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高齢化が進む日本【日本だけでは、もう解決できない?!】

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所要時間 約 11分

世界で最も高齢化が進む社会、どうすれば『人口構成の危機』を乗り越えられるのか?

アルジャジーラ 11月9日


日本は、人口構成の危機に直面しています。
国民の高齢化と出生率が低下し続けることにより、日本の人口は減少を続けています。

今から20年後、日本では高齢者が15歳以下の子供たちの4倍という規模に達することになります。
今や日本では大人用紙おむつの販売数量が、赤ちゃん用の紙おむつの販売数量を上回ってしまっている、事態はそれ程深刻になっています。

昨年日本全国の人口は250万人という記録的減少により、1億2,780万人になりました。
そして2060年には、現在の3分の2にまで、すなわち8,700万人にまで減少すると見られています。
そしてそのうち40%が、65歳以上の高齢者となる見込みです。

人口構成のゆがみは、ひとつの大きな社会問題を作り出しました。
『孤独死』の問題です。
これは1980年代に表面化した日本特有の現象で、近年になり増々頻繁に見られるようになっています。

日本では400万人の高齢者が、一人暮らしをしています。
一方で高齢者の介護を自分たちで行うことにした家族は、しばしば社会からの孤立感に悩み、やがては自分自身をも追いつめてしまう場合があります。


日本の高齢化に伴い、政府は現役の労働人口が縮小していくにも関わらず、増え続ける年金の支払いを確実なものにしていかなければなりません。
現在の社会保障制度を維持するため、政府は消費税率を現在の5%から引き上げ、さらに年金の支払い開始時期を遅らせるため、労働者の退職年齢を70歳にまで引き上げようとしています。
しかし高齢者の福祉の現場や病院で働く人々は、不足する労働人口を補うためには、もっと積極的に外国人労働者の受け入れを行うべきだと考えています。

一方で、高齢者の増加という国にとっての痛みが、新たなビジネスチャンスにつながる場合もあります。
数々の企業が、『シルバー¥(円)』と名付けた拡大を続ける高齢者市場を狙い、高齢のため自分では歩けなくなった人のための、二足歩行ロボット型の高齢者用アンドロイド歩行器の新技術開発などにしのぎを削っています。

日本は果たして、高齢化する社会、縮小する人口というふたつの厄介な問題を克服することはできるのでしょうか?

この記事には約25分間の動画が付属しています。動画を見るには、下記のアルジャジーラのリンクをクリックしてください。
http://aje.me/VQcgy2

http://www.aljazeera.com/programmes/101east/2012/11/2012115114958294318.html
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「老後は健康的に、不安の少ない穏やかな暮らしがしたい…」
「安心して子供を産み育てられる社会にしてほしい…」
こうした人間として、当たり前の願いに対し、近づく衆議院議員選挙では
「TPPに参加して、日本の産業構造を一変させる必要があるのだ!」
「憲法を改正して、軍備を増強せよ!」
「無制限の金融緩和を実施し、外資のハゲタカどもをどんどん日本に連れて来て、経済を活性化させよう!」
などという、およそ国民の願いからは遠い主張を、日本の『2大政党』の党首がぶつけ合っています。

福島第一原発では、今後どのように事態が展開するか全く予断を許さない状況なのに、その対応を東京電力まかせにしたまま、憲法改正までして軍隊・兵器を増強せよ、というのは一体どういう政治感覚なのでしょう?
中国が無人島周辺をうろつく事は許せないが、守るべき国土に放射性物質が大量にばらまかれ、何万人もの人々が住んでいた家を、大切な故郷を追われたことは、「仕方が無い」と言うつもりなのでしようか?

これについて『政治の劣化』などという、抽象的であいまいな表現にとどめて良いものなのかどうか。

その上、自民・民主に通じる「我々の主張に同調しない『異分子』は断固排斥する!」という感覚が、非常に気がかりです。
1930年代にナチスの取材を行った故ドラッカー氏は、「この連中は将来必ず、ユダヤ人排斥をやる。」と確信したそうです。
そして実際どうなったかは、皆さんもよくご存知の通りです。
「排斥」から始まったユダヤ人への迫害は、「絶滅」にまでエスカレートしてしまいました。

私は一国の政治を担う、という行為はやりがいはあっても、地味で忍耐ばかりが必要な仕事だと思っています。
立場が違う人々との話し合いを延々と繰り返し、時に受け入れ、時に説得する。

ところが日本では徹底的にポピュリズムに走った首相が、国民の支持率60%などという『実績を作った』ため、以後そんな着実な姿勢は顧みられなくなったように感じます。
政治の劣化とはその過程を指す言葉でしょう。

