『妨害』と戦いつつ、原子力発電が生み出した『負の遺産』を一つ一つ解決していくという難しい仕事をこなしていかなければならないと語りました。

最も深刻なのは、各々の発電所に積み上げられた使用済み核燃料、そして北日本にある青森県内の再処理施設に貯めこまれている放射性核廃棄物の問題です。

日本には高放射性核廃棄物の処理について、何も具体的方策が無いのです。


日本政府は、2040年までに原子力発電を段階的に廃止する計画を『検討しています』。
しかしこの計画は、積み上がる一方の放射性核廃棄物をどう処分するのか、グリーン・エネルギーをどうやって生産するのかなどの具体的なプランに欠け、財界や原子力発電所に依存する自治体の圧力に日本政府は屈してしまったとの批判を集めることになりました。

原子力発電を廃止するのであれば、青森県六ケ所村の再処理施設は必要なくなります。

同施設が高放射性核廃棄物の最終処分場になってしまう事への恐れから、青森県では今保管されている何千トンもの放射性核廃棄物を、六ケ所村からそれぞれ排出された場所に送り返す、と官民合わせて日本政府に迫りました。
もしそれが現実になれば、日本国内に17か所ある原子力発電所のほとんどは、放射性核廃棄物で一杯になってしまい、これ以上の稼働が不可能になってしまう、と枝野氏が指摘しました。
彼は大都市の大口の電力需要家は、この高放射性核廃棄物の処理方法とその費用負担について、真剣に検討すべきであると訴えています。


枝野氏はさらに、再生可能エネルギーの開発スピードを上げ、原子力発電の廃止を実現するためには、電力会社による電気事業の独占状態を解消する必要があると強調しました。

この点に関する具体的政策については、10月初めに予定されている内閣改造の後任命される、新任の経済産業大臣の手に委ねられることになるだろう、と記者たちに語りました。

与党民主党の党首に再任された野田佳彦首相は、10月1日月曜日に彼の内閣の閣僚名簿を発表することになっています。

http://www.cbsnews.com/8301-501712_162-57522902/minister-japan-must-quickly-phase-out-nuke-energy/?tag=mncol;lst;2

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見ていて胸が苦しくなってくる、その記事が上、写真が下にあります。

結局はアメリカ同様、日本でも核廃棄物の押し付け合いが起きていました。
アメリカでは政府機関と自治体の裁判になりましたが、日本では政府が青森県に屈した形になりました。
極めて危険な高放射性核廃棄物を大量に抱え込んでいながら、なおも原発を動かそうとしている、そのことを私たちは一日でも忘れないようにしたいと思います。

そして下の写真。
領土問題に絡んで、日本でも軍備拡張や戦争に言及する政治家が増えてきました。
自分たちが前線に立つことは決して無い、その前提で話をしているのでしょうが、前線=戦地の悲惨さもまた、私たちがきちんと理解しておかなければならないことだと思っています。
そうした意味で、戦場カメラマンの方々の存在というものは、人類にとってきわめて大切なものだと考えます。

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【 戦地、耐え難い傷跡、過酷な現実 】
戦争など、たとえ間接的であっても、煽ることは許されない

アメリカNBCニュース 10月2日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

パキスタンの難民キャンプにいるアフガニスタンの少女


セバスチャン・リッチはカメラマンとして、過去30年のあらゆる大きな戦争と紛争の場にいました。
何度も負傷し、写真家、そしてテレビカメラマンとして撮影中に、誘拐され人質にされたことも一度ならずあります。

今回ワシントンのナショナル・プレスクラブの展覧会で展示された紛争地帯の子供たちの写真は、彼が国連難民高等弁務官事務所から依頼を受け撮影されたものです。
最新の作品はパキスタンのジャロザイ難民キャンプにおけるアフガニスタン難民の窮状を撮影したものです。

2012年パキスタン。国連高等難民弁務官事務所が運営する、パキスタン・ジャロザイ難民キャンプのアフガニスタンの女性のための野外教室。女性の一人が連れてきた幼い息子が私をじっと見ていた。


