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官邸前抗議行動「この日本を変えてゆけ!」〈後編〉[米国ABC]

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所要時間 約 15分

【人々の輪が広がり続ける、首相官邸前の抗議行動・彼らは日本を変えることができるのか?】

山口まり / AP通信 / アメリカABCニュース 8月26日


さらには西日本の大飯原発の2基の原子炉の再稼働を強行したことが、人々が長い間日本政府に抱き続けてきた不満を爆発させる結果になりました。
この2基の原子炉は3.11の後、新たな安全基準の下で運用されるはずだった50基の中で、最初に再稼働されました。

野田首相は大飯原発の再稼働を密室の協議によって決定したこと、そして毎週金曜日に首相官邸前で行われる人々の抗議の叫びを「大きな雑音」と評したことで、批判されることになりました。
こうした批判を受け、野田首相は8月22日、会談を求める官邸前で抗議を行っていた人々の代表の要求を容れる形で、彼らを官邸内に招き入れました。
そしてその後、政治的影響力を持つ経済界の代表とも会談を行いました。

「これは大きな雑音などではありません。これはひとり一人が必死の思いであげている、人間の声なのです。」
抗議を行っている人々の代表でイラストレーターのみさおレッドウルフさんは、野田首相に対し再稼働したばかりの2基の原子炉の停止と、一刻も早い原子力発電の廃止を求め、こう語りました。
「あなたが国民の声の無視を続ける限り、私たちはこの抗議行動を止めるつもりはありません。」


首相は日本の長期のエネルギー政策を決定する前に、丹念に人々の声を聴くと約束しましたが、2基の原子炉を停止することは拒否しました。

抗議活動のリーダーたちは、野田首相に会ったところで何かが変わるとは期待していなかったが、変革に対する望みをつなぐ事は出来た、と語りました。
「これまでずっと、この国の議員は既得権にしがみついていただけでした。それでもこの国の何とかこの国の運営は可能でした。」
活動家から国会議員に転身した辻元清美氏が、最近開かれた抗議活動を行っている人々との会談の場で、こう語りました。
「政府は相変わらずのやり方を続けているように見受けられますが、人々はまさにそのことに怒っているのです。政治家は今、変革への対応能力を試されている、私はそう考えています。」

抗議者たちの中、ドラムセクションの先頭に立つ中央大学の文化人類学者、小田昌教(マサノリ)氏は、間違った政策が採られても、怒りもしなければ声も挙げなかった一般国民は、政治家にとって非常に都合の良い存在だった、と語りました。
「今や、日本の人々は声を挙げることを学びました。日本の政治家たちは、現在の状況に、もっと危機感を持つべきだと思います。」

これとは別に7月16日、音楽家の坂本龍一氏やノーベル賞受賞者作家大江健三郎氏が参加して、警察側の発表で75,000人、主宰者側発表で200,000人が参加して、さらに大規模な抗議集会が、東京の代々木公園で開催されました。
さらに同月29日には、数万人が参加して、ろうそくを灯した人々が国会議事堂を人間の鎖を作って包囲しました。
そしてこれよりも小規模な抗議集会が、市役所前、電力会社の前や公園などで、日本各地至る都市で開催されています。


「国民の政治に対する姿勢は、明らかに変わりつつあります。」
北海道大学の政治学が専門の山口二郎教授が語りました。
「たとえどれほどたくさんの人々が参加したとしても、一晩で政治が変わるはずはありません。抗議運動は政治の土台を揺るがすかもしれませんが、人々はこうしたやり方に無力感を感じる事になるかもしれません。しかし変化が起きる可能性はあります。」

すでに、変化の徴候が見えてきました。
苦境に立たされている野田首相が、来たる数か月の間に総選挙の実施を求められる事態に陥ることを予測し、その選挙では原子力発電の継続が争点とならざるを得ないところから、数多くの国会議員が原子力発電廃止の支持に態度を変えました。

そして大物政治家の小沢一郎氏と消費税増税に反対して野田政権の与党民主党から脱退した約50人の議員が結成した新党は、10年以内の原子力発電の廃止を公約として掲げました。
そして幾人かの国会議員が、原子力発電廃止のための研究会を立ち上げました。
そして県、あるいは地方自治体の議員のグループが、反原子力発電の立場で緑の党を結成しました。

「この取り組みを続けていくことができれば、国中の人々に参加してもらえるようになると思います。」
「私は選挙で、必ず脱原発を実現してくれる人に投票します。脱原発を支持するのかしないのか、そのことがまず候補者を選ぶ際の第一条件です。」
東京近郊の鎌倉市からやって来た63歳の主婦、斎藤まりこさんはこう語り、首相官邸前の抗議の人並の中に入っていきました。


ヘルメットをかぶり、角材を振り回し投石を繰り返し、議会施設になだれ込んで行った、一人が死亡し、何十人もが負傷した1960年代の『闘争』と比べれば、今回の抗議行動は極めて平和的です。

