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【 第二次世界大戦を巡り、70年経っても非難の応酬をやめない日本・中国・韓国 】《後篇》

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所要時間 約 10分

8月の太平洋戦争終結70周年記念式典、外交的融和が期待されるが、失望しなければならない結果に?
第二次世界大戦終結70周年記念式典を韓国、中国、日本が歴史認識を共有できれば、融和により互いの発展が図れるはず

エコノミスト 2月7日

第二次世界大戦03
日本が連合国に降伏した8月15日は終戦記念日とされており、1945年以降10年ごとに歴代の首相が声明を発表してきました。

第二次世界大戦前の日本のアジア大陸における事歴を巡って、アジアでは絶えることなく論争が続いてきました。
安倍首相の政治顧問の中の何人かは、2015年の8月15日に公表される声明文について、安倍首相がこの機会を利用してこうした争いに終止符を打つことを願っています。

事実、歴代の首相による声明が後悔の念を表明して来ただけであるとする安倍首相は、前任者とは異なる内容の声明を発する姿勢を見せています。

安倍首相は『遺憾の意』を示すというよりは、戦後の日本人が国際社会における模範的な、善良な、国際的な感覚を持った市民であり続けたことに力点を置くことになるかもしれません。

こうした内容の声明であっても、東南アジアの中にはそれで良しとする国が数カ国は有るかもしれません。
なぜならこれらの国々は欧米列強の植民地からいったん大日本帝国の版図に組み入れられたことが、やがては独立につながっていったからであり、その分日本の過去についても寛容な態度を示してきました。

第二次世界大戦04
しかし中国や韓国はそうはいきません。
これらの国々では小学生のうちから、大日本帝国による支配がいかに残虐なものであったか、グラフィック素材を使って教えられます。

安倍首相が2013年12月に靖国神社を参拝しましたが、その国内で多大な犠牲者を出す原因を作った戦争犯罪人が、一般戦没者とともに祀られている神社に国家元首が参拝することは、中国政府韓国政府ともに許せない行為なのです。

さして両国政府は、安倍首相が戦前戦後の日本の侵略行為を過少に評価し、さらには大日本帝国の軍隊によって従軍慰安婦にさせられた女性たちを中小誹謗したとして批判を強めています。

特に従軍慰安婦の問題については、韓国内で不満と怒りがくすぶり続けています。
日本の占領下、従軍慰安婦として使役された女性たち数十名が、勇気を奮って名乗り出て当時の状況についての証言を行っていますが、高齢化によりその生存者数は年々減少を続けています。

日本側は従軍慰安婦の問題は、日韓両国が国交を正常化した1965年に、賠償問題も含めすでに解決済みであると主張しています。
事実、その時は日本がさらに深く謝罪をすることで、韓国側もさらに和解に踏み込むという合意寸前にまでこぎつけましたが、再び歴史認識の相違が問題となり、両国の関係は冷え切ったままになっています。
実際、 2カ国が関係を正常化したとき、日本は1965年に従軍慰安婦にすべてのその負債を清算したはずだと主張しています。
今年6月には日韓外交正常化条約の50回目の記念日を迎えることになりますが、その祝賀行事は形だけのものに終りそうです。

靖国01
▽ それぞれが、それぞれに日本批判を展開する

韓国にとって1945年と言う年は複雑な意味を持っています。
日本の支配が終わった一方で、別の悲劇が朝鮮半島を襲いました。
南北の分断です。

韓国のパクヨンヒ大統領は、再び南北朝鮮の統一を韓国の政治課題として掲げました。
しかしその一方では、中国の抗日戦争勝利記念式典に参加することにはためらいを見せています。
韓国は日本に対する外交的勝利を、単独で手にしたいと考えています。

ソウル市内にあるシンクタンク、アサン研究所所長のハーム・チャイ-ゴーン理事長がこう語りました。
「我々は日本人を非難するのに、中国の手助けは必要ありません。自分たちの問題は自分たちで解決する方が、より合理的な解決が得られるはずですから。」

日中紛争 2
韓国のパク大統領は、南北朝鮮会談に前向きであり準備も出来ていると語っていますが、時期を曖昧にしたまま、周囲をやきもきさせていますが、5月に行われるロシアの対ドイツ戦勝利式典への招待に応じることはなさそうです。

