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【 日本女性、必死の保育所さがし 】

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所要時間 約 12分

身重の体を引きずるようにして、保育所探しを強いられる現実

田淵弘子 / ニューヨークタイムズ 2月26日

NYT March
一昔前、『オフィス・レディ』と呼ばれていた頃の日本の職場で働く女性たちは、来客をもてなすためのお茶出しを専門にさせられ、とても管理職に手が届く存在ではありませんでした。
奥山あやかさんは、その時の名残が未だにある日本の社会で、もうすぐ管理職への道が開けそうだというタイミングで、やっと妊娠することが出来たのです。

すべてを手に入れる」ことなど最初からあきらめているアメリカの女性と比べ、スタート時点から奥山さんには絶対的優位がありました。
日本政府は日本全国に何千、何万か所もある保育所を通して、子を持つ親に所得水準に応じて補助金を支給しています。
そして保育所で働く教諭は、2年間の育児のための専門教育を受けた後、厳しい審査を経て採用されているのです。

しかし一方では、水準の高い保育所の運営と、働く女性の増加による施設数の不足は、ちょっと見には解決が困難な問題を生み出すことになりました。
日本では大学卒業後職を得るため悪名高い、精神的苦痛に満ちた就職活動を強いられますが、それを短くした『就活』という言葉が使われています。
しかし保育所は子供の面倒をしっかりと見てくれる代わり、自分の子を受けて入れてくれる保育所探しにつきまとう精神的苦痛は就活を上回り、追いつめられた女性たちは一年に一回行われる入所審査に向けた自分たちの懸命の努力を、『保活』の言葉をもって表現するようになりました。

今や奥村さんは、その保育所入所活動のために消耗しきったベテランになりました。

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妊娠して数か月、だいぶ彼女のおなかも大きくなり、母親となるべき準備に入った30歳になった彼女を待ち受けていたのは、まさにその『保活』でした。
重い足を引きずって保育所から保育所へ、公立もあれば民間もある、仕事を離れていたわずかな時間のすべてを注ぎ込みました。それもこれも、時には200以上の名前が書き込まれている保育所のウェイティング・リストに自分の名前を書き込むためでした。

幸いに彼女は昨年の後半、『あやね』と名づけた女の子を無事出産しました。
しかしそれまでに彼女が訪れた保育所の軒数は、実に44に上ったのです。
最後に訪れるつもりだった保育所の訪問予定日は、まさに出産の当日でした。
陣痛が始まり、この訪問ばかりは取り消さざるを得ませんでした。

「もう、気が狂いそうになりました。」
ある日、2つの高層ビルに挟まれるようにして立つ保育所から出てきた彼女はこう語りました。
「自分の子を預かってくれる保育所を見つけ出すことが、どうしてこんなに難しくなければならないのでしょうか?」

急速に高齢化が進む日本では、そのような出口の見えない心配に責めさいなまれるのは、若い親たちに限った事ではありません。
政府官僚の一部には、こうした保育所の不足を危機的状況と捉え、若く教育レベルの高い女性たちが働く場から遠ざけられ、結果として国内の消費に貢献できるはずの彼女たちの収入が低下し、ただでさえデフレが進行する日本経済に悪影響を及ぼす可能性があると考えるようになっています。

しかしさらに憂慮すべき事態があります、新たなる人生の始まりの欠如…
もしも利用できる公立の保育園の数がもっと多ければ、出生率が世界最低にまで落ち込む原因を作った女性たちの意識、子供を育てるのは一人が限界、あるいは子供を持つのは無理という考えを変えさせ、女性たちに子供を2人以上生む決心をさせられたかもしれません。

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しかし公的負債が国の経済規模の2倍にまで膨らみ、公共の支出が増え続ける高齢者向けに集中している日本において、保育所の問題は早々には解決することは無いでしょう。

ここ数年続いているめまぐるしい政権交代も、事態を悪化させることになりました。
この5年間で低迷する出生率の問題に取り組むべき大臣は、13人も交代したのです

女性の権利を守るための団体の関係者が、この問題を作り出している根本的要因は2つあると指摘しました。

女性たちに不利になる統計学上の新たな手法、そして専業主婦は社会に貢献していないという偏見です。

この記事をまとめるためにインタビューに応じてくれた数多くの女性同様、奥村さんは生まれてくる子供のための保育所探しを一人でやらなければなりませんでした。
日本の父親たちには、子育てのための方法を見つけるのは母親の責任であるという観念が強いためです。

「私は夫にこう言われたのです。子供を保育所に預けなければならない程、君は仕事が大切なのか?なぜそんなに自分中心に物事を考えるのか?」
東京の製薬会社で働いている斎藤まり子さんがこう語りました。
彼女は今、もっと長時間子供の面倒を見てくれる保育所を探しています。
「別に私は自分のために働いているわけではないのです。私は家族を支えるために働いているのです。その点、夫と変わるところは無いはずです。」
第二次世界大戦後、日本は当時としては最新の保育所制度を立ち上げました。
当時この制度を考案した官僚たちは、利用者は母子家庭のような、他に子供を預ける手段を持たない人々の利用を想定していました。
確かに当時はそれで十分だった、専門家が語りました。
特に「サラリーマン」である夫の給料だけで、家族全員が過不足なく生活できた当時なら…