セバスチャン・リッチ

私がフォトジャーナリストになった理由は、このリンカーンの言葉が代わって明らかにしてくれるかもしれません。

Better to remain silent and be thought a fool than to speak and to remove all doubt.
べらべらと弁解して疑いを晴らそうとするより、いっそ沈黙を守って馬鹿なのだと思われる方がマシである

無学に近く、文字の書いてある本を読むことなどめったにない私が、表現手段として写真をとるようになったのは、ごく自然な成り行きであったのかもしれません。一枚の絵は数千の言葉を語る、という古い格言にあるように。

ボスニア、1993年。地元の牧師が国連軍のイギリス戦車の乗員と話をしている。彼は、地元のボスニア民兵と重装備のクロアチア軍との間の一時的停戦について話し合いをしていた。10分間の停戦の間に、教会関係者と私は急いでその場から脱出した。


落ちこぼれで、あえて言うなら学校から逃げ出した私は、わずか15歳の時からカメラを抱えて戦場に赴き、正面から、時には別の面から戦争というものを見続けて来ました。

それゆえこれまでの数十年間、個人的な損失と苦痛は常について回りました。何人もの友人を戦場で喪い、その正確な数を覚えてはいない程です。

私はセルビアで高性能ライフルを持った狙撃手により、右耳のほとんどと右目の視力の30%を失いました。
この狙撃手はあまり腕が良くなかったのでしょう、でなければここでこうして皆さんに、語りかけることなどできるはずは無いのですから。

2003年イラク戦争、米国海兵隊によって連行される捕虜第一号となった男たち。


私の大腸のほとんどは、ロケットランチャーの攻撃により吹き飛ばされました。私は二人のレバノン人の兵士後ろに居たため、まだしも幸運だったのです。彼ら二人は私程は運がよくありませんでした。

その後私は再びセルビアの狙撃手により、胸の肋骨を割られ、その部分は変形してしまいました。
この時は銃弾が私が着ていた防弾チョッキを直撃し、中のセラミック・プレートを破壊し、肋骨をへし折りました。
引き続いて起きた災難はレバノン、そして子音続きで非常に発音しにくい(特に私のように無学な人間にとって)名前の旧ユーゴスラビアの町で誘拐されたことでした。

私はしばしばこう質問されることがあります。
この世界の最悪の側面を見続けているのに、どうしてそう客観的な態度で撮影を続けられるのか?

ソマリア、モガディシュ族の兵士たち。戦闘直前のため私にかまっている暇が無かったが、その燃えるような目は、いつでもこのカメラマンに襲いかかろうとしているかのようでした。


私は人間という生き物は、たとえどんなにささやかなものであっても、一人一人が生きていく上での課題というものを抱えていると考えています。
私の課題は、政治的な立場は右でも左でも無く、中立的な立場で事実を記録し続けることです。
目の前の出来事を出来るだけあるがままに、しかし心の中では、いつかこのような紛争が無くなる日がやって来ることを祈りながら。
それこそが私の課題なのです。

客観性はアメリカ人の戦場カメラマンであり、私の師であり、そして友人でもあったジョン・ホーグランドにより育まれました。

アフガニスタン・ヘラートのユニセフ治療施設内にいた、重度の栄養失調に陥ったアフガニスタンの男の赤ちゃん。
その後、この子がどうなったかは確認できませんでした。


エルサルバドルの内戦の際、ジョンと私はある時、兵士に撃たれないよう一頭の牛の後ろに隠れてじっとしていました。
私の左側には腹を撃たれ、胎児の一部が外に出てしまっている妊婦の死体がありました。

ひとしきり続いた銃撃の後に訪れた静寂の中、私は体を震わせながらジョンにこう尋ねたのです。
「こんな悲惨な光景の中で、よく平気でいられるもんだ。」
すると彼はこう答えたのです。
「簡単なことだよ、セバスチャン。誰かが何か良いことをする、その写真を私が撮る。誰かが何か悪いことをする、それも写真にとる。」

