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【 ヒロシマを訪問した初のアメリカ大統領、その重責を果たしたバラク・オバマ 】

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所要時間 約 18分

原爆投下は人道に対する犯罪の要件を充分に満たす / 第二次世界大戦終結のための切り札
アメリカの太平洋戦争退役兵士と日本の被爆者の減少は、日米関係に何をもたらすか?
きわめて残虐な破壊力を持つ核兵器が支配する現在の体制の破壊を!

 

エコノミスト 5月28日

オバマin広島
沿道に詰めかけた大勢の市民が見守る中、車中のオバマ大統領は広島市内を平和祈念公園に向けて走り抜けていきました。
そしてその場を去ってから1時間半の後、多数の市民が大統領が花輪を捧げた公園内の記念碑の前に集まりました。
オバマ大統領はアメリカが1945年8月6日に広島に投下した原爆の対価として、人間が支払わなければならなかった残酷この上ない結果を集めた原爆資料館(広島平和記念資料館)も初めて訪れました。

その後大統領は高齢になった被爆者たち、原爆が投下された運命の日広島市内に居ながら何とか生き残ることが出来た人々と直接面談しました。
被爆者は戦後70年以上を経た今、存命の人々は年々その数を減らしています。
歴史的場面をその目で確かめようと自転車に乗った子供たちと若い親たち、そして年配の人びとも争ってその場にやってきたため、それまでその場を支配していた重苦しい雰囲気は何か別の華やいだものに変わりました。

広島29
広島及びその3日後には長崎に原爆を投下し、多数の市民を殺害したことに対する正式の謝罪が行なわれなかったにもかかわらず、オバマ大統領の訪問は、広島市のみならず日本全国の人々が歓迎するところとなりました。

2回の原爆投下とその後に発生した放射線障害は20万人の命を奪いましたが、犠牲者の多くは一般市民でした。
原爆投下は人道に対する犯罪の要件を充分に満たすものと考えることができるかもしれません。
しかしこれまで長い間アメリカ人は、原爆投下により長期にわたり続いていた太平洋戦争の終結を早めることが出来たと主張してきました。
太平洋戦争における日本の立場は明らかに侵略者でした。

広島では日本人はオバマ大統領が謝罪を行なわないことについて仕方がないと考えているようでしたが、被爆者のひとりである角本寿昭さんは、オバマ大統領が無言の内にも謝罪していたことを望んでいると語りました。

広島12
人道的な見地並びに複雑な感情が交錯する状況の中で彼が置かれていた立場を思えば、爆心地におけるアメリカ大統領のスピーチは誰もが納得できる内容を備えていました。
「71年前の明るく晴れ渡った朝、空から死神が舞い降り、世界は一変しました。」
オバマ大統領の演説は人間の暴力の歴史から、第二次世界大戦(太平洋戦争)のすべての犠牲者が被った被害にまで、きわめて広範な事実を網羅するものでした。
オバマ大統領は核兵器が持つきわめて残虐な力について「原子の分裂を可能にした科学の革命には、倫理的な革命も必要なのです」と語り、ロシアとアメリカが圧倒的多数を保有している核兵器について、世界が核兵器を保有しているという状況を破壊するよう求めたのです。

大統領はさらに普段は顧みられることの少ない原爆の歴史的事実にも触れました。
数千人の朝鮮半島出身者と数少ない中国人は西日本に連行され、そこで日本の戦争遂行のため身を身を焼かれるほどの強制労働に従事させられ、そして最後は原爆によって文字通り焼き殺されてしまいました。
そして大統領と肩を抱き合った被爆者のひとりである森茂暁氏は、原爆犠牲者の中に12人のアメリカ兵捕虜がいたことを歴史に留めようと長い間運動を続けてきました。

長崎03
オバマ大統領が広島に滞在していた間、ほとんどの場でその脇に日本の安倍首相がいました。
安倍首相は、まさにオバマ大統領が広島で行った演説に象徴されるような考え方を快く思わない日本の右派自民党のメンバーです。
自民党は、オバマ大統領の演説の中身が日本国内の反戦運動家、もっと厄介な原子力発電の継続に反対する人々、さらには日米の安全保障同盟に反対の立場をとる人々に対する支援となることを危惧していました。