第二次世界大戦終結70周年記念式典を、韓国、中国、そして日本が歴史認識を共有することさえできれば、融和により互いの発展が図れるはずですが、今のところはさらに関係がこじれる原因を作りだすことにしかならないようです。

〈 完 〉

http://www.economist.com/news/asia/21642213-asia-memories-second-world-war-still-bring-more-recrimination-reconciliation-still?zid=306&ah=1b164dbd43b0cb27ba0d4c3b12a5e227
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「やれやれ、この3カ国には困ったものだ…融和を図り、互いに協力し合った方がそれぞれが得られる利益は大きいものになるだろうに…」
そんな声が行間から聞こえてきそうな記事です。
私もそう考える方の人間です。
「国民の命より、国のプライドの方が大切か?」
自虐史観などという言葉をことごとしく使って目を吊り上げるみなさん、そして隣国への敵意を植え付けるような教科書を作ってしまった中国韓国のみなさんには、21世紀の平和共存についてもっと合理的な思考を学んでほしいと思います。

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【 恐怖と栄光: ロイター写真報道の30年 】《1》

アメリカNBCニュース 2月13日

Reuter 1

数々の受賞経験のあるロイター通信のカメラマンたちが、写真提供事業開始30周年を祝い、これまでの業績を振り返りました。
ロイター通信のカメラマンたちは、天災や戦争、そして経済破綻の様子を象徴する出来ごとなど、世界で繰り広げられた人間の悲劇や劇的な出来ごとを撮影し続けました。

彼らはレンズを通して見えたスポーツ、文化、ショービジネスそして世界各国の政治指導者や経済界の大物の姿を世に伝え、その写真はその時々を象徴する画像として人々の記憶に刻まれることになったのです。

2003年4月9日、イラクの首都バグダッドでサダム・フセイン大統領の像が引き倒される瞬間を見つめる米海兵隊員。(写真上)

1992年4月5日、イラク・トルコの国境地帯で、一個のパンを巡って争うクルド人難民。(写真下・以下同じ)
[カメラマン自身の解説]
第一次湾岸戦争の後、約150万人のクルド人がサダム・フセインとその軍隊から逃げようとして、パニック状態に陥りました。
このうち約600,000人はトルコ領内に避難しましたが、その半分はイラクとの国境に近い山岳地帯に足止めされました。
私はヒッチハイクをしてクルド人に配給するためのパンを荷台一杯に積み込んだトラクターに同乗させてもらいました。そして雪に覆われた山岳地帯に停め置かれたクルド族難民のもと向かったのです。
トラクターは危険な泥だらけの道をゆっくりとしか進むことが出来ないため、繰り返し難民たちに襲われることになりました。
彼らは互いに争い、そしてトラクターの援助要員を押しのけパンを奪い取ろうとしました。
援助要員は難民たちを押しとどめようとしましたが、とても出来るものではありませんでした。
難民たちは完全に自暴自棄になっている様子でした。
Reuter 2
1985年5月29日ベルギー、ブリュッセルのヘイゼルスタジアムで、友人によって搬送される負傷したサッカー・ファン。
この日開催されたヨーロッパ・カップ、ユベントスとリバプールのプ決勝戦が試合開始前、双方のファンの間で暴力事件が発生しました。
騒ぎでスタジアムの壁が崩壊、 39人が死亡し600人が重軽傷を負う大事件になりました。
Reuter 3
1989年6月5日、北京の天安門広場で戦車の隊列の前に立ちはだかる男性。
REuter 4
2013年5月28日、、歩行者用のペデストリアンデッキ建設のため、トルコの首都イスタンブール市内中心部の木々が切り倒されること似たいし、多数の市民が抗議のため詰めかけました。
これに対し警察の機動隊が出動、市民に対し催涙ガスを使用した時の様子。
[カメラマン自身の解説]
トルコ政府はイスタンブール中心部にあるタクシム広場の一部を撤去する旨を公表したところ、この10年で最大の反政府抗議活動が発生することになったのです。
Reuter 5

 

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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