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【 地獄の辺土にたまり続ける核廃棄物、脅かされる人間、そして環境 】

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所要時間 約 13分

中間貯蔵施設付近の川では、毎年10億匹の魚類その他の水生生物が死滅

ジョージ・ガオ / IPSニュース 4月16日

インディアン・ポイント原子力発電所
核廃棄物問題と取り組む市民団体の調査によれば、ニューヨーク市の北方約60キロの場所にあるハドソン川沿いにある核廃棄物の一時保管場所には、ドライキャスク、そして使用済み核燃料プールの中に使用済み核燃料が、併せて数千トンも貯蔵されています。

これからの核廃棄物は、当初の計画ではネバダ州の砂漠地帯にあるユッカ・マウンテンの、国が建設を予定していた放射性廃棄物処分場に埋設されるはずでした。
しかし地元で強硬な反対運動が相次ぎ、オバマ政権は結局、ユッカ・マウンテンの最終処分場建設計画の撤回に追い込まれ、ハドソン川のこの多量の核廃棄物も行き場が無くなってしまったのです。

核廃棄物は人体にとって有害な放射線を長期に渡り放出し続けることで知られており、しばしば予測不能のガン発生や転移の原因を作ります。

この多量の核廃棄物は同じくハドソン川沿いにある、エンタジー社が運営するインディアン・ポイント原子力発電所によって生み出されたものです。
このインディアン・ポイント原子力発電所は稼働してきた52年間、度々放射能漏れを起こしたほか、電源トランスが爆発し、火災を起こしたこともあります。

インディアン・ポイント原子力発電所はその近さから、ニューヨーク市と周辺の2,000万人の住民を標的としたテロ攻撃の目標になる危険性を持っています。
また付近には2本の活断層の存在が確認されており、その立地条件の危険性から2011年3月に地震と津波により巨大原子力発電所事故を引き起こした福島第一原発に例えられ、「ハドソン川沿いのフクシマ」の異名をたてまつられました。

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このインディアン・ポイント原子力発電所が、4月初め、地元紙の第一面を飾ることになりました。
合衆国会計監査院が、もしインディアン・ポイントが事故を起こした際には、周囲16キロ圏に設定された緊急避難区域から人々が脱出する際、その避難経路で大渋滞が発生する危険があるとの報告書をまとめ上げたためです。

にもかかわらず、インディアン・ポイントでは2014年と2016年、それぞれ稼働中の原子炉について20年間の利用延長の申請を行う方針であることが明らかになりました。

「そんなことが許可されてしまったら、さらに1,000トンもの放射性核廃棄物が作り出されることになってしまいます。」

環境保護団体リバーキーパーの顧問弁護士で、インディアン・ポイント原子力発電所閉鎖のための法廷闘争を担当してきた弁護士のデボラ・ブランカード氏がこう語りました。

ドライキャスク処理による高放射性核廃棄物の保管、そして使用済み核燃料プール内での核燃利用の保管は、飽くまで一時保管のために考案された処理方法であり、長期間の保管に関する検証は行われたことが無いと指摘しました。

「使用済み核燃料プール内の放射能の量は、実は原子炉格納容器内の5倍に達するのです。そしてインディアン・ポイント原子力発電所はこれまですでに、一連の使用済み核燃料プールからの汚染水漏れトラブルを起こしています。同発電所では施設の劣化による安全性の低下化がすでに現実のものになっていると判断すべきです。」
IPSニュースの取材に、彼女はこう答えました。

政府から独立した機関として1974年に設立され、主にアメリカ国内の原子力発電所の安全管理を監督する立場の原子力規制委員会(NRC)の見解はどうなのでしょうか。
これについて、ブランカード弁護士が以下のように答えました。
「原子力規制委員会ははじめから、エンタジー社と同じ視点から現状を把握しようとしています。ですからその見解も似たようなものなのです。」

インディアン・ポイント原子力発電所
彼女は州当局と地元の環境保護団体などが、インディアン・ポイント原子力発電所の周辺環境に対する問題を指摘した場合であっても、原子力規制委員会がエンタジー社とともにそうした指摘を無視してきたと非難しました。

ハドソン川流域クリアウォーター環境保全活動団体のマナ・ジョー・グリーン代表は、IPSの取材に対し、インディアン・ポイント原子力発電所が環境中に放出している放射性物質と、中間貯蔵施設が地下水を汚染している現状は、周辺住民の健康に対する重大な脅威であると語りました。

「この問題についてNRCは早急に詳細な調査を行うべきです。しかしNRCは手をこまねいてばかりです。事態を傍観し、現在の法律は住民を守るという視点からは不十分なものですが、その法律に基づく対応すら検討しようとはしていません。」
彼女はこうした現状について、以下のように表現しました。
「インディアン・ポイント原子力発電所が周辺環境に及ぼす悪影響について、NRCは見ざる言わざる聞かざるなのです。」

「仮に原子力発電所が停止したとしても、正確な特定のガンや甲状腺がんなどの発症割合をその時点ですぐ明らかにできるわけではない、その事を私たちは常に念頭に置いておく必要があります。」

グリーン氏はこれまでハドソン川の環境を保全するために数々の市民運動を組織してきましたが、これまで彼女が関わりを持った行政機関について、IPSにこう語りました。
「合衆国環境保護局、ニューヨーク州保健局、そしてニューヨーク州環境保護局などは、公正中立を守り、一方に偏るという事がありません。」
「しかしそれはNRCには当てはまりません。」

「彼らの見解は時に原子力発電所を運営する企業よりも、人間や環境を守ろうとする人々に対して過酷です。彼らの視界にあるものは、原子力産業をこれまで通りに機能させることなのです。」