そのわずか数週間後、ジョンは『何か非常に悪いこと』をしていたエルサルバドルの軍隊を撮影中、銃撃によって命を落としました。
36歳でした。

2011年アフガニスタン。ブラックホーク救急ヘリ・ヘリコプターの機上で女の子の赤ちゃんに懸命の救命処置を施す衛生兵。
彼女は、タリバンが撃ったロケット弾の破片にやられました。
ヘリコプターの中は騒音がひどく、ものを考えることすらできない程ですが、その騒音の中から赤ちゃんの苦痛の叫びがはっきりと聞こえてきました。


※セバスチャン・リッチの写真展は国連難民高等弁務官事務所の後援で、10月2日から
12日まで、ワシントンD.C.のナショナル・プレスクラブで開催されます。

http://photoblog.nbcnews.com/#__utma=14933801.520676263.1342579093.1349151217.1349231325.77&__utmb=14933801.2.10.1349231325&__utmc=14933801&__utmx=-&__utmz=14933801.1347953721.58.4.utmcsr=kobajun.biz|utmccn=%28referral%29|utmcmd=referral|utmcct=/&__utmv=14933801.|8=Earned%20By=msnbc|cover=1^12=Landing%20Content=Mixed=1^13=Landing%20Hostname=www.nbcnews.com=1^30=Visit%20Type%20to%20Content=Earned%20to%20Mixed=1&__utmk=110260869&__utma=14933801.520676263.1342579093.1349151217.1349231325.77&__utmb=14933801.2.10.1349231325&__utmc=14933801&__utmx=-&__utmz=14933801.1347953721.58.4.utmcsr=kobajun.biz|utmccn=%28referral%29|utmcmd=referral|utmcct=/&__utmv=14933801.|8=Earned%20By=msnbc|cover=1^12=Landing%20Content=Mixed=1^13=Landing%20Hostname=www.nbcnews.com=1^30=Visit%20Type%20to%20Content=Earned%20to%20Mixed=1&__utmk=110260869

【大阪市長の急進的な呼びかけ、疲れてしまった日本人の心をとらえる〈後編〉】[ニューヨーク・タイムズ]

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所要時間 約 9分

小泉前首相をしのぐポピュリスト、そして『決断の人』

マーティン・ファクラー / ニューヨークタイムズ 2012年9月27日
※この記事の印刷版は、28日付のニューヨーク版に掲載されました。


橋下氏の支持者は橋下氏自身、2000年代初頭に経済の自由化を主唱し、根本改革を行うとして大衆向けのパフォーマンスを行った、テレビ向きの小泉純一郎首相のパターンを追い始めている、と語りました。

橋下氏のやり方は小泉元首相のホピュリスト・スタイルをしのぐものがあります。
橋下氏は「責任は私がとる」という即決スタイルをとりますが、合意形成を旨とし、練り上げられた政策ですらそれが無ければ実現しない日本社会では珍しいものです。
日本では首都のメイン空港の処理能力を拡大するにも、数十年という月日がかかりました。
橋下氏はさらに、「敵を作らない」ことを信条する日本の政界において、あえてそのことに挑戦しています。
彼は最近、国民一般に対する『受け』をよくするため、橋下氏の運動に加わろうとした6名ほどの国会議員に対し、審査団を前に離党する権利に関する議論を行い、その結果既成政党から離党させました。
橋本氏の主張のある部分は、彼の特殊な出身が背景になっています。
彼はヤクザの父親を持つ弁護士であり、中世以来「部落民」と呼ばれ、未だに差別問題と向き合わなければならない人々が暮らす、大阪市内の地区の出身です(橋下氏自身は自分がその階級に属するのかどうか判然としない、と語っています)。

彼はまた1990年代初頭のバブル崩壊の後成年に達した『失われた世代』の中から初めて政治家になった人間の一人であり、政治の世界、ビジネスの世界で若い人々の台頭を許さない仕組みを破壊することを訴え、都市部における若い有権者たちの心を捉えました。
「利益団体の要求に対し、はっきりノーと言える、そして国全体のための決断ができる政治家が日本には必要なのです。」
最近の記者会見で、橋下氏はこう述べました。