脱原発のための抗議行動を行っている人々は手に花を持ち、手作りのポスターを掲げ、警官と会話を交わすことすらあります。

『デモというより「お祭り」だ、と僕は感じた。』
評論家の田原総一郎氏が、そのブログにこうつづりました。
「原発の問題で人びとは初めて共通の問題意識を持ち、お祭りを通じて、まとまろうとしている。」

http://abcnews.go.com/International/wireStory/anti-nuclear-protests-signal-activism-japan-17081744#.UD3GZqAyXq4
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経済産業省が、日本が原子力発電を廃止し、再生可能エネルギーに全面的に切り替えるためには、50兆円の費用が必要だ、との試算を公表しました。
本当でしょうか?
この試算、巨大電力会社による電力支配を前提に、たとえば大規模送電網を全国の張り巡らすための費用も含まれていると思います。

これまでご紹介した海外の記事の中、再生可能エネルギーに関するものは、以下のように伝えています。
再生可能エネルギーは巨大企業による大規模開発より、中小のコミュニティーが自給自足的に『電気の生産を行う』形の方が適している、と。

日本は大体危険極まりない上、世界が『可能性はゼロに近い』と結論し、もう10年以上も前に撤退した高速増殖炉『もんじゅ』だけで、5兆円以上の国家予算をつぎ込んでしまった、と言われています。
また、通産省時代から、現在の経産省は『省益』のため自己増殖的に不要不急の国家機関を作り続け、その組織の『維持』のために無理無体・不要危険な仕事まで作り、国家財政を圧迫し続けてきた、と物の本には書かれています。

その不合理をついた政治家の小沢氏は、謀略としか見えないわなを仕掛けられ、危うく政治生命を失う瀬戸際まで追いつめられました。
まさにやりたい放題、国家の壟断とはこのことを言うのではないでしょうか?

確かに電気は必要不可欠なものですが、その電気は巨大電力会社が独占的に供給するもの、という前提から変えて行けば、巨額の負担が発生しない可能性もある、これまで数多くの海外の報道を翻訳して来て、そう感じています。

知人が電力会社の幹部から直接聞いた言葉です。
「発電と売電を切り離されてしまったら、電力会社のうま味が無くなってしまう。独占こそが商売の要なのに。」

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シカゴ【ダイアログ】(1972年)作詞作曲 : ロバート・ラム

「君は今進行している現実を、楽観的に見てるかい?」


「いや 特には考えた事は無いけど」

「今起きている事を見て、不安な気持ちになった事が無いの?
」

「自分のことだけ考えようとしているんだ、他のことは関係ないのさ。」

「じゃあ一体いつ、人間とは何だ、って考えるのさ?
大学での学位がすべてを解決してくれるのかい?」

「大学に残ってもっと学問を究めたい、あと2、3年でいいんだけど。
そして自分を確実に高めていきたいんだ。」

「物事を変えて行きたい、そう考える事はないのだろうか?
君が持てる力を使い、君の頭に浮かぶいくつものアイディアを使って。」

「その力ってどんなものだろう、そして現実を変える必要性って?
これまでもすべてうまく行ってるのに…」

「自分の周りに、押さえつけようとする見えない力が迫ってくるのを感じないのかい?」

「何も。だって大学のキャンパスは自由そのものだよ。」

「戦争が続いている事に、腹は立たないのかい?」

「大統領が何とかしてくれるだろ、僕が解決すべき問題じゃないよ。」

「君が暮らしている街にも飢えに苦しんでいる人がいる事に、気がつかないのかい?
飢える必要など無いはずなのに、苦しむ必要など無いはずなのに…」

「そんな場所には行った事が無いよ、この国は大丈夫だよ
近所の人が飢えている場面なんか見た事も無いし…」

「ありがとう、君と話していて少し気が軽くなったよ
ここの所ずっと、この国で起きている事に不安を感じ続けていたんだ…」

「君は多分ちょっと神経質になってたんだと思うよ。

そのうち君も思い悩む事など無くなるよ。」

パート2

わたしたちに現実に出来る事があるんだ
わたしたちは今、世界を変える事が出来る
わたしたちは子供たちを救う事が出来る
この社会を良くしていく事が出来るはずさ
(和訳 : 【星の金貨】)

※この歌が作られたのが1972年、すでに40年近くが過ぎているのに、本質的なところは変わっていないんだな、歌詞を訳していてそう思ってしまいました。

Dialogue by CHICAGO (1972)

Are you optimistic 'bout the way things are going?
No, I never ever think of it at all

Don't you ever worry
When you see what's going down?

No, I try to mind my business, that is, no business at all

When it's time to function as a feeling human being
Will your Bachelor of Arts help you get by?

I hope to study further, a few more years or so
I also hope to keep a steady high

Will you try to change things
Use the power that you have, the power of a million new ideas?

What is this power you speak of and this need for things to change?
I always thought that everything was fine

Don't you feel repression just closing in around?
No, the campus here is very, very free

Don't it make you angry the way war is dragging on?
Well, I hope the President knows what he's into, I don't know

Don't you ever see the starvation in the city where you live
All the needless hunger all the needless pain?

I haven't been there lately, the country is so fine
But my neighbors don't seem hungry 'cause they haven't got the time

Thank you for the talk, you know you really eased my mind
I was troubled by the shapes of things to come

Well, if you had my outlook your feelings would be numb
You'd always think that everything was fine

Part II

We can make it happen
We can change the world now
We can save the children
We can make it better
We can make it happen
We can save the children
We can make it happen
  + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – + – +

 

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