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【『3.11の被災地をさまよう死者たちの霊と忍び寄る前時代の亡霊』リチャード・ロイド・パリー著 】《後篇》

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所要時間 約 7分

悪政は自然災害ではない、黙って耐え忍んでいるだけでは社会正義は実現しない

政治権力に意見を持とうとしない大勢順応主義は、社会にも自分にも致命的な運命をもたらす

民主主義の実現のため積極的に活動する市民の形成を阻害する、『上からの命令に忠実』な姿勢

 

堀田えり / ガーディアン  2017年8月16日

 

ロイド・パリーの著作の中には被災地での生活の別の側面を伝える部分があります。

村の集落から市や町の地方自治体、都道府県、そしてそれらすべてに対し機能すべき国政レベルに至るまで、あらゆる社会の政治的失敗の幻影が災害後の社会の再建のため機能できていない、という事実です。

そうした事実を最も端的に証明しているのが大川小学校の悲劇です。

ここで起きた悲劇はこの著作のクライマックスのひとつにもなっており、緻密に組み上げられた犯罪小説や心理ドラマよりも、読む者の心に迫ってくる力を持っています。

 

この悲劇だけに特に焦点を当てることがなくとも、バリー氏の著作は読む者を惹きつける力を持っています。

しかし東日本大震災の津波の直接被害を受けた9つの学校の内のひとつで、在校中に命を落とした児童が東日本大震災では75名いましたが、そのうちの74名は大川小学校の犠牲者です。

犠牲になった子供たちの両親は、なぜ大川小学校に限ってこれだけ多くの犠牲者を出していまったのか、その本当の原因、理不尽さといったものを明らかにしたかったのです。

後からの検証によって、警報の発令から津波の到達までには、他の学校の子供たちが高所に避難した事実が承継するように十分な時間がありました。

しかし行政側の見解は変わらず、徹底的な調査を開始するのは難しい状況でした。

 

悲しみに打ちひしがれると同時に怒りに身を震わせた大川小学校の犠牲者の両親は戦うことを決意しました。彼らは、石巻市と宮城県に対して訴訟を起こしたのです。

大川小学校の犠牲者の両親たちは、同時に19世紀以降日本が急速に近代化を進める際に威力を発揮した強力な官僚主義、有司専制の下での中央集権国家としての古い体質とも戦うことになったのです。
この体質、あるいはイデオロギーは国民を国家の下僕とみなします。

 

従って国家や自治体など『お上』の方針に異議を唱えたりすれば、良くて厄介者扱い、悪いければ社会から葬り去るべき自己中心的なトラブルメーカーだという烙印を押されてしまいます。

第二次世界大戦(太平洋戦争)では日本社会の様々な制度やシステムが破壊されましたが、そもそも戦争を引き起こしたのがこうした考え方であったにもかかわらず、そのまま戦後社会にも引き継がれることになってしまいました。

 

ロイド・パリーは次のように記述しました。

このような価値観が支配する社会では、悪政すら「自然災害」と同じ、「普通の人間がいくら努力しても避けられない、人間の手ではどうしようもない災難」だと受け取られてしまう。

そして人々は「無力感にさいなまれつつ結局は明け入れざるを得ず、耐えるしかなくなる」と。

 

政治権力の在り方について個人では判断をしようとしない人々の態度は、やがて大勢順応主義へとつながり、致命的な運命に遭遇することになります。

ある初老の一家族は津波襲来の警報を受けいったんは高台に車で避難しましたが、律儀にもわざわざ丘を下りて他の人びとと同様に指定避難所に入り、そこで津波に襲われ一家全員が死亡しました。

東北地方の被災者の『模範的態度』を引き出したのと同じ特性、すなわち上からの命令には忠実であり、体制の非合理性にはかなりの程度まで寛容である一方、反体制的な騒ぎに対しては嫌悪感を持つという性向は民主主義社会の実現のために積極的に活動する市民の形成を阻害する可能性があると主張しているのかもしれません。

 

しかし障害の存在は、個人の人権確立の戦いのための起爆剤にもなりえます。

今日ほとんど顧みられる事はありませんが、東北地方には民主主義の実現のため苦難を強いられた歴史があります。

明治維新直後の1870年代と80年代、日本の新興市民社会にはどのような憲法がふさわしいかの検討が始まりました。

1860年代の戊辰戦争で北の果ての地方特有の貧困、無力感、血まみれの敗北を経験した東北の思想家たちは、草の根の議論を巻き起こしました。

女性天皇が帝位に就くことの可否、報道の自由、そして東北地方のような『僻地』が他の日本社会の中でどのような位置を忌めるべきか、議論されたことの多くは今日でも充分に議題になり得るものばかりです。

このような東北の民主化運動のなかで、当時起草された憲法が今日注目されています。

これは1881年に宮城県の千葉卓三郎が考案した憲法草案「日本帝国憲法」、通称『五日市憲法』と呼ばれるものです。

この草案は人権に関わる項目に条文の半分以上が割かれており、実際に制定公布された大日本帝国憲法と比べて著しく人権に重きを置いたものになっています。

千葉卓三郎自身は31歳で死亡し、この憲法草案は90年後の今日再び脚光を浴びるまで誰にも顧みられることはありませんでした。

今日の東北地方や日本という国が本当の意味で前に進に進むために必要なのは、千葉卓三郎のような改革者なのです。

 

https://www.theguardian.com/books/2017/aug/16/ghosts-of-tsunami-japan-disaster-richard-lloyd-parry-review

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【星の金貨プロジェクト】を始めたのは、東日本大震災・福島第一原子力発電所事故後の被災地の本当の姿を、日本の政治権力の意向を『そんたく』しない海外メディアの目を通してできるだけ多くの人々に伝えたい、と思ったのがきっかけでした。

その意味でこの記事は非常に重要な価値があり、それ以上にこの後篇の後半部分は、日本の民主主義にとってとても大切なメッセージを含んでいると思います。

 

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