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【 追悼 : デイヴ・ブルーベック 】 ジャズ・ピアニスト&作曲家

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所要時間 約 18分

アメリカNBCニュース 12月5日


ジャズ・ピアニストであり、作曲家のデイヴ・ブルーベックが91歳で亡くなりました。
『テイク・ファイヴ』に代表される彼の作品は、エキゾチックな曲調、そして変拍子ズムを積極的に取り入れ、発表される度リスナーの耳を釘づけにしました。

ブルーベックは12月5日水曜日、彼の息子ダリウスとともに心臓の診療予約に向かう途中心臓発作に見舞われ死亡したと、マネージャーのラッセル・グロイドが語りました。
グロイドによると、病院へ向かう途中、息子がブルーベックの様子がただならないことに気づき、その場で救急車を呼びましした。2人はそのまま担当医のもとに搬送されました。
「もう手の施しようがありません。」
医者はブルーベックの息子に告げました。

グロイドが最後にこうつけ加えました。
「彼は疲れているように見えました。ずいぶんと老け込んだ感じもしていました。でも、最後までユーモアのセンスを失うことはありませんでした。」

彼は翌日、92歳の誕生日を迎える予定でした。

ブルーベックは、第二次世界大戦以降のアメリカのジャズの歴史のあらゆる場面で活躍をしました。
1951年にデイヴ・ブルーベック・クァルテットを結成、1954年11月8日、モダンジャズ・ミュージシャンとして初めてタイム誌の表紙を飾りました。
彼は1950年代、60年代のクラブ・ジャズ時代、スイングしながらも、ゆったりとくゆらすような『スモーキー・リズム』の人気を決定づけました。

ジャズ史上屈指の名盤、ジャズのアルバムとしては史上初めて100万枚のセールスを記録した『タイム・アウト』は、2拍子、3拍子、4拍子といった伝統的リズムを使わない、8分の9拍子の『ブルーロンド』で始まります。
モーツァルトのモティーフをベースに、ピアノとサキソフォンが急調子のフレーズを紡ぎだすこの作品は、後半では4分の4拍子伝統的ジャズ・ミュージックとブルーベックの変拍子のビアノが渾然一体となります。
そしてこのアルバムには、あの名曲、4分の5拍子の『テイク・ファイヴ』が収められています。
この曲は単にデイヴ・ブルーベック・クァルテットの代表曲というだけでなく、1961年のビルボード・ヒットチャートのシングル部門のグランプリを獲得しました。

この曲はブルーベックの長年のパートナーとなったサキソフォン奏者のポール・デズモンドが作曲しました。
「私がそもそもの始めから目指していたものは、多調性音楽(異なった調を同時に重ねて用いること。現代音楽に好んで用いられる。多調)、そして多拍子音楽でした。それなら音楽の限界はありませんから。」
1995年、ブルーベックがAP通信にこう語っています。
「そうした音楽への挑戦は、1940年代に始めていました。そして今も続いています。多調性と多拍子の組み合わせによりどんな音楽を作り出す事が可能か、その挑戦は今でも続いています。」

第二次世界大戦における従軍の後、ブルーベックはカリフォルニア州オークランドのミルズ・カレッジを卒業し、ブルーベックはアルト・サックスのポール・デズモンド、テノールのデイブ・バン・クライド、ドラムスのカル・ジェイダー、そしてクラリネット奏者のビル・スミスとともにオクテットを結成しました。
このグループはブルーベックのオリジナル曲と多の作曲家のスタンダード・ナンバーを演奏していましたが、初期の変拍子の実験的作品も取り上げていました。
彼らのデビュー作となるアルバム『デイヴ・ブルーベック・オクテット』の録音が行われたのは、1946年の事でした。

グループは一人減り、クァルテットになり、主に大学やカレッジで演奏活動を続けていました。
デイヴ・ブルーベック・クァルテットとしてのアルバム『オーバーリンのジャズ』は1953年、オハイオのオーバーリン・カレッジでの演奏を収録したライヴ・アルバムです。

10年後ブルーベックとデズモンドは、ドラムスにジョー・モレロ、ベースにユージン・ライトを迎え、傑作『タイムアウト』」を世に送り出しました。


近年は、ブルーベックはオペラ、バレエ、そしてボストン交響楽団のための現代音楽作品の作曲も行いました。

1988年には、当時の大統領ロナルド・レーガンが、モスクワでソビエト連邦のミハイル・ゴルバチョフ首相を招いて開催した晩餐会で、ゴルバチョフ首相のために演奏しました。

「私はロシア語は解しませんが、ボディーランゲージならわかりますよ。」
ゴルバチョフ首相が彼の足を軽くたたいて賛辞を贈った後、ブルーベックがこう語りました。

1980年代後期には、ブルーベックは8部構成のテレビのスペシャル番組『これがアメリカだよ、チャーリー・ブラウン』のための作曲も行いました。

彼が作曲したのは、NASAと宇宙ステーションに関するエピソードの音楽でした。
彼は3人の息子とともに演奏を行ったようです。
クリスはバス・トロンボーンとベース、ダンがドラムス、そしてマシューがチェロを。
そしてミサ曲『希望!祝福を捧げよう』、そしてオラトリオ『荒野を照らすひとすじの光』のためには、大勢のプロの音楽家を招いて録音が行われました。
しかし作曲はしたものの、『クワイエット・アズ・ザ・ムーン(月のような静けさ)』の録音は行われませんでした。