一方左派の人々は、アジア全域で大日本帝国の軍国主義の犠牲になった人々に対する公平な理解を欠いたまま、原爆資料館や原爆遺構が狭い意味でのみ強調されていると考えています。

安部首相、そして考え方が近い人々は、日本は太平洋戦争についてすでに充分以上の謝罪を済ませたと考えています。
しかしアジア地区における中国の軍事的台頭を前に、日本にとってアメリカとの強い同盟関係は重要であり、さらに安倍首相にとって広島を訪れたオバマ大統領の脇に常に付き添う事は、自分の立場を強化するためのひとつの方法でした。

真珠湾攻撃
無警告の奇襲攻撃として歴史上悪名高く、アメリカが第二次世界大戦に参戦する直接のきっかけを作った1941年12月の真珠湾攻撃の舞台となったハワイで、安倍首相は今年度末、犠牲となったアメリカ兵に弔意を捧げることになるかもしれません。
日本の有名な知識人である船橋洋一氏は、そうなれば日本人とアメリカ人の和解に関する長いプロセスを一挙に進めることになると語りました。

時の経過も有利な材料になりました。
1995年、ワシントンにあるスミソニアン博物館が50周年の記念日に企画した原爆展と関連するイベントについて、第二次世界大戦の退役兵士と一部の議員がアメリカが日本に対し限度を超えた暴力を行使したかのごとく扱っているとして、博物館の館長を厳しく非難しました。
結局この展覧会は原爆を広島に投下したB29爆撃機エイノラ・ゲイの展示ブース、そして連合国を勝利に導いた各種の兵器、アメリカ式戦争遂行のノウハウと軍事力がどんなものであったを具体的に展示しただけに終りました。
それから21年が経過し、第二次世界大戦の退役兵士の生存者も減少し、原爆投下について総合的局面から考えるアメリカ人が多くなり、相反する評価が存在するようになりました。

広島17
オバマ大統領の核兵器の無い世界の実現という高邁な理想が広島を中心に世界にこだましているそのさ中、歓迎されざる不気味な化け物が隅の方から式典を全く違う目で見ていました。
キム・ジョンウン、国際社会から孤立した凶暴な北朝鮮政府の若き独裁者は広島から800キロメートル離れた場所で、配下の技術者と将軍たちに核兵器開発能力を強化するよう強く迫っていました。
その実現の日は近いというのが専らの観測です。
アメリカがすぐに核兵器の無い国家に変貌することはなさそうです。
そして日本は、その事実を強調することはありませんが、アメリカの核の傘の下にいる限り、それ程心配することもなさそうです。

http://www.economist.com/news/asia/21699707-hiroshima-welcomes-first-serving-american-president-visit-city-its-destruction?zid=306&ah=1b164dbd43b0cb27ba0d4c3b12a5e227
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【 広島平和記念公園におけるバラク・オバマ大統領の演説 】(広島平和記念公園)全文

アメリカ大使館 2016年5月27日

オバマ広島訪問02
71年前の明るく晴れわたった朝、空から死が降ってきて世界は一変しました。閃光(せんこう)と炎の壁によって町が破壊され、人類が自らを破滅させる手段を手にしたことがはっきりと示されました。
私たちはなぜ、ここ広島を訪れるのでしょうか。それほど遠くない過去に解き放たれた、恐ろしい力についてじっくりと考えるためです。10万人を超える日本人の男女そして子どもたち、何千人もの朝鮮半島出身の人々、12人の米国人捕虜など、亡くなった方々を悼むためです。こうした犠牲者の魂は私たちに語りかけます。彼らは私たちに内省を求め、私たちが何者であるか、そして私たちがどのような人間になるかについて考えるよう促します。

