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【 2016年、読むべき本の筆頭にヒロシマの被爆者たちの物語がある 】《後篇》

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所要時間 約 8分

あまりにむごたらしいヒロシマの惨状、戦争を始める前にこの可能性を日本人は考えるべきだった…
原爆が投下されて以降、吐きそうになるほど悲惨な光景に何度も遭遇した…

クレイル・マグガイヤ・ギリース / ガーディアン 2016年1月6日

広島原爆ドーム03
この本を読んだところで第二次世界大戦(太平洋戦争)の全容がわかる訳ではありません。
あるいは教訓を伝える訳でもありません。
思い通りに物語を展開するために統計データを利用することもしません。

事実、ハーシーの文章は抑制された表現を用いて、ありのままを綴っているだけです。
その言葉遣いは極めて適切であり、単純でありながら洗練された表現を用い、しばしば読者の眼前に過酷過ぎる現実が臨場感を持って迫ってきます。

ある章では谷本牧師が重傷を負った人々を対岸の安全な場所に運ぶため、ボートを探すシーンが出てきます。
谷本牧師は岸辺で一艘の平底のボートを見つけました。
「そのあたりは地獄絵図そのものの様相を呈していました。ボートの周囲にはほとんど裸の、ひどく焼け焦げた5人の死体が転がっていました。
この5人はほとんど即死状態であったに違いありません。
死体の様子から見て、5人は力を合わせてボートを押し、川に漕ぎ出そうとしていたと思われました。」

平和祈念資料館02
谷本牧師は自分が何をしなければならないかすぐに理解し、それを実行に移しました。
彼は死体をそれ以上傷つけないように注意しながら、一体一体ボートからはぎ取るように移動させました。
しかし当然ながらそれは不気味な作業であり、思わず手を止めたくなる瞬間もありました。
彼は思わず大きな声で彼らに話しかけました。
「どうかこのボートを使わせてください。生き残った人を助けるためにどうしても必要なんです。」

原爆が投下された直後の広島では、こうしたシーンが無数に繰り広げられていました。

読み始めるとすぐ、読者は正体不明の爆発直後の洋装店の1人の未亡人と出会うことになります。

「中村さんが立ったまま自宅近くの光景を見守り続ける間、これまで見たことが無い程真っ白でまばゆい光がすべてを覆い尽くしました。異常を感じた彼女は反射的に子供たちがいる場所に行こうとしましたが、一歩足を踏み出した瞬間、何かが彼女を持ち上げ、隣の部屋の寝床の上に押し込むようにしてその体を運び上げたのです。」
(家族は全員生き残りました。)

広島・幼児
ハーシーのドキュメンタリーは現場の多種多様な感情を捉えています…パニック、悲嘆、絶望、復活、希望…それらが同じページの上で交錯します。
ドイツ・イエズス会のクラインゾルゲ神父はその時広島市郊外の浅野公園にいました。
彼はいくつもの死体をかき分け、まだ生きている負傷者のために飲み水を探していました。
神父が戻ってくると、そこには20人程の負傷した兵士が倒れていました。
「彼らの顔は無残に焼け爛れていました。その眼窩は空洞になっていました。彼らの眼球は溶け落ち、その頬の上にはドロドロになった物体があったのです。」

神父は傍らにあった草むらを見て、その茎を使ってストローを作ることを思いつきました。
それを使って口中が膿でいっぱいに膨らんだ男性が水を飲めるようにしたのです。
彼はどう見ても一晩はとてももたないだろうと思われました。

「その日以降、クラインゾルゲ神父は吐きそうになるほど悲惨な光景に何度も遭遇したことを覚えています。
尚公園内に留まりづけていた神父は次々に遭遇する無惨な光景に段々無感覚になっていきました。
神父は公園内の池の水面に60cmほどの大きな鯉の死体が浮かんでいるのを見つけ立ち止まりました。人々が飢餓にも苦しみ始めていた様子を見て、神父はそこにいた軽傷の男性とその鯉を食べても大丈夫かどうか話し合いました。しばらく考えた後で、2人は結局食べない方が賢明だという結論に落ち着きました。」

広島資料館
広島の物語には無数の最善と最悪の人間性の物語に満ちています。
そこには思いやりもある一方で、悲嘆と苦痛に満ちています。

私はいくつかの描写で気分が悪くなりましたが、一方ではクラインゾルゲ神父が畑にあったかぼちゃが原爆の熱線で食べるのにちょうどよい具合に焼き上がり、おかげでおいしい夕食にありついたなどという事実に驚くこともありました。
一方でこの本には結末らしい結末がほとんどなく、その点に少しばかり落胆している自分に気がつきました。

原爆投下の後、日本人はいったい何が起きたのか懸命に理解しようとしました。
ある人は怒り、そして別の多くの人々は突き放したようにこう語りました。
「これが戦争だ。こんなことが起きる可能性があることを、我々は予測すべきだったのだ。」

哲学的な意見もありました。
「この問題の肝心なところは、たとえ正当な目的を掲げてはいても太平洋戦争を推進した日本がそうであったように、総力戦という形が果たして妥当なのかどうかという点にある。
総力戦は物質的にも精神的にも国の中を最悪の形に変えていったのではないか?その結果は勝利によってもたらされるはずだった成果とは、およそかけ離れたものになった。この問いにはっきりと答えられる倫理学者は現れるだろうか?」

ヒロシマ
この著作の中でハーシー自身の考えが延べられることは無く、何を強調するわけでもありませんが、彼はこの物語の最後に、一人の幼い少年の被ばくした後の生活を詳述しています。
その少年はうまく立ち直ったように見えたようですが、それだけになおさら人間の一生というものがそこで止まることは無く人生は続くものだという事を、そして子供たちの成長とともに世界は平和になったのかという事を問いかけているように思います。
その事に思い当たるとき、そして原爆投下からすでに70年を経ているのに世界はほとんど変わっていないという事実は、今さらながら受け入れがたいものだと感じます。

この本に書かれている通り、原爆を投下された広島の話は歴史の授業で語られるべきものではありません。
そこにあるものはまさに人間の死、究極の破壊、それでも尚生き続けようとする人間についての記録です。
そしてそれはまたこの数十年間、私たちがずっと見続けてきたことでもあります。

1946年ハロルド・ロスはこう指摘しました。
「まさにこの世に地獄が現れたのだ…」

http://www.theguardian.com/books/2016/jan/05/hiroshima-by-john-hersey-survivors-stories-carry-weight-of-history

 

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