アメリカ原子力規制委員会は原子力発電所の安全基準の厳格さで国際的には評価されていますが、国内的には規制対象であるはずの原子力産業界に迎合しているとして批判されています。

米原子力規制委員会
2013年3月、そのNRの委員長を辞任したグレゴリー・ヤッコ氏が原子力発電調査機関の機関紙(NIW)のインタビューの中で、アメリカ国内にある108基の原子炉すべてについて、国民の健康と国家の安全を守るため、すべて段階的に廃止していく必要があると語りました。

原子力発電調査機関によれば、ヤッコ氏は5名の委員で構成されるアメリカ原子力規制委員会の委員長を務めていましたが、他の4名の委員が明らかに原子力産業界の意向を受けた対応に終始していたのに対し、ひとり中立公正な対応を貫いていました。
これを快く思わない産業界が他の委員を使嗾(しそう)し、2012年、ヤッコ氏を辞任に追い込みました。

「NRCの委員たちは、国内すべての原子力発電所で職務上、原子力産業界の人間と接触を持つ機会がどうしても多くなります。互いに知り合いになるうち、その関係が親密になっていくのです。」
グリーン氏がこう指摘しました。
「そのうちに打ち解けるようになって、いつの間にかツーカーの関係に陥ってしまうのです。」

▽ 核廃棄物と水生生物

環境保護団体リバーキーパー代表のポール・ガレ氏はIPSの取材に対し、インディアン・ポイント原子力発電所が排出した放射性物質を保管している中間貯蔵施設から放射性物質が地下水に浸出し、その地下水がハドソン川に流れ込み、最終的には海にまで汚染が広がっていると語りました。

インディアン・ポイント原発
「インディアン・ポイント原子力発電所周辺はニューヨークの大都市圏の中で最も危険であるだけでなく、河川や海洋生物にとっても最も危険な場所になってしまいました。」
「インディアン・ポイント原子力発電所は毎日10,000トンの水をハドソン川から汲み上げて利用し、再び川に排出しています。そのために毎年10億匹の魚類その他の水生生物が死滅しています。」

「私たちはその事実を目の当たりにし、原子力発電所の危険性に気づかされたのです。」

http://www.ipsnews.net/2013/04/new-york-nuke-waste-in-limbo-as-concerns-rise/
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「地獄の辺土」と訳したのは、原題の中の Limbo という単語です。
SPACE ALC( http://www.alc.co.jp/ )によれば、この単語の意味は
『辺獄、未洗礼の人の死後の地、地獄の辺土◆キリスト教において、洗礼を受けていない死者が行く場所。地獄と天国の中間的な場所。』
ということになります。
原子力発電所が排出する放射性廃棄物の、中間貯蔵施設にまさにうってつけの言葉です。

一度ご紹介しましたが、河北新報の『神話の果てに・東北から問う原子力』の記事は、日本における核廃棄物の問題が良くまとめられた、質の高い記事だと思います。
下記URLから入り、日本の核廃棄物問題の現実について、ぜひご検証ください。

第8部『核廃棄物の行方』

(2)惰性のサイクル/可否先送り、蓄積膨大( http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1098/20130603_01.htm )

(3)袋小路/最終処分場化を懸念( http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1098/20130604_01.htm )

(4)廃炉/行き場なく進む解体( http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1098/20130605_01.htm )

核廃棄物/多種多様、東北に滞留( http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1098/20130602_02.htm )

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ロバート・F・ケネディ、大統領候補の生と死

ザ・ニューヨーカー 6月5日
(写真をクリックして、大きな画像をご覧ください)

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45年前の6月5日、カリフォルニア州の民主党大統領予備選挙に勝利した直後、ロバート・F・ケネディはロサンゼルスのアンバサダー・ホテルで銃撃され死亡しました。
マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの暗殺と踵を接するように、その2ヵ月後に彼は命を落としました。
42才の大統領候補の暗殺は、アメリカを悲しみと動揺の中に追いやりました。
ケネディの死は詩人ロバート・ローエルが後に論評したように、「この世代が成熟する機会を奪ってしまった」のです。

1968年6月22日には、ザ・ニューヨーカーの誌上でロジャー・アンジェルは、悲劇に続く一週間「アメリカは敬意を込めた哀悼の意を表し、深い悲しみを露わにした」
と解説しました。

『ロバート・ケネディーが殺されてしまって以来、私たちは毎朝身の毛のよだつ恐ろしいニュースに接することに慣れてしまいました。
私自身もまだ夢から覚めやらぬ間、やがて迎える朝に、耐えられないほど衝撃的事件のニュースが待ち構えているという現実が習慣化してしまいました。

朝が訪れを告げる物音、鏡に映る柔らかな朝の光、その次にやって来るものは容赦ない過酷な現実なのです。
まるで病弱な人のように、私たちはだんだん病んでいることにそれほど苦痛を感じなくなってきました。
病による混乱は、ひどくなる一方だというのに。』

ご紹介するのは、ロバート・ケネディーが大統領予備選挙に出馬する以前の幸福な時代の写真です。

1964年のポートレイト写真。(写真上)

1968年、インディアナ州でのキャンペーンで。(写真下・以下同じ)
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1964年の上院議員選挙、ニューヨーク。
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8人の子供たちと一緒に。
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1966年、国会議事堂で。
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1968年、キング牧師の暗殺後発生した黒人暴動が収まった後の写真。首都ワシントンで。
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ロバート・ケネディの遺体を運ぶ特別列車の通過の際、線路脇に整列して見送るメリーランド州の家族。
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