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【 日本の六ヶ所村再処理工場、脅かされる日本の原子力関連施設 】〈4〉

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所要時間 約 9分

原子力発電に対する国民の抵抗の拡大を恐れ、問題の所在を隠し続けた日本
福島第一原発の事故収束現場に入り込んだ暴力団、六ケ所は無縁でいられるか

ダグラス・バーチ、ジェフリー・スミス、ジェイク・アデルスタイン、センター・フォア・パブリック・インテグリティ(公正中立の社会正義) / アメリカNBCニュース 3月11日

六ヶ所村
▽ 日本国内の原子力(核)関連施設に対する脅威、それは本当に存在しないのか?

六ヶ所村再処理工場を実際に運営することになる日本原燃の吉田薫報道部長は、福島第一原子力発電所の事故の後、メディアの取材に対し挑発的な発言を繰り返した東京電力の広報部長その人です。
吉田部長はたとえわずかではあっても六ヶ所村再処理工場の職員がプルトニウムを持ち出すなどと言う事はあり得ないと断言しました。
「私は断言します、ここの職員がプルトニウムを外部に持ち出すなど絶対にありえないと。」

そして吉田部長はテロリストが六ヶ所村再処理工場をターゲットにするという考え方そのものにも疑問を呈し、そこにあるプルトニウムとウラン廃棄物からの核爆弾製造は不可能だと主張しました。

「六ヶ所村再処理施設にあるプルトニウムはウラン廃棄物の中に混ぜ込まれた状態にあり、現在のセキュリティ・レベルを考えれば、ここには実質的にプルトニウム自体は存在しないのです。」
吉田部長はこう語りました。
「ここにはプルトニウムなどありません。」

しかし独立した専門家は、2つの核物質を混ぜあわせても、プルトニウム酸化物が爆弾燃料として使われる可能性をいささかも減らすことはないと語りました。
アメリカ原子力規制委員会の委員長を務めたポール・ディックマン氏は、核爆弾製造に使われる場合が多い純度の高い金属プルトニウムとウラン・プルトニウム酸化化合物との違いは、そこに(分離抽出作業ができる)科学者がいるかいないかだけの違いだと語りました。
「ウラン・プルトニウム酸化化合物からプルトニウムだけを抽出することは、さほど困難な作業ではないのです。」

Gorleben貯蔵所
福島第一原子力発電所の事故の後、日本国内の原子力関連施設について、より厳格な安全基準の適用と審査を目的として設立された原子力発電所の杉本伸正原子力防災課核物質防護室長は、六ヶ所村再処理施設の危険性について、日本原燃の吉田広報部長程は楽観的ではない見方をしています。

日本国内の原子力(核)関連施設に対するテロ攻撃の潜在的危険性について、杉本室長は次のように語りました。
「いつでも起こりうるものと考えています。」

杉本室長は原子力規制委員会が一年前にまとめた報告書の中で、体に入れ墨施したヤクザとして世界的にも有名になった暴力団が、日本の原子力産業につながりを持っているという事実に懸念を抱いていると語りました。
彼らは政府が資金を拠出して行っている福島第一原発周辺の除染作業を担当する数百の下請け企業の中に入り込み、労働者を現地に送り込んでいます。

杉本氏によれば、当局が懸念しているのは、核物質を取り扱う場所にこうした労働者が入り込めば、テロリストと共謀して核物質を盗み出すことが可能になり、さらにはテロ攻撃の手引きを務めることも可能性として出てきます。

一方で杉本氏は、六ヶ所村再処理工場の警備員を武装させる可能性については、ほとんどないと語りました。
「それはアメリカのように、力には力で対抗するという文化に基づく考え方です。日本の原子力(核)関連施設を守るのは警備員ではあっても、警官でも自衛隊員でも無い一般市民である以上、武器を携行する事無く施設を守るように求められるのです。」

