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【 福島第一原発の被災地の安全は本当に確保されたのか?】《前篇》[GRD]

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所要時間 約 8分

見切り発車の住民の帰還は、見当違いの楽観主義がもたらす新たな教訓を語ることになるかもしれない
福島第一原発の事故から4年半、初めて住民の帰還が認められた楢葉町からの眺め
帰還を決めた住民のほとんどは現役を引退した高齢者、しかしその姿はどこにも見当たらない

 

ジャスティン・マッカリー / ガーディアン 10月12日

楢葉町住民01
楢葉町の住民である山内幸平氏と妻のとも子さんが自宅の居間に久しぶりに足を踏み入れた時、彼らを襲ったものはとまどいでした。
畳敷きの部屋に置かれた棚の上にはこけしが整然と並んでいました。
壁の一方には幸運を呼び込むための大きなだるまが置かれています。
その壁の上の方からは、これまでの当主とその妻の白黒の肖像写真が部屋を見下ろしています。
これ以上掃除の行き届いた清潔な部屋は考えられない程、この居間はきちんとしています。

福島第一原発の事故発生以来4年半、福島県楢葉町、絵のように美しかったこの町の家々も、そして山内家も荒れるがままの状態が続いてきました。

2011年3月12日、楢葉町の住民たちは直ちに避難するように命じられました。
その前日、史上最大規模の地震が東北地方を襲い、今生きている人々が初めて見るような被害が各所で発生していました。

この地震は約19,000の人命を奪い、福島第一原子力発電所の3基の原子炉がメルトダウンを誘発した高さ14メートル以上の津波を生みました。
山内さんたちの頭が巨大津波による膨大な数の犠牲者の事でいっぱいになっていたころ、目には見えない脅威、第2の災害が襲いかかろうとしていました。
楢葉町の北方約19キロの場所にある福島第一原発から漏れ出した、莫大な量の放射性物質です。

白煙を上げる現場
「私たちのこどもたちは、もう二度とこの場所には戻らないと言っています。」
放射性物質による汚染が明らかになった福島県内の市町村のうち、初めて人間が生活できる水準にまで放射線量が下がったと宣言された楢葉町に、先月帰還を果たした数少ない住民の一人である山内さんのご主人がこう語りました。

避難場所から避難場所へという生活には厳しいストレスが伴いますが、山内さんたちは災害発生以来すでに6回もの移動を余儀なくされました。
79歳を越えた山内さんにとって、そのストレスは放射線に関わるいかなる懸念をも上回るものでした。
「私たちは放射線被曝が原因となってガンを発症することについて心配するには、すでに年を取り過ぎています。私は同じ年代の高齢者だけがこの町に戻ってくると思っています。でも子どもたちや孫たちの世代はそうはいかないでしょう。ここで子供たちを育てるのは難しくなっていくでしょう。」
町の職員はメルトダウンが発生した事故から5年近くが経った今、いわき市周辺にある仮設住宅や民間のアパート、いわゆる見なし仮設住宅で暮す人々も含め、かつての住民たちの多くが楢葉町以外の場所で生活の再建に取り組んでいるという現実に直面しています。

9月上旬避難命令解除を宣言した楢葉町の松本町長は次のように語りました。
「楢葉町の時計たった今、再び時を刻み始めました。町の機能の完全な回復を目指した、私たちは全力で取り組みます。」

楢葉町03
安倍首相は楢葉町の避難命令の解除について、警報が解除されず未だ戻れずにいる他の市町村の住民約70,000人にとっての希望の光だと宣伝しました。

しかし太陽がさんさんと降り注ぐ金曜日の午後も人の気配が感じられない楢葉町の街路は、見当違いの楽観主義がもたらす新たな教訓を語ることになるかもしれません。

地元当局によると事故前7,400人の人口があった楢葉町には、今回の避難命令の解除によって200人から300人の住民が帰還しました。
このうち子どもはわずか2人です。

今回町への帰還を決めた住民のほとんどは現役を引退した高齢者ですが、その姿はどこにも見当たりません。
町役場近くの仮設の商店街で買い物をしたり食事をとったりしている人のほとんどは、破壊や荒廃によってぼろぼろになった町の施設の修復工事を行うためやって来た1,000人の建設労働者たちです。

地震の被害を最も端的に表している町の道路は未だに通行が出来ません。
町の中学校は修復工事が仕上げの段階に入っていますが、2017年春までは開校の予定はありません。
しかし2017年になって、果たして通学してくる生徒がいるかどうかは、今のところ解りません。
大きな木造家屋にも人の姿は無く、泥棒除けの分厚いテープが窓中に貼られていました。

楢葉町04
廃墟と化したガソリンスタンドの前のアスファルトの道路の割れ目には雑草が生い茂っています。
今年6月、再開を果たしたローカル線の駅の外側には、何十台もの自転車やバイクが錆びだらけになって捨てられたままになっています。

「どう見てもここはゴーストタウンです。」
楢葉町のレストランで働くため毎日いわき市から通勤している渡辺正準さんがこう語りました。
「店内は一見すると多くの人々がひしめきあっているように見えますが、全員が復興工事の建設労働者です。災害の発生前、この店に通っていた人は一人もいません。」

〈 後篇に続く 〉
※原文が英文のため、氏名の表記に誤りがある可能性があります。ご容赦ください。
http://www.theguardian.com/environment/2015/oct/12/safe-at-last-view-from-naraha-the-first-fukushima-community-declared-fit-for-humans
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【 放射能汚染がれき : 福島第一原発の指定避難区域の今 】《1》

 

ガーディアン 10月15日

2015oct01

これらは福島第一原発から20km圏内の不気味な光景です。
2011年3月、巨大地震と巨大津波が東日本に壊滅的被害を与え、福島第一原発の3基の原子炉がメルトダウンした結果、生み出された光景です。
カメラマンのアルカディウス・ポドニーシンスキが防護服に身を固め、ゴーストタウンとなった双葉町、浪江町、富岡町の写真撮影を行いました。
世界的に有名になった看板の前に立つカメラマンのアルカディウス・ポドニーシンスキー。(写真上)

雑草が生い茂る通り。160,000人が避難生活を強いられている事故から4年半が経ちましたが、多くの場所が人間が暮らすには危険な程放射能に汚染されたままです。(写真下・以下同じ)
2015oct02
遺棄されたケンタッキーフライドチキンの店舗。
「事故が起きたのがまるで昨日の事のように感じる程、ここでは時間が静止したままです。」
カメラマンのアルカディウス・ポドニーシンスキーがこう語りました。
2015oct03
遺棄された自家用車の空撮写真。
2015oct04
http://www.theguardian.com/artanddesign/gallery/2015/oct/11/radioactive-wreckage-inside-fukushimas-nuclear-exclusion-zone-in-pictures

 

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