彼は、いつもそうしているように、とある記者会見の求めを断りました。
彼はむしろツイッターで直接有権者にメッセージを送ることの方を好んでいるようです。
彼は日本で最もフォロワー数の多い政治家です。

彼の好戦的なスタイルは、記者会見の場でも際立っています。
ある全国紙の記者が質問に立った際、彼はその新聞が最近、第一面の記事の中で橋下氏に対し『独裁者』という名称を使ったとして、その新聞をしかりつけました。
「あなたは私を独裁者だと思いますか?」
彼はおどおどしながら愛想笑いを浮かべる記者に向け、答えを要求しました。
「ここは大阪なのです。私は有権者に約束した通りの事に取り組み続けるだけです。この点についてどう思っているか、有権者に尋ねてみてください。」

さらに橋下氏は謙虚さが評価される日本においては珍しいことに、しばしば自画自賛することをはばかりません。
大阪城など歴史ある都市でオートバイレースの開催の決定に関しては、迷っていた市職員を無視して決定したと橋下氏は記者団に語りました。

こうした決断力が900万人近い住民が暮らし、工場閉鎖による打撃が続く大阪での、彼の人気を不動のものにしました。
2008年、大阪市を含む大阪府の知事選挙で勝利を収めた後、彼は最も人気の高かった大阪府の予算を大幅に削減するという公約を実現するために、児童図書館の費用も含めた福祉予算も容赦なく削減したことで、多くの人々を驚かせました。
昨年の大阪市長選挙では、すべての大政党によって支持された現職の市長を破って当選したことで、これまで権力を握ってきた人々を再び唖然とさせたのです。

「橋下氏は既得権と戦い、無駄な出費を削減するというドラマを演じてみせることで、人々の期待を掴み取ったのです。」
大阪市立大学大学院教授砂原庸介(すなはら・ようすけ)氏がこう語りました。

福島第一原発の大災害が発生し、彼が国内の原子力発電所を再稼働する前に、原子力産業界から独立した、より透明性の高い監督・監査を行うよう要求した時、彼の評価はさらに上がりました。

砂原教授をはじめとする人々は、衝動的言動が目立つ橋下氏はさらなる衝撃的行動に走る可能性がある、と指摘しました。
彼の行動の中で最も論議の的となったのは、国家を謳わなかったことで教師を処罰した高校の校長を支持したことでした。
そして『ファシズム』をもじって、『橋イズム』すなわち『ハシズム』と揶揄されたのです。

彼はまた右翼的先導者と、とられかねない発言も行いました。
彼が率いる維新の会はこの国の平和憲法を改定し、今よりさらに大規模な軍備を行うように主張し、その是非を国民投票により決するべきだと求めていますが、この面での保守主義的傾向を隠そうともしません。
先月橋下氏は韓国政府に対し、第二次世界大戦中、日本帝国の軍隊が韓国人女性を従軍慰安婦、すなわち性的奴隷として扱ったという証拠を提示するよう要求しました。
この点において、戦前の日本の軍隊においてそうした事実はあったとする、日本政府の公式見解と決別したのです。

多くの大阪市民が、市政を着実に改革してくれる限り、橋下市長の過激発言のことはあまり気にしていない、と語りました。

「確かに橋下市長は素早い決断ができる政治家です。」
62歳のバスの運転手である本間亮一さんがこう語りました。
「大阪には決断力のあるリーダーが必要なのです。しかし国政のリーダーに求められるのは、それだけではないでしょう。」
〈完〉


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この【星の金貨】でも数多く記事をご紹介している英国のガーディアン紙が、以下のような指摘を行った事があるそうです。
「権力側にあまりに理不尽な仕打ちをされると、人間は最初は猛烈な怒りを感じる。しかしそれを繰り返されると怒りはやがて疲れやあきらめに変わり、従順な住民が出来上がる」。
これも広義の意味での『愚民化』政策でしょう。
日本の民主・自民の政治はまさに、それを狙っているのではないか、と思ってしまいます。