原発の警備員
六ヶ所村再処理工場同様武器を持たない警備員しかいない施設が、武装グループに襲撃されたらどうなるのでしょうか?
この質問に対し、杉本氏は
「生命の危険が生じた場合には、警備員は警察に通報するよう訓練を受けています。」

2011年、福島第一原発の事故が発生した際首相を務めていた菅直人氏が、『センター・フォア・パブリック・インテグリティ(公正中立の社会正義)』のインタビューに答え、今や日本の核燃料サイクル計画については止めるべきいくつもの理由が明らかになっており、菅氏自身も中止を求めているが、現在の日本政府と産業界は、飽くまで当初の計画の推進にこだわり続けており、その事に大きな懸念を持っていると語りました。

菅氏は民主党の国会議員であり、日本が原子力発電を止めるよう求めている数名の首相経験者の中のひとりです。
しかし日本の原子力発電の廃止は実現には程遠いのが現状です。

首相当時、菅氏は福島第一原発の事故が発生する以前、アメリカに出張し原子力(核)関連施設に対する脅威について米側と検討を行った、当時の原子力安全・保安院の官僚たちに報告を求めました。
原子力安全・保安院は日本国内で強力な権能を持つ経済産業省にあって、原子力産業界を守るための牙城であったことが、福島第一原発の事故後明らかになりました。

「彼らは日本では、原子力(核)関連施設に対するテロの可能性は無い、単純にそう信じ込んでいました。」
菅氏は原子力安全・保安院の官僚たちが、結局何ら得るところ無く出張から戻って来たと付け加えました。
「確かにアメリカはテロの脅威にさらされているかもしれませんが、日本にはその恐れはほとんどありません。」
これによって菅氏は、原子力安全・保安院が日本の原子力(核)関連施設をテロの脅威から守る必要性を全く考えていないことを知ったのです。

菅氏はこうした態度は日本政府、日本の原子力産業界に広く共有されていると語りました。
その結果、9.11テロ攻撃を受けたアメリカが、日本側にも警戒を求めるアドバイスを行った際、それを「ほとんど完全に無視」する結果につながったと語りました。

「それで結局、結局日本の原子力(核)関連施設のテロ対策はどうなっているのだ?あなた方はそのように尋ねたいことでしょう。その答えはこうです、テロに対する対策はとっていません。」

〈 完 〉

http://www.nbcnews.com/storyline/fukushima-anniversary/japans-well-placed-nuclear-power-advocates-swat-away-opponents-n50396
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【 岡原功祐がとらえた福島の印象 】〈1〉

ニューヨーカー 4月1日
(掲載されている写真をクリックして大きな画像をご覧ください)

岡原1
3月28日金曜日、福島第一原発の敷地内で身元不明の労働者が生き埋めになって死亡しました。
2011年3月に事故を起こして以来、絶える事無く続く事故収束・廃炉作業で初めての死者が出た事になります。

東京の33歳のカメラマン、岡原功祐氏は福島第一原発の事故発生後数週間の内に現地を訪れましたが、その場所は1986年に巨大事故を起こしたチェルノブイリに次いで高い放射能に汚染されていました。
岡原氏はこの3年間ほぼ毎月福島を訪れ、事故後の福島第一原発事故後の記録を撮り続けてきました。
「私がこの間繰り返し会い続けた何人かの農民と漁師がいます。」
岡原氏はこう記しています。
「この3年間、彼らの生活はこの場所の自然や景観同様、ほとんど何も変わっていません。
福島に戻って彼らと会う機会が増えれば増える程、福島の人々の生活がこの3年間ほとんど何も変わっていない事を記録する事が、とても大切だと感じるようになりました。」

掲載されている写真は、岡原氏が今年3月福島を訪問した際、iPhoneを遣って撮影したものです。

いわき市の見張り台(写真上)

2011年浪江町から避難し、現在は本宮市で農業を営む男性。(写真下・以下同じ)
岡原2
福島第一原発のある双葉町から避難した女性。
岡原3
仮設住宅
岡原4
仮設住宅内の保育所の脇に設置されたモニタリングポスト
岡原5

 

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