広島を特別な場所にしているのは、戦争という事実ではありません。古代の遺物を見れば、人類の誕生とともに暴力的な紛争も生まれたことが分かります。人類の初期の祖先たちは、火打ち石から刃物を、木からやりを作ることを覚え、こうした道具を狩猟だけでなく、人間を攻撃するためにも使いました。どの大陸においても、原因が穀物の不足か、金塊を求めてか、強い愛国心か、熱心な信仰心かにかかわらず、文明の歴史は戦争で満たされています。帝国は盛衰し、人々は隷属させられたり解放されたりしました。その節目節目で、罪のない人々が苦しみ、無数の人々が犠牲となりましたが、その名前は時間の経過とともに忘れ去られました。

広島、長崎で残酷な終結を迎えたあの世界大戦は、世界で最も豊かで最も力を持つ国同士の戦いでした。これらの国々の文明により、世界は素晴らしい都市と見事な芸術を得ることができました。これらの国々から生まれた思想家たちは、正義と調和と真実の思想を唱道しました。しかし、この戦争を生んだのは、最も素朴な部族の間で紛争の原因となったものと同じ、支配したいという基本的な本能でした。古くから繰り返されてきたことが、新たな制約を受けることなく、新たな能力によって増幅されました。わずか数年の間に、およそ6000万人の人々が亡くなることになりました。子どもを含む、私たちと同じ人々が弾丸を浴び、殴られ、行進させられ、爆撃され、投獄され、飢え、ガス室に送られて死んでいったのです。

世界には、この悲劇を記録する場所がたくさんあります。勇気と英雄的な行為の物語を伝える記念碑、言葉では言い表せない悪行を思い起こさせる墓地や誰もいない収容所などです。しかし、空に立ち上るキノコ雲の映像の中に、私たちは、人間が抱える根本的な矛盾を非常にはっきりと思い起こすことができます。すなわち、人間の種として特徴付ける、まさにその火花、つまり私たちの思想、想像力、言語、道具を作る能力、人間を自然から引き離し、自分の思いどおりに自然を変える能力が、比類ない破壊をもたらす力を私たちに与えたのです。

物質的進歩や社会的革新によって、この真実が見えなくなることはどれほどあるでしょうか。より大きな大義の名の下に、暴力を正当化する術を身に付けることは非常に容易です。全ての偉大な宗教は、愛と平和と正義に至る道を約束します。しかし、いかなる宗教にも、信仰を殺人の許可と考える信者がいます。国家というものは、自らを犠牲にして協力し、素晴らしい偉業を成し遂げるために人々を団結させる物語を語って生まれます。しかし、その同じ物語が、自分たちと異なる人々を弾圧し、人間性を奪うために何度も使われてきました。

科学によって人間は、海を越えて通信し、雲の上を飛び、病を治し、宇宙を理解することができるようになりました。しかし、こうした同じ発見を、これまで以上に効率的な殺人マシンに転用することもできます。

現代の戦争はこの真実を教えてくれます。広島はこの真実を教えてくれます。人間社会に同等の進歩がないまま技術が進歩すれば、私たちは破滅するでしょう。原子の分裂を可能にした科学の革命には、倫理的な革命も必要なのです。

オバマ広島訪問01
だからこそ私たちは、この場所を訪れるのです。この町の中心に立ち、勇気を奮い起こして原爆が投下された瞬間を想像してみるのです。目にしている光景に当惑した子どもたちの恐怖を感じてみるのです。 声なき叫び声に耳を傾けるのです。私たちは、あの恐ろしい戦争、それ以前に起きた戦争、そしてこれから起こるであろう戦争の犠牲になった罪のない人々のことを忘れてはいません。

単なる言葉では、このような苦しみを伝えることはできません。しかし私たちは歴史を真っ向から見据え、このような苦しみが二度と起きないようにするために、どのように行動を変えればいいのかを考える責任を共有しています。いつの日か、証人としての被爆者の声を聞くことがかなわなくなる日が来ます。けれども1945年8月6日の朝の記憶が薄れることがあってはなりません。この記憶のおかげで、私たちは現状を変えなければならないという気持ちになり、私たちの倫理的想像力に火がつくのです。そして私たちは変わることができるのです。

あの運命の日以降、私たちは希望に向かう選択をしてきました。日米両国は同盟を結んだだけでなく友情も育み、戦争を通じて得るものよりはるかに大きなものを国民のために勝ち取りました。欧州諸国は、戦場の代わりに、通商と民主主義の絆を通した連合を築きました。抑圧された人々や国々は解放を勝ち取りました。国際社会は、戦争の回避や、核兵器の制限、縮小、最終的には廃絶につながる機関や条約をつくりました。