特に福島第一原発の事故後の民主・自民の政治は「あまりに理不尽」だと感じている方は、大勢いらっしゃるでしょう。
多くの人々が日本の政治の現実に幻滅し、選挙から足が遠のいてしまいました。
その結果どうなったでしょうか?
組織票が本来以上に力を発揮、国民ひとり一人の人間として当たり前のはずの意見が、通らない政治がまかり通るようになってしまいました。

その事に対する怒りを、時間の経過とともに疲れやあきらめに変えてしまわないよう、ツイッターやフェイスブックを活用するなどして、地道にこの日本を変える努力を、できるだけ多くの方々が続けてくださることを願ってやみません。

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『挑み続ける』パレスチナの車いすのフリーカメラマン

アメリカNBCニュース 10月1日


25歳のフリーカメラマン、モアメン・クレイキアは2008年、パレスチナ・ガザ地区の東部で写真撮影中に、イスラエル軍の空爆により両脚を失いました。
2人の子供の父親でもある彼は、障害者ではあってもカメラマンとしての仕事を続けるべく、あらゆる努力を惜しみません。

ガザ地区の自宅で娘を撮影するモアメン



【大阪市長の急進的な呼びかけ、疲れてしまった日本人の心をとらえる〈前篇〉】[ニューヨーク・タイムズ]

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所要時間 約 9分

半世紀もの間原子力業界に勝手放題を許し、福島第一原発の被害を巨大なものにした自民党、透明な政治、『民主主義の復活』の公約を反故にした民主党

マーティン・ファクラー / ニューヨークタイムズ 2012年9月27日
※この記事の印刷版は、28日付のニューヨーク版に掲載されました。


日本の大阪をご存知ですか?
ここ最近20年間の経済停滞期も含め、日本の有権者がそれまで長期独裁政権を続けてきた政府与党を政権の座から追い、真の二大政党制を実現するまでに、実に60年という年月がかかりました。
それから3年、今度は多くの有権者が、政府の思い切った改革を約束する、当たるべからざる勢いの若い指導者が率いる、これまで無名であった政党に心惹かれ始めています。

その政党の名は『維新の会』。
舌鋒鋭い橋下徹大阪市長により、この9月、正式に国政政党としてのスタートを切りました。まだ童顔が残る43歳のかつてのテレビのコメンテーターは、数年前どこからともなく登場し、およそ日本らしくない押しの強いスタイルで、このズブズブの商業都市に喝をいれました。
そんな彼は、かつての数少ない真の国家的指導者だけが持つ、優れた能力を身に着けているかのように見えました。
つまりは困難な改革を成し遂げられる…
橋下市長は大阪府や市の職員組合と戦いを繰り広げて赤字財政を削減し、学校の教師に対しては厳しい規律を用いて服従を強いました。

今や彼は350人の政治の初心者を自らが主宰する「にわか仕込みの学校」でつめこみ訓練を行い、早ければ11月にも実施される国政選挙に立候補させ、その既成体制打破を国政レベルにまで広げようとしているのです。
橋下氏のカリスマ性により、維新の会は一夜にして恐るべき力を持つ政治集団と化した観がありました。

正式には2週間前に全国政党として発足した維新の会は、世論調査において野党の中で第2位の票を集め、しかもその支持率は与党民主党を上回るものでした。

さらに一部のアナリストは、橋本氏のグループが全国1位の支持率を獲得するのも不可能ではない程の接戦であったことを認めました。

政治評論家や議員によれば、橋下氏の台頭は彼自身の個人的な主張が評価されたというよりは、慢性的な経済の停滞、2大政党におけるリーダーシップの欠如に飽き飽きした国民が、思い切った変化を望んでいることが背景にあります。
また、橋下氏の評価が上がったのは、昨年発生した福島第一原発の事故が、世襲や官僚からの転身ばかりが目立つ政治的エリートを信用しなくなった一般国民に、この国が一番に大切にしなければならないものは何か、という点について改めて考え直すよう促したからでもあります。

こうした新しい形の政治不信は、現政権の野田首相が誰も支持しない原発再稼働をこの夏やってのけた後、頂点に達した観がありました。
これは日本国内で多数の原発が稼働する、事故以前の状態に戻す口火を切ったとして、国民の大多数から非難されました。
この点でも橋下氏は、原子力産業界によって支配されてしまっている原子力安全・保安院の機構改革を、早くから主張していました。