1992年、ブルーベックはAP通信にこう語っています。
「それこそが音楽の神髄とも言うべきものです。バッハの神聖なコラールの主題のメロディーを、自由にアレンジしました。テーマのメロディーを何からとってもあまり関係はありません、アレンジこそがジャズの真骨頂なのですから。」

2006年、ノートルダム大学はブルーベックに、『その才能が芸術や科学の品位を高め、教会が理想とするところを現実のものとし、人間社会の価値を高めることに貢献した』カトリック教徒に与えられるラエターレ・メダルを授与しました。(ラエターレはラテン語で「楽しむ」を意味する動詞)


2009年に88歳を迎えたブルーベックは、受けた手術で感染症を起こし、4月に予定していた母校、パシフィック総合大学での公演こそキャンセルしましたが、尚もツアー公演を続けていました。
6月にはすでにシカゴでの公演を行っていたブルーベックに対し、地元の新聞シカゴ・トリビューンは
「ブルーベックは、ショパンのピアノ曲に通じる高い叙情性を、ピアノから引き出すことに成功している。」
と高く評価しました。

2009年後半、ケネディ・センターでの式典で彼が名誉賞の受賞者であると発表されたとき、より多くの称賛が寄せられました。
この知らせをもし亡くなった母が聞いたなら、さぞかし喜んでくれたのに、とブルーベックがAP通信に話しました。彼の母、エリザベス・アイビー・ブルーベックはクラシック・ピアニストであり、末の息子がジャズにのめり込んでいく様子を見て、いたく失望していました。
もっとも、幸いなことに、母親は彼が音楽家として大成したことを見届けることが出来ました。

1920年12月6日にカリフォルニア州コンコードで生まれたブルーベックは、父の後を継ぎ牧場主になると見られていました。
彼自身は1938年にパシフィック医科大学(現在は総合大学)に入学して獣医学を専攻、卒業後は家族経営する45,000エーカー(約18,000ヘクタール)の大牧場に戻るつもりでした。


しかし、1年も経たぬうちブルーベックは音楽にのめり込んでいきました。
彼は1942年に大学を卒業すると、徴兵され、ジョージ・パットン将軍のもとに配属となりました。
彼はウォルフパック・バンドという名の軍楽隊に編入されましたが、このバンドはアメリカ軍唯一の白人黒人混成の軍楽隊でした。
ケン・バーンズ監督が収録し、PBSが放送したドキュメンタリー・シリーズ『ジャズ』の中で、ブルーベックは軍隊で白人黒人の混成バンドで演奏した経験について語りました。
除隊後彼が見たものは、テキサスでバンドの仲間が、黒人だという理由でレストランへの入店を拒否されるシーンでした。

ブルーベックと妻のアイオラとの間には4人の息子、そして一人娘がいました。
トロンボーンと電気的なバスの上でクリスはトロンボーンとエレキ・ベース、ダンはドラムス、ダライアスはキーボード、そしてマシューがチェロを担当し、2000年12月、ブルーベックの誕生祝コンサートでロンドン交響楽団と共演しました。
「私たち兄弟、そして親子に断絶などと言うものはありませんでした。」と、クリス・ブルーベックは父が元気だった当時、一緒に演奏した際、彼の前でこう語ったことがあります。
「私たちが互いを理解し合うために、音楽以上のものはありませんでしたし、断絶もありませんでした。私たちがいるところ、常に音楽があったからです。」

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ブルーベックは音楽界の伝説の巨人でしたが、本人の頭にはそんな意識はありませんでした。
ミシガン州イプシランティにあるWEMU-ウェミューFMの音楽監督であるリンダ・ヨーンは、2度ブルーベックと仕事をしたことがあるが、彼は思慮深く分別に富んだ、親切な人間であったとNBC Newsに話しました。
「デイブはくつろいだ雰囲気を持った、とても話しやすい人でした。」
彼女は2004年のイベントでブルーベックと一緒に仕事をした際の経験について語りました。
「学生たち、そして地域の人々が大きな行列を作り、次々と彼に質問を浴びせかけました。彼は一人一人質問に丁寧に、しかも上機嫌で応えていました。」

4年連続で『ジャズ・ウィーク』が選ぶ、ジャズ番組年間最優秀企画者に選ばれたヨーンは、ブルーベックの死が、彼女の放送局の視聴者を痛く悲しませることになったと語りました。
「私たちの音楽の世界に、大きな穴が開いたように感じました。」
彼女がNBCニュースにこう語りました。
「ブルーベックの誠実さ、高潔な魂、活力、知性、そして広い心。これらすべてが人間同士の壁を取り払うための糧となり、時代を超え、人種を問わず、文化の違いを乗り越えて、その音楽が愛されることにつながりました。」

