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【 フクシマの大崩壊の現場で破滅を食い止めた硬骨の責任者、ガンで死去 】

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所要時間 約 7分

事故の渦中、持ち場に留まり事故の拡大と闘った吉田所長
東京電力本社の制止を振り切り、独断で原子炉内に海水を注入、それ以上の事故の拡大を防いだ

デイヴィッド・マクニール / ザ・インデペンダント(英国) 7月9日

吉田所長
後になって振り返った時、事故の最中彼は死を覚悟したと語りました。
恐ろしい運命に見舞われた福島第一原発の所長として、かれは3基の原子炉がメルトダウンする現場に留まり、原子力時代のタイタニック号の船長のように、発電所とともに運命の淵へと落ち込もうとしたのかもしれません。

今日、吉田正夫所長がガンのため亡くなりました。
4半世紀で最悪の原子力発電所事故に関する、数多くの疑問に答えることなく逝ってしまいました。

吉田所長は福島第一原発を制御下に置くために闘い抜いた人間として、永遠にその名を歴史にきざまれることになるでしょう。

2011年3月11日、吉田所長と彼の部下である東京電力の技術者たちは福島第一原発の免震制御室で、津波がタービン建屋に押し寄せ、13基あるうちの12基の非常用発電装置を作動不能に陥らせる様子を、恐怖とともに見つめていました。
免震制御室の電源も失われ、全てが闇に飲みこまれてしまった時、ここに居るスタッフ全員が死ぬかもしれないという思いが吉田所長の脳裏をよぎりました。

驚いたことに、原子力発電所内の電源がすべて失われてしまう事態をそれまで誰も予測していなかったために、東京電力には次にどのような対応をすべきか知識を持っている人間が一人もいなかったのです。
続いて起こった一連の水素爆発によって発電所内の設備がめちゃくちゃに破壊されたため、吉田所長は急きょ現場にいた人間で、ともかくもこれ以上事故が拡大しないようにするため態勢の立て直しに懸命に取り組みました。

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日本の多くの人々が、吉田所長が東京電力の本社の制止を振り切り、独断で原子炉内に海水を注入してそれ以上の事故の拡大を防いだことにより、彼を英雄として賞賛しました。

原子炉の損傷を恐れた東京電力本社は、吉田所長に対し海水注入を止めるよう命令したのでした。

福島第一原発の危機は、3月14日の夜、最高潮に達しました。

6基ある原子炉のうち3台が制御不能に陥り、世界で最も人口の多い大都市の方角に向け、大量の放射性物質を含んだ噴煙を上げ続けていました。
正常な状態なら5メートル以上の深さの水に浸かっていなければならない4基の原子炉建屋内の1,300本の核燃料棒は、水が沸騰して蒸発してしまったために直接空気と触れ合ってしまっている状態になり、そのままでは連鎖反応を起こし、原子炉のメルトダウン以上の放射能汚染を引き起こす可能性がありました。

やがて状況が落ち着くと、青い防護服に身を包んだ吉田所長は、福島第一原発の現場にいた彼のスタッフを集合させました。
「家に帰りなさい。」
「ここで出来ることは、我々はもうすべてやり尽くした。」

最早制御することなど不可能に見えた現場を放置したまま、吉田所長たちは撤退するよう東京電力本社から指示を受けたのでしょうか?
あるいは吉田所長自身、一部の現場のスタッフに対し、撤退するよう命じたのでしょうか?

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17ヵ月後沈黙を破ったとき、吉田所長は撤退という事は一切考えたことは無かったと語りました。
当時菅前首相直人首相と首相官邸内はパニックに陥っていましたが、吉田所長と彼のスタッフたちはやるべきことをやり遂げる覚悟をしていたと語りました。
「現場にいた人間の口から、撤退という言葉が出たことはありません。」
彼はビデオ・メッセージの中でこのように語りました。

信心深い人間であり、仕事に身を捧げていた吉田さんは、メディアに対しては何も語ろうとはしませんでした。

事故と戦うために現場に残った人たちの話を充分には聴いてもらえない以上、ビデオでの収録にのみ同意せざるを得ない、吉田所長はそう語りました。
「私は自分たちのメッセージが充分に伝わるための手段を探さなければならない、そう感じたのです。」

そして吉田さんは体調が回復次第、福島の現場に戻りたいと語っていました。

ヘビースモーカーだった吉田所長はメルトダウンのおよそ半年後、食道ガンと診断され、2011年12月に所長の職を退きました。
そしてさらに昨年7月、脳内出血が吉田所長を襲いました。
東京電力は福島第一原発における放射線被ばくと、食道がん、脳内出血、いずれとの関連性も否定しました。
東京電力は事故発生から退任までの吉田所長の累積被ばく線量は70ミリシーベルトであり、原子力発電施設労働者の被ばく上限を超えてはいないとしています。

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しかし、6カ月間の激務が彼の身体を痛めてしまったことを想像することは、多くの人にとって難しいことではありません。

菅前首相が吉田さんの死去について、こうツイートしました。
「私は、彼のリーダーシップと決断力に対し、心から敬意を表します。そして願わくは吉田所長に当時の状況について、もう一度詳細にお話をする機会を持ちたかった。」

http://www.independent.co.uk/news/world/asia/japanese-hero-who-saved-fukushima-plant-from-total-meltdown-dies-of-cancer-8698357.html?origin=internalSearch
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吉田所長については、ご冥福をお祈りするしかありません。
しかし所長の死によって、いくつかの真実が永遠に明らかにされない、そうなってしまうことが気がかりです。
飽くまで真実をつまびらかにしていただきたい、今はそう願うのみです。

 

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ほんとうの「今」を知りたくて、ニューヨークタイムズ、アメリカCNN、NBC、ガーディアン、ドイツ国際放送などのニュースを1日一本選んで翻訳・掲載しています。 趣味はゴルフ、絵を描くこと、クラシック音楽、Jazz、Rock&Pops、司馬遼太郎と山本周五郎と歴史書など。 @idonochawanという名前でツィートしてます。
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