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【 福島第一原発事故と深刻な疾病との因果関係を、法廷で証明できるか?! 米国海軍兵士 】《後篇》

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所要時間 約 13分

乗組員たちの被ばく線量は東京電力が公表した値の30倍という高さ
高熱、リンパ節の腫れ、筋肉のけいれん、そして車いすに縛りつけられてしまった人生
「健康だった自分を取り戻したい!普通の生活に戻りたい…」白血病を発症した少年

スーザン・ゴールデンバーグ / サンディエゴ / ガーディアン
2014年8月20日

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▽ 放射能雲

マグニチュード9.0の地震が高さ14メートルの津波を誘発、その津波が日本に襲いかかった直後、米海軍はすぐに日本における救援活動の拠点とするべく、航空母艦USSロナルド・レーガンを乗組員ともども動員しました。
日本沿岸に接近すると、レーガンは放射能雲に包まれました。

指揮官は船を沿岸から遠ざける回避行動を取り、乗組員に対しては船内の水を飲むこと、そしてシャワーの使用を禁止しました。
そして甲板に出ないで、可能な限り艦内に留まるよう命令しました。

その時スティーヴ・シモンズ中尉は、肉体的に限界に近い状態にありました。
彼は空母レーガンの艦内で非番の時間を使い、狂気じみたP90X肉体トレーニングを行っていました。
彼は始めのうち、放射線による危険は無いという上官の説明をうのみにしていたと語りました。
「今思えば私はバカだったというほかありません。私は『上官の命令には絶対服従』というモードに入っていたのです。そして放射能による脅威は無いと語った上官たちが状況を正確に把握していると信じて疑わなかったのです。」
シモンズ中尉がこう語りました。
「私たちが乗っていた空母レーガンの艦上における放射線量の計測値が、実は東京電力が公表した値の30倍であったという事を知ったのは、たった2ヵ月前の事です。」

米軍32
シモンズ中尉は現在36歳ですが、2011年後半に妻と3人の子供たちと一緒にアメリカに戻りましたが、ヴァージニア州北部の郊外にある職場に車で向かう途中、突然意識を失いました。

この時の症状は高熱、リンパ節の腫れ、そして筋肉のけいれんを伴っていました。
しかしこれは彼の健康が本格的に失われていく過程の始まりに過ぎなかったのです。
そして海軍を退役せざるを得なくなった先月までに、彼は車いすに縛り付けられる体になってしまいました。
軍の病院の医師たちは悪化し続ける彼の症状に追いつくことが出来ずにいると、シモンズが語りました。
しかし彼と妻のサマーは、原因は放射線被ばくだと確信しています。

「起きてしまった事実を変えてしまうことなど誰にもできません。しかし被害を受けた人々を救済するためのシステムを作ることならできるはずです。」
シモンズがこう語りました。
「多くの海兵隊員と海軍兵士が病気になってしまいましたが、彼らは未だ若いのです。将校ではない彼らには、退役後10年間の補償特権はありません。彼らはまた別の官僚機構の壁と戦わなければなりません。医療費援助の権利を勝ち取るために。」

陸上においてもジャクソンやマイク・セバーンのような厚木基地の航空機の整備班も救援活動に動員されました。

2011年4月上旬、セバーンは航空機の機体の放射能汚染を除去する任務を命じられ、携帯用の放射線測定装置、放射線防護服と防護マスクを支給されました。
具体的任務は救援活動を行うため、津波の被災地と基地との間を行き来するヘリコプターの除染作業でした。
「私は地上にいて、毎日環境中の放射線量を測定していました。」
そして任務に就いていた時点では、健康上の問題は何も発生しなかったと語りました。

米軍 9
2011年5月、彼の8才の息子キミ(昨年4月に翻訳してご紹介した『実録『トモダチ』作戦・第4部「放射能汚染」汚染されてしまった人生』http://kobajun.biz/?p=10432ではカイ)君が、原因不明の体調不良に陥りました。
嘔吐の発作が止まらなくなり、鼻血の出血も深刻で、約1カ月間学校を休まなければなりませんでした。
「息子は何度も何度も毎日嘔吐を繰り返し、その症状を止める手立てはありませんでした。少ない時で1日1回、時には1日2回嘔吐しました。」
「息子の体に起きている異変については原因が全く不明であり、心配で居ても立っても居られない思いでした。」

そして2012年12月に海軍を退役するころには、セバーン自身の体にも異変が現れ始めたのです。
まず最初にPTSDと診断されました。
そして右腕と右足が、左側と比べ見た目も筋力も極端に低下する説明不能の症状が彼を襲ったのです。

セバーンはこの特異な症状が福島第一原発の事故と無関係である可能性がある事も認めています。
しかし症状が現れ始めたタイミングを見ても、事故との関係を疑わないわけにはいかないと彼は言います。

米軍23
「私が心配しているのはこれから10年、15年という長い間に起きることです。私の体は放射線障害に徐々に蝕まれていくのでしょうか…それともガンを発症するのでしょうか…そして、息子にガン発症の危険性は無いのでしょうか?私は絶対にどれも現実にならないことを願っています。しかし、これから私たちを待ち受ける現実はどのようなものなのでしょう?」
そしてセバーンがこう続けました。
「最悪の場合、私は介護されなければ生きていけない人間になってしまうのでしょうか?」

しかし海兵隊員と海軍兵士の前途には大きな困難が待ち受けています。

外部の専門家による検証もおこなわれた米国議会の指示により実施された海軍医学調査の結果は、航空母艦ロナルド・レーガンの乗組員と日本国内の米軍基地の職員は、ガン発症の危険性が高まったり各種の疾病の発症原因となる程高い放射線被ばくはしていないと結論しました。

