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人間を!使い捨てる!東京電力・福島第一原子力発電所〈第1回〉

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所要時間 約 9分

放射性核物質、差別される人々

ロジャー・ウィザースプーン / エナジー・マターズ 3月13日

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昔の日本には、遠い場所から拉致されて来て、使役され虐待される黒人奴隷のような人々はいませんでした。
そのかわり、社会の底辺にあって社会的にも経済的にも汚いとされる仕事を賄うため、『部落民』という階級が作られたのです。
現代にあっても尚、その差別は解消していません。

もしその仕事が穢ければ、あるいは危険であれば、または差別されるような内容の仕事であれば、それをこなさなければならなかったのは、部落民と呼ばれた人々でした。
穢多(えた)、非人と呼ばれた彼らがその仕事をこなしたのです。

住む場所も制限され、スラム街で暮らす彼らには、他と違い生活の糧を得るための職業選択の自由もほとんどありませんでした。
彼らは一般の人々から完全に隔離された社会で生きる、不可触民でした。
数世紀前の江戸時代、当時の支配階級であった士分の人間たちが、当時の社会で汚れ仕事をさせるために作り出したのが部落民という階級だったのです。

そして現代、福島第一原発の4基の原子炉が引き起こした事故の収束と廃炉作業を行うことになった施設の運営者である東京電力は、汚染のひどい現場に練度の高い正社員を投入し、過酷ではあっても単純な労働によって被ばくさせてしまい、将来必要になるはずの専門知識を必要とする作業に彼らを使うことが出来なくなってしまう事態を恐れました。

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「彼らは、使い捨ての人々です」と、広島市立大学・広島平和学会、歴史学科研究職教授田中利幸氏(ペンネーム : Yuki Tanaka)がこう語りました。
「彼らはまさに、不可触民です。」

この日本における差別の問題と、福島第一原発の放射能に汚染された環境の中で人間が使い捨てられている問題については、ニューヨークの125番街とハーレム地区の中のブロードウェイが交差するあたりにある、レストランで会話を交わすうちに持ち上がった話題でした。
レストランの頭上は高架橋になっており、決まった間隔で列車が地響きを立てて通り過ぎていました。

田中教授、東京を拠点に福島第一原発で働く作業員たちの組合を組織している君島京子氏、福島大学で公共政策を専門にし、大学の災害復旧研究所の先任研究員を勤める丹波文則准教授がその席にいて、一週間かけて行われた福島第一原発の、大規模な事故収束・廃炉作業についての集中講義と討論会に関し、ざっくばらんに意見を交わしていました。

彼らはすでに福島第一原発の事故後の対応と事故収束・廃炉作業の現状に懸念を持っている、ニューヨーク州、ニュージャージー州の住人たちと情報交換を行っていました。
ハーレム地区の40キロ北にある、インディアン・ポイント原子力発電所の廃止を求める4つの環境団体(インディアン・ポイント・セイフエナジー連合、リバーキーパー、クリアウォーター、シエラクラブ)のメンバーである彼らは、福島第一原発の状況についてもすでに多くの情報を手に入れていました。

日本には固定化されている非差別階級として、3種類の人々が存在します。
アイヌ人、部落民、そして朝鮮人です。

アイヌの家族
アイヌは北海道の先住民族で、数百年間、日本人による支配を受けていました。
しかし公式には1899年、非支配階級から「解放」され、その土地は大日本帝国の一部となり、彼ら自身も国民としての地位を保証されました。
彼らのうち大多数は日本人社会の中に同化しましたが、今なお道内の年のスラム街で、数万人の人々が苦しい生活を送っています。

第二次世界大戦前、そして戦中に「100万人以上の朝鮮人が、労働者として日本に連れてこられました。」
『隠された恐怖(米国内でYuki Tanaka名義で出版)』の著者でもある田中教授がこう語りました。
それはまさに第二次世界大戦=太平洋戦争における、日本の戦争犯罪でした。

「彼らは戦時中、石炭掘削などの重労働や火薬庫などでの危険な作業を強いられました。
しかし戦後になってもその地位はほとんど変わらなかったのです。故国に帰ることができなかったからです。
日本の社会で持つとも汚く、そして危険な労働を半ば強いられ続けたのが朝鮮人、そして部落民だったのです。」

しかしながらその中で最も数が多く、長期間差別され続け、その存在について多くの人々が認識していたのが部落民でした。
「差別のそもそもの始まりは、仏教の慣習の中にあったのです。」
田中教授がこう説明してくれました。

非人
「日本の封建時代、その仕事に従事すれば『体が穢(けが)されてしまう』とされる職業に従事する人間を確保する必要が生じました。
動物を飼育したり、あるいは捕獲して殺して毛皮をとり、皮革製品を作る職業。人間の遺体を火葬にする仕事。そして汚水の管理をする仕事などです。」

「そこで封建社会の支配者層は部落民階級を考案し、彼らを大都市周辺のスラム街に住まわせることにより、一般移民の下僕として使役する方法を考えだしたのでした。
そして江戸時代、この被差別階級が暮らす社会が日本全国に広げられていったのです。」

「第二次世界大戦=太平洋戦争の終了後制定された日本国憲法により、彼らの身分は解消されました。
しかし差別は残りました。一般の人々はスラム街の出身だというだけで、偏見の目を向けるのです。」

部落民と朝鮮人に対する職業上の差別は、戦後の日本社会で拡大していきました。
「日本における部落民に対する差別は、アメリカ国内における黒人差別と似ていました。」
田中教授がこう語りました。
「日本における問題、それは見た目だけでは部落民だとは解らないことなのです。私たちは見た目は全く同じであり、外見で部落民を識別することは不可能です。」

「しかし」
田中教授の話を受け、北島氏が続けました。
「部落民と朝鮮人はその記録、あるいはどこで生まれたか、生活している場所がどこかを確認すれば、解るようになっています。もしその人がスラム街で生まれたという記録が残っていれば、その人はたちまち素性を問題にされ、就職を断られ、その地域に住むことを拒絶されてしまうのです。
スラム街から出て行くためには、良い就職先を探す必要がありますが、部落出身であることが解れば、その就職もできなくなってしまうのです。」

〈つづく〉

Japan’s “Throwaway People” And the Fallout from Fukushima
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今日から3回に分け、ウィザースプーン氏のルポルタージュをご紹介します。
ウィザースプーン氏については、先に【実録、トモダチ作戦】をご紹介しました。

郷土史を研究したことは無いので、確かなことは言えませんが、私が暮らす東北太平洋岸、つまりは東日本大震災の被災地には差別というものはもう存在しません。
幸いというべきです。

ですから、なぜ部落の出身というだけの理由で人間が差別されなければならないのか、感覚として理解できません。

しかし現政権もそうですが、小泉首相以降の自民党政権には「弱者への視点」を感じることができません。
私個人の感想に過ぎませんが、かえって貧富の格差を固定しようという『悪意』すら疑っています。

きわめて風通しの悪い社会を築く、その意図は何なのでしょうか?

 

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