しかし、国家間の全ての侵略行為や、今日世界で目の当たりにする全てのテロ、腐敗、残虐行為、抑圧は、私たちの仕事に終わりがないことを物語っています。人間が悪を行う能力をなくすことはできないかもしれません。ですから私たちがつくり上げる国家や同盟は、自らを防衛する手段を持つ必要があります。しかし私自身の国と同様、核を保有する国々は、恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を追求する勇気を持たなければなりません。

私が生きている間に、この目標を実現することはできないかもしれません。しかし粘り強い努力によって、大惨事が起きる可能性を低くすることができます。保有する核の根絶につながる道を示すことができます。核の拡散を止め、大きな破壊力を持つ物質が狂信者の手に渡らないようにすることができます。

しかし、これだけでは不十分です。なぜなら今日世界を見渡せば、粗雑なライフルやたる爆弾さえも、恐ろしいほど大きな規模での暴力を可能にするからです。戦争自体に対する私たちの考え方も変えるべきです。そして外交を通じて紛争を回避し、始まった紛争を終結させるために努力すべきです。相互依存の高まりを、暴力的な争いではなく平和的な協力を生むものであると理解し、それぞれの国を破壊能力ではなく、構築する能力によって定義すべきです。

とりわけ、私たちは人類の一員としての相互の結び付きについて再考すべきです。これも人類を他の種と区別する要素だからです。私たちは、遺伝子コードによって、過去の過ちを繰り返すよう定められているわけではありません。私たちは学ぶことができます。選択することができます。子どもたちに異なる物語、つまり共通の人間性を伝える物語であり、戦争の可能性を低下させ、残虐行為を受け入れ難くするような物語を話すことができます。

私たちは、こうした物語を被爆者の方々に見てとることができます。原爆を投下したパイロットを許した女性がいます。本当に憎んでいたのは戦争そのものであることに気づいたからです。この地で命を落とした米国人の遺族を探し出した男性がいます。彼らが失ったものは自分が失ったものと同じだと信じたからです。私の国の物語は簡潔な言葉で始まりました。「万人は平等に創られ、また生命、自由および幸福追求を含む不可譲(ふかじょう)の権利を、創造主から与えられている」というものです。こうした理想を実現することは、国内においても、自国の市民の間でも決して容易ではありません。

しかし、この理想に忠実であろうと取り組む価値はあります。これは実現に向けて努力すべき理想であり、この理想は大陸や大洋を越えます。全ての人が持つ、減じることのできない価値。いかなる命も貴重だという主張。私たちは、人類というひとつの家族の一員であるという基本的で必要な概念。これこそ私たちが皆、語らなければならない物語です。

だからこそ、人は広島を訪れるのです。そして大切に思う人々のことを思い浮かべます。朝一番に見せる子どもの笑顔。食卓でそっと触れる伴侶の手の優しさ。ホッとさせてくれる親の抱擁。こうしたことを考えるとき、私たちはこの同じ貴重な瞬間が71年前、ここにもあったことを知ることができます。犠牲となった方々は、私たちと同じです。普通の人々にはこれが分かるでしょう。彼らはこれ以上戦争を望んでいません。科学の感嘆すべき力を、人の命を奪うのではなく、生活を向上させるために使ってほしいと思っています。

国家が選択を行うとき、指導者が行う選択がこの分かりやすい良識を反映するものであるとき、広島の教訓が生かされることになります。

この地で世界は永遠に変わりました。しかし、今日この町に住む子どもたちは平和な中で一日を過ごします。なんと素晴らしいことでしょう。これは守る価値があることであり、全ての子どもに与える価値があることです。こうした未来を私たちは選ぶことができます。そしてその未来において、広島と長崎は、核戦争の夜明けではなく、私たち自身が倫理的に目覚めることの始まりとして知られるようになるでしょう。

http://japanese.japan.usembassy.gov/j/p/tpj-20160527-02.html

 

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