昨年、与党である民主党を離党し、現在は維新の会への加盟を希望する横粂勝仁(よこくめかつひと)衆議院議員がこう語りました。
「日本の閉鎖的な政治社会に対する不満が爆発寸前になったタイミングで、橋下氏が登場したのです。
「日本の人々は、既成政党にはすっかり裏切られたと感じています。」

橋本氏が提案する変化は、根本的なものに他ならなりません。
かつては日本の強さの源とされたものの、現在は社会改革の最大の障害とみなされている、過剰なほど中央集権化が進んだ日本の政治構造、それを解体することです。

維新の会が目指すのは、アメリカの連邦制度に倣った、地方がより大きな自治権を持つ道州制の導入です。そして現在は国会議員によって選出される首相を、直接選挙により選出することです。

政治評論家は、橋下氏の維新の会が政権をとるためには、2つの点を改める必要があると指摘しています。
日本人の多くが、彼の反抗を許さない断固とした姿勢、そして右翼的挑発的な考え方に不安を感じているのです。
そして、彼自身が国政選挙の候補者として選挙に臨むことが、おそらくは最も大切な点でしょう。
これまでは橋下氏は国政選挙に打って出るつもりも無く、自身首相になる器ではない、と語っています。
政治費用論家の多くはいずれ彼は態度を変えるだろうと菅前首相゛得ていますが、彼自身は大阪にはまだやり残した仕事があると語っています。
この点について評論家は、橋下氏のこうした姿勢により、維新の会は若干ではあるが勢いを削がれることになった、と指摘しました。
当面は農村部でしっかりした組織を握っている野党第一党の自民党が、名前が売れていることもあり、維新の会に比べ僅差で維新の会をリードしているようです。
しかし自民党の将来について、楽観的にとらえている有権者は多くはありません。
自民党はほぼ半世紀にわたり、日本の原子力業界に勝手放題を許し、その結果今回の災害の被害を巨大なものにしてしまった責任があると、多くの有権者は非難しています。

一方の野田首相率いる民主党も、2009年の選挙の際、官僚による政治支配を終わらせ、日本に民主主義をよみがえらせ、透明性の高い政治を実現するとする公約を保護にしてしまったとして、国民全体から非難されています。
〈つづく〉


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兵庫県の日本触媒の火災、世界規模でおむつの生産に打撃

アメリカNBCニュース 9月30日


9月29日土曜日、兵庫県の化学プラントで発生した爆発と火災により、消防士1人が死亡、数自由人が地涌合う軽傷を負ったと、地元消防および警察の発表があったとジャパンタイムズが報じました。
この化学プラントでは使い捨ておむつに使われる主要な成分が生産されていたため、世界的におむつの生産が影響を受ける恐れがあると、日本のメディアが報じました。

火災は午後2時ごろ、兵庫県姫路市にある日本触媒の工場で発生しました。

最初の爆発は午後2時40分、消防士がアクリル酸の入ったタンクに放水中に発生し、その後立て続けに爆発が起きました。
爆発により、消防車一台が炎上しました。
28歳の消防士1名が死亡、少なくとも30人が負傷したと伝えられています。

日本触媒はアクリル酸の世界最大のメーカーのひとつですが、その主要成分はSAP(多量の水を吸収してゲル化する成分)と呼ばれ、使い捨ておむつに使われています。

日本触媒の工場は世界のSAPの20%を生産し、また世界で生産されるアクリル酸の10%を生産しています。


この事故のため日本触媒の工場は長期間の操業停止においま来れざるを得ず、またSAP樹脂を生産している他のメーカーはいずれもフル操業の状態で、不足する分を補うだけの増産は不可能と見られていると、30日日曜日、日経ビジネスが報じました。

http://worldnews.nbcnews.com/_news/2012/09/29/14154759-chemical-plant-explosions-in-japan-kill-one-may-cripple-global-diaper-output?lite

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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