宮城谷昌光氏の小説を読んでいて興味深いのが、中国や日本の人々が「言葉により強く感応する」人種であるようだ、としている点です。
古代、殷帝国では、行く手の地面に埋設された災いを言の葉の力によって取り払うため、呪文を唱えながら巫女の集団が軍隊の先頭を進んだそうです。
氏の小説の一編に、このシーンが出てきます。

今回の衆議院選挙は、実態のある政治構想とは思えない「言の葉」合戦に堕している観があります。
『脱原発』は免罪符の代わりになり、その証拠に『脱原発』を標榜していた『第3極』の政党が、核兵器装備を主張する右翼の大物と合従連衡したりしています。
今回の選挙戦は、あたかも『言ったが勝ち』の様相を呈しています。

『脱原発』に象徴される、国民を犠牲にしてまで経済利益を追い求めるシステムを打破する取り組み。
少子化や、高齢化について、統計ではなく、国民一人一人の問題として解決を考える。

そのために、地味に忍耐強く、真摯に取り組もうとする人々を国政の場に座らせる必要があります。
「言の葉」の効果で国民を誑(たぶら)かす、あるいはこの国を危険で陰惨な結末に向かわせる政治は、Enough is enough - もうたくさん。

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メイシー百貨店・サンクスギビング・パレード、目で見る歴史

アメリカNBCニュース 11月23日
(掲載されている写真は、クリックすれば大きな画像をご覧いただけます)


1.[とびだせフェリックス]
サンクスギビングデイに、ニューヨークの目抜き通りをメイシー百貨店のアトラクションがバレードする催しが始まったのは1924年のこと。
以来もう何十年もの間、人々が待ち望む年中行事として続けられています。
1927年、史上初の巨大バルーンとしてメイシー百貨店が選んだのは、8年前に無声映画でデビューした飛び出せフェリックスでした。


2.[海底2万マイル・ネモ船長]
1929年11月28日にニューヨーク市内をの通りを進むのは、ジュール・ベルヌ小説『海底2万マイル』の潜水艦ノーチラス号のネモ船長の巨大風船です。
初期の巨大風船は風紀で膨らませ根、結びつけたひもを引っ張って進めていました。
1929年にはパレードの最後にひもを離し、この風船をメイシー百貨店まで持ち帰った人に報酬が支払われました。しかし1932年に飛行機を使ってこの風船の回収を試みたところ、危うく風船にぶつかりそうになり、この回収イベントは中止になりました。


3.ミッキーマウス
1934年、メイシーのパレードの巨大な風船になって姿を現した最初のディズニー・スターは、ミッキーマウスでした(もちろんですよね)。巨大なミッキーは15メートル上の高さがありました。
製作したのはグッドイヤー社でした。
風船のロープを持っている人々の姿をよくご覧ください。全員がミッキーとミニーマウスのコスチュームを着ていますよ!


4.デディベア
1945年11月23日のパレードが、ニューヨークのタイムズスクエアを通過している場面です。
1941年、サンクスギビンクのパレードが第二次世界大戦のために中止されて以来、再開後初のパレードでした。
テディベアが自由の女神のレプリカの脇を通過しています。


5.スーパーマン
鳥だ!いや、飛行機だ! いや、スーパーマンだ!
スーパーマンの巨大風船がメイシーのパレードに登場したのは1939年でしたが、漫画『アクション・コミックNo.1』に登場したのはその翌年でした。
スーパーマンの人気は何年経っても衰えを見せません。
この写真の第2回は1966年に、そして1980年には第3回目の登場を果たしました。


6.ポパイ
1960年代前半はポパイの絶頂期、メイシー百貨店のパレードにもたびたび登場しました。ほうれん草をむしゃむしゃ食べる水夫のポパイ、パレードに初めて登場したのは1957年でした。


7.ミレニアム・スヌーピー
20世紀最後、1999年11月25日のパレードに登場したのは、ミレニアム・スヌーピー、スヌーピーとしては5代目です。


8.ロナルド・マクドナルド
2002年11月28日、76回目となったパレードがタイムズスクエアを進みます。 この年は13個の巨大風船が登場しましたが、このファーストフード・チェーンのマスコットの姿もありました。


9.ピカチュウ
2005年11月24日にブロードウェーに沿って進む、テレビゲームのポケモン・シリーズのキャラクターです。


10.そして、こどもたち
大勢の子供たちが、パレードを見るために集まって来ました。1960年代初頭の寒い感謝祭の日、電話ボックスによじ上っている子供の姿も見えます。

 

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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