ブルーベックは、4人の息子、1人の娘、孫と曾孫に看取られながら、この世を去っていきました。

ブルーベックが最近新しいピアノ・アルバムの制作を考えていたと、グロイドがNBCニュースに語りました。

http://todayentertainment.today.com/_news/2012/12/05/15701700-dave-brubeck-jazz-great-dead-at-91?liteリンク・コード
http://www.cbsnews.com/8301-207_162-57557294/dave-brubeck-jazz-composer-and-pianist-dies/
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本来この原稿はブルーベック氏が亡くなった翌日に掲載するつもりで翻訳をしていましたが、途中でバッシャール・アサドやイシハラなど、絶対に友人にはしたくない類いの人間の記事を先に掲載せざるを得なかったため、とうとう一週間掲載がのびてしまいました。
ですから『訃報』のはずだったのが、『追悼』になってしまいました。

私自身はジャズに造詣が深い訳でも何でもありませんが、ブルーベックのピアノの本来の演奏スタイルそのものは、同時代のバド・パウエルやホレス・シルバーなどのビーバップ・スタイルとは一線を画した、ジョン・コルトレーンのバックをつとめていた頃のマッコイ・タイナーに通じる、リリシズムに溢れたものだと思っています。
ビル・エヴァンスのロマンチシズムとも違い、パッセージが早く、音符の数も多めながら、繊細な詩情を感じます。

この記事の中でそのリリシズムについてショパンが引き合いに出されていますが、私はショパンのどちらかと言えば女性的で直線的な熱情と、ブルーベックのリリシズムは違うと思います。
例えるなら、ロベール・カザドシュの演奏するモーツァルトの方が近いと思うのですが、人の感じ方はそれぞれ、細かな詮索はこの辺にしましょう。

心ゆくまで楽しめる音楽さえあれば幸せな気分になれる、それが音楽というものですから。

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【 地上の楽園に押し寄せる、3.11の厄介者たち 】

アメリカNBCニュース 12月10日

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約2年前に発生した日本の津波が作り出した大量のがれきその他が、アメリカの海岸に次々打ちあげられています。
先月この番組では、世界屈指の美しさを誇るハワイの海岸が、今や世界で最も汚れた海岸に変わりつつある様子をお伝えしました(記事下の11月28日付のビデオ)。
今夜は同じ場所から、水に浮くというその性質により、プラスチックが海浜の野生生物を脅かしている様子、やがては私たち人間にまで影響を及ぼしかねない問題について、お伝えします。

リポーター:ハワイ諸島で生息する海鳥たちに生命の危険が迫っています。
くちばしの長い水鳥はイカ、魚とオキアミなどをエサにしていますが、捕食の際、プラスチックも一緒に飲み込む例が後を絶ちません。
このアホウドリ科の海鳥の死がいの胃の中には、ご覧の通りこれだけのプラスチックが貯まっていました。
この様子から、現在水鳥たちがエサを採っている場所がどのような状態なのか、そして他の水鳥たちも同様の事態に陥っているだろうことを、看て取ることが出来ます。

リポーター:ハワイ諸島の大きな島々では、こうした浮遊ゴミは簡単に見つかります。絶滅危惧種のモンクアザラシが生息する同じ砂浜には、浮遊ゴミと津波による破壊の後の残骸が大量に打ちあげられています。
これから数か月に渡りこうしたゴミが大量に打ち上げられることになりますが、海洋科学者は海の上を漂っている段階で、すでにきわめて深刻な問題を作り出していると語ります。
野生生物が暮らし、エサを採っている海上を漂うゴミの山からは、漁網のようなものも大量に見つかっています。
この海洋科学者は、プラスチックの小片を飲みこんだ小さな魚が、次にマグロや鮭に捕食されることになると指摘しました。
「人間は海中の食物連鎖について、懸念しなければならなくなるでしょう。なぜならその頂点には私たち人間がいるからです。」

リポーター: 海洋化学者ヘンリー・カーソンはハワイ大学で、この問題について研究しています。
ヘンリー・カーソン「最も危険かつ影響の大きい問題は、プラスチックがより細かく砕かれていくことです。私たちはフィルター・フィーダー(ヒゲクジラのように水を大量に飲み込み、餌をヒゲで濾して食べる動物)が、その過程でプラスチックの小片をさらに細かく砕いていることを確認しています。」

リポーター:アメリカ食品医薬品局(FDA)は、魚がプラスチックの小片を飲みこんでいる事実は確認しているが、市場に出回っている魚介類からこの点に関する安全上の問題報告はまだ無い、と語っています。
しかし別の立場の人々は、この問題が地上の楽園の破壊の予兆となることを恐れています。
それ程の被害が発生するのかどうか、それはこれからの問題です。
ミゲル・アルマゲア、アメリカNBCニュース、ハワイ。

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http://www.msnbc.msn.com/id/3032619/ns/NBCNightlyNews/#50152559

 

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