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【 闇が支配する場所 : 福島第一原子力発電所 】《第5回・最終回》

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所要時間 約 8分

特別報道 : 福島が上げている悲鳴 : 低賃金、深刻な危険、そして暴力団
信じられないほどに劣悪な、作業員の待遇 - どんぶり飯1杯とイワシの缶詰が半分、それが夕食…
他の場所では職を得ることが出来ない、だからと言ってこの扱いは許されるのか

アントニー・スロドコウスキー、斎藤まり、ケヴィン・クロリッキ、ソフィー・ナイト、クリス・メイヤー、長田よしゆき / ロイター通信 / アメリカNBCニュース
10月23日

▽ 除染・廃炉作業に募る不満

120913
福島第一原発周辺の市町村では、避難している住民たちの帰還がかなうよう、線量計を身に着けた何千人もの作業員が、産業用のホースを何本もつなぎ、掘削機械を操作し、民家の屋根や壁、道路などをこすり洗いし、地面の表面を削り取り、木の葉をかき集め、木の表皮をはぐなどの作業をして、環境中の放射線量を下げるための努力を続けています。

数百社に上る零細企業が、この除染作業を行うための契約を得ました。

7月の厚生労働省の報告によると、2013年上期、これらの企業の70%が労働関連法規に関する違反を行いました。
厚生労働省の福島県事務所は、除染作業に関連する567件の告発を受理し、10件について悪質であるとして警告を行いました。
しかし、処分を受けた会社はありませんでした。

警告を受けた会社のひとつがデンコー警備という会社です。
福島第一原発の事故の前、この会社は工事現場に警備員を派遣することを主な業務としていました。
デンコー警備は福島第一原発近くの田村町で、35人の労働者を管理していました。

ロイター通信が傍聴した5月の調停の席上、労働者は小さな宿舎の1部屋に5人が詰め込まれ、寝起きさせられたと不満を訴えました。
夕食はほとんどの場合、どんぶり飯一杯と少量の野菜、あるいは缶詰のイワシだけだと彼らは訴えました。

除染01
昨年12月には、凍結した道の上でスリップ事故を起こしけがをした作業員を病院に運ぼうとした運転手に、現場の監督がけがをした作業員のユニフォームを脱がせ、遠い場所にある病院に連れて行くよう命じました。
デンコー警備は労災保険に未加入で、事故の報告をしなくていいように、隠ぺいを謀ったのだと訴えました。

「私たちはすぐに現場に入り、ただちに作業行うように依頼されていたため、各種の手続きが後回しになってしまったのです。」
デンコー警備の役員はこう語って、作業員に謝罪しました。
後に作業員はそれぞれ60万円の補償金を受け取りました。
「結果論になりますが、作業現場に全くの素人を送り込んだために起きたという事故ではありません。」

ロイター通信が傍聴した調停の席上で、デンコー警備は労働環境に問題があったことは認めましたが、12月の事故については未だ調査中であると答えています。

この問題の解決にあたった労働組合の関係者は、デンコー警備のケースのような多数の労働者が関わる事例が解決を見たのは、珍しいと語っています。
多くの作業員は雇用主に借金をしていることになっており、雇用を打ち切られ、借金が返済不能になることを何よりも恐れており、そのため何事にも口を閉ざそうとする傾向があるのです。

NBC 4
「ブラックリストに自分の名前が載ることを恐れ、彼らは告発すること尻込みしているのです。」
かつては自身が福島第一原発で作業員として働き、いまは福島の作業員を守るための組合を運営している相沢みつお氏がこう話してくれました。
「彼らが他ではほとんど職を得る可能性を持っていないことを、忘れてはなりません。」

福島第一原発での体験は、林さんを活動家に変身させました。

2012年後半の福島第一原発における体験を記録したビデオをインターネットに投稿した後、彼は2度目の雇い主によって東京郊外の建設現場に配置換えになりました。
週刊誌が林さんに関する記事を掲載すると、会社の上司は彼に辞職するよう頼み込みました。
彼は東京に住まいを移し、労働基準監督署に告発を行いました。

その上で林さんは元俳優で、国会議員に選出された山本太郎氏の下で、ボランティアとして働きました。

NBC 3
「多数の下請け業者を使っている大手企業は、現場の作業員が職を失うことを恐れて、口をつぐみ続けるだろうと考えています。」
林さんがこう語りました。
「しかし、日本は永遠にこの問題を無視し続けることはできません。」

〈 完 〉

http://www.nbcnews.com/id/53370391/ns/business-oil_and_energy/t/special-report-help-wanted-fukushima-low-pay-high-risks-gangsters/#.Unhaq1NDFnU
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福島の作業員の方々に対する扱い、
「これが人間に対する扱いか?」と思うと同時に、「それが人間のする事か?」とも思います。

思い出すのは、第二次世界大戦(太平洋戦争)当時、前線、特に南太平洋諸島の日本軍の前線で起きていたことです。
飽くまで私が読んだ範囲の記録などを基にお話します。

玉砕という言葉が多用されますが、南太平洋の島々では数百、数千の日本軍の全滅が繰り返されました。
その中には、武器も弾薬も不足し、食糧も満足に確保できない中、
「生存者がいたのでは部隊のメンツが立たないから、お前ら全員死んでくれ。」
と言われた例もあったようです。
そのような死を強要される理不尽さ、それと似た状況が福島の現場にはある、そう感じました。

第二次世界大戦(太平洋戦争)について言えば、亡くなられて70年も経ってから『英霊』などという単なる美辞麗句を贈られるより、生きていた当時、無意味な死を強要されない状況を国を挙げて作る事の方が大切だったはずです。

同じ頃、1944年12月~1945年1月、ヨーロッパではドイツ軍の最後の反攻が開始され、英米を中心とする連合軍が窮地に陥ります。
混乱の中、アメリカ軍の101空挺師団がベルギー・ルクセンブルグにまたがるアルデンヌの森に孤立してしまいました。

当初大混乱に陥った連合軍は態勢を何とか建て直し、まず行なったのが、徹底した兵士の救出、救援、そして補給でした。
ベルギーの南方でドイツ国内への突入を準備していたパットン将軍率いる第3軍は、その成功を目前に控えていました。
しかし北部戦線の危機を見てドイツ国内侵攻目前の作戦を断念、悪天候の中各所で戦闘を繰り返しながら北上、友軍の救出に向かい、包囲されていた101師団を解放したのは有名なエピソードです。

私は徹底した非戦論者です。
特に日本という国の。
それは前線の兵士一人一人の命を、物と同じように扱った歴史を持っているからです。
兵士は故郷に戻れば父であり、夫であり、兄であり、弟であり、大切な家族です。
戦争といえどそれを無視してはならない、その考えを、米軍も、英軍も、ドイツ軍であってもプロの軍人たちは共通して持っていました。
組織を挙げて人間兵器を作り出し、玉砕の名の下に全滅作戦を繰り返したのは、日本だけです。
今それを、再び福島の現場で繰り返しているように思えてなりません。

福島第一原発の現場に今必要なのは、いったい何なのでしょうか?

 

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