「空母ロナルド・レーガンの乗組員が放射線誘発性の各種疾病の発症を多発させる程の量の放射線被ばくをしたという客観的証拠は、従事した作戦の全期間を通じてありませんでした。」
調査報告書はこう述べています。
「それぞれの個人の被ばく線量は充分に低いものに留まっており、医学衛生上好ましくない環境にいる人間の疾病発症率を下回っています。」
今回この記事を書くに当たり、ガーディアンは独立した2人の専門家にこの調査結果を検証してもらいましたが、2人ともその内容は妥当なものであるとしています。

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ジョンズ・ホプキンス大学の環境保健科学教授であり、ボルティモア市の放射線テロリズムに関する専門家会議のメンバーであるジョナサン・リンクスは、空母ロナルド・レーガンの乗組員の平均被ばく線量の8ミリレム(mrem)という値は、最新の機器を使用した胸部レントゲン撮影の8回分に相当する量であると語りました。
「参考までに申し上げれば、ボルチモアで暮らす我々全員は1年あたり300mrem以上の環境中の放射線に被曝しています。」
リンクス教授は電子メールでこのように伝えてきました。
そしてガンの発症・進行と発がん物質への接触との間には、アメリカ海軍の兵士たちが経験した以上の長い経過期間が存在する - 白血病の場合は5年程度 – という事実を併せて指摘しました。

これに対し、英国サリー大学の核物理学者で、英国政府の核実験の被害者のアドバイザーを務めるパディ・リーガン教授は、海兵隊員、海軍兵士の主張に極めて同情的です。

何名かの症状が福島第一原発の放出した放射線に起因することは明らかである、教授はこう語りました。

しかしUSSレーガンの海軍兵士のガンの発症事例数は、それ自体では福島第一原発が放出した放射線をどのくらい被ばくすれば危険かという数値を明らかにするものではありません。
「海軍の兵士全員が同程度の量の放射能にさらされた上で、この被ばく線量を超えると明らかにガンの発症率が高くなるというしきい値をまず見つけ出さなければなりません。その上で実際にガンの発症がしきい値を超えた場合に多発することを確認できれば、初めて有意な値を確認することが出来るのです。この場合、実際にガンを発症した人数が1人や2人では、数値を特定することは不可能です。」

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しかし今回訴訟に踏み切った海軍の兵士と海兵隊員たちは、長く難しい戦いになることは覚悟していると語りました。

しかし冒頭でご紹介した父親と家族がアメリカ軍横須賀基地に勤務していたダライアスがまず望むことは、発症してしまった白血病が治ること、そして再び普通の生活を送れるようになることです。
白血病の治療は続いており、彼は友人たちと時間を過ごす代わりに病院のベッドに縛りつけられています。
「ハイスクールにもどって好きなスポーツを再開できるように、私は病気を早く治してしまいたいのです。」
「こんな病院での治療生活は時間を早送りして、次の大学での4年間、やりたいスポーツをすべて存分にできるようになりたい、願う事はそれだけです。」

〈 完 〉

http://www.theguardian.com/environment/2014/aug/20/us-navy-sailors-legal-challenge-fukushima-radiation-tepco
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現在の日本政府はゲンパツのメリットばかりを強調しますが、
事故を起こせばこれほど広範囲にわたり、多数の人々の人生をめちゃめちゃにしてしまう『産業設備』が他にあるか?
という事をこの記事は言っていると思います。
福島第一原発の事故は何よりその事を証明したと思います。

現在九州電力・川内原発の再稼働において、その事故発生の際の住民の避難誘導が問題になっています。
しかし本当の問題は、避難した後の人々の生活がどうなるのか?という事ではないでしょうか。

明日30日(土)は掲載をお休みします。
よろしくお願いいたします。

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【 パナマ運河建設史 】《1》

アメリカNBCニュース 8月15日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

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2014年8月15日、パナマ運河が開通100周年を迎えました。
100年前のこの日、48マイル(約77キロ)の水路が大西洋と太平洋をつないだのです。

1888年の、タベミャのパナマ運河建設現場で稼働中の掘削機のスケッチ。(写真上)
パナマを横断して建設された船舶用運河は国際貿易を劇的に変えました。
輸送船舶はわざさわざ南アメリカの端まで行く必要が無くなり、大西洋から太平洋へ入る時間は劇的に短くなりました。
しかし数十年という長い期間、建設現場に投入された延べ30,000人の労働者はマラリアや黄熱病により、その多くの命が奪われたのです。
1906年11月、蒸気ショベルの試験運転に立ち合うアメリカのセオドア・ルーズベルト米大統領。(写真下・以下同じ)
彼はパナマ運河建設プロジェクトを積極的に推進した大統領でした。
巨大運河にかける彼の情熱は、現在のパナマの地を1903年にコロンビアから独立させることになりました。
そして条約の調印により『運河地帯』は実質的にアメリカ合衆国の管理地になったのです。
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1907年頃大西洋側で厚さ2メートル40センチ、高さ3メートル60センチ、長さ220キロの壁を建設するため、コンクリートを平型バケツに入れる労働者。
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1909年、建設に従事するスペイン人労働者。
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マラリアと黄熱病を媒介する蚊を退治するため、殺虫剤を噴霧する労働者。
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1910年、パナマ運河に3基設けられた関門の内のひとつを建設する労働者。
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