やがて1990年代初頭、日本では「バブル経済」がはじけ、若い人たちは給料の高い、安定した仕事を見つけることが非常に困難な状況に追い込まれました。
家計の不足を補おうと女性たちは様々な分野に進出し始めましたが、始めのうちは子育てができなくなるような、そこまでの仕事を望んだわけではありませんでした。

しかし、多くのアメリカの女性たちとは異なり、両親が子育てを手伝ってくれない限り、彼女たちの選択肢は限られて者でしかありませんでした。
通常、他人を家の中に入れることが少ない日本では、ベビーシッターなどを家に迎え入れることには、ほとんどの若い人たちが抵抗感を持っています。
まして入国管理が厳しい日本では、外国人のベビーシッターなど稀にしか見ることはできません。

畢竟、女性たちは政府からの補助金を利用できる認可済み保育所に向かうことになりました。その結果日本全国の25,000か所を超える保育所で、長いウェイティング・リストを抱え込むことになったのです。
政府の試算によれば、全国の各種保育所のウェイティング・リストに記載されているすべての数を合わせると、何十万という数に上り、たくさんの家族が入所を諦めなければならない状況にあります。

結局多くの家庭が私立の無認可保育所を頼らざるを得なくなりますが、公立と比較すると、保育内容が見劣りする割には、利用料金は2倍ほどになるというのが現状です。
しかし日本の都市部では、それでさえ募集定員以上の申し込みがあります。

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中には子供を公立の保育所に入れることを熱望するあまり、生活そのものを変えてしまう家庭も出てきました。保育所のウェイティング・リストが一番短いことで知られている場所に移転するのです。

奥村さんの『保活』は、訪問した保育所の軒数こそ少々多めでしたが、予想されていた通りの経緯をたどりました。

まず第一に彼女がしたことは、居住する市町村に入所の申し込みをすることでした。市町村は助成金付の保育機会が平等になるよう、点数制による評価システムを採用しています。

奥村さんは夫婦ともにフルタイムの仕事に従事しているため、基礎点数は満点の40点を獲得しました。
母子家庭、父子家庭のように片方しか親がいない家庭や、特別養護が必要な子供にはさらに特別点数が加算されますが、少なくとも奥山家は減点は免れました。
一方、あやねちゃんの面倒を見ることが出来る両親が近所にいることは、減点対象です。
しかし奥村さんが暮らす品川区の担当職員は、公立の保育所に入所できる可能性は極めて低いと語りました。

こうして奥村さんの市立保育園めぐりが始まりました。
脱ぎ散らかされた小さな靴でいっぱいの入り口を入り、昼寝用の布団が積み重ねられ、子供たちでいっぱいの部屋を次から次へと訪ねて回ったのです。
彼女の計画では、もし公立保育園へ入所できなかった場合は、これらの私立保育所のどこかにわが子を入所させるつもりでした。
こうして彼女は、公的補助が得られる保育所入所を切望し、年ごとに行われる抽選の場で運よくわが子の居場所を確保したいと願う母親たちの列に加わったのです。

しかし今度は別の心配が、徐々に頭をもたげてきました。
私立の保育所の「新学期」は4月に始まります。まさにそのタイミングで、公立保育園の入所当選者が発表されるのです。
彼女は苦痛を伴う選択を迫られることになりました。

もし彼女が幸運にも保育所入所の権利を手に入れた場合は、1年間の出産・育児休暇を8か月で切り上げ、生後4か月であやねちゃんの育児をあきらめ、保育所に預けて職場復帰をしなければなりません。
育児休暇を翌年の4月まで延長したら、今度は会計会社の職を失う事をし心配しなければなくなります。

彼女は出産のタイミングを4月の直後に設定しなかったことで、自分を責めました。このタイミングでの出産は、保育所にできるだけ苦労せずに子供を入所させるための戦略として、インターネットのサイトでみんなが推薦していたものでした。

日本の安倍新首相は保育所の増設を公約しました。
しかし増え続ける高齢者は政治的にも力を持っており、果たしてどれだけの政策が新しい命のために実現されるか、明らかではありません。
日本の福祉予算の実に70%が65歳以上の高齢者のために費やされる一方、子供たちとその家庭のために使われるのは4%未満である事を、政府委嘱の調査機関が明らかにしました。

「すっかり悪循環に陥ってしまっています。」
これまでいくつも保育所を設立してきた駒崎弘子さんが語りました。
「私たちは将来の世代のために投資していないのです。高齢化社会は自らが招きだしたものなのです。」

今何に優先的に取り組まなければならないか、それは東京世田谷の区議会で示された、日本で最長の保育所待機リストによっても明らかです。

大人用のオムツ配布に関する議論が延々と続き、いい加減みんなが消耗した後でなければ、保育所の問題は議論されません。
結局何の具体策も取られることは無く、傍聴していた母親たちを失望させました。
疲れ切った奥村さんにも幸運が舞い込みました。
最終的に、公立の保育所への入所許可通知が、彼女の手元に届いたのです。

しかし現在彼女はその権利を行使するかどうか、決断できずにいます。

「私は少しでも長く、娘のそばに居てあげたいのです。」
彼女が話しました。
「次から次へと心配ごとばかり増えつづけ、もう疲れ切ってしまいました…」

 

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