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チェルノブイリ25年の闇『25年という月日が経過しても尚、チェルノブイリの問題は『終わった』とは決して言えない』

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所要時間 約 6分

今日はアメリカCNNの報道の翻訳をお送りします。
私はこの原稿を翻訳していて、ふと疑問に思いました。
福島第一原発事故直後、周辺市町村の人々が受けた「避難に関する指示」と、チェルノブイリ周辺の人々が受けた避難指示、一体どんな違いがあったのだろう、と。
福島第一原発で爆発が起きた直後、当事者の東京電力、政府、自治体は何をおいてもまず、住民を安全な場所まで避難させようとしたのだろうか、と。

『チェルノブイリの事故から25年、ウクライナのその町はゴーストタウンのまま』

荒廃したビル、そして人通りのないプリピャチの街路を支配するのは、不気味な静寂です。
街の中心から見えるのは、伸び放題のいばらや雑草、町はあたかもジャングルの中に埋もれてしまった古代遺跡のようです。
荒れ果てたビルにあるつぶされた窓、まるで岩に刻まれた巨像がじっと見下ろしているようです。
ひとつのビルには灯のついていないネオンサインに「レストラン」の文字が。 別のビルには屋上部分にハンマーと鎌をあしらったソ連の国章が見えています。

ただ一カ所の町だけが、このように全く打ち捨てられてしまっているとは、想像もできませんでした。
1986年4月26日、プリピャチへの避難命令はあまりに遅すぎました。チェルノブイリの4号炉で爆発が起き、放射性廃棄物が町の上にどっと吐き出されてから、すでに36時間が経過していました。
パニックの発生を恐れた当局は、ミハイル・ゴルバチョフの指揮の下、プリビャチの市民に普段通りの生活をするよう命じたのです。
そう、世界で最悪の原子力事故が続く中、放射線が人が通るあらゆる場所に降り注いでいる中、この町の子供たちは学校へ行って、最後まで授業を受けさせられたのです。
結婚式を挙げたカップルもいました。

災害の規模がもはや否定しようがない程悪化し、人々の避難が始まったとき、住民は2,3日で戻れるだろう、と言われたのです。
そのため住民はほとんど何も持たずに避難しました、必要な書類、お金、そして少しばかりの食料を持ってバスに乗ったのです。
ソ連国内においてさえ、当局の恥ずべき対応は厳しい批判にさらされました。
以来、ペレストロイカとグラスノチの改革で知られるゴルバチョフは、度々こう話すようになりました。
「チェルノブイリの事故もまた、ソビエト連邦崩壊の重要な要因になったと、私は信じています。」と。

25年という月日が経過しても尚、チェルノブイリの問題は『終わった』とは決して言えない状況にあります。
災害の結果、何人の人々が死に、そして今、何人の人々が亡くなろうとしているのか、その議論には終わりがありません。
国際原子力機関(IAEA)と世界保健機関(WHO)は、被曝によって、28人の緊急作業員が災害の直後死亡したと報告しています。
続く数年間には、高い線量の被曝をした20名前後の人々が様々な原因によって死亡しました。
さらに、IAEAとWHOは災害の結果、最大4,000人が癌によって死亡することを予想しています。

災害の生存者のサポートを行っている、ウクライナのチェルノブイリ・ユニオンは、何らかの形で除染・清掃業務に携わった人々のうち、140,000人がこの25年間に死亡したと言っています。ただし、そのうちの何割の人が放射線被曝の被害者であるかは、明確ではありません。
さらに、研究者はある種類の癌の発生が増加している事に加え、生存者の中にきわめて深刻に懸念すべき兆候が見られると言います。
ウクライナ政府は放射線の影響を受けた区域は、スイスの国土よりも広大だと話しています。

そして今、プラントの周囲半径30kmはほぼ無人の区域のままです。
そして、ショッキングな出来事がすぐに解消されるなんて事は、望むべくもありません。
チェルノブイリ、そして福島のような原子力災害においては、人間が尺度としているような時間のうちには、変化などは起きないのです。

今は、ごく限られた数の訪問者が短い時間、かなりの量の放射線を浴びる事を覚悟の上でなら、事故が起きたエリアに立ち入る事が許されています。
しかし科学者達は人、ここが再び人間が住める場所に戻るまでには何世代もかかるだろう、と話しています。

*動画は記事本文とほぼ同内容です。
この記事に関連した写真集を
http://edition.cnn.com/2011/WORLD/asiapcf/04/20/chernobyl.25.years/index.html
で見る事ができます。
また、グーグルの「画像検索」でと入力すれば(コピー&ペーストで大丈夫)、チェルノブイリのこどもたちの「今」を見る事ができます。
日本国内では、様々な「教授」や「先生」が福島第一原発の事故の影響について、自らの「予断」を披露しています。
ご紹介したような事実について、真摯に、客観的に検証を行った上での発言である事を願います。

 

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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